クモのイト ウットウしい

    作者:柿茸

    ●おてがみ
    「岐阜県、下呂市に行ってほしい」
     田中・翔(普通のエクスブレイン・dn0109)が集まった灼滅者達を見て言った。
     カップ麺の上に乗せられた3分タイマーのスイッチを入れる。そして、その隣に置かれていた写真を見せる。
     写真に写っていたのは巨大な岩盤。ガリガリと文字が刻まれているのがかろうじて読める。汚すぎてただの爪とぎ跡とか、縄張り主張跡にしか見えてもおかしくないレベルで汚い。
    「クモすみついた イトネトネト キモチワルイ オレタチ ヤツらツブす イトネトネト したくない タノむ」
     棒読みで、手元に解読した文字を写した翔が読み上げる。
    「ということで、最近噂のイフリートからの手紙が下呂温泉からも来たってこと。視てみたら、確かに下呂市の山中にむさぼり蜘蛛の群れが住み着いているのが視えた」
     ということで、イフリートが鬱陶しがっているだけならまだしも、人里に下りてこられても困るし、むさぼり蜘蛛の灼滅をお願いしたい。
    「むさぼり蜘蛛は合計10体。でかいのが2体いるけど、他より少しタフで力が強い、てだけで別にボスとかそういうわけじゃないみたいだね」
     戦闘になるであろう場所は山中。山道のすぐ傍の木々に、明らかに規格外な大きさの蜘蛛の巣が張られているのが見えたら、そこだ。山道と言っても、全く整備されていないわけではない程度。また、すぐ傍に糸が張られているということもあり、それほど開けた土地は期待できそうにない。
     むさぼり蜘蛛が張る蜘蛛の巣はかなりのサイズなので、一目見てそれと分かるだろう。
    「それで、むさぼり蜘蛛の使ってくる技だけれども」
     1つ目。糸を吐き出してくる技。遠くの相手まで届き、その糸で絡め取って対象を捕縛する。
     2つ目。蜘蛛の巣を瞬時に張り巡らせる技。遠くまでは届かないが、広い範囲に張られる蜘蛛の巣に足を絡ませて足止めする。
     3つ目。自身の腹部の口で噛みついてくる技。噛まれるとそこから毒を流し込まれる。
    「相手を動きにくくしてから噛みつこうとするのかな。普通の蜘蛛と同じように、獲物が糸にかかってからガブって」
     翔がちらりとタイマーを確認して、再び灼滅者達に目を戻す。
    「イフリートからの手紙による依頼とは言え、イフリートと会うことはできないから注意してね」
     勝手に会って刺激したりしちゃだめだよ。
    「ま、温泉地だし、余裕あったら温泉にでも入ってきたらいいんじゃないかな? お土産よろしくね」
     直後、タイマーがけたたましく鳴り響き、そして翔はカップ麺の蓋を開けた。


    参加者
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    碓氷・爾夜(コウモリと月・d04041)
    埜之塚・虹路(ナイトプレイアー・d08607)
    村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)
    ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)
    一二三・政宗(鋭利な鋼乃糸の契約者・d17844)
    本名・ないん(翁の詛斧使い・d18522)

