いふりとさんからおてがみこいよ

    作者:赤間洋

    『はいけい
     ぐんまーのいかほにぶたでるよ
     めえわくなのでたおすがよいよ
     とんそくすきだないふりーとだもんな
     けいぐ』


    「……と言う、何か頭悪い手紙がね? イフリートからね?」
     イフリートって確か圧倒的な破壊力と殺戮欲は神話の獣そのものとか聞いてた気がするんですけどねと遠くを眺める槻弓・とくさ(中学生エクスブレイン・dn0120)。
    「まあ平ったく言うと、群馬の伊香保にバスターピッグが出るってことですな。温泉ですよ、温泉……あーほら、クロキバ。あれの一派ですね」
     気軽に連絡しろよといったら本当に気軽に連絡してくるようになったイフリートの派閥である。やや腑に落ちない点もあるが、事件を起こす前のはぐれ眷属を倒せるのだと思えば協力するにやぶさかでない。
    「数は丁度7体。この真夏の暑さで多少茹だってますが」
    「ゆで豚か……」
    「温泉ウィンナーだろ」
    「豚足じゃねーの」
    「食えませんからね」
     至極真顔で呟いた統東・翼(アカシアの獣・dn0071)を皮切りに、食方向に膨らむ話に釘を刺す。
    「そいつらが温泉の側の、山の中にたむろってます。ちょっとしたサイズの滝があって、そこにいるみたいなんですね」
     ぷぎぷぎ鳴きながらごろごろしているらしい。
    「戦いとなると前列に3体、後列に4体って配置になります。個々は大して強くもないですが、後列からびゅんびゅんバスターライフルがぶっ放されるのはちょっとぞっとしませんやね」
     なめてかかれば痛い目を見ると言う。
    「とは言っても地に足着けてしっかり戦えば、怖い敵じゃあございやせん。ちゃちゃっと倒しちまえば、後はそうですね、泊まりがけで伊香保温泉を堪能するのもよろしいんじゃございやせんか」
     国内有数の温泉観光地であり、暑いからこそしっかりと熱い湯に浸かるのも良いだろう。
    「ぱわーすぽっと? ってのもあるみたいですね。その手の話、お好きな方もいるんじゃないですかい。ま、イフリートとの交流はできやせんが、だからこそやることやったあとは気楽に温泉巡りが出来るって寸法で」
    「美味いものあるかなあ」
    「そりゃあるでしょうよ。ま、そう言うワケで」
     よろしく頼みますよと、とくさは締めくくった。


    参加者
    東当・悟(スイカップならぬスイカ柄浴衣・d00662)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    松苗・知子(なんちゃってボクサーガール・d04345)
    高嶺・由布(柚冨峯・d04486)
    宇佐見・悠(淡い残影・d07809)
    十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)
    遠野森・信彦(蒼狼・d18583)

