王国を照らす破壊の焔

    作者:一兎

    ●王国を守る幻獣
    「ふひひ、望遠レンズ持ってきてて良かったぜ」
     グリュック王国のシンボル、ビュッケブルグ城。
     日本各所にある廃墟の中でも、比較的新しく知名度の高いこの建築物は、廃墟としての名所に数えられる。
     そんな名廃墟を求めて、廃墟マニアの男がカメラのセッティングをしていた時である。
    「炎よ、俺様に従え」
    「ぁつ……!!?」
     少年のものだろう声と共に、大量の熱波が男を襲った。
     更に、声の聞こえた方を見て、言葉を失った。
    「全てを壊す。月も、星も、太陽さえも」
     姿形は少年のものであったが、一部に少年らしくない異様な部位がある。
     特に目立つのは、両のこめかみに生えた白熱する鋭い角と、少年の背に生える竜を思わせるような炎翼だろう。
     少年はそのまま、身に纏う紅蓮の炎を腕先に集中、火炎放射器のように、一気に噴出させて巨大な炎刃を形成した。
     余談だが、歴史上、初めて火炎放射器を作り上げたのはドイツだという。
    「全てはゲルマンシャーク様の為、燃え尽きろ」
     その少年、穂邑・悠(火武人・d00038)はそのまま男に目掛けて、炎刃を振り下ろした。
    「ひぃ、は、た、助けてくれぇぇぇ!!」
     男は間一髪、振り下ろされる炎刃の軌道から飛び退いて、悲鳴と共に逃げだす。身代わりに彼自慢のカメラが炎に巻き込まれた。
     侵入者を追い払った悠は、自らが焼き溶かした大地を確認して、その場を立ち去る。
     ただ、破片一つ残さず壊せた事に、充足感を感じながら。

    ●穂邑と焔
    「なんでも、そのイフリートは、グリュック王国の辺りに近づく奴らを片っ端から追い払ってるらしい」
     北海道帯広市に位置する、今や廃墟となったテーマパーク。
     から少し離れた辺りで、イフリートによる事件が起こったと鎧・万里(高校生エクスブレイン・dn0087)は説明した。
    「そんでだ。お前らも、もう見当がついてると思うが……そうだ! そいつはゲルマンシャークの野郎に闇堕ちさせられた、穂邑・悠に違いねぇ!」
     万里が言うにはこうだ。
     事件の起きた場所は、ゲルマンシャークのパワーに満ちるグリュッツ王国とは、かなり離れた場所だという。
     恐らく、そこならばゲルマンパワーも届かない。そこならば、悠を救出する事が出来る。
     助けるのなら今しかない。
    「つっても、無理やりとはいえ今は闇堕ちしちまったダークネスだ。戦いに手を抜きゃ、返り討ちにあう可能性だってある」
     闇堕ちした者を助け出すには、その者を一度、戦闘不能にまで追い込む必要がある。
     これが無理ならば、灼滅も止むを得ないだろう。
    「そんでも学園の仲間だ。多分、今回を逃せば次のチャンスはねぇ! 頼むぜ、お前らの手で穂邑を連れ戻してやってくれ!」


    参加者
    日辻・柚莉(ひだまり羊・d00564)
    日辻・迪琉(迷える恋羊・d00819)
    柳谷・凪(お気楽極楽アーパー娘・d00857)
    奥村・都璃(黎明の金糸雀・d02290)
    雀谷・京音(長夜月の夢見草・d02347)
    黒鉄・伝斗(電脳遊戯パラノイア・d02716)
    墨川・涼莉(大和撫子候補生・d13557)
    亜寒・まりも(小学生シャドウハンター・d16853)

