きせかえあそび

    作者:高遠しゅん

     ブラウスは夏らしく白。半袖で、袖がふわっとしてるのが可愛いな。
     スカートは、そうね。たまには明るいブルーのチェックにしよう。長さも膝の少し上、下品に見えないちょうどいい丈。
     オフホワイトのニットベストに、スカートと同じ柄のネクタイ。
    「うん、意外。かわいいじゃない?」
     ブルーとワイン、どっちにしようかと迷ったけど。夏だしブルー系のほうが涼しく見えていいよね、やっぱり。
     試着室を出たら、化粧の濃い店員がこっちを見ていた。ニセモノの制服でも、やっぱり化粧は似合わない。
    「お客さま、とてもお似合いですよぉ」
    「うん、いいね。もらっていく」
    「ありがとうございますぅ。では、お会計こちらで」
    「もらっていくって言ったの」
     きん、と金属が擦れ合う音。
     ショーウインドウのガラスが割れ、輪切りになった店員がぶちまける赤にまみれて、耳障りな悲鳴が上がる。
    「新品の服も、たまにはいいかな」
     あたしは気分良くガラスのドアから外に出た。


     集まった灼滅者たちを前に櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)は、しばらくの間考え込み口を開かなかった。
     急かす者はいない。エクスブレインの沈黙には理由があると、その場にいる全員が知っている。
     伊月はそのまま手帳を開き、ぎっしりと書かれたページの一行を指で辿る。
    「六六六人衆。序列六三三位、古池・まなび」
     幾人かが視線を動かす。聞いた名だ、と。
    「出現を予測した。君たちに頼みたいのは、六三三位の灼滅のみ。ここで逃がせば、どこか違う場所で殺戮を繰り返すだけだ。私たちの力では、それら全てを阻止することができない。だが最近では、六百番台の六六六人衆を灼滅したという報告が上がり始めている。ならば今回の灼滅も不可能ではない。決して不可能ではないのだ」
     そこまで一気に言い切ると、再び言葉を切った。
     教室に沈黙が降りる。
     
     手帳のページを繰る音がかすかに響く。
    「六三三位が現れるのは、繁華街の雑居ビル1Fにある、学校の制服によく似た衣料品を扱う店だ。客層は主に中高生の女性。放課後に駅などで着替え、遊びに出かけるという。理由は理解しがたいが、それは今はどうでもいいことだ」
     地図と紙を広げる。地図は店の位置、紙には店内の様子が簡単に描かれている。
    「店はそう広くはなく、この教室程度だ。視線の高さほどの棚が二列と、セール用の平台が一つ、入口手前にレジカウンター。店員は2名、客は5名、すべて女性だ」
     伊月の声から一切の感情が消える。
    「六三三位が試着室から出るタイミングが、もっとも襲撃に適している。君たちは店に客として紛れ込み、慎重に機をうかがってくれ」
     そして。
    「六六六人衆の用心深さは他のダークネスに比べ飛び抜けている。どんな時でも常に奇襲に備え、周囲の僅かな変化も見逃さない。故に、事前に何らかの異変を起こし一般人を避難させることは、至難に等しい」
     沈黙の理由だった。
    「タイミングを間違えるな。優先すべき事は何かを常に考えろ。今失われる命と、これから失われるかもしれない命を――」
     全て観たであろうエクスブレインは、そこまで言って力尽きたように椅子に体を落とした。
     拳はきつく握られ、震えていた。


    参加者
    白神・菊次(脆刃・d00092)
    東雲・凪月(赤より紅い月光蝶・d00566)
    宮廻・絢矢(はりぼてのヒロイズム・d01017)
    月宮・白兎(月兎・d02081)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    風花・蓬(上天の花・d04821)
    高倉・奏(拳で語る元シスター・d10164)
    水無瀬・旭(晨風・d12324)

