粘つく悪意


    「ごめんよう、ごめんよう……僕も本当は辛いんだよね」
     宵闇に響くのは、悲痛な想いを紡ぐ男の声。
     月明かりも届かない倉庫にて。蒼い化物の躯から人間の姿に戻った青年は、小さな子供をドラム缶の中に詰め込んでいた。
     恐らく、この青年が殺したのだろう。腕も足も首も、大きな力で無残に拉げられていて慈悲の欠片もない。
    「けどこうしなくては、今の僕は助からないんだ。身勝手な僕をどうか許しておくれ」
     死んだ子供へそう語りかけ、セメント材を流し込む。それから蓋をして、ドラム缶を片隅に置いておけば全ての作業はおしまい。
     誰も気に咎めることなく、ニュースになって耳に入ることもないだろう。こんな化物に成り果ててしまった以上、余計な不安は排除したいのだ。
     ああけれど……葛藤する主人公ってなんだか格好いいよね。そんな妄想で少し酔いしれて。
     ふう、と溜め息をついたのち――平気そうな顔で独りごちた。
    「でも、きみのおかげで僕はこうして生きていられる。ありがとう、ありがとう」
     ――これからも、楽しく愉しく、僕は生きていくよ。
     ニヤリと裂けた口は、不気味な三日月をかたどっていた。


    「一般人が闇堕ちし、デモノイドとなる事件が度々起こっているのは、お前達も知っての通りだ。
     だがここ最近……デモノイドに打ち勝つ、悪の心を持った『デモノイドロード』が出現している」
     今日も神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が、戦地へ赴く灼滅者たちを導かんと説明を始める。
     彼の説明によると、デモノイドロードは普段から、デモノイドヒューマンと同様の能力を持ち得ているのだという。
     しかし危機に陥れば、自らの意思でデモノイドとなって戦う事もでき、それから逃れることができれば、人間の姿に戻る――。
     正しい形でデモノイドを制御したデモノイドヒューマンとは或る意味、『対』となる存在だろう。
    「デモノイドロードは悪しき存在だ。狡猾な知性を持ち合わせているし、説得を試みようとも救出はできない。
     悪の心を弱めれば、完全なデモノイドとなるのだが――。
     俺が導き出したデモノイドロードは、そんな酌量の余地はない」
     未来予測によって得た情報を言葉にしようと、間を置くヤマト。やがて落ち着いた声音で話を続けた。
    「奴の名は大浦・泰一郎(おおうら・たいちろう)。既に何十人もの子供を殺している。
     殺した相手に薄っぺらく許しを乞い、過ちを正当化する自分自身に酔っているんだ。
     気持ちの良い……とまでは言わない。粘っこくて鬱陶しい、虫唾が走る邪悪だな」
     自らの罪を受け入れず、言い訳して開き直っているからこそ、尚更。
     子供ばかりを狙うのは、小さな死体の方が後処理に困らないからだという。
    「今宵も子供を連れ込んで、人気の無い倉庫で殺害するつもりだ。
     お前達で待ち構えて、子供を救出しながら奴を撃退して欲しい。
     ただ……奴の言動にはくれぐれも気をつけてくれ。
     不利な状況に陥れば、子供を人質にとったり、逃走を図る可能性がある」
     ヤマトはそう、灼滅者へ注意を促す。デモノイドロードは悪の心が強い。自分の身を護る為ならば、奴はなんだってできるのだ。
     それは無論、灼滅者に対しても同じこと。
     人の命だとか大人だとか子供だとか、正義だとか悪だとか、屁理屈を持ちかけて揺さぶってくるだろう。
    「一つ、大事なことがある……それはお前達自身が悪に染まらないという覚悟だ」
     コイツだけは許せない、絶対にブチ殺す――そんな憎悪が強ければ強いほど、奴はそれを逆手にとって利用するのだ。
     ヤマトはグッと拳を握り、自信に満ちた笑みで灼滅者たちを送り出した。
    「全力を以て、灼滅してくれ。お前達が秘める『善』の心で!」


