食う女

    作者:飛翔優

    ●キリングorハングリー
    「食べなきゃ……食べないと……」
     少女は食う、ことある度。
     腹が満たされないわけでもなく、美味しい物を求めているわけでもない。
     ただ衝動を満たすため。
     夏休みに入ってから感じている殺人衝動を誤魔化すため。
     何故、殺人衝動が芽生えたのか、そのための力を得たのか……分からぬまま、少女は食べ続けていく。
    「じゃないと、私……」
     いつまでも、いつまでも……己の衝動赴くまま、堪えきれず人を殺めてしまう、その時まで……。

    ●夕暮れの教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな挨拶とともに説明を開始した。
    「高柳一葉さんと言う名前の高校一年生が、闇堕ちして六六六人衆になろうとしている事件が発生しています」
     本来、闇堕ちしたならばすぐにダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、一葉は人としての意識を失わず、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「もしも彼女が灼滅者としての素養を持つのであれば、救い出してきて下さい。しかし、闇堕ちしてしまうようであれば……」
     そうなる前に、灼滅を。
    「それでは、まずは一葉さんについて説明しましょう」
     高柳一葉、高校一年生。責任感が強く気丈な性格で、クラスや友人間では頼れるまとめ役と信頼されている。一方で悩みなどを溜め込む癖があり、その際には食べることでストレスを解消していたという。
    「六六六人衆として覚醒しかけた一葉さんは、食べることで殺人衝動をごまかしています。普段から運動していたお陰か、あまり太らない体質となっていたのは幸いでしたが……」
     ともあれ、このままではいずれ破綻する。
     破綻した後、起きるのが殺戮であることは想像に難くない。
    「皆さんが赴く当日、一葉さんは自宅である一軒家で過ごしています。両親は仕事に出かけているため、チャイムさえ押せば接触できるでしょう」
     チャイム越しに接触した後、説得し信頼を得て玄関を開けさせる必要がある。
     対面を果たした後は、恐らく簡単な会話の後に戦いとなるだろう。
     ……もしも説得に失敗した場合、玄関を破り討伐に向かうこととなるのではあるが。
    「……ともあれ、続いて六六六人衆と化した一葉さんの戦闘能力について説明します」
     八人ならば倒せる程度の力量で、特に破壊力に優れている。
     戦いの際は噛み付くことによる体力吸収、両手を組み合わせて叩きつけることによる攻撃と防御アップを両立する技、そして両腕を振り回して周囲を薙ぎ払いつつ毒などを浄化する技を使い分けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は現地までの地図など必要な物を手渡した後、締めくくりへと移行した。
    「本来なら、一葉さんは殺人に至るなどない方……なのだと思います。それが、六六六人衆と化そうとしてしまい、先ほどの様な状態に……。……ですので、どうかできる限りの救済を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    蒼月・悠(蒼い月の下、気高き花は咲誇る・d00540)
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)
    風見・孤影(夜霧に溶けし虚影・d04902)
    ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)
    九重・木葉(矛盾享受・d10342)
    幸宮・新(弱く強く・d17469)

