夏の悩み事、女の子の悩み事

    作者:飛翔優

    ●去年の水着は入らない
     一週間後、友人たちと海へ行く。
     箪笥の奥から去年の水着を引き出したけれど、ものの見事に入らない。
     太ったと、少女は深く落ち込んだ。気分転換にと散歩に出た。
     元からぽったりした体型だとのコンプレックスを抱いていた少女は、街を歩く人々を見て思い悩む。
     やはり自分は太っている。だから水着に嫌われた。自分より太っている者などいないのではないか……と。
     悩んでいる内に人とぶつかり、ふらつき電柱に頭を打つ。
     ――意識を彼方へと手放せば、もう体型に悩む少女はどこにもいない。
     少女は変貌した。蒼き腕と巨体を持つ、デモノイドと呼ばれる存在へと。
     ならば、これより繰り広げられる光景は……。

    ●夕暮れ時の教室にて
    「そういう女子がいるかもしれないとは思ったが、まさか本当にいるなんてな……。……何はともあれ、葉月、後をよろしく頼むよ」
    「はい、信彦さんありがとうございました。それでは、早速説明を始めさせて頂きますね」
     遠野森・信彦(蒼狼・d18583)に頭を下げた後、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は灼滅者たちへと向き直った。
    「水島佳奈美さんという名前の中学二年生がや見落とし、デモノイドになる事件が発生しようとしています」
     デモノイドとなった一般人は理性もなく暴れ回り、多くの被害を出してしまう。しかし、今ならばデモノイドが事件を起こす直前に現場へと突入することが可能だ。
    「なのでデモノイドを灼滅し、被害を未然に防いできて欲しいんです」
     もっとも……と、葉月は声音を明るくした。
    「デモノイドになったばかりの状態ならば、人間としての心が残っている可能性があります。佳奈美さんの心に訴えかけることができれば、灼滅した後にデモノイドヒューマンとして助けだすことができるかもしれません」
     救出できるかどうかは、デモノイドとなって者……佳奈美がどれだけ強く人間に戻りたいと願うかどうかにかかっている。
     一方で、デモノイドとなった後に人を殺してしまった場合、人間に戻りたいという願いが弱くなるため助けるのは難しくなってしまうだろう。
     静かな呼吸とともに区切りを入れ、葉月は次の説明へと移行した。
    「佳奈美さんは皆さんが赴く直前、お昼過ぎの街中を歩いています。去年の水着が入らなかった……そんなショックを和らげるために」
     しかし、間の悪いことに佳奈美が街中で見た人々は全員痩せているように思われた。結果ショックは和らがず、ふらついた果てに電信柱で頭を打ち……デモノイドとして覚醒する。
     そのため、彼女が電信柱で頭を打った直後に接触し、人払いも行えば、人的被害を出すこと無く相対する事ができるだろう。
    「……本来は、確かに少しぽっちゃり系の気はあるものの、水着が入らなかった理由は単に成長しただけだったりするのですけどね……。……ともあれ、その後は声掛けと戦いを。灼滅するにせよ救い出すにせよ、戦って倒さなければなりませんから」
     力量は八人を相手どれる程度で、破壊力に優れている。
     体重を乗せたのしかかりは麻痺をもたらし、持ち上げてから地面へと叩きつける攻撃は攻撃力を削いでいく。無茶苦茶に暴れまわることにより、周囲に存在する者を薙ぎ払い加護を砕いていくことも。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「佳奈美さんは、決して望んでデモノイドになったわけではありません。人を殺したいわけでもありません。ですのでどうか……最善の行動を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    東雲・由宇(神の僕・d01218)
    三芳・籐花(和ぎの揺籃・d02380)
    水葉・楓(紅の辻風・d05047)
    神楽・蒼護(蒼天翔破・d13692)
    志乃原・ちゆ(パルランテ・d16072)
    前塚・ミサ(高校生サウンドソルジャー・d18428)
    遠野森・信彦(蒼狼・d18583)
    榊・セツト(羅王・d18818)

