譲れない一線

    作者:

    ●殺人講義
     塾で授業を受けていただけだったのに。
     突如ホワイトボードに飛び散った講師の頭蓋の肉片と鮮血に、教室は一斉に恐怖と混乱に陥った。
     少年もまた、恐怖を顔に張り付かせ教室の扉へ向かう。此処に居ては危険と、考えるまでもなく体は動く。
     しかし直後、ぷつんという衝撃と共に、永遠に意識を手放した。
    「――全く。これしきでぎゃあぎゃあ喚くのはナンセンスですよ?」
     低く理知的な声だった。
     目の前の凶事など何てことないと言わんばかりの落ち着き様は、却って声の主――教卓に現れた男が普通で無いと感じさせる。
    「折角灼滅者達を誘う餌なのですから、少しは餌らしく弁えていただけませんか。……尤も彼らが来ようが来まいが、逃す気など毛頭ありませんが」
     ふ、とまるで紳士然として微笑う男。
     動けば、死ぬ。扉を目指し倒れた数人の塾生達を横目に、教室に残された少年少女達は、恐怖からぴくりとも動けない。
    「さぁ、未来在る若者達。亡き君達の教壇の師に倣い、私も教えて差し上げます。人の殺し方というものを――実践でね」
     未来など無いのではと、男の言葉の矛盾に反論できる者など、10分後の教室には1人として生き残っては居なかった。
     
    ●苦難
    「序列は、五八五」
     淡々と語る唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)の表情は、いつにも増して暗かった。
     いつも予知を書き記しているノートを抱き、暫しの沈黙の後、重い口を開く。
    「名前は黒木(くろき)。塾で授業中の小学生を殺害するその凶行自体、六六六人衆らしいものではあるけど――黒木の本命は、あなた達灼滅者よ」
     つまり――『六六六人衆の殺人ゲーム』。
     様々なダークネス勢力が活発に蠢く中、殺戮と灼滅者の闇堕ちを狙う彼らの動きにも、未だ終息は見られない。
     そして、その中の或る1人の動きを、姫凜の全能計算域が察知した。
    「……あなた達が行く頃には、既に被害者が出てる。30人の小学生が居る教室を占拠した黒木は、先ず講師の先生、次に扉に近付いた子供達を殺害するの」
     併せて7人。確実に救けること叶わない命があると、姫凜は目をぎゅっと閉じて呟いた。
    「だからって、放っておいたら待っているのは皆殺しよ。逃げるわけにはいかない……」
     意を決した様に言って、見開かれた姫凜の瞳にもう焦りと迷いは無かった。
    「到着時点で、教室には生存している塾生達が24人居る。先ずあなた達は、廊下から大声で黒木を呼んで」
     状況的に奇襲は不可能。だから先ず、黒木を教室から誘き出すのが被害を最少に抑える策だと姫凜は言う。
    「黒木は針の様な武器を使うの。投擲武器よ。……だからあなた達との戦闘中でも、視界にさえ入れば黒木は塾生達を狙うことができてしまう」
     加えてこの男には、廊下から呼ぶ灼滅者の声を誘導だと判断するだけの知性がある。
     だから黒木は、塾生達を射程から逃さぬ様わざわざ教室の扉を破壊して廊下へ出てくるのだ。この射程の維持の為ならば、戦闘中に壁を壊す様な行動すら取りかねない。
     人質の役目を違えぬ為。そして灼滅者達を絶望的状況へとより深く追い込む為に。
    「10分ほどで黒木は撤退するけど、だからと言って時間稼ぎにと守りに徹すれば、挑発として子供達の命を狩りにかかるでしょうね……攻めて、引き付けながら戦って――その上で、守って」
     どう動くかは灼滅者次第だが――守る、その難しさ。それでも、子供達を守らなくてはと決意を告げる灼滅者達に、姫凜は俯いた。
     戦いへ赴く彼らの覚悟も知るなら、最後の手段だって知っている。
    「子供達もだけど――あなた達自身のことも」
     『守って』。最後に告げたその一言が、他のどんな説明よりも深く重く、灼滅者達の心に圧し掛かった。


    参加者
    黒瀬・凌真(痛歎のレガリア・d00071)
    神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    廿楽・燈(すろーらいふがーる・d08173)
    神園・和真(カゲホウシ・d11174)
    木嶋・央(黄昏の護り手・d11342)
    影崎・雪音(白焔の神姫・d12376)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)

