血に酔う怪物

    作者:天木一

     夜の賑わう繁華街に、酔っ払った若い男がふらふらと千鳥足で歩き、赤ら顔で小ビンのウィスキーを呷る。
     5人程の集団が前方から歩いてくる。その時、すれ違う肩がぶつかり、ビンの中身が零れ相手にかかる。
    「おい、待てや!」
     服を酒で濡らされたチンピラ風の男が、後ろから肩を掴んで振り向かせる。
    「この酔っ払い野郎、誰に肩ぶつけてんだ? あ?!」
     若い男の腕を引き寄せながら恫喝する。その拍子に手からビンが地に落ちる。
    「うるせぇ、いい気分なんだ邪魔すんな……」
     若い男は酒臭い口を開けて、向こうへ行けと手を振った。
    「舐めてんのか、ああ?!」
    「こっちこいや!」
     チンピラ達が若い男を拘束して、路地裏へと引っ張っていく。
     暗がりから激しい破砕音と悲鳴が響く。
    「ひぃっ、ば、化け物……」
     チンピラの1人が這って路地裏から出ようとする。だがその足を青く大きな怪物の手が引き寄せ、闇へと消えていく。
    「ぎぃやああああああ!!」
     肉を潰し、骨を砕く音が途絶え、若い男が1人で路地裏から出てきた。
    「クソッ酔いが醒めちまった……せっかく血の臭いを忘れるために飲んでるってのによ……」
     若い男は落ちていたビンを拾い上げ、残った酒を飲む。 
    「足りねぇ、酒だ、酒がねぇと……この渇きが抑えきれねぇ」
     手についた血を壁に擦り付け、若い男は繁華街の闇へと消えていった。
     
    「みんなは一般人が闇堕ちしてデモノイドになる事件を知ってるよね」
     教室の片隅で、能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が集まった灼滅者達に話始める。
    「どうやらそのデモノイドの力をコントロールできる、デモノイドロードと呼ばれる存在が現われたんだ。デモノイドヒューマンと同じ能力を持ってるけど、危機的状況には『デモノイド』と化して戦う事が出来るみたいなんだ」
     デモノイドの力を自在に使いこなせる、厄介な存在だ。
    「何より、デモノイドロードは悪の心で力をコントロールしているみたいなんだ。だから説得が成功しても、理性を失い完全にデモノイドになってしまうだけなんだ」
     残念そうに誠一郎が首を振った。
    「普通のデモノイドとは違い、知性を持っているんだ。どんな行動に出るか分からないから、気をつけてね」
     教室の椅子に座っていた貴堂・イルマ(小学生殺人鬼・dn0093)が立ち上がる。
    「敵についてはわたしから説明しよう。敵の名は内藤健、大学4年生だ。内向的で過去にはいじめも受けた事があるようだ」
     イルマは報告書を見ながら顔をしかめる。
    「デモノイドロードになってから、関係者や知り合いの多くが殺されている。血に餓えたように、その被害は無関係の人間にまで及んでいる」
     既に多くの犠牲者が出てしまっている。
    「今回の事件は、時刻は夜。場所は繁華街の人気の少ない裏路地で人が殺されてしまう。敵は見た目はデモノイドになっても、理性を持ち狡猾だ。逃亡や一般人を巻き込む危険がある。気をつけねばならん」
     一般人の避難。そして逃亡対策が必要になる可能性もある。
    「何としてもこれ以上被害が出るのを防ぎたい。今回はわたしも微力ながら力添えさせてもらう。共に餓えた怪物を倒そう」
     決意に満ちた顔でイルマは皆を見渡す。
    「人の知識を持つデモノイドなんて大変だと思う。けど、みんななら出来ると信じてる。お願いするよ」
     誠一郎が灼滅者達に頭を下げた。灼滅者達は頷くと、足早に教室を去った。


    参加者
    巽・空(白き龍・d00219)
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    千凪・志命(生物兵器のなりそこない・d09306)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    砂原・皐月(禁じられた爪・d12121)
    七代・エニエ(吾輩は猫である・d17974)
    浅木・蓮(決意の刃・d18269)
    クリスレイド・マリフィアス(魔法使い・d19175)

