「ねぇ知ってる? 『夕焼けの影』の話」
とある街の女子高生たちが家路へと急ぐ。
夏の暑さはまだ厳しい。とはいえ日は確実に短くなり、橙色の世界の中で彼女たちの影が徐々に長くなっていく。黒く濃く、深い闇の色を連れていく。
通りがかった商店街で、さびれた細い道を少女が指差した。
「そこの道真っ直ぐ進むと行き止まりでしょ。で、ちょうど西日がきつくなる時間、誰もいないはずなのに長く影が伸びるんだって。それが人の形をしてるって話」
「えー、そっちって全然建物もないんじゃない? 人の気配もしないじゃん」
ふと夕陽の方角に視線を向けると、眩い光が目を貫いた。
暑さはまだまだ、厳しい。
「そりゃね。そこのガードレールの向こう、急勾配になってるはずから」
「だったら尚更そっちに人影があるなんておかしいって」
彼女たちは知らない。
その道の行き止まりに確かに人影があることを。
黒く長い影が、嗤っていることを。
教室に集まった顔ぶれを見渡して、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は静かに頷く。
「集まってくださってありがとうございます。『都市伝説』が実体化しました。皆さんにはその殲滅をお願いします」
もしかしたら、最初は本当に誰かの『影』でしかなかったのかもしれない。それがサイキックエナジーを受けて実体化した。
そして特に夕陽が強くなる時刻に――一般人に危害をもたらす存在となる。
「『影法師』と呼ばれる都市伝説です。ある商店街の細道を、夕方に真直ぐ進んで頂ければ見つけられます。地面に伸びてくる人型の影を『踏んで』捕まえてください」
影は太陽が高いほど短く、低いほど長い。
それがそのまま敵との距離となるため、作戦によってタイミングを計るといいだろう。
「影踏み鬼の要領ですね。一度捕まえることが出来れば、敵が動くことはありません」
対して灼滅者側はずっと影を踏み続ける必要はないと説明は続く。
「『影法師』は影の腕を伸ばした刃で切りつけてきます。この攻撃は遠距離まで届くので、油断しないでくださいね。刃が黄昏色に染まった時は近接攻撃も行います」
熱を宿した茜色の刃は、【炎】 のバットステータスを付与してくるという。
配下はいないが、一体で複数の灼滅者を相手取れるほど強い。
「また、敵が動かないということは西日に向かって戦う可能性が高いということです。強い日差しで目が眩んだら大変ですよ」
幸い道の先、『影法師』の周りは場所がひらけているし障害物もない。
だがその背の向こうはガードレールと急勾配の崖だ。背に回り込むことは出来ないと思っていい。工夫があれば尚ベターでしょうかと姫子は首を傾ぐ。
現時点で一般人に危害は及んでいない。まだ、間に合うのだ。
「皆さんなら影の刃を折れると、信じています」
そしてその先にある、血にまみれた未来を止めることも。
姫子は噛み締めるように呟いて、瞳を伏せた。
参加者 | |
---|---|
佐々木・侑(風・d00288) |
月宮・白兎(月兎・d02081) |
狐目・涼(ネクロポリタンは嗤う・d02229) |
クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377) |
桜川・るりか(中学生ダンピール・d02990) |
瑠璃垣・絢(ペインキラー・d03191) |
瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192) |
北郷・水辰(乱刃村時雨・d04233) |
●影法師の裾
夏の名残を宿した陽射しが傾く前。
灼滅者たちは日が高いうちに、現場の商店街近くで集合していた。
都市伝説『影法師』の影が短いうちに踏み戦闘を開始すると、あらかじめ作戦を立てていたからだ。
「……そういえば。 影踏み鬼とか、今どきの子はあんまりやらないのかな」
頬に滲む汗を手の甲で拭い、北郷・水辰(乱刃村時雨・d04233)が訥々と呟く。
あいにく残暑は和らぐ気配を見せてくれない。貫くような光が容赦なく降り注ぐ。
今日も幸か不幸か雲ひとつない快晴だ。鋭くも濃い西日とそれが生み出す影が、はっきりと姿を現すだろう。