    ■リプレイ

    ●葛藤
     フロアに降り立った廿楽・燈(すろーらいふがーる・d08173)は、強く拳を握り締めた。
    「少しでも犠牲が出ないようにするんだ……!」
     廊下一面に敷かれた赤いカーペットに、一瞬どきりとする。六六六人衆・黒木が齎す惨劇の舞台は突き当たり、閉め切られた2つの扉の中。
     悔しいけれど――今日の敵は恐らく今の自分達では倒せない。
    (「正直、怖いですよ……でも」)
     事実は心に重く、星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)の手は、僅かに震えを刻む。
    「でも堂々と虚勢を張って敵に立ち向かいましょう。だって私は探偵ですから!」
     はっきりと放たれた決意を言葉に、灼滅者達はスレイヤーカードを解放する。
     ばしゃん! 闘志を歓迎するかの様なタイミングで、突然激しい水音が響き渡った。
     教室の扉だ。覗く正方形の小さな窓枠を打ったのは、粘性帯びた赤い液体――。
    「……!」
    「来たぞ、ダークネス! お前の望みどおりに来てやったぞ!」
     息を飲んだ影崎・雪音(白焔の神姫・d12376)の隣で、神園・和真(カゲホウシ・d11174)が怒り露に声を張る。
    (「私達を誘い出す為だけに罪もない子達を手にかけるなんて……!」)
     救えない命があると知っていた。だが――怒り心に強く、しかし表情には心隠して神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)は霊犬・久遠と共に前へ飛び出した。同時にボン! と大きな音を立て、1つ目の教室の扉が砕け散る。
     目指す、もう一方の扉――開かれぬその先に禍々しい何かの気配を感じて、燈、和真、次々と灼滅者達が紫へ続き地を蹴った。
    「もう、俺の刹那を奪わせてたまるか……」
     呟いた木嶋・央(黄昏の護り手・d11342)の心中には、闇堕ちゲームへの深い憤りが渦巻いている。
     握り締める『守護刀・刹那』にかけがえ無い日常を守る誓いを託し、心の限りに央は呼んだ。
    「来いよ六六六人衆! 今度は俺がてめぇを殺してやるよ!」
     ボン! 応える様に再び響いた爆音に、2つの扉は完全に粉砕した。粉塵舞うその先から放たれる黒き殺気にも臆せず、現れた人影へ紫が全てを守る盾の衝撃を見舞う――。
    「ようこそ灼滅者。お会いできて嬉しいですよ」
     静かな声に反し、ガキン! と衝撃弾ける音は鋭い。
    「今宵は大いに愉しませてくださいね」
     現れた男は物腰上品。しかし身に纏うグレースーツは所々を赤く染め――質良いスーツを彩るそれが何なのかを、灼滅者達は知っていた。
    (「本来ならすぐにでも人質を助けたいのですが」)
     式守・太郎(ニュートラル・d04726)が眼鏡越しに見つめる男の向こうには、身を竦ませる小さな少年の姿。
     ――守るには、攻めるしか無い。
    「人質なんて取らなくても、相手して欲しいなら相手してやるよ。それとも自信がなかったか? スルーされちゃう、ってな」
     ひゅん! と黒瀬・凌真(痛歎のレガリア・d00071)の槍が、空を切った。己へ向けて中空でぴたりと静止した穂先に、黒木の口元が深く笑みを刻む。
    「心配するなよ――人質なんていなくてもな」
     倒せない敵と知って尚放たれた凌真の口上が、戦いに挑む灼滅者達の強い決意を物語る。
    「六六六人衆は、灼滅する」
    「私の推理が正しければ今回の事件の犯人は――黒木さん、貴方ですね!」
     倒せなくとも、倒す心で――凌真の隣、綾が同じ様に黒木を指差すと、駆け出した燈の槍『鬼灯』の刀身が、黒木目掛けて螺旋を描きながら仄かに赤く煌いた。