    ■リプレイ

    ●とある平和な街中で
     夏の陽射しに負けぬ笑顔を輝かせ、人々は街中を歩いて行く。午後も精一杯遊ぶのだと、楽しげな会話で青い空を満たしていく。
     表情を曇らせているものがいるならば、それこそ体型に悩むぽっちゃり系女子・水島佳奈美に他ならない。
    「あ……いたよ!」
     水葉・楓(紅の辻風・d05047)が声を上げ、仲間たちの視線を導いた。
     灼滅者たちが見つめる中、佳奈美は人とぶつかりよろめいていく。
     電信柱に後頭部を強打した。
    「い、痛そう……」
     耳に届いた鈍い音。崩れ落ちていく体。
     三芳・籐花(和ぎの揺籃・d02380)は思わず目を閉ざしそうになったけど、拳を握って抗った。
     早々に作戦開始だと、榊・セツト(羅王・d18818)が声を声を上げていく。
    「大丈夫っ! あなたは太ってないっ!」
     力も用いて一般人の意識を乱す中、佳奈美はゆっくりと立ち上がる。
     言葉が聞こえたか、聞こえぬか……伺うこともできぬまま、デモノイドと成り果てた。
    「まずは人払いを……」
    「ああ。あんま見られたくはない姿だろうしな」
     神楽・蒼護(蒼天翔破・d13692)が人払いの結界を、遠野森・信彦(蒼狼・d18583)が音を遮断する力を用い、作戦への準備を整える。
     未だ意識が覚束ぬのかきょろきょろと周囲を観ているデモノイドを監視しつつ、前塚・ミサ(高校生サウンドソルジャー・d18428)はナノナノを呼び出した。
    「ナノナノは治療をお願いします。わたくしは……まずは、説得を」
     今ならまだ、人へと戻れる。
     その為にこの場所へとやって来た。
     周囲に被害がないようお膳立てした上で、灼滅者たちは立ち向かう……!

    ●それは成長した証
     デモノイドと化した佳奈美を救いたい。
     そのためにも負ける訳にはいかないから、楓はオーラを雷へと変換した。
    「……」
     真正面から見据えるは、言葉を心へと届けるため。
     拳を握り、飛び上がり、肩へと雷を注ぎ込んでいく。
    「昨年の水着が入らないなら新しいのを買ったら良いよ」
     育ち盛りなら昨年の水着が入らないくらい成長するもの。胸とかお尻とか大きくなって、昨年の水着が入らないーとか言って、成長を感じるものなのだ。
    「新作ものとか色んな水着を並べてみたりしてさ。海に行く前に水着を買いに行くのもとても楽しいよっ」
     もっとも……と、言葉の終わりに楓は表情を曇らせる。
     飛び退くと共に胸を触り、己の体型を鑑みて……深いため息を吐き出した。
     呼応するかのように、デモノイドは腕を振り回す。
     真正面から受け止め、後方へと退きながら、東雲・由宇(神の僕・d01218)は己の心を闇へと浸した。
    「中二といえばまさに成長期まっただ中。当然体は大きくなるし、今まで着てた洋服がー!? ってなるのはみんな経験する事よ。ってか私もそうあったしさ」
     痛みを和らげながら言い連ねるは、越えなければならない思い出か。
    「太りすぎとか思うのもね、思い込みがあるからそう見えるだけなんじゃない? 気持ちは分からなくもないけど、一回でいいから思い込み捨てて一息ついてみようよ」
     折角の夏なのに、闇堕ちしてパーにしちゃうなんて勿体無い。
     何が何でも連れ戻すため、由宇はこの場に立っている。
    「何なら、この後に一緒に新しい水着探しにでもいかない? 武蔵坂に来てくれたら、そろそろ臨海学校もあるし一緒に遊ぼう?」
     痛みが和らぎ、一度大きく深呼吸。
     杖を硬く握り直し、静かな魔力を込め始める。
    「貴女を必ず救ってみせる。だから、もう少し闇に抗って!」
    「年齢的にも、まだまだこれからだよ! って思うの」
     続いて籐花が声を上げた。
    「成長期だもの、着られなくなる服があったって仕方ないです。私も、これでもここ一年で三センチメートル以上伸びたんですよね」
     魂の奥底に眠る闇をセツトへと注ぎこみながら、更なる言葉を連ねていく。
     同い年の女子として、ちょっと他人ごとにはできない事例。楽しい夏を過ごしてもらうためにも、なんとか助け出したいから。
    「思春期は体型が安定しないっていうし、まだ諦めるところじゃないです! ね、一緒に頑張りましょう?」
     一度言葉を切った後、ふと気づいた様子で瞳を閉ざす。
     デモノイドへと変わる前の佳奈美の姿。
     シャツを押し上げる大きな果実を思い起こし、少しだけ表情を曇らせる。
    「む、胸が大きくなったんじゃないかなぁ……あ、後、これからもぐんぐん伸びれば、スタイル抜群の美女だって目指せます! ……ちなみに、何を食べたらよく伸びるのか、後で教えてほしいです」
     無論のこと、ここまでに一切の返答はない。
     ただ、鈍っていた。
     最初に暴れた時と比べれば明らかに、動きの精細は失われていた。
    「まずは……っと」
     逃す理由などどこにもないと、志乃原・ちゆ(パルランテ・d16072)が糸を絡ませる。
     力を入れて動きそのものを阻害しながら、静かに口を開いていく。
    「水島さん、身長は去年より何センチ伸びましたか?」
     成長は、とても自然なこと。
     人の目が気になるという気持ちはとても良くわかるけど、気にしていてばかりでは仕方がない。
     確信もあった。
     デモノイドと変わる前の姿が、体型だけでなく背丈も平均を少し超えていたから。
    「ほら、とても成長した。それはすごく自然なことなのです。だから、ね? もっと、自信を持っても、いいんですよ」
     迷いのない言葉でいい連ね、弱まっていく力を感じていく。
     続ければデモノイドに打ち勝つことも可能だろうと、抑える役目へと移っていく。
     その頃には、人払いを行なっていた者たちも本格的な参戦が行えるようになっていた。
     鎮まりゆく戦場で、戦いは次の段階へと突入する。

