【御子を探して】今、為すべき事は

    作者:泰月

    ●下準備
     静菜と菜月は、すぐに村に向かわず、木陰で摩利矢の着替えを手伝っていた。
     顔を知られているであろう彼女を、変装させるためだ。
    「摩利矢さんが一人で行ったら、私達が一緒に来た意味が無くなります。どうか今は堪えて下さい」
    「お気持ちはわかるけど……あんまり先走らないでね」
     村に向かおうとする摩利矢の説得には少し時間を要したが、正論を重ねられて摩利矢も折れた。
     変装と言っても、出来る事と言えばクリーニングで汚れを落とし、服装と髪型を変えるくらいだが、それでも印象は変わる。
    「御子さんを救出した後、行き先がなければ私達の所へ来ませんか?」
    「前にも言ったけど、私達なら助けてあげられると思うの」
    「……そうね。どうせ当てはないし」
     そんな女性陣の会話を聞きながら、渡里は手にした地図を眺めていた。
     摩利矢に書き出して貰った村の地図だが、思った以上に大雑把で簡単なものにだった。気をつける場所の辺りをつけるには、少々足りない。
    「あ、まだ変装中か」
     そこに、GPS能力を利用して地図に抜け道の出口を記しに行った星瞑が戻ってきた。
    「位置取りは終わったか?」
    「ばっちりだよ!」
     渡里に、書き込んだ地図を見せる星瞑。
     これで摩利矢の変装が終われば、後は待つばかり。
    「小次郎の方はどうしてるかね」

     その小次郎は、村の周囲を人目につかないように地形を検分して回っていた。
    「第2、第3の脱出経路も考えておくべきか……」
     扇子で口を隠しながら、小声で呟く。帰りも抜け道を通れる保証は、まだない。
     検分の過程で、高い所から村の様子も遠目に確認出来た。
     天の時、地の利、人の和。人の和は既にあり、地の利も揃って来た。後は、天の時、即ち情報。
    「村に向かった3人は無事でしょうか」

    「あ、犬だ!」
    「本当だ!」
     御理は白いサモエドに姿を変えて、村に入り込んでいた。動物の姿ならば怪しまれないのでは、そう思ったのだが。
    「見た事ない犬だな」
    「捕まえなくちゃ!」
    (「え? ど、どう言う事ですか?」)
     村の子供を見つけたと思ったら、その子供達が捕まえようと追い掛けて来たのだ。
     完全に予想外だったが、此処で不自然な行動を取れば侵入者だとばれかねない。
     御理は野良犬のふりをして、逃げるように村の外へと戻って行った。
     一方、緋織とマリーゴールドはESPで関係者として村人から話を聞こうとした、のだが。
    「思った以上に、視線が厳しいですね」
     マリーゴールドが周りを見回す。視線が合う前に視線を逸らす村人達。
     視線を向けずにいれば、向けられるのは、訝しむ様な視線ばかり。
     関係者と思わせるESPを使っても、閉鎖的な村では村人として溶け込むのは難しい。
    『また胡散臭いのが来やがったな』
    『昨晩、森の向こうで死体が動いてたってよ』
    『その前は、村長の家にお茶を持って行った娘が酷い目にあわされたって言うじゃないか』
    『あの時の客は、ありゃ普通じゃねぇ。普通の女だと思ったら、半分顔が腐ってた』
     更に聞こえてくるのは、こんな陰口ばかり。
    「私達以外にも、外から村に来た人がいるみたいね」
    「しかも死体が動いてたって、アンデッドですよね」
    「摩利矢さんに聞いてみよう。アンデッドを使役する羅刹がいるか。いないなら……」
     緋織はそこで言葉を飲み込む。もしそうだとしたら、羅刹以外のダークネスがいることになる。
    『御子ちゃんに何か悪い事をする気なんだろ』
    『さっさと帰っちまえ』
     ともあれ、この様子では、村にいてもこれ以上話を聞けそうにはない。
     2人も、仲間達の元へと戻って行った。
    ●決断の時
     御子は村長の屋敷にいると思われる。
     但し、昨夜来たアンデッドを使役する『客』が現在もいる可能性が高い。
     村人は客が御子ちゃんに悪さをするのではと、心配している。
     また、今いる客とは別に、半分顔が腐った女の客も来ていたらしい。
     犬変身は向かないが、プラチナチケットなら村を歩き回れる。尤も、羅刹には見破られてしまうだろう。
     状況を考えると、この村から御子を連れて全員で逃げるには、彼女のラグナロクの力が必要になるだろう。
     偵察で得られた情報をまとめると、これが全てだ。
     限られた時間の中で、これからの動きを相談し、決めなければならない。
     何を為すのか。全ては、8人の決断次第だ。


