永久に変わらぬ愛の保存法

    作者:魂蛙

    ●愛の永久保存
    「俺は強制はしないよ。君が決めればいい」
     学校の屋上で、愛納・永持(あのう・えいじ)は淡々と言葉を紡ぐ。
    「ただ、俺は思うんだよ。人の愛は時と共に劣化していくと」
     憂いを帯びた永持の瞳を、射し込む夕陽が茜色に染めた。
    「今ここで君が最大限の愛を示し……そして死んだとしても、その愛は永遠に俺の胸に刻まれるだろう」
     仲居・千夏(なかい・ちか)は永持の言葉を聞きながら、フェンスを握り締めている。
    「君は、俺への愛を示してくれればいい。俺はそれに応えよう。最大限の愛には、最大限の愛をもって。永遠の愛には、永遠の愛をもって」
     1つ頷いた千夏がフェンスを乗り越え、屋上の縁に立つ。
     千夏は深く静かに息を吸い、そして眼下の地面へ身を投げ出した。

    ●下種淫魔
    「愛の形は人それぞれかもしれないけど……こんな形、私はぜったいに認めないよ!」
     珍しく、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が語気を荒げていた。
    「生徒として高校に潜り込んだ淫魔の愛納・永持が、魅了した女子生徒を屋上から飛び降りさせるっていう事件が起きるんだ」
     被害者の名は仲居・千夏。彼女は永持に深く惚れ込んでおり、直接改造などはされていないものの、洗脳されているに近い状態にある。
    「自分の手は決して汚さず、愛の保存を謳って、自ら飛び降りるように仕向ける。こんなのを愛と認めるわけにはいかないよ! みんなにはこの下種淫魔を灼滅して、千夏さんを助けてあげて欲しいんだ」
     乙女の恋心を弄ぶやり口が余程許せないのか、まりんは強い怒りを露にする。

    「学校に侵入することになるけど、放課後のチャイムが鳴る前に校舎の中に足を踏み入れると、淫魔に察知されるよ。放課後になるまでは校舎に入らず、かつ千夏さんが飛び降りる前に屋上に駆けつけなきゃいけないんだ。学校の敷地内に入る分には授業時間中でも問題ないし、みんなが屋上にいても淫魔は察知できないから、校舎の中に入らずに屋上に登れれば、待ち伏せもできると思うよ」
     放課後のチャイムと同時に校舎に突入する場合、急げば千夏が飛び降りるまでに間に合いはするが、あまり時間の余裕はない。もし教師や生徒に見つかって引き止められたら、気絶させるか眠らせるかして強行突破する必要がある。少々手荒なやり方ではあるが、致し方ないだろう。
    「まず千夏さんを取り押さえて止めることになるけど、淫魔はあくまで自分で手を下さない事に拘ってるから、直接的な手段では邪魔をしてこないんだ。けど、淫魔に飛び降りるように煽られたりすると、千夏さんが錯乱状態になる可能性もあるよ。取り押さえたら、かわいそうだけど眠らせるか気絶させるかして、戦闘が終わるまでは身動きが取れないようにしておいてね」
     女性に手を上げるのは躊躇われるならば、拘束するのも手だろう。
     なお、千夏は淫魔に魅了されており、精神状態や感情に干渉する類のESPは効果がない。言葉による説得も無理だろう。
    「淫魔はジャマーのポジションから、サイキックソードに似た鞭状の武器を使うよ。使用するサイキックも、サイキックソードの3種に似ていて、あとはサウンドソルジャーのエンジェリックボイスに相当するサイキックも使うんだ」
     更に、永持は洗脳強化を施した女子生徒3名を引き連れている。
    「取り巻きの生徒は3人ともディフェンダーで、鋼糸のサイキックを使ってくるよ」
     女子生徒達はまだ改造度が浅く、戦闘力も然程高くない。が、永持は自分の手を汚すことを嫌う割に戦闘力が高く、油断は禁物だ。

    「千夏さんも女子生徒さん達も、元凶である淫魔を倒せば洗脳が解けて、元の生活に戻れるんだ。こんな身勝手な愛を認めるわけにはいかないから、頑張って淫魔を灼滅してね!」
     握る拳に力を込めて、まりんは灼滅者達を送り出した。


