オンネトーからおてがみついた

    作者:佐伯都

     おんねとーノ チカク ブタッポイ ケンゾク イル。
     サイキン ナツ ナルト ヒト イッパイ。
     タイジ ヨロシク。

    「……なんだこれ」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が持つ石版を一瞥するなり、乾・剣一(炎剣・d10909)が呟いたのはそんな一言だった。実に見事な玄武岩に、何だかやたらとよれたカタカナがのたうっている。
    「北海道は道東、オンネトー温泉街の源泉付近に生息するイフリートからの手紙です」
    「へー、イフリー……って手紙!? しかも道東!?」
     いや北海道はこれまで依頼で色々行ったけど! まだ行ってないのは道東方面かなーって思ってたら! 思ってたらなんか来たよ!
      
    ●オンネトーからおてがみついた
    「どうもクロキバから、困り事があったら灼滅者に頼めと話を聞いたようでして」
     石版を傍らによけてからぺらりと道東のものらしき地図をめくり、姫子はあらあらうふふと相好を崩す。
    「調べたところ、雌阿寒岳のふもとにあるオンネトー温泉街の近くにある原生林で、手紙通りにバスターピッグの群れが確認されました」
     その数は十体、ガトリングガン相当のサイキックを使用して襲いかかってくる。
     夏の道東地域は世界遺産にも指定されている秘境・知床をツアーなどで訪れる観光客でここ近年非常に賑わっており、オンネトーも例外ではない。
     もともとオンネトーは北海道三大秘湖のひとつとして知られ、五色沼の異名の通り季節や時間帯、空模様などで色が刻々と変化することで有名だ。そんな観光地に眷属を放置すればどんな事になるかは、考えるまでもないだろう。
    「オンネトーの北側に広がる原生林の奥に、水の涸れた沢があります」
     その周辺をねぐらにしているらしく、沢を山側へたどってゆけばいずれ出くわすだろう。常にブヒブヒと鳴いているため居場所もすぐに知れるので、あとは討ちもらしのないように留意しながら退治すればよい。
    「せっかく遠くまで行くんですから、さくっと退治したあとは温泉に浸かってくるのも良いですね」
     と、姫子は人数分の日帰り入浴券が入ったカードケースを片手ににっこりした。


    参加者
    椿森・郁(カメリア・d00466)
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    桜川・るりか(虹追い・d02990)
    天埜・雪(リトルスノウ・d03567)
    花京院・雅(宵闇の道化師・d08941)
    乾・剣一(炎剣・d10909)
    石見・鈴莉(雛の炎・d18988)
    鷹化鳩・あずみ(ぶらっくぼっくす・d19170)

