廃旅館に住み着いて

    作者:波多野志郎

    「ねずみ、いっぱい、いえのなか。なんか、ごそごそしてるのな? やっぱ、でてくると、うっさい。よろしくなー」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は石版の文字を読み上げると、ため息を一つ表情を改めた。
    「今回、みんなにやって欲しいのは廃旅館に住み着いたネズミバルカンの処理っす」
     その街の山に住むイフリートが、廃旅館にいつの間にか住み着いたネズミバルカンに気付いたので連絡をくれたのだという。その旅館も山の麓にあるため、現在は人が寄り付くという事はない。
     ただ、これからもそうだとは限らない。知ったからには無視できる話ではないのだ。
    「ま、ちゃちゃっと始末して欲しいっす」
     その廃旅館は二階建ての木造だ。潰れてから十年以上たっていて、荒れ放題である。ネズミバルカンは十体、この旅館の中を徘徊しているのだ。
     廃旅館の中で散ってはいるものの、戦闘になればその音に誘われて他の者も集まってくる。どういう風に退治するかは、集まった者達の作戦次第となるだろう。
    「一体一体は大した事はないっすよ。ただ、数は多いんで油断はせずにしっかりと処理して欲しいっす」
     不幸中の幸い、まだ被害は出ていない。しっかりと処理して欲しいっす、と翠織は言うと、思い出したように言った。
    「あ、ちなみに近くに普通に温泉があるんで、戦いの後にでもゆっくりと疲れを癒すといいっす」
     今なら、夏の山の自然を堪能出来るだろう。心の洗濯も重要っす、と翠織はうんうんとうなずいて、灼滅者達を見送った。


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)
    大松・歩夏(影使い・d01405)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    西海・夕陽(日沈む先・d02589)
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    樹・由乃(草思草愛・d12219)

    ■リプレイ


     夏の快晴、眩しいまでの青と白の下にその古ぼけた旅館はあった。人の住まない建物は傷むのが早い、セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)はその言葉を本当の意味で理解した。
    「えっと、一階に温泉や宴会場とかがあって。二階はほぼ客間みたい。季節になると、客間から紅葉が楽しめたんだって」
    「地元でも、景色の良さで有名だったみたいだよ」
     地元で聞き込んだ知識を語るセリルに、共に聞いていた大松・歩夏(影使い・d01405)もそう付け足す。ただ、惜しむべきは交通の便だったのだろう――景色がいい分、来るのも一苦労、といった感じだった。
    「嘗ての栄華も今は昔……というのは流石に大げさか。割と好きなんだよね、こういう場所」
     その寂れた景観には独特の趣がある、篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)は廃旅館を見上げ呟く。月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)は、小さく肩をすくめて言った。
    「廃屋に鼠……か。不況の昨今、仕方ない事かもだけど、害獣駆除は必要だね」
    「ネズミくらいイフリートさん方で片付けてくれても良さそうなものですが。ひとに被害が出る前で良かったと思うべきですかねえ。ううむ」
     樹・由乃(草思草愛・d12219)の言葉には、複雑な響きがある。同じ想いを抱いているのだろう、西海・夕陽(日沈む先・d02589)も首を傾げた。
    「イフリートからのお手紙……というか、お知らせ? 回覧板? まぁ、被害とか出る前に教えてくれたから、いい……のかな?」
    「何にせよ、目の前の事を片付けるのが先でしょう」
     天峰・結城(全方位戦術師・d02939)は、そう目を細めて旅館を見上げる。事前に聞いた部屋数を概観から、目視しているのだ。見る限り、情報に誤りは無いようだ――ならば、これは大きなアドバンテージとなるはずだ。
    「……ま、見つけてしまった以上、そのままには出来ない。兎に角油断なく行こうか」
     凜の言葉に、仲間達はうなずく。ここから先は、ネズミバルカン達のテリトリーだ。
    「ネズミバルカンさんも温泉入りたかったのかしら。仲良く出来そうもないしとっとと駆除しちゃいましょ!」
     明るく言い放ち、小圷・くるみ(星型の賽・d01697)はスレイヤーカードを手に唱えた。
    「ハッピーエンドといくわよ!」
    「真白なる夢を、此処に」
     くるみがその巨大な斧を掴み取り、セリルが光を手にするとその光が槍となる。クルリ、とFrost Leviaを構え、セリルは真っ直ぐに告げた。
    「さぁ、いこうか」