    参加者
    ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)
    鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    小野・花梨菜(青い竜骨座の乙女・d17241)
    伊藤・実(高校生サウンドソルジャー・d17618)

    ■リプレイ

    ●挟撃
     基本的に開放はされないのか、屋上に誰かが来る気配はない。授業時間中に壁登りで屋上にたどり着けば、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)、ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)、竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)の3人が待ち伏せるのに苦労はなかった。出入口の屋根の上に陣取り、ベルタに至ってはパンとジュースで景色を楽しむ余裕があった程だ。
     灼滅者達が屋上に近付く何者かの気配を感じ取ったのは、放課後のチャイムまであと数分という時だった。
     最初に現れたのは仲居・千夏だ。そして灼滅対象たる淫魔の愛納・永持とその後ろに控える女子生徒が3人。永持は千夏に語りかけながら入口から少し歩いた所で足を止め、千夏だけがフェンスに近付いていく。
     ベルタが紅緋、山吹と顔を見合わせて頷き、千夏がフェンスに触れた瞬間、鋼糸を強く引いた。
     あらかじめ床に張り巡らせていた鋼糸が反応し、千夏の足に巻き付く。
    「え?!」
    「捕まえたで!」
     同時に、山吹が踏み切り跳躍する。永持の頭上を飛び越え着地した山吹は、そのまま一直線に千夏に駆け寄って抱き抑える。
    「何ですか、あなた達は!?」
     千夏は戸惑いながらもがくが、その程度で山吹の拘束は解けない。
     山吹に続いて紅緋とベルタも跳び、千夏と永持達の間に着地して立ちはだかる。
    「千夏、貴方は騙されているわ。あの男、いや怪物は貴方の事なんてこれっぽっちも愛していない。だから正気を取りもどして」
     永持を一睨みしてから、山吹が千夏に語りかける。千夏を完全に押さえられたこの状況で、しかし永持は笑みを浮かべたまま動かない。
    「千夏。俺が君を愛しているか否か、ではないだろう? 君が如何にして俺への愛を示すか。その為にここに来たのだろう?」
    「黙りなさい!」
     紅緋が激昂して遮ったその永持の一言が、千夏を急変させた。
    「いや! 離してよ! じゃないと、私っ……」
    「駄目よ、千夏! あいつの言葉に耳を貸してはいけないわ!」
     千夏は焼きごてを当てられたかのように、激しく暴れる。その耳に、最早山吹の言葉は届いかない。
     山吹は悔しさに奥歯を噛み締め、千夏の首筋に手刀を落とした。
     放課後のチャイムが鳴り響く校舎を、灼滅者達が疾走する。
     プラチナチケットを活用して屋上までの経路を学校の生徒から聞き出していた伊藤・実(高校生サウンドソルジャー・d17618)を先導に、小野・花梨菜(青い竜骨座の乙女・d17241)の殺界形成によって学校関係者に足止めされる可能性を排除し、一向はノンストップで廊下を走り抜ける。
    「この突き当たり、階段の上が屋上だ!」
     先頭を走る実が、廊下の中程を早足で歩いていく女生徒を見つけて舌を打つ。
     女生徒は灼滅者から遠ざかるように、則ち屋上への階段がある方へ向かっている。このまま行かれては、屋上に上がられる危険性がある。しかし、追い越そうとすれば足止めを食らうかもしれない。
    「そこのあんさん!」
     逡巡する実を追い越し女生徒に声をかけたのは、王者の風を発動させた玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)だ。
    「そっちに行ったらあきまへんえ。すぐに引き返しなさい」
     一浄の言葉に、女生徒は萎縮しながら頷きふらふらと渡り廊下を戻り始める。すれ違う灼滅者達の事も気にかける様子はない。
     一浄と目を合わせ頷いた鍛冶・禄太(ロクロック・d10198)が、速度を上げて廊下を渡りきる。階段を3段飛ばしで駆け上がった禄太は、その勢いのまま扉を蹴破った。
     派手な音に振り返る永持とその取り巻き、その向こうにベルタと紅緋、そして山吹に抱きかかえられたまま意識を失っている千夏。
     その光景だけで、千夏の確保に成功したと狩家・利戈(無領無民の王・d15666)が判断するには充分だった。

