稀に真っ白な濃霧に包まれる事で地元では有名な湖がある。
その湖にはある言い伝えが現在まで伝わっていた。
曰く――。
湖畔で霧に包まれた際、真っ白いその世界で死別した人と再会できる……と。
もちろん湖には正式な名前がある。
だが何もかもを白く遮り、この世とあの世の境目のようになるその湖を、土地の人々はこう呼んでいた……別離の湖、と。
地方にあるその幼稚園の先生が死んだのは、交通事故が原因だった。
運が無かった、そうとしか言えない事故だ。
ゆかり先生、そう呼ばれ園児10人から慕われた先生は、もういない。
「最後にお別れを言いに行きましょう」
そう提案したのは園長先生だった。
地元でも有名な死んだ人と再会できる言い伝えがある湖へ、保護者と共にバスで向った。
もちろん、気休めでしかない。
それでも何かしてあげたいと思わせるぐらい、園児たちは悲しみに染まっていたのだ。
今、園児達は園長先生と引率の若い女性の先生と共に、バスを降りて湖畔にいる。
総勢10人の保護者は湖畔から離れた車道に止められたバスの中で待機している。
ふと、保護者の1人が「霧が出て来た」と呟いた。
急激に濃さを増して行く霧。
子供達の姿が見えなくなっていき保護者達も心配になる。
親たちのうち5人が子供達と先生方の方へ向うことにし、5人はバス内に残ることに……。
そして――。
湖畔へ向う5人は、道の途中で喪服姿の女性とすれ違い……惨殺された。
バス内の5人は、いきなりバスに乗り込んで来た喪服の男性に皆殺しにされた。
湖畔にいた園児10人と先生2人は――。
「別離の湖、面白い湖だと思って寄り道してみましたが……ははは、運が良かったですね。先ほど叫んでいた『ゆかり先生』とは死んでしまったあなた達の先生でしたか?」
無気力状態にして撫で斬りにした園児10人と先生2人の死体に向かって男は笑う。
「くくくくくく……本当に運が良い。この私に遭って『救われた』のですから!」
「彼を元に戻す機会がないか、何でもいいからと調べて貰っていたんだけど……」
ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)が教室に集まった皆にことの経緯を説明すると、横にいた鈴懸・珠希(中学生エクスブレイン・dn0064)が話を引き継ぐ。
「死者と会えるかもしれない……そんな噂の湖を見つけたの、もちろんただの噂話だったから、結局手掛かりさえ掴んでない状態なんだけど……」
「思わぬ相手が見つかったんだよね」
ギュスターヴの言葉に珠希が頷く。
「ええ、石英・ユウマ(せきえい・―)がその湖にやってくるわ」
みなの顔に緊張が走る。
石英ユウマ、元武蔵坂学園灼滅者であり、学園初の完全闇落ちによりダークネス六六六人衆となった男。
「今回、石英ユウマは湖にやってきていた幼稚園児10人と2人の先生、それに保護者10名の計22人を皆殺しにするの。どうやらその湖の伝説を知って見に来たついでに事を起こすみたい。……いくらなんでも、酷過ぎる」
珠希が首を横に振りながら呟く。
その湖は時折濃霧が発生することで有名らしいが、地元では別の意味で有名とのことだ。
霧の中で会いたかった死者と1度だけ会える……そんな言い伝えがある為、地元の人はもっぱら『別離の湖』と呼ぶらしい。
「みんなが到着するのは、ちょうど石英ユウマが園児達と先生2人に接触するタイミングになるわ。すでに霧が発生し始めていて、少し見えにくいけど、みんななら戦いに支障は無いはずよ」
そう言うと珠希は戦場の配置を説明する。
湖の波打ち際に園児10人と先生2人と石英ユウマ。
さらに浜辺から100mほど離れた歩道にバスが止まっており、そこに保護者5人がいる。そのバスには石英ユウマの眷族たる喪服男性のアンデッドが皆殺しにするため乗り込もうとしているらしい。
また、バスとは別に、バスと浜辺のちょうど中間に5人の保護者が浜辺へと移動中であり、そこには同じく眷族の喪服の女性が惨殺するために接触しようとしているらしい。
「石英ユウマは湖の噂を聞いてやってきたみたい……つまり、彼は闇堕ちゲームを狙ってるわけじゃないわ。六六六人衆としての性質のまま、殺戮を行おうとしているの」
今回、石英ユウマの狙いは灼滅者では無い。
灼滅者の手を逃れ、何度も闇堕ちゲームで苦汁を飲まされたダークネスは、決して灼滅者達を過小評価せず、何の用意もしていない今回、危ないと感じれば即座に逃亡する。
