強欲は闇さえも蝕む

    作者:波多野志郎

     ――深夜。人通りのなくなったオフィス街をその男は、ただあてもなく歩いていた。
    (「……そろそろ、時間か?」)
     男はそれとなく時計を見て、時間を確認する。目の前にあるのは、とある宝石店のシャッターだ。警備員の立ち回る時間帯。店内の配置。カメラの位置、などなど。男の頭には、きちんとその情報が叩き込んであった。
    (「入って、警備員が来るまで、最速で十分か」)
     男は回り込み、裏口に立つ。裏口から事務所、そして店舗内の宝石を奪って逃走する――その時間は、決して多くはない。だが、この強盗に単独で挑むにあたって勝算が男にはあった。
    「いくぜ――!」
     言い捨て、男は変貌する。巨大な青い肌の巨人――デモノイドと成り果てた男が、目の前の裏口をその拳で破壊したのだ。
    「とっとと、いただくとしようか」
     ニィ、と悪辣な笑みを浮かべ、デモノイドは店舗の中へと駆け込んだ。

    「いや、本当に最悪の組み合わせっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はため息交じりにそうこぼすと、語り始める。
     翠織が察知したのだデモノイドが起こす事件……のはずだったのだが。
    「どうやら、正確にはデモノイドの力を使いこなす奴が起こす事件っすね」
     デモノイドロードっす、と翠織は言った。普段は、デモノイドヒューマンと同じ能力を持っているが、危機に陥ればデモノイドとして戦う力を持っているのだという。しかも、自らの意志で元に戻れるのだ。自由意志で闇堕ち出来る灼滅者、そう言えるだろうか。
    「でも、デモノイドの力を悪用するしかない、悪に染まりきった心の持ち主っす。説得の余地はないっす」
     しかも、仮に説得で悪の心を弱めても、デモノイドを制御していた悪の心が弱まる事で完全なデモノイドになってしまうだけだ。そういう意味でも、危険な存在と言えるだろう。
    「ただ、デモノイドロードはデモノイドの状態になっても悪意のある狡猾な知性を持つっすから、注意して欲しいっす」
     今回、みんなに対処して欲しいのは、デモノイドの力を使って強盗を繰り返す男だ。
    「店舗を襲って根こそぎ奪う、本当なら複数犯でやる事っすけど。こいつはデモノイドの力で単独犯で行なうんすよ」
     その身体能力を持ってすれば、侵入する際の破壊も時間的に短縮出来る。加えてその足で逃げられてしまえば、捕まえる以前の話だ。
     未来予測によって、今度襲われる店舗は判明している。そこに身を潜めて、侵入しようとする瞬間、不意打ちして欲しい。
    「ただ、デモノイドロードは状況が悪くなれば逃走する可能性があるっす。逃げられないようにする工夫も必要っすね」
     しっかりと身を隠し、タイミングを合わせ動く。加えて、裏路地の出口をしっかりと封鎖する必要もあるだろう。時間は深夜だ。街中であり、光源を準備する必要はない。
    「相手はデモノイドの戦闘能力を持つ相手っす、強敵である事を忘れずに挑んで欲しいっす」
     翠織は、そう真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    月見里・月夜(俺の拳は地獄への片道切符・d00271)
    錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)
    ジュラル・ニート(ストレンジジャーニー・d02576)
    蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)
    赤秀・空(死を想う・d09729)
    勅使河原・幸乃(鳥籠姫・d14334)
    斎場・不志彦(燻り狂う太陽・d14524)
    片倉・純也(ソウク・d16862)