    参加者
    夕永・緋織(風晶琳・d02007)
    李白・御理(外殻修繕者・d02346)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)
    謝華・星瞑(紅蓮童子・d03075)
    浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)
    マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)

    ■リプレイ


    「そっちは任せた」
     蛇に姿を変えて、一人で屋敷を目指す刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)。犬が駄目なら蛇ならば、という考えだ。
     残りのメンバーは、摩利矢を連れて、まずは普通の村人の元を訪れる事にした。
     彼らを説得して、村長達を屋敷の外に誘き寄せて貰う形での協力を依頼する為だ。
    「摩利矢さん。君が信用できると思う村人、いませんか?」
    「屋敷の中を知ってる人がいいな。お客さんが来た時に、お茶を出したりする人とか」
     丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)と夕永・緋織(風晶琳・d02007)が摩利矢に尋ねる。
    「屋敷に入った事ある人なら判るよ」
     答えた摩利矢の案内で、村を進む灼滅者達。
    「その人に御子さん救出に協力して貰えるように、頼んで欲しいの」
    「具体的にどんな協力をお願いしたいかは、私達の方から説明しますね」
    「……そんな簡単にうまくいくかな?」
     道すがら、浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)や結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)達から作戦を聞いた摩利矢は、不安そうに首を傾げつつも彼女らを案内する。
     だが、案内された先で村人達の見せた反応は、灼滅者達が望んだ形のものではなかった。
    「何だ、また新しい村長の客が来たのか」
    「違います、僕達は御子さんの――」
    「御子ちゃん目当ての村長の客だろ? お屋敷ならあっちだ!」
     李白・御理(外殻修繕者・d02346)が説明しようにも言葉を遮られる。早く行けと目が言っている。
     村人達は灼滅者の事を『村長の客の怪しい奴ら』だと錯覚しているのだ。
    「お願い、話を聞いて。私達は、御子さんをダークネスから保護しに来たんです!」
     マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)も村人に声を上げるも、何を言ってるのか判らないと首を傾げられる。
     外部から隔絶されたこの村の状況で『関係者』と錯覚させるESPを使っても、『村長の新しい客』と思われるのは、先に偵察した時と同じだ。
     ESPでも、望んだ通りの関係者だと思われるとは限らない。その場の環境や、相手の状況による。
     それでも、灼滅者達は村人に対しても正直に『御子を救いに来た摩利矢の友人』である事を通そうとした。正直過ぎたとも言えるだろう。
    「ぼくたちは、動く死体や怪しい客人のような普通じゃない存在と戦い、一般人を守る組織の人間です」
    「村長の客が、自分達の事を悪く言ったり倒したりする組織の人間だって言われてもねえ」
     御理が自分達の所属を告げるが、『村長の新しい客』と思っている村人達に、そう告げても『村長の客の怪しい奴ら』と怪しさが上がるだけだ。
    「もし、君達の言う事が本当なら、客どころか村の敵じゃないか」
     より怪しみ訝しむ様な目を向けてくる村人達に、逆に言葉に詰まってしまう。この村の一般人にとって、羅刹は自分達を保護してくれている存在だ。その羅刹が客としている者の敵となれば……。
    「……これってまずい感じじゃない?」
    「うん。これじゃ、さっき私達が来た時と変わらないよ」
     案ずる謝華・星瞑(紅蓮童子・d03075)に、内心でほぞを噛みながら頷くマリーゴールド。
     ナノナノを見せる事も考えていたが、今の状況で見せてもより怪しまれる可能性の方が高い。
     星瞑は一般人を魅了するESPを使えるが、説得にすらなっていない現状では、口を挟むタイミングが掴めない。
    「これは仕方ないわね」
    「摩利矢さん、お願いしていいかな?」
     摩利矢が相手なら、村人も話を聞いてくれるのではないか。
     そう期待して、緋織と菜月が摩利矢に頼む。
    「皆、久しぶり。ちょっとこの人達の話を聞いて欲しいんだけど」
     だが、摩利矢と気づいた村人達の反応も、予想とは外れていた。
    「あ! 摩利矢じゃないか!」
    「今までどうしていたんだ! 村長が探してるぞ!」
    「おい、すぐに村長に連絡しろ!」
     摩利矢だと判った途端、慌て出す村人達。
    「え、ちょっと待って。摩利矢殿から皆に話が――」
    「話? 話なら、村長への連絡の後にしてくれ! まずは連絡しなくては……!」
     走り出そうとした一人を星瞑がとっさに押し留めるも、まるで話を聞こうとしない。
     どうやら、村人の間にも摩利矢は手配されているようだ。
     その可能性を灼滅者達が考えなかった訳ではない。だが、村人が御子の事を案じている様から、摩利矢の話を聞いてくれる可能性の方に賭けたのだ。
    「おい、何の騒ぎだ!」
    「あれ、摩利矢じゃないのか?」
    「摩利矢が帰ってきたらすぐに連絡しろって言われてたよな」
     押し問答を続ける内に、騒ぎを聞きつけ他の村人も集まって来る。
     このまま放っておいて村人を抑えきれなくなれば、此方の事が村長に伝わってしまう。
    (「ごめんなさい!」)
     心の中で村人に謝って、菜月が騒ぐ村人達へと爽やかな風を放つ。
    「……なん……眠……」
     吹き抜けた爽やかな風が、村人達を一斉に眠りへ付かせた。
    「静かにはなったけど、どうするの?」
     周囲の村人が一斉に眠りに落ちたのを見て、摩利矢が灼滅者達に問うた。