「もっと言うと、誰かが闇堕ちした場合、石英ユウマは逃走すると思っていいわ」
珠希は逆に言えば、と説明を続ける。
石英ユウマは灼滅者の闇堕ちを狙っていないので、戦闘で誰かが戦闘不能に陥っても一手使ってトドメを刺すような事はしないらしい。
「もう一つみんなに有利な点があるの……石英ユウマは邪魔が入るとは思って無いはずだから、全員一丸となって奇襲すれば……灼滅できるかもしれない」
真面目な顔で珠希がそう告げる。
石英ユウマの灼滅。
覚悟していた者は多いだろうが、実際に言葉として聞くと……。
「もちろん、生半可な覚悟じゃ無理よ、それほどの相手だということを忘れないで」
珠希が釘を刺すが、そこで何か迷うような逡巡を見せ、意を決して口を開く。
「ごめん……でも、あえて言わせて。石英ユウマを灼滅する機会は今後もどこかで視えると思う……だから、できれば一般人の救出を優先して欲しい」
もちろん、それはただの『お願い』だ。
最終的には現場で戦う灼滅者の判断が優先される。
珠希は石英ユウマの戦闘スタイルについて説明する。
石英ユウマは殺人鬼と日本刀とWOKシールドに似たサイキックを使い、攻撃優先の構えで仕掛けてくる。
眷属たるアンデッド達は、どちらも解体ナイフに似たサイキックを使うだけで、灼滅者1人分より僅かに強い程度らしい。
珠希は説明し終わると、みなの顔を1人1人見つめ直し。
「みんなお願い、本当に……無理だけはしないで」
参加者 | |
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石弓・矧(狂刃・d00299) |
神羽・悠(天鎖天誠・d00756) |
石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845) |
卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626) |
白弦・詠(溟海のレヴィアタン・d04567) |
鏡・エール(トリディマイトシーカー・d10774) |
天槻・空斗(焔天狼君・d11814) |
ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153) |
●
霧が広がり始める中、天槻・空斗(焔天狼君・d11814)は喪服姿の女性アンデッドと1対1で向き合っていた。
後ろには殺界形成の効果で離れていく5人の一般人。
「目覚めろ。疾く駆ける狼の牙よ。吼えろ、焔天狼牙」
喪服女の視線が一般人に向いた瞬間、空斗はカードを解放し両刃の大剣を構える。
実力は僅かに喪服女の方が上。故にお互い隙は見せられない。
喪服女がナイフを構えて切り込んでくる。
空斗の排除が先だと判断したのだろう。
ナイフを紙一重で防いだ空斗は、鍔迫り合いをしながら呟く。
「さて、早く来てくれよ……」
●
幼稚園児10名と先生2人は、霧と共に現れた上等なスーツを着た男に睨まれただけで無気力状態に陥っていた。
「寄り道して正解でしたね……では、救済ゲームを始めましょう」
男、ダークネス・石英ユウマがそう言った瞬間。
「天穿つ煌炎の剣! 龍鳳伏羲!」
白一色に染め始めた霧の向こうで声が響く。
瞬後、霧を斬り裂き、炎を宿した二振りの刃がダークネスを急襲する。
即座に禍々しい殺気が空間を包み、同時に霧を突き破っていくつもの炎の弾丸が撃ち込まれた。
「あなたの凶行を止めに来ました」
炎弾が切れると同時に石弓・矧(狂刃・d00299)が宣言する。
「前に見た顔ですね……新顔もいるようですが」
「対峙するのは初だな。けど、これ以上お前に罪を重ねさせねぇぜ?」
神羽・悠(天鎖天誠・d00756)が答える。
「私たちもいますよ」
「先日の雪辱、ここで晴らしましょう」
霧の中より現れるは石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)と卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)。
「雪辱?」
泰孝の言葉に首を傾げる。
「この身体は、闇堕ちしダークネスに肉体改造された結果。忘れたか、汝はかつて言い切った。我と汝の違いは宗教観の相違だと」
「ははは、覚えていませんね……しかし」
