シーズンまで待ちますから

    作者:波多野志郎

    「ちっこいの、たくさん。あれ、とってもきながさん。このまま、ニンゲンたべられる? そういうことだから、じゃ」
     石版に書かれた文字を読み上げ、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はこめかみを押さえた。
    「えっと、イフリートからのお手紙っす。えっと、仙人風呂って知ってるっすか?」
     和歌山県田辺市本宮町、そこを流れる大塔川。そこから、温泉が湧き出るのだ。川の水が減る冬、十一月から二月の間に川をせき止められて作られる、それが仙人風呂と呼ばれる温泉だ。
    「で、今は普通の川なんすけどね? その川の一部にむさぼり蜘蛛が巣をはったのを見つけたっぽいんすよ、イフリートが」
     戦えば勝つのはイフリートだ。しかし、そうなれば人的被害も出かねない、そういう微妙な場所に巣を張っているのだ。
    「何で、こっちで穏便に倒しちゃおうって話っす」
     時間は夜が好ましい。温泉街から少しさかのぼった人通りの少ない河原に十体のむさぼり蜘蛛が巣を張っている。
    「一体一体は大した事はないっすけど、数が数っすからね」
     時間は夜、光源の準備は必須だ。鋼糸のサイキックを使って来る上、数がいる――加えて、ひらけた場所なので不意打ちも出来ない。真正面からの戦いとなる事を踏まえた上で、作戦を立てて挑むべきだろう。
     ちなみに、ちっこいの、とあるが、あくまでイフリート基準である。サイズは人間大、平均的なむさぼり蜘蛛だ。
    「せっかく戦わずにすむんすから、ちゃっちゃと終わらせて帰って来て欲しいっす。時期だったら、温泉も楽しめたんすけどね」
     わざわざ接触してイフリートを刺激する必要もない。しっかりと眷属を倒して終わらせて欲しいっす、と翠織はそう締めくくった。


    参加者
    九条・風(紅風・d00691)
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)
    叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)
    ファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)
    時宮・霧栖(ドレッドブラッド・d08756)

    ■リプレイ


     夜――川のせせらぎと虫の声、その自然の美しい音色を聞きながらも九条・風(紅風・d00691)の表情は苦かった。
    「あーァ、ほんっと面倒くせェ……。しかもこの時期の川辺とか虫の温床じゃねェか、蚊も多いしよォ……俺ァ虫が大っ嫌いなんだよ。その上、何が悲しくてイフリートなんざのパシリせにゃならんのか……」
     主のそんな呟きに、ライドキャリバーのサラマンダーはライトを点等させる。そうして照らし出された光景に、室武士・鋼人(ハンマーアスリート・d03524)が爽やかに笑って言った。
    「何、それで温泉街の平和が守られるんだ。よい事じゃないか」
     歯を輝かせ言う鋼人に、ファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)は一つ苦笑をこぼす。
    「わざわざ知らせてくれるのは友好の証と思っていいのかな?」
     その点については、断言は出来ない。しかし、一つだけ言える事がある、と神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)が呟いた。
    「……あの、石板を見るたびに、思いますが……。――イフリートさんって、お茶目さん、ですね……。意外と……」
    「イフリートって孤高の生き物みたいなイメージあったけど結構可愛い所あるんだねぇ……」
     蒼の言葉に、背中の鞄をしっかりと背負い直して時宮・霧栖(ドレッドブラッド・d08756)もうなずく。が、霧栖は不意に左腕に感じた感覚にパン、と右手ではたいた。掌に残る赤い染みに、霧栖はため息混じりに呻く。
    「あっ、もう! 蚊に刺された……。虫除けスプレーかけたのにぃ」
     それには仲間達も苦笑するしかない。目的地は、目の前だ。大塔川、その街から少し外れた死角――そこに、むさぼり蜘蛛達の巣はあった。
    「お出ましか、蜘蛛野郎」
    「蜘蛛も少し人が寄らなくなっただけで巣を張ったりするよね」
     吐き捨てる風に、叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)も蜘蛛達の巣を見て言い捨てる。秋沙は赤いオープンフィンガーグローブをはめていき、ガキンと胸元で拳を合わせ言い放った。
    「払って叩き潰すわよ!」
    「蜘蛛狩、開幕」
     影のように気配を殺していたガイスト・インビジビリティ(亡霊・d02915)が、その殺気を放ち殺界形成を施す。
    『ギチギチ……!』
     むさぼり蜘蛛達もやっと現われた者達がただの獲物でない事に気付いたのだろう、身構えていく眷属達にライドキャリバーのザウエルのアクセルを開けながら影道・惡人(シャドウアクト・d00898)が言い捨てた。
    「おぅヤローども、やっちまえ!」
     その号令を合図に、夜の河原を舞台とした戦いの幕が開いた。


