狂人の真似とて大路を走らば

■リプレイ

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「あーっ、もう！　終電逃がすとか、最悪っ」
　ハンドバッグを振り回し、女は一人夜道を行く。
　大通りを外れた個人商店の立ち並ぶこの一角を抜ければ、愛しの安アパートはもう目の前。そう思えば、自然と足も軽くなるというものだ。
　剥き出しになった街灯に一匹の蛾が飛び込んで、バチリと鳴って死ぬのが見えた。
　女の名は、加納・美咲。
　彼女はこれから、殺される。

●
　陰から影が躍り出た。
　影の名は殺人鬼。
　影の数は三。
　それぞれを、黒鐘・蓮司（狂冥縛鎖・d02213）、千条・サイ（戦花火と京の空・d02467）、月次・永治（須臾命生・d19381）と云う。
「どーも、コンバンハ。
　……今夜の獲物はアンタだ」
「は？」
　ぽかん、と丸く口を開いた美咲の表情は、まるで何も知らない一般人のそれ。
　声を掛けた蓮司の体がぐらん、と沈み込む。
　思いがけない彼女のリアクションに戸惑った――筈も、ない。
「つれない返事やね。ちょお遊ぼや、悪趣味なオネーサン」
　蓮司の陰から撃ち出されたサイのデッドブラスターが、狙い違わず美咲の脳天に突き刺さった。
「ギャッ……！？」
　仰け反る美咲の額には、闇に溶けていく漆黒の弾丸が、二つ。
「……ヒット」
　立ち並ぶ商店の屋根の上から、蒔原・冬季（沈黙の銀弾・d18133）が音もなく飛び降りた。夜の色をしたスカートが、フリルを靡かせ、舞い上がる。
　狙いすました一撃を命中させた冬季は、しかし、汗一つかいた様子もない。狙撃にかかる緊張感などまるで意に介していないかのように落ち着き払い、彼女は素早く位置を変え、美咲の包囲網を固めていく。
「い――痛いじゃない！　アナタ達、何を……」
「何だ、察しの悪い」
　声と同時に、闇が来た。
　闇の中には永治が居る。一般人には目に映すことすら叶わない闇纏いの闇から迫るガンナイフの刃を、美咲の目は確かに認識した――避けられない、一撃だと。
　音も無い。
　声も出ない。
　ティアーズリッパーの一閃が、頸を裂いた。血が飛び、散る。アスファルトが濡れる。
　一歩、二歩とよろめき後ずさる美咲の脇で、蓮司が呟く。美咲の耳に届くように。
「……抉るか、シメるか、挽肉か――それとも内側から壊すか。
　さて……どーしよーかなぁ」
「……もしかして、通り魔？　ならさ、実は私もどぐぇ」
　首と額を手で抑え、明るく何かを言おうとした美咲の胴を、螺穿槍が貫いた。
「……ま、最初は抉るって決めてんだけどな」
「……決断力、あるね」
　ぐり、と更に深く捩じ込む蓮司から距離を取るように、大きく飛び退く美咲。
「だ――誰か、助けてー！
　通り魔、通り魔です―！　人殺し―！」
　すぐさま彼女は、臆面もなく叫び声を上げた。
　これまで幾度も自身がその通り魔であったことを悪びれる様子もない、単なるか弱いＯＬであると自分自身そう信じているかのような悲鳴である。
　無論。助けが来る気配は、ない。
「少し。五月蝿いよ」
　返事は、背後から聞こえた。
「何だかんだ。結構殺してるみたいだね。人殺しのお姉さん」
　ギョッとして目を見開き、振り返った先には――誰も居ない。
「なら。殺されても文句は言えないよね？
　――そんな訳で。死んでもらおうっかなぁ！」
　刃が走る。
　一閃と言わず、二閃三閃。瞬きの間に美咲の全身を斬傷が覆う。
　声の主にして刃の主。影夜・鏡平（嘘吐飢・d12865）は、美咲の死角から彼女を静かに嘲笑った。
「それにしても。なってないね。その程度で殺人なんかをよくも自己表現の手段に選んだもんだ」
　鏡平の言葉に、ようやく得心したかのように美咲は腰に手を当て頷いた。既に額と首の血から流れる血は止まりつつある。