    参加者
    三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)
    童子・祢々(影法師・d01673)
    月雲・彩歌(月閃・d02980)
    リステア・セリファ(デルフィニウム・d11201)
    備傘・鎗輔(ギミックブックス・d12663)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    九十九・ミネルヴァ(天使と悪魔の実験体・d17191)
    桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)

    ■リプレイ


     月の出でぬ夜だった。
     今は夏の最中であるというのに、灼滅者たちは倉庫の中でひんやりとした空気を肌で感じ取る。
     普段は密閉されいる空間だからか――或いは、此処が凄惨な『墓場』であるからか。
     ひらけた倉庫内の片隅には、何十本ものドラム缶が目立たぬように並べられていた。
     この缶の一つ一つに、犠牲となった子供達の亡骸が閉じ込められているのだ。
     暗く硬い、コンクリートに沈んで。
     人間が眠る『棺』としては、余りに粗末で残酷な代物であった。
    「どうしてこんな事ができるの……」
     月雲・彩歌(月閃・d02980)が遣る瀬無い想いを零し、ドラム缶の一つに触れる。
     殺された子供達が感じたであろう痛み、苦しみ、絶望……それらを考えただけでも、怒りが込み上げてくる。
     然し、決して感傷に流されぬよう――彩歌は目を伏せ、必死に耐えた。
    「ま、これ以上好き勝手させないように、俺達で止めてやろうぜ♪」
     三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)が声を弾ませ、皆へ呼びかける。
     少年のような容貌をした『青年』は、普段の姿とまったく変わりない明るい笑みを絶やさずに。
     重苦しい暗闇に満ちた『墓場』の中であろうと、彼は太陽のように朗らかな様子であった。
    「……私の前では、誰も犠牲にしませんわ」
     ――もうこれ以上、誰も苦しむことのないように。
     既に喪った子供達を目の当たりにし、九十九・ミネルヴァ(天使と悪魔の実験体・d17191)が静かに呟いた。
     普段はふわりと柔らかに佇む彼女だが、戦いとなれば雰囲気が一変し、その金の瞳は隙なく怜悧に光る。
     ミネルヴァは黒いスカートを僅かに翻し、倉庫の入口を見やった。
     気配を察知する。こちらへ迫り来る、二つの足音。一方は救出対象のものだろう。
     つまり――もうすぐ、『奴』が現れる。
     灼滅者たちは息を潜めながらも各々殲術道具を呼び出し、デモノイドロードを待ち構えた。
     倉庫の扉が、重々しく開かれる。
     入口に浮かぶ二つの人影を視認し、リステア・セリファ(デルフィニウム・d11201)が自らの細腕を禍々しき異形のものへと変化させた。
     その腕で、空のドラム缶を勢いよく殴りつける。
     ガンッ!! ――怒号のように響き渡る、鋼鉄の音。
     物音に驚いた二つの人影は、ビクリと肩を震わせた。
     もう一方の大人の影――デモノイドロードである大浦・泰一郎が即座に灼滅者が潜む方向へと振り向いた、その瞬間。
    「わんこすけ、敵の顔の前に躍り出て邪魔をしろ」
     抑揚の乏しい声で備傘・鎗輔(ギミックブックス・d12663)が命令する。彼の霊犬である『わんこのすけ』が奇襲を掛け、泰一郎の顔面へ目掛けて飛び込んでいった。
     突然の襲撃にたじろいだものの、泰一郎は間一髪のところでその攻撃を回避する。
     ――が。その隙を突き、事前に猫へと変身していた彩歌が子供の元へと駆け寄っていた。
     ESPを解除したと同時に、童子・祢々(影法師・d01673)へと子供を託す。
     何が起きたのか理解できず、子供はただ唖然と目を見開くばかり。暴れる様子もないようだ。
     祢々は子供の手をひきながら、自身のサーヴァントを召喚する。嘗ての友の名を冠するライドキャリバーに跨り、救出対象を後ろに座らせて。
    「この子を送り届ければ、すぐに戻ります。――それまで、どうか」
    「はい。童子先輩、お願いします」
     桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)は小さく頭を下げ、安全圏へと走り去る祢々達を見送った。
     残る七人の灼滅者たちを見渡し、大浦・泰一郎は、気味の悪い笑みを浮かべる。
    「おやおや、いったい何の歓迎かなあ……。きみ達、正義の味方の真似事かい? 楽しそうだねえ」
     殺害する心算であった子供が奪還されたにも関わらず、此奴は焦り一つ見せない。
    (ヤツの言いたいことがわかりません……『せいぎ』? わかりません……)
     そんな言葉、初めて聞いた――ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)は不思議そうに泰一郎を見つめる。
     初めて対峙する相手である故に、細かいことは分からない。然れど、これだけは何となく理解できる。

