熱海と花火とイフリートの手紙

    作者:相原あきと

     ――アタミ オデノスミカ ヤマノシタ ネズミ キタ。
     ――テガミ ダセバ カイケツスル キイタ。
     ――テガミ ベンリ オデ ネテル。

    「みんな、クロキバ派のイフリートが手紙を寄越してきてるのは知ってるわよね?」
     集まった灼滅者達に鈴懸・珠希(中学生エクスブレイン・dn0064)が聞く。
     それはクロキバ派のイフリート達から、灼滅者へ向けて石版の手紙が届けられるという事件(?)だ。
     どうやら厄介ごとを手紙に書いて出せば、灼滅者が勝手に解決してくれると思っているらしく、たいがいは害獣駆除……もとい、はぐれ眷属駆除である。
    「ちょっと不本意な気もするけど、放置したらしたでイフリートに暴れられて付近に大きな被害がでちゃうし、そうしない為にも、はぐれ眷属の灼滅に向かってくれないかしら?」
     珠希はそう言うとターゲットの説明を行う。
     場所は熱海にあるとある山、その中腹に廃棄された元旅館があるのだが、そこにネズミバルカンが8匹ほど住みついたとのことだった。
     8匹のうち7匹はよくいるバルカンを背負ったネズミだが、1匹だけガンナイフみたいのを2丁背負った大きなネズミがおり、それが群のリーダーらしい。
    「大きいのは他とは比べものにならないほど素早いから、狙う時はそこに注意してね」
     その廃旅館の周囲に人はいないので人払い等は気にしないで良い。
     また、正面玄関から堂々と入っていけば、ネズミ達は迎撃に現れるらしいので突入は昼間に行った方が光源を用意する必要無いので楽だと珠希は言う。
    「もしネズミバルカン達をさっさと倒したら、熱海の温泉宿で一泊して来て良いわよ? あ、ほら、イフリートに利用されるだけってしゃくに触るでしょ? だからよ?」
     別に労ってという意味じゃない! と珠希は言うが、とりあえず温泉でゆっくりして来て良いのは悪くない。
    「そうそう、当日の夜は近くで花火大会があるみたいなの、温泉宿にある露天風呂からも花火が見れるみたい、せっかくだから見て来ても良いんじゃないかしら?」


    参加者
    晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)
    四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)
    八塚・汀(砌・d03844)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)
    桜庭・黎花(はドジッコと呼ばれたくない・d14895)
    安楽・刻(拷問王・d18614)

    ■リプレイ


     伸びた蛇腹剣がその変幻自在の刀身でからめ取ろうとするが、壁や柱を跳ねるように高速で動くボスネズミがするりと刃の輪をすり抜ける。
    「こっちはなかなか当たらないですの!」
     聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)が地団駄を踏む。
     ペトロカースは命中するのだが、蛇腹剣の方はなかなか命中しない、それでも幾らか命中しているのは狙撃に特化している故だろう。
     背中にナイフと拳銃を背負ったボスネズミは、引き戻されていく刃をチラリと確認すると、その刃と同じスピードでヤマメに突っ込んでくる。
    「来ると思ったの!」
     予想通りと回避行動を取るが、ヤマメの着物の端と共に腕が切り裂かれる。
    「ヤマメちゃん!? 蓮、回復を!」
     八塚・汀(砌・d03844)の言葉に霊犬の蓮が癒しの眼差しをヤマメに向け、同時に汀も防護の符を飛ばす。
     早く倒して温泉! 花火!
     もちろん本命がそっちでないのはわかっているけど、汀も蓮もはやる気持ちを押さえられず、いつにもましてきりりと気合いが入る。
     熱海の山裾にある廃旅館、そこに住み着いたネズミバルカンをイフリートからの依頼で退治しに来た灼滅者達だったが、素早いボスの足をバッドステータスで止めつつ、まずは通常のネズミバルカンを1体ずつ集中攻撃で減らし、5体以下に減らしてから一気に列攻撃で倒す……灼滅者達が考えたのはそんな作戦だった。
    「これで……」
     晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)のオーラを纏った手刀がネズミを肩口から切り裂き、四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)が即座に連携して虫の息のネズミにとどめを刺す。
    「残りは5体だ」
     斎の言葉に仲間たちが一斉に攻撃方法を変える。
     武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)が掌から豪火を解き放ち。
     十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)が二刀のナイフを振るえば呪いの毒が竜巻となって屋内を駆けめぐる。
     何体かが避ける中、両方の攻撃をくらったボロボロのネズミの前に安楽・刻(拷問王・d18614)が立ちふさがり、巨大な刀と化した己が腕でトドメを刺す。
    「さあ、素敵な温泉を楽しむため、もとい近隣の迷惑を防ぐために、まだまだ行くわよ!」
     桜庭・黎花(はドジッコと呼ばれたくない・d14895)は情熱的に踊りながら残ったネズミ達を再びまとめて攻撃する。
     ちなみにダンスはちょっとぎこちない。
    「しょうがないじゃないっ、こ、こけたら恥ずかしいし」
     ごもっとも。