     一方、その頃。
    「あの蛇どこ行った?」
    「さっき、その辺の草むらに入っていったぞ!」
    「見た事ない蛇だ。探して捕まえよーぜ!」
    (「ちっ……しつこい!」)
     蛇に姿を変えて一人屋敷を目指していた渡里は、村の子供達に追い掛け回されて、思うように屋敷に近づけないでいた。
     草むらに逃げ込み、木に登って降りて植え込みを突っ切っても、しつこく追い掛けてくる。
     偵察で犬に姿を変えた御理と異なり、彼が此処まで執拗に追い回されたのは、あくまで『屋敷を目指していた』からだ。
     村の外に出ようとしない為、子供達もそう簡単に諦めることはなかった。
     捕まらずには済んでいるが、このまま屋敷に入れずにいたずらに時間を使うのは拙い。
    「待てー! 蛇待……て」
    「向こうの方に…行っ……」
     焦りを感じ始めた時、追いかけていた子供達の声が突如、不自然に途切れた。
    「渡里ですか?」
     そして聞こえてくる小次郎の声。
    「小次郎か。皆も。どうして此処に?」
    「それはこちらが聞きたい事ですよ」
     人の姿に戻った渡里は、仲間達と状況を伝え合う。
     村人達を眠らせた7人は、あの後、摩利矢と共に屋敷を目指していたのだ。
     その途中で渡里を追いかける子供達に気づいて、またESPで眠らせたのである。
     眠る村人を発見されれば、それが誰であれ村に異変があった事が丸分かりである。
     それが羅刹であれば、侵入者とすぐに気づかれるだろう。
    「当ては外れましたが、兵は拙速を尊ぶ、とも言いますしね」
     苦い顔で小次郎が言う。
    「迷うより行動って事になったんだ」
     続けて星瞑が現在の方針を告げる。事がこうなってしまったら、すぐに村を去るか屋敷に攻め込むよりない。
     この時点で、村を去る意思は誰にもなかった。
    「すまん。こっちも、屋敷に近づけず終いだった」
    「動物変身系能力自体が、警戒されているのでしょうか?」
     御理の言葉に、恐らくと頷く渡里。
     いずれにせよ、村の中での行動の結果は想定から大きく外れてしまった。
     無策で向かう事に一抹の不安を誰もが抱えたまま、一行は村長の屋敷を目指す。


