日曜日の十三時を五分過ぎた頃、その人はいつも喫茶店の同じ椅子に座る。
その横顔を、やはり決まった席から眺めるのが、瑠理香のここ一年ほどの日課となっていた。
ランチプレートにコーヒーで、とマスターに注文する低い声が好きだった。
こっそりピーマンを残す癖が、可愛いな、と思った。
食べ終わってから煙草を一服吸う姿が、大人っぽいな、と思った。
日曜日の午後にこんなにゆっくりしてるなんて、彼女いないのかな、と思ったけど、告白する勇気はなかった。あまりにもその人は大人すぎるし、その人の視界に入らないよう席を選ぶ自分に、その人は気付いてすらいないかもしれない。
――なのに。
裏切られた、と思った。
今日突然、その人は女性と腕を組んで来た。
ランチプレートにコーヒー、それにケーキを付け加えて。いつもの低い声ではなく、浮き立つように少し高い声。
ピラフのピーマンを残そうとして女性に怒られ、しぶしぶ食べる様子は子どもっぽく。
女性の前では、煙草は吸わないらしい。私がいる時は堂々と吸っていたのに……!
こんな『その人』を、瑠理香は知らない。
心がぐるぐるする。どきどきする。いらいらする。きりきりする。
その感情を嫉妬、という言葉で表すには、瑠理香はまだ幼すぎた。
その感情を諦め、に変えて片付けるには、瑠理香の恋は強すぎた。
――どくん。どくん、どくん、どくんどくんどくんどくん。
「きゃあああああああああああああああ!」
女性の悲鳴。
気が付けば巨大化した腕が、彼の喉笛を締め上げていた。
食い込む爪。流れる血。
「……あはっ」
これで彼の命は、私のもの。
エイエンニ、ワタシノモノ――!
「中学1年生かー……恋に恋するお年頃ってくらいだもんね、勝手に思い込んで裏切られたって思っちゃうもんなのかね」
ふぅ、と溜息をついてから、「でもまだ助けれるかもしれない事件だから!」と嵯峨・伊智子(高校生エクスブレイン・dn0063)は灼滅者達に向き直る。――少なくとも、少女……鷹野・瑠理香が恋した青年と、その恋人である女性を救うことはできる。
「それに、瑠理香ちゃんもまだ、瑠理香ちゃん自身としての意識を残してんだよね。もし灼滅者の素質を持ってれば、助けられる」
灼滅者の素質があるならば、救出を。
そうでなければ、灼滅を。
「どっちにしろ戦って、一旦ダークネスをやっつけなきゃいけないけど……とにかく言える事は、もし瑠理香ちゃんがこのカップルを片方でも殺しちゃってたら、完璧に闇堕ちしちゃう可能性も高いと思う」
だからこれ以上誰も傷つかないようにお願いしたいんだよね、と伊智子は言う。
もう既に、彼女の心は失恋に傷ついているのだから、と。
「割り込める状況は瑠理香ちゃんが羅刹の力を使って、自分の席から立ち上がったその時だね。事前に喫茶店に入店して、そのタイミングを伺うことはできるけど、直接カップルか瑠理香ちゃんに接触すると、バベルの鎖で危険を感知して、逃げちゃう可能性が高いから気を付けて」
普段は客足がそんなに多くない喫茶店だから、マスターくらいは不思議に思うかもしれないが、嫉妬に呑み込まれた瑠理香やラブラブのカップルは、少し客が増えたくらいで不思議に思う事はないだろう。
「瑠理香ちゃんは、神薙使いと同じサイキックを使って戦って来るよ。特に攻撃力がかなり高いけど、配下は連れてないみたい」
そして、彼女の力を削ぐ方法がある。
それは、彼女に残った瑠理香自身の心に、訴えることだ。
「瑠理香ちゃんね、もう1年も片想いしてたんだって。でも、この恋は諦めなきゃいけない恋だよね。……こういう話聞いたことあんだけどね、ゆっくりゆっくり切られるより、すぱっと一発斬られた方が傷の治りって早いらしーね」