    ■リプレイ

    ●宿敵とのつきあいにまつわるエトセトラ
     まったく……俺、イフリートって宿敵だぜ?
     依頼って言ったって、そいつらに頼まれて豚退治とかどうすんだよ。ファイアブラッドの立場って何。灼滅者の存在意義って何。わざわざ北海道くんだりまで来てどっかの便利屋? それって根本的にどうよ。
    「宿敵との付き合い方ってモノを考え直したくなるよな……」
    「まさか北海道まで来る事になるなんてねー。涼しくていいなー……って乾さんなんか言った?」
     聞いちゃいねえ。
     石見・鈴莉(雛の炎・d18988)はひんやり涼しい木陰を満喫するのに夢中だったようで、乾・剣一(炎剣・d10909)は思わずがっくりと肩を落とす。同じファイアブラッドなのに!
     そもそも、なんか北海道に呪われてんじゃねえの俺。依頼で来るの何回目だと思ってんだよ五回目だよ。どんだけご縁あんだよどんだけお得意様だよ! そしてトドメがあろうことか宿敵からお手紙、ってホント何なのコレ絶対なんかの呪いに決まってる。
     しかし空梅雨からの猛暑続きな関東に心底うんざりしていた他メンバーは、うろうろ考えをめぐらせる剣一には気づきもしない。……ちょっと寂しい。
    「夏の間だけ北海道住みたいなー。冬はもちろん東京もどるけどね! 雪嫌いなわけじゃないけど、多いとめんどくさそう」
    「まあ雪はね……場所にもよるけど、まあ慣れたらそれはそれで日常になっちゃうと思うよ」
     なにぶん彼らが普段生活するのは真冬でもほとんど積雪のない関東だ、椿森・郁(カメリア・d00466)はあっけらかんと語る鈴莉にくすりと笑う。器用に声をひそめつつ談笑しながらも、エクスブレインからの情報を考慮し慎重に沢をたどることも忘れていない。
    「アカハガネもここに来ていたら夏バテはしなかったんでしょうね。外を歩いていてもこんなに涼しいなんて……」
    「北海道の夏はいいってよく聞くけど、ほんとに快適なのねぇ。東京もこれくらい涼しければいいのに」
     雲一つない晴天のはずだが、睦月・恵理(北の魔女・d00531)にはいっぱいに枝をのばした木々が暑さを遮断してくれているようにも感じられた。鬱蒼とした、しかしほどよく樹上から届く太陽のおかげで暗すぎもしないのが実に心地よく、花京院・雅(宵闇の道化師・d08941)がほうっと大きく息を吐く。
    「気温もだけど湿度が低いからね」
    『ほっかいどう、はじめてきました。ひこうきも、はじめてのりました』
    「初めてだで気合い十分、予習もばっちりせー」
     ぱたぱたと鈴莉の隣でスケッチブックを掲げる天埜・雪(リトルスノウ・d03567)に、食うかや? と鷹化鳩・あずみ(ぶらっくぼっくす・d19170)が小箱を差し出した。
    「……」
     その小箱に踊るジンギスカンキャラメルの文字に、何かを察した雪が青くなりつつふるふると頭を振る。
    「何なら、ザンギチップスもあるじ」
    「それならキャラメルよりは安全そうだね、わさびビーフ味とかもあるし。いっただきまーす」
    「ッおい、見れ! あすこの木にきれーな鳥……、ぁ、すまね、初北海ど……ぃや初仕事だでつい興奮して」
     おやつにバナナが入っているかどうかは不明だが、旅行ガイドに双眼鏡、どこからどう見ても完全装備のあずみに郁は苦笑するしかない。
     多少遠足気分混じりなメンバーもいるが相手は豚ことバスターピッグ、卷族と言えど知能は低い。そうそうこちらの行動の裏をかく真似はできまい。ダークネスに率いられればそれはそれで話は別だが。
     それに有能な後輩達のことだ、道中さほど心配することもないだろう……と剣一は思っている。

    ●名物にうまいもんばっかり(※北海道に限る)
    「それにしても、最近お手紙はやってるよねー。こんな所からも依頼されるなんて、箱根の雑用係クロキバさんの連絡網ってすごい」
    「見事に便利屋扱いですからね、ふふ……魔法使いをやっていますとこう言う取引は結構慣れっこになりました。便利屋をする代わりに暴れないでいてくれるのなら、それはそれで安い取引です」
    「まあこれだけ気持ちよかったら、豚さんが居着こうとしてるのもわからなくはないけど……卷族じゃそのままにしておくって事もできないからね」
     それに人里へ近づくような事があれば観光客が襲われることにもなりかねない、と桜川・るりか(虹追い・d02990)は背すじを正す。
    「卷族じゃなかったら美味しいお肉が食べられたのかな」
     むしろ食べる気でいたのか、と剣一は喉元まで出かけたツッコミを苦労して呑みこむ。
    「ま、まあ、豚はどうだか知らないけど、足寄(あしょろ)牛とかあるらしいぞ。あとで温泉街も覗いてみるか」
    「「「賛成!」」」
     あんまり無駄に北海道リピーター歴を伸ばすのもなんだが、こういう時だけは悪くない、と剣一は思う。
     ぷきゅ、ぶひっ、と特徴のある鳴き声がほんのかすかに雪の耳へ届いた。
     はっとして立ち止まった雪の様子に、その後ろを歩いていたあずみが胸元の双眼鏡を取り上げる。雪が知らせるまでもなく、わかっている、と言いたげな様子で鈴莉がその小さな肩へ手を置いた。
    「近そう?」
    「もうちょっと先だで、気付かれた様子はねえ」
     ちょうどこちらの方向から見ると、扇状に広がった場所にバスターピッグが群れている。
     枯れた沢ぞいに街へ向かって踏み荒らされてきているような気配がまるでないので、本当にその場所の居心地が気に入っているのかもしれない。
    「全部おる。それから、突き当たりにずいぶん高い段差があるじ」
    「できるなら奇襲を狙っていきたいトコね……ここからなら段差まで回り込めそうかしら」
     討ち漏らしのないようにと言ったエクスブレインが、包囲が必要かどうか等に言及しなかったのはこういうことだったのだろうな、と雅は考える。背後に越えられそうにない壁があるなら、逃走するためにはこちらの脇をすりぬけるしか手段はないのだ。
    「じゃ、年長組が後ろから行くか。後輩達は守ってやらなきゃいけないし、危険度が高い方は俺らの仕事だろ」
    「お願いするわ、さすがに一人は困っちゃうもの」
     ちょうどおあつらえ向きに剣一の防具には猫変身のESPが備わっている。壁歩きを駆使する雅の足下の茂みをくぐって行けば、相手に見つかることもないはずだ。
    「さあて、それじゃ私たちは正面から行きましょうか」 
     緑の中へ消えていく二つの影を見送り、恵理は肩の上からばさりと長い髪を払う。