     ギシリ、と殺し切れない床の軋みが耳障りに響く。
    (「聞こえる、とは思わないけどね」)
     歩夏は、心の中で苦笑する。慎重に、そう思うからこそ、その些細な音が気になるのだ。入り口から侵入し、一階の奥へ――灼滅者達がまとまって進んでいた、その時だ。
    「シッ……、向こうから微かに音が聞こえるね」
     千尋の言葉に、仲間達が足を止める。そこは、厨房だ――結城が、慎重に覗き込んだ。
    『チュチュ……』
     決して広くないそこに、二体のネズミバルカンがいた。暇でも潰しているのだろうか? ウロウロとしているその姿に由乃がボソリと呟く。
    「ネズミって言うか見た目は猫みたいですよねこいつら。やたらでかいですけど」
     その言葉に、笑いが漏れそうになる。笑いを噛み殺し、千尋が言い捨てた。
    「行こう、必勝先手ッ!」
     千尋の言葉と同時、最後尾のくるみがサウンドシャッターを使用、一気に灼滅者達は雪崩れ込んだ。
    『ヂュ!?』
     ネズミバルカンが、突然の襲撃に面食らったような鳴き声を上げる。一体が驚きながらも両肩のバルカンを構えようとした、その時だ。
    「状況開始」
     ヒュオン、とネズミバルカンの体を結城の放った鋼糸が絡め取る。結城はそのまま横っ飛びに奥へと駆け込み、鋼糸を引く――体勢を崩したネズミバルカンへ真っ赤なコートをひるがえし、凜が踏み込んだ。
    「我は刃! 闇を払い、魔を滅する、一振りの剣なり!!」
     ネズミバルカンの視界が、赤く染まる。コートで生み出した死角を利用し凜は低く突っ込み、斬魔・緋焔の切っ先でネズミバルカンの足を切り裂いた。
     ネズミバルカンが大きく傾く。そこへ、夕陽は埃塗れの流し台を足場に跳躍、オーラを集中させた両腕を振るった。
    「一意奮闘っ、殴る殴る殴る殴る!」
     殴る、と宣言する度に振り下ろされる夕陽の拳が、ネズミバルカンをガンガンと殴打していく。右に左に上に下に縦横無尽に乱打、そのまま壁へと叩きつけられたネズミバルカンへ歩夏が踏み込んだ。
     繰り出されるのは、唸りを上げる槍。歩夏の螺穿槍がネズミバルカンの胴を刺し貫いた。そのままもがくネズミバルカンに、歩夏は振り返らずに言う。
    「セリル!」
    「うん!」
     呼びかけに応え、セリルがFrost Leviaを構えて突っ込んだ。もがき、かわそうとネズミバルカンは試みるが――もう、遅い。
    「此処で、突き穿つ!」
     白い光の軌跡を描き、セリルの言葉通り突き出されたFrost Leviaがネズミバルカンを穿った。血を噴き出し、力なくネズミバルカンが崩れ落ちる――その瞬間、銃声が鳴りに響く!
    『チュ!!』
     ガガガガガガガガガガガガガッ! とバレットストームの銃弾の雨が、厨房を破壊していく。
    「遅いッ!」
     その銃弾の雨を鋼糸を振るい、千尋が切り払い空いた空間へと飛び込んだ。そして、真っ向からその槍を突き出した。
    『ヂュ!?』
    「じゅーきょしんにゅー罪で死刑!」
     そこへ、くるみが豪快に振り回した龍砕斧が舞い散った瓦礫ごとネズミバルカンの胴を切り裂く――よろけたネズミバルカンへ、由乃は懐へ踏み込んだ。
    「まあ弾丸は無慈悲なのですがね」
     ヒュオン、と風切り音を鳴り響かせ、由乃がオーラで包んだ拳を繰り出す。一発、二発、三発、とリズムよく叩き込んでいきながら、ハっと気付いたように由乃は言った。
    「あ、拳でしたか」
    『チュ……ッ!』
     ネズミバルカンが踏ん張る、その動きの途中で膝がガクンと揺れた。
    「……逃がすと面倒なんでな」
     背後からの結城の声に、ネズミバルカンは振り返ろうとする。しかし、振り返る時間は、ネズミバルカンに残されてはいなかった。
    「お前の相手はこっちだー! よそ見してる間は無いぞっ」
    「とっとと落ちなさい!」
     夕陽が突っ込み、歩夏が輝く両の拳を振るう――振り返る事も許されず、ネズミバルカンが厨房の床へと叩きつけられた。


