炎のように燃え上がる祭りも、時移ろえばうたかたの夢。クラブ企画に奔走し、コンテストに喝采を送り――それは戦いに明け暮れる戦士たちの休息の時でもあり、心を緩めて笑みをこぼす時でもあった。
だが、どんなことにも終わりがあるように、楽しい時はめまぐるしくも疾く過ぎる。日は沈み、夜のとばりが下りれば、憩いとまどろみの夕べがやってくる。2日間にわたる学園祭もいよいよフィナーレ。昼間の熱気がさざなみのように静まりゆく学園に、最後の光が投げかけられようとしていた。
「何をしているんですか~。のへさん~」
抱えきれないくらいのお菓子を両手に、高村・乙女(天と地の藍・dn0100)がある教室に入ってくると、そこでは水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)が何やら一心に準備をしている。
「祭りも終わっちまったしよ、ちょっとでかい花火あげてやんでぇ」
少年の言葉通り、机の上には市販の花火が山のように。定番の線香花火から簡単な打ち上げ式のものまで確かに色々揃っているらしい。
「お江戸の祭りっつったら花火だろ?」
だからグラウンドで派手に――こんな時だけは慎也も年相応に見えるもの。今日ばかりは愛用のシステム手帳も出番はないらしい。
「……ああ~、そういうものなんですか~」
それも楽しそうですね――乙女もカラフルな花火の1つを取り上げる。彼女にとっても今回は初めての学園祭。祭りといえば山車が勇壮に練り歩くものとイメージしていた乙女にとっても、実に楽しい2日間であった。この間に積み上げられた思い出は一体どれほどのものなのだろう。学園中の生徒がどれほどの楽しみを見つけ出したことだろう。思いだしてゆけばきりがない。語ろうとすれば一晩では到底足りないのではあるまいか。
「ま、確かに夏の夜は短すぎっけどもよ……」
だからこそ熱くってのもあんだぜ――慎也は新たな花火を積み上げて、グラウンドに用意されつつある薪の山に目をやった。本当に熱い2日間だった。矢のように過ぎた2日間だった。ならば最後の祭りもそれにふさわしく――。
熱く、そして、一瞬の夜を。
光と熱とが踊るその地で。
●焔、立つ
祭りが終わり、日が暮れて。夕風涼しい宵ともなれば、うず高く積みあげられた薪にも火が入る。徐々に大きくなってゆく炎の熱がイシュテムの頬にも感じ取れるようになってくると、これから始まる最後の宴へ心は飛んでいきそうな。あの炎を花火に移せば、どれほど素敵な魔法陣が描ける事だろう。ボーンファイアに花火に夜空。後夜祭にこんなに似合う物もない。
「学祭お疲れ様っした!」
悟の杯が高く掲げられると【Chaser】の面々の唱和が続く。目の前では鉄板がジュウジュウと。ボーンファイアのおすそ分けを貰ってのバーベキューだ。
「肉は俺が焼きますから……」
奉行役は喜色満面の想希。牛・豚・鶏肉に海老まで揃えて焼き始めれば、戒もアグー豚を持ち込んで。いい匂いが漂い始めるその脇では千尋がジャガイモのホイル焼きの出番を待ってうずうずと。
「後はソースを絡ませて出来上がりだ」
一杯食べてくれ――戒の笑みに誘われるように奏恵と陽桜が箸を取る。
「悟くん先輩、一番の功労者さんで完走お疲れさま!」
まずは一口と奏恵が悟の口に肉を詰め込めば、
「ひおも悟ちゃんにあーんするよ♪」
陽桜も負けてはいない。アツアツの肉に悟が舌鼓を打つと、遠慮も会釈も異次元へ。
「みゅ、しょうめんもいいけぢょ、たんぱくひつ、さいこー!」
ミカエラは焼きたてを目敏くかっさらい、空いたスペースにはるりかの手が。
「よーし、ボクがお野菜フルコースプレゼントしてあげるよ」
「……って、まだ残ってたんだ」
