闇に染まらぬ悪

    作者:柚井しい奈

     自動ドアが開いたことを告げる電子音が店内に響く。
    「いらっしゃいま……っ!?」
    「ねーちゃん、レジ開けてくれる?」
     煙草を注文するかのような気軽さでにこやかにレジの前に立った男は、青く変じた右手でカウンターを粉砕した。常人ならざる力。飛び散った木っ端が店員の頬をかすめ、凍りついた営業スマイルは恐怖に彩られる。
    「ひ……っ」
    「ほら早くしてよ。でないとおたくの頭もこーんな風に粉々にしちゃうよ?」
     板チョコを割るかのように木片が砕けていく。
     小刻みに震える体でレジを開ける女性を満足そうに眺めると、男は現金をわしづかみ、ついでとばかりに手の届く位置にあったスナック菓子とまとめて鞄に押し込んだ。
    「はいどーも」
     男はニタリと笑い、来たときと同様に悠々とした足取りでコンビニを後にした。
    「やっぱコンビニじゃたいしたことねーなぁ。次はもっと金のありそうなとこにお邪魔するかねぇ」
     
    「一般人が闇堕ちしてデモノイドになる事件はご存知かと思います」
     隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)の言葉に灼滅者は何を思ったか。
     魂を蝕むデモノイド寄生体に打ち勝ち、デモノイドヒューマンとなって学園の仲間となった者もいる。あるいは灼滅するしかなかったデモノイドを覚えている者もいるだろう。
    「ですが今回、デモノイドの力を使いこなす新たな存在が事件を引き起こしていることが確認されました」
     その名もデモノイドロード。
     普段はデモノイドヒューマンと同じ能力を有していながら、危機に陥るとデモノイドそのものとなって戦うことができ、危機が去ればまた普段の姿に戻るのだという。
     まるで自分の意思で闇堕ちできる灼滅者。しかし。
    「今回皆さんにお願いするのは、とある町に現れたデモノイドロードの灼滅です」
     説得の余地はないのだと、小夜彦は目を伏せる。
     デモノイドロードは言うなれば悪の心によってデモノイド寄生体に打ち勝った存在。言葉で突き動かされるような良心には期待できず、仮に説得によって心揺らぐことがあったとしても、デモノイドを制御していた悪の心が弱まれば完全なデモノイドとなるだけだ。
    「デモノイドロードはデモノイド状態でも知性を失いません。悪意を持って狡猾に立ち回るでしょう。十分に注意してください」
     瞬きひとつ、顔を上げて灼滅者を見渡した小夜彦はバインダーから目的地の地図を取り出した。
    「デモノイドロードの男――松本・マサルはここにあるコンビニで強盗を働き、この道を通って別の町を目指します」
     山間を縫う、人気のなさそうな道に指を滑らせる。ここで待ち伏せするのがいいだろう。強盗現場に押し入るような真似をすれば人質をとられかねない。
    「戦闘能力は先ほど申し上げたとおりデモノイドのそれになります」
     DMWセイバー、DCPキャノンと同様の攻撃と近距離での範囲攻撃の3つの攻撃手段を駆使してくる。もちろん威力は灼滅者のものより数段上だ。
    「それと気をつけていただきたいのですが、彼は衝動ではなく理性で行動しています」
     ただ戦闘を仕掛けるだけでは逃走を図るかもしれない。何かしら工夫がいるだろう。ダークネスの力を振るおうと精神的には人間だ。金に執着している節があるのでそこを利用できるかもしれない。
    「俺にお手伝いできるのはここまでです。具体的な案を出せず恐縮ですが、皆さんなら成し遂げてくださると信じています」
     バインダーをきつく握り、小夜彦は深々と頭を下げた。


    参加者
    千菊・心(中学生殺人鬼・d00172)
    黒夜・零(黒騎士・d00528)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    藤堂・丞(弦操舞踏・d03660)
    雪乃夜・詩月(夢誘う月響の歌・d07659)
    刻漣・紡(宵虚・d08568)
    エリカ・グロリオサ(小学生エクソシスト・d16827)
    八守・美星(イノセントエンブリオ・d17372)