    ■リプレイ


    「いらっしゃいませぇ」
     レジカウンターの女性が笑顔で迎える。
     軽快な音楽が流れる、制服風の衣料品を扱う店。学生がターゲットというだけあって、価格もそれなりにお手頃で、品数が楽しめるよう工夫されているのがわかった。店舗の前面がガラス張りのショーウィンドウになっており、色違いで揃えたマネキンがポーズをとっていた。
     高倉・奏(拳で語る元シスター・d10164)が声を上げる。
    「あの飾ってあるスカートがかわいいです!」
    「奥にあるの、見に行きましょうか?」
     月宮・白兎(月兎・d02081)も、緊張を表に出さぬよう楽しげに話を合わせる。
     店内を見渡せば、客らしき学校帰りの少女達が4人、店員は2人。エクスブレインの情報どおり、奥の試着室に1人いるのだろう。
     何気ないふりをして、スカートの柄やブラウスの話など交えて店の奥に移動していく。
     店員が客を迎える声がした。今度は4人。
    「このお店、前から来たかったんです」
    「わ、こっちも可愛い。目移りしちゃいますね」
     風花・蓬(上天の花・d04821)と白神・菊次(脆刃・d00092)が談笑しながら商品棚を覗く後ろで、水無瀬・旭(晨風・d12324)が笑う。
    「これなんて似合うんじゃないかい?」
    「そのミニスカート、先輩の好みですか?」
     店舗奥側の棚にあるスカートを指せば、二人の女性にくすくすと笑われる。
     桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)は、きょろきょろと店内を見回し、商品を探す視線で店内の様子を頭に入れていた。
     試着室から出口までの距離、棚は二列。客も店員も、一つところには留まっていない。
    「プレゼントはここのリボンがいい、ってさ。俺、バイト代まだなんだよな」
     帽子の縁を無意識に触りながら、リボンタイの箱を一つ手に取った。
     不自然にならないよう、四人もまた店内に散っていく。
     あの試着室のどちらかに、六六六人衆がいる。僅かでも不自然さを感じさせたら、何が起きるかわからない。
     最後に入ってきたのは二人の少年。少女と見間違えられる容姿の少年と、少女の服を着た少年だ。
    「すいませーん、このシャツに合うスカートってどれですかー?」
     入口すぐの平台に置かれたシャツを手に取り、宮廻・絢矢(はりぼてのヒロイズム・d01017)が店員を呼ぶ。なるべく一般人を出入口近くに集めるためだった。
    「あの、ここにあるリボンの別の色ありますか?」
     東雲・凪月(赤より紅い月光蝶・d00566)は、入口近くの『SALE』と書かれた平台に置かれたリボンタイを手にして、奥で商品を並べている店員に手を振った。
     八人の灼滅者は、それぞれの思惑を持って店内に散った。一般人の近くに立つ者、出口を開放するため敢えて店の手前に立つもの。
     試着室の前に並ぶように、スカートを持って立つのは奏と白兎。その前を、すいません、と菊次が通りすがる。互いに視線は合わせず、無関係を装っている。
     試着室の前に揃って並んでいるのは、どちらも似たようなローファーだ。周辺の学生が通学に使っているものと変わらず、見当を付けることはできない。
     右か、左か。
     灼滅者たちは待った。
     最初に揺れたのは、左の試着室のカーテンだった。