    ●下種淫魔
    「ひゃっはー!」
     飛び出した利戈が取り巻きの肩口を八艘飛びに、一気に永持に飛びかかる。
    「後ろががら空きだぜ、イケメン!」
     振り返った永持が反射的に上げたガードに、利戈が握り固めた拳を叩き付ける。利戈はガードの上で跳ね、後ろ回し蹴りの剛脚でガードごと永持を薙ぎ払う。
     その一撃を合図に灼滅者達が動き出す。続々と屋上に上がった校舎突入組が永持達を包囲し、紅緋が山吹から千夏を引き継ぐ。
     紅緋が離れた場所に千夏を退避させるのを、永持は待っていたらしい。
    「淫魔、貴方を灼滅するわ」
    「愛の無い行為には、俺も相応の行為を以て応えよう」
     山吹の宣言に答えて永持が『愛』を口にすると、灼滅者達の表情が不快感に歪む。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します!」
     紅緋が逆巻く風を身に纏い、ふわりと舞い上がるように、しかし鋭く前に出る。
    「A blessing of Carina」
     花梨菜が解除コードを唱えてガトリングガンを取り出し、弾幕を張って仲間の突入を援護する。
    「人の恋心を弄ぶなんて、絶対に許しません……!」
     灼滅者達に対し、取り巻きの女生徒が永持を守るように前に出る。
    「女に守られるとかさすがイケメン! 俺にはできんわー」
    「それが彼女達の愛ならば、受け容れるのが俺の愛さ」
     女生徒の鋼糸を、上体を振って躱しながらの利戈の嘲笑を、永持は平然と受け流す。
    「クっサい台詞を真顔でよう吐きよる」
     禄太は笑みを浮かべたままに吐き捨てながら、一浄を背後から狙っていた女生徒にご当地ビームを放って牽制する。
    「背中はきっちり守りますさかい!」
    「おおきに、鍛冶はん」
     一浄は風になびくように体を揺らしながら、女生徒との間合いを詰めていく。女生徒が振るう鋼糸は、蝶を掴もうと振り回す稚児の腕のように、一浄にかする事さえなく。
    「ほぉら、こっちですえ」
     薄く笑んだ一浄が、ゆらりと女生徒の背後に回り込む。振り抜く夜半嵐はロケットハンマーとは思えぬ程に鋭く風を切り、女生徒を弾き飛ばした。
     うねり、波打ち、弧を描いて迫る鋼糸を、山吹は激しく体を振って躱す。山吹を追い込み網のように張り巡らされていく鋼糸の隙間を見つけ、山吹が飛び込んだ。
     そこに誘い込むのが敵の目的だったと気付いたのは、光を束ねて鞭のように振るう永持を見た後だった。
    「そうそう何でもテメェの思い通りにさせっかよ!」
     WOKシールドを展開しつつ飛び込み山吹の盾となったのは実だ。
    「助かったわ、実」
    「借りはデート1回で返してくれよ?」
     軽口を叩く実に、鋼糸が迫る。鋼糸はガードを上げた実に当たる寸前で軌道を変え、背後に回り込みながら再度襲いかかる。
     舌を打つ実を襲う鋼糸を、今度は山吹のWOKシールドが叩き落とした。
    「これで、貸し借りはなしかしら?」
     尋ねる山吹に、実が苦笑混じりに頷く。
     再び飛んでくる鋼糸を散開して躱した実に、霊犬の雪印が駆け寄る。
    「雪印、ゴー!」
     実の手の甲に展開されたシールドに雪印が飛び乗り、実が腕を跳ね上げるのにあわせて跳躍した。
     雪印を跳ばせた実が、左の掌にオーラを集束させる。練り上げたオーラの光球を女子生徒に向けて突き出し、今にも破裂せんと暴れる光球を抑える左腕に右手を添えて支える。
     実がオーラキャノンを放つと、同時に直上を取った雪印が六文銭射撃で合わせて十字砲火を形成する。
     女生徒は六文銭射撃に怯んだところにオーラキャノンをまともに受けて吹き飛ぶ。受身を取って立ち上がった女生徒は、すぐさま鋼糸を放って反撃に出た。
     伸びる鋼糸に、もう1本の鋼糸が追い縋る。それは女生徒が放った物よりも速く、鋭く、精緻な動きで女生徒の鋼糸に巻き付き、その勢いを完全に止めた。
    「鋼糸はな、こうやって使うんやで!」
     鋼糸を放ったのはベルタだ。ベルタはそのまま鋼糸を鋭く引き絞り、女生徒の鋼糸を細切れに断ち切る。
     更にベルタが腕をしならせ、大きく波打った鋼糸は巻き込むような軌道で、女生徒の背後を抜けて退路を塞ぎつつ正面に回り込む。鋼糸は生きているかのように身をくねらせながら女生徒の周囲を旋回し、一気に締め上げ捕縛する。
     締め上げられた女生徒の体から徐々に力が抜け、意識が落ちたのを確認してから、ベルタが拘束を解く。
    「ざっとこんなもんや!」
     ベルタが引き戻す鋼糸が、風切り音を歌った。

