旅のおもてなし

    作者:緋鏡紅月

    『トチギけん。さいきん、おんせんイイ宿に『ぞんび』ガすみツイテるのミツケタ。おんせんスキなサル、クマ、どうぶつたくさん、でもぞんびコワイ。ツカエナイ、チカヨラナイ。あとはソッチでスルのがイイ』
    「……と、イフリートさんからお手紙と地図が届きました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、読み上げた手紙を封筒に入れながら説明を続ける。
    「どうやら栃木県の某所にある温泉旅館に『ゾンビ』が棲みついたようです。調べたところ、かつて東北自動車道ができる以前に栄えた旅館のようで、高速道路や高速鉄道の建設・整備に伴い、一息に有名な温泉地や観光スポットへ行けるようになったことから客足が遠のき、廃業したようです。当時は十世帯ほどの人が住む村でしたが、旅館の廃業がきっかけで今では村も廃村になっています」
     姫子は栃木県の詳細な地図を指し示した。
    「ここは観光地から離れた場所にあり、交通も不便で、行くには一日に四本のバスに乗り、下車した後もそこからさらに一時間ほど歩く必要があります」
     どうやらゾンビは全部で十体。館内に分散しているらしい。
    「夜に訪れて肝試し気分を味わうのも良いですが、その場合、翌日までバスはありませんので、日中に行く方が良いでしょう。では、みなさん。よろしくお願いしますね」
     姫子はそう言って、栃木県の観光ガイドブックと現地までの道順を記したメモを差し出した。
    「栃木県は那須塩原、鬼怒川温泉、日光と、多数の温泉地と観光スポットを有しています。無事に達成したあかつきには、のんびり観光してくるのも良いと思いますよ。あまり手強い相手ではないと思いますが、後の楽しみのためにも、ここは気を引きしめて行きましょう」


    参加者
    山城・竹緒(デイドリームワンダー・d00763)
    ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)
    シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    埜渡・慶一(黄昏の均衡・d12405)
    柊・司(うっかり者です・d12782)
    ヴァルケ・ファンゴラム(高校生サウンドソルジャー・d15606)
    亜寒・まりも(小学生シャドウハンター・d16853)