    ●虚勢
     剣戟は、高らかに音を響かせ戦いのフロアを彩る。
    「お前の誘いを受けて来てるんだ。今は僕達に付き合ってくれよ!」
     久遠の浄化の光を受けた凌真の撓るウロボロスブレイドが、黒木の足の腱へと伸びた。
     ばつん、と確かな手応え。しかし直後、その姿は一瞬で凌真の前から消え失せる。
    「まだまだ」
     ――上。とん、と凌真の頭を軸に、男はふわりと中空を舞った。
     血流れる足を庇いもせず軽やかに着地するそこへ、すぐさま和真の黒き斬撃が迫る。
    「簡単に人の命を奪いやがって……!」
     吐き出す和真の怒りに、黒木はにやりと微笑う。斬撃受けた腕染める血には目もくれず、黒木はちらりと教室を見遣った。
     沈黙の教室の全容は定かでは無いが、隙間から覗く血肉と屍が、起こった惨劇を物語る。
     生存する子供達も、震えて――身動き1つ取れぬ程、恐怖に囚われているのだろう。
    「必ず助ける! そこから動かないでくれ!」
     祈る様に、幾度も和真は声を張る。子供達の未来を繋ぐべく――守るべく、央と太郎は黒木へ一気に距離を詰めた。
    「てめえの相手は俺だろうが!」
    「余所見をするなんて余裕ですね」
     黒木の両側から襲う、雷撃纏う央の光の拳と太郎の回復困難な傷口を生む斬撃。
     確りと当てて、尚穏やかに笑む黒木――男の底知れなさに2人が一時後退すると、そこへ一陣の風が吹き抜けた。
    「――勇気、くださいね」
     漆黒の髪を彩る雪の結晶に手を添えて。仲間癒す風を放った雪音は、黒木離れた教室の入口に立っていた。
     背に負う、24の命。少しでも心癒せればと送った魂清めの風が、どれ程効いたかは解らないけれど。
    「……護り抜きます。子供達も、大切な人も」
     誓う心。仲間を支える癒しの力は、この戦いの要だ。
    「いいですねぇ、癒す方もいらっしゃる。それに対して……おお痛い。8対1で多勢に無勢だと言うのに、少しは優しくしていただけませんか」
     芝居がかった声と動作で語る黒木。攻めても攻めても奪えない余裕を攫うべく、綾は敢えて挑発的な言葉を返した。
    「五八八番目程度の三下では、小細工を労さないと私達とやり合うのは怖ろしいのでしょうか。人質など取らずとも、正々堂々戦ってあげましたのに」
     正しくは、五八五。告げた序列が間違いだとは知っている。
     少しでも意識を子供達から此方へと引きたい。厳格な序列を敷く六六六人衆ならばもしかしたらと、震える心に鞭打ち放った虚勢に、黒木の表情は変わらないが――。
    「……あの程度の命、狩った所で少しも愉しくありませんが、貴方方を誘い出せた点ではそれなりに存在価値はあったのでしょう。尤も――」
     再び、黒木の体をどす黒い殺気が包む。
     挑発は確かに意識を子供達から灼滅者へと向かわせたか。歪んだ黒木の笑顔が深く皺を刻んだ瞬間、ぞくりと灼滅者達の背筋に悪寒が走る。
    「……貴方方が愉しませてくだされば、の話ですが」
     前列に並ぶ灼滅者達に、黒き殺意が迫る。
    「――あっ」
     とん、と燈の背を柔らかな何かが突き飛ばした。その力の優しさに、庇われたと理解して振り向けば――毛並み美しい紫の半身、久遠。
    「久遠っ!」
     伸ばした紫の手は、黒き殺気に覆われる。体中が悲鳴を上げたその激痛が去れば、そこに久遠の姿は無かった。
    「許せない……こんなこと……!」
     自分を守り倒れた仲間を思い、燈の明るい橙の瞳がより強く鋭さを纏う。
     正直、苦しい。圧倒的な黒木の力に対し、自分達はあまりにも小さく思えるから。でも――。
    「何があっても止めます。……私達が守りますから!」
     子供達の心にも届けと。雪音は威勢の声と共、再び戦場へ清めの風を送る。
     『何があっても』――癒しの風と選んだ道の険しさへ挑む覚悟に背を押され、灼滅者達は再び前へと、駆けた。