    ■リプレイ

    ●焔の向こう
     主の住まう地を守り、主の宝を守る。
     およそ常識的な範囲での、番犬が持つ役割であり。
     決して、犬などといった動物に例えるのは間違いなのだろうが、グリュック王国に近寄る者を追い払おうとする穂邑・悠の姿はどこか、番犬を連想させる。
    「ゆー兄ぃ! やーっとみつけたよう!」
    「皆、みんな、悠にぃの帰りを待ってるよっ!」
     未だわずかに熱気の漂う場に駆けつけた二人の少女、日辻・迪琉(迷える恋羊・d00819)と日辻・柚莉(ひだまり羊・d00564)の双子の姉妹は、その姿を見つけるなり叫んでいた。
    「……何者だ」
     穂邑・悠が振り返る間にも、双子に並ぶ形で灼滅者たちは集い。8人と1人は、抉れた大地を挟んで向かい合う。
    「まりもたちは、穂邑おにーちゃんを連れ戻しに来たんだよ!」
     口火を切ったのは亜寒・まりも(小学生シャドウハンター・d16853)である。
     対峙しているだけで干上がるような、空気に散らばる水分さえも焼き尽くす焔の前へと、あえて踏み込んで。
    「貴方が帰るべき場所はグリュック王国などではないはずだ。それくらいわかるだろう」
     奥村・都璃(黎明の金糸雀・d02290)も幼い少女に続いて、凛とした声を届ける。
     同じ学園の仲間として。
    「部長の作ったレゲー部だけじゃない。いや、レゲー部も、僕の知らない部長の友達も、みんな部長の帰りを待ってる」
     同じクラブの仲間として。
     黒鉄・伝斗(電脳遊戯パラノイア・d02716)は、クラブの皆から託された思いを並べる。
     世界をゲーム同然の虚構として見続ける少年は、ゲームの中のリアル、プレイヤーへと訴えかける。
    「なるほど。貴様らの言い分は、わかった」
     しかし、返ってくる言葉は炎のようにジリジリとしていながらも、冷たく。
    「そして、俺様が完全になれない理由もな」
    「っ、躱すのだ!」
     動作に気付いた柳谷・凪(お気楽極楽アーパー娘・d00857)の声に、灼滅者たちは一斉に飛び退いた。
     瞬間、灼滅者たちの居た場所を焼き払っていく、灼熱の炎。
    「あ……あ、あ……あ……むぐっ」
     避け損なうところだった墨川・涼莉(大和撫子候補生・d13557)の小柄な体を拾い上げていた凪は、その少女の体を抱きしめる。
    「怖いのはわかるのだ。でも、ずっとそうしてても、悠ちんは助けられないのだよ」
     豊かな胸に涼莉の顔を埋めて、一言ずつ。
     凪もまた、同じクラスの仲間として悠の救出へとやってきているのだから。
    「ちっ、外したか」
     舌打ちする悠は、顕現した炎の刃を納めないまま、灼滅者たちを睨み付ける。
     狙いが外れた事よりも、何者かを壊し損ねた事に苛立ちをぶつけるように。
    「睨みつける眼力があるならば、穂邑先輩。よく見てください。先輩を会いに来た後輩の姿を! 辛くても、怖くても、それでも会いに来た仲間の姿を!」
     雀谷・京音(長夜月の夢見草・d02347)は、その眼光を真っ向から見返した。
     見返して、捲し立てた。
     火の粉が巻き上がる大地の傍で。ゲルマンシャークなどという怪人の番犬へと成り下げられた仲間に向かって。
    「耳障りな奴らだ。こんな男一人に、何を必死になる。……この男は何故、貴様ら如きに執着する」
     悠の視線は彷徨う。クラスメイト、同じクラブの者、悠により近しい者の姿を求めて、背より噴きあがる炎を昂ぶらせながら。
    「ゲルマンシャーク様への手土産だ。壊れろ。俺様に絡みつく縁ごと」
     ついに定まった視線は、悠自身の従姉妹である迪琉と柚莉を捉えた。
    「壊させないよっ、思い出も全部」
    「皆との絆は絶対に壊れないんだよう!」
     火力を増す炎を前にして、双子は互いの手を握り締める。

