規律の定規

    作者:蔦草正果

    「伊倉さん。髪の色が少し明るいように見えるけど」
    「え、あ、すみません……」
    「あと、関さん。また授業中に携帯をいじっていたでしょう? 私はもう庇えないわよ」
    「……別に庇ってなんて言ってないし」
    「そうね。もう庇えないから、お望み通りになるわ」
    「う……」
     にこりともせずに赤縁眼鏡の縁を上げ。
     用件は済んだとばかり、生徒会室に爪先を向けた神田山・桜(かどやま・さくら)の背中に、生徒達は敬遠の目を浴びせかけていた。

     折り目正しいノックの音。
    「先輩」
     がらんとした生徒会室に入ってきた女子生徒は、見た目に似つかわしい鈴を転がすような声をしていた。
    「何。鷲野さん」
    「ふふ、蘭子でいいです。先輩って皆の名前をちゃんと覚えているんですね。私なんて転校してきたばかりなのに」
    「だってここは私の大切な学校だもの」
     書類をまとめて横に置く。
     ひっつめた髪に意志の強そうな瞳。洗練さえ感じるその横顔を眺めながら、蘭子はその隣に立つ。
    「ねえ、先輩。なのに皆、先輩を『冷血女』なんて言うんですよ」
    「……知ってるわ」
     私立石津高校の生徒会長は情もなく、涙すら流さない。
     皆が皆そう囁き交わす。
    「私は悪だから。それでも、規則さえも守れない人がいるなら誰かが教え導いていかないといけないの」
    「ひどい話。先輩は誰よりも頑張ってるのに。……きっと周知が足りないのだと思います」
     そっと手を置いた肩が反射的に跳ねたのも構わず、蘭子は桜の耳元に唇を寄せる。
     内緒話の距離感。うっすらと色づいた頬を見ながら、囁いた。
    「もっと、もっと皆を締め付ければ――皆、分かってくれると思います。先輩がどれだけこの学校のために心を砕いてるか」
     私ね、お手伝いします。
     鷲野・蘭子は慎ましく微笑んで、そう言ってみせたのだった。
     

    「以前からヴァンパイア学園『朱雀門高校』の動きが見られていますが……、今回もどうやら、そのようです」
     灼滅者達が揃うと、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそう切り出した。
    「全国各地の高校に転校生として生徒を送り込み、その学園を支配するために暗躍させる。――このまま放っておくわけにはいきません。完全に敵対するのは自殺行為ですが、転校先の学校でのトラブル、ということであれば。戦争に発展したりは恐らく、しないでしょう」
     つまり裏を返せば、トラブルの枠を逸脱した――ヴァンパイアとの敵対という形までもつれ込んでしまうのはよろしくないということだろう。
     戦わずに、学園支配の意志を砕く。最善はその辺り。
     
    「ヴァンパイアの名は、鷲野・蘭子」
     大人しく清楚な美少女。彼女が私立石津高校を支配する足掛かりとして見定めたのが、生徒会長の神田山・桜だった。
     廊下は走らず、授業は五分前着席、不純異性交遊などもってのほか。全ての規範と校則をきっちりと守り自分に厳しく他人にも厳しく、他生徒にもそれを期待する。真面目な生徒へは愛を注ぎ、不真面目な生徒は監視対象。
     そんな彼女に蘭子が囁いたのは、暴力的な締め付け。
     例えば、髪を染めるのはいけないのだと忠告を出す。守る様子がないとみなされれば、ひと気のないところで蘭子が四,五人の配下眷属と共にその生徒を襲い、髪を切る。生徒会長の命令であると匂わせて。
     まことしやかに囁かれる闇討ちの話は、生徒達の間で桜を『冷血女』から『女王』へと変えていった。
     そして――その結果、反動として出てくるのは、他生徒達の不満と憤懣。
    「桜さんはその凶行を『必要悪』と黙認しています。先生方は生徒会長を全面的に信頼しているため、疑問にも思っていないようです。……生徒達の憎悪は溜まる一方で、今では桜さんからの心象を良くするために生徒同士で規則違反の監視をしあっているとか……」
     密告の機会を狙い続ける空間。それはどれほど息苦しいものか。
     ――このまま振り切れば、桜が大事にしていた学校という空間が他でもない彼女のせいで決壊してしまう。
    「桜さんを動かしているのは強い管理意識です。皆が間違ったことをしているなら自分が正しく導いて、よき方向に進めてあげたいと願う。――でも。彼女が理想とする秩序というものは、幸福なのでしょうか」
     だから恐らくこういうことだ。
     そういうものの楽しさを教え、桜の考えを改めさせるか。
     或いは、桜が自分自身でうっかり規則を破ってしまうような状況に陥らせるか。
     いずれにせよ生徒会長に迷いが見られれば、蘭子の凶行は後ろ盾と大義名分を失い、目論見は瓦解する。
     それは間違いなくヴァンパイアを撤退させる糸口になるだろう。
     ――それにですよ、と姫子は柔らかく笑って、灼滅者達を見た。
    「制服をちょっとだけ工夫して素敵な気分になってみたり、速やかに下校しなかったり、それどころか途中で買い食いしたり。そういうものって、今だからこそ出来る特権だったりしませんか?」