山のように出されたキャベツに勇介が何を思い出したのかは知る人ぞ知る。まさかここまできて「素麺inキャベツ一玉」の再来なのかと冷や汗ものの彼に想希はふわりと笑った。折しもジャガイモのバターもいい具合に溶け始めた事、流し素麺の残りも目先を変えて。
「そーみんちゃんぷるー?」
小首をかしげる陽桜に健は瞳を輝かせ。何しろ物は沖縄料理に健のご当地播州手延素麺のコラボなのである。しかもこうして皆で賑やかに食べるのだ。
「美味しそうですよねー」
「皆様頑張ってー」
料理には全く手が出せない――何しろ奉行始め男性陣の女子力が……――奏恵とくるみは大きな扇子をパタパタと。せめて涼風だけでもという訳だ。勿論その間にも料理は次々焼きあがる。
「野菜を食べると、疲れがとれるんですよ。えい」
徹が悟に突っ込んだのは焼きたて玉ねぎ。野菜嫌いにはこの上のない拷問(?)だけれども、るりかも燈弥求める気配などまるでなし。
「燈弥も食え。徹もな」
悟も当然ツッコミ返しを試みて、食卓は学園祭そのままの大騒ぎ。
「えっと……がんば?」
勇介の応援もなんのその、焼いて、食べて、焼いて、食べさせ――しまいには皿まで食べそうな勢いに千尋も目を丸くする。
「よーし、皿までくぅでーぃ」
朗らかなこと類はなし。中々のチームワークに水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)もあっけにとられつつも勧められるままに堪能し。ドリンク類も充実はデザートには果物のソルベまで燈弥が用意してくれたのだから至れりつくせりとはこの事だ。最後の記念撮影のその瞬間まで、宴の席は静まる事を知らなかった。
こちらは2人だけの炎の宴。既濁からリーグレットへの捧げ物は焼きそばにホットドッグ。
「ふ、大いにまけて及第点をくれてやる。最低限紅茶とテーブルは必要だぞキタク」
口ではそういうものの駆け回った果ての食事は何よりも美味。ほくほくと頬張るリーグレットを横目に既濁は静かに笑んだ。もっとも「魔導の織り成す雷撃の光」とやらは必死に止めねばならなかったけれども。ともあれ学園祭終了。友情らしきものも少しは育まれた事だろう。
「いや、テンション高くなるよな」
天を焦がす炎、薪の爆ぜる高い音。暁仁の太い笑みに少年もにっと笑う。炎のそばに設えられた卓には【夜天薫香】の心尽くしの数々。意外にも軽食全然でなかったからさと暁仁は些か複雑そうであったけれども。
「楽しかったけど疲れたぁ~」
「お前は何もしてないだろ」
キリカのツッコミにすかさず優志が応じるが、キリカが動揺する筈もなし。乙女もやっほーとマイペースだ。
「楽しかったですよ~」
乙女もほのぼのとルーナティアラと笑いあっている。何しろ初めての学園祭。準備から後夜祭まで時はそれこそ矢の如く。
「高村は……スタンプラリー、仕切り直しは出来たか?」
優志が問えば乙女もまた盛大に頷いて。思い出話はすればするほどヒートアップ。
「遅れてごめんなさい。これを作るのに手間取ってて……」
そこへ天嶺が林檎カスタードのシュークリームと共に登場したものだから、皆もあずさも大興奮。
「2日間、お互いよく頑張ったね……お疲れさま」
真っ先に置かれたシュークリームにあずさも新たなお茶を淹れ直し。改めての乾杯の声は一層高らかに、炎と共に星空へと昇っていった。
「いたいた、乙女さん!」
シュークリームを楽しみ終えた頃、ひょっこりとクラレットがやってきて。うちの企画、グルメストリートの審査員特別賞もらえたのよ――美味しい物以外にも嬉しい報告は尽きないものだと乙女は思う。来年は北の名産品を押し込もうと思うの。そう聞けば乙女の瞳もらんらんと。
「なら~、ご協力しますよ~」