「あ、あー……もしかして、私を通り魔と知っての狼藉？
　ニュースにもなってないのに……アナタ達、闇の仕置人か何か？」
　自身が狙われていることはわかっても、彼女には灼滅者達の素性は知りようもない。自分と同じ通り魔ならば人を呼べば逃げると思ったが、そんな様子は微塵もないし、何故か誰も起きても来ない。
　灼滅者達はサウンドシャッターで音を遮断し、念を入れて魂鎮めの風で周囲の住民を眠りへと誘っていたのだ。
　もっとも、彼らにそんな種明かしをする義理があろう筈もなく。
「準備が、いいのね……」
　美咲は勝手に、襲撃者達が事前に町の人間を全員殺したのだろうと結論づけた。自分ならば、そうする。
　じりじりと後ずさりして退路を探る美咲の背後に、森田・供助（月桂杖・d03292）が立ち塞がった。
　言葉に出さずとも、その鋭い視線が秘めた怒りを十二分に物語っている。
「因果は廻るってな……さんざ殺して来たんだ。
　逆だって、勿論想像ぐらいしてただろ。なぁ？」
「アナタさ。蟻に遊びで踏まれたり、蚊に叩き潰されるかも、なんて心配したことある？」
　人を人とも思わぬその言葉に、怒りをあらわに叫んだのは供助ではなかった。
「てめェ……ふざけんじゃねぇぞ！」
　駆け出した遠藤・穣（高校生デモノイドヒューマン・d17888）の利き手がごわり、と変化する。一瞬の内に巨大な刀と化したその腕を見て、美咲は目を丸くした。
「なにそれ、私のとそっくり！」
「俺はてめぇらとは違う！　絶対に、違う！」
「またまたぁ！　同じよぅ、その力！」
「違う！」
　美咲への――そして、デモノイドロードという存在への怒りを込めて振るわれたDMWセイバーが、美咲の脚を掠めた。
　美咲は、宙に跳んでいた。
　人ならざる力で供助や穣の頭上にまで一息に跳躍した美咲。その腕もまた、いつの間にか人間のそれではない。
　己の腕を一振りの刀へと変異させるデモノイドの力――それは紛れもなく、DMWセイバーだった。
「ほら、一緒だ！　人殺し専用の力だよ！」
「この――ッ！」
　変異の刃は穣ではなく、供助に向けて振り下ろされた。
　供助はその刀を見ていた。変わらず、鋭い、怒りの眼差しで。
「俺の後輩を、テメェみてぇなクソと一緒にすんじゃねぇよ」
　ザグン、と、刃の中程までがアスファルトを斬り裂き、埋まった。
　アスファルトのみを斬り裂いて。
「ナニよ、コレ……」
　影縛り。街灯に照らされた供助の影が伸び、美咲の体を絡め捕り、縛り付け、その右腕を逸らしていた。
「人を嘲り、報いを受ける覚悟もないのなら」
　新たな声のする方に向き直った美咲は、その声の主――鏡・瑠璃（桜花巫覡・d02951）の、女と見まごうばかりの美しい顔立ちも、その身に纏った薄桜色の千早の衿も、見ることはなかった。
　美咲の視界の全ては、己の眼前に迫る鬼神変の拳に覆われていたのだ。
「因果が廻るよりも早く、潰えろッ！！」
　ぐしゃあ、という擬音では物足りない、砕け潰れる音がして、美咲の体は右腕を地面に残したまま跳ね跳び、そうして叩き付けられた街灯のステンレスのポールをひしゃげさせた。
　ビクンビクンッ、と捩れた体を痙攣させながら、美咲は、変わらぬ口調でブツブツと呟いている。
「痛いなぁ……今日は半月じゃないのになぁ……。
　でも、ま、仕方ないよねぇ……」
　震える度に、美咲の体は膨らんでいく。
　悶える度に、その身が青く染まっていく。
　まもなく美咲の体から、人間であった片鱗は失われた。
　デモノイド。身も心も、振るう力をも異形の姿。
「ま……こっからが本番いうことやろか？」
　今更その有り様に動じる者はない。灼滅者達の内心を代弁するかのように、サイはへらりと微笑って言う。
　のそり、と美咲の巨躯が体を起こした。
「コーなったら……レンゾクサツジンよりサキに、タイリョーサツジンで、ナをウりましょうか」