    ●永遠に勝る一瞬
    「不利な状況、か。愛を示す絶好の機会じゃないか?」
     永持の言葉に乗せたヒールサイキックを受け、それでも完全には回復していない体を引きずって、女生徒が紅緋に襲いかかる。
     淫魔の言葉に操られるまま向かってくる女生徒。紅緋の胸に、永持に対する強烈な嫌悪感が渦巻く。
     それでも手心は加えられない。紅緋は鋼糸の斬撃を受けながら鬼神変の一撃を返し、女生徒を吹っ飛ばす。
     吹き飛ぶ女生徒を受け止めたのは山吹だ。山吹は反抗する間も与えず、女生徒の鳩尾に拳を叩き込む。
     崩折れる女生徒をそのまま寝かせ、山吹は永持を見据えた。
    「……覚悟なさい」
     山吹は強く地を蹴り、一気に前へ出る。鎌首をもたげて襲いかかる永持の光の鞭をシールドで受け捌き、最短距離を駆け抜け間合いを詰めて飛び掛かかった。
     山吹は永持の肩に乗って脚を首に巻き付け、脳天目掛け肘を落とす、落とす、落とす!
    「こんなもんじゃ済まさないわよ!」
     山吹はふらつく永持の頭を掴んで倒立から反転し、振り子の勢いに乗せた膝を顔面に叩き込み、懐に潜り込みつつ雷光を握り固めた拳を、突き上げる!
    「死して証明できるもんが何処にありますやろ。可笑しい話や」
     永持が打ち上げられた先には、既に跳躍していた一浄が雪片音を構えていた。
    「死さえも厭わぬ想い。限りある命で示しうる唯一永遠の愛さ」
    「あんたはんも、とんだ卑怯もんやねぇ」
     永持の御託など、聞くつもりはない。一浄は雪片音で鋭く胴を打ち抜いた。
     叩き込まれた魔力が、一拍遅れて炸裂する。
     静かに着地した一浄の背を閃光が撫で、雪片音の榊の枝葉が爆風に揺れて涼やかに葉擦れした。
    「時間は残酷ってね。愛した人が死んだっていう傷すら覆い隠しちまう」
     実が伸ばした影業が、空中で永持の左腕を捕まる。
    「永遠なんてねぇんだよ、クズが」
     更にもう一本、鋭く伸びた影業が永持の右手首を捉える。
    「だから努力してくんだろうが。愛なんてもんはなぁ、泥臭い努力と思いやりの積み重ねなんだ。死んだくらいで――」
     影業が一度永持を振り上げて勢いを付け、
    「――手に入るかよ!」
     叩き付ける!
    「阿呆が。変わらぬ物がほしいならお人形とでも遊んどけや。変わりゆく色こそ女の愛の美しいとこやろが」
     笑みの陰から覗く侮蔑の眼差しで永持を見据える禄太の背後に、無数の眩い十字架が出現する。
     飛翔する十字架が永持を取り囲む。十字架の先端から中心へ光が走り、交点で重なった瞬間、それが光線となって放たれた。
     十字架は永持を全方位から光線で突き上げながら追い縋り、空高く打ち上げていく。
    「わたしも恋をしています……。一生をかけて貫きたい恋です……」
     花梨菜の右腕のデモノイド寄生体が、ガトリングガンを取り込んでいく。
    「でも、この人のために死んでもいいだなんて、思いません。一緒に生きたいと思います……!」
     花梨菜は寄生体と融合した砲身を構え、上空に打ち上げられた永持に突きつける。
    「だから、人の気持ちを弄んで、愛の保存だなんて言って千夏さんを殺してしまおうだなんて、許せません……!」
     両の脚に力を込め、強い意志を湛えた眼差しで狙いを定め、花梨菜がDCPキャノンを撃ち放つ。
    「人を愛する気持ちを弄んだ罪は、重いんです……!」
     花梨菜が踏み堪えてなお後退させる反動をもって放たれた凄まじい光条が、永持を飲み込んで天を衝いた。
    「いずれ朽ち果て無に帰すのさ、君達定命の者の愛は。だが、俺は違う」
    「真の愛を語れぬ薄っぺらい言葉には貸す耳はあれへん! さっさと成仏しぃ!」
     永持がしぶとく立ち上がり振るった鞭に、ベルタの鋼糸が絡みつき切り裂く。
     ベルタの斬弦糸に怯む永持の背後に、不敵な笑みを浮かべた利戈が仁王立ちしていた。
    「そんなに愛が欲しけりゃ俺がくれてやんよ。遠慮せず受け取りやがれ!」
     拳を固めてボキボキと指を鳴らす利戈に対し、永持が振り返りガードを固める。
     利戈は構わず、ガードの上から永持をブッ叩く!
    「俺の愛情で、そのひん曲がった性根を叩き直してやんよ!」
     容赦ない連打に曝され、永持のガードが揺らぐ。
    「おらッ!」
     利戈の踏み込みからの左フックが永持の左腕を弾き飛ばし、
    「おらァッ!」
     続く右ストレートで右のガードもこじ開け、
    「おォらァッ!」
     がら空きの顎をアッパーで捉えて打ち上げる。
     すかさず利戈が脇を締めて腕を引くと、バトルオーラが肘に集中する。
     打ち上げた永持を見上げて利戈は跳躍、猛追して肘のカチ上げを――、
    「せぃやァアアアッ!!」
     ――ブチ込む!!