ちょっとしんみり言ってから、伊智子は再び口を開いて。
「瑠理香ちゃんのこと助けたげれたら、武蔵坂学園に誘ったたげてほしーんだよね! ほら、失恋の後だし環境がらっと変えちゃうのもいいかなって!」
明るく声色を変えて、伊智子は灼滅者達を送り出した。
参加者 | |
---|---|
九鬼・宿名(両面宿儺・d01406) |
犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889) |
高坂・由良(薔薇輝石の乙女・d01969) |
結城・桐人(静かなる律動・d03367) |
邪聖・真魔(逢魔ヶ刻の美辞麗句・d03748) |
高柳・綾沙(泡望落月・d04281) |
レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861) |
薛・千草(ダイハードスピリット・d19308) |
いつになく賑わう喫茶店は、いつになく緊張を孕んでいた。
そっと九鬼・宿名(両面宿儺・d01406)はコーヒーのカップに口を付けながら、店内の配置や非常口の位置を確認する。一口飲んでふ、と息を吐けば、鷹野・瑠理香の姿が目に入った。
(「ずっと誰かのことを考えるって、すごいエネルギーやと思うんや。でも、それを外向きに出さなかったら……結局何も起こらないってことなんかもな」)
同じく瑠理香を見ていた邪聖・真魔(逢魔ヶ刻の美辞麗句・d03748)の拳に、ぎゅ、と力が入った。想う人、誰よりも大切な人がいて。好きな気持ちで狂って闇堕ちしそうで……そんな真魔には、瑠理香の気持ちは痛い程わかる。
その痛みを知るからこそ――、
状況は違えど、同じように叶わなかった恋を経験した高坂・由良(薔薇輝石の乙女・d01969)にとっても、放ってはおけないという思いが強い。仲間達の深刻そうな顔を見回したレイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)のグラスの中で、からん、とミルクとガムシロップで不透明な薄茶に染まったアイスコーヒーの中、氷が揺れる。
恋愛の話は得手ではないが……自分の気持ちを伝えることが苦手と思うのは、結城・桐人(静かなる律動・d03367)も同じだ。だから、放っておけない。
「恋とは難しいものですね」
小さな、仲間達にしか聞こえぬような声で、薛・千草(ダイハードスピリット・d19308)は呟く――ソーサーに置いたコーヒーカップが音を立て、手の震えを伝えたことを隠すように。
狂愛に堕ちた人を、千草は知っている。堕ちた種族も、同じ羅刹。
――今回は、救えるだろうか。初めて請けた、救出の可能性ある依頼に、気丈に振る舞えど心には緊張の波が満ちる。
(「このままでは彼女にとっても憧れの相手にとっても、誰にとっても幸せになれない」)
だから凶行は――絶対に、阻止しなければ。
決意を胸に、高柳・綾沙(泡望落月・d04281)は紅茶を口に運ぶ。じりじりと高まっていく感情が爆発する一瞬を、見逃さぬよう瞳は向けて。
一番出口から離れた一般人の隣の席で、犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)はコーヒーカップ片手にタイミングを伺う。
(「生憎と恋愛事には疎いので……私からは気の利いた言葉は掛けられませんが」)
けれど彼女が重大な過ちを犯さぬよう、一般人を無事避難させることもまた説得の一部。だからこそ――。
ダンッ!