     ネズミバルカン達を仲間に任せ、ヤマメの援護とばかりにボスと対峙する朔夜だったが。
    「また……」
     冷静ながらも苛立ちが見え隠れする。足止めを狙った黒死斬はそうそう当たらない。ボスネズミは石化を嫌ってかヤマメの方へと突撃し、ヤマメが霊犬の蓮と共に近接で切り裂いてくるボスの攻撃を紙一重でかわしていた。
     朔夜はヤマメと戦うボスを観察しながら機を伺う。やがて、ネズミの背のナイフとヤマメのウロボロスブレードが鍔迫り合いを行い、キキンッとお互い距離をとる。
    「……今」 
     グッとガトリングガンを構えるとボスに向かって一斉掃射。
     横合いから雨霰と降り注ぐ弾丸に、ボスが慌てて回避行動を取る。
     高速で動けることを良いことに、弾幕が薄い道へ――。
    「ギッ!?」
     その瞬間、ボスネズミは困惑した。
     目の前に紫の髪をなびかせた黒衣の少女が先回りしていたからだ。
     弾丸の雨は囮、一筋の逃げ道こそネズミを誘いこむ罠だったのだ。
     慌てて逃げようと背を向けるが――。
    「……遅い」
     背後から黒き死の手刀が振り切られ、ネズミの後ろ足を切り裂く。
     一目散に距離を取るボスネズミ。
     だが、一度斬られただけ、この程度で……。
    「一気に動きが鈍くなったですの」
     ヤマメの言う通りだった。
     たった1度、しかしジャマー効果を発動させる朔夜にとって、その一撃で十分なのだ。まして、殺気を放ち事前に【妨アップ】を得ていた今、ボスネズミは急に身体が重くなったと感じているだろう。 
    「いや、十分、です」
     深月紅が二刀のナイフを構える。
     片方は逆手に持った曲刀型、もう片方は順手に持った長い直刀、刃は七色の炎を灯して燃え上がる。
    「四肢を、掲げて、息、絶え、眠れ」
     ボスネズミが床を蹴り跳び上がるも、刃の1つは回避できたが2の刃はかわせず深く腹を切り裂かれる。
    「ギ、ギッ!」
     とっさに逃げようと暗がりへ向かって走ろうとするが、暗がりから浮き上がるように刻のビハインド、黒鉄の処女が現れ行く手を塞ぐ。
     即座にそばの柱にジャンプし、そこを支柱に方向転換するボスネズミ。
     だが、柱から跳躍するタイミングと同じくして、ビハンイドを配置していた刻がチェーンソー剣でカウンター気味にボスネズミの足をジグザグに切り裂いた。
     ゴロゴロと転がり、ぐっと起きあがろうとするボスネズミ。
     すでに残りのネズミバルカン達は全滅していた。
     故に深月紅や刻が現れたのだ。
     つまり――。
    「恨みはないけれど容赦はしないわっ」
     黎花が腕を鬼に変えて突っ込む。
     力を振り絞り逃げようとするボスネズミだが、前の床を風の刃が切りつけ、後ろに下がろうとすれば六文銭が打ち込まれ、動きを封じられる。
     汀と蓮がお互いうなずきあう、ナイスコンビネーションだ。
     だが、黎花の攻撃をボスネズミは背中のナイフ部を盾にするように威力を相殺、足こそ厳しい状態だが戦えない訳ではないと殺気を放つ。
    「ヂュウゥゥッ!」
    「はは、何言っているかわからないけど……もう終わりさ」
     斎がボスネズミを指差すと同時、赤いオーラの逆十字がネズミの内側からその身を裂くように現れる。
    「ギ、ギゥ……!」
     窮鼠猫を噛む。
     そのことわざの通り、最後の力を振り絞って逃亡をはかるボスネズミ。だが、ピキピキと嫌な音に振り返ると下半身が石化していた。
     フッ。
     差した影に顔を見上げれば、そこに立つは刀身だけで人の身の丈に匹敵するほどの巨大な大剣を振りかぶった勇也。
     この戦いは、滅者達が列攻撃を効果的に使い、ボスの動きをバッドステータスで止める作戦を立てた時点で、すでに結果は見えていたのかもしれない。
    「黙祷ぐらいは、してやるさ」
     ドンッ!
     鉄塊と言うべき質量に押しつぶされ最後のネズミは塵と化したのだった。


