学園祭~名残を惜しんで

    作者:牧瀬花奈女

     二日に渡る学園祭も、終わりの時がやって来た。
     クラブ企画での出来事や、水着コンテストの盛り上がりを思い返すと、灼滅者は自然と頬が緩むのを感じた。
     時刻は既に夜。昼に覚えた暑さも、さすがに和らいでいる。けれど、学園に満ちた祭りの熱気は、まだ失せてはいなかった。
     ここからは、打ち上げの時間。学園祭における最後の楽しみが待っているのだ。
     
     渡り廊下を歩いていた灼滅者は、曲がり角の所に人影を見付けて足を止めた。
     小学生の男の子だ。もしや迷子かという考えが脳裏を掠めるが、ごく普通の様子でてくてく歩いているのを見ると、そういう訳でもないらしい。
     何処へ行くのか気になって、男の子の後をついて歩く。彼はやがて、教室の一つに入って行った。
     そこはクラブ企画等でも使われず、空き教室として扱われていた場所だったのだろう。黒板や壁に施された軽い飾り付けの他は、いつも見慣れた教室と変わりない。
     男の子は窓際の席に座り、外を見ていた。どうやら彼は、ここで学園祭の余韻に浸るつもりのようだ。
     この教室に皆と集まって、学園祭の思い出話をするもの良いかもしれない。
     男の子の背中を見ているうちに、灼滅者はふとそう思った。
     今、教室の中には男の子しかいないが、静かな場所を好む他の生徒達も、そのうちやって来るだろう。
     思い思いの席に座って、お喋りをしたり、窓からグラウンドの様子を眺めたり。
     静かに祭りの名残を惜しむのも、きっと楽しい。
     さて、誰を誘おうか。
     灼滅者は小さく微笑んで、一度教室から離れた。
     友を連れて、また戻って来るために。


    ■リプレイ


     色とりどりの紙テープや風船で飾られた教室は、少しだけ華やいで見える。けれど空き教室として扱われていたここに満ちる空気は、静かで穏やかだった。
     教室の中ほどで机を合わせ、笑みを交わし合うのは水喫茶『むーみん』の3人。
    「日本に来て初めてこういうことしたけど、すっごく楽しかったよ」
     シェレスティナはそう言って、緑の瞳を細める。慣れない事で大変な思いもしたけれど、今残っているのは楽しさと、共に頑張ったスタッフの皆への感謝だ。
     役に立てたかはわからんが精一杯頑張れたと思うのじゃ、と黒髪を揺らす那波の手には、本番では飲めなかったトロピカルドリンク。
    「部門一位おめでとうじゃよ♪ ふふっ、これも皆の努力あって次第じゃな。最高に楽しかったわい♪」
    「うん……びっくりしたけど、嬉しかったー。みんなありがとっ♪」
     ほっと息を吐く響のグラスの中でも、那波と同じ黄と黄緑のグラデーションを描くトロピカルドリンクが揺れている。乾杯の誘いに頷いて、シェレスティナも同じドリンクを手に取った。
    「部門一位おめでとー! かんぱーい♪」
     かちん、とグラスを打ち鳴らした後、彼女らは自然と学園祭の出来事を振り返っていた。少し視界が滲んだのは、きっと共に抱く思い出が優しいから。
     傑人と向かい合わせに座り、誠士郎は机上に広げたツナサンドへ手を伸ばした。お互い初めての学園祭だったが、随分楽しんだものだなと口元を緩めれば、金の瞳を瞬かせて傑人も頷いた。一番の思い出は、何が流れて来るか分からない、サバイバルゲームの要素を含んだ流しそうめんだろうか。傑人にとっては、日本文化に触れる良い経験にもなった。少しばかり、本来の形とは違っていたような気もするけれど。
    「来年、傑人は卒業してしまっているけれど、また一緒に回りたいな」
    「そうだな……卒業、というより大学進学になるだろうが」
     進学ならば、また会うのも難しくない。共に過ごす時間が心地良くて楽しいのは、どちらも同じ。素直に言葉にされると多少の照れくささがあるけど、その気持ちに嘘は無いから。また来年も、こうして楽しかったことを話し合えたらいい。
     小次郎と共に空き教室へ入った葉は、真っ先に窓際の一番後ろの席へ足を向けた。お前その窓際一番後ろの席好きだなー、と目元を綻ばせる友へ、葉はビニール袋からスポーツドリンクを取り出して放る。
    「ほらよ、水コン優勝おめでとっさん」
    「え、わっ冷たっ!……これ、くれンの?」
     おごりだと言う葉へ、熱あんの? と軽口を叩いた後で、小次郎は冗談だよとすぐにそれを打ち消した。
     椅子に腰掛け窓を開けると、流れ込む夜風が心地良い。窓の外では、生徒達が思い思いに祭りの最後を楽しんでいた。
     寄り添うきしめんの頭を労わるように撫でながら、小次郎は外を眺める葉へ目を向ける。葉が軽音で歌っている姿を、彼は遠くからこっそり見ていて、少しだけ格好良かったかも、なんて思ったのだけど――本人には、言ってやらない。
     何かと忙しかった二日間も、あと少しでお開き。聞きたいことも話したいことも、それなりにあった気がするけれど。とりあえず、2人と1匹で乾杯しよう。
     体力は限界だけど、名残惜しい気持ちは強くて。悠歩をここまで連れて来たのは、その思いだった。一緒に来てくれた里瀬と紫朗に感謝を込めて、まずはお疲れ様とカップを掲げる。
     一息ついた3人が話し始めるのは、遊びに行ったクラブの話。のんびり、ぽつぽつと語られる思い出は柔らかい。
     喧騒は得意ではありませんが、こういう空気もたまには良いかもしれません。そう言って窓の外へ目をやった紫朗は、密かに向けられた悠歩のカメラに気付いて眉をひそめた。隠し撮りはいけない、です、と里瀬にも嗜められて、悠歩は素直にカメラを一度引っ込める。それから改めて、3人並んでシャッターを切った。
     里瀬は一足早くこの教室にいた男の子も誘おうと窓際の席へ目を向けたのだけれど、どうやら電池が切れて眠っているようだったので、そっとしておく事にした。
     やがて会話の切れ間が生まれれば、睡魔が悠歩の肩を叩く。悠歩さんも電池切れですかと声を掛けると、壁にもたれた彼は、ゆるゆると首を振った。
    「……え、寝てない。寝てない、よー……?」
    「……悠歩さん、それは寝てると思うです、よ?」
     幸せそうな寝顔に目を細めていると、里瀬の耳に2度目のシャッター音が聞こえた。
    「これは我ながら上手く撮れました、ね」
     振り向いた先には、悠歩のカメラを手にして微笑む紫朗の姿。見ているこちらまで眠りに誘われそうな寝顔は、きっと穏やかな思い出の一枚。