     ダンッ! とネズミバルカンが床を蹴る。
     宴会場の長い廊下だ。ガガガガガガガガガガガガガガン! と襖に大穴を開けながらばら撒かれる銃弾を凜がその身を盾に受け止める。
    「笑止!」
     銃痕だらけの襖を蹴破り、凜は大上段から緋焔を振り下ろした。
    「ぜぇぇぇあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
     ザン! と襖ごと切り裂かれ、ネズミバルカンが廊下を転がる。そこへ、Eirvito Gainstoulを下段に構えたセリルが間合いを詰めた。
    「此処で、断ち切る!」
     下段から跳ね上がった真白なる聖槍が、白い光と共にネズミバルカンを切り裂いた。その一撃に大きくのけぞったネズミバルカンへ、くるみがその異形化した腕を振り下ろす。
    「おしおき、です!!」
     ドン! とくるみの鬼神変の拳が、ネズミバルカンを眼前に叩き潰した。その真横、中庭から新たなネズミバルカンがくるみへと跳びかかる!
    『チュ!』
    「うわわ!?」
     零距離でのブレイジングバーストを、くるみはかろうじて龍砕斧を盾に受け止めた。しかし、その威力は完全に殺しきれるものではない。その身が炎に包まれた瞬間、由乃の集気法によって炎が内側から爆ぜた。
    「草神様の癒しのオーラはよく効くのです」
     ご満悦の由乃へネズミバルカンが振り返る。ガキン、とバルカンを作動させようとするが、そこには既に歩夏が影を宿したマテリアルロッドを手に踏み込んでいる!
    「させない――よ!」
     ゴン! と打撃音を轟かせ、歩夏のトラウナックルがネズミバルカンの人間大の体を宙に浮かせる。ゴロン、と痛んだ畳の上を転がるネズミバルカンへ、夕陽が跳び込んだ。
    「出力ゼンカイ! コイツもおまけだーーっ」
     影を足にまとわせ、炎で燃やす――夕陽のレーヴァテインによる飛び蹴りを受けて、ネズミバルカンは炎に包まれる。たまらず跳ね起きたネズミバルカンを千尋と結城が死角から同時に鋼糸を繰り出した。
    『……!』
     声もなく倒れるネズミバルカンを見下ろし、結城は小さく言い捨てる。
    「七体目」
     サウンドシャッターによって戦闘音を外に漏らさず殲滅していく、その作戦は功を奏していた。ネズミバルカンのもっとも恐ろしいのは、数が揃った時だ。逆に、数の優位をたもてる状態でならば、被害も最小に抑え駆逐する事が出来た。
    「ここからが、本番だね」
     暗器・緋の五線譜の名の通り、血塗られた五本の鋼糸を巧みに操り千尋は言い捨てる。
    『ヂュ……!』
     宴会場の大広間に、残り三体のネズミバルカンが姿を現わしたのだ。半数を倒され、異常に気付いたのだろう。その目には、強い殺気がこめられていた。
    「最後は派手に行こう」
    「ズバーン、とね」
     歩夏の言葉にくるみが大きくうなずき、畳を蹴った。まるで巨大な翼を広げるがごとく、くるみの龍翼飛翔が三体のネズミバルカンを切り裂いた。
    「此処で、殴り砕く!」
     その中の一体へとセリルが純白の翼を両手に宿し、拳を繰り出す。光の羽を散らしながらセリルが殴打していくその最中、由乃がガトリングガンの銃口を向けた。
    「燃やして消毒です」
     ガガガガガガガガン! と爆炎の銃弾が、次々にネズミバルカンを撃ち抜き壁へと叩きつける。そのまま、崩れ落ちた同族を見て、二体のネズミバルカンがバルカンを一気に掃射した。
     届く銃声の中を千尋が、駆け抜けていく。銃弾の雨を掻い潜り、千尋は緋の五線譜を影に染めて振り抜いた。
    「そんな曖昧な狙いじゃ当たらないよ! コッチだッ!!」
     ザン! と大きく切り刻まれたネズミバルカンへ夕陽がマテリアルロッドを振りかぶって吼えた。
    「甲有っても内側からは無防備だっ」
     ネズミバルカンは、それにバルカンを合わせようと身構える。しかし、そのバルカンが迎撃するよりも速く、真後ろへと回り込んだ結城の解体ナイフがその足を斬っていた。
    「往生際が悪いぞ?」
    「爆ぜ飛べーーーっ」
     ガン! と夕陽の一撃を受けたネズミバルカンが内側からの衝撃に、言葉の通りに吹き飛んだ。最後の一体が後方へ跳ぼうとしたその瞬間、曲がったオーラの砲弾を受けて前につんのめる――歩夏のオーラキャノンだ。
    「いっけーッ!」
     歩夏の言葉に背を押されたように、凜が駆け込む。バサリ、とコートと共に炎の翼を大きく広げ、凜は斬魔・緋焔を紅蓮の炎に包み振りかぶった。
    「煉獄の刃をその身に受けるがいいッ!!」
     横一閃の斬撃が、ネズミバルカンを胴を薙ぎ払った。力なく膝から崩れ落ち、一瞬で燃え尽きたネズミバルカンの燃え跡に凜は一輪の薔薇の花を手向け、囁く。
    「君達の最期に、花を」
     薔薇が落ちると、仲間達も緊張を解いていく。夏の暑さの中で暴れまわったのだ、千尋はシャツの胸元をハタハタとさせて風を服の中に取り込んだ。
    「ふぅ、シャツの中まで汗ダクだ……」
     その言葉に仲間達も笑顔を見せる。大きな荷物を取り出し、くるみが言った。
    「さあ、温泉の時間なのです♪」