    ■リプレイ

    ●酔っ払い
    「あ~やっぱ酒は最高だ~。百薬の長ってな~」
     ふらりふらりと、夜の繁華街を彷徨うように歩く内藤・健。ウイスキーの小瓶を片手に、赤い顔で呷りながら酒臭い息を吐く。
     既に何軒も飲み屋を梯子して酔いが回り、呂律も怪しい。
     何もかも忘れて良い気分で歩いていると、前方から歩いてくる4人の男女とすれ違う。その時、肩がぶつかった。
    「痛いわね。ちょっと待ちなさいよ」
     ぶつかった衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)が、そのまま歩いて行こうとする内藤を呼び止める。
    「うるせぇ、いい気分なんだ邪魔すんな……」
     内藤は酒臭い口を開けて、向こうへ行けと手を振った。
    「……話がある……来い」
     内藤の肩を押し、千凪・志命(生物兵器のなりそこない・d09306)が立ち入り禁止の看板が置かれている、薄暗く人気の無い路地裏へと誘導する。
    「な~にしやがるぅ」
    「さっさと行きな!」
     もたつく内藤を、砂原・皐月(禁じられた爪・d12121)が後ろから蹴り飛ばし、看板を倒しながら路地裏へ押し込む。
    「人払いはこれで大丈夫だね」
     倒れた立ち入り禁止の看板を、浅木・蓮(決意の刃・d18269)は設置し直し、人が近づかないようにする。

    「悪の心でデモノイドの力を操る者、ですか……。でも、その悪意が生まれた切欠もまた……哀しい、ですね」
     通行止めの看板を設置し終え、巽・空(白き龍・d00219)は仲間が敵を連れてくるのを待つ。
    「うーん、ちょっと悲しい事にしかならないんだお……でも、止めないと、もっと酷い事になっちゃうから、頑張るんだおっ」
     マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)は、これ以上敵に酷い事はさせないと、ぐっと拳を握る。
    「デモノイドロード……どれほどの力を持っているのやら……それに、どれほどの数がいるのやら。興味は尽きないわね」
     クリスレイド・マリフィアス(魔法使い・d19175)は初めて出会う敵に興味深げに思考を巡らす。
    「奴は、乾いているらしい。欲があり、其れを発散せんとする俗物として在れること。それはきっと、理性の無い獣でいる事より、ずっと上等な事だと思う」
     難しい顔で七代・エニエ(吾輩は猫である・d17974)は語る。
    「もう救う事ができないのなら、倒す他ない。これ以上の犠牲者を出さない為にも……」
     貴堂・イルマ(小学生殺人鬼・dn0093)は鋭い眼光で、通路の先を見る。
     待ち伏せして暫くすると、表から騒がしい音が聴こえてきた。
    「来たみたいです。準備いいですか?」
     空が仲間に視線をやると、全員頷き、戦闘態勢をとる。
    「さて、まずは自分の目と体で確かめてみるとしましょうか」
     クリスレイドがたたらを踏みながら入ってきた人影を確認すると、攻撃の口火を切った。