早くもできた来年の楽しみ。こういう事ならまさかに鬼も笑いはすまい。
さて中央で花火やダンスが盛り上がり始める頃、彩華は近すぎる儚の距離に跳ねる心臓を抑えかねていた。
「儚ちゃん、実は僕、君の事が……」
言いさした途端に空に上がる流れ星。甲高い音は彩華の声を曖昧にするには充分で。
「え? 何か言った、彩華ちゃん?」
軽く見開かれた瞳に映った自分の顔。彩華はううんと首を振った。先走るのはよくない。今はこうして2人で祭りの余韻に浸っているのも悪くない。
「なんでもないよ」
学園祭楽しかったね――そう告げれば彼の愛する花は最高の形で先ほころんでくれるのだ。
●炎、舞う
「お疲れさん。カンパーイ!」
しゅわしゅわと音も涼しげなラムネビン。軍は真紅の炎に向けての乾杯の音頭をとる。きらりと煌めく薄青に、どこかの打ち上げ花火が花を添える。唐揚げにキッシュ、パンケーキにクッキー差し入れは学園祭本番以上に多彩で美味。中でもスモアなる物にはアストルも興味津々。
「まだまだ学園祭は終われないね!」
涼花の感想は無論皆が承知するところ。カロリーなんて風情のない事言いっこなしと、各人のお皿にたっぷりと持っていけば皆の笑みも深くなる。こうして星空の下で食べる事がまた一層味を引き立てる。デザートの冷凍フルーツがいい具合にとろける頃になれば、思い出話には花火の光が添えられるようになる。火花は小さな雨粒のように夜の闇に降り注いだ。
「誰が一番、長く耐えられるか勝負ね」
紡の提案に幾つもの火が線香花火に。3つくらい重ねてやると大きくバチバチいうよね――涼花の松葉は確かに人一倍美しい。でもそれじゃ……琴音が心配そうに僅かな身じろぎをした刹那、大きな火球はぼとりと落ちた。ああとアストルの純真な惜別に苦笑をこぼしつつも、華凜は己が花火に視線を戻す。
「私だって、負けません、よ」
全身全霊かけた真剣さに軍と芥汰はカメラを向けて。この夏の風物詩、一期一会の学園祭全てを手の中に残る記憶に。
「なら忘れないように――」
芥汰は再びシャッターを切る明日には部室の壁一面が想い出の色に染まる事だろう。
「ふっふっふー、女子力(物理)ファイアーを見よ!」
弓手に4本、馬手に4本。一体どうすればそんな状態で振り回せるのか、綾香のテンションは早くもクライマックス。
「ウワー来んとってー!」
火花が飛び退れば、玲は慄き。
「女子力(物理)怖ぇっ」
【朽葉】の面々の一角は一挙に派手に――飲物片手にのほほんと見物を決め込んでいたのは夕眞だが無論彼の元にも災厄、もとい火の贈り物は大量に。玲と火花に追われる夕眞に同情の杯を挙げつつ、透は目まぐるしかった2日間を思い出す。
「学園祭楽しかったなー。玲のメイド姿、しかも猫耳も見れたし」
しかも火花はお姫様抱っこまでされて。
「めっちゃ貴重な体験やったわ」
今度は怜が姫抱っこの番やなぁ――戻ってきた火花がにやりと笑えば、綾香もしみじみと頷いた。
「そうか……見たかったわぁ」
それだけは残念と沈む夕眞の肩を綾香はがっしりと叩く。学園祭ならまた来年もあるその時もまた皆で――呟きに重なるように、打ち上げ花火の光が彼らの上の空を横切って行った。
散々騒いでもまだ騒ぎ足りない気がするのが祭りというもの。【無銘草紙】の面々も例外ではない。こちらの隅ではアイスを賭けての線香花火勝負。ボーンファイアに近い場所では明るさを競うかの如く、焔のアート勝負。
「アイスを奢るっていうのはどうですか?」
最初に火の落ちた人に――あすかの挑戦的な笑みに梗花や達人も負けじと挑む。微かに爆ぜる火花の音に耳を澄ませば、楽しそうに駆け回る仲間達の声も。
「南守くん二刀流ズルイと思いまーす」
響が抗議の声を上げるも、その当人は四刀流。