     改めてデモノイドを見上げ、蒼護は目を細める。
     女の子は闇堕ちしちゃうぐらいに自分の体型を気にしてしまうものなのかと。
     本人が気にしてる気持ちを否定しても逆効果だよなぁ、と。
    「……自分の体型、佳奈美は気になるのかもしれないけど、そのままでも十分魅力的だと思うよ。それに成長期なんだから、去年の物が入らなくなるなんて当たり前だよ」
     けれど、踏み込まなければ引き戻すこともできないから、蒼護は前向きな方向へ進めるよう言葉を紡ぐ。
     オーラも雷へと変換し、動かぬ足へと殴りつけた。
     思ったよりも柔らかい。恐らく、佳奈美が抑え始めている証なのだろう。
    「このまま人に戻れなかったら、悩むことすらできなくなっちゃうよ。ちゃんと戻ってきて、自分の事を大切にしよう」
    「……私の話を聞いてくれる?」
     思い連ね、気持ちを浮上させればきっと……と退いていく蒼護に変わり、コートにサングラスといった姿を持つミサが語りかけた。
    「私ね、昔に自分に自信がもてなくて闇堕ちしかけた事があるの。その時、助けてくれた友達がいるんだ。今でも大切な友達。だから、今度は私が貴方を助けたいと思ったの」
     かつての自分に重ねあわせ、だからこそ紡げる言葉を告げていく。
     唯一晒している口元を静かな微笑みに変えながら、ただまっすぐ見に据えながら……。
    「ねえ、知ってる? 水着って裾広がりであっても、生地そのものが体に密着するデザインなので成長期の私達にはすぐに合わなくなるんだって。去年の水着が入らなくなるのは普通なんだって。かくゆう私も去年の水着入らないし」
    「僕なんて、二週間前に新調した水着が着れないよ」
     証とするためだろう。どこかふっくらしているセツトが己を示しつつ、どこか冗談めかした調子で笑いかけた。
    「海へ行くから、来週までに痩せないとアウト。でもね……」
     佳奈美のストレスを和らげるため、食べまくって来た。故に少しふっくらし、水着も入らなくなったのだ。
    「大丈夫、おがたい成長期だから運動すればすぐ痩せるって」
     心の説得だけじゃない。
     方法の導きも必要だと、セツトは拳をぎゅっと握っていく。
     気も引いたのか腕を伸ばしてきたけれど、速度は鈍い。
     避けられないなど有り得ない。
    「……」
     必死に押さえていてくれていると、セツトは確信した。
     信彦もまた影に力を込めながら、まっすぐに瞳を見据えていく。
     正直な話を語るなら、柔らかくてぷにぷにって好き。
     もちろん、そんなことは紡がない。
     男だからイマイチ分からぬが、筋肉付けて逞しくなりたい、そんな憧れがあるのがわかるから……。
    「少し思い出してみな。さっきも言ってたが……この一年でどれだけ背伸びたよ? 服の袖やズボンの裾が短く感じたり思い当たることはねぇかな」
     デモノイドを抑える佳奈美に語りかけ、思い起こさせるために返事を待つ。
     言葉を紡げたのならば返事となっただろう時間を経た後に、更なる言葉を重ねていく。
    「成長してるんだよ、大人になっていってるんだ。誰でも通る道、恥ずかしいことはない。……ほら、。顔見せてくれよ」
     無論、顔を見ることはできない。
     けれど、見えた。
     デモノイドの瞳の向こう、佳奈美が力強く頷いていくさまが。
     だから、信彦は影を伸ばす。デモノイドを拘束する。
     もはやまともな動きなど望めぬデモノイドを少しでも早く打ち倒し、佳奈美を救出するために……。