　声帯の形も変われば、当然声質も変わるのだろう。人ならざる声色で、美咲は如何にも楽しげに嗤った。
「…………人を殺してまでも自己を主張したくない、わね」
　そう呟いて冬季は、そして灼滅者達は、静かに美咲の包囲を固める。
「そこまで狂ってしまっているのならどこかで止めないと、ね。
　……その為なら、この手が血に汚れるのも構わない」
　瑠璃の彼岸桜から、風の刃と戦いの音色が掻き鳴らされた。
「――さて、グランギニョルの幕を引きましょう」

●
　デモノイドと化した美咲は、強かった。
　戦闘技術は稚拙の一語。が、単純な力技がそれを補って余りある。影の戒めを強引に振りほどき、刃の一閃を並外れた反応速度でかわしてのける。刃の腕は先程は比べ物にならない速さで振るわれ、強力な酸性の体液がアスファルトと灼滅者の命を削った。
　一対一であれば灼滅者に勝ち目はなかったろう。
　しかし、彼らは一人ではない。
「させへんよっ！」
　冬季を狙ったDCPキャノンの死の光線を、サイは身を挺して受け止めた。
　黄昏色の彼のオーラが光線の威力を最小限まで押しとどめるも、着実にその体から生気を奪っていく。
　膝をつくサイの口元から、しかし、笑みは消えない。
「――ありがとうございます」
「なあに、かまんて。気にせんでええよ」
　サイの背後で冬季は、バスターライフルを狙い定めた姿勢のまま、微動だにしていなかった。
　即座に、撃つ。
　一瞬を狙いすまして放たれたバスタービームが、美咲の肩先を灼いた。
　冬季のスナイパーとしての才能は並ではなかったが、美咲は既に術式に依った冬季の攻撃を見切りつつある。初弾の様に急所に撃ち込むのは難しい。
「カズのボーリョクとか、ヒキョーだよね！」
　憎々しげに叫んで、美咲はまたも跳んだ。その足元にまで迫っていた、永治の影が虚しく空を切る。
「ほう」
　勘だけで美咲が攻撃をかわしてのけたのを見て、永治がぽつりと呟く。技術がなくとも本能だけでこれだけ動かれれば、如何に不意をついたとしても、今の姿の美咲に攻撃を当てるのは簡単ではない。
　しかし、これでよかった。影で捕らえずとも、空中に跳べば逃げられないのは同じ事なのだ。
「ちょっとは。筋が良くなってきたんじゃない？
　でも。これならどうかな！？」
　商店の壁を蹴り上がり、鏡平が美咲の更に上を跳ぶ。
　頭上に勝る死角はない。絶好の位置から撃ち出されたホーミングバレットを、なんと美咲は空中で腕を振りぬき、強引に刃の先で弾き飛ばした。
　美咲にとっての会心の防御だったが、無理のある動きに姿勢が崩れる。
　灼滅者達の攻撃は、未だ止んでいない！
「ヤバ……！」
　ただ落ちるだけの的となった美咲の体を渦巻くビートと風の刃が斬り刻む。
　おおよそ神楽の衣には似合わない、12弦のギターが奏でるHR/HM。
　優雅な舞の中に紛れて激しく踊る指先とピック。
　防御を顧みず奏でられた瑠璃の神薙刃は、この場の誰よりも勝りうる威力がある。
「ギャッ！？　……グゥ……ッ！」
　美咲が地に落ちた時、供助のソーサルガーダーと穣のエンジェリックボイスが既にサイの傷を癒していた。
「どうも、おおきにな」
「なぁに、気にすんなって！」
「してへんよ？」
「……」
　……美咲は強い。
　だが、一撃で一人の敵しか狙うことができない以上、回復も集中されればキリがない。一人に狙いを定め、癒しきれない致命傷を負わせようにも、複数人でかばい合い、狙いを一点に絞らせない。
　加えて、美咲の体は種々のBSに侵されていた。強靭な青い表皮はズタズタに裂かれ、その上を幾人もの影が這いまわり、束縛する。体内を回る漆黒の毒が一分一秒ごとに自身の体を蝕んでいることに、美咲自身も気がついていた。
「さぁて。次は、グシャグシャに挽きますか」
　拳を鳴らして近づく蓮司の姿が目に入る。
