天然石と語る

    作者:高遠しゅん

     ある夏休みの一日。
     偶然通りかかった学食の片隅で、いつもの手帳と何かのパンフレットらしき小冊子を開いている櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)を見かけた。
     休み中の有事に備え待機しているのか、と問えば。
    「自宅のエアコンの調子が悪く、修理に数日かかるというのだ。あんな暑い家にいられるものか」
     違った。涼を求めているだけだった。
    「ここが最も落ち着いて、自由の利く場所とわかったのだ」
     夏休み中でも頻繁に出入りする灼滅者のために、学園の一部の区域は空調が入れてある。
     何カ所か近所を回って、居心地の良さを比較したのだという。
     なかなかに残念な発言だった。
    「しかも、行きつけの鉱石屋に、状態の良いラブラドライトが入荷したと連絡がきているのに、毎日がこの暑さだ。出歩く気にもなれず、つい先延ばしにしてしまった」
     訊けば、その店は天然石を扱う店舗で、主な商品は水晶クラスターなどの好事家が喜びそうなものばかりだが、天然石アクセサリーを作るコーナーを併設しており、女性客に人気らしい。
    「そろそろ取り置きも迷惑になる。これから向かおうと思うのだが、もし興味があれば、どうだろうか?」
     伊月は鉱石のパンフレットを手帳に挟んで片付けた。

    「石はよい。地球が何千年もかけて創りだし、全く同じものは一つとして無い。偶然を経て巡り会いそれを手にするなど、奇跡のようだと思わないか?」


    ■リプレイ

    ●いしとかたる
     棚を埋め尽くすのは、色も形も様々な天然石の数々。
     どれだけの年月を旅してきたのかと千尋は小さく溜息をついた。ケースに入った日本式双晶を前に、これから先、どんな物語を紡ぐのかと思いを巡らせる。
     静謐な時間の中、美緒はハウライトの欠片を掌に乗せ、紋様に指先を沿わせた。どんな石にも記憶がある、きっと知識も持つのだろう。小さな欠片が応えた気がした。
     棚の間をゆっくりと、流希は石を眺めて歩く。
    「きれいですねぇ……」
     石は言葉無くとも何か語りかけてくるようで。
     見慣れた石と始めて見るような石。紫翠は一つ一つを丹念に見比べながら思う。
    (「魔除けにもなるんだっけ?」)
     試してみるのも面白い、と唇を綻ばせた。
    「私とこの石は出会うべくして出会ったのですよ!」
     璃理は故郷の石と信じて疑わない、隕石の小さな欠片を店員に指し示す。縁とは巡り巡るもの。

    「私にも拝見させて頂けませんか?」
     飛良の言葉に、伊月は真剣に選んでいたラブラドライトの磨き石を指した。
    「宇宙のように思えてね。集め始めたらきりがなくなった」
     同じ物は一つとして無く、どれも違った顔を見せる石。気持ちは分かると飛良も頷く。
    「あれ、ペリドットないんだ」
     アイリスの小さな呟きが伊月の耳に届いた。
    「今無いならば、縁があれば、また入荷するだろう」
     そういうものかと棚に目を移し、アイリスは手頃な水晶クラスターを手に取った。
    「インテリアに石を置こうと思ってるんです」
     伊月と石について話し込む百花。青緑のアパタイトを手に、百花は見守っていたエアンと瞳を合わせ微笑んだ。
    「良さそうな石を見繕ってくれないか?」
     折角だから、とエアンも続ける。
    「ヒマラヤ岩塩のランプはどうだろう。光が柔らかく暖かい」
     伊月は淡い橙色の岩塩をくり抜いて作った、テーブルランプを示した。