    ■リプレイ

    ●息をひそめて
     住宅街を離れ、町境へと向かう上り坂に夏の日差しが照りつける。
     ガードレールを侵食する雑草。色あせた看板。片隅に建つ古びたプレハブ小屋は何かの工事にでも使われていたのだろうか。
     いずれにせよ、隠れる場所に困らないのは好都合だ。
     路上に立つ仲間と町の方角、双方が見て取れる位置に膝をつき、雪乃夜・詩月(夢誘う月響の歌・d07659)はアスファルトを焼く陽光に目を細めた。背に流れるぬばたまの髪がひと房、肩から胸元へと滑り落ちる。
    「手に入れた力をどうするかはその人次第だけれど……なんかあんまりにも使い方が、なあ」
    「自分の欲求の為だけにその力を振るう、馬鹿げてる」
     応じる黒夜・零(黒騎士・d00528)の台詞は正論ではあったが、鋭い眼光に宿るのは義憤でも使命感でもない。これからの戦いに対する興奮が静かにさざめく。
     反して重い息を吐いたのは千菊・心(中学生殺人鬼・d00172)だ。
    「デモノイドの力を手に入れなければ、平穏な生活が出来たのでしょうか」
    「対話で解決できる人であれば」
     エリカ・グロリオサ(小学生エクソシスト・d16827)の右手が膝の上で拳を作る。
     悪事を働いたのは紛れもなく人としての松本・マサルだ。それでも彼がただの人であったならば、こんなところで武器を握りしめる必要もなかっただろうに。
    「……悲しいことです」
     俯きかけた心の視線を上げさせたのは詩月の指だった。
    「来たみたい」
     人差し指の方向に坂を上ってくる人影。陽炎のように揺れる姿が鞄を持った男であることは見て取れた。
     4人は口を閉ざして視線を交わし、いつでも移動できるよう、足の裏に力を込めた。

    ●偽りの
     ゆっくりとした足取りで坂道を下る。
     刻漣・紡(宵虚・d08568)は男の姿を視界の端に捉えつつ、栗色の髪を揺らして仲間を振り返った。
    「売上金どれくらいになった?」
    「まあ、みんなのおかげで悪くない感じだったよ。数えてたら帰りが遅くなったけどなぁ」
     藤堂・丞(弦操舞踏・d03660)がリュックをゆすれば乾いた音が小さく響いた。中に入っているのは丞とっておきのへそくりと、紙幣と同じ大きさに切った紙束だ。
    「沢山、お客さん来て、大繁盛だったね」
    「お店そんなにもうかったの? 見せてくれるかしら?」
     踵を上げてリュックを引っ張る八守・美星(イノセントエンブリオ・d17372)。
    「いや、さすがにここで開くわけには行かないだろ」
    「どうしてかしら。別にいいでしょう?」
    「私も、どれくらいか、見てみたい」
     背伸びする美星の隣で紡がやわらかに頷く。
     男との距離が縮まっていく。こちらのやりとりを窺っているらしい気配。
    「ああ、もう仕方ないな。わかったよ。少しだけだぞ」
    「大事なお金だからしっかり持っていないと」
     リュックを開けた丞から封筒を受け取って、詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)は美星に中を見せるように腰を曲げた。
    「あっ」
     厚みのある封筒から少しだけ引き出した紙幣のうち、手からこぼれた数枚が――もちろんわざとだ――ひらりと地面に落ちる。
     沙月は風で飛ぶ前に紙幣を拾いあげ、封筒を胸元に押し付ける。と。
    「景気いいみたいじゃねーの」
     ニヤリと下卑た笑い。
     ――かかった。
     内心を気取られぬよう、沙月は肩を震わせ、美星は半歩後ずさった。
     怯えた少女達に気を良くしたのか、男は片腕を青く肥大化させながら笑みを深くする。
    「ガキのお店ごっこには過ぎた大金だなぁ。俺がもらってやるよ」
    「っ、これは皆の大切な……」
     丞の言葉を遮ったのは、青い腕がアスファルトを砕く音。マサルが唇の端をつりあげる。
    「こんな風にはなりたくないだろ……?」
     哄笑する男への答えは背後から響き渡った。