    ■リプレイ

    ●いかほにだってぶたはでる
     山の中をいくらか歩くと、水の落ちる音が聞こえてきた。水気を多分に含んだ地面が目立つようになる頃には、目的の小さな滝と、そこにたむろする眷属の姿が見えてくる。
    「おう、水炊きちゃうんか! この肉の口どないしてくれるんや!!」
     登山靴でざくざく地面を踏みつけながら東当・悟(スイカップならぬスイカ柄浴衣・d00662)が吠えた。
     視線の先には、水炊き。
     もといバスターピッグ合計7体がしんなりしていた。山の中で多少涼しいとは言え、連日の猛暑に豚共も辟易しているものらしい。湿った土の上にごろーんとしたり流れる水の中に半身をつけたりしてどうにか涼を取ろうと必死になっている、のかもしれない。
    「いやはや、すっかり僕ら、イフリート達の便利屋になってますねえ」
     白い肌に浮かぶ汗を拭いながら高嶺・由布(柚冨峯・d04486)が苦笑する。態のいい使いっ走りだが、神話の獣が混乱を引き起こすより『幾分かマシ』ではある。それでも慇懃な態度にいささか皮肉が混じるのは致し方ない。
    「……字が汚い上に、頭の悪い内容の手紙でしたわね」
    「イフリートってこう、何なのかしら。マジで悪役なのかしら?」
     石にがりがり刻まれた阿呆丸出しの手紙を思い出したミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)が首を振れば、松苗・知子(なんちゃってボクサーガール・d04345)もまたちょっと呆れたように口にする。
    「それにしても暑すぎる……!」
     猛暑に閉口するのはクラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)だ。なにしろ故郷が『夏バテ』なんて単語が発生しようのない夏の短い地域であるから、余計にこの暑さがこたえていた。
    「……陽気も含めて、見るからに暑苦しいしな」
     バスターピッグを見遣りながら宇佐見・悠(淡い残影・d07809)。水辺とはいえ豚が7体は、涼を感じさせるものではない。
    「冷水できゅっと締める感じか……」
     敵襲にちょっと億劫そうに水の中から上がってきたバスターピッグをしみじみ眺めて遠野森・信彦(蒼狼・d18583)呟く。そんなに間違ってない気がする。
    「チャーシューもいいな」
     統東・翼(アカシアの獣・dn0071)の口調は焼く気満々であった。再三食べられないと言われてこれである。
    「温泉は、楽しみ。さっさと、倒して、浸かり、たい――『四肢を、掲げて、息、絶え、眠れ』」
     嘆息の代わりにスレイヤーカードを取り出したのは十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)だ。
     封じた力が解き放たれ、合わせるように他の灼滅者達も力を解放していく。
     ただならぬ気配を感じたのだろうか、バスターピッグたちもまた布陣を布いて灼滅者達と向かい合う。バスターライフルを上げる音が、山の中に響き渡った。