    ●怪物
     内藤が蹴り飛ばされ、よたよたと路地裏に入る。そこに待機していた灼滅者達が奇襲を仕掛ける。
     マリナが一気に間合いを詰める。全身にオーラを纏い、拳を叩き込む。右のボディが相手の体を浮かし、続く左が顔面を捉える。顔、胸、腹、全身を滅多打ちにする。
    「げぶぁっ」
     内藤の口から潰れたような音が発せられる。
     マリナが息を吐き、間合いを開けたところへ、エニエがギターをかき鳴らす。音の衝撃が内藤の全身を襲い吹き飛ばす。
     敵が起き上がろうともがく、そこにクリスレイドの影が触手のように伸び、内藤の体を縛った。
     アスファルトを影の獣が駆ける。それはイルマの作り出す影の豹。獣は低い姿勢のまま内藤と交差する。その口には肉が咥えられていた。見れば内藤の脹脛の肉が食い千切られていた。
     バランスを崩し膝を突いたタイミングで、空は槍を回転させながら突っ込む。
    「妖の槍を実践で使うのは初めてだけど……使いこなして見せるっ!」
     暴風の如き勢いで槍を振り抜き、敵を弾き飛ばす。内藤は壁に叩き付けられ、地に転がる。その周囲を灼滅者達が囲む。
     それと同時に、空と皐月は殺気を放ち一般人を遠ざける。クリスレイドは音を遮蔽し、これから起きる戦いの音が外に漏れないようにする。
    「……痛てぇ、痛てぇよぉ。お前らも俺に、暴力を振るうのかぁ~!」
     悲痛な叫び声。倒れたまま内藤は、その身を膨張させていく。服を突き破り、青い肉が元の体の何倍にも膨らむ。受け傷もみるみる内に盛り上がった肉で塞がった。
    『オオオオオオオ!! お前らが悪いんだぞ。俺の酔いを醒ましたんだからな! 殺してやる、血潮をぶちまけろぉ!』
     雄叫びと共に立ち上がったのは青い怪物。右腕から鎌のような刃を生み出し、斬り掛かってくる。
     その前に七がエネルギーの盾を構えて立つ。刃の重い一撃。当たり負けしないよう全身の力を込めて受け止める。
    「本当は血が嫌いなんじゃない? あんた完全悪に見えないのよ、無理してるように見えるの」
    「……黙れ……黙れぇ! 戦い続けなきゃ……俺が俺でなくなっちまうんだよ!」
     七の言葉に怪物は声を荒げ、左の拳で七の脇腹を抉り吹き飛ばす。そのまま全力で追いかけ、体当たりの姿勢に移る。
    「…………ただ、斬るのみだ」
     その横手から志命が踏み込むと、右腰に差した刀を左手で抜き打つ。あらゆる物を斬り裂く一撃が怪物の左腕を斬る。刃は肉を裂き骨に達する。
    「痛でぇええええ!」
     怪物は痛みに声を上げ、志命を蹴り上げる。志命はオーラを纏い、右腕で防ぐが、勢いのまま体を宙に浮かされる。
    「相手してやるよ……行動開始だ!」
     皐月が封印を解除すると、雷を拳に宿して接近する。怪物は刃を振り下ろす。それを屈みながら踏み込んで躱すと、拳を腹に突き刺す。
     その時、穿った腹から液体が飛び散る。それは強力な酸、触れた皐月の腕を焼く。
    「ちっ」
     皐月は顔を庇いながら退く。ジュッと体を焼く音、服が溶ける。そして目の前に怪物の拳が迫る。
    「そう思い通りにはさせないよっ!」
     空がその前に割り込み、淡い青色のオーラを纏ってその拳を受け止める。衝撃に吹き飛ばされそうになるのを堪え、数メートル地面に足痕を残して止まる。
    「助かったよクゥ」
    「大丈夫かい、すぐに癒すからね」
     皐月は空が庇う間に間合いを開ける。そこに眼鏡を外した蓮が優しい風を起こした、それは皐月を包み込み、焼けた痕を癒していく。
    「何で俺ばっかりこんな目に遭うんだよぉ! 畜生! 畜生!」
     怪物は腕に力を込めて傷を塞ぎながら叫ぶ。そこにマリナが杖を手に仕掛ける。
    「いじめて来た人は悪い人なんだおっ! でも、強くなったからって、やりかえしていじめたら、お兄ちゃんもいじめた悪い人の仲間になっちゃうんだおっ!」
     マリナに向けて迎撃の刃が横薙ぎに襲い来る。マリナは跳躍して避けると、更に刃を蹴って怪物の頭上を取る。大きく振り上げた杖に魔力を籠め、振り下ろした。
     重い感触と共に怪物の左目が潰れ、体液が吹き出る。同時に酸がマリナを襲う。
    「それは先程見たのでな、対処法は考えてある」
     エニエが小光輪を幾つも投げていた、飛来した輪はマリナの前で静止し盾として酸を防ぐ。
     怪物はその光輪ごとマリナを薙ぎ払おうと、刃を振りかざす。その時、黒い波動が怪物を飲み込み吹き飛ばした。
    「……貴方自身、その力についてはどう考えているのかしら、便利なもの? 捨ててしまいたいもの?」
     クリスレイドが大鎌を振るった状態で質問をした。
    「力は最高に決まってる! 俺に好き放題した奴等に仕返し出来たんだからな!」
     怪物は愉快そうに肩を揺らす。だが一転して項垂れた。
    「……でも分かっちまったんだよ、殺し続けないと俺の心が無くなっちまうってな、だから死んでくれよぉ!」
     怪物はひびの入った刃を無茶苦茶に振り回す。その刃を七が盾で受け止めた。
    「そう……あんたの心はまだ人間なのね。それじゃあ尚更、これ以上殺させないわ」
     七は盾で相手を押し間合いを開けると、ガトリングガンから火弾を撃ち込む。
    「熱ぃぃ!! やめろぉ!」
     弾幕から逃れようとする怪物に、影の獣が喰らい付く。
    「最初は復讐だったのだろう。だが無関係な人間を殺した時から、貴様は血に餓えた怪物となったのだ!」
     イルマの影が敵を逃がさぬように変化し、鎖となって敵を縛る。
    「………気に入らんな。戦うも戦わぬも……自らの意思で行なえ」
     そこに志命が死角から刀を奔らせる。刃は足を斬り裂いた。どしんと、怪物は尻餅を突く、見れば右足の先が無くなっていた。その横で青い肉が地面に転がっていた。