    参加者
    七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)
    深嶋・怜(麁玉・d02861)
    霧野・充(月夜の子猫・d11585)
    久遠寺・沙耶(飢渇する血杯・d11820)
    契葉・刹那(響震者・d15537)
    仁科・あさひ(明日の乙女・d19523)

    ■リプレイ

    ●やむを得ないときもある
    「役に立つ情報はありそうか?」
     七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)の問いかけに、深嶋・怜(麁玉・d02861)はテレパスに没入していた意識を揺り戻した。
     二時間目が終わったばかりの休み時間。
     廊下を行き交う生徒達は皆一様に速度を保って歩いている。階段の前に佇む学年の違う転校生三人へと、それとなく目を、それ以上に意識を向けながら。
    「見た通りってところかな」
    「見た通り、ね」
     久遠寺・沙耶(飢渇する血杯・d11820)が含みを込めて復唱したところで、こちらへ歩いてくる女生徒がいた。
    「久遠寺さん。……深嶋さん。それに七篠さんも。丁度良かった」
     いらした、と口内で呟いた怜の視線の先へとふたりが首を巡らせる。
     神田山・桜はふたりの前で足を止め、沙耶の方へと顔を向けた。
    「遅刻をしたと聞いたから。何かあったの」
     事情を問うというより詰問の語調だ。そう思う怜の横で、沙耶はいかにも申し訳なさそうに眉間を寄せる。
    「家族の世話をどうしてもしなければいけなくて。だから遅れてしまったの、……急いだのだけれど」
    「そう。転校してきたばかりで馴染めないのかもしれないけど、規則だから」
    「久遠寺は大変なんだよ、生徒会長。今は特に、寮母が体調を崩したから朝は戦争なんだって」
     横合いからするりと滑らせた怜の助け舟へ、神田山は検閲の目を向ける。
    「深嶋さんもそうだけど……上級生には敬語を使うように」
    「おっと。すみません。僕転校が多くて、規則をまだ覚えきれていないんです」
    「色々大変でも、規則は規則。次回から気をつけて。――それと」
     刺のこもる声音を向けられ、誰歌が首を傾げる。
    「なんだ?」
    「七篠さんは服装を改めてもらえるかしら」
     他称『冷血女』たる生徒会長が苦い顔さえしたのも仕方ないことと言えよう。
     半袖ブラウスの裾は出され、リボンは緩み。特に規則に縛られた他の生徒達の中にいると、同じ制服であるにも関わらず異質の存在感しかない。
    「楽なんだ」
     けろりと答える誰歌の隣で、そうかしら、と沙耶は声に出さず呟く。
     歩く校則違反はこの学校では生徒達の視線を吸い寄せ続ける。その衆人環視を楽と言える気はあまりしない。
     神田山はというとさすがに言葉を失ったらしい。数秒黙りこんで、首を横に振った。
    「この学校では通用しないわ。次も同じようなら警告をさせてもらうから、それまでには改善しておいて。それじゃ」
     去りゆく背。素っ気ないに過ぎる言葉の中に温かみのほんの一片を掴みかけ、沙耶は頬に手を添えた。
    「……規律は守るべきものだけど、一番拘束されてるのは彼女だと思うわ」
    「全くだね」
     何しろ彼女は気付いていないようだ。
     彼女の一挙手一投足を見守る生徒達と、それとは別に、一定距離を保って監視の目を置く生徒の姿を。あれは眷属に他ならない。目を合わせぬようにさり気なく視線を逃がしながら、怜は密やかに笑み混じりの呼気を逃した。
     ――ここは、なんて冷たく、淀んだ水を湛えているのだろう。
    「ところで、改善はするのかしら?」
    「警告は……来るってことだよなぁ、ヴァンパイア」
    「だろうね」
     それは望ましくないなと、誰歌はリボンを結び直した。

