アンフェア・ゲーム

    作者:六堂ぱるな

    ●単騎特攻
     錆ついた引き戸が衝撃で外れ、一緒に大柄な男が床に転がった。
     室内の男たちがどよめく中、開いた入口から一人の少年が姿を現した。首をゆっくりと回しながら入ってくると、テーピングを施した右手を握る。
     髪に数か所ピンクのポイントメッシュが入った、どこをどう見ても堅気に見えない男が喚いた。
    「て、てめえ! なんでここに」
     少年は答えなかった。室内を一瞥すると、部屋の一番奥で芋虫のごとくぐるぐる巻きにされた少年を見つけるとにかりと笑った。
    「あーいたいた。大丈夫か、蓮?帰ろうぜ」
    「それ以上動いたら、人質どうなるか」
    「人質ってのはさ」
     かったるそうに肩を回すと、こきりと音がする。
     少年は室内の男たちを睥睨した。
     手に持つナックル、バット、割れた瓶。蔑むべき、魂も身体も脆弱な者たち。
    「ちゃんと確保できてから言えよ」
     僅かに身体を屈めて小さな足が床を蹴った瞬間、床材がその衝撃で吹き飛んだ。
    ●特攻ってのは討死前提なので使用誤例です。
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は入ってくるなり、稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)に爽やかに敬礼した。
    「やっぱいました!」
     いてはいけない何かの予感。
     晴香がうんうんと頷いているのを、喜んでいいのか悪いのか。
    「ボクサーってのも、相手として面白そうだなって思ったんだけど」
     予測にひっかかったのは、今回もアンブレイカブルになりかかっている一般人だった。榊・拳虎(さかき・けんご)という中学二年生。ボクシングジムに通っている。
     普通闇堕ちするとすぐダークネスの意識に乗っ取られ、人間としての意識を失ってしまう。しかし拳虎はまだ人間としての意識を残しており、ダークネスには成りきっていない。
    「助けるには一度KOしないといけないよ。ダークネスなら灼滅されるけど、灼滅者の素質があれば生き残れると思うんだ」
     まりんは眉をひそめた。
    「闇堕ちしたのは、同じジムの友達が誘拐されたせいなんだ」

     ジュニアボクシング大会のトーナメント試合日当日だ。拳虎は優勝するに違いないとの前評判が高かった。困ったことに大会の裏でスポーツ賭博があり、大穴で儲けようという組織が試合を棄権させる為に仕組んだらしい。
    「拳虎くんの親友は、街はずれの潰れた商業ビルに捕まってるの」
     威圧する為に行かせた構成員が拳虎に絞め上げられ、親友を閉じ込めた場所を吐かされた。拳虎は試合を放って親友の救出に行き、組織を壊滅させる。
     感心しない職業従事者とはいえ、みすみす死なせるわけにもいかない。
     拳虎はストリートファイターのサイキックと、バトルオーラを使った攻撃をしてくる。会場から全力疾走でビルまで来るので、途中の接触は難しい。午後1時頃に到着する、そこをめがけて接触するしかない。
     怒りで我を忘れている拳虎の心に呼びかけることで、彼の力を削ぐことが出来るだろう。
    「頭に血が昇っちゃってるみたいだから、たいへんかもなんだけど。出来たら助けてあげて、皆もケガなく帰ってきてね!」
     まりんはにこやかに灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)
    久我・なゆた(赤い髪の少女・d14249)
    黒橋・恭乃(黒と紅のツートンハート・d16045)
    真田・真心(遺零者・d16332)
    天里・寵(健康第一・d17789)