    ■リプレイ

    ●山の中
     夏の蒸し暑い日。セミがやかましく鳴く岐阜の山中を行く8人の若者の姿があった。
     「山の中を歩くなんてハイキングみたいで楽しそう……と思ってたんだけど、結構歩く、ね」
     ふぅ、と立ち止まって一息つく花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)。汗を拭いながら呼吸を整え、ふと前を見れば、辺りの警戒の集中しているのか、ましろが一息ついたことに気がつかず、他の灼滅者達は先に行ってしまっていて、軽く道を広げるように避けていた木々が戻りつつあって。
    「わぁ、みんな待って待ってー」
     慌てて小走りで追いかける。声に反応して皆立ち止まり、そしてギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)が暑さに根を上げる。
    「暑いよー、これ終わったらオンセンに入ろうよー」
    「温泉、いいですね」
    「僕、ニホンのと、トージバ? って行ったことないんだ。行ってみたいなぁ」
     一二三・政宗(鋭利な鋼乃糸の契約者・d17844)とのそんな会話。村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)もそれに頷いて同意する。
    「まあ、さっさと終わらせて、温泉にでも入りましょうかねぇ」
     そこで会話を切り上げて、再び灼滅者達は歩き出す。
    「しかし、イフリートからの頼まれごとというのも不思議なものだな……」
    「イトネトネトが嫌だから代わりに倒してって、何か可愛いな、イフリート」
     歩きながらの碓氷・爾夜(コウモリと月・d04041)の言葉に、埜之塚・虹路(ナイトプレイアー・d08607)が笑って応える。対照的にため息をついたのは龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)だ。
    「イフリートの方たちが出てきて大火災になるくらいなら、私たちが出張って小火の内に消し止める方が良いのは当たり前ですが……」
     私たち、便利屋じゃないんですけどねぇ。と再びため息をついた。
    「まぁ、仕事であるからには手は抜かないさ」
    「ですね、何にせよ、人里に降りてこられるのも迷惑ですし」
     そして気を引き締めなおす。
     本名・ないん(翁の詛斧使い・d18522)はその隣で、ふーむ、と唸っていた。
    「この時期に蜘蛛とはのぅ。お盆に蜘蛛を殺してはならぬと、よく爺が言ってたものじゃが……」
    「え? そうなのか?」
    「うむ。……ま、只の蜘蛛ではないし、仕方無しよな」
     驚く虹路に頷き、せめて気持ちだけでも、送るつもりで灼滅させて貰うのじゃよ、とこちらも気を引き締める。
     ぶるりと身を震わせる虹路。
    「しかしきもいきもい蜘蛛きもい」
     何で蜘蛛って足8本あるんだよ。6本でよくね? なあ、よくね? と周りの皆に視線を巡らせながら尋ねる。だが、昌利は無情にも、そうっすか? と首を傾げて返した。
    「自分は元々蜘蛛は嫌いじゃないし、何度も戦って潰してきてるからそうは思わないっすけど」
     慣れが大事じゃいすか?
    「慣れかー。いや無理無理無理あれは慣れないって!」
    「あそこですね」
     いやー、と頭を抱える虹路。政宗の声に顔を上げれば、道のはずれの木々に、規格外の大きさの蜘蛛の巣が張り巡らされている。
    「うわぁ……これはひどい」
     その不気味な光景に、ギュスターヴは思わず声を上げていた。

    ●蜘蛛の巣
     一同が身構え、一般人が万が一にも近づいてこないように、殺界を形成し、サウンドシャッターを下ろす。
    「我望は静寂、我遮るは怪音、我築くは防音結界」
     そう唱える政宗の視線の先。柊夜が長めの杖で巣を払うが、粘着質で太い蜘蛛の糸は逆に杖を絡みとり、すぐに動かし辛くなってしまった。
    「これは厄介になりそうですね」
    「……さて―――行くか」
     何とか蜘蛛の巣を振り払う隣、昌利が軽く手首を揉みつつ視線を上に動かした。と同時に、木の上から糸を垂らしながら降りてくる数匹の蜘蛛。それだけではなく、木々の奥からも糸を伝って来て、たくさんの巨大な蜘蛛が寄ってきた。全てに、一様に腹に巨大な牙が生えた口がある。
     うへぇ、と虹路が声をあげながらも、ましろ、そしてないんのライドキャリバーであるじぃじーと共に、回り込むように詰め寄る。反対側に回り込むようにして柊夜と昌利、政宗のビハインドである政道も走る。
     昌利はむさぼり蜘蛛が放つ糸を身を捻って避け、雷を宿した拳を、牙を折る勢いで打ち込む。爾夜の矢による援護を受けたその拳は牙にヒビを入れて蜘蛛を打ち上げる。
     続く政道の霊撃がさらに、別の牙にヒビをいれ、大胆にも、その蜘蛛の死角となる背後、つまり蜘蛛の群れの真っ只中に踏み込んだ柊夜の黒い刃が、大きく蜘蛛の身体を切り裂いた。
     影を伸ばし、それとは別の蜘蛛を、広く傷口を作るように切り裂く政宗は、自分の前のチームだけでなく、その奥で分かれて戦う仲間を見やる。ちょうど、ましろがシールドを展開しているところだった。
    「オレの演奏のジャマすんな、クモ如きが!」
     その後ろで『Alléluia』をかき鳴らすギュスターヴ。音波を叩きつけられ怯んだ大きい蜘蛛目掛け、張り巡らされる糸や直接吹きかけられる糸をものともせずに虹路がマテリアルロッドを大きく振りかぶった。
    「ホームラーン!」
     強烈なバットスイングに打ち上げられる蜘蛛に対して、なんてな、と呟く虹路の視界に、糸を引き千切りながら突進するライドキャリバーが飛び込んでくる。
     それを追い越して、ないんが振るう斧の下、伸びる影が蜘蛛に絡まり、地面に引き摺り落とした。その上を容赦なく引いていくじぃじー。
     辺り一面に蜘蛛の糸が容赦なく飛び回り、張り巡らされる。
    「そんなもん、引きちぎっていこーぜぇ!」
     ギュスターヴのかき鳴らされるギターのメロディに乗せた声に呼応して、ましろが展開した盾で糸を引きちぎりつつ、一回り大きい蜘蛛を殴りつけた。ないんから撃ち出される制約の弾丸に痺れる蜘蛛に、さらにじぃじーの突撃と虹路のフォースブレイクの衝撃が襲い掛かる。
     その間に昌利の一撃が蜘蛛の1体を灼滅し、爾夜が癒しの矢を今度は柊夜に向けて撃つ。
    「善なる者に癒しの光を……」
     その言葉を耳にしながら、矢に纏う光を拳に集めて近寄ってきた1体へ叩き付ける。閃光と共に先ほど大きく、政宗の影に切り裂かれた箇所、そこ目がけて瞬時に数十発、数百発と穿たれる拳に悶絶する蜘蛛。さらに襲い掛かる政道の霊障波。
    「影よ―――」
     厚み無き刃となりて、我が敵を切り刻め。
     そして政宗は、他の蜘蛛に影を振るい、次の獲物を示すかのように大きくその身体を切り裂いていた。