     眼前でニタニタと笑い続ける――きっとこいつは、危険な奴なのだろう。


    「ああ。そうか、そうか……きみ達も僕と同じっていうワケかあ」
    「同じ、ね……。確かにそうかもしれないわ」
     ふ、と溜め息を吐いたのち、リステアが泰一郎に同調する。
    「この世は汚れきってる。多少殺したところで、いくらでも増えるしね」
     子供の生死なんてどうでも良い――彼女はそう、投げやりに言葉を続ける。
     伏せがちなリステアの眸が、ふと一瞬だけ泰一郎に視線を覗かせた。
     ……思ったとおり。泰一郎の三日月の口は、さらに深く歪んでいた。
     自己顕示欲が強い奴とは大抵、自分の手のひらの上で踊る人間を眺めることに喜びを覚えるもの。
     だからこそ、リステアは敢えて『嘘つき』になることを選んだ。奴は、彼女の罠にまんまとハマっている。
     こうして隙が生まれるのを見計らい、灼滅者たちはゆっくりと泰一郎を包囲するべく陣形を展開する。
    「ふぅん……けれど、結局は邪魔するつもりなんだろう? ――なら、僕も黙ってはいられないねッ!!」
     ぎょろり、と泰一郎の両目が大きく剥き出す。
     奴の心を蝕む『デモノイド寄生体』が蠢いて、片腕を大太刀に変化させた。
     刃と化した腕を大きく振り上げ、前線に立つ灼滅者の一人――柚來を狙う。
    「おっと! ――殺しに走るのは大人の行動とは思えねぇけどなー」
     柚來は会話の相手をしながらも避けようとするが、切っ先に身体が触れて軽傷を負う。
     しかし、即座に変形させた鬼の腕を振りかぶり、泰一郎へ倍の反撃を喰らわせた。
     蒼い肉片と赤い鮮血が混ざり合い、闇の中で飛び散る。
    「くっくくく……きみ達には分からないだろうさ。嫌でも手を汚さざるを得ない僕の気持ちは、ね」
     同情を誘って弱々しく語る泰一郎。しかし、これも全て嘘に塗れた言葉に過ぎない。
     なんと面倒くさい男だろう。茫然とそう感じながら、ハノンは二本の光剣を炎に包み込む。
     黒と白に交わる、青の業炎で泰一郎の身体を横に薙ぐ。
     コイツの幼い頃は、アリかミミズが友達だったような――そんな寂しい人間だったに違いない、と哀れみの目を向けて。
    「あなたは酷い匂いがします。今まですごい残酷なことをしてきたんですね」
     遥は告げる。奴とは『対』となるデモノイドヒューマンだからこそ感じ取れてしまう、『業』の匂い。
     泰一郎が近づくたびに、その匂いは遥の嗅覚に酷くこびりついていった。
     そんな彼女の言葉に対し、泰一郎はただ喉を鳴らして笑うばかり。
    「……あなたのような人に、仲間を傷つけさせません」
     レンズの奥――大きな黒い瞳を閉じて、遥は小さな光の輪を生み出した。
    「私は……あなたを人間とは思わない」
     傷ついた仲間を癒している間に、彩歌が『死想清浄』を防護として発動させ、泰一郎を凛と睨みつける。
     その刹那、蒼い片腕を矢が深く射抜く。彗星の威力を孕んだ一本の矢を、ミネルヴァが発射したのだ。
    「汚い世界だろうと、弱さであろうと、乗り越えられるのが人である証拠。すべてあなたのエゴですわ」
    「人、かあ……。果たして、この場に紛れもない『人間』は存在するのかなあ?」
     まるで、此処で乱戦を繰り広げる全員が総じて『化物』とでも言いたげな口ぶり。
     ならば最も『化物』に近しい存在は誰なのか? ――そんなこと、言うまでもない。
    (こいつの所為で……胸糞が悪くなる)
     誰にも聞こえぬよう、鎗輔が小さく呟く。
     表面では落ち着いて飄々とした様子で居るものの、鎗輔の心は哀しみで満ちていた。
     奴が陥れた子供たち――彼らが囚われているドラム缶を横目で見やる。
     喪った生命は、彼らは、もう二度と目を開くことがないのだ。
     逆手に取られてしまう感情など決して表に出さず、鎗輔はただ泰一郎を睨みつけた。
    「きみは……冷酷な、良い眼をしているねぇ」
    「黙れ」
     我が身に宿る力の限り、光線を放出する。熱され、どろりと熔ける蒼の肌。
     しかし攻撃を受け続けてもなお、泰一郎は余裕綽々とした様子でいた。
    「いやあ。きみ達ってこわい、こわぁいねえ。ああ、これは本当だよ?
     けど……何故だろうねぇ。きみ達を見てると、何だか愉しい、楽しいよ」