    ●破壊の焔
     攻撃の瞬間を見ていたからこそ、反応できた。
     物理的に距離を縮めるほど、熱気が体を覆っていくのがわかる。
    「可愛いクラスメイトを無視するなんて、悠ちんも偉くなったもんだ」
     悠の掌に熱が集中する瞬間を狙って、凪の斬艦刀が振り下ろされる。
    「邪魔をするか」
     さすがに仕掛けてくるだろうと読んでいたのか、悠も炎の刃でもって分厚い刃を受け止めた。
     実態のないはずの刃は、サイキック同士の打ち合いによって鍔迫り合い、二人は動きを止め。
    「ダークネスの悠ちんには用は無いのだ。さっさとご退場願うんだよ。マトラ!」
     時間にして1秒もない隙間、凪の声に従った一匹の霊犬が二人の足の下を潜り抜ける。
    「ふん、この程度」
     斬りつけられた足から、炎が噴き出た。
     先ほどとは異なる危険を感じた凪が下がると同時に、悠の顕現する炎の刃が大きさを変えていく。
     より大きく、より熱く。
    「望み通り、貴様ら全て、この手で壊してくれる」
     それを、横薙ぎに振るう。
     先ほどまでの集中的な炎と違い、大地を抉ってしまうような火力ではない。
     それでも瞬間的に加熱されたアスファルトは煙を挙げ、乾燥した大気は風の流れを変える。
     閃光にも似た炎の軌跡は、容赦なく灼滅者たちを飲み込んでいくが。
     その中にあって、幼い少女は踏ん張っていた。
    「おにーちゃんが本当に壊したいものは、そんなものじゃない!」
     まりもの掲げる掌で展開された、急速的に熱を奪う氷の盾が、炎を防ぎ止める。
    「面識もない者のために、そこまでするものか」
    「するよ! まりもを助けてくれたおにーちゃんと、おねーちゃんたちもそうだったもん!」
     雪国に桜が咲かないことを嘆いた少女は、自身が救われたように誰かを救いたい。そんな純粋な思いで。
     しかし、まりもの小さな体で受け止めるには、炎の勢いは強すぎた。
     そんなまりもの視界の隅で、桜が舞う。
    「歯ァ食いしばれ! この馬鹿ちんがァ!!」
     瑞々しい野花が簡単には燃えてしまわないように、凛々しき桜の如く、京音の体は炎の中を突っ切り、闘気を纏った拳を叩き込む。
     桜の闘志に、悠の友たちから預かってきた思いをのせて。
    「がっ、はぁっ……?!」
     拳の数は、言葉の数だけ。
    「さぞ、不本意な闇堕ちだったでしょう。ですが、だからこそ自分の意思を思い出してください」
     ボコボコにしてやってくれ。
     悠を思う友たちの、冗談混じりの言葉をあえて実行する。
    「あなたの魂は、それほどヤワなものではないはずです!」
     最後の一撃は、護符の貼り付けられた右足で、今しがた乗せてきた、怖がりな少女の思いと共に、鋭い回し蹴りを放つ。
     ――返して!
     悠の脳裏に、悲痛な叫びが届いた。
    「本当の、悠お兄ちゃんは、こんなひどい事、しないもん!」
     吹き飛んでいく悠の姿に、涼莉は精一杯の声を届ける。
     普段はどもってばかりで、要領の得ない言葉を絞りだす口も、この時ばかりは強く明確な思いをぶつける。
    「……そのね、またね、一緒に遊んでね。苺も食べてね、それで、一緒にお布団でお休みするの……悠お兄ちゃんだけじゃなくて、みんなと……だから!」
     長続きこそしなかったが、次々と出てくる言葉は誰よりも優しく。
     その優しさは、涼莉の持つ力と共鳴して、風を呼んだ。
     最初に、熱を伴った風とは別の新たな風が戦場を吹き抜けた。
     灼滅者たちを包み込んだ風は、火傷をはじめとした傷の数々を癒す。
     未だ熱を持つ大地を冷やし、パチパチと爆ぜる火種を吹き消す。
    「だから、みんなの所に、帰ろ……?」
     戦場の灯火が消えた頃に、やっと立ち上がった悠の姿に、もう恐怖は感じなかった。 