    ●人の心
    「ああああああ! 畜生! こんなところで死んでたまるかぁ!」
    「いけない、逃げようとしてるよ!」
     蓮の警告。怪物は全身の力を振り絞り、影の縛りを引き千切ると片足と手で獣のように跳躍した。その直前に志命が返す刃で一太刀浴びせるが、肉を斬っただけの浅い手応え。
     怪物は灼滅者達の包囲を抜け逃げようとする。だが蓮の言葉と同時に灼滅者達は動き出していた。
    「人だ、人の多いところへ逃げ込めば……!」
     着地した怪物は路地裏から出ようとする。そこに追い付く3人の人影。
    「クゥ、イルマ!」
    「うん、全力でいくよっ!」
    「了解した!」
     皐月の呼びかけに空とイルマが応える。皐月は月の如き輝きを纏い、背中に拳を打ち込む。怪物が仰け反った所へ空が跳んで頭上から仕掛けた。
     手にした短刀程の光の剣で怪物の首筋を刺し貫くと、龍の如き力が傷を抉る。怪物が腕で空を薙ぎ払い吹き飛ばす。
     その隙にイルマの影の獣が残った左足に喰らい付く。骨が見えるほど肉を食い散らかすと、怪物は立てなくなり這うようにして右手の刃を振るう。
     放たれた黒い波動が3人を包み吹き飛ばす。這って逃げようとする怪物の前に、二段ジャンプで頭上を越えた七とマリナが立ち塞がる。
    「ふふーん、マリナみたいに動ける人が、まだまだ隠れてるんだおっ。下手に逃げると挟み撃ちなんだおっ」
     マリナの相手を惑わす言葉にその後方を見る。そこには作戦を手伝いに来てくれていた伊織と殊亜の2人が待ち構えていた。
    「一歩もここは通さへん、任せときや」
    「こっちは任されたよ、だから戦闘に集中して」
     そう言って伊織と殊亜が武器を構えてみせる。
    「なんでだ! なんで俺を狙うんだよ!」
     逃げ道を塞がれた怪物は悲鳴のように叫ぶ。
    「これ以上殺させないのは勿論犠牲になってしまう人の為、それときっとあんたの為……って言ったら笑うかしら」
     七は軽く言いながらも、本心を籠めて告げていた。
    「俺の為なら逃がしてくれよぉ!」
     怪物は這いながら足を狙い刃を振るう。七は上から盾を叩き込んで刃を地面に押し付け、その一撃を止める。
     そこにマリナが拳の連打を叩き込む。打撃にどろどろと怪物の皮膚が破け液体が溢れる。大振りの一撃を胸に打つ。拳が肉にめり込んだ。
     怪物が目を光らす。マリナは拳を抜こうとするが、筋肉が締まって抜けない。
    「気をつけて! 酸がくるよ!」
     蓮の言葉と同時に、全身に負った傷から大量の液体がマリナに降り注ぐ。七が咄嗟に盾で庇うが、間に合わず2人とも酸を浴びてしまう。
    「間に合わなんだか」
    「光よ、傷ついた者を癒したまえ」
     エニエは光輪を投げようとしていたのを止め、ギターをかき鳴らす。力強いメロディがマリナと七の傷を癒す。蓮も癒しの光で2人を照らす。
     這って逃げようとする怪物に、クリスレイドの影が巻きつく。
    「悪の心は元々あったのか、それとも寄生体で力を得たから増幅されたのか、どちらなのかしらね」
    「嫌だ嫌だ! 死にたくない! 俺は生きるんだ! お前らを殺して生き延びてやる! こんなところで死んでたまるかぁ!」
     怪物は腕で跳ね飛び、刃を振りかざして上から灼滅者達に迫る。
    「見てられないわね……これで終りにしてあげるわ」
     七が障壁を張り、その一撃を受け止めようとする。だが必死の一撃は盾を貫き、刃は七の腕に喰い込む。それでも七は身を引かずに刃を止めた。
    「私が相手だ!」
     腕を押し切ろうとした所へ、皐月が赤い魔杖に魔力を籠め、掬い上げるように強振する。鋭い一撃は怪物の肋骨を折り、その巨体を持ち上げた。
    「貴方の悪意を、貫き、そして破壊するよっ!」
     龍のオーラを発し、空が駆ける。雷を宿した拳が怪物の頭を打ち抜く。
    「ぅげぇ……げほっ、俺はやられたからやり返しただけなのに、なんでこんな目に……」
    「悪い事に悪い事でやり返しても解決しないんだおっ! ちゃんと反省しなきゃ駄目なんだおっ!」
     マリナは杖に魔力を込めて叩き付けた。まるで水風船のように腹が破裂する。そこから溢れたのは大量の酸。
    「もうよい。これ以上、自分を汚すな」
    「辛いでしょう、もう楽になってもいいんだよ」
     エニエが接近して炎を宿したギターを振り抜き、蓮が光条を放って酸を打ち消す。
     刃を振るおうとした怪物に、クリスレイドが放った黒い波動が襲う。
    「まだその体に興味はあるけど、ここまでね」
     鈍い音と共にひびの入った刃は根元から折れる。
    「心まで怪物と成り果てる前に、逝くがいい」
     イルマの影が怪物の首に喰らい付く。怪物は首を半分ほど噛み切られながらも影を引き剥がす。
    「げぼっ……人殺し……お前らだって、俺を殺す……人殺しじゃないかぁ! 俺は、これから、誰にも邪魔されずに生きる、んだ……」
    「………さよならだ」
     逃げようとする怪物の前で、志命の左手が閃く。刀が骨の見える首を切断した。

