冥府の猛獣、狐狗狸さん

    作者:波多野志郎

     ――コックリさん、というのをご存知だろうか?
     紙の上に書いたはいといいえ、鳥居に男と女、そして五十音表を書いた紙の上で十円硬貨を置き、参加者で指をおいてやる、アレである。
     しかし、その周辺の学生達の間では、おかしな噂話が広がっていた。
    「こっくりさん、こっくりさん――」
     そう呼びかけると、あの世の猛獣が召喚されてしまう、というものだ。
     狐狗狸――三つの獣の頭を持つ、巨大な獣は召喚した者を三つの頭で仲良く食べあうのだという。
    『コーン!』
    『ワン!』
    『タヌー!』
     ……一つ、おかしな頭が混じっている気がするが、気にしてはいけない、

    「問題は、そうやって召喚されたら犠牲者が出るって話っす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)が、困ったように頭を掻いてそう告げた。
     今回、翠織が察知したのはとある都市伝説の存在だ。
    「コックリさんって知ってるっすか? ほら、有名な交霊術ー、みたいな」
     もちろん、それは眉唾なのだが、問題はこれに奇妙な噂話が紛れてしまった事だ。夜、ある公園でコックリさんをやると狐、狗、狸の頭を持つ獣が現われ、召喚した者を食い殺す、というものだ。
     噂話らしく荒唐無稽ではあるが、都市伝説として形を持ってしまったのなら無視は出来ない。
    「まず、その公園で夜にコックリさんをやって召喚して欲しいっす」
     コックリさん、コックリさん、と三人で呼びかければズドン! と召喚される。また、この都市伝説の習性としてコックリさんに参加した者を積極的に狙ってくるだろう。それを利用すれば、有利な状況を作れるはずだ。
    「公園なんで、光源とかは大丈夫っすけど、人払いには気を使って欲しいっす。その辺は、ESPとかうまく活用してくださいっす」
     翠織はそこまで告げると、ため息交じりに締めくくる。
    「ま、大した強さの敵ではないっすけど、だからこそ犠牲者が出る前に確実に倒して欲しいっす。よろしく頼むっすよ」


    参加者
    灰音・メル(悪食カタルシス・d00089)
    深影・慈乃(宵鶫・d01968)
    丹生・蓮二(オクシモロン・d03879)
    倉科・慎悟朗(昼行燈の体現者・d04007)
    テルミン・アノニム(清らかなノイズ・d04650)
    佐竹・成実(口は禍の元・d11678)
    ナハトムジーク・フィルツェーン(途切れた呼吸は陰りさえ写して・d12478)
    入谷・紫暮(東雲流水・d18128)