    ■リプレイ


     深夜のオフィス街は、人影一つない無人の空間だった。
     そこを一人の男が、歩いていく。その歩みはよどみなく、自然なものだ。目的地の地理。この時間、周囲が人通りが無くなる事。事前に把握している――だからこそ、その行動に迷いはなかった。
     だからこそ男は、気付かない。裏路地の角を曲がった自分の後を追うように這っていく一匹の蛇に。
    (「……確かめたいところだが。どうなるか」)
     物陰から男の姿を見やり、片倉・純也(ソウク・d16862)は内心で呟く。DSKノーズの範囲内になればわかる――その男もまた、血と業に穢れているのだ。
    (「前に戦った個体と違って不利になると逃げるだけの知能があると。なんか戦う度に面倒くさくなっていくなこいつら」)
     タイミングを計りながら、ジュラル・ニート(ストレンジジャーニー・d02576)は男の上に視線を向けた。そこには、伏目がちの黒猫が屋根を上を歩く姿がある。その赤い瞳と視線が合うと、お互いがうなずきあう。
     裏路地の奥。男が、ドアの前に立つ。ビキリッ! と、男の体が軋みを上げ、青く染まり巨大化していく――その瞬間だ。
    「そこまでだ」
    「――ッ!?」
     青い巨人――デモノイドが、振り返る。そこにいたのは、一人の青年。蛇変身を解除した赤秀・空(死を想う・d09729)だ。
     空が振り返ろうとしたデモノイドの背中に触れた瞬間、影が縄となりデモノイドの四肢を絡め取っていく。そして、頭上から黒猫――蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)が影の刃を繰り出した。
    「な、んだッ!?」
     デモノイドが足場を蹴る。予期しなかった襲撃に混乱しているその状況を、しかし、一匹の蛇が見逃さない。
    「おいおい、そっちは違うんじゃないか?」
     デモノイドが視線を落とす。自分が跳び越えた蛇が低く身構えた少年、斎場・不志彦(燻り狂う太陽・d14524)の姿になるのを見て、デモノイドは壁を蹴って更に逃れようとした。
     しかし、不志彦はそれを許さない。バネ仕掛けのように流れる動作で跳ね上がり、その掌打をデモノイドの顎へと強打させたのだ。
    「う、お!?」
     空中でのけぞったデモノイドが、大きく空中で縦回転。バク宙して、着地した。着地と同時、デモノイドはその巨大な刃と化した右腕を後ろへ振り払う。そこにいたのは、刀を抜いた錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)だ。刃と刃が激突し、火花を散らす――デモノイドの刃を受け流しながら、氷霧は冷たく吐き捨てる。
    「気に食わない、の一言ですね」
     一撃は重く、鋭い。だが、そこにあるのは力のみで、技の一つもなかった。ただ、手に入れた力を振り回すだけ――氷霧にとっては、一番唾棄すべき存在だった。
     一合、二合、三合、とデモノイドと氷霧が火花を散らし攻防するそこへ、勅使河原・幸乃(鳥籠姫・d14334)がスレイヤーカードを手に駆け込んだ。
    「鳥かごよ、開け」
     解除コードと共に、黒いスカートがピンクのドレスに変身する。そして、その手の巨大フォークを回転させながらデモノイドの脇腹を抉った。
    「くっそ、何だ、テメェ等!!」
    「理由が要るなら、近似種への土産とでも」
     そこへ片倉・純也(ソウク・d16862)が、螺穿槍を繰り出す。回転する穂先をデモノイドが巨大な手で受け止め、強引に軌道を変える――そこに、ジュラルの足元から走る七羽の影のひよこが小さな羽根を広げ、切り付けた。
    「長引くと逃げられる恐れあり、と。弾薬費ケチって逃げられてもかなわんし思いっきりぶっ放すか。うん」
     ガシャン、とtriglavを構え、ジュラルは言い捨てる。今の動きでも、あのデモノイドには逃亡するだけの知恵があるのは明白だ。ならば、全力の火力を持って手早く殲滅すべきだ、そうジュラルは判断した。
    「次から次へと、ふざけやがって!」
     デモノイドが吼える。その懐へ真っ直ぐに、猫変身を解いた月見里・月夜(俺の拳は地獄への片道切符・d00271)が特攻服をなびかせて突っ込んだ。
    「よォ強盗さんよ。パクるしか脳がねェ奴がどれぐれェのモンなのか見に来たぜ」
     月夜はポップキャンディーを噛み砕き、雷をまとうその右拳をデモノイドの顎へと突き上げた。だが、デモノイドは踏みとどまる――そして、青く細い糸を操り、言い放つ。
    「いい加減にしろぉッ! クソ野郎どもがああああああああああああ!!」
     ヒュオン! と放たれた結界糸が、取り囲む灼滅者達へと襲い掛かった。