     むさぼり蜘蛛の群れが河原へと降り立つ――その直後、一つの影が群れの中に姿を現わした。
    「脚部、切断」
     突然現われた、そう思わせるほどの速度で駆け込んだガイストが無敵斬艦刀を振り上げる。ザン! とその黒死斬の斬撃は、一体のむさぼり蜘蛛の脚を捉えた。
    「ピリオド、今、攻勢命令」
     大きくのけぞるむさぼり蜘蛛へ、ガイストの指示を受けたビハインドのピリオドが霊障波を叩き込む。ドゥ! と衝撃に煽られるむさぼり蜘蛛は、弾けたように上を見上げた。そこへ蒼の小柄な姿がある。大きく跳躍――蒼の腕が巨大な怪腕へと変化し、真上から振り下ろされた。
    「……奈落へ、堕ちろ……です」
     ゴォ! と蒼の鬼神変が、地面を穿ち蜘蛛を潰す。それに、鋼人はヴォン! と風を渦巻かせながらムロフシハンマーを振り上げた。
    「合わせます」
    「おう」
     鋼人の言葉を受けて、惡人がザウエルを加速させる。ガシャン、と展開されたザウエルの機銃、振り上げられた惡人のウロボロスブレイドを見て、鋼人が渾身の力で鉄球を地面へと叩き付けた。
     轟く銃声。響く地鳴り。ザウエルの機銃掃射による銃弾の雨が着弾し、鋼人の大震撃による衝撃が砂利を宙へと舞い上げる。その砂煙を切り裂き飛ばすように、惡人の蛇腹の刃が荒れ狂った。
    『ギ、ギチ――ッ』
     むさぼり蜘蛛達が、文字通り蜘蛛の子を散らすように散っていく。その光景に、風が言い捨てた。
    「とっととこの世から失せろや。つーか腹に口あるとか上の口の存在感分かんねェんだよ!」
     風は縛霊手に内蔵された祭壇を展開、除霊結界を形成する。それに重ねるように、サラマンダーも機銃を掃射した。
    『ギ、ギチ……ッ』
     結界に抑えつけられ、銃弾に穿たれながらむさぼり蜘蛛は八本の脚に力を込めて堪える。そこへ、霧栖はバスターライフルの照準を合わせた。
    「んー……最近前衛ばっかだったからなぁ。たまには銃持たないと腕鈍っちゃうんだよ……ねっ、と! はい一点」
     バシュ! と霧栖の撃った魔法光線に撃ち抜かれ、むさぼり蜘蛛が大きく体勢を崩す――そこへ、秋沙が一気に間合いを詰めた。
    「蜘蛛って、殴りつらいわね!」
     低く、地を削るように放たれた黄金に輝く抗雷撃がむさぼり蜘蛛をのけぞらせた。よろけるむさぼり蜘蛛へ、ナノナノのシェリルはしゃぼん玉を吐きかけ、ファリスは地面から生える無数の影の剣から一本伸ばし、柄を手にする。
    「悪さをする前に片づけさせてもらうよ」
     投擲するように放たれた影の剣が、むさぼり蜘蛛の腹を貫いた。そして、内側から爆ぜるようにむさぼり蜘蛛が四散する。
    『ギチギチ!』
    「あぁ、だろうな」
     仲間が一体倒されても見向きもしないむさぼり蜘蛛達に、惡人は小さく言い捨てた。むさぼり蜘蛛達が一斉に、その糸を繰り出す――蜘蛛の糸状に繰り出す結界糸。高速で放たれる鋭利な斬弦糸。そして、周囲から巻き上げるように締め上げてくる封縛糸。
     そこに連携などは、ない。しかし、だからこそ数の暴力が脅威と言えた。
    「上等だァッ!!」
     carbuncleを構え、風が吼える。ガガガガガガガガガガガガッ! と黒い銃身に赤い炎の紋様を浮かばせながら爆炎の銃弾を撒き散らした。