瑠理香が立ち上がった瞬間、灼滅者達は行動を開始していた。
めきょりと瑠理香の腕が異形へと変じた時には、既に瑠理香の道を塞いでいる。
「……待ってくれ。話がある」
「何よ、邪魔しないで!」
静かに口を開いた桐人に向けて、異形の腕がぶんと風を切って振り下ろされる。オーラを輝かせてそれを受け止めた桐人の横から、レイシーの槍が回り込もうとした瑠理香を食い止め、そこに由良が仲間達の盾となる決意を込めてシールドバッシュを叩き付ける。さらに後ろに回り込んだ真魔の刀が、瑠理香の腱を断ち動きを鈍らせる。
「危ない、外に逃げてください!」
宿名が大声を上げ、戸惑う客達に素早く瑠理香達とぶつからない出口を指し示す。沙夜がコーヒーに蓋をかぶせると同時に反対の手で唖然としていた一般人の腕を掴み、さらにもう一人を引っ張って出口へと向かう。
その間に綾沙が慌てて立ち上がったカップルの二人を「大丈夫です。彼女が落ち着くまでの辛抱です」と庇いながら瑠理香と反対側の非常口に向かい、千草は咄嗟に諍いを止めようと飛び出したマスターを「ここは私達が」と言いくるめて何とか出口へと押しやった。瑠理香が逃げ出したカップルを追うような動きを見せれば、戻ってきた沙夜が素早くテーブルを壊れないほどの力で蹴り上げ視界を塞ぐ。
扉を閉め、さらに千草が戻ってくる者がいないよう殺界形成を使う。これで一般人に被害が出ることは、ないだろう。
「我が母も娘かわいさで闇堕ちした身、なれば今度こそは救ってみせましょう」
そう呟いて千草は、「私の旋律で舞っていただきます」とカードを掲げ力を解放する。鋼糸仕込んだでんでん太鼓を持つ手は震え、着慣れない武装ジャケットが息苦しく顔は蒼ざめ唇は震えていても――舞の仕草に込める情熱は、失われるどころか強く、強く燃え上がって。恋したことはないけれど、恋される側の重さを知るからこそ。
彼女を狙った風の刃を、すっと桐人が体を滑り込ませ受け止める。「ありがとうございますっ……桐、人さん」と僅かに上ずった声に、普段から鋭い視線を幾分緩めてこくり、と桐人は頷いて、瑠理香に張り付くようにし仲間達を守りながら隙を見て拳を、神薙の刃を叩きつける。癒しと守りのシールドリングが、そんな桐人を守るように綾沙の手から飛ばされる。
どくん、と胸に漆黒のマークを浮かべた沙夜の鋼糸が、しゅるりと瑠理香の体を絡め捕る。
「自分の気持ちが伝わらないって、恋に限らず辛いもんだよな」
恋じゃないけど俺もあったよ、そういうこと。
そう、レイシーは瑠理香の心に寄り添うように、視線を合わせて。彼女を支配する羅刹の力を削ぐべく、閃光を纏った拳を叩きつけて。
「でもさ、恋を諦めなきゃいけないときに大事なのって、相手の幸せを祈ってやることじゃないか?」
「嫌っ、諦めたくないの!」
「自分が悲しいのを何とかするってのも時には大事だけど、相手を殺しても自分のもんにはならないんだ」
「だって……殺しちゃえば、あの人はもう他の女の子を見ない!」
頑なに抗うのは支配しようとする羅刹の心ゆえか、それとも初恋を無残に散らした少女の自己防衛本能か。
怒りを宿して己に向かう風の刃を、由良はWOKシールドの出力を一際上げて受け止めて。
「わたくしも、初めて好きになった相手には、その時もう他に大切な人がいましたわ」
その言葉に、瑠理香ははっと目を見開く。同じ、と小さく、唇が呟く。
「仲睦まじげな様子を見る度、見せつけられているようで、悲しくて、苦しくて……何よりそんな気持ちになってしまう自分が惨めで嫌でした。苦しいのも、悔しいのもわかりますわ!」
霊犬のアレクシオに回復を任せ、由良はシールドを叩きつける。己の思い出した苦しさ、悔しさ、それゆえの瑠理香への共感をぶつけるように。
「だったら……私のこと、止めないで……苦しくて、悔しいの、わかるんでしょ……」
異形と化したままの腕が、ぎゅ、と握り拳を作る。爪が食い込むほど、強く、強く握り締められる。
「恋に狂う鬼、かぁ」
宿名の目には、少女の頭に生えた羅刹の角が、そして恐ろしくも悲しく歪んだ顔が、鬼、という言葉に相応しく映る。
「どんな気持ちでも、それだけで他が無くなっちゃったら狂うのかもね」