    ■リプレイ

    ●想像してみて欲しい。
     廃ビルの入口から青年が背筋を伸ばして入ってくる。
     長身を包むぴしりと糊のきいた白いワイシャツ、橙のネクタイに白いスラックス。
    「ナニモンだ!」
     おつむが活性化されていない残念な大人たちだ、問うしかあるまい。
     青年がワイシャツの上からまとった真紅のエプロンには楷書体で「正義」としたためられ、黒髪を揺らすその顔にはアジフライと見紛う模様の仮面。手には出刃包丁。
     近付きたくないのか、賭博稼業のサンピン(死語)は威嚇の声をあげるので精一杯だ。
     黒橋・恭乃(黒と紅のツートンハート・d16045)は委細構わず、入口の正面にある止まったエスカレーターを階段のごとく上った。腰のひけた若い衆に取り囲まれながら目的のドアを蹴破る。
     フロアの中で椅子にかけていたスーツ姿の数人の男、護衛らしい十人ばかりの男たちが、恭乃を目にしてぎょっとした。
    「なんだテメ」
     男たちの向こう、机を挟んだ窓際に、少年が転がされているのを恭乃は視認した。
    「ふぅん。この私を誰だと思っている?」
    「知るか!」
     知りたくなかったというのが本音かもしれない。
     ばっと両手を広げ、青年は不敵な笑みを浮かべた。
    「知らない? ならば教えてやろう。この私こそ、セールタイムを駆ける低賃金ヒーローこと黒橋様だァ! ッハーッハッハッハァーッ!」
     広いフロアに恭乃の朗々たる笑い声が響く。
     若いのからけっこうエラい人まで、考えたことはひとつ。
     こいつなんでここにいるんだろう。
     ここはもちろんスーパーでも市場でもない。エプロンと包丁、取り合わせとして総合的にすごく怖い時がある。今がまさにそれだった。
     キャラ崩壊も恐れぬこの雄姿。彼は見事な囮となっていた。

     少し時間を遡る。

     廃ビルの前で、稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)は憤然としていた。
    「Jrのボクシングで八百長賭博とか、イイ性格してるわね~。ま、そっちは死なない程度に教育するとして」
     その隣では香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)が重々しく頷いている。許し難い業者だ。
    「前途ある若い拳を闇に落とさせたりしないわ」
     晴香の決意は固い。格闘技業界にとって美少年の確保は死活問題である。
     彼女はいつもの赤のリングコスチュームで臨んでいた。タッグを組んできた澪も白のリングコスチューム。拳で語り合う相手を前にした正装だ。
    「大事なお友達の為に、危険を顧みず……すごく優しい方、なんですね」
     加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)がおずおずと呟く。友達思いなのはいいが、勢い余ってアンブレイカブルは行き過ぎだ。
    「さゆ、そういう人はだいすき、です。だから……助けたい」
    「闇には堕としませんよ!」
     久我・なゆた(赤い髪の少女・d14249)も元気よく腕を振り上げる。ボクサーと拳を交えられるのは楽しみだ。女子ボクサーっぽくなるかもしれないと、白いセパレートの水着で来ている。
     ブラックスーツのヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)は無言。だが彼女の意思もそうかけ離れてはいなかった。相手は自らの利益の為なら手段を選ばないような外道。助けるつもりなど本来は無い、が。
    (「友人を守る為の逞しき腕を、外道共の血で染めるのは忍びない……彼の友人の為にも、それだけはなんとしても阻止せねばな」)
     そんな決意を固めていた。
     ビルの側で真田・真心(遺零者・d16332)が準備を終えて立ち上がった。
    「じゃ、行くっすよー」
     旅人の外套をまとって愛機チャクラバルティンに跨り、ビルへと向かった。ヴァイスが闇纏いをしつつ続く。彼らが位置についたら、恭乃が踏み込む手はずだ。
     天里・寵(健康第一・d17789)が準備運動をしながら陽気な声をあげた。
    「蓮くん救出作戦、頑張りましょう!」