瑠璃垣・絢(ペインキラー・d03191)が手で顔を煽ぎながら答える。
「確かにあんまり見ないかも。今回の都市伝説の元が影踏み鬼だとしたら、踏みに行く私たちの方が鬼になるのかな?」
「かもしれんなぁ。ま、影踏み鬼なんてガキの頃以来や。楽しませてもらおか」
ゆるりと目を細めたのは狐目・涼(ネクロポリタンは嗤う・d02229)。日が傾き始めた細道へ歩を進める。彼に続きひとりひとりと、さびれた商店街の路地へと真っ直ぐ歩いて行った。
ほどなくして事前に説明を受けていたとおぼしき場所で足を止める。目に入るのは道の行き止まりを示す、ガードレール。
徐々に空の色が薄らいできた。水色から橙色へのグラデーションだ。夕暮れが近い。
「一般人に被害が出んうちにちゃっちゃやりましょかいねっと」
佐々木・侑(風・d00288)がかけた緑色がかったサングラスが、彼の鋭い眼光を隠した。他の灼滅者たちも視界を暗くしすぎない色レンズのサングラスやゴーグルを装着していく。強い西日に目が眩まないようにするための対策だ。
愛用の度入りゴーグルを僅かに調整し、月宮・白兎(月兎・d02081)は穏やかに笑んだ。
「皆さんもサングラス、お似合いですよ」
「大丈夫かな。ボクこういうの慣れてないから変な感じ」
目を凝らし、桜川・るりか(中学生ダンピール・d02990)は倣うようにゴーグルを着けながら前衛の位置につく。
『影法師』が出現すると思しき位置を囲むように、前衛陣は立ち位置を定めていく。侑のライドキャリバー、シェリーも含めると9人中5人が前衛となるのだ。彼らを補佐するような形で、中・後衛たちも陣を整えた。
前衛みんなで『影法師』の影が短いうちに踏むという作戦上、前衛たちは揃って一列に並ぶわけにもいかず、自然とコの字に近い陣形になる。
(「成程、立ち位置によってはさほど西日の影響を受けずにすみそうだな」)
オレンジのサングラス越しに視線を流し、クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)は予期せぬ幸運を胸に留める。
太陽が沈むのは『影法師』の真後ろ。背後に回ることは不可能だとしても、視界に夕陽を入れないよう留意しながら『影法師』を左右から挟み撃ちする位置を心がければ、更に楽にことが進んだかもしれない。少なくとも太陽を直視する可能性は、激減するだろうから。
世界が炎のような熱を蓄え、沸騰する瞬間が近づいてくる。
いつの間にか優艶な茜に染まった空が広がっていた。
その時。
誰もいないはずの地面に黒の斑点が落ちた。ちょうど前衛陣が囲んだ場所だ。
澱んだ斑点は、影の色。
じわりと汚染するかのように伸び、やがて人の形をかたどっていく。
「アヤ」
中衛に立っていた瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)がか細い声で双子の妹を呼ぶ。
「今日の晩ごはんは、ビーフストロガノフとハッシュポテトと、デザートにチーズケーキ。……一人で食べるのは嫌だ。二人で帰ろう」
静かに差し出された兄の手を、絢は力強く握り返す。
「……お腹一杯食べてもいいように、がっつり運動する! カイもひどい怪我、しちゃ駄目よ?」
絢は優しく笑んで手を放し、凛と影へと向き直る。
灼滅者たちは誰ともなく視線を交わし、頷いた。
影が後一歩で間合いを詰めれるという長さになったときに、前衛陣は一斉に片足を伸ばし――
「ミュージック、スタート」
ヘッドホンを被った恢の囁きと同時に影が踏まれ、はじまりを告げる。
●影法師の刃先
音もなく人型の影が立体化し、『影法師』が姿を現す。口元はいびつに笑っているが、逆光のせいか細かい表情はうかがえない。
「ほな、行こか……」
白兎がスレイヤーカードを翳した瞬間、灼滅者たちすべてが臨戦態勢を取った。各々の武器を構えサイキックを振りかざす前に、色濃い影が迸る。
影の裾は焔を抱いた黄昏の鋭利さ。
その場の誰よりも素早く、前衛の中で最も体力が低い絢を狙ったかのように刃を閃かせる。
「! 気をつけて!」
るりかが声を上げるので精いっぱいだ。恢が息を呑んだ刹那、刃と絢の間に身体を滑り込ませた存在がいた。