「そっちのがズリーじゃん。咲宮さん!」
どっちもずるいと達人が駆けつけた頃には舞台は一面、花火の花畑。ならばと達人は空我に花火を合体させて。時ならぬキャリバーの出現は仲間達のみならず周囲からも喝采を浴び。やがて始まった宙を舞う鼠花火ウォーズでも空我は大活躍。
「あ、受け止めちゃった……すごいね」
「男前だなあ」
あすかや梗花の呟きも何のその、楽しい時はまだまだ続く。
●紅蓮、煌めく
学園祭といえばかき氷。聡士と一姫が後夜祭の御供に選んだのもメロンと苺のそれだった。こういうの、メロンの要素は色だけだよなと思いつつ、味見をねだられれば、
「あーん」
などとやってしまう。美味しいと覗き込めば一姫も練乳の白が美しい個所を一削り。学園祭の思い出話は悲喜取り混ぜていろいろだけど、今だけはこうして、少しだけ――。
「こんばんは、アキ。呼び出しちゃってゴメンね?」
燃え上がる炎は遠く、後夜祭の騒ぎがまるで潮騒のようなその場所で京哉は淡雪に向き合った。今日は彼女の誕生日。だから今までで一番素直になろう。
「オレの、恋人さんになってくれませんか?」
私でいいのですか――小さく震えるその言葉以上のものを京哉は望まない。アキになって欲しいのです――もう一度それを繰り返し、華奢な指にリングをはめて。誓いは永遠、初めて重ねた唇はどことなくぎこちなかった。
即席テーブルに学園祭での料理を持ち込んでまずは【鬼縁】の皆で杯を挙げ。
「……ふふっ、美味しい」
里桜のスプーンの上にはふんわり卵のオムライス。厨房を預かっていた勇騎の頬に笑みが浮かぶ。キースも笑みを誘われてスイーツや軽食を次々と。祭りではしゃぎ回った面々の食欲は旺盛で、炎の爆ぜる音をBGM似和やかな食事が続く。何しろこの2日間休む間もなく奔走したのだ。最後の一時くらいはただ火焔に照らされて――しかし問屋はそうは下ろさない。花火タイムになだれ込むまで時は幾らもかからなかった。
「おお、すっげえ!これ有りゃニンジャになれんじゃねーの?」
色様々の煙玉が弾ければシーゼルはおもむろに印を結び、
「忍って本当に印を結んでたんだぜ、仲間がいるから大丈夫って言う暗示を自分にかける為にな」
それに瞬も乗っかって忍者遊び。と思えばハヤトとキースは初めての花火に目を丸くする。
「……一緒に、やろう」
慧悟に手招きされて手にしてみればいきなりはじけた華麗な花にただただ圧倒されて。こんな綺麗な物があったのかと呟くハヤトにシーゼルはにやりと笑ってキールの花火に自らの火を移した。連鎖のように繋がって行く火はボーンファイアの熱とはまた違った熱で彼らを縛る。
「相棒、俺より、子供じみてる」
普段は見られないその姿に笑む慧悟の向こうでは里桜と殊が線香花火の可憐な火を囲んでいる。
「えっと……来年は、一緒に回りたい、な?」
囁くような殊の呟きに里桜も小さく頷いて。今年の学園祭は楽しかった。だから来年はもっと――しみじみと花火を見つめていれば夢はどんどん大きくなる。
(「こういう綺麗で穏やかな炎もあるのね」)
朱海にとっては戦いの象徴である炎。それに興じる者達も戦いに業を負う者である筈なのに、この不思議な安らぎもまた縁というものか。だがそんな朱海の感傷は1つの鼠花火の出現で吹っ飛んだ。
「しんみり楽しむ? 似合わない似合わない!」
騒げ騒げ――智が放り込んだ1弾に冴凪・翼は真っ先に乗る。勿論筑音も翼の誘いに一も二もなく乗っかったクチだ。
「さぁ……お楽しみの時間だぜ?」
ロケット花火が空を目指せば、煙玉は大地を隠し。瞬やハヤトが右へ左へ飛び回るのを横目に星羅は氷霧の背後に忍び寄って鼠花火を。
「うわっ、ちょ、誰ですか今のは!」
慌てて飛び上がる氷霧の声に殊の目にも興味の色が……。