    「ねー、アヤぁ? 赤とピンク、どっちがいいと思う?」
     左の試着室から顔だけ出したのは、明るい茶髪の少女だった。名を呼ばれた少女が、試着室の友人の元へ移動していく。
    『右だ』
     息も詰まる緊張感。それを押し殺し、灼滅者達は更に包囲を固める。
     試着室で少女達は、色違いのスカートを鏡に映しては、他愛の無い会話をして笑っている。人が並んでいてもお構いなしだ。
    「あの……試着、いいですか」
     白兎が控えめに声を掛けたとき、右側のカーテンが開いた。
     黒髪のお下げを確認し、奏が瞬時に殺界形成を発動、問答無用に距離を詰める。
    「ハァーイ、どーも灼滅者でっす! 灼滅にきましたシクヨロぉ!」
    「なに!?」
     眼鏡の奥の瞳を丸くした、六六六人衆、六三三位──古池・まなび。受け身も取れず奏の抗雷撃を正面から受け止めた。咄嗟に絡みついた鋼糸が威力を弱めはしたものの、初撃は成功した。体ごと試着室に叩きつけられ、粉々に砕けた鏡の破片を浴びて、二人の少女が悲鳴を上げる。
    「そろそろ年貢の納め時……覚悟!」
     日本刀をすらりと抜いた蓬が駆けつけ、奏の影から斬りつける。
    「あんたたち、どこから!」
     深々と脇腹を切り裂かれ、まなびが悔しげに睨み付けてくる。
    「落ち着いて、ここから逃げて下さい!」
     白兎はパニックテレパスを発動。店内のあちこちから悲鳴が上がった。
     菊次は近くにいた少女二人を担ぎ上げ、絢矢が開けておいた出口から放り投げる。転がるように走り出した少女達は、手足の擦り傷程度で収まるだろう。
    「出口はこっちです! 落ち着いて避難してください!」
     絢矢のプラチナチケットがどんな効力を発揮したのかわからなかったが、慌ててレジの売上金をまとめようとしていた店員二人も逃げていく。
     凪月もまた一人の少女を誘導し外へ出すと、サウンドシャッターを発動させ戦闘音を遮断した。これでこの場所は、一般人から孤立する。
     悲鳴が上がった。試着室にいた二人の少女だった。
     最奥、しかも攻撃を至近に見てパニックを起こし、更に重なるESPの動揺とで身動きもできなくなり、誘導されても逃げることができなかった。
     少女二人は、鋼糸に絡め取られてまなびの手にあった。
    「女の子の着替えを襲うなんて、失礼と思わないの?」
     片手で少女二人を吊り上げ、にやり笑う。
     ふと、店内の棚が動くのに目をやった。
     菊次が棚をまるで子供の玩具のように片手で持ち上げ、移動させ出口に壁を作っている。それを阻ませまいと、旭が太陽の紋章を刻んだ斬艦刀を構え、その前に立ちはだかっていた。
    「邪魔はさせないよ」
    「そんなもの、壁の代わりにもならないのに。無駄なコトするの好きだよね」
     まなびは笑う。目の高さほどの棚だけでは、天井にすら届かない。棚を切り捨て飛び越えてショーウィンドウを破れば、脱出は十分可能だ。
    「それよりさ、この子たちどうするの? 死んじゃうよぉ?」
     けらけらと耳障りな笑い声をたてる六六六人衆。体に食い込んでくる鋼糸の痛みに、少女達は泣き叫ぶばかりだ。
     そこに一発の銃声が響いた。捕らわれている少女一人の体をかすめたが、バスターライフルから放たれた魔法光線は鋼糸を焼き切り、まなびの腹を貫いた。
     傾いだ少女の体をすかさず白兎が抱きかかえ、開かれたままのドア外へ逃がす。少女はひどい傷だったが、命があるだけ幸いだ。
     がしゃりと響くボルトアクションの音。
    「優先すべきことは何か、理解してはいるつもりだ」
     南守の言葉に、灼滅者達は沈黙で応えた。
    「ああ、そうなんだ」
     まなびもその様子に理解したようだ。最後に残った少女を包む糸の本数が増えてゆく。
    「かわいそー。見捨てられちゃったね?」
     痛い、痛い、痛い、助けて、誰か、助けて、助け──
     ごとり。
     少女は苦悶のままに、その首を床に転がした。
     天井にも届く鮮血を避けるように命尽きた体を放り投げ、まなびは殺気を纏い床を蹴った。