     昼間のうちに廃旅館でネズミバルカン達を退治した灼滅者達は、夕暮れ前には件の旅館に到着していた。
     それぞれ汗を流した後は、畳敷きの部屋でエクスブレインに報告がてら集まっていた。
     ただし、花火が見られるのはペット不可の大露天風呂らしく、霊犬との温泉を楽しみにしていた汀だけが、今のうちにと部屋についている温泉風呂を蓮と満喫していた。
    「それにしても、イフリート、から、依頼、ね。珍しい、ことも、あるのだ、ね」
     浴衣姿でお茶を飲みつつ、座椅子に座って深月紅が呟く。
    「便利屋扱いは変な気分だけど、眷属を倒してイフリートも大人しくしていてくれるなら、文句はないの」
     そう返すのは窓際の椅子に座った朔夜だ。
    「そうだな。どちらも暴れられるのは困る以上、大人しくしてもらえる様、聞き入れなければいかんというところか……」
     エクスブレインへの報告を終えた勇也が、畳に胡坐をかく。
    「本当は怒る所なのだろうけど……」
     そこまで言って斎が思わず吹き出し、皆が何事かと視線を向ける。
    「いや、あの手紙を思い出してさ、片言過ぎて……くっ、駄目だ、笑っちゃう」
     あははと笑う斎に、思わずほかの仲間数人の口元が綻ぶ。
    「みぎわもかわいいと思うー!」
     蓮と一緒に部屋にやってくる汀。
     黒い毛並みのスピッツ子犬な蓮は、お風呂上がりで毛がしょんぼりしている。
    「それに、おねがいごときくのは、良いことだと思います! だってもっと仲良くなれるチャンスです!」
     両手を使ってアピールする汀。
    「そうですね。僕たちは便利屋じゃない……でも、お手紙はちょっとかわいかったです」
    「うん!」
     刻の言葉に笑顔で頷く汀と、真似する蓮。
     そんな2人に黎花がバスタオルをかけ、まだ乾ききっていない髪を一緒になって乾かしてあげる。
     そして……。
    「夕飯が来たの!」
     ヤマメが部屋に戻ってきてすぐ、旅館の仲居さん達が山海の幸をふんだんに使った料理を次々に運んできたのだった。


    「あ、これなんて可愛いですの」
    「本当だ、ねぇこっちも可愛いよ?」
     夕飯後、旅館を散歩して見つけたお土産コーナーにいるのはヤマメと黎花だった。
     可愛いご当地キーホルダーや、ここでしか買えそうもないぬいぐるみとかで盛り上がる。
    「それにしても、夕飯もおいしかったわよね……え、何食べてるの?」
     ふと見ればヤマメがお土産で買ったお菓子を食べていた。
    「え……別腹? あ、お土産用は他に大きなのを買ったですの」
     笑顔のヤマメに思わず笑う。こういうところに来たからには堪能するべきだろう。
    「聖さんこの後は?」
    「わたくしはみぎわ様としどうじ様と一緒に浜辺の花火大会に行くですの! さくらば様は?」
    「私は他の皆と大露天風呂かな、温泉入りながら花火が見れるなら見てみたいし」
     もちろん、全員で露天風呂もよかったが、そうすると蓮といられない汀が少し可愛そうだ。口に出さずともそこに思い至り、いつの間にか仲間として思いやりが生まれている事に2人は同時に微笑むのだった。


    「(人混みは苦手なんだけどな……)」
     楽しみにしている女の子2人の手前、そう愚痴るわけもいかず、なんとかビーチまでやってきたのは斎だ。
     今は蓮と一緒に砂浜にシートを敷いて場所取り中。
     すでに人混みはピーク、周囲もどんどん埋まっており、砂浜では無い場所は日が落ちる前から場所取りしていたんじゃないかと思うぐらいだ。
     だが、海から吹き付ける風は人の多さに関係なく浴衣姿の身体に心地よい。横の蓮も気持ちよさそうに目を細めている。
    「お待たせしましたの! はい、どうぞですの?」
    「蓮もおまたせー」
     ヤマメと汀が屋台で買ってきた食べ物を手に戻ってくる。
     先ほど夕飯を食べた後なのだが、こういうのは雰囲気が大事だ。
     斎も1つもらいパクつく、意外とおいしかった。
    「そういえば聖は温泉を楽しみにしてたんじゃなかったのか?」
     たこ焼きを頬張るヤマメが振り向き。
    「あ、温泉は花火の後にもう一回ですの♪」
     笑顔で言われてしまった。
    「アンッ!」
     と、蓮が鳴き何かと思えば、浜辺からヒューと一筋の火の尾が昇っていく。
     会場全体、すべての視線が夜空へと向き。

     どーーんっ!