妖の槍を掲げ刃を受け止めた、涼だ。
「女の子襲うとか感心せんなぁ」
そのまま刃を弾き飛ばそうとするが、『影法師』の力は思いのほか強い。
ぎりぎりまで耐えようと試みる。だが力ずくで涼ともども斬りつけられ、黄昏の傷痕を刻まれる。傷口で火の粉が舞い、涼は笑みを崩さぬまま舌打ちをした。
「ったく、きっついなぁ……ま、こんなんでくたばる気はないけど」
「待ってください。今回復を……!」
淡緑に光るWOKシールドを広げ、白兎は涼を中心にワイドガードを展開した。確率はさほど高くないが、時間をかければ炎も鎮まるだろう。
水辰も白兎に合わせて夜霧隠れを広げていく。唇に浮かぶのは苦笑だ。
「遊ばせてくれるような、甘い鬼じゃなさそうだ」
「流石に一筋縄ではいかんか。だが人に仇成す者を狩る事こそがみどもの使命だ!」
火には火を。身体から噴き出した炎が剣で踊る。クラリーベルはレーヴァテインを纏わせた剣で『影法師』を叩き斬る。
火花が散る。真黒い人影の中でクラリーベルが斬った部分を中心に火が延焼していく。
黒の中の赤は鮮烈に、『影法師』の傷口をはっきりと示す。
「ん、これでサングラス越しでもどこを狙うか一目瞭然やな」
侑は満足げにバスターライフルを構える。
「撃つでー。危ないから気ぃつけてやー」
不敵に笑い、銃口から魔法光線を発射する。バスタービームの閃光は『影法師』を捉え、影の裾を穿った。
黒い影は重圧を切り裂くように影の刃を揺らめかせたが、隙を突き侑のライトキャリバー・シェリーが疾走する。鋼の魂は傷口に追い打ちをかけるように突撃した。
「オーケー、シェリーちゃん。ええ子や」
戻ってきたライトキャリバーを労るように、侑が撫でる。
だが『影法師』とて黙ってはいない。影の腕を高く長く伸ばし、その先に刃を出現させた。
刃を向けられたのは先程傷を負った涼だ。
「俺はやられっぱなしになるほどお人よしと違うで?」
浮かぶのは余裕の笑み。受けた傷をものともせず、槍を回転させて刃を弾いた。
涼はそのまま体重を乗せて影を貫く。涼が同じ前衛のるりかに目配せすると、彼女は力強く頷いた。
「この刀の錆にしてあげるよ。遠慮せずにたっぷり受け取ってね!」
続けざまにるりかが地を蹴り、鮮血を彷彿とさせる緋色の霊光を宿した刀を振りかざす。巨大な刀が地に縛り付けられた『影法師』を大きく薙いだ。
後衛で戦況を見定めていた白兎は目を眇める。
紅蓮斬の光が、今の黄昏の色に似ていたから。
燃えるような血の色だったから。
●影法師の背中
「さ、影踏み鬼はもうおしまい。 次の遊びは鬼退治、ね?」
絢は無邪気に遊びの続きを乞う明朗さで、刀を振るう。
強い信頼を背に感じれば、恢が影業を翻していた。
恢は静かな決意を自らの影に落とす。敵と同じ影の刃でありながら、鋭さを増した影には油断は一筋も存在しない。
言葉にせずとも呼吸は通じる。中段の構えから、真直ぐに一筋の斬撃を振り下ろす絢。その太刀筋を追うように恢は影刃を放った。
切り裂く軌跡が交差し、衝撃で『影法師』の身体がしなる。確かな手応えに、背を流れる汗すら不快に感じない。
確かに敵は強い。だが確実にダメージを蓄積させているのも事実だ。
ほとんどの灼滅者が命中率を考慮して属性の異なるサイキックを織り交ぜて攻撃していたことが功を奏した。着実に抑圧も重なり、『影法師』の動きを阻害することに成功している。
白兎を中心とした手厚い回復のお陰もあって、誰一人欠けず戦線を維持している。
(「日本において、夕方は逢魔ヶ時と言うそうだ。そんな時間に化け物退治とは何ともその通りではないか」)
しかしこの、昼とも夜とも言えぬ曖昧な時間こそが、灼滅者には相応しいのかもしれない――そう、クラリーベルは胸中でかみしめる。
それでもそんな感傷は表情には出さない。あくまで悠然と余裕のある態度を保ったまま、彼女は剣を頭上に構え直す。
「今までは妹以外に灼滅者は見たことがなかった。それがこうして肩を並べて戦えるとは。嬉しいぞ」
「そらよかった。こっちもしっかり狙わして貰いますよっとね」
クラリーベルが振り下ろすのは敵の刃もろとも断ち切るほどの凄烈な一撃。