    ●すぺありぶのこうぼう
     くるりと、由布がパッショネイトダンスのステップを踏んだ。そうして宣言する。
    「僕が居る限り、皆さんに大きな怪我はさせません」
    「この後の楽しみがあるんでね、さっさと倒させてもらうぜ!」
     頼もしい台詞に僅かに相好を崩し、続けるように言った信彦がガドリングガンをバスターピッグに向ける。トリガーハッピーの気がある少年が喜々として構えた砲身、その銃口から吐き出された弾丸が、さながら横殴りの大嵐のようにバスターピッグたちに襲いかかる。雷鳴かくやの轟音が、この戦闘の鏑矢であった。
    「数が多いからやりがいあるやないか!」
     WOKシールドを展開させて悟が弾丸を追うように走る。振り抜くように放ったシールドバッシュがバスターピッグの鼻っ面に叩き込まれた。ぷぎっと短く鳴いた眷属の背負うバスターライフルが、銃口にエネルギーを収束させていく。
     きゅぱっと空気を焼き射出された光線を悟が叩き落とすのを横目にクラリーベルが青薔薇を振るった。
    「いざ――……」
     呟く。清冽な刃に、深紅の炎が噴き上がる。鮮やかな太刀筋と共に炎がバスターピッグを焼いた。
    「さっさと豚足をしめて遊びに行くのよ!」
     そこに知子も続く。護符揃えから抜きはなった導眠符が真っ直ぐにバスターピッグに貼り付いた。
     と、その足下をひやりと、不可視の霊力が走る。縛霊手に内蔵された祭壇、その封を解き悠が除霊結界を展開したのだ。ぎしりと、軋むように前列のバスターピッグがその動きを鈍くする。
     それでもなお放たれた円盤状の光線を解体ナイフの一振りで文字通りばらばらにし、深月紅が淡々と声を紡ぐ。
    「豚、うるさい」
     じっ、と音を立てて膨れあがったのは制約の弾丸だ。バスターピッグの銃弾よりも尚早く飛んだ魔法弾が着弾した。魔力が浸透するまでもなく、一体が崩れさる。
     と、前衛のバスターピッグたちの隙間から、突き出されるように並んだ銃口が一斉に光線を吐き出し始めた。ぷぎぎぎっ、と苛立たしげな鳴き声と共に、四対八門のライフル、思いの外正確な狙いをつけた一斉掃射が灼滅者達にたたらを踏ませる。
     飛んできた一条の光線を龍砕斧で弾き飛ばした翼が、その背にフェニックスドライブを噴き上げた。不死鳥の如き力がぶわりと燃え広がり、後衛を包み込む。
    「外はこんがり、中はジューシー!」
     肩口を撃ち抜かれながらも臆さず、続くように炎を纏ったミルフィが手のひらから炎を撃ち出した。奔流、紅蓮の業火がバスターピッグを強火であぶって、もとい強烈に焦がしていく。そのままぼろりと崩れ落ちた。
    「まとめてチャーシューにでもして差し上げますわ!」
     そんな口上までついたものだから、なんとなく食欲をそそる匂いが広がっていく気がする。とろっとろに煮込んだ角煮食いてえなと誰かが呟いた。
     そのミルフィの傷を、宣言通り、由布の快い天使の歌声が瞬く間に癒す。痕一つ残らない完璧な治癒に、由布が満足そうに小さく頷く。
     猛攻に応戦するように、バスターピッグの光線がさらに飛び交った。ところが、その内の一体がまるでよろけるように銃口を明後日の方に向けた。後ろの一体を撃ち抜く。知子の張り付けた導眠符がその効果を現したのだ。
     快哉を叫んだ知子がそのまま一足飛びに踏み込んだ。符を貼り付けたバスターピッグに肉薄するとバトルオーラを刃の形に変じさせる。薄赤いオーラをさらに鮮やかに赤く染め、紅蓮斬がバスターピッグをスライスすれば、既に前衛の壁はなくなっていた。
     狼狽するように鳴いたバスターピッグが、しつこいくらいに光線を放つが、似たような攻撃は往々にして当たりにくい。それこそ明後日の方向に飛んでいった一撃に鼻を鳴らし、信彦はマテリアルロッドを抜きはなった。構える。
     奔雷。
     雷気を帯びた魔力は、文字通りの轟雷であった。会心の当たりに打ちのめされた1体が悲鳴すらなく消し炭になる。
    「ぃよいしょお!!」
     間隙をつくように射出されたリップルバスターを身を呈して受け流し、そのまま悟が滑るように移動した。おそらく、バスターピッグは視認すらできなかったに違いない。死角からの黒死斬がバスターピッグのライフルを斬り飛ばす。
    「撃ったれ、翼先輩!」
    「あいよっ」
     存分に狙い澄まして、翼が駆けた。斧に爆炎、レーヴァテインが斬撃に乗って放たれる。景気よく燃え上がるも形を残すバスターピッグに、クラリーベルが刃を奔らせる。
     光芒。冴ゆるは月の輝きか、月光衝が残ったバスターピッグ達を撫で切りにした。かろうじて形を残していたのも耐えきれず、ぼろぼろと崩れる。
     灰になり風にさらわれたそれを一顧だにせず、悠が影業を繰り出す。乗るは、死の冷気。
    「冷たい影なんて、ホラーだろう?」
     暑気払いにはもってこいかと挑むように問うそれは、涼しげなどと言う可愛らしい代物ではなかった。影業に乗せて放たれたフリージングデスが周囲の熱を瞬く間に奪っていく。
     生命を奪う冷気に対しやぶれかぶれに放たれた弾丸は、しかしオーラを纏った知子の拳ではね除けられてしまう。
    「さっさと、燃えて、灰になれ」
     さらには深月紅の無慈悲な宣告と共に、冷え切った空間に業火が吹き込まれた。レーヴァテイン。渦を巻く炎が、バスターピッグの息の根を止める。
     雲耀。残った1体にミルフィが神速の一太刀を浴びせた。もはや抵抗する手立てなど、バスターピッグには残されていない。満身創痍のバスターピッグが哀れっぽく鳴いた。
     果たして、空から降り注ぐ『星』が見えただろうか。
     とどめとばかりに弓を引き絞り放った由布の百億の星が、最後の1体を貫いた。