     昼休みを半ばほど過ぎた頃、六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)と契葉・刹那(響震者・d15537)は目当ての姿を視認した。静まり返っている図書室内の閲覧席へ腰を下ろしたのを見計らい、斜向かいの席へ並んでつく。
     私語厳禁。壁に貼られている張り紙を視界の端に視認しながら、刹那は静香へ向けて小声を装った適切な音量で語りかけている。静香の方はというと、携帯電話を操作する作業を止めない。慢性的な焦燥がその指先まで行き届いていた。
     二人して醸すそわそわと落ち着かない空気はアンテナを巡らせるまでもないだろう。間もなく、呼吸するような自然さで言葉が投げかけられた。
    「――六乃宮さん。携帯電話の操作は廊下か中庭でお願いするわ。契葉さんも、もう少し小声でお願いできる?」
    「す、すみません」
    「すみません、彼女の家族が今大変で……授業には出たいので早退したくないそうなのです。それでも心配なので、こうして連絡を」
     契葉の言葉に、生徒会長は眉を顰めて本を置いた。
    「もしかして、授業中もそうだったのかしら」
    「……あの。今朝倒れてしまった母が今も、病院で検査を」
     静香は目を伏せて手応えを手繰り寄せる。心を織るように言葉を重ねた。
    「校則違反、というのは解っています……でも、やっぱり不安で。何かあったら、すぐに駆け付けたいんです。家族、ですから」
    「他の生徒の中にもそういう人がいるかもしれない。とは、考えたことはないの?」
    「それも解っています。……でも、例え『悪』だとしても、大切なお母さんには、すぐに駆け付けたい、んです」
    「あのっ、今日だけは見逃して貰えないでしょうか」
     訪れかけた沈黙を割るように予鈴が鳴る。次の授業まで残り十分。
     短い溜め息をついて立ち上がった神田山から更なる咎めは出なかった。それを免罪と受け取り、刹那がほっと息を吐いて微笑む。
    「ありがとうございます」
    「神田山さん。貴女は涙も情もないと言われていても、……この学校を良くしようとしてくれている人だと、私は、思っています」
    「……」
     返答もなく速やかに立ち去ろうとするその姿に、男子生徒が歩み寄る。
    「あの、この本ってどこにありますか?」
    「本? 予鈴が――」
     鳴っているのに。
     という言葉は、続かなかった。
     不意打ちのように眼前で倒れた彼に投げかけられるものではなかったために。
    「創矢くん!」
     駆け寄る仁科・あさひ(明日の乙女・d19523)の声が、図書室に響き渡った。

    ●感謝の言葉
    「ごめんね、私一人じゃどうしていいのかっ……お願い、保健室までついてきてっ」
     結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)は貧血の芝居に専念している。ぐったりと力を抜きながらあさひを応援する以外に取れる手はなかった。
     保健室のベッドに寝かされたところで薄目を開けると、勢いよく両手を拝み合わせるあさひの姿が見えた。
    「付いててあげたいんだけど、次の授業発表が控えてて抜けられなくって……だからお願いっ、後で埋め合わせするから!」
    「ちょ、あの、仁科さんそんな」
    「じゃあ!」
     ガラピシャ、と手際良い退室の間際に振られた手は創矢に向けられたものでもあるようだ。
     早足で後を追おうとするその背に声を掛けた。
    「待って、神田山さん」
    「な、なに」
    「静かな場所に一人でいるのは……寂しいんです。少しだけ……一緒に、居てくれませんか?」
     神田山はどこかぎこちなく首を横に振る。
    「出来ない、わ。授業が始まるから。そのうち、保健の先生が戻ってくるから」
     異性と同じ空間にいること。結果的にとはいえ授業をサボること。そのいずれも彼女にとってはハードルが高すぎるのかもしれない、と瞬間的に創矢は感じ取る。養護教諭の存在も引き止められる必要性を薄れさせているのだろう。
     けれど、揺らいでいるような気がする。
    「図書室に毎日通ってますよね、本の話とか……出来たらいいなと」
    「――休み時間だったら」
    「あ、待って」
     せめてこれを伝えなければならない。創矢は早口で引き止める。
    「ありがとう。神田山さんが助けてくれたこと、感謝してます」
    「…………どう、致しまして……」
     散々と言葉に迷ったあと、頬を染めながらそう短く返し、神田山は保健室を後にした。