    ■リプレイ

    ●恐怖を食事で誤魔化す少女
     厚い雲に閉ざされた空、変わらず熱を運び続ける夏の風。雨でも振りそうな微かな匂いを感じながら、灼滅者たちは街中に佇む高柳家へとたどり着いた。
     この度の目的である高柳一葉しかいないというのは本当なのだろう。人の気配は殆ど無く、物音も枝葉の音色にかき消されている。
     あるいは……衝動に抗うため、動きを最小限度に抑えているのかもしれない。
     いずれにせよ、接触しなければ始まらない。灼滅者たちは頷きあった後、御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)が代表してインターフォンを押していく。
     来客を告げる音が鳴り響き、待つこと十数秒。小さな雑音が響いた後、家の中との回線が開かれた。
    「……はい、どちら様でしょうか?」
     どこか震えている、か細い声。
     何かあればすぐに回線を切ってしまいそうな、そんな拒絶の意思も滲ませていた。
     けれど言葉を紡がなければ先へ進むことなどできないから、天嶺が口火を切っていく。
    「一葉さんですね」
    「……そうですが、どちら様でしょうか?」
    「突然、訪ねてきてすいません。今、貴方を襲っている状況を救いたくて来ました」
     息を呑む音が聞こえて来る。
     すかさず天嶺は口を開き、一葉に畳み掛けていく。
     人を無差別に殺したいという衝動。
     食べる事により今は抑え込んでいるが、限界があると。一葉は限界に達しようとしているのだと。
    「……」
     説明のさなか、一葉からの返答はない。
     疑っているのか、悩んでいるのか……いずれにせよ、しなければならないことに違いはない。
     続く言葉は、風見・孤影(夜霧に溶けし虚影・d04902)が紡ぎだした。
    「実は私も、君のように人を殺す衝動と抗ってきた。いや、今でも抗っている」
    「え……」
     六六六人衆の宿敵、殺人鬼。孤影の持つ宿業
     一葉が乗り越えた先に在るべき姿。
    「私も一人で足掻いてきたけど、君はもう独りじゃない。私達が君を支える」
     だからこそ、孤影は支えたい。気持ちは嫌というほどわかるから。
    「泣きたいと叫びたいと同じ、適当に発散しないと体に悪い。それに食うばっかりじゃ……太るよ?」
     最後は冗談めかした調子で締めくくり、一葉の反応を待っていく。
     沈黙ではあれど回線が閉ざされることはなかったから、続いて九重・木葉(矛盾享受・d10342)が語り出した。
    「人殺ししたいって衝動は……高柳が何かしたから、生まれたわけじゃない。それは……すごく怖い感覚だけど……高柳が望めば、良いものにだってできるし」
    「……え?」
     戸惑いと、期待。
     短い返答から感じ取り、木葉は言葉を続けていく。
     人を殺したい、その衝動は灼滅者として覚醒したとしても、今後もつきまとう。
     自分の殺人衝動に戸惑って、拒絶しようと思ったこともある。それでも……。
    「それは守りたいものを守る力にも、なるよ。学園は、そんなやつらがいっぱいいるよ」
     だから力になれると一葉はまだ選べるのだと。
    「それに、ご飯は皆で美味しく食べるほうがいいと、思うんだ」
    「……」
     最後はやはり冗談めかして、けれど思いはより強く。木葉はしばし返答を待った後、幸宮・新(弱く強く・d17469)へバトンを渡していく。
    「そうだね……具体的な方法だけど、今、僕達と、……その、戦って発散してもらえれば、その衝動も抑えられると思うんだ」
     手段の提示。
     全ては一葉に選ばせるため。
     選んでもらうための言の葉はこれまでも、これからも……。

    「何だか集ってしまった、という形ですが……」
     積み重ねるため、蒼月・悠(蒼い月の下、気高き花は咲誇る・d00540)が口を開いた。
    「その衝動と戦っているのは貴方だけじゃありません。私たち皆、形は違えど戦っています」
     悠はエクソシスト。己がうちにある迷宮の主不死の王へとなろうとする衝動と戦っている。
     衝動を抑える為に別の衝動をかぶせている一葉。自分の中の衝動と抗うその力に敬意を表したい。
    「でも私は大切な人たちと一緒に生きたい。自分だけじゃなく友だちとも。だから……」
     必ず救いたい。
     悠は静かな声で締め括る。
    「だから、どうか負けないで下さい」
    「……」
     返答はない。
     紡げないのだと、漏れ聞こえてくる嗚咽から感じ取ることができた。
     もはや拒絶されることもないだろう。だからこそ……少しでも心が軽くなるように、有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)も言葉を紡ぐのだ。
    「つらかったら弱音を吐いていい。他人に迷惑をかけていい。ボク達は一葉の黒くて弱い部分も受け入れることができる。でも、扉越しでは手を差し伸べることもできないんだ」
    「一人で悩まないでいい。食べてごまかさなくてもいいんだよ」
     優しく、穏やかに、墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)も語りかけていく。
     不安を少しでも和らげることができるよう。自分が無差別殺人を犯すかもしれない、しかも何故かわからないものを抱える少女の心を救いたいから。
    「力いっぱいぶつかって、私達が止めてあげるから! そしたら……友達になろう?」
     見えなくても微笑んで、泣いている、泣き続けていた少女に届くよう。
     光を与えられるよう、ルリ・リュミエール(バースデイ・d08863)も言葉を紡ぐのだ。
    「もう独りで悩まないで。もう独りで苦しまないで」
     耐えている人々のために学園があると。理解してくれる人たちがいるのだと。
    「だから……一緒にいこう? もう、一葉ちゃんは独りじゃないんだよ。ここに集まった全員が、貴方を助けたいと願っているんだから!」
    「……うん」
     小さな返事が、契の証。
     由希奈が表情を輝かせ、仲間たちと頷きあった。
     けれど、落ち着くには時間が必要。返答後も変化のない状態でも、灼滅者たちは静かに待っていた。
     そして……鍵の開く音が聞こえてくる。
     入ってきて大丈夫との声も聞こえてきた。
     小さく頷いた後、由希奈が門を開いていく。
     素早く玄関へとたどり着き、高柳家の扉をくぐり抜け……。

