桃山温泉に潜伏しているイフリートからお手紙が届きました。岩で。
『くもくも、ねどこのちかくいる。あばれるとみんなにめいわく。だからなんとかして。しろ。このまままちょーうざい』
はい、以上です。
今年は記録的猛暑になるらしい。とかいって来年も同じことになっていそうではあるけれど。灼滅者達が教室に着くと、口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)が冷房の風を受けようとふらふらしていた。
「あ、そろったわね。説明はじめるわー」
暑さのあまり、気が緩みまくりの様子である。目つきにも気力がない。
「イフリートから手紙が来るようになったのは知ってる? 今回は京都の桃山温泉よ」
内容は、こうだ。はぐれ眷属のむさぼり蜘蛛の群れが現れてうっとうしいので退治してくれ、ということである。くもくも、とは蜘蛛がたくさんいるということだろう。
眷属は全部で7体。いずれも鋼糸のサイキックを扱う。単体はそれほどでもないが、数は多いので油断は禁物である。戦闘は温泉近くの森の中になる。人里に出る前に片付けたいところだ。
「さて、これは提案なんだけど」
桃山温泉から少し足を伸ばすと、宇治までいくことができる。時間があれば、お茶やお菓子を楽しんでもいいだろう、とのこと。
「どうするかはみんなに任せるけど、眷属はしっかり倒してきてねー」
そう説明を終えると、目はぐってりと机に伏せった。
参加者 | |
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駿河・香(ルバート・d00237) |
洲宮・静流(年齢詐称系執事・d03096) |
雲母・凪(魂の后・d04320) |
竜崎・蛍(レアモンスター・d11208) |
深束・葵(ミスメイデン・d11424) |
柊・司(普通の高校生・d12782) |
宮屋・熾苑(高校生ファイアブラッド・d13528) |
御印・裏ツ花(望郷・d16914) |
●索敵
虫の声が聞こえる森の中を、灼滅者達は列を作って進む。宇治川からの風があるとはいえ、今年の猛暑は厳しい。
「いい感じにムカつく手紙ねー。うふふ。しろって何よしろって」
額に汗を浮かべながら、駿河・香(ルバート・d00237)が不満を口にする。ダークネスや眷属を倒すことが灼滅者の使命といってもこう暑くては文句のひとつやふたつは当然だろう。
「いい様に使われてる気もするしな。たまには自力で何とかしろって返事を出したいな」
発した言葉は本気ではないにしても、洲宮・静流(年齢詐称系執事・d03096)も同意を示す。それこそ夏バテでもしていない限り、イフリートなら眷属を滅することなど容易いはずだ。もちろん、辺りを火の海にしてもよいなら、という前提付きだが。
「蜘蛛の巣が張った温泉地なんてイメージ悪いよね。ええ倒します、倒しますとも」
深束・葵(ミスメイデン・d11424) も何かが腑に落ちない様子。やっぱりいくら考えても、暑くて面倒だから眷属退治を押しつけられたような気がしてしまう。
「暑いですしね、さくっと倒してしまいましょう」
ストローハットのつばを抑え、雲母・凪(魂の后・d04320)が微笑む。ただ、偶然だろうか。視線は宇治市街の方向へと注がれている。戦闘後のおやつが楽しみでたまらないらしい。
「ところで、蜘蛛は好きですか? 私は好きだよ!」
突然、先頭を歩く竜崎・蛍(レアモンスター・d11208)がCMのように切り出した。仲間達も一瞬考えるが、首を縦に振る者はなく。
「蜘蛛って、苦手って訳でもないけれども、好きにもなれないんですよね。見ているだけで暑苦しいし」
足が多いし、毛も生えてるし、と柊・司(普通の高校生・d12782)。少なくとも見ていて楽しくなるものではないらしい。この意見には同意が集まる。
集中力を高めるためにイヤホンでロックを聴く宮屋・熾苑(高校生ファイアブラッド・d13528)は、聞いていないふりで流した。最後尾を歩きながら、いつ敵が現れてもいいように神経を研ぎ澄ます。宿敵であるイフリートの依頼で動くことは内心、思うところはあるがやることは変わらない。戦いになれば全力を尽くすだけだ。
「始末のあとは温泉にも行きたいのですけど、難しそうですわね」