    ●ローストポークにはまだ遠い
     ぶひぶひっ、ぷきゅ、とどこかのどかに鼻を鳴らすバスターピッグを睥睨するように、雅は高い枝の上へ脚をかけた。すぐ背後に剣一の気配を感じる。
    「さて、こんな素敵な自然の中に物騒な武器担いだ豚さんは似合わないんだよね」
    「ごめんなさいね……あなた達を放っておく訳にも行かないんですよ」
     じゃんっと音を立てて、るりかの右手にホライズン・ブルーがおさまる。妖の槍を構えた恵理が先陣をきって飛び出し、手近な一体に妖冷弾を叩き込んだ。
    「ぜーんぶ纏めてさくっと退治しちゃおう!」
     ぴぎーっ、と敵の出現を告げるように高い鳴き声があがる。一斉に両脇の長銃状をした武器の先端が、扇状にひらけた沢へ突入してきた灼滅者たちに向けられたが、そのがらあきの真後ろに降り立ったのは雅と剣一。
    「さってと、ぼちぼち頑張るわよ」
    「豚どもに手こずった、なんて笑い話にもならねえしな!」
     雅のセイクリッドクロスを至近距離で浴びた一体に、絶妙なタイミングで剣一がシールドバッシュを重ねる。ぷぎーっ、ぴぎいーっ、と青筋マークがついたように思えるバスターピッグが猛然と体当たりを試みてくるが、猪突猛進ならぬ豚突猛進をそうやすやすと食らう剣一ではない。
    「ほいだら、ずく出してこ」
    「一匹一匹、迅速に確実に仕留めていこう」
     さらに鈴莉が初手としてフェニックスドライブ、恵理の後ろから続けてあずみが戦艦斬りで斬り込んでくるが、完全に前後から挟撃される形になったバスターピッグは大混乱に陥った。
     誰かが狙い撃ちにされるとか不利を悟って逃げ出すわけではないが、あさっての方向にもサイキックがびしばし飛ぶので色々な意味でアブナイ。自然保護だいじとってもだいじ。
    「ああもうブヒブヒぴーぴーうるさい!」
    「……」
     混乱のあまり闇雲に放たれるブレイジングバーストをこまめに癒しながら、郁は耳を塞いだ。念のため、いるともわからない散策中の一般人に聞かれることのないよう雪はあらかじめサウンドシャッターを展開させていたが、こういう時は多少戦場内の音も小さくなってくれればいいのに。
    「炎はほっといたら増える一方だし厄介だからねー、ここはまとめて!」
     防護符と清めの風を織り交ぜて前衛を支える郁の隣、ビハインドの『パパ』に庇われた雪がブレイドサイクロンで消耗の激しい一体を仕留めた。
     妖冷弾とマジックミサイルで削りにいった恵理の標的のいくつかも、的確にダメージ量を見極めた雅と剣一がそれぞれ確実に落としていく。
    「いい加減、豚ども相手にソコまで苦戦するワケにもいかねーってんだよ! 三つ!」
    「いやああああ追撃やめて痛い痛い! ……から、お返ししちゃう!」
     やられたら倍返し、とばかりにフォースブレイクで眼前の一体を仕留め、雅はにんまりと笑みを作った。バスターピッグに火をつけられながらも、やはりお返しとばかりにあずみは閃光百裂拳で追い打ちをかけてゆく。
     奇襲の機会を狙い互いに声をかけあい、一体も見逃すことのないよう撃破数を管理する方法が功を奏したか、火力と数の有利があったはずのバスターピッグは最後まで混乱から立ち直れないまま、灼滅者たちの前に敗北したのだった。