ダークネスがコインを取り出し胸ポケットに入れると不可視のシールドが展開される。それと同時、その身を浸食していた炎が消滅する。
「今日は闇堕ちゲームじゃありません……お呼びで無いのがわかりませんか?」
「なら、今からゲームを開始してはどうです? 私達を堕とせるものなら、ですが」
騰蛇が構えていた刀を鞘に納め、無手を広げて挑発する。
「……いいでしょう。ゲーム開始です」
ダークネスが日本刀を構えて騰蛇へと疾駆する。対して騰蛇はさらに距離を取るよう後ろに跳躍。
「(少しでも民間人から引き離さなければ)」
だが。
ダークネスはニヤリと笑うと足を止め、すぐ近くの園児へと視線を向ける。
「させません!」
矧が咄嗟に園児の前に立ちふさがる。
「残念」
くるりと向きを変えるとダークネスは真後ろに居合いを放つ。
ゴトリ……。
無気力のままの園児達の目が見開かれ、その目の前で園長先生の首が……落ちた。
「ユウマーーーッ!」
叫びと共に悠が打ちかかってくる。
ガッ。
骨や魂すら焼き尽くさんと燃え上がる巨大な刃を、ダークネスが日本刀で受け止める。
「何を怒っているのです? 私は闇堕ちゲームをしに来たわけじゃない……救済ゲームをしに来たのです」
悠の激情に反応するように炎が燃え上がり、ダークネスは力をいなして鍔迫り合いを解除、即座に接敵してくる騰蛇と泰孝を引き連れ、園児達の間を駆ける。
戦闘とは敵味方が目まぐるしく動き回るものだ。1人、2人ならともかく、10人以上を庇いながら戦うのは無理がある。避難役に人を避ければ助けられたかもしれないが、その場合は押さえ役が高リスクになる……決断は難しい。
「犠牲、一人目」
泰孝が今ここにいないメンバーたちへ向け、言葉を呟く。
●
「そんな……」
アンデッドである喪服男へ裁きの光条を浴びせつつギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)が呟く。
共に戦う白弦・詠(溟海のレヴィアタン・d04567)は唇を噛むように言葉を飲み、鏡・エール(トリディマイトシーカー・d10774)も眉間に皺を寄せる。
バスに乗り込む前に急襲された喪服男は、バスの側面に手を付きながら起き上がる。
しかし――。
詠の制約の弾丸が男の足を打ち抜き、再び膝をついた所にエールが飛び込む。
「啼け、鳴饗屍吸……!」
最上段から振り下ろされた刀で喪服男が真っ二つに切り裂かれ……男は、二度と起き上がる事はなかった。
「僕はバスのなかの人を」
ギュスターヴが武器をカードにしまいつつ言うと、詠とエールはこくりと頷き湖の方へと駆けていく。
犠牲が出たとは……信じたく無かった。
●
「さて、この子供を殺されたくなかったら武器を捨てて下さい」
左手で持ち上げた園児を盾にしつつダークネスが脅迫する。
矧も騰蛇も可能な限り一般人を守るよう動いているが、全てに届くほど手は長くない。
さすがに動きを止める4人。
「なぁ、一つ質問してもいいか?」
悠に視線を向けるダークネス。
「闇堕ちゲームに救済ゲーム……あんた、無意識に助けを求めてるんじゃねーの?」
「私が? 助けを?……ははは、おもしろい事を言う。もし私が助けを求めていたとしたら、どうするのです?」
「救ってみせる」
即答したのは矧だ。
「私は必ず救うと誓ったんです。あなたが消えた、あの日に」
ダークネスが僅かに俯き、その目が前髪に隠れる。
そして苦しそうな声で――。
「……あ、ありが……」
――ボキ。
子供の首が折れる音が空しく響く。
ダークネスが園児――2人目の犠牲者、の死体を投げ捨て、髪をかきあげながら楽しそうに笑った。
「ああ、演技に力が入り過ぎましたね。ははは、申し訳ない」
「滅っ!」
別の園児に手が伸ばされそうになるのを突貫した泰孝が防ぐ。
インバネスコートがひるがえり、鬼のそれに変化さえた腕でダークネスが展開するシールドを叩き割る。
「貴様を殺し、石英さんを救済、します……翻訳してあげました、分かり易いでしょう」
「そんな事は無理です」
斬り込んで来たのは騰蛇だ。
「なぜです! 私が望むのはただ守る事と救済のみ、だから……私はあなたも救いたい!」
ダークネスが屈んで攻撃を回避、即座に下段から斬り上げ2人が左右に飛び避ける。
「そういう考え方だからですよ」
ダークネスが騰蛇へ摩利支天刀で斬りかかるが、騰蛇も禍津月にてその一撃を受けきる。
「どういう……意味だ」