    ■リプレイ


     虫の鳴き声が、夜の公園に鳴り響く。それをバックコーラスに、灰音・メル(悪食カタルシス・d00089)が童謡を口ずさむ。無表情から紡がれる歌は、殺気を夏の夜へと広げていく――殺界形成を展開し、メルはいつもの笑顔に戻った。
    「コックリさんって何だっけ、あの。真ん中に一人座らせてぐるぐる周るアレだっけ? それで真ん中の人がポックリ逝くとかなんとか?」
     ナハトムジーク・フィルツェーン(途切れた呼吸は陰りさえ写して・d12478)はそう小首を傾げる。参加はするが、コックリさんを正しく理解していないのだ。
     ナハトムジークの目の前にあるのは、はいといいえ、鳥居に男と女、そして五十音表を書いた紙と十円玉だ。同じように横から覗き込み、テルミン・アノニム(清らかなノイズ・d04650)が呟いた。
    「こっくりさん……日本版のウィジャボード、なのねー」
    「学校で定番の降霊術よねぇ。普通は質問に答えてくれるとか、そんな感じだったはずだけど……」
     どうしてこうなったのかしらねぇ、とため息交じりにこぼすのは、佐竹・成実(口は禍の元・d11678)だ。
    「コックリさんとかいつ振りだろ……小学生以来か?」
     そう懐かしそうに丹生・蓮二(オクシモロン・d03879)が、紙の置かれたベンチの前に腰を下ろす。
    「コックリさんはじいちゃんに絶対やるな! っ昔から釘さされてたなー」
     まぁでも今回はお仕事だし仕方ないね! と深影・慈乃(宵鶫・d01968)も鳥居のマークの上に置かれた十円玉に指を伸ばした。そして、ナハトムジークと蓮二、慈乃が一枚の十円玉に指先で触れながら、決まり文句を口にする。
    『コックリさん、コックリさん――』
    「あ、彼女との行く末はどうなるかな?」
    『聞くんだ!?』
     蓮二の流れるような問いかけに、周囲から異口同音のツッコミがとんだ。しかし、十円玉は反応しない。代わり、と言わんばかりに一陣の熱い風が吹き抜けた。その温もりは、動物に触れた者なら知っているだろう――獣の温かさだった。
     ズドン! と公園の中に、ソレが姿を現わした。地響きを立てて着地したのは、体長四メートルを優に超える獣だ。体はどちらかと言えば丸く、長く尖っているふさふさの尾、もふもふの飾り尾、丸みを帯びた尾の三本。そして、最大の特徴は、狐狗狸の三つの頭であった。
    『コーン!』
    『ワン!』
    『タヌー!』
    「Sie ist schön! schön! schön!」
     メルが目を輝かせて、可愛いを連呼する。何よりも素晴らしい……いや、恐ろしいのは、その三本の尾だ。狐狗狸のもふもふを同時に三種類も体験出来る! まさに、もふもふ好きの理想郷がそこにあった。
     しかし、メルはハっと正気に返る。相手は都市伝説――倒さなくてはいけない、敵なのだと。
    「けど……あなた達は都市伝説だから倒さなきゃいけないの……」
    『タヌ?』
     運命に引き裂かれたロミオとジュリエットよろしく悲しげな表情を見せるメルに、狸の頭が小首を傾げる。
     三つ頭があると聞くとワンちゃんみたいで可愛いですね、と入谷・紫暮(東雲流水・d18128)がふと疑問を抱いた。
    「……ところで狸の鳴き声は「タヌー」であっているのでしょうか?」
    『…………』
    『コーン!』
    『ワン!』
     そこには触れてやるなよ!? と狐と狗が威嚇するのに、倉科・慎悟朗(昼行燈の体現者・d04007)はため息混じりに呟く。
    「今日は死ぬには良い日だ」
     確かに星の綺麗な夜だが、相手がなんとなく納得出来ない。しかし、解除コードは解除コードである。慎悟朗は引き抜いたロッドをやる気が出ない、と言う風情で肩に担ぎ、ふよふよと表現したくなるような力の無さでリングスラッシャーも頭上をさ迷わせた。
    『コーン!』
    『ワン!』
    『タ……ポ、ポーン!』
     狐狗狸さんが地面を蹴る。約一頭キャラぶれが見られるが、そこはそれ――人の命を奪う都市伝説との戦いの幕があいた。