    「成程。よく舌が回るとは聞いていたけど、これ程とはね」

     唸るエンジン音に紛れて聞こえる、少年のような少女の声。
     泰一郎が何事かと入口の方へ振り返った――刹那、一輪バイクが奴の胴体へと突撃する。
     その衝撃によって隙が生まれたのを見計らい、仄かな青を帯びた銀の指輪から魔弾を放った。
     ライドキャリバー『ピーク』から降り、仲間の陣形に混ざる祢々。
     ゴーグルを装着し、戦闘態勢に入る。
    「しかし、中身がなければ意味はない。ただの雑音だよ。
     そろそろ、佳境を迎えるべきだね」
     気が滅入りそうな会話劇に、灼滅者は付き合う義理もないのだ。
     ――『邪悪』の終幕は、近い。


    「ああ。これもしかして、ピンチ……ピンチってやつかな?」
     ごぽり、と多量の血反吐をはき、ネジの大半が狂った玩具のようにケタケタと喉を鳴らすデモノイドロード。
     仲間の帰還を機に、灼滅者たちは明らかに『本気』を出している事を泰一郎は悟った。
     我が身が恋しい邪悪は、その身を蒼き巨躯へと変貌させる。
    「きみ達と逢えたのは嬉しいけれど、そろそろおさらばしたいなあ」
    「オッケー、ならサヨナラしようぜ。殺された人間の気持ちを体験しながらなっ♪」
     無邪気な声色に、恐ろしい程に物騒な言の葉を乗せて。
     リズムに乗るように身軽なステップを踏んで、柚來が大胆に前へ躍り出た。
     杖で殴りつけたと同時に、デモノイドの蒼い肌がぼこぼこと粟立ち――やがて、激しく破裂する。
    「我が身可愛さに弱い者いじめのが人として最低じゃん、一般的に」
    『グッフフフ……アハハハハァッ!!』
     着々と死へ誘われる恐怖は、元から狂っていた奴の精神をさらに崩壊させてゆく。
     そして柚來の言葉に耳を傾けた泰一郎は、『化物』に成り果てながらも人語を話した。
    『一般的……ねえ。冷酷なまでに僕を為留めようとするきみ達は、一般的な『人間』であると胸を張って名乗れるのかな』
    「……私も自分である為に殺す。所詮はあなたと同じなのかもしれませんが」
     突き刺さる言葉に胸を痛めながらも、彩歌は声を張って切り返す。
     照明の光を帯びて、名刀『斬線』の刃が煌めきを零す。振るった一閃が蒼の肉を斬り裂いたのを確かめたのち、彼女はさらに言葉を紡いだ。
    「――でも私は、あなたの様に奪いながら笑いはしない。生命の犠牲に、悦びなんて覚えない」
     何度も手を汚してきたことだろう。その度に、奴は生命を嘲笑ったことだろう。
     それを指摘したとしても、悪の心に満ちたデモノイドロードには通じやしない――故に。
     目の前の邪悪を我が胸に刻み込む。
     自分は決して、この男のような『化物』に成り果てぬように、と。
    『けど、悪いヤツってそういうものだから、仕方がないんだよねえ。ね、君もそう思うだろう?』
     おびただしい血を流す醜い蒼の化物は――唯一、自分に賛同した少女・リステアへと相槌を求めた。
     が、しかし。
    「下衆が……ここから生きて帰れると思うな」
     彼女の声色は、静かな怒りに満ちていた。
     その感情に呼応し、『Arioch Scythe』の刃が蒼炎を纏う。
    「この世は醜いけど、それ以上に美しい。それを守るためなら――私はアンタの言う悪・偽善者であり続けるわ」
     それが彼女、リステア・セリファが選択した揺るぎない信念。
     復讐の堕天使の名を持つ大鎌を振るう。
     燃え上がる炎は怪物と同じ蒼色でありながらも、美しく鮮烈に邪悪の肌を焼き払った。
     ぐらり、揺れる蒼の巨躯。
    『なるほど、なるほどねえ……あっははは。やっぱりきみ達、僕とそっくりだ!』
     灼滅者たちと対峙する恐怖によって、命乞いすら忘れて。
     瀕死の状態でありながらも、泰一郎はただただ笑っていた。
    「これだけ殺したなら、殺される覚悟程度は……君にもあるよね」
     凛と凍みる声色で、祢々が告げる。
     ――殺される『覚悟』。それは眼前の敵だけでなく、自分自身も抱くべきもの。
     泰一郎はその言葉に答えず、ニヤニヤと未だに三日月を作る。
     逃げる様子は見せなかった。灼滅者たちに畏怖の念を感じているからだ。
    『楽しみ、愉しみだなあ……きみ達がもっと悪い子になれば、僕よりも沢山の人を――――』
    「そろそろ、黙ろうか」
     皆まで言わせる必要など無い。
     無容赦に放った黒の弾丸は、的確に化物の心臓を――射抜いた。