    ●善悪の在処
    「学園祭で汗水流して皆で手に入れたお金を暴力で手に入れる? それは強盗っていうんです。悪い事をしてはいけません、当たり前のことでしょう!」
     エリカの高らかな声に零はわずかに眉根を寄せる。振り返れば奇襲を共通認識にはしていなかった。沈黙を保ったまま攻撃の機会を窺う。
     振り向いたマサルはいつの間にか背後にいた4人を眺めて鼻を鳴らす。
    「当たり前? そんな言葉で他人に意見を押し付けられてもなあ」
    「そんな風に堕ちた姿を見られたくない人、いませんか?」
    「正義の味方のつもりか? 堕ちるのはお前らだよ……地獄にな」
     三日月を象っていた口はさらに大きく左右に裂け、歯は鋭い牙へと変化する。脈打つほどに青く染まり、肥大化する体は紛れもなくデモノイド。
     突き出した右腕が砲身へと変わる。
    「っ」
     エリカを目掛けた軌道に天色のリボンが踊った。シールドを眼前に掲げた紡が瞬きひとつ。
    「もう、その力奮わせない」
     思う儘に人を傷付け、欲望を満たす行いは許せない。
    「では、灼滅を始めましょう」
     短く息を吸い、心が地を蹴った。射抜くような視線で敵の動きを見据え、オーラで覆った拳を叩き込む。
    「おお、痛い痛い」
     台詞に反して悠々とした口調。攻撃を受けた腕を振り上げたところへマサルの視界から外れた零が影を走らせた。その唇が紡ぐのは己への突撃認可。
    「既に貴様はこの俺のテリトリー内だ、ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ」
     続けてライドキャリバーがばら撒いた銃弾は豪腕から生えた刃に弾かれる。
    「ハハハ、殺人は強盗より悪いことじゃないんですかー?」
    「ほら、お前の相手はこっちだ」
     哄笑を無視し、丞のWOKシールドが敵の膝頭を殴りつけた。
     大きく裂けた口が牙を鳴らす。
     アスファルトに太い爪先をめり込ませて巨躯が動いた。青い腕が唸りをあげる。
    「いきがってんなよ!」
     間合いの大きな刃が一閃。いくつもの呻き声がもれる。
     すかさず沙月が護符揃えから1枚の符を引き抜いた。護符を束ねる紐にあしらわれた月長石がやわらかに輝く。
    「すぐに治します」
     蒼月と銘打つまでに月光を浴びた符は存分にその力を発揮し、零の傷口を瞬く間に塞いだ。
     それ以上の回復は今は不要と判断。バイオレンスギターを構える詩月。銀の双眸に集中させたバベルの鎖が弦をかき鳴らすタイミングを告げる。
    「そんな事に力を使って、頭の弱い人ね」
     口の中だけに響くほどの呟きは激しい音に紛れた。
     咆哮。迸る音波は衝撃にかき消される。
     照りつける日差しと肌にまといつくぬるい空気。
     頬に張り付いた髪を振り払い、美星は脳が弾き出した弾道計算の元にバスターライフルのトリガーを引いた。後を追うように違う角度から伸びた影は紡の足に続いている。
     色濃く地面に落ちる短い影は次々と位置を変え、アスファルトが鈍い悲鳴を上げる。路面を濡らすは汗か血か。
     声の届かぬ相手には躊躇わない。エリカは影業を操りながら、しかし自らの認識を修正せざるを得ないと知る。研ぎ澄ました得意技で狙いを定めようと、1度見切られただけでバベルの鎖は攻撃が外れる可能性を示した。それが彼我の能力差だ。
     最初の想定ではろくに攻撃できない。思考を切り替え、予言者の瞳が見せるタイミングを信じて影を膨らませた。
    「ちまちまうっとうしいな」
     自分のほうが確実に強い。だというのに長引き始めた戦況にマサルは低く唸った。
     心の攻撃を弾いて腕を振り上げ、沙月に向けて砲身が口を開く。昼なお眩い光線が細い体をうちすえた。ライドキャリバーがタイヤをきしませるも届かない。
    「詩夜っ」
    「大丈夫、です……!」
    「回復役を狙うつもりね。でもそう簡単にやらせないよ」
     肩で息をする沙月自身の防護符と詩月の紫響月花から分かたれた純白の光輪が傷を塞ぎ、守りを固める。
    「しぶといなあ」
     腕が再び狙いを定めるのに一瞬の間を見つけ、紡は一歩踏み出す。乾ききらない血のにじんだロンググローブの上からシールドを展開する。
    「私達を、倒せばお金は全て貴方の物ね」
    「ハハ、死ぬまで金は出せないってか。後悔すんなよ、ねーちゃん」
     垣間見えた札束を思い出したか、マサルは上機嫌に笑った。アスファルトを踏みしめ、改めて殺意をむき出しにする。
     心が正面から槍を繰り出した。ひねりを加え、威力を増した穂先が肉をえぐる。
    「何でも出来る力を手に入れても、まだお金が欲しいですか?」
    「何でも出来る力? それこそ金のことだろ」
     振りかぶった腕の動きは戦い始めに比べて鈍い。精彩を欠いた動きではそうそう致命打は出ず、消耗しつつも全員が立っていた。
     息が荒い。残る体力は決して多くはない。それでも詩月は穏やかな微笑みで紫響月花を輝かせた。
    「大丈夫だから、もう少し頑張ろう」
    「彼がせめてこれ以上罪に犯す前に灼滅しましょう」
     沙月もまた蒼月から符を引き抜く。
    「ハッ」
     怒りに任せた一撃を耐え、丞の腕が閃いた。隠し持った透明な鋼糸が虚空を走る。高速の糸が繰り出す斬撃が傷口に食い込んだ。
    「これを見切れないか。たいしたことはないな」
    「まぐれ当たりで調子に乗るなよ……!」
     わずらわしげに腕を振るしぐさはトラウマの攻撃をかわすものか。
     傷を塞ぐことでは癒せない疲労を戦いの緊張感に溶かし、零の瞳は鋭さを増す。音もなく潜り込んだ脇腹にバスターライフルの銃口を押し当てる。
    「俺は正義なんて言葉は嫌いだが、敢えて言わせて貰う……法の裁きを逃れても、お前の罪は消えない……お前に明日は来ない」
    「ぐ、おぉっ!?」
     青い体を貫く一条の光。頭上から苦悶の声が降ってきた。
     ある程度の攻撃は回避されていたものの、美星が与えた毒もまたいつしかダメージを積み重ねていた。欲を刺激され、見誤った状況。牙が不快な音をたてる。
    「ハ、ハハ、冗談じゃねえ!」
     風を生む勢いで振り抜かれた刃は丞と紡が歯を食いしばりながらも受け止めた。周囲に浮かぶ小さな光の盾がきしみながら刃を押さえこむ。
    「倒れさせないわ」
     詩月の瞳がゆるやかに細められた。
     攻撃直後の隙を逃すわけもなく。
    「正義や悪に関わらず、私は貴方を許さない。ただそれだけよ」
     髪をなびかせた美星の背がぐんと伸び、体が女性らしい曲線を描いた。振り上げた足に纏う影が緋色のオーラを帯びる。
    「真っ二つよ」
    「さようなら――」
     踏み込んだエリカがマテリアルロッドの魔力を爆発させる。
     心のオーラを纏った拳がスピードを乗せて繰り出される。
     ライドキャリバーが機銃を唸らせ、音にまぎれて死角に回り込んだ零の足元から影が腕を伸ばした。
     叩かれ、撃たれ、絡め取られ。
    「くっそおおおおおおぉっ!!」
     天を仰いだ蒼い巨躯はどろりと溶けて地面に広がり、やがてシミも残さず消え去った。