    ●三つの六は刻ませない
     焦ったはずだ。
     辛かったはずだ。
     苦しかったはずだ。
     痛かったはずだ。
     怖かったはずだ・
     震えたはずだ。
     叫んだはずだ。
     涙が出たはずだ。
     ――でも、独り耐えていた。一葉は独り、耐えていた。
     土産物を収めたガラスケース程度の調度品が置かれている廊下を歩く中、ルリは決意を胸に秘める。
     自分を壊してでも人を傷つけたくないと願う女の子の、そんな心優しい答えが出せる女の子の眼の前に広がる世界が、血と死と暴力しかない世界だなんて、絶対に認めない。
     否定するために、今、リビングにて待つ一葉の下へとたどり着いたのだから……。
    「……あの」
     泣きはらした目元、枯れた声。
     瞳も不安に揺れていた。
     宿りし微かな輝きに答えるため、新が静かな声音で語りかける。
    「……大丈夫、これまで一人でずっと耐えてきた一葉さんんいなら、その力もちゃんと制御できるから」
    「……うん」
    「だからこれからは、しっかり味わって、好きなものを食べて。食べることを純粋に楽しんでほしいな」
     ものを食べることが、こんなに悲しいことであってはならない。
     楽しいことへと変えるのだと決意して、新はこの場所へとやって来た。
     通じたか、或いはどこかおかしく思ったのか、一葉が小さな笑みをこぼしていく。瞳に更なる光を宿し、両手を合わせ胸元へと持っていく。
     刹那、姿がぼやける。
     即座に六六六人衆へと変貌した。
    「この技、あまり好きじゃないけど……そうも言ってられないよね!」
     言葉紡げぬ六六六人衆に、ルリが肥大化した腕で殴りかかる。
     肩を強打したまま抑えこみにかかったなら、すかさずへるが左側へと飛び込んだ。
    「さあ、一気に攻めていくよ! 少しでも速く、一葉さんが一葉さんに戻れるように」
     槍に螺旋状の捻りを加え、右脇腹へと突き立てた。
     反対側へは新が飛び込み、掌に瞳を宿す手甲を左肩へと叩きこむ。
    「まだだ!」
     衝撃の瞬間、霊力を開放し六六六人衆の体を縛り付けた。
     攻撃の好機を見逃さず、天嶺は黒き刀身に赤き炎を走らせる。
    「炎には浄化の力があるんだ。焼き尽くせ!」
     斜めに切り上げたなら、六六六人衆の体が赤き炎に包まれた。
     それでも、六六六人衆は拘束から抜けだした。
     両腕を組み合わせ、孤影目掛けて振り下ろし――。
    「っ!」
     ――霧状の影で受け止めて、貫くような衝撃に目を細める。
    「素人にしては良い攻撃だ、だが単純過ぎる。灼滅者と戦い方、教えてやる」
     弾いた後、ひとまず蛇の如き剣を体に纏う。
     防御が固められていく前衛陣の合間を縫い、悠は指輪から魔力の弾丸を撃ち出した。
    「汝が罪を重ねるのを我が祈りで抑えて見せる! 真なる心の声を聞け! その手は殺すためだけにはあらず」
     左肩へと突き刺されば、六六六人衆は動きを止める。
    「そこ!」
     隙だらけの背中を、木葉の刀が切り裂いた。
     蹌踉めいた六六六人衆。抑えこまれているのか、重ねられた力を前に攻撃に移れない。
     移れたとしても抑えこむと、木葉は刃を煌めかせる。
     少しでも被害を減らし、倒すこと。それこそが、一葉を救う方法だから……。