     そして現在。
     恭乃に業者が気を取られている間に、真心とヴァイスは縛り倒されている少年に手をかけた。かなり殴られているようだが、意識はある。
     真心は旅人の外套の内側に蓮を引き込むと、ヴァイスの陰でロープをほどいて窓を開けた。不意に目に飛び込んできた真心を前に、蓮が息をのむ。
    「助けにきたっすよ。これから『掃除』を始めるから、避難しといて欲しいっすよ」
     疑惑はあるものの、蓮が頷く。と同時に、窓の外に箒に跨った少女が現れた。蓮が戸惑っている間に、軽々と真心に持ち上げられて少女の後ろへ乗せられてしまう。
    「え!」
     その声に室内にいた男たちが振り返った。闇纏いをやめたヴァイス、外套を脱いだ真心が振り返るのを見て驚きの声をあげる。
    「人質が!」
     真心が恭乃に劣らず、ぎらりと目を光らせた。胸板の上で握りしめた拳を構え、仁王立ちで異色の敬礼をしてみせる。
    「俺達は八百長Gメン! 戦う者の覚悟……屍踏み越えて進む意志を嗤うアホ共を駆逐し、健全なる闘魂と清浄なる金の流れを死守する餓狼の番兵(イェーガー)!」
     真心の足元から影がぐうっと持ちあがって、威嚇するように震えた。異常な現象と謎の侵入者、更に八百長Gメンと聞いて男たちが息をのむ。
     振り返ってもそこには、包丁を手に目をぎらりと光らせるアジフライ怪人(仮)。
     拳を固めたヴァイスが告げた。
    「覚悟しろ」
     宣言と同時に、三人が神速の踏みこみで襲いかかる。
     アジフライ怪人(仮)を包囲してきた若い衆たちが及び腰になった時だった。一人が突然、苦鳴をあげて吹き飛ぶ。
    「前途有望な若者を餌に八百長賭博とは、いただけないわね」
     強烈なラリアートを食わせた晴香が肩をすくめた。続いてフロアへ駆けあがってきた澪、寵、なゆたが散開する。
    「ちょ、ま」
    「いざ、ボッコ~!」
     叫びつつの寵の拳が男の顔面にクリーンヒット。なゆたの正拳突き、澪のエルボー、男が次から次へと無力化されてゆく。
    「なんなら、私が賭けプロレスにでも出てあげてもいいわよ!」

     こうして健全なる青少年によるジュニアボクシング大会で、ウッハウハ言いながら賭博行為を行っていた業者たちは、夏の蝉よりはかなく散ったのであった。

    ●案の定というやつです。
     ビルの前に到着したジャージ姿の拳虎は思いっきり逆上していた。
     明らかに学生の灼滅者一行だが、相手の区別すらついていないようだ。
    「蓮はどこだ」
     晴香は携帯電話を取り出して彩雪に架けると、蓮を出すよう頼んで電話を拳虎へ渡した。
    「大丈夫か?」
     その答えは頭上から降ってきた。
    「ここ、ここ!」
    「けんご君、ご覧の通り蓮くんはもう安全ですよ! 僕たちわるいやつじゃないですよー!」
     ビルの窓から蓮が、電話を耳にあてながら拳虎へと手を振っている。蓮の隣から寵が顔を出して一緒に手を振った。
    「案内しますよ。行きましょう」
     澪の言葉に拳虎が頷く。目的のフロアに着くと蹴破られた扉の前で蓮が待っていた。蓮と拳虎、目があうとぱっと笑顔になる。
    「怪我してないか?」
     蓮がこくりと首肯して、傍に立っている寵を見上げた。
    「治してくれた。この人たちが助けてくれたんだ」
     八百長賭博の従事者たちがボコられたと聞いた拳虎が唇を尖らせた。窓の外に張られた、真心が予備の鋼糸を編んで作った網に縛りあげて転がされ、身を寄せ合って高さに悲鳴をあげているのを見ても気が晴れないらしい。
    「俺さっきからめっちゃムカムカして、ヘンっていうか……」
     ぼやいた拳虎がぶるっと身体を震わせる。
     それが一度は収まりかけたダークネスの影響だと、灼滅者たちにはわかった。
     ヴァイスが、なゆたが表情を引き締めて蓮の前へ出る。きょとんとした様子の蓮を彩雪がそっと下がらせた。
    「大丈夫、まかせてください……あなたの大切なお友達、絶対に助けてみせますです」
    「ヘンな理由を教えてやる」
     もたれかかっていた壁から身を起こしたヴァイスの言葉に、ゆっくり拳虎が振り返った。
    「理由?」
     拳虎が呟くと、なゆたが指を一本たてて上を示してみせた。
    「でも蓮くんが怪我したらいけないから、上のフロアで語り合いませんか?」