     巨大な光の花が咲く。
    「きれいきれい!」
     汀が手を叩いて喜び、蓮はあまりの音にポカンと驚いていた。
    「次々来るですの!」
     ヤマメの言うとおり、花火が連発で打ち上げられる。
     花火師達も一目置くという熱海の花火大会が始まった。
    「ひゅー! っぱーん!!」


    「……きれい」
     思わず呟いたのは朔夜だ。
     大露天風呂は花火会場の浜辺に比べれば距離がある。
     だが、温泉に入りながらの花火は、それを補ってあまりある風情があった。
     水着姿で少し恥ずかしく、皆から少し離れて露天風呂の端に腰掛けていた朔夜だが、思わず視線が花火から離れなくなる。
     咲いては消え、消えては咲き、輝く大輪は後から後から打ち上がり、大小様々な大きさの花火が時に連発に、時に同時に広がり、真っ黒な夜空を彩り同時に眼下の熱海湾にも等しく大輪の花を浮かべていた。
     さらに人々を魅了しているのが花火の音だ。山々に囲まれた熱海湾は、ちょうど天然の音楽スタジアムのように音を反響させ、見ている者達を浮き世離れさせた気分にさせる。
    「花火きれいだなぁ……!」
     露天の縁に顎を乗せ、海に上がる花火に見とれる刻がため息を漏らす。
     湯につけぬよう頭の上に乗せたタオルが時々ずり落ちてくる。
    「他のお客さんもみんな花火ね」
     そう話しかけてきたのは黎花だ。ただ、その後、じっと見られてるような……。
    「え、なんです?」
    「んー……やけに肌が綺麗よね」
    「そうですか?」
    「そうよ」
     なんとなく重圧を感じる刻は、そういえば他の人は……と思わず話を振る。
     きょろきょろと見回してみれば少し離れたところに深月紅がいた。
     スタイルの良い身体を黒のビキニタイプの水着で包み、1人でゆっくり温泉に浸かりながら花火を堪能しているようだ。
     なんとなく絵になる空気に話しかけるのを止める黎花と刻。
    「そういえば、夕飯を片づけていた仲居さんが美肌に良い湯もあるって言ってましたよ?」
    「美肌の湯!?」
     夕飯を食べてすぐ黎花はヤマメと探索に出かけてしまったので、ちょうど黎花達がいなかった時に聞いた話らしい。
     これは朝も温泉に行くしかないわね、そう黎花は決意するのだった。
    「おい、そろそろクライマックスだぞ」
     やがて壮大な花火大会は終わりを迎えようとしていた、勇也の声に誰もが固唾を飲んで漆黒の海と空に視線を移す。
     勇也も大露天風呂の大岩に背を預け、スポーツドリンクを一口飲むと、皆と同じように熱海湾へと視線を向け……そしてフィナーレが始まると、勇也は二口目を飲むのを忘れてしまう。
     それほど――。
    「……すごい」
    「うわぁ」
     誰もが息を飲み、その光景に目を奪われる。
     湾を横断するかのように、横一直線、約千mに渡り一気に打ち上げ花火があげられる。
     大地からひっきり無しに咲き乱れる光の乱舞は、全てを消し去る轟音とともに、まるで真昼のように空と海を染め上がる。


     夜空が一瞬にして真っ白になる。
     そう見えるほどの連発花火が目の前で次々と打ち上げられるのだ。
     花火会場の斎とヤマメと汀と蓮は、ただただその迫力に圧倒されていた。
     ふと、手紙をくれたイフリートも、山の上からこれを見ているのだろうか?
     もしそうなら、これは十分過ぎる報酬とも言える。
     少しぐらいなら感謝しても良いかもしれない。
     空中から幾筋も光の帯が流れ、まるで壮大な滝のような残滓を残して花火が終わる。
     そういえばもうすぐ八月だ。
     夏は、これからだ。

    作者:相原あきと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 4
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