     DMWセイバー同士が暗闇で、交差する。
     ギ、ギン! と、激しく火花を散らす中、純也が言葉を重ねていく。
    「俺もそうなれない訳ではないが、理由がある」
    「あァ!?」
    「力に喰われる時は突然だ、何例か知っている――さて、其方は今までに何度変じた?」
     それは、相手の良心に訴えかけるものではない。純也にとって、これは個人的な興味であり、実験だ。虚実織り交ぜて、デモノイド化への不安を煽る――恐怖や焦燥によっても害意を削がれ、デモノイドロードはデモノイド寄生体に理性を食い散らかされてしまうのか?
     しかし、目の前のデモノイドロードに関しては、その実験は無意味なものだ。
    「関係ねぇよ」
     デモノイドが、デモノイドロードが、男が吐き捨てる。デモノイドの口の端が歪む――それは、笑みと言うべきものだ。
    「俺は、ただこの力で思う存分暴れ回りたいだけだ。強盗だってただ暴れるよりも金になるから、そんぐらいの理由さ」
     悪事を働くのは、楽しい。心が躍る。男にあるのは、ただそれだけだ。男が悪事を働く理由は悪の心の、明確な一例と言えるだろう――純也は小さくため息をこぼす。
    「やはり、もっとサンプルがいるか」
     純也が横一閃に刃を繰り出し、デモノイドもまた刃で迎撃する。ザン! と深く切り裂かれたのは、純也だった。
    「……その力は、デモノイドは、都合の良い力なんかじゃない」
     純也へ防護符を投げ放ち回復させながら、煉は小さく呟く。力に溺れて悪事と知りながら強盗を行なう。その行為自体で、許せないと言うのに。
    (「私は行けなかった阿佐ヶ谷の一件、あの件を思えば更に反吐が出る」)
     デモノイドと化し、人に戻れず倒すしかなかった人達がいた。その人達は、目の前のデモノイドと同じ姿形をとなりながらも、全然違う。
    「その歪んだ力……俺の強さの糧となって貰います」
     デモノイドへと、氷霧が肉薄する。その間合いで刀を活かすのには、技術がいる。氷霧は踏み込み、体の捻りを殺すことなく刀を振り切った。デモノイドは雲耀剣の一撃を構えた両腕で受け止めた。
    「く、お……ッ!」
     刃は皮を裂き、肉を斬る――しかし、骨までは届かない。強引に振り払ったデモノイドへ、月夜が跳びかかった。その左手に握った傲慢な薔薇姫が唸りを上げる。甲高く、その血をちょうだいと強請る薔薇姫の斬撃が、デモノイドを肉を大きくそぎ落とした。
    「テメェのその腐った性根叩き直すついでに灼滅してやっからよォ!」
    「何様だ、ガキどもがああああああ!!」
     デモノイドが牽制にと、月夜の顔面へと凶悪な拳を振るう。その拳を割り込んだ不志彦がラプサオ、右手で払いのけた。そのまま、流れるように一連の動作で脚に影をまとわせた右回し蹴りをデモノイドの側頭部へと叩き込んだ。
    「僕等が何者かだって? なぁに、犬のおまわりさんさ」
     ナオテック――右回し蹴りを振り切り、不志彦は軽口と共に笑い飛ばす。壁へと巨体を叩きつけられたデモノイドへ幸乃が踏み込み、言い捨てた。
    「盗人猛々しいとは、あなたの事よ!」
     オーラに包まれた幸乃の両の拳が連打される。左ジャブから右ストレート、左フック、右フック――的確に、デモノイドの上半身の急所に拳を突き立てた、そのはずだった。
    「があああああああああああああああ!!」
     だが、構わずデモノイドは拳を振り下ろす。幸乃はスカートをひるがえし、真横へ跳んでそれをかわした。
    「隙あり、だ」
     その空いた脇腹へ、空の縛霊手によるショートアッパーがめり込んだ。霊力の網に包まれたデモノイドへ、troglavを構えたジュラルが引き金を引く。
     ドン! と一条の魔法光線に撃ち抜かれ、デモノイドが大きくのけぞった。それを見て、ジュラルは小さなため息をこぼした。
    (「本当に、厄介な奴だな」)
     デモノイドロードの恐ろしさだな、とジュラルは一層神経を集中させる。こちらが弱味を見せれば、そこを躊躇なくついてくるのだ。攻撃を集中する事もあれば、あえて逸らしてくる事もある。それも、悪意と理性の賜物なのだろうと思えば、複雑な感情を抱いても仕方が無い。
    (「一般人なんて、ただ力が弱いから無害に思えるだけ。一般人もダークネスも、力の大小があるだけでその内面は何も変わらない」)
     空は思う。一般人を嫌う空だからこそ、目の前のこの存在はより嫌悪を募らせるものだった。
    (「デモノイドに他のダークネスのような意思が無いからこそ、それが浮き彫りになった……僕はそう思うよ」)
     倒さないてはいけない、この危険な存在だ。
    「上等だ、コラアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
     デモノイドが吼える。
    「殺ス」
     その単語を何度も何度も繰り返し。
    「殺ス、殺ス、殺ス、殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺スコロ――ッ!!」
     デモノイドは、悪心のままに暴れまわった。