汗を拭いながら、御印・裏ツ花(望郷・d16914)が言う。桃山温泉は小さな温泉地であり、宿も少ない。予約なしでは入ることができない可能性も高い。宇治のお茶を楽しみにしておこう。
「ううぅ、誰もぼクモーって言ってくれない……」
しょんぼりする蛍の頭に、べちゃっと粘り気のあるものがくっついた。長い黒髪に白いものがまとわりつく。蜘蛛の巣だった。いつの間にかむさぼり蜘蛛のテリトリーに入っていたようである。
「あーもう蜘蛛の巣きたねえ。キレそう」
と低い声。蜘蛛好きじゃなかったんですか、蛍さん。頭上から七体の蜘蛛の化け物が降ってきた。
●接敵
敵の存在を確認してからの灼滅者の動きは速かった。陣形を一瞬で組み、戦闘に備える。
「Let's show time.」
歌うように、けれど静かに。熾苑はイヤホンを外し、スレイヤーカードを掲げる。瞬間、足元から赤い炎と黒いオーラが噴き上がり、恐竜の姿をとって熾苑の身を包んだ。
「initiate!!」
蛍もカードから武装を呼び出す。青くて薄い、変なシールの貼られたギターを構えてドヤ顔。
「くもー!」
「くもくもー!」
「蜘蛛って鳴くのかえ!?」
むさぼり蜘蛛の狙いは葵だ。数体の蜘蛛が一斉に糸を吐く。飛んで回避し、避けきれない分はライドキャリバーの我是丸が引き受けてくれた。お返しに我是丸の機銃と葵のガトリングの二重奏をお見舞いする。
「すまんが、俺のストレス解消のためサンドバッグになれ」
さらりとひどいことを言う静流。ロッドを蜘蛛に突き刺し、さらにこれでもかと魔力を流し込む。蜘蛛が悲鳴を上げると、危ない笑みが静流の顔に浮かんだ。暑さは人を乱暴にするのかもしれない。うん、きっとそう。
ばさり、と肩にかけた着物が風にたなびく。凪は流れるような動作で慄く蜘蛛に槍を突き刺す。びくり、と一度大きく震えると蜘蛛はそれきり動かなくなった。次第に霞のように消えていく。凪は薄く笑みを浮かべ、蜘蛛の死骸を見下ろした。
「別に悪気があるわけでもないのよね、貴方達には心がないんだもの」
嫌悪を隠しもせず、裏ツ花はガトリングを振り回す。轟音が響くたび、蜘蛛の体に穴が開く。
「見た目も動きも、存在そのものが嫌らしい! このような生き物が、地球に存在していること自体許せませんわ。消えておしまいなさいな」
蜘蛛好きもいれば、蜘蛛嫌いもいる。それは当り前のこと。世界中の蜘蛛嫌いの声を代弁するがごとく、ガトリングは雄叫びを上げ続ける。
「ちゃっちゃと片付けたて早くお茶しに行きましょ」
香の手がピストルのジェスチャーを作り、指先に光の矢が生まれる。矢は次の瞬間には蜘蛛の腹に突き刺さり、その身を形成している魔力を炸裂させた。
「これで少しでも涼しく……なりませんよね」
朱塗りの槍の先端から氷の弾丸が放たれ、蜘蛛に突き刺さる。傷口から氷漬けになっていく蜘蛛を、司は少しうらやましそうに見つめる。かといって自分に攻撃を向けるわけにもいかない。
暑さから逃れる方法はただひとつ。むさぼり蜘蛛をできるだけ早く倒し、涼しい店に駆け込むことである。抹茶を目指して、灼滅者達の戦いも加速していく。
●滅敵
戦闘開始からおよそ十分。むさぼり蜘蛛の数は半数以下に減っていた。灼滅者達の高い士気のおかげである。もちろん、その高い士気はいら立ちの裏返しでもあるのだけれど。
「いい機会じゃから本物の『蜘蛛の子を散らす』というのを見てみたい気がしたのじゃが……まあいい、さっさと潰してしまおう」
そもそも、はぐれ眷属が逃走を選ぶことなどまずない。ゆえに殲滅するしかなく、それも早ければ早いほど宇治金時が近付く寸法である。光輪の虹色の輝きも、勢いを増して蜘蛛の足を切り裂いた。
「うー。暑いです。熱いの嫌です」
そうは言ってもマフラーはけして外さないのが司である。現実逃避気味に抹茶アイス抹茶アイスと呟きながら、気の弾丸を撃ち出す。平地より涼しい森の中ではあるが、戦闘中なのだから暑くてかなわない。
けたたましいサウンドが青いギターから鳴り響き、むさぼり蜘蛛の全身の神経を破壊する。思わず叫ぶ蛍。
「よっしゃ5クモ殺ったー! さっさとくたばれ虫けらどもー!」
五体目の蜘蛛を撃破。さすが蜘蛛好き、愛情表現も独特である。たぶん。やっぱり暑さは人を凶暴にするということだろう。