大鎌をくるりと振り回し、遠心力で闇を斬り伏せながら宿名は小さく呟いた。それが耳に届いたのか、ふ、と千草が一瞬目を伏せ、けれどすぐさま糸を操り瑠理香へ迫る。
「……届かぬ想い。気持ちが抑えられず、暴走してしまうンは、俺にもようく分かる」
「だったら……止めないでっ!」
そう叫ぶ少女を、真魔はけれど必死に食い止める。鬼に変じた瑠理香の右腕を受け止めるのは漆黒の影、懐に飛び込んだ拳は幸い見切られることなく羅刹の腹に埋まる。
「君は、今君の前に立っている俺の心が分かる、か?」
唐突に、けれどはっきりと、桐人が口を開いた。突然の問いに逡巡してから少女は、「……わかるわけないじゃない」と視線を鋭くする。
「だと、思う。俺も君の気持ち、全部は理解出来ない」
「だったら理解なんてしてもらわなくても……!」
「……自分の気持ちを少しずつ口にして、そして、分かり合わないといけないんだ。乱暴な手段ではなく」
だから、伝わらなかったんだ。
はっと息を呑んだ少女は、己の腕を見つめる。
それが生むのは、想いを伝えるのではなく、想いを壊す乱暴な手段だ。
「そのように苦しむのであれば、いっそ捨ててみればいかがです」
千草の言葉に、瑠理香はきっと振り向く。「嫌っ……だって、私っ!」と言葉にならないまま反論しようとする少女に、千草は糸を引きながら静かに続けて。
「捨てて、また新しい生き方を見つければ良いではないですか」
「そんな、簡単に……無理だよっ!」
闇雲に振り回され、灼滅者達に叩き付けられる鋭い爪と重い異形の拳。綾沙が必死に癒しの矢を番え、何度も天星弓を引き仲間達を癒して行く。
「もし縁が途切れてしまった気がしたのなら、その縁は多分『これから』のお前にそぐわなくなった、ということなのではないか?」
戦いの時特有の幾分素に戻った口調で、綾沙は問いかける。必死に否定するかのように、瑠理香は首を振る。
「でも、想いをただ闇雲に押し付けても駄目だで……。相手を深く傷付け、己も苦しめてしまうからな……」
諭すように少女にかける言葉には、己の経験が強く影を落としている。
想いが上手く届かなくて。何とか自重しようとしても上手くいかず。暴走しては――相手も自分も傷つけた。
その痛みを知るからこそ、同じ苦しみを少しでも取り去ってやれるのなら。想いの鎖から解放してやれるのなら。そう真魔は唇を引き締め、かわされた刀を引き戻して神薙の刃を弾き飛ばす。
「まあ相手を想うだけでなく、相手の気持ちを汲むこともまた大切な事ではないでしょうか?」
恋とは一方通行です、と呟いた沙夜は、誘惑の歌声を張り上げて。
「そう、瑠理香さんが欲しかったのは彼の気持ちで、力づくでは手に入れられるものではないって、わかっているでしょう? だから……、そんな力に流されずに、貴女自身で、その恋を終わりにしてあげましょう?」
こんな形で、貴女の大切な想いを、初恋を汚したりしないで。
そんな衝動に負けないで――!
由良だって思い出せば苦しい。胸をせり上がる気持ちは辛い。けれど、それすらも大切な初恋。大切な想い。
「わたくしは、恋する乙女の味方ですの!」
だから手を伸ばす。一人の女の子が、初恋を血で汚さず、苦くも甘い思い出にできるように。
「嫌……でも、終わりに……でも、諦めたく、ないっ……殺しっ……違う……」
少女の唇から紡がれる言葉が、混濁する。瑠理香の意識と、羅刹の本能が拮抗し、彼女の心の中で戦いを繰り広げているのだ。
「かつて愛した者と、自分とを傷つけ、自ら殻に閉じこもるのを見過ごすわけにはいきません」
そう、千草は言って、己の腕をも鬼神に変える。瑠理香の鬼神の腕を受け止め、弾き、そのままもう一度叩きつける。
「もしお前が今、辛くて悲しいなら、次にやってくる縁はその痛みを乗り越えただけの価値があるステキなモノなのではないかと思う」
す、と拳を叩き付けるふりをして、それが避けられた瞬間素早く綾沙は弓を引いた。至近距離から叩き付けられた彗星の如き矢は、瑠理香からサイキックの加護を奪い。
「なんか俺、恋とかそういうの疎いって思われるみたいだけど、これでも恋多きオトメなんだぜ?」