    ●蜘蛛の牙
    「えーいやっ!」
     ましろのフォースブレイクが蜘蛛の牙を叩き折り、蜘蛛自体も叩き飛ばす。
     と、横合いから割り込んできた蜘蛛が腹を大きく見せて食いつこうと飛び込んできた。消滅する牙を横目にそれを確認し……足が糸にとられてうまく動かせないと見るや素早くエネルギーの盾で受け止める。
     牙に耐え切れずひびが入ったエネルギーシールドに、光輪が飛んだ。ギュスターヴがましろに親指を立て、すぐに蜘蛛達を睨み付ける。
    「イフリートじゃねえけど、こいつらマジうっぜえ」
    「そうだな」
     同意したのは爾夜。
     あまり舐めた真似をしてくれるなよ、蜘蛛風情が。と、爾夜の周りの空気が冷えたような気がした、直後。
    「凍てつけ、全て」
     その言葉と同時に、蜘蛛達の身体が文字通り凍り付いた。動きの鈍った蜘蛛の後ろに回り込む2つの影。
     柊夜の『黒狼牙』、そして『行住坐臥造次顛沛』を纏った昌利の蹴りが、氷ごと蜘蛛の身を砕いた。飛び込んできた2人に、残りの蜘蛛達が襲い掛かる。
     だが、巨大な蜘蛛の1体の巨体が揺れる。
    「残念、やらせねーぞ」
     虹路が気合を込めて、マテリアルロッドを振り抜いた。吹き飛ぶ蜘蛛の腹目がけ、政道とじぃじーが攻撃を叩き込む。
     ビクリと大きく身体を震わせ、動かなくなったのを見て、ないんの斧の構えが変わった。横薙ぎに振るわれる斧。風圧と共に撃ち出された冷気がさらに6体の蜘蛛を凍らせる。
     凍り付きながらも再び張り巡らされる蜘蛛の網目。それを縫って、政宗が駆ける。駆けながら、腕を異形化させていく。
    「……鬼の腕を受け入れてくれた人のためにも僕は鬼に堕ちるわけにはいかない」
     人知れず、そう呟きながら己が切り裂いた蜘蛛をその腕で殴りつけ。大きく上がった前脚を、昌利が掴んだ。
    「ふんっ!」
     気合と共に持ち上げ、背中から叩き付けられる蜘蛛の足先が、石になる。指輪にはまったルビーに血を吸わせ輝かせていた柊夜に吐き出される蜘蛛の糸は、爾夜の矢に途中で断ち切られた。
     別の蜘蛛が、ならばと爾夜に向かって糸を吐く。それを見てから余裕をもって避けて、冷めた目で蜘蛛を睨み付ける。
    「僕に触るな、蜘蛛が」
    「ってゆーか、蜘蛛を直接殴るとかちょっとあれだが」
     他の人もしてるし言ってらんねーな!
     虹路の拳が石化した蜘蛛の足を、凍り付いた身体を砕き壊した。そこに、残った一回り大きい蜘蛛が襲い掛かるが、割り込んだましろが真っ向から、展開したシールドで殴るようにして受け止める。
    「させない、よ」
     拮抗する力。それを破ったのはギュスターヴの、鴉を形取った影だった。蜘蛛に突き刺さる嘴。痛みに力が緩んだところに襲い掛かるエネルギーシールド。
    「毒くらったヤツは手ェ上げな、キュアかける」
     上がる手の元にギュスターヴの歌が届いていく。
    「少し待て、今回復する……」
     それでも治らなかった者には爾夜の癒しの矢が飛ぶ、その間にもじぃじーの機銃掃射や、政道の霊障波が蜘蛛にダメージを与えていく。
     昌利の目が蜘蛛を見渡した。一番弱っている蜘蛛を見極め、拳の連打を叩き込む。拳から感じる蜘蛛の抵抗が完全になくなる、と同時に素早く後ろに下がった目の前を、蜘蛛の糸が通過していった。
     虹路と柊夜の攻撃が、その糸の元に同時に突き刺さった。衝撃に耐え切れず、弾けるように消滅する蜘蛛。
     残り3体。うち1体の巨大な蜘蛛に、ないんと政宗の影が牙をむく。大きく切り裂かれた2か所の傷が、さらにじぃじーが轢いて大きく広げられた。
    「邪悪なる者は滅びよ」
     回復は必要ない、押し切ると判断した爾夜の放つ魔法の矢が、その傷に大きく抉りこむ。振り上げた足を政道が叩き折り、そして、ましろのフォースブレイクが、身体を叩き潰した。
     残るは普通の蜘蛛が2体。既に勝敗は決している。
     それから1分と立たないままに、残りの蜘蛛も政宗とギュスターヴの攻撃によって灼滅されたのであった。