    ●酔いは醒めて
     巨大な青い体がどろどろに溶け、人の形を失い液状と化していく。
    「………逝ったか」
     ゆっくりと刀を鞘に収め、志命は残心する。
    「出来れば、救ってあげたかった……」
    「ダークネスにならなくても……これじゃ意味ないんだお……」
     ぽつりつ呟く空は悲しそうに俯くと、マリナも悲しそうに顔を伏せた。
    「もっと早く助けれる時に会えたら良かったのに」
     悲哀の色を浮かべた七も、やるせない思いを言葉に込める。
    「最後まで人の心が失われなかったのが、せめてもの救いかな……」
     蓮もそっと救われない存在に黙祷する。
    「悪の心を保たないといけないのだとすれば、いずれ破局はやってきたのかもね。その前に倒せて良かったのかもしれないわ」
     クリスレイドは仲間を慰めるようにそう告げる。
    「犠牲が増える前に止めるのが、わたし達の仕事だ。その為ならば……」
    「お疲れイルマ、私達は眼前の敵を倒す。ただそれだけだよ」
     ぎゅっと拳を握ったイルマの肩を皐月が叩く。あえて明るい表情を見せる皐月に、イルマも頷いて硬い表情を緩めた。
    「周囲から散々に虐げられて、悪に身を委ね、殺戮を繰り返した。人道的には、許されない」
     エニエは消え行く者に言葉を紡ぐ。
    「が、お前はそうして、最後に『生物』の意地を見せた。それは確かに、吾輩の瞳の中に収まった」
     その存在が在った事を決っして忘れはしない。
     青い怪物の体が全て溶けて消え去った。後に残ったのは僅かな染み。それはまるで怪物の流した涙のようにも見えた。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