    ●炎の温もり
     細かい傷口からは赤い血液の代わりに、炎が噴き出す。
     それほど数は多くないが、どこか痛々しい。
    「日辻、君達の従兄は、とんだ忍耐力の持ち主だな」
     ただ、灼滅者の側も似たり寄ったりで、両者ともに限界の二文字が見え始めていた。
    「うーんとぉ……ゆー兄ぃだもん」
    「悠にぃだし……」
     都璃が何気なく尋ねた問いに、双子の姉妹の答えは何か、白々しい。
     ただ、目を逸らしているというよりは身内らしい理解のある仕草に、都璃はほっとするものを感じた。
     自身もまた、血縁とまではいかずとも、3人の幼馴染がいるからか。
    「終わりにするぞ、ダークネス」
     都璃はそう言って距離を詰める、見れば悠の体は、動く度に炎を噴き出していた。まるで力が漏れ出すように。
    「俺様は番犬などではない!」
     小さな檻からの脱出を望む、野獣のように。
    「気の毒だが、貴様の自由のために仲間を失うつもりはない。いや、誰だろうと差し出すつもりはない」
     呻きを挙げる悠の体に向けて、都璃はサイキックで出来た刃を振り下ろす。
     悠は、それを巨大な炎の刃で受け止める。
    (私も闇堕ちしてしまえば、この様に……いや、違う。そうではない)
     一瞬、悠の瞳の奥に宿る、ダークネスの執念に焼かれそうになった。
     それを振り切って、都璃はサイキックの刃に炎を乗せる。
    「炎は破壊するだけのものではない。炎は人に温もりを与える事だって出来る!」
     大きさも火力も比べられないほど悠の刃の方が勝っている。しかし、都璃の刃は、それを真っ二つに割いてダークネスを切り裂く。
    「まだだ、俺様は負けてない」
     気づけば、悠の背に生える炎翼は、その大きさを縮めていて、両のこめかみ生える角からは、灼熱の輝きが消え失せ、無機質な黒さを見せる。
     あと少し。誰がともなく呟いた時。
     ダークネスは最後の抵抗に出た。
    「貴様さえ、貴様さえ殺せば!」
     既に炎の刃が消え去った掌をかざし、炎翼の炎をもつぎ込んで、一発の火球を放った。
     止める間もなく直進する炎は、灼滅者たちの隙間を抜けて、柚莉のもとへと。
    「ゆず!」
     慌てて迪琉が庇い出ようとするが、それを柚莉が止める。
    「大丈夫。ゆずには、琥珀がいるんだよっ」
    「ナノナノ!」
     ここは任せろとばかりに柚莉のナノナノの琥珀が、その身を広げて。
     一瞬だけ迷って、迪琉は踵を返す。視界の端に、まりもに庇われる涼莉の姿が見えた。
    「悠にぃは暢気でぐぅたら、でっ。苦労人でっ! でも、いつも優しく、してくれてっ。本当にやりたい事を思い出させて……!」
     火球が爆発を起こす。
     妹の声が爆音に掻き消えるのを認識しながら、迪琉は悠に向かって足を進める。
    「幾らゆー兄ぃでも、ゆずに手を出したのだけは、許さないんだからぁー!」
     手を握った時にゆずの手が恐怖で震えていたのを知っているだけに、従兄に対する怒りも、大きく膨らむ。
    「くそ、貴様らのような鎖さえなければ!」
     最後の一撃の失敗を悟った悠は、この時、グリュック王国への撤退を考えた。
     幸い、迪琉を除く者は全て、爆発に気を取られている。
     次の一撃さえ凌げば、直撃を避ければ、まだ生きられる。
     壊すのはまたの機会で良い。完全となった、その時に……。
    「まさか中途半端に逃げたりなんか、しないよね?」
    「な!! は、がっ?!」
     その時、悠の足元の地面に、伝斗の解体ナイフが突き刺さった。
     解体ナイフの柄から伸びる細長い鋼の糸を、悠の体に巻きつけて。
    「ボス戦じゃ逃げられない。逃げれるのはボスだけだ……けど、部長はボスなんかじゃない。」
     爆煙の中から姿を現した伝斗の正面には、一枚の護符が浮かんでいた。
    「おねーちゃん、悠にぃを助けてあげてっ……!」
     伝斗の背後から、柚莉が顔を出す。
     その声に合わせて、伝斗は鋼糸を手繰り寄せた。
     引っ張られた体が宙に浮き、巻きつく鋼糸がするりと抜ける。
     慣性に従い、悠の体は迪琉の手前へと。
    「うん、頼まれたよう!」
     安堵から、怒りはどこかに消えるようだった。
     柚莉だけでなく、ここに来られなかった全員の分を込める覚悟が出来た。
     コマ割の映像のように、一つ一つの動作をこなして。
     踏み込み、振りかぶり、全力で振りぬく。
    「優しいゆー兄ぃに、戻れぇー!!」
     斬艦刀の腹を使った、超重量のビンタ。
     ちょっとやそっとでは耳から離れそうにない、強烈な音が響いた。