    ●誓い
     縦横無尽に駆け回る度、白いマフラーが翻る。
    「和真先輩!」
    「何人の罪もない人の命を奪えば気が済むんだよ! アンタたちは!」
     勢い殺し踏み留めた足で地を蹴り、太郎は黒木の死角へ回り込む。
     和真が、輝くオーラの連撃で黒木に対峙するその攻撃の切れ間を計り、太郎は直刃の直刀『灼滅刀』を思い切り良く振り切った。
     スパン! と小気味良い音。息の合った連携に、黒木の右側頚から多量の血液が噴き出した。
     恐らく動脈を斬っただろう、人ならば致命的な傷にも、黒木は余裕だ。
    「ほう、これは中々……灼滅者もやるものですね」
    「口を開くな! 喋るな! 囀るな!」
     響く和真の怒声に紛れ、綾は死角から黒木へと詰め寄った。しかし、懐に飛び込めば、待っていたと言わんばかりに黒木の針が纏いごと切り裂く殺人斬撃を受け止める。
     銃の名を刻印したナイフで、ぎりぎりと拮抗する力。ニィ、と至近で浮かんだ黒木の歪な笑みに、綾の体から血の気が引いた。
     ――何か、来る。
    「私も、多少甘く見ていたことを詫びましょう」
     取り出したのは左手。そこに握られた針は、こびりついた赤黒い色素が鈍い光を放つ。
    「綾ちゃん!」
     強い力が綾の体を後ろへと引いた。すれ違う様に眼前を通り過ぎた藤色の髪の少女に針が振り下ろされるのが、スローモーション映像の様にはっきりと見える。
     黒木のスーツを赤く染め抜くほど激しく飛び散る、美しい紅蓮の血潮も。
    「神代さん!」
    「……! おいおい、怪我人気にするなんてつれないな」
     起こったことを理解しその名を呼ぶ綾と、そのまま綾の腕へと倒れる紫。2人の前に飛び出した凌真は、追撃を阻止すべく槍の猛攻で黒木をその場から後退させる。
     駆け寄った央へと、紫は笑って見せた。
    「……大丈夫」
    「紫、でも!」
     紫の胸元は、おびただしい出血と深く刻まれた傷が痛々しい。
     かろうじて意識を繋ぎ止めているが、久遠の離脱後たった1人のディフェンダーとして戦線を支え続けた彼女は、怒りの付与も手伝って、恐らく癒してもあと一撃と保たない。
    「この程度……あの子達が心に負った痛みに比べれば些細なものね……」
     今は黒木と燈、黒木と太郎、と代わる代わる剣戟交わる戦いの空間。隔てる壁の向こうに震える子供達の命運は、灼滅者達が握っている。
     『何があっても』――守り抜くその覚悟を、この戦場に立った灼滅者達は持っているのだ。
     倒れても、闇堕ちしてでも守ること――それが、灼滅者達が定めた決して譲れない一線だから。
    「……わかった」
     首にかけた鍵を握り締め、央はゆっくりと立ち上がった。
     雪音が、瞳を伏せて聖なる光条を紫へと注ぐ。きらきらと輝く光に立ち上がる紫の傷はほとんど癒されず、残るたった一度を支える気休めにしかならないだろう。それでも、癒したかった。
    「……そこを、動かないでね。あなた達にはこれ以上、手出しさせないから……!」
     強く子供達への決意を語り、紫は、許されたたった一度を仲間のために使った。
     ソーサルガーダー。癒しと身を守る盾とを同時に授ける心優しきサイキックは、今戦場で自分を除き最も消耗している太郎へと。
     やがて黒木が前列一帯を巻き込む毒針を繰り出した時――。
    「……終わらせるぞ! 胸糞悪いこのゲームを!」
     役割を全うし遂に意識を手放した紫を横たえ、央は『守護刀・刹那』の切っ先で黒木を指す。
     戦闘開始から、既に8分が経過していた。