    ●男でなくとも漢は拳で語る。
     拳虎と相対し、晴香は彼の殴りたい気持ちを発散させてやろうと心に決めていた。
    「キミの力は感情のままに他人を傷つける為の物ではなく、巨大な敵に立ち向かう為に使うべき物よ」
     拳虎が晴香の懐に飛び込んだ。体格とフットワークを生かしたインファイターらしい。ボディブローがしたたかに晴香の腹部に入る。晴香は歯を食いしばってナックルアローを叩きこんだ。
    「分かってもらえる迄は、何発でも殴られてあげる。正面から殴り合えば、わかってもらえるわよね?」
     晴香が言えば、チャクラバルティンに跨った真心が拳を掲げてみせた。
    「友を……矜持を……戦うチャンスを……下らん打算で汚された怒り! 全部吐き出せ! 言葉も拳も魂も! 全部まとめて受け止めるために、俺らはここに来たっすよ!」
    「全く、ロクに話も聞かずに殴りかかって来るとはな……」
     ヴァイスが仕掛けた影縛りを、目がよいのか素早く退った拳虎がかわす。
    「危険なところにお友達を助けに来る、拳虎さんを尊敬します。さゆだったら、絶対怖いって思っちゃうから」
     晴香の傷を癒しながら彩雪が声を振り絞った。
    「その優しい気持ちを、無くさないで欲しい、です」
     ふわふわの霊犬が拳虎に追いすがって切りつけた。よろけたところへ澪がエルボースマッシュを打つ。
     真心は愛機のエンジンをふかすと、壁から天井へと滑らかに愛機を操って拳虎を鋼糸で絡め取った。糸が締まり、拳虎の動きを阻害する。
     槍を繰り出した寵の一撃はすんでのところでかわしたが、なゆたの正中線連撃が思い切り叩き込まれて拳虎は唸った。
    「あなたの拳は強いけど、軽いです! ただ暴れるだけの拳でしょうか?」
     彼女の水着からは割れた腹筋が惜しみなく晒されていた。果たしてアンブレイカブルになりかかったボクサーのパンチに耐えられるか。晴香に入った一撃はかなり重い。
     だが、それは拳虎本来の拳ではないはずだった。
    「ボクサーの拳は、そうではないでしょう!」
    「その拳は何のためにあるんですか?」
     叫ぶ恭乃の前で闇が渦を巻き、弾丸のように撃ち放たれる。
     胸をとらえたその一撃に唸り声をあげ、拳虎は再び驚くべきフットワークで、灼滅者たちのただ中へ飛び込んだ。目標はなゆた。ジャブから左フックのコンビネーションを、しかし受けたのは滑り込んだ寵だった。
     その途端、恭乃の弾丸が残した毒が拳虎にスリップダメージを与える。

     吹き飛んだ寵をすり抜け、晴香と澪の連携攻撃が拳虎を襲った。鋼糸の影響が彼の足を捉えかわせない。エルボースマッシュとドロップキックが決まって弾き飛ばされる。
     たたらを踏んだ彼へとヴァイスの影が絡みつき、自由を更に奪う。
     霊犬さっちゃんと共に寵へと癒しの力を向けながら、もう一度彩雪が声をあげた。
    「このままじゃ、悪い人以外も……いつかは蓮さんも傷つけちゃうから、帰って来て、くださいです!」
     拳虎がくらりと頭を巡らせる。
    「……蓮を、俺が?」
     真心が武骨な縛霊手を拳虎に叩きつけ、片手でチャクラバルティンのハンドルを操りその突撃をも捻じ込む。
    「俺みたいなイロモノが相手だ、手から何でビームや電撃がーなんて余計なことは気にしなさんな。何のために握った拳か……忘れちゃいかんのはそんだけっすよ!」
    「ビームって何だよ、気になるだろ、普通!」
     反射的にツッコんだところへ、回復した寵がフォースブレイクを、なゆたが正拳突きを見舞った。
    「今の貴方は、ただの獣です! 自分を失わないでください!」
     恭乃の影がよろめく拳虎を切り裂く。