灼滅者の問いにダークネスが笑う。
●
バスに乗り込んできた少年に、保護者5人は困っていた。
いきなり乗り込んできて怪物を倒す専門家だと名乗っていたが意味が解らない。
結論から言おう。
保護者5人は戦闘開始と同時、エールの張った殺界形成によって戦闘が行われている方とは逆側の席へ無意識に移動しており、ギュスターヴ達の戦いを誰も見ていなかったのだ。
「我が主の御心に従い、この地に現れた悪しき者を倒しに来ました。お、落ち着いてください……」
だが一生懸命に話す少年は、その聖職者らしい服装も相まって悪い子じゃないだろうと保護者の顔をほころばせる。
「その……とにかく、決して外に出ないようお願いします」
礼儀正しく頭を下げる少年に保護者達はバス内にいる事を約束してくれた。EPSではない、それは誠実さの結果だった。
「Merci!」
最後にそう呟きバスを降りると、ギュスターヴは即座に走り出す。
その顔に、先ほどまでの笑顔は無かった。
●
「湖へ行ってくれ!」
喪服女と戦う空斗の元へ駆けつけた詠とエールは、耐え続け傷だらけの空斗に開口一番そう言われる。
同時、喪服女がナイフを横薙ぎすると毒の竜巻が3人襲った。
「くそっ」
咄嗟に空斗がエールを庇い、2人分の毒をくらう。
「行け、そして希望をつないでくれ」
辛そうに言い放つ空斗。
「希望は捨てないよ……でも、期待はしない」
人を食ったように言うエールに空斗が反論しようとするが、エールが即座に言葉をかぶせる。
「勘違いしないで、希望も奇跡も、すがるものじゃないってだけ……それらは、起こすものだから」
フッと笑いそのまま湖の方へ走り去るエール。
「奇跡は起こすもの……その通りね」
空斗の横に並ぶ詠。
「ここは俺1人で良いぜ?」
「いいえ、次に繋げる為にも……一緒に戦うわ」
●
身を挺してダークネスの刃から園児達を守りつつ矧が叫ぶ。
「なぜ、この場所にきたのですか?」
「……なぜ?」
「本当は、別れを言えなかった誰かに別れを告げたかったからでは?」
はぁ、と溜め息。
「やれやれ、親御さんに教わりませんでしたか? 思い遣りを持て、相手の気持ちになって考えろ、と」
悠のブレイドサイクロンをシールドで受け、泰孝の放った炎弾の連射を致命傷になりそうな弾だけ刀で斬り防ぎつつダークネスが言う。
「私が表に出てこれたのはどうしてだと思います?」
「そんなの、石英ユウマが身体を明け渡したからだろうが!」
悠が答えダークネスは首を横に振る。
「違いますよ。私が外に出たかったからです」
つまり……。
「現状の己をどう思っているか……か」
騰蛇が呟く。
一瞬の沈黙。
白い霧が漂う浜辺に園児達の泣き声だけが木霊する。
それを破ったのは、疾風のように飛び込んできた赤い髪――エールだった。
「極昵聖天……その名の如く、我が前の障害を討ち祓え!」
鋭く飛んできた刃を日本刀で打ち払う。
「石英ユウマ、まだその闇の中で抗っているのなら……最後まで諦めるな!」
新たな邪魔者に、ダークネスが前列ごと月の如き衝撃波で薙ぎ払う。
「なぜ抗っていると?」
ダークネスの言葉にエールが眉根を寄せる。
代わりに言葉を続けるは泰孝。
「石英さん、伝えておきますよ、誰かを助けたいと思う優しさ。それと貴方が負い目に感じた弱さは一緒じゃない」
泰孝の言葉に。
「なぜ彼が自分自身に絶望していると思うのです?」
泰孝もダークネスの言葉に目を細める。
「それに、常に状況は動いているのです。彼が堕ちた時、あなた達から逃げた時、ゲーム開始時、そして一般人の犠牲を出した時……とね」
楽しそうに語るダークネス。
誰もが沈鬱に考えだし……。
その時だった。
立ち上がれと言わんばかりのメロディが響き渡る。
「オレの言葉をきけ!」
「ほう、確かこの前の……」
ダークネスが現れたギュスターヴへと視線を移す。
少年はその瞳をまっすぐ見つめ。
「てめぇの弱さも罪も、主が許さぬと仰られたとしてもこのオレがお前を許す! ここは別離の湖……名に偽りなく、ダークネスと別離しやがれ!」
詠と空斗が浜辺に到着した時、ダークネスは湖を背にし白い霧に半分隠れるように立っていた。
対する灼滅者達は半円形に陣取り、敵を包囲する。
ピクリとも動かない両者。
「これで8人……配下2人を2人ずつ足止めに向かっていたなら、ここまで早く5人目と6人目が来ることはなかったはず……やはり、あなた方は油断がならない」