     村長(摩利矢によれば単に呼び方の違いで組長と同一人物との事だ)の屋敷は、大きな日本家屋だ。
     村には、他にこれほど大きな建物はなく、間違えようは無い。
     道中、他の村人にも羅刹にも見つかる事なく、無事に屋敷に到着。
     何も考えずに正面から突っ込もうとした摩利矢を引っ張って、勝手口から侵入を果たす。
     問題は、屋敷のどこに御子がいるのか。その情報はなく、屋敷の見取り図もない。
     灼滅者達の大きな心配であったが、これは摩利矢が解決した。
    「御子ちゃんの気配を感じる、こっち!」
    「摩利矢さん、一人でどんどん行かないで下さい」
     小次郎が止めようとするも、先頭に出てどんどん屋敷の中を進んでいく。
     摩利矢の感じる気配が本当に正しいという確証はなかったが、他に当てもない。8人は摩利矢を信じてその後に続いていた。
     御子の気配を感じる事が出来る事を摩利矢が今まで言わなかったのは、別に秘密にしていたのでない。
     単に聞かれなかったから、だ。
     これを伝えた方が良い、と考える程の頭があるなら、村にすら入れず窮地に陥る事はあるまい。
     そして今更そこを問い質すよりも、もっと気になる事がある。
    「静かすぎると思わない?」
    「見張りの一人もいませんね」
     小さく言った緋織に静菜が頷く。
     屋敷の中だと言うのに、護衛の羅刹の一人にも出くわさない。
     無論、戦闘を出来るだけ回避するよう、物音を立てず隠密行動をしてはいるのだが、だとしても順調すぎるのではないか?
     何かある。そんな予感は、全員が抱いていた。
    「摩利矢殿。影武者とか罠とか考えられるから、いきなり飛び出さないでね」
    「ここ! この向こうに御子ちゃんがいる!」
     慎重に、と星瞑が頼んだそばから、目の前の障子を蹴破って飛び込む摩利矢。
     仕方なく灼滅者もその向こうへ続いてと飛び込む。
     だが、その中にいたのは和装に身を包んだ壮年の男。
     顔に斜めに走る傷跡からして堅気には見えないが、それ以上に額に見える黒い角が、灼滅者達の目を引く。
    「組長!」
    「良く帰って来たな、摩利矢。御子様もお前の帰りを待ち望んでいたのだぞ」
     摩利矢に敵意を向けられても、村長は落ち着き払った態度を崩さない。
     そしてもう一人。
     その後ろにいる客人らしき、腐った半身を持つ翼ある女性。
    「お久しぶり、かしらね? 武蔵坂の皆さん」
     ソロモンの悪魔が一人、美醜のベレーザ。
    「まだ村にいたのね」
     予想はついていたが、出来ればいて欲しくなかった相手だ。マリーゴールドの声に緊張が混じる。
    「御子ちゃんはどこ! 御子ちゃんに何をしたっ! 御子ちゃんは私と一緒に村を出るのよ!」
     ベレーザには構わず息巻く摩利矢だが、しかし村長はそんな彼女を憐れむような見下し、背後の障子に手をかける。
     この部屋は、障子で区切られた大広間の一角なのだろう。開いた障子の向こうも同じ様な広さの和室だった。
     部屋の中央には大きな鳥籠の様なものが。中には、着物を来た少女が一人。
    「あれは、もしかして……?」
    「御子ちゃん!?」
    「摩利矢なの?」
     静菜の推測を裏付ける様に、互いに呼び合う摩利矢と御子。
    「無事でよかったぁ……」
     御子の無事に安堵する菜月だが、感動の再会には程遠い状況だ。
     間にいるのは村長とベレーザ。更に、御子のいる部屋は多くの鬼が描かれた不気味な絵図で飾り立てられている。
     その絵に、御子から何かの力が注ぎ込まれている事は、灼滅者達にも判った。
    「あの絵から、生き物のような気配もしますね」
     御理の危惧は、すぐに現実のものとなった。
     絵の中の鬼が動き出し、絵から這い出して来たではないか!
    「鬼が出てきた? どういう事だ?」
    「これこそ、我が羅刹の村に伝わる地獄絵図。御子こそ、地獄絵図を再び蘇らせる我らが女王となるべき存在なのだ!」
     渡里の声に、得意げに言う村長。
     同時に、地獄絵図の鬼達が彼らに襲いかかって来た。