    『コーン!』
     狐の一鳴き、その瞬間、衝撃が駆け抜けた。
    「可愛いのはもふもふだけじゃなくて腕っ節もか?」
     その衝撃は、決してギャグの領域ではない。蓮二はすかさず構えたCa/Coronaのシールドを拡大、仲間達を包み込んだ。
    「可愛くても、負けないよ……負けないよ?」
     大事な事なので二回言いつつ、メルが逆十字を切った。その直後、ギルティクロスが狐狗狸さんに十字傷を刻む。しかし、狐狗狸さんは怯まない。疾走する巨獣へナハトムジークが、回り込んだ。
    「お前達の中に、仲間外れがい――」
     ナハトムジークの言葉が、途中で止まる。戦う前から考えていた、その挑発に致命的なミスがあった事に気付いたのだ。
    「……一応全員イヌ科だと!?」
     ちなみに。狐は、動物界脊椎動物亜門哺乳綱ネコ目イヌ科イヌ亜科。狗は、動物界脊椎動物亜門哺乳綱ネコ目イヌ科イヌ属。狸もまた、動物界脊椎動物亜門哺乳綱ネコ目イヌ科タヌキ属――三頭仲良く、イヌ科の動物である。
    「でも、お前の鳴き声! たぬーなわけないじゃないか!!」
    『ポ、ポーン! ポーン!』
     裏拳でシールドを狸の顔に、ツッコミ気味に叩きつけるナハトムジークの一撃。ちゃうねん、ちゃうねん、と言うように鳴く狸に、更に容赦の無いツッコミが入る――慈乃だ。
    「それは、腹鼓の音だろ!? 本来狸ってきゅーん! って感じの声だもの」
    「へー」
     慈乃が螺旋を描く槍を繰り出し、蓮二も表情だけは超シリアスに相槌を打つ。ゴォ! と突き出された慈乃の螺穿槍は、しかし、狗の頭が文字通り歯で食い止めた。
    『わおん!!』
     やめろよ、ツッコミいれてやんなよ!? と言わんばかりに一鳴き、狗頭は慈乃を振り回す。そこへ、紫暮が跳びこみ、狗頭の下へ潜り込んだ。
    「ご飯を食べる時は仲良しなようですが、それ以外の時はどうなのでしょう?」
     狗の顎へ拳を振り上げた瞬間、狐狗狸さんはのけぞる――ゴン! と入れ替わりに狸頭の顎が強打された。
    『タ、タ……きゅーん!』
     バチン! と抗雷撃にカチ上げられ、必死に狸頭は鳴き声を上げる。タヌーに戻りかけていたのは、さすがに思わぬ一撃だったからだろう、多分、きっと。
    「もはや、こっくりさんネタの原型もありませんね」
     成実の放った小光輪、シールドリングが慈乃の眼前へ飛びその傷を癒す。霊犬のつん様もどこか呆れた眼差しで蓮二を回復させた。
    「元気一杯、なの」
     テルミンが身振り手振りすれば音が奏でられる――自身と同じ名の電子楽器で奏でた音に合わせ、テルミンは歌姫のごとき澄んだ歌声を響かせた。
    「…………。まったく、気が抜けますが――」
     テルミンのディーヴァズメロディに狐頭がぶんぶんと頭を振る中、慎悟朗が小さく、声にならない溜息をついた後に言い捨てた。そのため息は儀式だ、余分な感情を捨て、目的を果たすだけのモノになるための。その儀式を終え、慎悟朗は狐狗狸さんへと駆け寄った。
    「油断はしません」
     唸りを上げて慎悟朗のオーラに輝き拳が、流星群のように狐狗狸さんを連打していく。狐狗狸さんの巨体は揺るがない、慎悟朗には見向きもせずに狐狗狸さんは蓮二へと跳びかかった。
    「狙うなら狙えよ、大歓迎だ」
     狗頭の牙を受け止めながら、蓮二が言い捨てる。そして、狗頭の牙を引き剥がすと、蓮二はポケットから取り出したつん様お気に入りの犬用の骨を放り投げた。
    「ほーら、美味しいぞー」
    『たぬー!!』
    『お前が食うのかよ!?』
     パクゥッ! と空中で見事に口でキャッチした狸頭に、灼滅者達が思わず全力でツッコミを入れる。
     一事が万事、こんな調子で戦いは続いた。