「ね、ボクも混ぜてー」
そうなれば悪戯組は賑やかになる一方。あまりの騒ぎに勇騎と伊織、2人のおかんが立ち上がるのもまた必然。
「さて、ほな、冴凪の兄さん、おかん、おこらせたらどないなるか教えたりますか」
にこやかにも恐ろしい宣言と前後して、
「おいそこ! 何やってやがる危ねぇだろうがっ!」
勇騎の声が飛べば妹の翼はぺろりと舌を。悪戯組は四方八方に走り出す。
「「きゃー、逃げろー」」
棒読みそのままできゃあきゃあと。逃げるのも説教もこの際は楽しみの内。灯影に走り回る友の影をラインとほのぼのと見つめている。
「……いつかはわたしも」
ああやって過ごす事ができるようになれるんでしょうか――独り言めいた呟きに朱海はそっと微笑んだ。楽しい時は本当に一瞬だ。だがこの仲間達がある限りどの一瞬もかけがえのない宝物。炎はまだまだ燃え尽きる様子をみせてはいない。
燃え上がる炎は学園祭の送り火にも似て。ならばと【StationeryCafe“扇”】の3人はそれぞれに火の花を用意する。
「火、つけるぞ、ほら。ファイアーっ!」
はっはっは。地獄の番犬やけんな。炎はお手のも……神楽の見得は尻切れトンボ。なぜならば碧のロケット花火が虎視眈々と彼を狙っていたからだ。
「逃げるケルベロスはダークネス一歩手前よ。逃げないケルベロスは訓練された地獄の番犬よっ!」
神楽、うるさいのよ――碧の先制攻撃が見事に決まった。
(「何をしているんですかあの2人……」)
祭りの余韻だの夜空の風情だのとはまるで無縁の姉達に由布は一人、深い深い息をつく。
「あっちい!」
ボーンファイアを少し離れて2人きりの花火勝負。それは烏丸・奏の叫びで中断された。
「おい大丈夫かよ?」
ロケット花火の火の粉かと信彦がかけよれば、手の甲には小さな火ぶくれ。今回は引き分けにしよう――痛みが引く訳ではないが、耳元の息遣いの優しさに奏は照れ隠しに笑んでみせ。勝負は来年、再び聞こえた囁きに2人は再び笑みを交し合った。
空へと上がった小さな花火がディアナの横顔にカラフルな花を添え。遠く炎を眺める植え込みの陰。苦手な言葉の代わりに今なら不意を突けるかと黒咬・翼はそっとその頬に指をかけた。風が吹き抜けて行くように距離を一気にゼロにする。唇と唇の。
「……待って、そのまま動かないで…私もちゃんと気持ちを返したい」
再び2つに別れてのちの長すぎるほどの沈黙。ディアナはきゅっと彼の裾を掴んだ。目を閉じてね――2つの影が再び重なるまではあと少し。
●それでも熱く
煌めく火花は一瞬の思い出の如く。美しくも儚くて雪春はふと時の流れに思いを馳せる。来年の今頃はもう自分達は高校生ではないのだ。
「来年の今頃?」
傍らの永久の目が一瞬遠いものになった。だがすぐにその瞳は雪春を見つめ返し。
「……一緒に、居ると思うよ」
かけがえのない君との日々だから――差し出された花火に雪春はそっと火をつけた。2対の目が同じ綺羅の火を宿す。それはまるで約束の印のように。
自分を友達だと言ってくれたこの人が、手の届く距離にいる。乾杯のラムネはまだ爽やかに花月の胸に残っているのに。こうして一緒に花火を見ているだけでこんなにも嬉しいのに。人はなぜいつもそれ以上を望んでしまうのだろう。
「どうしたんだ?」
夏海に不意を突かれて、花月の心臓が跳ね上がった。ほら花火消えてますよ――誤魔化しを言えたのは奇跡に近い。
「学祭で弾けすぎて疲れたか?」
夏海の見当違いの心配も今は助かる。そう今は……そう言い聞かせるように彼女は派手な花火に火をつけた。綺麗ですねと見上げれば火花の向こうの顔が少しだけ切なく、思えた。
線香花火の光はなぜか心に染み入るような。はしゃぎ疲れて黙った日羽に祐樹は意を決した。