    ●あるべき姿を取り戻しに
     鈍い動きながらも、数多の拘束を受けながらも、デモノイドは跳躍した。
     より濃い影を見に浴びながら、ちゆはオーラを正面へと集めていく。
    「っ! 大丈夫、重くなんて……ありません!」
     受け止め、押し返し、バランスを著しく崩れさせた。
     すかさず信彦が影を伸ばし、手足を硬く拘束する。
     逃さぬと力を込めながら、高らかなる声音を響かせる。
    「今のうちだ! 一気に畳み掛けるぞ!」
    「盤石のものにした上で、ね」
     まともに動けぬ胴体の中心に、籐花が魔力を撃ち込んだ。
     体内へと潜り込んだ魔力は根を張るようにデモノイドの全身をめぐり、動くことを禁じていく。
     もはや大勢は決していた。
     デモノイドも恐らくは決着を望んでいた。
     打撃の、糸の影の嵐をくぐり抜け、由宇が杖を振り上げる。
    「貴女の中の悩み、この一撃で綺麗に爆砕してあげる!」
     勢いのままに叩きつけ、インパクト共に爆裂。巨体を大きく揺るがせば、デモノイドは大きな音を立てながら膝をついていく。
    「……それじゃ、人間に戻って夏を思いっきり満喫しよっか!」
     晴れやかな笑顔と共に、明るい声音と共に、楓は軽やかな調子で殴りかかる。
     一発、二発三発と、刻んで巨体を沈ませる。
     地面へと倒れこんだ後、デモノイドはゆっくりと変化し始めた。
     あるべき状態へと戻った佳奈美の姿が、救出が成功した証。灼滅者たちは力強く頷き合い、介抱へと動き出した。

    ●さあ、新たな水着を探しに
     元の喧騒が戻った街の中、日陰となる街路樹のそばにあるベンチでのこと。
     寝かしつけられていた佳奈美が、ゆっくりとした調子で起き上がる。
     始めに紡がれた言葉は、謝罪。そして感謝。
     迷惑をかけてごめんなさい。助けてくれてありがとう、と。
    「……ふふっ、お疲れ様。もう終わったことだし何も言わないわ。今から前向きに行こうよ、人生楽しまなきゃね?」
     由宇が小さく首を振り、笑顔で佳奈美を励ました。
     力強く頷いてくれたから、籐花が改めて申し出る。
     見た目は少しぽっちゃり系。
     けれど、背丈は標準より高め。
     そんな成長、どんなものを食べればできるのか……と。
     よくわからないとは佳奈美の言。そもそも、わかっていたのならば悩むことなどなかったかもしれない。
    「……ま、あれですね。そのままでも、十分に魅力的ですよ」
     だからこそ、そのままでいいのだとセツトは告げる。
     己のお腹をさすることで、まだまだ大丈夫なのだと証明する。
    「……ありがとう。そうですね、あまり悩んでいても仕方ありません! お気に入りの水着だったのが残念でしたけど……」
    「それじゃあ、新しく水着を買いに行こうか!」
    「そうね。何せ一週間切ってるんだもの、早いほうがいいわ」
     蒼護の誘いに呼応して、ミサがまっすぐに手を伸ばす。
     一瞬だけ考える素振りを見せた後、しっかりと握り返してくれた。
     水着を買うならどこへ行こう? 少し歩いた場所に大型のショッピングモールがある。
     わいわいがやがや、街を歩く人も思わず笑顔になる喧騒に、ちゆは身を委ねていく。
    「……夏というのは、女の子からしてみるとちょっとだけ厄介な季節ですね」
     言葉とは裏腹に、ちゆの表情も緩んでいる。
     厄介な分だけ、楽しみは更に膨らむのだから。
     水着選びであっても、それは変わらない。灼滅者として覚醒した佳奈美は、記念を含め将来の仲間たちとともにショッピングモールに向かって歩き出す。
     まだまだ続く夏休み。刻むべき思い出を、今もなお作り出していくために……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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