     楽しい時間が過ぎるのは、あっという間。窓際にもたれ、小鳩は小さく息を吐いた。二日に渡る学園祭。さすがに少し疲れた様子の彼女へ、飲み物あるよと伊織がペットボトルを渡した。二人で思い出を語る内、話題に上ったのは水着コンテスト。小鳩は思わず赤らんだ頬を両手で隠した。
    「その……どう、でしたか?」
     指の隙間から様子を窺いつつ尋ねれば、可愛かったよとの答えに嬉しさがこみ上げる。その後に続いたスタイルについての言及は、ぺしぺし叩いて聞かなかった事にした。
     来年も、一緒できれば。赤い頬のまま、途切れがちにそう誘うと、俺で良ければ引っ張っていってくれればいいよと伊織は頷く。
    「ま、けど来年は来年。今年もまだまだ楽しいことは沢山あるよ」
     微笑んだ伊織の手が、小鳩の髪を柔らかく撫でた。
     窓際の席に向かい合うように腰掛けて、こっちでよかったよな? と確認しながらクォーツは黒雛に飲み物を手渡した。長い前髪の奥で碧眼が微笑むのを見てから、彼も飲み物に口を付ける。
    「学園祭、どうだったか? 楽しかったか?」
     クォーツ自身は自分の分で手一杯だったけれど、黒雛の話を聞いていると我が事のように楽しくなる。耳を打つ黒雛の声は快くて、いくらでも次の言葉を待てた。
    「えと……あの……っ……クォーツさんと兄さんの企画は面白かったです……!」
     少し赤らんだ頬で、満面に笑みを浮かべて黒雛がそう言えば、穏やかだったクォーツの表情が何とも微妙なものに変化する。見てたのか、あれを。
     黒雛の話が終わった後、彼は彼女の頭を優しく撫でた。来年も一緒に過ごそうな。そう囁いて。
     窓から見えるグラウンドの賑やかさも、この教室からは遠く思える。祭りの熱気にも似た外の明かりを眺めながら、鷲司はお疲れさんと彩希に声を掛けた。もう少し回ってみたかったわ、と名残惜しそうに呟き、彩希は冷たいペットボトルを頬に当てる。
     共に回った学園祭の時間は、終わりが来るのがとても早かった。訪れたクラブ企画での出来事は、どれも大切な思い出だ。鷲司としては、鏡の迷路だけは詳細に思い出したくないのだけど。
     唯一の心残りは、彩希が水着コンテストに参加しなかった事だろうか。そう零せば、一緒に海に行くって約束したからと彩希は言う。水着のお披露目は、その時に。
    「高校生活最後の学園祭、彩希は楽しめた?」
    「勿論よ」
     零れんばかりの笑顔は、彩希も鷲司と同じ気持ちだった事の証。
     来年はお互い大学生。それでも、今年みたいに時間を作って、また一緒に回ろう。
     窓際の席に座った薙乃は、外の様子を眺めて頬を緩めた。学園祭は一人で回ったけれど、とても楽しかった。本当は兄さんを誘えば良かったけど――そう考えた所で人の気配を感じ振り向けば、当の蒼刃が驚いたように瞬きをしながら立っていた。
     隣、いいか? と問われ、ここは空き教室なんだから、わたしが許可する必要はないでしょ、と目を逸らす。じゃあ遠慮なく、と隣の席に着いた蒼刃が、学園祭はどうしてたんだ? と彼女の方を向いた。
    「わたしは一人で周ってた。一人の人もいっぱいいたし。別に淋しくなんかないしねっ」
    「そうか。俺も一人だったよ。雑用があったから、そもそもほとんど回れてないんだけどな」
     もしもこの時、二人を見る人があったなら。彼の人は、赤茶と漆黒の瞳に宿る色が同じである事に気付いただろう。
     言葉には出さないけれど。隣にいられる事が、名残りを惜しむ時を共に過ごせる事が、温かくて、幸せだった。