くい、と自分を親指で指して、レイシーはにかっと笑ってみせた。
「大抵の場合友達として好き、で終わるだけでさ。人との関係って楽しかったり嬉しかったり悲しかったり辛かったりするけど、いろんな感情を持つって大事だと思うんだ」
だから、今の辛くて悲しくてどうしようもない気持ちも、大切なのだと。
「今は辛くても相手の為に我慢して、違う幸せを見つけるか、いつか振り返ってもらうのを待つか……女の子って、そうやって大人になってくもんだと俺は思うぜ」
「おとな、に……」
呟いた瑠理香の瞳から、ぽとん、と涙が落ちる。
助けられる。
まだ、助けられる。
そう確信した沙夜は、デッドブラスターとトラウナックルによってダメージを累積させる戦法に切り替える。辛いトラウマが、けれど闇との戦いを早く終わらせることができるなら。
「きっとそのエネルギーちゃんと外に向けたら、素敵な恋愛できると思うんや」
ぶん、と大鎌を大きく振って、宿名がその勢いで鬼神に変えた反対の腕を叩きつける。爪痕と共に体が大きく揺らぎ、ふ、と膝が砕ける。
「想う以上……両想いが一番だろうが……。例え……叶わなくても、恋である事に変わらぬ」
お前さンが誰かを何より大切に思い、恋した事は……ちゃンと覚えとく。
そう、真魔は少女の恋心を受け止める。
「だから今を乗り越えよう。今だけは、泣いたって何だっていいんだから」
綾沙がすっと影でフェイントをかけてから、拳を叩きつける。少女の瞳から零れる涙は、まだ人間である証と頷いて。
「……もう苦しまなくてもいい。今、其の想いの鎖から解放してやる」
「今度は間違わない為にも……戻ってこい」
真魔と桐人の拳が、交錯した。少女を乗っ取ろうとした羅刹を、中心にして。
声もなく倒れ伏した少女は――光を取り戻した瞳で、灼滅者達を見つめて。
その瞳に、新たな涙を浮かべた。
「学園には沢山の素敵な殿方が居る。もっと素敵でお前さンだけの人がきっと。……一緒に幸せを掴もう?」
真魔が差し伸べた手に、ちょっとだけ待って、と瑠理香は言って――床にへたり込んだまま、わっと泣き出す。
「無理に忘れようとせずに……気が済むまで泣けば良いですわ! それだけ誰かを好きになれたってこと、とっても尊いことだって思うから……!」
そっと由良は大粒の涙を流して嗚咽する瑠理香の肩を抱く。「女の子は恋をする度に綺麗になりますの。次はもっと素敵な恋が出来るって保証しますわ!」と、己も今はもう大事にしてくれる人をちゃんと見つけたから、と拳を握って力強く励ませば、こくり、こくりと泣きながら瑠理香は深く頷いて。
嗚咽は、徐々に治まっていく。小さく呟かれたのは、ありがとう、の言葉。
「そだそだ、気分転換にウチの学校来てみる? ……ホラ、レベル高いでしょ?」
「……素敵な人がたくさんいる。友達にせよ、恋愛の相手にせよ」
だから、行こう。
真魔がもう一度、そして桐人が差し伸べた手は、ぎゅ、と握り返される。
綾沙の軽口には、涙に濡れてはいるけれど微笑みが返ってくる。
「恋とは難問。ですがお手付きはございません。何度でも、何度でもやり直してみましょう」
そう言って、千草はほっと微笑んだ。緊張が解け、助けられた安堵と喜びに染まった微笑み。
無事に残っていたコーヒーを、沙夜は飲み干した。すっかり冷めたコーヒーが、美味と思うのは――誰もが、無事だったから。
「他の気持ちが無くなって狂うんやったら、鬼と人って何が違うんやろ……僕を殺すために育てた『あの人』にも聞いてみんとなぁ」
宿名はそのままそっと、人と鬼の間で揺らぐ己の心へと視線を移すかのように瞳を閉じた。
――鬼との戦いを抱えることになった少女は、もう一人。けれどきっと、前を向いて、歩いて行ける。
作者:旅望かなた |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年7月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 3
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