    「くっ!」
     振り下ろされた地獄絵図の鬼の拳と、御理の巨大な拳がぶつかり合う。
     相殺の衝撃で弾かれた所に、星瞑がハンマーを叩き付ければ、鬼が苦悶の声を上げた。
    「よし、効いてるっ!」
     星瞑が思わず拳を握る。想定になかった敵との戦いだが、灼滅者達と摩利矢は互角に戦えていた。今の所は。
    「でも良くない状況、かな」
     5枚の符で作り上げた攻勢防壁を鬼に叩き付けながら、緋織が言う。
     そう。鬼と互角では、良くない。敵は他にもいるのだ。
    「撤退しましょう」
     最初に、静菜がその判断を口にした。戦い始めて3分程が経っている。
    「増援を呼ばれたら、逃げるのも難しくなっちゃいますね」
    「ナノ!」
     炎を這わせた刃で斬りつけながら、マリーゴールドが頷き、菜々花も賛同するかの様に一声。
     此処が敵地の中でなければ、このまま戦う事を選んでも良かっただろう。
     だが、ベレーザはあの戦争で生き延びた相手。村長の強さは不明だが、摩利矢より弱いとは思えない。
     2人がこのまま動かなかったとしても、羅刹の援軍が来るだけで、状況は一気に不利になる。
    「御子さんと摩利矢さんを一目合わせる事は出来ましたしね」
     小次郎も頷く。御子の無事は確認出来た。
    「残念です。村でもっと上手くやれていれば、こんな……!」
     御理が悔しそうに呟く。灼滅者達の誰もが後悔の念を覚えていた。上手く村長達を誘き出せていれば、他の組織の介入を警戒していれば……。だが、今は悔やむより先にすべき事がある。
    「摩利矢! 一旦脱出する。御子の事を思うなら、ここは俺達と来るんだ。組長が御子を脅す為の材料になる気か?」
     絵の鬼に鋼の糸を巻き付け動きを封じながら、渡里が摩利矢を呼ぶ。
    「貴女が無事じゃないと御子さんは苦しむ事になるの」
     更に緋織がも、背中を向けたままの摩利矢に言う。
     御子の為に、自分達と一緒に村を離れるようにと。
     2人の言葉は確かに正論だ。摩利矢が一人で残っても、状況が好転する筈もない。
    「ここで御子ちゃんを救い出す! お前達の諦めを押し付けるな!」
    「違うよ、摩利矢さん。あなたの願いを叶える事を、諦めるわけじゃない!」
     その背中に菜月が呼びかける。
    「菜月」
     摩利矢は振り向かずに、ただ一言、彼女の名前を口にした。
    「渡里も、緋織も、静菜も、マリーも、御理も、星瞑も、小次郎も」
     続けて全員の名前を呼んでいく。これまでずっと、君達、としか言わなかった摩利矢が名前を。
    「逃げたければ、逃げて。私は御子ちゃんを助けて、一緒に逃げる!」
     言うだけ言って、床を蹴って御子のいる鳥籠へ一気に突っ込んでいく。
     目の前に囚われの御子がいるこの状況で、理性的な判断を摩利矢に求めるのは、難しかった。
    「摩利矢さん!」
     菜月達も追おうとするも、絵の鬼に阻まれる。
     一方の摩利矢は何にも阻まれず、鳥籠の前に辿り着くと手を伸ばして――。
    「摩利矢、だめっ!」
     御子が制止の声を上げるのと、摩利矢が鳥籠から走った雷撃の様なものをまともに受けて吹き飛ばされるのは、同時だった。
    「罠があるかもって言ったのに!」
     部屋に突入する前に言った星瞑の予想は当たっていたのだ。だが、当の摩利矢がそれを警戒しなかった。
     余程のダメージを受けたのか、摩利矢は鳥籠のすぐ前で倒れたまま起き上がれない。
     灼滅者達も、彼女を助けに向かおうするが、その後ろに、突如現れる多数の気配。
    「増援!? え?」
    「アンデッドですか! こんな時に」
     振り向いたマリーゴールドと静菜が見たものは、アンデッドの集団。
     後ろから襲いかかってくるアンデッドと、絵の鬼に挟まれる形になった灼滅者達。
     向こうを見れば、摩利矢を見下ろすベレーザの姿。
     まさに悪魔の様な笑みを浮かべて、摩利矢を踏みつけると、右手の爪を喉元に近づける。
     直後。地獄絵図の間に、鮮血が舞った。