    ●心の色
     削れたアスファルトの一点に視線を落とし、沙月はそっと目を伏せた。謝ることに意味はないから、胸に刺さったとげは甘んじて受け止める。抱きしめた日本刀が慰めるようにひやりとした感触を伝えた。
     せめてもと、祈る。心安らかに眠れるように。
     紡も夕闇の瞳を瞼の裏に隠して胸元に手を当てた。リボンに結ばれた銀の十字架がきらめく。
    「おやすみなさい、さようなら」
     静かに祈る2人の姿を零はどこか遠いもののように眺める。偽の札束のせいで死ぬ滑稽な男を悼む気にはならなかった。
    「何にしても俺には関係ないな」
     ――死んだ男がどんな人間だったかも、祈りの行方も。
     太陽は変わらずアスファルトを焼き、ぬるい風が道端の草を揺らす。
     額に浮かんだ汗をぬぐい、心が顔を上げた。
    「人通りが少ないとは言え長居は出来ませんね。早めに退散しましょう」
    「その前に」
     詩月が後に残された鞄に手を伸ばす。中には無造作に突っ込まれた紙幣。
    「できれば盗まれたお金を返してあげたいな」
    「落し物として警察に届けるほうがよくありませんか?」
     通りすがりを装うならば、件のコンビニから奪われた金銭だと知っているのはおかしい。心の言葉に頷いて鞄を抱え直した。
    「とにかく町の方へ行きましょう」
     携帯電話の電源をオンにしてエリカが歩き出す。立っていても暑いばかりだ。
     リュックを背負いなおした丞が後に続く。
    「しかし、また厄介な敵が出てきたな」
    「この事件を引き起こしたのは、ダークネスのせいじゃなくて人の心によるものなのよね」
     眉をひそめる美星。
     ダークネスでも眷属でもない。魂としては人間。しかし彼らの悪事は一般人の手に負えるものではない。灼滅者が戦うしかないのだ。
     胸にそれぞれの思いを抱きつつ、8人は青空の下を歩き出した。

    作者:柚井しい奈 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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