    ■リプレイ

    ●お出迎え
    「あー、やっと着いたぁ」
    「この炎天下でよく頑張ったな」
     疲れ果てた様子で座り込んだ亜寒・まりも(小学生シャドウハンター・d16853)に、ねぎらいの言葉をかけると、ヴァルケ・ファンゴラム(高校生サウンドソルジャー・d15606)はその頭をなでた。
     照りつける陽射しは強く、まだ昼前だというのにうだるような暑さだ。
    「えへへ、この後もがんばるからね」
    「期待してますよぉ。まりもさん」
     ひまわりのような笑顔で言う少女に、シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)が微笑みかける。
    「昼間でも結構、雰囲気があるな」
     埜渡・慶一(黄昏の均衡・d12405)は、そう言って目前の建物を仰ぎ見た。
     長いこと風雨にさらされ続けた旅館の外壁は、薄汚れて所々ひび割れているだけでなく、塗装がはがれ落ちて苔むしており、その上、蜘蛛の巣がはり、ツタまで絡みついているという惨状だ。周囲に生い茂る草にしても大人の背丈ほどもある。
    「まさしく廃墟って感じだな」
    「ゾンビより幽霊が出そうな雰囲気ですよね」
     敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)の言葉に、柊・司(うっかり者です・d12782)がそう応えると、数名がびくりと反応した。
    「そんな感想はいいから、早く終わらせようよ」
     手で風を送りながらミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)が先を促すと、それもそうだとばかりに一行は正面の入り口から旅館へと入った。
     広いロビーの正面には、大きな窓が備え付けられていたが、雨戸がかけられ陽射しが入ってこない。ゾンビが逃げ出さぬよう入り口の鍵をかけ、念のためにシャッターを降ろすと、辺りは暗闇に包まれた。風が通らない所為で、蒸し暑い。
    「ばぁっ」
     真っ先にライトを用意した山城・竹緒(デイドリームワンダー・d00763)が、下から自身の顔を照らしてお決まりの演出をする。
     不意を突かれ、シャルリーナ、司、まりもの三人は思わず「「「ひぃッ」」」と声を上げた。
     悪戯が成功して含み笑いを浮かべる竹緒に、驚かされた面々が小声で抗議する様子を、雷歌は面白そうに、慶一は苦笑を浮かべ、そしてミラとヴァルケは呆れた様子で眺めやった。
    「バカをやってないで探索するわよ」
     ヴァルケの冷静な声に、場が静まる。シャッターを閉める前に、ざっと周囲の安全確認をしていたとはいえ、いつゾンビが襲ってこないとも限らないのだ。
    「それにしてもひどい匂いだな」
    「とっても、くしゃいです」
     雷歌のつぶやきに、まりもが鼻をつまみながら頷いた。
     ゾンビが棲みついている所為か、悪臭が充満している。
     一行はそれぞれ取り出した明かりを手に周囲を照らし出していく。
     ロビーに入ってすぐ左側にフロントがあり、右手にはみやげ物を売るコーナー、正面奥にエレベーターが見える。そしてフロントとエレベーターの中間辺りに階段があった。
     予定通り二手に分かれようと話し合う一行の前に、フロントの奥から一体のゾンビが現れる。
     目は落ちくぼみ、くちびるは腐り落ちてしまっている。
     一行はフロントから飛び退くと、武器を構えた。
    「GAAA」
     腰の曲がったゾンビは旅館の従業員らしき服装でのたのたとフロントに着くと、宿泊台帳を広げもう一度「GAAA」と弱々しい声を上げた。
     襲ってくる様子のないゾンビに、一同は互いの顔を見やり頭に『?』マークを浮かべた。
    「襲ってきませんねぇ」
    「宿泊台帳見てるってことは、客と勘違いしてるんじゃないですか?」
     首を傾げるシャルリーナに、司が声を落として呟いた。
    「そういや、以前見た映画に生前と同じような行動をとるゾンビが出てくるやつがあったぜ。あくまでも『同じような』で、細々としたことだとか、判断が必要になるようなことはムリみたいだったけどな」
    「うわべだけ同じような行動をとるってことですか?」
     雷歌の説明に竹緒が疑問をはさんだ。
    「ああ。最終的には、本能が優先されて襲ってくるんだ」
     最近では走るゾンビも珍しくない。レアなケースなのだろうが、あり得ないことではないのかも知れない。
    「それだと、この後の展開は――」
     慶一の声と共に、皆の視線がゾンビに注がれる。
    「GOoAAA!」
    「切れたッ!?」
     ゾンビの叫びにミケの声が重なる。
     次の瞬間、重たいフロント机がゾンビのちゃぶ台返しによって飛んできた。
     ミケのチェーンソー剣と雷歌の無敵斬艦刀が唸りを上げてフロント机と激突し、次いで竹緒と慶一の閃光百裂拳を受けてフロント机が砕け散ると、まりもの放ったヴォルテックスがその破片を巻き上げた。
     視界の開ける瞬間を狙ったシャルリーナの制約の弾丸とヴァルケのデッドブラスターがゾンビを貫き硬直させる。トドメとばかりに放たれた司のジャッジメントレイによって活動を停止させると、ゾンビの身体はぼそりと崩れ落ち、灰と化した。

    ●逃走
     竹緒、雷歌、慶一、司の地上探索班は、地下探索班と分かれ、最上階の一番高いであろう部屋にいた。広い部屋にはひのき造りの専用露天風呂も備え付けられている。
    「なかなかいい景色だ」
     部屋からの眺めに、慶一が感想をもらした。男体山を望む景色だ。眼下に流れる川は浅いながらも水量は豊富で、魚が泳いでいるのが見える。川を挟んだ森の入り口付近には、サルの姿も見られた。
    「そういえば動物が温泉を使いたがってるって、手紙に書いてあったよね」
    「彼らのためにも頑張るとしようか」
     竹緒と慶一の言葉に、雷歌と司が頷き返す。四人が次の部屋を探索しようと振り返る。
    「あっ!」と司が声を上げた。
     そこには雑巾を手にしたゾンビが二体。向こうもこちらを認識したようだ。
     武器を構える四人に対し、ゾンビは予想外の動きを見せた。
    「「逃げた!?」」竹緒と司の声が重なる。
     そう。ゾンビは四人の姿を確認するなり反転し、脱兎の如く走り去ったのだ。向かってくるとばかり思っていた四人は、しばし唖然とした。
    「って、まちやがれ!」
     正気に返った雷歌が走りだしビハインドが付き従う。背を庇うようにして部屋を出た四人だが、そこにゾンビの姿はなかった。
    「一部屋ずつ慎重に行こう」
     慶一の低く抑えた声に、三人は頷き返した。