    「摩利矢……? いや……いやぁぁっ!」
     響く御子の悲鳴。動かない摩利矢。
     ベレーザの爪が摩利矢の喉笛を深く裂いたのは、灼滅者達も見えていた。
    「くそっ……サフィア、行けないか!?」
    「防護符を! 邪魔しないで!」
     渡里や菜月が彼女を助けようとするも、鬼とアンデッドの群れに挟まれ応戦するのに手一杯で、回復を届かせる事が出来ない。
    「御子様、嘆く必要はありません」
     目の前で摩利矢の血を見てパニックを起こしている御子に、村長が告げる。
    「摩利矢を救う力が、あなた様にはあるのですから。既に、力の使い方はご存じの筈」
    「……摩利矢を救う?」
     茫然と、御子がその言葉に反応した。
    「そう。地獄絵図に力を与えたように、摩利矢に力を与えなさい」
    「私の力を……?」
     御子の目が、摩利矢を見る。
     そのやりとりは、灼滅者達にも聞こえていた。
    「御子さんのラグナロクの力を使わせようとしているようですね」
     目の前のアンデッドを、鬼の拳で殴り倒しつつ、静菜が言う。
     御子のラグナロクの力を使わせる事でどうするのか判らないが、それがダークネスの企みなら良い事になる筈がない。
    「聞いてはいけません、御子さん!」
    「御子殿の力を悪用するヤツの言う事を、聞いちゃダメだっ!」
     御理と星瞑が声を張り上げる。
     だが、御子は止まらない。力を使うなと言うのは、摩利矢を見殺しにするのと同じなのだから。
    「摩利矢、待ってて。今、助けてあげる」
     御子がそう言った次の瞬間。御子を捕らえていた鳥籠が、あっさりと砕けた。
    「あれ? 皆、御子さんの姿が!」
     その変化に最初に気づいたのは、緋織だった。
     砕けた鳥籠の中から出てきた御子の姿は、中にいた時の少女の姿ではない。
     肩の上で揃えられていた髪は長く伸びている。背丈も伸びて、ぴったりと前を合わせていた着物がずれて鎖骨が覗いている。
    「後ろのあれは……梵字?」
     御子の背後に浮かぶ、内に文字の描かれた幾つかの円が組み合わさった何か。
     インドにいた事のある小次郎が、その文字が梵字であると気づいた。
     そんな御子の変化と同時に、倒れている摩利矢も『金色の光』に包まれていた。
    「あの光って、路地裏の時の?」
     その様子を見て、マリーゴールドが気づく。そうならば、摩利矢の傷は回復している筈だ。
    「摩利矢さん、御子さん! 鳥籠から出られたなら一緒に逃――」
     御子を捕らえていた鳥籠がなくなり、摩利矢の傷が癒えた。なら、一緒に逃げる最後のチャンス。
     そう思った静菜が2人に逃げようと声をかけるが、その言葉を最後まで言うよりも早く、凄まじい光が全員の視界を灼いて、衝撃が空気を揺らす。
     それは御子から放たれた雷の様な攻撃だったのだが、そこまで認識出来たのは、何人いただろうか。
     光と衝撃が収まった直後、静菜が膝から崩れ落ちた。髪飾りが千切れて、髪が解けている。
    「静菜さん!?」
     意識のない静菜を咄嗟にマリーゴールドが支える。菜月が癒しの符を施すが効果はない。
     既に体力の消耗があったとは言え、魂が凌駕する余裕すら残さない、圧倒的な一撃。
    「今のは御子さん? ……何で?」
    「私はラグナロクダークネス。羅刹を導くもの」
     何故、御子が攻撃を。緋織の呟いた言葉に答えるかの様に、御子が静かに告げる。
     良く見れば、その額には、5つの黒い角があるではないか。
     目覚めてしまったのだ。村長の言った『我らが女王』として。
    「摩利矢、私に従いなさい」
    「御子ちゃ……、いえ、御子様。仰せの通りに」
     その言葉で、すっかり傷の癒えた摩利矢が立ち上がり、御子の傍らについた。
     正面にはラグナロクダークネスとなった御子、摩利矢、組長。ベレーザもいる。
     地獄絵図の鬼とアンデッドの群れは、変わらず灼滅者達に襲い掛かってくる。
     更にアンデッドの群れが現れたと言う事は、ノーライフキングもいるかもしれない。
    「これは……厳しいですね」
     一人倒れた上に、前も後ろも敵。まさに絶対絶命。その状況が、御理に心を決めさせた。
    「このまま誰も帰れないのは、ダメだよね」
     呟いた緋織の瞳に帯びていた金色が、心なしか輝きを増す。
    (「負けられないの……だから……ごめんね……」)
     常に他人を優先考える菜月も、ここで決心した。
     心の中で、恋人に詫びる彼女の髪と瞳の色が変わっていく。
     3人の気配が変わった事は、仲間達もすぐに判った。自分達の中の闇に、鬼に、身を委ねたのだと。
    「静菜さんは私が」
    「殿は俺が持つ。2人は前を」
     マリーゴールドが静菜を抱え、その後ろに渡里が付く。
    「判った。こっちは任せろ!」
    「時が来たら一気に行きましょう」
     星瞑と小次郎も頷いて得物を構え直す。3人の決意を無駄にしない為に、今は耐えて、好機を待つ。
    「……村長さんを」
    「そうだね」
     菜月と緋織の短いやりとりに、御理も頷いた。
     狙うは村長。残る理性で、敵の指揮系統を崩し仲間の逃げる時間を作る為に下した判断。
    「ほう?」
     闇堕ちした3人の視線を受けて、ピクリ、と村長の眉が動く。
    「お前を倒せば、仲間が逃げる隙くらい!」
     修繕者から解体者に。口調も変わった御理が言って、3人が同時に床を蹴る。
     立ち塞がるアンデッドを軽く蹴散らして、3人が、村長に迫る。
    「やめなさい」
     そこに、御子が静かに声を発した。
     それだけだ。ただの一言で、3人の動きがピタリと止まる。
    「……な……ぁ……」
     そればかりか、呼吸すら奪われた様に言葉も発せずに、3人の体が力を失い倒れ込む。
     御子は、苦しむ3人の前に屈むと、順番に、優しく手を触れていく。
    「わかりました。あなた達は、私の友達になりにきてくれたのね。そうであるならば、私はあなた達の望みを叶えましょう」
     穏やかな声で、御子が言う。
    「その方達を追ってはなりません。無事に村から出してあげて下さい。私の友達の望みなのですから」
     残る灼滅者達を見ながら、御子は村長に対して告げる。
    「それにね、こんな些末時に関わってる暇は、私達にはもう無いのではなくて?
     私達は、この世を再びダークネスの支配する地に変えなければならないのですから。それが、私が目覚めた理由なのでしょう?」
     あくまで穏やかに、静かに告げる御子の言葉は、不思議と良く響いた。