    ●帰ったきた苦労人
    「……ったく。おめぇら、やり過ぎだっての」
     直りきらない怪我を、ナノナノが治癒してまわる。
     見た目に派手な怪我はない。
     時々、体の節々が痛む程度で、動くにも問題はない。
     ただ何か、頭の中で何かがガンガン波打つように感じる程度。
     理由は言うまでも無く、最後に叩き込まれた斬艦刀ビンタの影響である。
    「けど、ちゃんと戻ってこれて良かったんだよ」
    「まぁ、そうだけどなぁ…ぃつつ」
    「ちゃんと戻って来なかったら、首輪をつけてワンコロよろしく飼ってやるところだったのだ」
    「あぁ!?」
     軽い冗談だと、凪は悪戯な笑みを浮かべる。
     一応とはいえクラスメイトであり、心配して来てくれたには違いないのだから、悠もそれ以上、強く言う事は出来なかった。
    「……すまねぇな」
     だから、素直に謝りの言葉が口をついて出た。
     原因を辿れば、ゲルマンシャークによって強制的に闇堕ちさせられただけであり、悠が謝る事でもないのだが、それでも自然と口にしていた。
     心配をかけたと。
    「それは良いけど。他に謝るべき人がいるんじゃないかな、部長は」
     横から伝斗が、そう指摘する。
     次の瞬間、悠の視界はピンク色の髪、一つで埋まった。
    「いだだだだだ待て、締め上げるな! 叩くな、怪我、ケガ!!?」
     やっと戻ってきた従兄の本来の姿に感極まった迪琉は、骨を折る勢いで抱きつき、柚莉はポカポカと偶然にも怪我が集中する箇所を叩きまくる。
    「お前らわざとやってるだアだだだだ!? 伝斗、見てないで助け」
    「あ、そうだ。今度は部長がゲーム代、奢ってくれるよね?」
    「そうだな、お前助けた時そんな事あったな! って、イヤホンつけてんじゃ、後で覚えとけよ!」
     途中で救いの手を求めるも、伝斗はかつてのお返しだとばかりに両耳にイヤホンを装着する。
     ゲームをプレイしても音が漏れない、防音性の高いイヤホンには無論、悠の悲鳴は届かない。
     それでも悠を含めて、全員が笑っていた。
     なんでもない道の真ん中で、クスクスと、あるいはグズグズと笑っていた。
    「おかえり、なさい」
     悠を抱きしめながら、迪琉はそれだけハッキリと言葉にして。
    「……あぁ、ただいま」
     痛みをこらえて、悠は双子の頭を撫でる。
    「ぐずっ、……悠にぃの、仕事……ちゃんと、残してるからね……」
    「……あぁ……あぁ!?」
     次の柚莉の言葉にも、自然と答えていた。なんでだと。
    「そういえば、もう学園祭ですね。多分、帰った頃にはすぐに」
    「くそ、そうだった! 早く帰るぞひつじーず、ぶら下がるな! っ、何だお前まで!? 帰ったら何か奢れって!?」
     悠は双子を両腕にぶら下げたまま、立ち上がる。途中で面白がったまりもも、ついでに肩車されて。
    「ゲルマンシャークの情報はなしか。やっぱり、そう上手くいかないわよね」
     その背を見送り、京音は一人呟いた。
    「ま、いいか。はい、穂邑先輩。この子もよろしくお願いします」
     呟いて京音は、気絶している涼莉の体を悠へと、無理やり預ける。
    「おわっ涼莉か。って。俺は怪我人だぞお前ら!」
     帰り道で退屈する事はなさそうだった。

    作者:一兎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 9/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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