     湯煙が立ち込める温泉。その中で、歩夏は大きく伸びをした。
    「うーん、最高だね」
     仲間の闇堕ちを救いに行ったり、文化祭と忙しい日々の疲れが体の芯から溶けるように癒されていく。その感覚に頬を綻ばせ、歩夏はぐてぇと湯船に体を委ねた。
    「運動して汗かいた後の温泉とかサイコーですね♪」
     こちらも大量のお風呂グッズを持ち込んで、くるみが満面の笑みで言った。ちなみに、運動と書いて戦闘と読む。かしゃかしゃかしゃ、とアヒルのオモチャが泳ぐ姿を眺めるくるみに、千尋も手足を伸ばして言った。
    「ん~~ッ、最っ高~! 気持ちイイねぇ~♪」
    「…………」
    「……ん、ボクの身体に何かついてる?」
     一点に注がれる由乃の視線に気付いて、千尋がそう問いかける。それに、由乃は視線を外す事無く届かない呟きをこぼした。
    「牛乳は無力でした……」
    「ふぅ、肩が楽チンだ♪」
    「山歩き! 山歩きもしましょう! もっと、草神様の雄大な御姿をこの目に焼き付けてですね!?」
     圧倒的な戦力差とか、貧富はあれど貴賎なし、という話題に一切関わらず、そのスタイルの良さをおしげもなくさらす赤いビキニ姿の凜が湯船で伸びを一つ、声を上げる。
    「――だ、そうだぞ?」
    「ああ、うん、いいね」
     頭上の青々とした木々を眺めながら、セリルが答えた。セリルは、温泉には浸かっていない。竹細工のベンチに腰掛けたまま、今度は垣根向こうの男湯に声をかけた。
    「だって? 聞こえたかな?」
    「ええ、聞こえていましたよ。いいですね」
     男湯。広い湯船に、結城はゆったりと身を伸ばしながら呟く。
    「……ふう……やっぱり気持ちいいものです」
     夕にも来たい、そう思っていたところだ。結城としては、渡りに船の提案だったろう。夕陽も、礼儀正しく肩まで湯船に浸かり、青く輝く空を見上げていた。
    「うん、せっかくのいい天気ですからねー」
     そのまま帰るのももったいない、と夕陽も笑顔で同意した。
    「なら、帰りももう一回、温泉に入ろう!」
    「湾野さん、お土産何が良いかしら」
     歩夏の笑い声と、くるみの言葉が響く温泉の声に、セリルは微笑む改めて頭上を見上げる。
     青い空、白い雲。夏の山と温泉を心行くまで楽しむのに、絶好の日だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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