    ●温泉
    「……ふぅ、お疲れ様」
    「お疲れ様でした」
     ギュスターヴの口調が元に戻り、柊夜が袖の汚れを払いながら告げる。ぞわぞわしたー、とか、さっき蜘蛛殴ったところ洗いたいー! とかごちている虹路を、警戒を解かないまま、首と肩を回す昌利がちらりと見ては肩をすくめている。
    「他に蜘蛛は……いない、かな」
     ましろの他、政宗や爾夜も念の為、辺りを確認する。特に蜘蛛の影は見当たらない。
    「むぅ、あちこち蜘蛛の糸でネトネト……」
    「クリーニング希望者はわしがするぞ?」
     流石に温泉まで、ねとねとのままで行きたくないじゃろ? と、ましろの言葉に反応するかのように、ないんが軽く首を傾げて告げていた。
     帰りは各自各々の方法で温泉街へと赴き―――。
     そして下呂温泉。近くにあった温泉店へと飛び込んだ虹路が、温泉ー! と、露天風呂の扉を開け放つ。
    「いやー、さっぱりできる、やったね!」
    「だね。クリーニングで綺麗にしてもらったけど、なんとなくネトネトだし……」
     続いて入ってきたましろとないんに、目をキラキラさせながら振り向く。
    「なーなー、温泉入った時泳いでもいい?」
    「それはまなー違反じゃ」
    「え、駄目?」
     そんな会話に苦笑するましろ。塀の向こうでは、既に昌利とギュスターヴが温泉に入っていた。
    「わー、汗が洗い流されるねー」
    「そうっすね」
    「コーシューヨクジョー、いい物だねー。ゆっくりしようよー」
     湯船の縁に腰かけて、背中を壁にもたれかけさせているギュスターヴ。その身体が、そうだ! と前に軽く出た。
    「僕ね、コーヒー牛乳っていうのが飲みたいな!」
    「あー、それなら入口に売ってたっすね」
    「ホント!?」
     ええ、とギュスターヴから視線を外し、空を仰ぎ見る昌利。
    「お土産は、温泉饅頭がいいっすかねぇ」
     頭の中では、仲間に買っていく土産のことを考えていた。
     そしてこちらは土産購入組。
    「ふむ……」
     値段と中身を見比べながら悩む柊夜の後ろを、爾夜が商品を抱えて通り過ぎていく。既にレジで清算を終えていた政宗がそれを見て、商品へと目を移す。
    「あ、温泉饅頭ですか」
     定番ですし、いいですよね。と、紙袋から取り出されるは同じ商品。
    「結構、渋いって言われることはあるけどな」
    「ま、まぁそうかもしれませんけど……」
     苦笑する政宗。柊夜も選んだ商品を抱えて、こちらに向かってくる。
     蜘蛛退治が終わって一息つく灼滅者達。
     その、蜘蛛退治が終わった地点には、1枚の石板が残されていた。
     石板には、『タイジしたよ』と、ギュスターヴの掘った字がでかでかと、記されていた。

    作者:柿茸 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 11
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