    ●それが惜別の涙である筈もなく
     永持はフェンスに寄りかかりながら立ち上がり、鞭を形成するだけの余力をまだ残していた。
     眼前に立ちはだかる、深い紅色のオーラを纏った紅緋に、永持が鞭を振るう。
     迫る横薙ぎの一閃を紅緋は右腕で受け、そして掴む。光の鞭を握る手が焼かれようとも、紅緋は眉1つ動かさない。
     鞭を掴んだ手が、鬼神変によって赤黒い異形に変じていく。鮮やかな紅の爪を鋭く伸ばした紅緋の手は、その凄まじい握力で鞭を握り砕いた。
     逆巻く紅のオーラに、低重心の構えを取った紅緋の足元に亀裂が走り圧し割れる。
    「ハァアアアッ!」
     振り抜いた豪腕の一撃が永持をフェンスに磔にし、更に紅緋は金網ごと永持の上体を鷲掴んだ。
    「まさか、人間がこれ程までに強い想いを示すなんて、ね……」
     人の想いは不変でないからこそ、時として激しく燃え上がる。ダークネスという超常の存在さえ、焼き尽くす程に。
     それが理解できない永持にとって、紅緋の胸元に浮かぶ心の象徴たるハートのスートは、皮肉でしかなかった。
     苦悶に喘ぐ永持を掴んだままの異形の掌から、深紅と漆黒の光が溢れ出す。一対の光は二重螺旋を描いて集束し、紅を内包した黒の弾丸を形成する。
    「消えなさい」
     紅緋が零距離で撃ち放ったデッドブラスターが、一片の塵さえ残さず永持を灼滅した。
    「……灼滅完了」
     1つ息を吐いて構えを解いた紅緋が、気配に気付いて振り返る。
    「永持さん……」
     いつの間にか意識を取り戻していた千夏が、放心状態のまま呟く。
     永持の最期を見届けた今、千夏は事態の大凡を理解していた。今の今まで、自分がやろうとしていた事も、それを果たした後に待ち受けていたであろう結末も。
    「千夏さん……」
     花梨菜が千夏に歩み寄り、拘束を解いてそっと抱きしめる。
    「つらい思いをしましたね……。けど、もう大丈夫ですよ……」
     千夏の頬を一粒涙が溢れると、もう止めようがない。
     花梨菜の胸の温もりと、まだ生きているという喜びを噛み締めながら、千夏は声を上げて泣き続けた。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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