     ケースに入った小さな緑の欠片。エメラルドを手に取った冥は、光を弾くそれを友人に見せてみる。
    「これ、お前さんによく似ていないか」
    「順応性・精神的平和、ねえ……」
     そんなふうになれたら良いと、シュウもまた目を眇める。
     弟、織久への守り石にと紫のエンジェルシリカを覗き込むベリザリオ。織久が選んできたアメジストを見て紫の瞳を潤ませた。
    「……この色がいい」
    「わたくしの目の色ですって?」
     弟がかわいくて生きるのが楽しいですわ! と心で吠えた。
     互いに石を選び合おう、と店内を探して回るオリヴィアと蒼埜。蒼埜は淡い緑のグリーンファントムクォーツ、困難を乗り越える石。
    「蒼埜に贈るなら、これかな……愛しい僕の空に、ね」
     卵形に磨かれたセレスタイト、天青と呼ばれる不思議な青色は蒼埜の胸にも染み渡る。
     ずっと硝子ばかり見てきたけれど、こういう店も悪くない。一心に棚を覗いていたあきつは、悠花が横から指す石を意外な目で見た。
    「神秘的な感じ、あきつさんにぴったりだと思います♪」
     虹を含む月長石を指して悠花が見上げる。そうなれたらいいと、あきつも思い
    「コレとか優花っぽいな」
     淡い桃色した紅水晶を指せば、花のように悠花が笑った。
     瞳輝かせ棚に貼り付く燐音が言う。こういう原石ばかりの店はあまり無いのだと。
    「原石そのままのは、内蔵物まで堪能出来る浪漫に溢れてるの!」
    「何事も純粋なのが可愛いってやつ?」
     狭霧は相棒の言うがままに手近な原石を手に取る。水色のラリマー、言葉は『愛と平和』。
    「ミカドの瞳と、鉱石ってちょい似てるよな」
     緑と紫の八面体。蛍石の欠片を掌に転がして錠が言う。内面に力を秘めている印象と、綺麗な所が。
     透けるような色合いの石に目を引かれながら、啓は返答を迷う。代わりに
    「……値段」
     一番レアと言われる石は、それなりに値が張る物で。土産はまた来たときにと、穏やかに囁いた。

    「オーリングテストってのは……」
     慧杜の提案により【分水嶺】の四人は代わる代わる石を手に取り、合う石を探していく。
    「エルはマラカイトか、エメラルドかな」
     怜示の勧めでエルメンガルトは小さなエメラルドのケースを持ってみる。
    「うん、開かない! オレに必要な石なのかな。ツヅルの琥珀も綺麗だね」
    「もっと黄色っぽいと思ってた」
     太古の蟻が閉じ込められた黄褐色の石を、灯りに透かしてみる綴。
     慧杜も選んだ柘榴石を掌に乗せ、笑みをこぼした。

     【ウルフカオス】の面々も、興味津々に棚の石に見入っていた。
    「カバンサイトって金平糖みたい!」
     特徴的な形の石を指して潤子がはしゃぐ。どこで採れるのだろうと問えば、善四郎はそれに簡単な説明を加えつつファイアークォーツを探す。
    「もしあったらお買い上げっす!」
     やっと見つけた結晶は予算と桁違い、苦笑するしかない。
     アメジストドームに言葉もなく見入っているのは銀嶺。ただの石に見えるのに、内側が紫の結晶でぎっしり覆われている。創り上げた年月はどれほどかかったのかと思いを馳せる。その隣で一緒に見入るのは綾香。
    「善四郎くん、これはどんなふうにしてできたの?」
     瞳をきらめかせる後輩に、善四郎が新たに説明を始めた。
    「ラブラドライトってあんまり見ないんだよな」
     黄色から青のグラデーションの磨き石を前に、那由多はどれが良いかと思案顔。見回せば見たことの無い石も多くある。善四郎に店に置けないか頼んでみよう。
     薙乃は青い石を探して店内を巡る。
    「八坂先輩、お勧めありますか?」
    「希少性ならラリマーっすね。ヒーリングストーンという一面もあるんで……」
    「さすが! 店長代理の名は伊達じゃないっすね!」
     桜太郎は財布の中身とファイアクォーツの素晴らしい価格を思い、心で叫ぶ。何故自分の好きな石は、いつも手の届かないところにあるのかと。
     全ては巡り合わせ。望み続けていれば、いつか巡り会う縁。

    「お誕生日おめでとうございます」
     【鉱石部】の面々は、口々に伊月に祝いの言葉を降らせた。
    「綺麗なラブラドレッセンスですね」
     伊月の決めたラブラドライトをのぞき込み、瑛が溜息と共に呟く。
    「青が多い物を収集している。そういえば、ハーキマーが向こうにあった。好むと記憶している」
     伊月が水晶のコーナーに置かれたケースを指せば、吸い寄せられていく瑛。先に覗き込んでいた瑞樹は、水入り水晶をうっとりと撫でていた。
    「……! 意識飛んでた」
     欲しいけれど、学生の財布にはなかなか辛いお値段。手頃なタンブルとの縁を探す。
     イチは好みの石から目が離せない。ここのセレスタイトにラリマーは、どんな旅をしてきたのだろう。
    「………うち、来る?」
     呟きを耳にした志歩乃、石と話せるなんてすごいなぁと素直に感心する。
    「磨いてないのにつるつるで、透き通ってるなんて、不思議ー」
     もっと勉強したら自分も石と話せるようになるだろうか?
    「これ、なあに?」
     アスルは金色の水晶を手に、伊月に問いかけた。
    「ルチルクォーツ。精神面を強化し、運を強くするという」
    「イツキ、ルー。これ、ほしい!」
     あの人の目と一緒の色だと囁けば、伊月は頷いて手頃な価格の物を幾つか選び出した。
    「文化祭では来てくれてありがとうね」
     伊月に感謝の言葉を述べる千歳。
    「良い物を見せてもらった。感謝したいのは私の方だ」
     伊月は視線を逸らしながら言う。照れているらしい。
     綺麗にカットされた石も美しいけれど、自然のままの石に同じ形の物は一つとしてない。それらは人と同じように、どんなに似ていてもどこか違う。
    「いいお店だねぇ」
     カルセドニーを愛しげに眺めながら、呟く千歳に伊月も頷いた。