     一方、地下探索班であるミケ、シャルリーナ、ヴァルケ、まりもは地下二階にいた。先頭をシャルリーナとヴァルケ、後ろにミケとまりもが続いている。シャルリーナが半ば抱きつくようにしてヴァルケに寄り添い、まりもはミケの服のすそを握りしめていた。ライトで周囲を照らし慎重に進んでいく。
    「地上班の方でも逃げたの?」
     トランシーバーでやりとりをしていたミケに、ヴァルケが問う。
    「そうらしいよ」
    「まりもたちも、さっき逃げられたもんね」
     そう言って、つい先程の出来事を思い出してみる。
     地下二階の探索を半ば終えた四人は、露天風呂にいたのだが、その時、風呂掃除に来たと思しきデッキブラシを持ったゾンビ二体と遭遇。迎え撃とうと武器を構える四人をよそに、ゾンビは逃げ去ったのだ。
     地下一階に上り、探索を続ける。廊下を曲がったところで走り去る音。
    「なんか、また逃げられたっぽいよ」
     ミケが調理場をのぞくと、まな板の上にはブツ切りにされた魚が見える。
    「ここで包丁を使ってたとなると元板前さんでしょうかぁ?」
    「どうも、つまみ食いしてたみたいね」
     シャルリーナに続いて入ってきたヴァルケが、魚の尾をつまみ上げた。まな板横にあったそれは半ばまでかじられていた。
     四人は食事処などを見回り、卓球台やピンボールの置かれたゲームコーナーを通って上の階へと上って行った。

    ●連係
     その後、一行はゾンビに遭遇することなく二階の階段で合流を果たした。
    「ここのゾンビは、なぜ逃げるんでしょうか」
    「はっきりは分からねぇけど、生前の行動に関係してるか本能ってことだろうな」
    「生存本能ってこと?」
    「死者に生存本能っていうのも変だがな」
     竹緒と雷歌の話しにミケが疑問をはさみ、慶一が応える。
    「分からないことを議論していても仕方ない。なんにせよ、足は速いようだから気をつけないとね」
     ヴァルケが注意を促すと、一行は二階に足を踏み入れた。
     階段から見て右の通路に三部屋。左の通路に四部屋の客室がある。
     ここまで戦闘はフロントで一回きり。残り九体のゾンビはこの階に集結しているはずだ。他に逃げ場がない以上、ここで戦闘になるのは確実だった。
     互いの背中をかばい合うように、地上班と地下班で左右の通路に向き合う。
     右側の先頭はシャルリーナとヴァルケ、その後ろにミケとまりもが続く。
     左側の先頭は竹緒と慶一で、雷歌と司が続く。ビハインドは雷歌の後ろだ。
     緊張した空気が漂う中、老朽化した廊下がぎしりと鳴った。
     直後、各部屋のドアが一斉に開くと左右の通路から四体づつ。計八体のゾンビが猛烈な勢いで駆けてくる。
     突然のことに驚いた司とシャルリーナが「「ひぃっ」」と悲鳴をあげ、同じく飛び上がったまりもが涙目になる。軽くパニックになった司が反射的にジャッジメントレイを撃ち放つと、閃光は先頭に立つ竹緒と慶一の間を縫って雑巾を手にしたゾンビの眉間を撃ち抜いた。
     灰となって崩れ去るゾンビを尻目に、竹緒と慶一が距離を詰める。風呂掃除に来たゾンビだろう。手にはデッキブラシを持っている。竹緒の螺旋槍がゾンビの右腕をデッキブラシごと吹き飛ばし、体勢をくずしたゾンビを慶一のティアーズリッパーが切り刻む。
     攻撃の隙を縫うようにして迫る三体目を、雷歌のビハインドが霊障波で足止めすると、しゃがんで道をゆずった竹緒と慶一を跳び越え、雷歌が戦艦斬りを叩き込む。両断されたゾンビが塵と化し、戦艦斬りの衝撃によろめく四体目を竹緒のフォースブレイクが爆散させた。