もし2人ずつ向っていならなら、子供の犠牲者は5人を越えていただろう。
「おい、何が……」
空斗が言おうとした所で、僅かに霧が流れてダークネスの全身を露わにする。
「!?」
詠が息を飲む。
ダークネスの足下には血を流し事切れた園児が1人、さらにその左腕にはまだ生きている園児が掴み上げられていた。
「さて、やはりあなた方を迎えるには相応の準備が必要のようです。今日の所は帰らせてもらいます。構いませんね?」
首を握る手に力を加えられ園児が苦しそう嗚咽を漏らす。
さらに周囲を覆い隠していた霧が、少しずつゆらいで詠と空斗の視界にすでに殺された亡骸をうつす。
2人は悟る。
相対していた仲間たちの気持ちを、そして自分の中の押さえ切れようのない怒りを。
「これ以上の犠牲は出させねぇ! 絶対護る! 親子が離れ離れになる、その絆が断たれるなんざ、これ以上させねぇ!」
悠の身体に闇の深淵から呼び出されたような炎が灯り始める。
怒髪天なのは悠だけでは無い。
空斗が呟く。
「顕現せよ。我が心象に眠りし黒翼の魔狼よ……」
空斗の足下からゆっくりと黒い焔が立ち上りその身を包み始め、すぐ横で詠が想いを言葉に乗せる。
「貴方を諦めていない人がいるの……貴方に会いたい人、灼滅者である石英さんに、ね」
だから……と謡うように呟き、足下の影法師が人から海龍のそれへと変化を始める。
スッと前に出るのは騰蛇。
「皆はやめよ……我以外は、麗しくあれ」
騰蛇が内なる殺人衝動の扉を叩く。
エールもその髪と目の色が変化し、グググと大きな翼が背中の服を破らんと盛り上がり始める。
ダークネスが変異を始める灼滅者に驚きつつ、手に持つ園児の顔は青を通り越して白くなり始めていた。
「てめぇ、いい加減にしろよ!」
矧が叫ぶ。
4人目の犠牲者が出そうになっている事で、矧すらも内側からの殺人衝動が漏れ始める。
闇堕ち……。
しかもその数、6名。
「Arretez!」
高まる闇の波動を切り裂くように、その声は仲間たちの耳へと届く。
6人の視界が一斉に声の主、ギュスターヴへ注がれる。
「だめだよ……あの子が殺されてもいいの?」
普段の口調に戻って仲間たちに言うギュスターヴの言葉は、誰もがハッとするものだった。
ここで闇堕ちすればダークネスを灼滅できる、だが人質の園児は確実に……。
一度解放しかかった闇の衝動を6人が必死に押さえ込む。
ある者は膝を付き、ある者は胸を押さえ。
そんな灼滅者たちを見てダークネスが嘆息する。
「やれやれ、驚かせないでもらいたいですね……では、帰るとしましょう」
そう言うとダークネスはニヤリと笑う。
「ああ、コレはサービスです」
言うが早いか左手の園児を湖の沖へと放り投げる。
「4人しか救済できませんでしたね……残念ですよ、まったく」
同時、飛び出す影1つ。
泰孝。
水中呼吸のESPを活性化している自分なら……と子供を助けるため即座に湖へ飛び込む。
戦えるのはもはやギュスターヴのみ……程なく睨みあうも、やがて霧がより一層その濃さを増しダークネスの姿を包みこみ……――。
朦朧とする意識の中、僅かに顔を上げて湖を見つめる。
子供はどうなったのか、そしてダークネスは……。
周囲は真っ白な濃霧に包まれ、まるで雲の中のようだった。
湖に人影が見えた。
その男はこちらを見ていた。
しかし、男は何言が呟くと後ろを向いて去っていった。
「みんな、だいじょーぶ!?」
ギュスターヴの声に意識が戻る。
意識を失っていたらしい。
6人とも闇の衝動を押さえ込み闇堕ちは免れたようだった。
「あの子は!?」
「命にべつじょーはないと思うよ」
ぐったりしている泰孝の横で、寝かされている園児の方を見やる。
泰孝のおかげで一命を取り留めたらしい。
安堵が漏れると同時、土地の伝説を想いだす。
別離の湖。
あの男は……。
ふと、そう思わずにはいられなかった。
作者:相原あきと |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年8月9日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 22/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 17
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