    「殺せるものなら、殺してみなよ!」
     まなびが両手に鋼糸の網を張り、放り投げればそれは結界となって前衛たちを押し包む。
     手足を封じ食い込む糸を千切り捨て、奏は腰だめに槍を構えた。
    「悪趣味な遊びはココで終わりっすよ!」
     螺旋の如き捻りをあげ、穿ち抜く勢いで突き出された穂先を、ぎりぎりで身をよじってかわしても衝撃を殺せない。続いて奏に呼吸を合わせた絢矢が、歪み使い込まれたガトリングの銃口を向けた。
    「けっこう長い付き合いになったよね。でももう終わりにしようよ、古池さん」
     零距離でガトリングを連射、まなびの真新しい制服を蜂の巣になるまで撃ち続ける。
    「あんたは……」
     まなびは絢矢に見覚えがあるようだった。過去に二度、絢矢はまなびと対峙している。
     たまらず隙を狙って出口方向に身を翻せば、先回りしていた旭が低い位置からの黒死斬で、膝裏の腱を狙っていた。
    「悪いけど、そっちには行かせない」
    「なによ、女の子一人に寄ってたかって!」
     跳ぶつもりが脚に力が入らず、それでも自由な腕で糸を繰る。蜘蛛の巣のように広がった鋼糸繰りに蓬が捕らわれそうになる寸前、菊次が強引に割り込んだ。
    「見下す人間に許しを乞うか。無様だな、ダークネス」
     糸の網を刀で断ち切り、回り込んでもう片脚の腱を狙う。切っ先は獲物を捕らえたが、わずかに浅い。
     それでも足止めの効果は重なり、殺気を漲らせたダークネスはたたらを踏んだ。
    「そろそろ倒れてもいい頃合いだ。古池・まなび」
     低くした声。蓬が抜いた日本刀が、まなびの脇腹に深々と突き刺さる。
     みぞおちを貫かれそうになるのをぎりぎりで回避した結果だが、急所を的確に狙われる続けざまの攻撃に、まなびの表情から余裕が消え、焦りさえ浮かんでいた。
    「嫌だ……」
     視線は出口方向に向く。
     光を受けて金色に輝く鋼糸が虚空を抜けた。華やかな音を立ててショーウィンドウが砕け散る。
    「ゴミクズどもに、やられるもんか!」
     足を引きずり跳躍する。壁を蹴り、天井を斜めに蹴って蛍光灯の破片をまき散らし、灼滅者たちの頭上を越えて、外へ。
     なりふり構わず、まっすぐに外へ跳ぶ。
    「力借りるぜ、親友!」
     その細い体が銃声に弾け飛んだ。鋼糸が棚を引き裂き、引き倒す。壁にぶつかった体が床に叩きつけられ、惨めに転がった。
    「来るのを待ってたよ」
     桜火の銘持つライフルを構え、容赦の無い連射を撃ち込む南守。引き金引く指先には、親友との約束のリボンが結ばれていた。
     この戦場から逃げるなら、方向は一つしかない。あまりに分かりやすく、経路を読むまでもなかった。タイミングを逃さなければ、容易に迎撃できる。
    「……残念だね。逃がさない、よ?」
     髪に挿した赤い蝶が羽を揺らす。凪月の両手に集まったオーラの塊が、転がり避けるまなびにことごとく吸い込まれていく。
     血のような黒い塊を吐き、満身創痍のまなびは肩で息をしながら立ち上がると、束にした鋼糸を結界のように張り巡らせる。
    「殺してやる。殺してやる、殺してやる!」
     呪いの叫びと共に、不可視の戒めの幾つかが外れた。
     まなびの瞳には狂気しか映っていない。お下げ髪は乱れ、制服は引き裂かれ、眼鏡はとうにどこかに弾け飛んでいる。
     命を弄んできたダークネスが、命に執着する。
     さんざん見下してきた人間に退路を塞がれた様子は、どこか滑稽でもあった。


     息も詰まるダークネスのどす黒い殺気は、前衛たちの体力を浅く削った。それも瞬く間に凪月のリバイブメロディで回復される。
     奏が叩きつけるロッドから流れ込む魔力に体内を蹂躙され、菊次の刀が纏う炎が全身を燃え上がらせる。
     旭もまた斬艦刀に炎を纏わせ、大上段から斬りつけた。くぐもった悲鳴が上がる中、南守の銃声が幾度となく響く。
     白兎の影が迸りほとんど動かなくなった炎の塊に喰らいつく。表情も変えず、絢矢は巨大なナイフで塊をジグザグに切り裂いた。
     すうっと息を吸い、蓬が流れるように走り腰の刀を抜く。伸ばした腕が居合いで切り落とされた。返す刀は袈裟懸けに体を斬る。
    「……や、だ……」
     かすれた声が、まなびの喉から漏れた。
    「もっと殺す……殺して、殺して」
     どさりと床に倒れ伏す。
    「殺ス……」
     傷口からあふれる黒い粘液が止まらない。ごぼ、と喉が何かを言いかけて詰まり。
     古池・まなびは──黒い粘液となって、溶け崩れ。
     跡形もなく、この世から消えた。

     白兎は犠牲となった少女の首を前に、静かに涙をこぼす。犠牲は覚悟していた。それでも、もっと何かできたのではないか。悔やんでも悔やみきれない。
    「……失われた命は帰ってこない。それでも」
     旭が独りごちる。虐殺の連鎖は、まなび一人を灼滅しただけでは、防いだことにはならないのだ。無力さを痛感する。
     絢矢は無言のまま、戦場を後にした。
    「あは、ははは、はは……」
     空虚な笑いが、人通りの絶えた夕暮れの道に響く。
    「さようなら、悪い人」
     

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月25日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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