     ぐったりと狸頭が狸寝入りした狐狗狸さんが、夜の公園を駆け回る。
    「ほーらこっちだよー」
    「わんわん、ごはん、なのー」
     槍の穂先に油揚げを吊るしたナハトムジークが右に、取り出した犬用の骨をテルミンが左に――しかし、狐と狗は反応しない。
    『タヌ、タヌ――ッ!!』
    「お前は働けェ!!」
     狸寝入りしていえるはずの狸が反応するのに、ナハトムジークが油揚げ……ではなく、槍を頭上で回転させ狸へと攻撃を加えようとする。
    『コーン!』
     おっと、でしたら私がいただきましょう、と言わんばかりに身を捻って狐頭がその油揚げを穂先ごと食い止める。そして、狗頭がナハトムジークの胴へと牙を突きたてようとした。
    「えーと、はーい」
    『わーん!』
     じゃじゃーん、と鳴り響かせながらテルミンが骨を投げ放つと、狗頭がそっちへ食らい付く。だったらオレもー、と言うような動きと共に、そのままその場で横に一回転。狗頭は待たせたな、とナハトムジークに頭突きしようとする。
    「おかえりなさい!」
     しかし、もうナハトムジークは受け止めるように身構えていた。槍を盾に頭突きを受け止めるが、その威力に簡単に宙に浮く。
    「……寝るのがお仕事な狸さんよりは頑張ろうかと」
     そこへすかさず紫暮が縛霊手の指先から飛ばした霊力光で、ナハトムジークを回復させた。同意したかのようにつん様もうなずき、浄霊眼の冷徹な視線で癒してくれる。
    「まったく、個別に愛でたいところだぜ」
    「Ja……まったくだね」
     蓮二が導眠符を投げつけ、同意したメルが緋色のオーラで包んだClaimh Solaisを同時に薙ぎ払った。苦痛にのたうち狐狗狸さんへ、慈乃はヒュオン、と鋼糸を操り、そのふさふさの毛並みを切り裂いた。
    「あれだけ動いて仲違いしないとか、ちょっと尊敬しちゃうよ」
     慈乃は場違いに感心する。だが、慎悟朗はその言葉に、一つうなずいた。
    「決して、容易い相手ではありません」
     下段から振り上げた慎悟朗のマテリアルロッドが、狐頭の顎を打つ。ドン! と衝撃に大きくのけぞる狐頭に、成実はすかさず跳躍、狐頭の脳天へマテリアルロッドを叩き込む。
     二発のフォースブレイクの衝撃に体勢を崩す狐狗狸さんへ、成実は小さく笑った。
     ――戦いは、灼滅者達に有利に続いていた。
     三つの頭は役割分担をそれぞれに果たすものの、所詮は一体の都市伝説だ。八人と一体の前に、手数の差で押し切られていく――。
    『タヌー……』
    「ああ、やっぱり寝息はそれなのですね」
     納得しました、と横合いから回り込んだ慎悟朗が、その拳の連打を叩き込んでいく。ダダダダダダダダダダダダン! と丸っこい体が大きく体勢を崩す――そこへテルミンがじゃかじゃかじゃん! と電子音を鳴り響かせて、舞い踊る。
    「そういえば……狐さんは、寝ない、の?」
    『コーン!』
     FOX SLEEP、という言葉を元にテルミンが尋ねるが、狐は寝入る様子はない。パッショネイトダンスによって、踊りと共に放たれた攻撃に、狐狗狸さんは地面に転がった。
    「まだまだ――!」
     立ち上がるよりも速く、跳び込んだ成実の閃光百裂拳が、狐狗狸さんへと降り注いだ。殴られ続けながらも必死に逃れた狐狗狸さんへ、慈乃は影を宿した鋼糸の一閃で切り裂いた。
    「やっちまえ!」
    「はい!」
     慈乃の言葉に答え、紫暮が槍を構えて駆け込む。ゴウ! と横回転を加えた穂先が狐狗狸さんの体を刺し貫く――狐狗狸さんは、たまらず大きく後退しようとした。
    「おっと、伏せ、だ」
     それを蓮二の足元から走る影が、触手となって絡みつく。地面を蹴る前に絡みつかれた狐狗狸さんへ、その小さな体を走らせてつん様は斬魔刀を薙ぎ払う――同じイヌ科であろうと容赦しない、冷徹乙女の勇姿がそこにあった。
    「それじゃあ――」
    「――Auf Wiedersehen」
     ナハトムジークは笑みと共に、メルは振り切るような声色で、別れを告げる。回転する槍が、影の宿る銀の焔が、狐狗狸さんを捉え――薙ぎ払った。
    『コーン』
    『ワン』
    『タ……きゅーん』
     三頭三様の鳴き声を残し、狐狗狸さんは音もなく掻き消えていった……。


    「……あれは、本当に狸だったのか」
     寝息までタヌーであった事に、慎悟朗はしみじみと呟いた。
    「コックリさんお帰りください、ではありませんが……」
     呼び出して用事も終わったのですから、と紫暮は油揚げと骨ガムを公園に供える。狸の好物が何かはわからなかったが、あの様子ならどっちもいけるのでしょう、と紫暮は手を合わせた。
    「今夜はキツネうどんにするかタヌキ蕎麦にするか……悩む」
     しみじみと呟く蓮二の足を、つん様がツッコミを入れるように踏む。そんなやり取りを見ながら、メルは呟いた。
    「私……絶対に、猫・犬喫茶に行くんだ……」
     もう、すっかり夜は更けている。明日は、必ず行こう、そうメルは硬く心に決めた。
     もう、狐狗狸さんはどこにもいない。色々な想いを抱きながら、灼滅者達は戦いの終わった公園を後にした……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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