    ●いしとあそぶ
     本を片手に夜兎が選ぶのは濃い青のラピスラズリ。金の星降る石のように、贈る相手にあらゆる幸せが訪れるように。
     大切な人に贈る物だからこそ、願いを込めて作りたい。友梨は色濃いサファイアを選び丁寧に繋ぐ。それは勝利を呼び、邪気を払う石。
     ころり転がる石を拾う在雛。ルビーとアメジスト、どちらを使おうか迷いに迷う。決められず、両方使うことにした。
     真実はラリマーとアパタイト、交互に繋げてなんとか輪にする。信頼を深めるという石は、これからの指針となるだろう。
    「きれいね」
     アメジストとペリドットのさざれ石を繋げた若菜は、隣のジヴェアが作った色とりどりのブレスレットを見て囁いた。
    「あなたのもキラキラして可愛い!」
     知らぬ者同士、けれど石が紡いだ縁。
    「これで六芒星になるかな」
     選んだ石を慎重に繋いでいく无凱。一通り石は眺めて色を決めたけれど、できればバランスの良いものを作りたい。
     作り上げたブレスレットを光に透かし、ティルメアは思わず笑みをこぼした。黄色いシトリンは気分が明るくなる気がするから。
     エンジェルシリカとライトニングクォーツ。無意識に選んだそれは、調べてみればかつての記憶にあまりにも合っていて。狼は驚くと同時に、口にせぬ決意を改めて胸に刻んだ。

    「あいおらいと?」
     籐眞は選んだ石の名が複数あり首を傾げる。通りすがった伊月に助けを求めれば、
    「石の名にこだわる必要はない。呼ばれた石を使うといい」
     菫色の石を指して笑む。
    「ルビーって男性でも大丈夫かな?」
     男性への贈り物だと瑠璃羽が見上げる。
    「ルビーは生命力を高める石だ。君が贈りたいと選んだ石なら、それが相応しいのだろう」
     直感で選び選ばれた石が良いと伊月の言葉に、瑠璃羽は嬉しそうに頷いた。
     サンストーンの色合いとワイルドホースの紋様、どちらにも惹かれて迷ってしまう。依子が考え込めば、相性が良いから両方使ってはと伊月が言う。自信を与え奇跡を起こす、そんな意味があるという。
     勇気が出る石はないかと問う真火に、誕生石は諸説あるがエメラルドか翡翠と伊月は手帳を捲る。
    「翡翠は古来から守り石とされている。私ならこちらを選ぶが、決めるのは君だよ」
     知信も守り石を選びに来たという。太陽の石と呼ばれるペリドットを使いたいという彼に、伊月は良い選択だと頷いた。
     水晶の中にきらめくルビー、自分の石は決めている。優奈は器用につなぎ合わせて手首に通す。絢矢もまた、マラカイトとカイヤナイトを繋げて優奈の手首を横目で見、一粒薔薇色のインカローズを混ぜた。あとは二人で選んだアメジストと水晶で、こっそりもう一つ輪に繋いだ。
    「「誕生日おめでとうございます!!」」
     突然のプレゼントに伊月は紫の目を丸くして、ありがとうと破顔した。