    ●老いた沼には五色の衣を
    「なるほど、……五色沼と言う名は二重の妙ですね」
    「うっわぁー……すごいなあ、この場所。さっき見てきた色と全然違うよ!」
     バスターピッグの討伐から戻りがてら、オンネトー温泉街でお土産やら名物やらを買い込みながら見たオンネトーの色は確か暗い、紺にも近いダークブルーだったはず。
     水質が酸性のため魚類はいないが、かわりにエゾサンショウウオとザリガニが生息しているのだそうだ。
    「オンネトーって『老いた沼』とか『大きな沼』って意味らしいせ。……昔ッからこの自然を見守ってきた神さまってことかいねぇ」
     自然や、力強い北国の生き物の中へこまやかに神を見いだしてきたアイヌ文化らしい命名と言えるのかもしれない。
     そのオンネトーを一望できる湖畔の一角、エクスブレインが用意したのは小さな、ひなびた民宿の日帰り入浴券。宿泊券ではないのは、実は男女の部屋割りの都合上定員オーバーで泊まれない、という裏事情があった。
    「それにしてもこの温泉、美肌効果あるのかしらね。スベスベになると嬉しいんだけど」
    「……硫酸塩泉。脳卒中後の麻痺の改善、血圧降下、動脈硬化の予防に効果あり、みたい。美肌ではないけど、身体にいいのは間違いないね」
     スクール水着姿の鈴莉が湯船のそばに立てかけられた成分表を読み上げる。なにぶん混浴なので水着着用だが、やや白濁したブルーグリーンに見える湯船は美しいとしか言いようがない。
     硫黄泉は空気に触れることで酸化し白濁するので、源泉が湧いている箇所やその周辺はかぎりなく透明に近いが、そこから離れるに従いだんだん白くなる……という、実に美しい色合いで目までも癒されるようだ。
    「あたし露天風呂はじめてなんだよね! すっごく気持ちいいー」
    『みんなでおんせん、楽しいです。はじめてがいっぱいです!』
     やはり同じくスクール水着の雪が、スケッチブックの替わりにホワイトボードを掲げてにこにこしている。一体誰が乗せたものか、『パパ』の頭の上には白いタオルが乗っていた。
     橙色系のタンキニ姿な郁は、楽しげにデジカメのシャッターを切っているるりかの手元を一緒に覗きこんでいた。
    「美味しいものもいいけど、写真もお土産にしていくんだ」
    「ほんと、北海道はいいところだよねー。今の季節は特にそう」
     あざやかでありながら濃い緑と、からりと澄んだ青い空。日本でありながら外国のよう、独特の風土が欧州のよう、と言われるのもうなずける。
    「依頼ついでに観光かつ温泉。まぁこれも色々と役得……ではあるのかな」
    「……水着コンテストの延長戦って感じだじ」
    「そういえばあずみちゃん、さっき恵理ちゃんと何こそこそやってたのぉ?」
     にやにやと雅にノーガードの脇腹をつつかれ、あずみがひょぉっ!? と奇声をあげる。
    「確かに何かぼそぼそ喋ってたな。何やってたんだ?」
     湯煙で曇る眼鏡を拭きつつ剣一が重ねて尋ねると、あずみはうろうろと視線を彷徨わせたあげく、「てがみを……」と呟いた。
    「手紙?」
    「そ。イフリートに手紙」
    「イフリートにぃ?」
     そもそもイフリートがあそこに来るかどうか、届くかどうかもわからないのに一体何書いたのよ、と半笑いの雅にあずみは頬を掻いた。
    「いや、少し前にアカハガネが夏バテしたらしいって話があったじ」
    「ああ、あったな。そんな話」
    「なので、こう、石版に」

    『これからも あばれるよりは わたしたち よんで』

     ……そう記された石版を、悪戯っぽい笑顔で枯れた沢へ残そうとした恵理。その時にふと思いついたのだ。無敵斬艦刀の切っ先で苦労しながら、石版の表面を削るように記した言葉は。

    『しょちゅうおみまい もうしあげます』

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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