侑もすかさず漆黒の弾丸を撃ち出し追い打ちをかける。『影法師』を毒に蝕み、滲むように歪みを与え着実に体力を削っていく。
灼滅者たちの攻勢は留まることがない。前に出た水辰が死角から長刃のナイフを突き立てる。急所を抉ったのか、『影法師』の動きが目に見えて悪くなった。
水辰は普段使いの眼鏡と同じようにサングラスを押し上げ、敵を見据える。
(「……もう、一息かな」)
再び影の刃が黄昏色に染まる。だが『影法師』が歪んだ手で薙ぎ払った切先は、幾重にも付与された封じの力で随分と鈍っている。
白兎が施した淡緑の盾がクラリーベルが受けた衝撃を和らげる。そのおかげもあってクラリーベルは剣の鍔で影の刃を軽く弾くと、凱歌を謳うように高らかに言った。
「みどもが参戦しているのだからな! 負けはない」
クラリーベルに無理に刃を振るったせいで『影法師』の体勢が崩れる。
与えられた好機を見逃さず、るりかは今までになく大振りに刀を振りかぶる。全体重と気合をありったけ乗せて、影の根源を断ち切るために。
「これで終わりだよっ!!」
圧倒、という言葉が相応しいほどに比類のない鉄塊の威力を叩き込まれた『影法師』はすべての体力を奪われる。
ガードレールに背中をもたれさせ、大きく身を反らす。
表情はわからない。
最期に見た黄昏はどんな色だったのか、誰も知らない。
秋の気配が混じる風に乗って、『影法師』は霧散した。
●影法師の残痕
太陽は僅かに光の筋を残すのみで、ほとんど地平線に姿を隠していた。空は朱から紫へと、玄妙な色合いを成していく。
厳しい日差しも今となっては柔らかな名残だけが漂っている。
もう誰も、この場所で『影法師』の都市伝説に脅かされることはないだろう。
「ほいほい、おつかれさんっと」
戦闘前と変わらない軽妙な様子で、侑はサングラスを外す。他の灼滅者たちも一様にサングラスやゴーグルを外していく。
色付きレンズを通さず見る景色は色彩に満ちていて、美しい。
「……何が今回の『影法師』になってしまったんでしょうね」
陽の残滓を眺めながら、ぽつりと白兎は呟いた。
「人の影をしている……ということはやはり人だったのかもしれません。思い入れがあったのでしょうか、それともまた別の何かが……」
「誰かの影だったものが、外の世界を見てみたくてちょっと出てきたら、帰れなくなっちゃったのかなあ」
るりかも『影法師』の存在に思いを馳せる。
その背中に背負ったものは一体何だったのか、もはや知る由もない。
だがきっと何か事情があったのだと、思わずにはいられなかった。光があり、それを受ける存在があるからこそ、影は在ることが出来るのだから。
「もう完全に日も沈むし、さっさと帰ろか?」
一仕事終えたというように首を慣らし、涼は笑顔を絶やさぬまま仲間たちに問う。
「相手が都市伝説とはいえ、昔ながらの遊びをこの手で消してしまうみたいで、ちょっと勿体無いかもね。影踏みしながら帰ろうか?」
「賛成! って、あれ? どうやって遊ぶんだっけか?」
えへっと首を傾げるるりかに、絢は簡単だよと笑ってみせる。クリーニングを使う必要まではないかな、と仲間の服装を見渡していたところ、ふと恢と目が合った。
お腹すいたね、と絢が顔を覗き込めば、恢を包む雰囲気が和らいだ気がした。
長く長く伸びる自分たちの影を踏みしめながら、または遊びながら。ひとりまたひとりと立ち去っていく。
金の髪が黄昏に映え一際鮮やかになびくのを手で抑えながら、クラリーベルはふと立ち止まった。
みんなが帰った後、細道を振り返って何やら口ずさんでいる水辰に気づいたのだ。
「……だったかな」
「どうかしたのか?」
「影踏み鬼の唄があるんだ。あんまり知られてないけどね」
水辰は制服の胸ポケットに入れておいた眼鏡とサングラスとをかけかえて、穏やかに口の端を上げた。
ガードレール越しに、視線を向けて。
もう見えることのない影に目を細めた。
寂しいならまたおいで。
今度は、ちゃんと遊ぼう。
作者:中川沙智 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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