    「がんばって!」
     麻痺を、拘束を重ね、攻撃を途切れさせることなく六六六人衆を追い込むことができたから、討伐を願いルリがへるに光輪を投げ渡す。
     治療と共に思いを受け取ったへるは、静かな息を吐き出しながら手招きした。
    「内に溜め込んだもの全て吐き出して! 弱いことは悪い事じゃないから!」
     全て、受け止めると。
     六六六人衆が振るう力でさえも!
     促されるがままに放たれた噛み付きを、へるは肩で受け止める。
     優しく、優しく抱きしめて、僅かな間だけ動きを制した。
    「……」
     見逃さぬと、天嶺は刀を鞘へと収める。
     一歩だけ踏み込んで――。
    「神速抜刀……一閃!」
     ――光なき軌跡を描き出し、六六六人衆を震わせた。
     直後にへるの両腕から開放された六六六人衆。ダメージが溜まっているのか、足元すらもおぼつかない。
    「渾身の一撃だ、受け取ってみよ!」
     構わぬと、孤影が銀の斬撃を背中に刻み込んだ。
     足元をふらつかせるがままに戻ってきた六六六人衆を見据え、へるはギターに手をかける。
     完璧な人間なんていない。
     聖人君子な人間なんて気持ち悪いだけ。
     でも、割り切れない人もいる。道化になれば楽になれるのに……。
    「ま、お勧めできるものでもないかっ」
     道化にはならない方がいい。
     違う道も選べるはずだからと、弦を弾き曲を紡ぐ。
     激しきビートへと昇華させ、六六六人衆へと叩き込んだ!
    「がは……」
     此度初めての言の葉は、断末魔を示す小さな悲鳴。
     六六六人衆としての姿が薄れ、一葉本来の姿へと戻っていく。
     小さな笑みを浮かべていた彼女を抱きとめて、へるは安堵の息を吐き出した。
     寝息が、暖かな熱が救えた証。
     灼滅者たちは介抱と治療を行うため、動き出した。

    ●始まりのティーパーティー
     程なくして、リビングのソファで目覚めた悠。
     示された感情は感謝の嵐。灼滅者たちは笑顔で受け取り、ねぎらいの言葉も投げかけた。
     その上で、悠が語りかけていく。
    「一緒に戦って行きましょう、己の中にある衝動と」
    「ようこそっ……これで、一緒だねっ」
    「……うん!」
     由希奈はまっすぐに手を差し伸べて、ほほ笑みとともに誘いかけた。
     硬く握り返してくれたから、小さくうなずき笑いあう。
     契が交わされ、後は……といった時、小さなお腹の音が鳴り響いた。
    「……はは……ええと、いっぱい動いて、すっきりして……お腹すいちゃった」
    「あ、だったら残ってるお菓子とかあるから、食べて行かない?」
     どうしよかと悩み始めた木葉に、一葉が明るく提案する。
     否を唱える者はいない。交流を深める事も含め、しばし滞在していこう。
    「……そうだ」
     飲み物などの準備も終わった頃、新が一葉に話しかけた。
    「さっきの戦いで割れちゃったけど……よかったら食べてみてよ。……味はそんなに悪くないと思う、多分」
    「……ありがとう。頂きます」
     自作のクッキーを手渡して、一葉を静かに労った。
     美味しいという言葉が笑顔を広げ、暖かな時間が開幕する。
     いつまでも、そしてこれからも。
     一葉は、灼滅者として生きていく道を選んだのだから。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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