「今日、日羽さんと一緒に行動して確信が持てました」
日羽さんの事が好きです……僕とお付き合いはできませんか――日羽の手から松葉の火花が落ちた。その眼は確かに彼を嫌ってはいなかった。けれど言葉に迷う様子もありありと。
「もうちょっと祐樹さんの事知りたい……なんて言うのは……」
途切れ途切れの言の葉に、祐樹は時を待つ覚悟を決めた。これから始まる何かがあるならば、始まったばかりのそれもある。フォークダンスで重ねた指からはこの鼓動が伝わりはしまいか、真琴はふと榊原・智を見つめた。
「ありがとね。……その、こんなちびすけの告白、受けてくれて、さ」
確かに身長は今のところ負けている。けれどいずれは……指に力がこもると、智もそっと呟き返し。
「……わたし、真琴さんが好きって事、自分から伝えるのが怖かった」
だからその、告白してくれて、ありがと――それは至高の瞬間だった。炎が踊るその傍らで今2つの心が踊り始める。
「皆の者! この度は学園祭の任務、本当にお疲れ様だ!」
学園祭企画『秘密基地の悪の総統』設定そのままに煉火が花火を高々と掲げると【LIFE PAINTERS】の掲げ返す花火はちょっとした森になる。それに火が入ればそれはもう真昼が出現したかの如く。様々な色が弾け合うのはすごく「ここ」らしいと茉莉は思う。花火は一瞬の物と決まってはいても消えゆくのはまだ見たくない。
「見て見て。桃だよ桃っ! どうだ総統ー!」
そんな意図を察したかのように狸姫は火の花を両手にくるくると舞う。炎の中から生まれる桃太郎に大きな拍手が沸き起こる。
「きさも書くよーL、I、F……」
紅蓮の最も綺麗な時にと希沙が大きく腕を振れば茉莉も金の炎で文字を重ね。英語は苦手だと言っていたのにと笑む奏に、
「奏くんも幸太郎くんも一つどう?」
律花や希沙はナイアガラを進呈する。滝の如く流れ落ちる火の粒は星の粒にも劣らない。グラウンドに生まれた火の滝に周囲が息を飲んでいるのが伝わってくる。そんな絵のような風景を幸太郎は缶コーヒーと共に見守っていた。手の中にともるのは線香花火の小さな火。このささやかな余韻は他ではとても味わえない。
「いろんな事がありましたね」
語尾ににゃん、猫耳イヤー思えばキャラ崩壊の危機もあったけれど、終わってみればそれも夢の夢。
「悪の総統め……」
向こうでは猫耳姿の椛が煉火と火花を散らしている。ネコミミメイドの使者め、次は負けぬからな――可愛らしい反撃が聞こえ2人はくすりと笑い合う。
そろそろ締めの打ち上げ花火の時刻だろうか。大輪の花が武蔵野の夜空に咲きだした。慎也が江戸っ子の誇りにかけて用意したという打ち上げ花火だ。市販品とはいえ凝り倒してある配置は少年の性格をよく物語っている。
「ふむ、中々の物だの」
打ち上げの監督をしていた慎也と乙女の元へ伏姫と八房がやってきた。手には冷たい飲物と学園祭屋台の品々を携えて。
「いつも世話になってるの!感謝の気持ちだ、ぬしらも食べると良いよ」
いやむしろ食うのだ、我を助けると思って――思わぬ科白に2人の笑いは高々と。
最後の仕上げの花火が一気に火を噴き始めた。グランドでは感嘆の声が並みのように響いている。光と熱の祭りは静かに終焉に向かっていた。それは同時に思い出が結晶化し始める時でもあるのだ。
作者:矢野梓 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年7月30日
難度:簡単
参加:86人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 12
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