     事切れた瞬間、泰一郎の身体はどろりと溶け、そのまま跡形もなく消滅してしまった。
    (……結局、ヤツは何を言いたかったのでしょうか)
     果たして、奴が言った『せいぎ』とは。果たして、エクスブレインが示した『あく』とは。
     考えても埒が明かない。ハノンはふわあ、とあくびを一つ吐き出した。
     奴が魅入られるような『悪意』――それを彼女が識ることになるのは、いつの日か。
     未来はハノン自身も、恐らく誰にも分からない。いまはまだ。
    「ごめんなさい。守れなくて……」
     ドラム缶を撫で、ミネルヴァがそっと目を伏せる。
     泰一郎に殺められた子供たちが安らかに眠れるよう、心の中でただ祈りを捧げて。
     ミネルヴァの隣へとリステアが近寄る。
     こんなにも粗末な棺では居た堪れない……出来うる限り、『擬死化粧』を施すのだ。
     殺された子供たちは決して少ない数ではなく、成功率は低いかもしれない。――しかし、奇跡は起きた。
    「もう二度と目覚めることはできなくても……せめて姿だけでも、穏やかに」
     倉庫の中に、子供たちが横たわる。外傷も目立たない、まるで眠っているかのように。
    「童話……読み聞かせてもいいかな? お経なんか知らないけど、ゆっくり眠れるようにと思ってね」
     たとえ自己満足かもしれなくとも――鎗輔は子供たちの冥福を、心から願っていた。
     古本屋の息子たる少年は、童話集を手にとって、優しい語り口で物語を紡ぐ。

     ――おやすみ、良い夢を見てね。

     警察への連絡をし終え、灼滅者たちは倉庫を後にする。
    (デモノイドロード――あれがわたしたちデモノイドヒューマンの行きつく先なのでしょうか)
     ふと、遥は『邪悪』を思い返すが、すぐにふるふるとかぶりを振った。
     我々は『化物』なのか、それとも『人間』なのか。
     きっと、どちらにも当てはまらないだろう。

     自分たちはただ『邪悪』を滅し、救えるものには手を伸ばす――ただの『灼滅者』に過ぎない。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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