    「ん……ここ、は?」
    「あ、静菜さん! 良かった、目が覚めたのね」
     マリーゴールドの背中で、静菜が目を覚ます。
    「……どうなったんですか?」
    「御子がラグナロクダークネスになった。が、その御子が、逃がしてくれた」
     苦虫を噛み潰す様な表情で、渡里が静菜が倒れた後に起きた事をかいつまんで話す。
     闇堕ちした3人から何かを感じ取ったらしい御子のあの言葉で、5人は無事に村を出る事が出来た。
     村を離れた後も、彼女の指示通りに羅刹の追っ手がかかる事はなかった。
    「もうすぐ街に出ます。連絡を入れて、急いで学園に戻りましょう」
     植物の路を作る為に、先頭を行く小次郎が言う。
    (「落とし前はつけなくてはね」)
     絶対に生きて帰る。そう決めていた小次郎。このままにするつもりはない。
    「でも……御子さんは、闇堕ちした皆も助けてくれたんだよね。友達になりに来てくれたって」
     ポツリと、マリーゴールドが呟いた。
     あの時、御子は3人を殺す事も出来た筈だ。
     全滅する事なく外に出られたのも、御子の言葉があったからだ。
    「まだ……本当に、心の底からダークネスになったわけじゃないのかな」
     誰に言うともなく、星瞑が呟く。そうと証明する術は今はないけれど。
    「……そう、信じたいですね」
     背負われたまま話を聞いていた静菜が、小さく頷いた。

    作者:泰月 重傷:結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781) 
    死亡:なし
    闇堕ち:夕永・緋織(風晶琳・d02007) 李白・御理(白鬼・d02346) 浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403) 
    種類:
    公開:2013年7月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 40/感動した 3/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 8
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