     どうせならお互いを模した色で。暁の思いつきはいつも面白いとアリスは思う。ならば深い紫水晶、目についた石を並べ繋ぐ。暁もラピスラズリとアクアオーラ、相手が好みそうな無機質な色を重ね。
     隣を覗き込み目を細める――アタシはこう見えるのね。
     紡と華凛、ふたりは互いに似合う石を選んで繋いでいく。紡は華凛をセレナイトに見立て、華凛は紡を虹を描くフローライトに見立てる。完成した二つの石の環、互いに付け合えばきっと幸せ結ぶ絆となる。
     作るなら二人お揃いのものを。凛弓と結衣は、恋愛成就のお守りに紅水晶とアクアマリンで輪を作る。ぽろり指先から転がった結衣の紅水晶、隣の凛弓が手を伸ばして拾い上げ、そっと紐に通して微笑んだ。願い込めて二人選んだ石ならば、どんな思いもきっと叶う。
    「ボクに似合うのどれだと思う?」
     青い石を前に黎が問えば、サファイアかアクアマリンがいいと凪が応え、サファイアを選ぶなら、対になるようにルビーを使うと笑う。そうしてできた二つのブレスレット、見せ合いながら大満足。
    「また一緒にお買い物しようねえ」
     凪の言葉に笑顔で黎は約束した。

     石を介して絆を紡ぐ、それはとても幸せなこと。煌介は【Luciole】の仲間を暖かな光宿す瞳で見守る。選んだ石はペリドットとアクアマリン、意味は手にした人が石と話して意味を見つけるといい。
    「誰がどのブレスと出会うか……くじ引き、すよ」
    「さんせーなの! 楽しみー!」
     陽桜はおでこに水晶ビーズをくっつけて、無邪気に笑った。サンストーンとムーンストーンをつなぎ合わせ、四人のイメージで石を繋げていく。煌介に手伝ってもらいながら、輪になった石たちはとても愛しい。
     陽桜のおでこに水晶をくっつけた悟は、縁起がいいと笑いながらも、石を選ぶ目は真剣だ。月と太陽を示すラブラドライトに、地球のような青と緑が混ざるクリソコラを加えたら【Luciole】だと目を輝かせ。
     微笑ましい様子を見守っていた椋紗もまた、石を選ぶ。琥珀とタイガーアイが示すのは強運の循環。これから先、どんな事があっても絆は決して切れることはないという決意。
    「どれも素敵で、楽しみ」
     四つの環の前に四枚のくじ。
     どれが当たるかは、石だけが知っている。

     【廃ビル】の面々もテーブルについた。
     シグマは調べておいたブルーアゲートとアメジストを選び、苦戦しながらも何とか輪にしていく。気になり隣を覗けば、クレイが手を振っている。水色のターコイズが通っているが、自分の色選びよりも隣の徹が気になる様子。
     夏休みの自由研究と意気込んだ徹、ガーネットと水晶を通すが、最後がうまく結べない。徹はクレイにコツを聞き、最後まで一人で作ると決意、きゅっと結べば完成だ。顔を上げればみんなが見ていて、なんだか胸がじんとした。
    「いつものパフェみたいに、うまくできるといいんだがな」
     呟く鏈鎖が選ぶのは翡翠と紫水晶。不意に昔のことを思い出すけれど、石達を前にしたなら、不思議と思いは静まっていく。これも石の力だろうかと苦笑した。
     石は意味より見た目で選ぶ。掌にころりとガーデンクォーツ転がし、梛は仲間を見渡した。顔を上げてすぐクレイと目が合って笑い合う。危なっかしい手つきの徹が最後まで自分で作り上げるのを見届け、
    「それじゃ、俺も仕上げますか」
     一つ一つ顔の違うガーデンクォーツを繋ぎ始める。
    (「それぞれの思いで選んだ石を見てると、なんだか楽しいね」)
     リアはラベンダージェイドをメインに選びながら、他に何を入れようかと石を見渡した。どれも魅力的な石達、同じ物は一つとして無い。
     そうだ、と思いつき空色のエンジェライトを選び出す。天使が皆を守ってくれるように。
     五月生まれの友人へ、七海は翡翠の粒を選び出した。幾つか通して顔を上げれば、同じように顔を上げて笑う仲間達がいる。選んだ翡翠も個性があって、まるで彼らのようだと七海は思う。
     丹念に石を選んでいた春陽は、ようやくできたブレスレットを掲げて見せた。感嘆の声が上がる。色の付いた石達は、すべて仲間のイメージで選んだもの。『誠実』のアイオライト、『勇気』のカーネリアン──この環の中に、みんながいる。
    「皆はどんなカンジ?」
     作ったブレスレットを掲げて、【廃ビル】の仲間達は目を合わせて笑った。


     石と語り、石と遊んだ夏の一日。
     繋がれた石達と繋いだ絆は環となり巡り、続いていく。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月17日
    難度:簡単
    参加:76人
    結果:成功!
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