     ビームという言葉が頭に残ったのか、拳虎は両手を見た。湧き上がる闘気を晴香へと向ける。それはまばゆい光を放ち晴香を撃ち抜いた。血を吐きながらも、晴香がラリアートで応戦。
     思わず膝をつく彼女の前へヴァイスが滑りこみ、緋色のオーラを宿した拳を拳虎へ打つ。
    「稲垣が何故、貴様の攻撃を受け止めようとするかわかるか?」
     拳虎が顔をあげた。
    「貴様を惜しいと思えばこそ。そんなことも、もうわからんか?」
     彩雪とさっちゃんが晴香を癒しているのを茫然と拳虎が眺める。
    「私たちは貴様と同じだ。貴様のような力と衝動を抱え、それを制して生きている」
     澪が組みついてバックドロップを仕掛ける。ふらついて立ち上がったところへ怒号が響いた。
    「OK。飛び道具解禁タイム突入っすなァ! 吼えろチャク!」
     真心の足元から伸びた影が絡みつき、機銃掃射が浴びせられる。影が離れた瞬間、拳虎の目の前に寵となゆたが飛び込んだ。
    「君がそんな闇の力に振り回されて、蓮君が喜ぶと思う? 蓮君を大切に思うなら、少しだけ考えてみてくれないかな」
    「闇を祓う間、こらえてください!」
     閃光百裂拳と正拳突きの連携技をかわせない。
     解体ナイフをきらめかせて近付いた恭乃が、拳虎の攻撃をかわして毒の一撃を刻みこむ。
    「歯ァ喰いしばれッ!!」
     恭乃の声を背に、晴香と澪が拳虎をとらえた。澪のドロップキックがまともに入り、吹き飛んだ先で晴香がジャーマンスープレックスを決める。
     戦いは晴香と澪のツープラトンで幕を下ろした。


    ●お腹が減ったらおうちへ帰ろう。
     倒れ込んだ拳虎へ、エスカレーターを駆けあがった蓮が駆け寄った。激しい息遣いにほっと息をついたが、彼は拳虎の拳を見て声をあげた。
    「バンテージしてこなかったのか!」
    「心配ないよ。……多分俺、普通のボクシング、もうできないから」
     蓮が言葉に詰まって灼滅者たちを振り返る。『説得』の間語られていた内容を蓮も聞いていた。人を凌駕する力を得て、拳虎はもう戻れない。
    「貴方の拳、より多くの人のために振るってみませんか?」
     恭乃の言葉に、拳虎がちらりと彼を見て起き上がる。
     寵が身を乗り出し、学園についてざっと説明をした。
    「君はボクシング、私はプロレス。畑違いだけどお姉さんが話位は聞いてあげるわよ?」
     晴香に声をかけられた拳虎は、突然そわそわし始めた。
    「君の力が必要なの。一緒に学園で、やってみない?」
     重ねて問いかけられ頬を染めてうつむく。落ち着いてみると、周りには露出度の高い衣装の女性が三人もいる。かなりな目の毒だ。視線を逸らしながら、拳虎はぼそりと呟いた。
    「考えてみます……女に手あげて、すんませんでした」
     晴香はもちろん、なゆたを狙ったことも気にしているらしい。
     一度試合会場の体育館へ戻ることになったものの、拳虎は心底弱った様子だった。
    「まじ腹減った」
    「商店街でコロッケ買う?」
     ぞろぞろと灼滅者たちがビルを後にすべく、エスカレーターへと歩きだす。
     賭博業者たちの事務所を、ふと恭乃が振り返って目をぎらつかせた。ずどん、といういい音をたてて一室が壊滅し、ぱりーんとガラスが割れる音が響く。

     窓の外に業者たちを吊るしたまま、一行はビルと不愉快な過去を後にした。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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