     窓の外ではまだ賑わいが続いているけれど、今はこの教室のゆったりした雰囲気が心地良い。窓際に座ったリヴァルは、唯花と学園祭の思い出話に花を咲かせていた。色んな企画で、みんなが頑張って。文字通りのお祭りだった。
     いつも以上にはしゃいだ様子の唯花に、プレゼントしたいものがあるんだとリヴァルは鞄を開ける。受け取った唯花が包みを開けると、中から現れたのは水色のペンギンのぬいぐるみ。
    「ちょっと見掛けて、唯花に……って思って」
    「わぁ……可愛いな、ありがとっ」
     実は水色好きなんだよ? とポニーテールを揺らして笑う彼女に、リヴァルも笑顔を返す。また来年も一緒に学園祭回ろう、と誘えば、私でよかったら喜んでとぬいぐるみの頭を撫でながら唯花が応じる。来年の学園祭には、どんな企画が待っているだろう。
     お疲れさまと、囁くような声で瑞央は侑に微笑みかけた。歌声喫茶の舞台で天ノ川星歌隊のメンバーとして歌った瑞央の学園祭は、とても充実したものだった。
     学園の生徒だけでなく、淫魔さんまでやって来て、たくさん聴いてくれて。それはとても楽しい思い出なのだけど――
    「でも、やっぱり……侑ちゃんに、聴いてもらいたい……かな」
     昔から側にいる大切な人が聴いてくれるのは、皆に聴いてもらうのと同じだけの価値がある。じっと藍の瞳を見詰めると、侑の頬が僅かに赤らんだ。
    「改めて言われると照れるな……でも、私も瑞央の歌、ちゃんと聴きたい」
     その言葉に笑顔を浮かべて、瑞央は歌を紡ぎ出す。静かに、それでも、侑へ届くように優しく。
     グラウンドではキャンプファイアーが行われているようだった。
     ここでの学園祭は初めてだけど、凄い規模だったな。六花と共に窓の外を眺め、十夜はそう考える。最後まで騒ぐかと思った彼女は、意外にも静かだ。
     周りから見たら、恋人みたいに見えるのかな。そんな風に思いながら、六花は十夜の肩にこてんと頭を乗せる。暫くそうしていると、不意に肩を抱き寄せられた。
     落ち着け。どうせとーやのことだから『六花が寒そうだから温めてやるか』とか考えてるんだ。そんな六花の予想は大当たりで、どういう訳だか腹が立って来る。
    「うぉらぁ!!」
    「り、六花。いきなり殴るって、そんなに気に障ること……した……か……?」
     ぶっとばーす、と尚も拳を振り上げる六花から逃れつつ、何でだよと十夜は問い掛けたが、その疑問に対する答えは得られないままだった。
     わたくしの誘いを受けていただきありがとうございます、姫様。悪ふざけで紳士を気取り、双葉は姫恋に一礼する。
    「こちらこそ、お誘いありがとう。まさか、双葉から誘われるとは思わなかったわ」
    「高校最後の祭りだしラストが一人でってよりも、女の子を誘ってすごしたいジャン」
     戯れのように笑って双葉から差し出されたイチゴオレを、姫恋は微笑んで受け取った。冗談はさておき、静かに祭りの余韻を楽しむのも悪くない。
     学園祭楽しめた? そう尋ねる姫恋の瞳は、何処か懐かしむような色を宿している。もちろん楽しんだぜ、と答える双葉も、彼女につられて窓の外へ目をやった。
     時計の針が回り、静かで、穏やかな時間にも、やがて終わりが近付いて来る。教室に集まった灼滅者達の中にも、帰り支度を始める者が現れた。
     不意に名を呼ばれて双葉が振り向けば、姫恋から今日のお礼、と頬に柔らかい感触が触れる。笑みを形作るオレンジの瞳は、透き通るように綺麗で。
     遠くで、花火の上がる音が聞こえた。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月30日
    難度:簡単
    参加:26人
    結果:成功!
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