     一方、彼らの背後でも戦闘が展開されていた。
     前衛のシャルリーナが「怖いなんて言っていられません」と、恐怖を振り払って敵をにらみつけ、隣に立つヴァルケは「さあ、楽しもうか!」と、不敵な笑みを浮かべる。
     先頭を走り来るゾンビをまりもの足元から伸びた影が切り裂き、次いで現れたゾンビにシャルリーナが足払いをかける。骨の折れる音とともに倒れてきたゾンビの眉間を制約の弾丸が撃ち抜いた。三体目は板前ゾンビだった。右手に包丁、左手には川魚が握られている。
     シャルリーナめがけて包丁が振り下ろされた。
     直後、「させないよ!」というかけ声とともにミケのチェーンソー剣が板前ゾンビの包丁を受け止める。二つの鉄塊が火花を散らしたのは一瞬だった。ミケの放った黒死斬がゾンビを灰に返す。その横ではヴァルケが四体目のゾンビを相手取っていた。漆黒の弾丸がゾンビの腹部を貫いた直後、逆手に持ち替えたガンナイフで零距離格闘を挑むと、ゾンビは瞬く間に切り裂かれた。

    ●急げ、急げ
    「あー、もう怖かったよう」
    「ホント、ビックリしましたぁ」
    「まさか、あんな風に襲いかかってくるとは思てもみませんでした」
     まりもの素直な意見に、シャルリーナと司が同意する。
    「フロントで一体、ここで八体。今のところ倒したゾンビは計九体だね」
     竹緒が倒したゾンビの数を確認する。
    「確か十体って話しだったよな」
    「最後のゾンビはどこだろう?」
     雷歌と慶一が首を傾げた。
     そこへ「GAAA……」と控えめな声で最後のゾンビが現れた。長い髪からみて女性だろう。キョロキョロと周りを見回し、一行と目が合う。
     場がシンと静まり返った。
     状況を理解したのか、あるいは本能によるものか、ゾンビは身をひるがえし通路の奥へと逃げようとする。そして……足をもつれさせてベチャリと倒れた。そのまま動かなくなる。
    「ドジっ娘?」
    「きっと出てくるタイミングを間違ったのね」
    「だからといって見逃してあげることはできません」
     ミケとヴァルケの言葉に、シャルリーナが応じる。
     皆が頷き返し、ほどなくしてゾンビは旅館から一掃された。

    「さて、この後の予定ですがどうします? 僕的には観光なら日光に行きたいんですが……」
    「温泉! あと、おまんじゅう!」
    「まりもは露天風呂に入りたいです!」
     司が皆に今後の予定を確認するなり、竹緒とまりもが勢いよく手を挙げた。
    「温泉か……日帰り温泉もあるらしいぞ」
    「観光するなら、温泉街で一拍したいところだね」
    「私も泊まりに賛成ですぅ」
    「今日と明日。心ゆくまで楽しもう」
     ガイドブックを手に雷歌が言うと、慶一、シャルリーナ、ヴァルケも口々に意見を述べる。
    「私も温泉まんじゅうを楽しみにして来た……って、ちょっとまって。次のバス、あと一時間もないよ。これ逃したら今日の観光はムリ」
     時間を確認したミケの言葉に、一同が顔を見合わせる。
     ここからバス停まで徒歩で一時間はかかるのだ。
     状況を理解した一行は、バタバタと旅館を後にする。
     強い陽射しが照りつける中、走る皆の顔は笑顔にあふれていた。

    作者:緋鏡紅月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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