     戦いはまさに足を止めての乱打戦となった――そうなれば、自力で勝る方が戦況を掴むのが常だ。
    「よいしょっと」
     霧栖が地面に触れたその瞬間、影が音も無く一体のむさぼり蜘蛛を飲み込んだ。八本脚をせわしく動かし体勢を立て直すむさぼり蜘蛛へピリオドがその刃を突き刺す。
     そして、ピリオドが蜘蛛を足場にして後方へ跳んだ直後、黒い外套をなびかせ上空からガイストが襲い掛かった。
    「破剣、大割断」
     ダン! とガイストの戦艦斬りがむさぼり蜘蛛を一刀両断、切り伏せる。そのガイストの周囲を、不意に白い糸が取り囲んだ――むさぼり蜘蛛の封縛糸だ。
     包帯の一部が、宙を舞う。糸に巻きつかれたガイストに、すかさずファリスが裁きの光条で癒しの光を、シェリルがふわふわハートで回復させた。
    「感謝」
    「お互い様だよ」
     ガイストの短い礼に、ファリスも笑みと共に答える。シェリルもまた、その羽ばたきで応えた。
    「サラマンダー、その虫野郎こっちに近付けんなよ!」
     風の言葉と同時、大量に溢れ出す動物の骨のごとき影の群れが、蜘蛛の脚にしがみつく。それを引き抜こうとしたむさぼり蜘蛛へ、サラマンダーは一気に加速。キャリバー突撃でむさぼり蜘蛛を吹き飛ばした。
     ガッガガッ、と河原を転がったむさぼり蜘蛛が立ち上がる。そこへ惡人のガンナイフとザウエルの機銃の銃口が向けられた。
    「オラッ」
     ガガガガガガガガガガガガン! とガンナイフと機銃の銃弾が、豪雨のようにむさぼり蜘蛛達へ降り注ぐ。お返しとばかり放ったむさぼり蜘蛛の斬弦糸に肩口を切り裂かれたが、惡人は何でもない事のように吐き捨てた。
    「ぁ? なもん知るかよ」
     ただ敵を倒せればそれでいい、仲間はもちろん自身にすら無頓着に惡人は言い捨てる。
    「おぅ、そいやこいつら確か弱点属性が術式だったはずだぜ?」
    「なるほど、そうですか」
     惡人の言葉を聞いて、鋼人がムロブシハンマーを手に駆けた。横に一回転、ハンマーを握る腕に力がこもる。二回転、方向を修正、狙いを定め加速する。
    『ギチ、ギ』
     狙われたむさぼり蜘蛛が逃れようとした、その時だ。いつの間にか空を彩る星のような淡い光に囲まれていたのだ。ヒュオン! と鋼糸が一気に迫り、そのむさぼり蜘蛛を絡め取った。
    「……動かない方が、いい、ですよ……」
     蒼が鋼糸を繰り、囁く。その間にも三回転、ヴォン、とハンマーが悲鳴を上げるほどの遠心力を持って――。
    『ギ――!?』
     四回転、下から上へ投げ放つように繰り出された鋼人のマルチスイングによる一撃が、むさぼり蜘蛛を強打。ガン! と轟音を鳴り響かせて、人間大の蜘蛛が放射線を描き宙を舞った。
    「効くようですね」
    「術式だからかァ? 単に威力があっただけじゃねェか? あれ」
     歯を輝かせて爽やかに言う鋼人に、風は思わずツッコミを入れる。あそこまで豪快に決まると、そういうレベルの話ではなく感じるのも確かだ。
     むさぼり蜘蛛達が、散ろうとする。しかし、それを秋沙が許さない。ヴァルキュリアスを頭上へ構え、双刃が旋風と共に放たれた。
    『ギチギチ!』
    「そうそう、大人しくこっちにいらっしゃい」
     切り裂かれたむさぼり蜘蛛達が秋沙を威嚇する。それを受けて、秋沙は笑みと共にオープンフィンガーグローブに包まれた手で手招いた。
     十二対十――最初の時点で数で眷属達は劣っていたのだ。一体、また一体と落とされていけば、その差は広がっていく一方だ――終わりは、すぐそこまで近付いていた。
    「隙あり、です」
     円を描くように間合いを計っていた鋼人がダブルジャンプで大きく跳躍、そのロケット噴射で加速したムロブシハンマーを振り下ろした。ガギ! と上から叩かれたむさぼり蜘蛛は、必死に這うように逃げようとする。しかし、風とサラマンダーが回り込み、それを許さない。
    「だァれが、逃げていいって言ったァ!?」
     サラマンダーが突撃し、風の足元からあふれ出た無数の骨の影がむさぼり蜘蛛を抑えつける――そこへ、蒼が銀と金の輝きを放つ大鎌を手に駆け込んだ。
    「……死をもって、断罪、されてください……、です」
     鎌が弧を描き、むさぼり蜘蛛を刺し貫く。力なくむさぼり蜘蛛は崩れ落ち、掻き消えていく。それを視界に納め、ガイストはピリオドと共に動いた。
    「黒影、晩餐」
     ゾブリ、とガイストからこぼれ落ちたかのように影が走り、蜘蛛を包み込む。ピリオドが繰り出す霊障波が、むさぼり蜘蛛の体勢を大きく崩した。そこへ、秋沙がドレッドノートの、霧栖がバスターライフルの銃口を向ける。
    「いっせーの!」
    「はい!」
     爆炎の銃弾の雨が、一条の魔法光線が、むさぼり蜘蛛を穿ち、撃ち抜く。影の中でもがき、朽ち果てた蜘蛛から惡人は視線を外し、ガンナイフを構えた。
     ドゥン! と一気に、ザウエルが加速した。最後の一体が、その体当たりを受けて吹き飛ぶ――その腹部へ惡人はガンナイフの刃をつきたて、引き金を引いた。
    「めんどくせーからパパッとな」
    「ああ、任せて」
     その言葉に、ファリスが影の剣を掴み、シェリルがその羽ばたきで竜巻を巻き起こす。むさぼり蜘蛛の複眼が自分に向けられている、そう思った惡人は、気だるげに言い捨てた。
    「ぁ? 勝ちゃなんでもいんだよ」
     ザン! とファリスの斬影刃が大きく蜘蛛を切り裂き、風がその身を砕いていく――あまりにも呆気なく、最後のむさぼり蜘蛛が散っていった……。