    「逃げンのか? 腰抜け! 所詮テメェなンざその力がなきゃ只のビクビクちゃんなんだろォ!?」
    「っだらああああああああああああ!!」
     月夜の挑発に、デモノイドが大振りでその刃を振り下ろした。月夜はそれをバトルオーラを集中させて右手で受け止め――その瞬間撃ち放ったオーラキャノンで相殺、弾き飛ばした。
     そして、月夜が左手で豪快に燃える傲慢な薔薇姫を袈裟懸けに振り下ろす。ザン! という斬撃と共に、その青い肌に赤い炎が燃え出した。
    「ここ!」
     そこへジュラルがtriglavをフルオート、狙いをすました銃弾の雨は正確にデモノイドの顔面を捉えた。
    「逃げられると思わないで!」
     そして、足は煉の足元から伸びた影が食らい付く。大きく体勢を崩したデモノイドへ空が駆け込み、影を宿して黒く染まる縛霊手で殴打した。
     デモノイドの体が宙を浮き、壁へと叩きつけられる。膝を揺らしたデモノイドへ純也がウロボロスブレイドを右腕に取り込み、その胴を薙ぎ払った。
    「お前は理想に近い……が、まだ、近いだけだな」
     言い捨てる純也に、デモノイドは裏拳を叩きつけようとする。しかし、そこには既に純也の姿はない。その懐に、裏拳の下に不志彦が潜り込む。繰り出されるのは直線軌道の掌打だ、それを顎に受けてデモノイドは体を反らした。
    「よし! 勅使河原! 滅多クソにしてやれ!」
    「ええ、褒めてあげるわ斎場」
     不志彦の言葉に尊大に幸乃は言ってのけ、その巨大化した拳をデモノイドへと思い切り叩きつける!
    「ぐ、が、あああ、あああああ……!」
     打撃の瞬間、捻りを加えられた幸乃の鬼神変に、デモノイドが肩膝をつく。そこへ、音もなく氷霧が踏み込んだ。
    「ま、ま……っ」
    「散りなさい。道を違えた、その代償に」
     大上段からの一閃、氷霧の雲耀剣がデモノイドを切り伏せる。ズン……、とその青い巨躯が地面に倒れ込む――その体が起き上がる事は、もう二度となたっか……。


    「パクるしか脳のねェ野郎じゃ、こんなもんか」
     ペ、と棒と共に月夜は吐き捨てる。それを聞いて、幸乃もまた肩をすくめた。
    「これでは、力を使っているのか使われているのか、わかったものではないわね」
    「ああ、そうだな」
     そう答えた純也の心中を知るのはただ一人、本人だけだ。
    「……こんなものでしょうね。私達も退散しましょう」
    「まったく、仕事終わりの一服くらいゆっくりしたいものだね」
     とりあえず場を整え終えた煉の言葉に、トマトジュースを片手にジュラルはこぼす。その言葉に仲間達からも笑みが漏れた。
    「全部ハッピーエンドに終わったのさ」
     不志彦は、そう肩をすくめて皮肉げに軽口を叩く。
    「勿論、奴にとっては違うけれど、僕等や宝石屋にとってはさ」
     宝石店は強盗に入られず、灼滅者達にとってはデモノイドというダークネスの力を悪用される事態が避けられた――そういう意味では、確かにハッピーエンドと言えるだろう。
     笑いあい、灼滅者達はその場を後にする。人知れず一つの物語にハッピーエンドを告げた彼等には、また別の物語が待っているのだ……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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