    ●譲れない一線
     小さな体がタタタと細かな足音を刻み、戦場を駆ける。
    「黒木さん、絶対に許さないから……!」
     たん! 強く地を蹴り飛び上がった燈が空に生み出す妖気の氷柱は、黒木目掛けて上から隙間無く降り注いだ。
     灼滅したい。灼滅できない。力の差をその身に知った今でも、悔しさは拭えない。
     氷柱の軌道で黒木の後方後退を誘い、燈は信頼するその名を呼んだ。
    「央先輩っ!」
    「――もう、誰も失わせない!」
     呼び声に応え、央は赤い巨大な刀身――『ギロチン』を真上から豪快に振り下ろす。
     巨刀に重力と渾身の力を乗せ繰り出す、その業の名は戦艦斬り。
    「……くっ」
     ズン、と通路を抉る重く鋭い一撃が、黒木の体を左肩から垂直一直線に抉った。今日初めて漏れ出た黒木の苦痛の声に、今が好機と和真が一気攻勢に転じる。
    「俺の中のダークネス! お前たちを滅ぼす力を……俺に、貸せぇっ!」
     体に潜む闇を、ネックレスを握り締める拳に集める。
     決して許せぬ闇の力を操り戦う和真が背負うのは、嘗て奪われた幸せをもう二度と奪わせない誓い。己が無力を呪うからこそ、黒木へ繰り出す刃は鋭く、迷いが無い。
    「人の痛みを、恐怖を、奪われる者の怒りを知れ!」
     繰り出すは、精神奥深くに根付くトラウマを引き出す、闇の拳。
    「……煩いですねぇ」
     それを右肩に受けた黒木は、スーツの上着を脱ぎ去ると俯き、動きを止めた。
     右手には、悪意蝕む毒針。そして左手には、赤黒く変色した血を纏う、凶暴な針。
    「……」
     攻めに出ようとする凌真を手で制し、太郎は冷静に戦況を見つめた。
     今、灼滅者は7人、内前衛が5人。ディフェンダーのない今、仮に毒針を前衛が一斉に急所に受けたとして戦場に残れるのは、恐らく中・後衛の2人と凌真、燈の4人。急所でさえなければ央も残ることは出来るが、ぎりぎりだろう。
     此処まで黒木の凶刃が教室の子供達に振るわれたのは開戦前だけだった。本当に奇跡的な展開だ。倒れた仲間こそ居たが、このまま戦闘終えられたなら被害は最小限。時間的にも、それを実現できるぎりぎりの所まで来ている。
     だからこそ今、このままこの戦いを終える為に自分がすべきことは1つしか無いと、太郎は知っていた。
    「影崎先輩、和真先輩の回復を――それが、最善です」
     眼鏡の奥の漆黒に迷いは無い。太郎が雪音にだけ聞こえる様に呟いた言葉に倒れた紫と同じ決意を感じて、雪音は再び悲しく瞳を伏せた。
     瞳閉じれば思い浮かぶ、大好きな人達の笑顔。太郎も恐らく、それを守るために戦っていると解るから――。
    「……白焔の神姫、まいります」
     心汲んで、雪音の決意の光条が和真へと降り注いだ。輝きの温かさに穏やかに笑んだ太郎は、『灼滅刀』を手に前へと飛び出す。
    (「守れるものが在るのなら。後悔はしたくない――」)
     恐らく今、黒木は次手を計っている。撤退の頃合の今、闇堕ち狙う黒木が次に行うのは恐らく、灼滅者への追い討ち。
     此方の消耗度を見ても、最終的には前衛数人を一度に落とせる毒針を使い追い込んでくるだろう。実現すれば、戦況は一気に黒木に傾いてしまう。
     ならば自分にできることは、黒木が判断を下すその前に仕掛け、攻撃を誘うこと。
    「太郎先輩っ!」
    「俺は――俺達は、あなたを灼滅しに来たのですから」
     独りの戦いでは無い――燈の声を背に、仲間を信じた太郎の胸を凶暴なる針が貫いた時、この戦いの勝敗は決した。
     凌真がウロボロスブレイドを構える。
     悔しい。悔しいけれどでも――倒れた仲間の存在も、全て勝利に不可欠だった。
     絶対に救えない命はあったけれど、せめて――犠牲者へはESP『走馬灯使い』で、安らかな死を与えられたら。
    「罪のない人が欲望の為だけに殺される。こんな事を繰り返してはいけないんだ!」
     駆けた凌真の死を呼ぶ漆黒の刃が黒木へと迫ると――己の殺気を身に纏った黒木は、そのまま空間から夢の様に掻き消える。
     戦果は、譲れぬ一線を貫き通し救える最大数の命を守った、灼滅者達の完全勝利。
     苦しくも長い戦いは体に、そして心に傷痕残し、しかし確かに未来へと繋がれた。

    作者: 重傷:神代・紫(宵猫メランコリー・d01774) 式守・太郎(ブラウニー・d04726) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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