    「……これで、全部、駆逐できた……でしょうか……?」
     周囲の後片付けを終えて、蒼はしみじみと呟いた。
    「……あんな大きな蜘蛛の巣、見つかったら、怪奇現象、になっちゃいます……ね」
    「帰ったら車体磨いてやっからな、……蜘蛛の巣だらけだし。ま、お前も良くやった」
     サラマンダーの車体を軽く叩いてやりながら、風は笑う。それに、サラマンダーも一つエンジン音を響かせて応えた。
    「さてさて、よっこらせ……と。これにて依頼かんりょーう」
     どすん、と霧栖は鞄から石版を取り出す。その石版には、ひらがなでこんな言葉が刻まれていた。
    『いふりーとさんへ。ちっこいのたいじかんりょう。またなにかあればよろしく』
     このメッセージがイフリートに届くかはわからない。しかし、目印みたいなのないと間違えて人里に降りちゃうかもしれないしね、と霧栖は大きく伸びをした。
    「温泉は入れないし、さっさと撤収して、お風呂に入りたーい!」
    「あァ、汗くせェし、とっとと帰ろうぜ」
     霧栖の言葉に、蚊を払いながら風が言った、その時だ。
    「どちらへ?」
    「ぁ? 温泉だよ、温泉」
     ファリスの問いかけに惡人は何でもない事のように答えた。そして、ザウエルを夜の河原へ走らせる。
    「知ってっか? あぁは言ってたけど温泉に時期なんて無ぇんだぜ? 温泉好きなら尚更さ」
     惡人は温泉へとたどり着けたのか? ――それはきっと、また別の物語である……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