「大丈夫、痛いのは一瞬だけだ」
一段といい笑顔で、静流はハンマーを叩きこむ。腹がひしゃげて内容物が顔に飛び散ってもいい笑顔は崩れない。
腹を潰されても、蜘蛛はまだ足掻く。それは普通の生物であったときからの本能だろう。凪の笑みが一瞬だけ深くなる。
「これで全部、お仕舞い」
腕を覆う蒼いオーラが刃を形作り、蜘蛛に引導を渡す。多くの灼滅者は暑さに閉口しているが、彼女は違う。もっと、違うものを見て、違うことを感じていた。
「そろそろ終わりですわね。早々に退場してくださいませんか?」
回復もそこそこに、裏ツ花は感情のままに爆炎を叩きつける。蜘蛛の体が炎に包まれるが、裏ツ花の理不尽な怒りはそんなものではない。暑さが憎しみを倍増させ、ガトリングもさらに回転数を増す。
「喰らえっ!!」
熾苑の腕が炎に包まれ、巨大な炎の拳を作り出す。獰猛な肉食獣を思わせる動きで迫ると、長身を活かして上段からぶちかました。蜘蛛の身を包む炎がさらに勢いを増す。
「これで終りね」
軽いステップを踏むのと同時、香の足元から陰でできた腕が伸び、蜘蛛の足を絡めとった。身動きができない隙に真横まで動き、もう一度ピストルのジェスチャー。零距離で魔力の矢が放たれ、最後の蜘蛛を貫いた。
●快適
むさぼり蜘蛛を退治した灼滅者達はタクシーに分乗し、宇治市街に到着した。イフリートに利用された感もあるが、それは忘れてお茶を楽しむことにする。手頃な店を見付け、中に入る。豊かなお茶の香りが疲れた体に染みる。そして何より、冷房が利いている。
「抹茶は抹茶でいいの! この苦いのに甘い茶菓子を食べるのがいいのにくっつけて抹茶スイーツにするのはいかんでしょ。日本文化!」
激しい調子で抹茶スイーツは邪道だと断じる蛍。言葉通り、熱い抹茶とお茶菓子を注文した。しかし、仲間の多くは抹茶アイスや宇治金時を頼んだ。
「冷たいです甘いです美味しいです」
相変わらずマフラーを外さない司は、抹茶アイスの冷たさを噛みしめる。隣には熱いお茶。何気に長期戦仕様である。
「私は抹茶とあんみつと、あと抹茶アイスもお願いします!」
他にオススメありますか、と店員に尋ねるのも忘れない香。カロリーと相談したいところではあるが、他の客が食べているものを見ると、そんな余裕があるかどうか。さっき戦ったじゃないかだとか、ご褒美だとか、雑念が脳裏にちらつく。若いから少しくらい(食べ過ぎたって)大丈夫だろう。きっと。
「うん、これは悪くないな」
熾苑は茶団子を注文した。甘くないものは、と聞いて店員に勧められたからだ。渋いお茶の風味が活きていて、飽きのこない味わいだ。イヤホンから流れる穏やかな音楽に身を預けると、全身の力が抜けるようだった。
「ん~、最高っ」
黒蜜を宇治金時にたっぷりかけ、ひと口パクリ。思わず葵の口から感嘆が漏れる。片方の手には京都のガイドブックを持っている。夏祭りなど、イベントも多い。
「宇治というと、源氏物語にちなんだ施設もあるそうですわね」
裏ツ花の脳裏に浮かぶのは、大切な人の横顔。眼差しの鋭さも今ばかりは少し緩む。暑さで疲れた体を抹茶アイスの程よい甘さが癒してくれる。
「いいですね。これから行く時間はあるでしょうか」
と相槌を打つ凪の前には大きな抹茶パフェが鎮座していた。抹茶アイスの緑とバニラアイスの白が何層にも積み重なっている。凪がどうですか、と聞くと香(含め他の女子)もつっつく。
「少し気が早いが、8月になれば花火大会もあるな」
白玉入りの宇治金時を頬張っている静流も話に乗っかる。京都は地元だ。この中では誰よりも詳しいかもしれない。
さっきまで眷属と戦っていたのがウソのように、時間はゆっくり流れる。水の中にたゆたうような、緩やかなひととき。いつ大きな戦いがあるか分からないのだから、休めるときに休んでおいた方がいいだろう。明日がいい日になるか悪い日になるかは分からない。ただ、暑い日であることだけは間違いない。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年7月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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