　逃げ道はない。助けも来ない。
　初めて、美咲の脳裏に自身の死という可能性が浮かぶ。
　ふらふらと巨躯を揺らして立ち上がった美咲の全身を、蓮司の拳が隈なく挽いた。
　ズガガガガッ、とガトリング砲の如き轟音が戦場一帯に鳴り響き、美咲の体を吹き飛ばす。
　鬼の哭く声さえも絶ち、闇へと堕とす閃光百裂の拳。
　青い肉片を撒き散らして、美咲の巨体が地に沈み――は、しない！
「イマだッ！」
「何ッ！？」
　美咲は再び、その巨躯の全力で跳んだ。上ではなく、前に向けて。
　加速する美咲は、勢いをそのままに全身の傷跡から強酸の体液を噴出する。
　DESアシッド――その狙いは、穣！
「ヤけタダれようよ、ワタシのおナカマ！」
　ジュゥゥウウ！　と、肉を溶かす不快な音が響く。溶解するアスファルトとはまた異なる悪臭が鼻を突き、うごめくような痛みを伴った熱が一瞬遅れて広がった。
「があああぁっ！？」
「遠藤ッ！！」
　致命傷ではない。だが、続けて受ければ或いは、戦闘不能に陥るであろう威力の一撃。
「ドーしたの、ワタシとオンナジならさぁ！　タってハンゲキしてみなよ！　コレとオナジのも、ツカえるんでしょう！？」
　この戦いで灼滅者達の回復の要となっている穣を殺せば、或いは押しきれるかもしれない。甘い望みだが、逃げる術も封じられ、不意打ちで生命力を消耗していた美咲の、これがラストチャンスだった。
「何度も、言ってんだろうが……俺はテメェとは、違うってよぉぉぉおお！」
　怒りを込めて、穣は叫ぶ。叫んだその声が――そのまま、天上の音階へと変わっていく。
　エンジェルボイス。この戦いの傷を癒し続けた、天使の歌声。
「ウッ……」
　美咲は、最悪の事態を悟り、たじろいだ。
「……俺がブチキレて、殴りかかると思ったか？
　何度も言わせんじゃねぇよ。俺は、てめぇとは違う」
　一撃で穣を殺せなくとも、この挑発で攻撃を誘い、自己回復を遅らせれば、次の攻撃で確実に仕留められる。
　そう考えていた美咲の目論見は脆くも、崩れた。
「安心しろ、遠藤。
　……お前の分まで、こいつをブチのめしてやる」
「ヒッ……」
　供助の怒りの眼差しが、美咲を鋭く射抜いた。

●
「ドーすればいいの！？　ジシュしてもいい！　もうコロすなっていうならコロさない！」
「いくら何でも、見苦しすぎんかなぁ、オネーサン？」
　サイの微笑も思わず苦笑に変わる。　
　穣を倒せず、それから幾度かの攻防の後。
　美咲は、膝をついて命乞いを始めた。ロードからただのデモノイドに堕ちない以上、改心のつもりがないことは明らかだ。
「ヒトゴロしなのは、イッショでしょう！？　アナタタチだって、どうせ、ナンニンも……」
「殺すことの是非など問わない。甘え腐ったって生きられる彼岸、清濁など必要ない。
　ただ殺す。それだけだ」
「ナニよ、それ！　イミワかんない！」
「『だから。何？』ってことさ」
　突き放す永治。嘲笑う鏡平。
　蓮司は無言で、マテリアルロッドの先端を美咲の額に押し当てた。
「マッて……ワタシ、このまま、ダレにもシられず……」
「えぇ。貴女の名前が記録に残る事はもうない、わ」
　冬季の言葉に、美咲はデモノイドの姿のままに泣き叫んだ。
　彼女がこれまで殺めてきた、罪のない人々のように。
「イヤ！　そんな、おネガい、タスけ」
「――運が悪かったと、思ってくださいよ」
　パン、と。
　美咲の頭が、弾けて飛んだ。

作者：宝来石火	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年8月2日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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