    ●おんせんはたのしく
     群馬県、伊香保温泉。言わずと知れた国内有数の温泉地である。同県内の草津には知名度で一歩譲ってはいるが、決して見劣りするような場所ではない。
     真夏の強烈な陽射しを、吾妻川の水面が反射している。川下りを選択したのは信彦に悠、そして知子であった。やはり盛況なのか、家族連れなどの参加者とにこやかに挨拶を交わす。
     川下り、要するにラフティングだ。
     簡単な講習を受けてボートに乗れば、あとは吾妻川の清流が戦闘で疲弊した心を大いに癒してくれた。どちらかと言えば急流が多いところを選んで下っているらしい、翻弄され、ずぶ濡れになるも、スリルを満喫できるし、
    「きゃー、冷たいのよ、涼しいのよ!!」
     はしゃぐ知子の声がその楽しさを何よりも雄弁に物語っていたかも知れない。流れの緩やかな場所では、その山並みや空の青さを存分に堪能できた。
    「都会じゃ中々目にできない景観だな」
     絶景かな絶景かなと、悠は相好を崩す。コンクリートの気配がないというのは、それだけであるいは、開放的な気分にしてくれるのかも知れない。
    「来て良かったわー!」
     下りきり、ご機嫌な知子を信彦も首肯する。観光はあまりしたことがないし、いつか誰かを連れてきたときのために色々見て回りたいと思っていた信彦であるから、この川下りなど誰かと楽しむのにはうってつけに思えた。
    「とは言えまだ回り足りないな。おみやげも買いたいし、温泉も……」
     独りごちた信彦に、そうそう、と知子が手を打った。きらきらと目を輝かせる。
    「温泉もあるのよね、むしろ一番大事かも!」
    「ま、一旦戻るか」
    「食べ歩きなんてのも趣があって良いぞ、2人とも」
     悠の意見に相槌を打ち、川の涼しさに後ろ髪を引かれつつ、3人は温泉街に戻ることにする。
     その温泉街で呑気にうどんなんてすすっているのは翼であった。言わずもがな、水沢うどんの名産地である。日本三大うどんなんて名乗っているからして、当然美味しい。
     一緒にまいたけの天ぷらなんて食べてご満悦な翼の向かいで、同じくうどんを堪能しているのは悟であった。と言うより一切計画性なしの翼をここまで引っ張って来てくれた張本人である。
     両者共に綺麗に平らげ、一息つく。脳天気に茶を飲んですっかりくつろぐ翼と対照的に、恐ろしく器用かつ的確に携帯端末から情報を取得していた悟がキラリと目を光らせた。人なつっこい関西弁が響く。
    「先輩、豆腐! まんじゅうも旨いらしいで!」
    「お、いいな! どっちも食いたいなあ」
     周囲が『あれ、あんたら今、大ざるうどん食ってましたよね?』みたいな視線を向けてくるが、当然二人は気付かない。店を出ると、次の名産品に向かって進み始める。
     日が暮れる頃、その日の宿に集合した。手頃な値段の温泉宿である。当然、売りは温泉だ。
     その売りの温泉の一つ、露天風呂にゆったりと浸かるのはクラリーベルを始めとする女性陣であった。
     少し熱めの湯で身体をほぐしつつ、さて、友人達にどんな土産を買うべきかとクラリーベルは思案する。面白そうなものは色々あった。思考に釣られるように見上げれば、美しい星空が目に飛び込んでくる。
    「お背中、お流ししますわ」
     その思考をふつりと切ったのはミルフィの声であった。メイドを自称する彼女の奉仕精神が今、思わぬところで発揮されようとしているらしい。
     たゆんと揺れる胸元を楚々と隠しつつニコニコ笑顔でたたずむミルフィを無碍にする理由もなく、何となく同年代の同性に対する恥ずかしい気分は覚えつつも、とりあえず言葉に甘えることとなった。
    「皆さん、綺麗なお肌でいらっしゃいますわね~」
     丁寧に泡立てたタオルを使い絶妙な力加減で洗われて、深月紅はせわしなく目を瞬く。そういう風に褒められたことは、当然ない。そもそも復讐に明け暮れる日々の中で、深月紅に自分のスタイルの良さに気付く暇などないのだ。
     裸のつきあいでほのぼのはずかしく女性陣がまったりしてる同時間、男性陣も温泉を堪能していた。同様に、裸のつきあいである。
    「いや、余所様のサービス、大変勉強になりました」
     由布が言う。母親の経営する飲食店の助けになればと、こういったひっきりなしに客の来る温泉街の接客はいかなるものかと見て回っていたのだという。えらいなあと言う誰かの呟きに、当然ですよと涼しく返す。
     温泉で傷を癒し、豪勢な夕食で英気を養い、一向は伊香保温泉を堪能する。
     たまには、こんな日があっても良いのかも知れない。
     そう思わせてくれる一日であったという。

    作者:赤間洋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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