     放課後。
     三年生の教室内、神田山の席の前に、長い黒髪の少女が立っている。
    「先輩。五分前行動が崩れたんですって?」
    「不測の事態で」
    「ダメですよ。先輩は模範なんですから」
    「……そうね」
    「それに五時間目と六時間目の間の休み時間、男の子と保健室で話してるのを見たって聞きました! 不純異性交遊ですよね。立派な校則違反ですよ」
     大げさに過ぎるその表現を、少女はあまりにもきっぱりと言い切る。
     それは全て――生徒会長が逸脱しないための網。
    「校則違反……」
     じゃあ私、戻りますね。どこまで軽やかな声を弾ませて、その一年生は教室の外へと出て行った。

    ●秩序か道徳か
     翌日の朝。霧野・充(月夜の子猫・d11585)と共に、住宅地の曲がり角に立つ怜の姿があった。人通りは少ない。
    「七篠と共に調べた限り、この通学路を通るようだよ」
    「他の生徒さんより早いのですね」
    「これも模範、というところかな。昨日まで特に目立つことはしなかった? 霧野」
    「ご安心ください」
     年にそぐわないそつのなさと年相応の素直さで充が頷く。
    「変身が見破られるとは思わないけど、鷲野がいるからね。用心しておくに越したことはない」
    「七篠様が目を惹いてくださったので、……あ、いらっしゃいましたね」
    「よし。さり気なく行こうか」
     ぽんと押した背中は軽い。
     ――果たして登校途中の生徒会長は、迷子を慰める後輩に出くわし、立ち止まることになる。
    「……深嶋さん?」
    「神田山先輩。これはありがたい」
    「おねえちゃん、ここ、どこ?」
     たじろぐ神田山を前に、充は記憶にある限りの不安げな表情を思い浮かべて出来うる限りの真似を決め込んだ。それを後押しするように怜が続く。
    「困っていたんです。迷子を見つけたんですが、引っ越してきたばかりで地理に疎くて」
    「……お、おうちは、どこ?」
    「みち、わかんない……」
    「そんな……」
    「おーっと。迷子か? 桜。と怜」
     やってきた誰歌が絶妙なタイミングで声を掛けた。神田山からほっと安堵の溜め息が漏れたものの、眉間も寄る。
    「七篠さん。服装、直ってませ」
    「いやぁ、今はこっちが大事だろ?」
    「そうですよ。ほら、行きましょう」
    「ちょ、ちょっと――時間が。遅刻っ」
    「時間? 困ってる人を助けるのに時間も何もないだろ。ほら少年、場所を教えてみるといい――あぁ。その場所なら私知ってる、連れて行ってやるぞ」
    「あの。知ってるなら私、要らな」
    「ありがとう、おねえちゃん」
    「……」
    「よし行くぞっ」
     駄目押しに誰歌が神田山の手を引っ掴み。

     ――子供を無事所定の場所まで送り届けた頃には、一時間目が半ばも消え去っていて。
     その日『冷血女』神田山・桜は、生まれて初めて遅刻をした。

    ●定規ではない少女
    「本当にありえない。どういうことですか、先輩っ」
    「ごめんなさい」
    「謝って許されるものですかっ。もう、もう……ッ蘭子はもう行きます、先輩を馬鹿にしたヤツらを見せしめにしてこないと……!」
     生徒会室のドアが激しく開かれ締められ、中から少女が勢いよく飛び出してくる。
     癇癪を聞きつけていち早く女子トイレに身を隠していた沙耶、刹那、静香の三人は、彼女が立ち去った頃合を見計らってそろりと顔を出した。
    「あれが……」
    「鷲野・蘭子ね」
    「声に漏れてますよ、沙耶さん。滴る憎悪的なものが」
    「……灼滅出来ないのが残念だわ」
     今朝の一件で学内に張り巡らされた監視の目の全てが神田山に集束したのは、もはや誤魔化しようがなかった。
     『制裁』の指揮者が転落したのだ。ヴァンパイアの仕業だなど誰ひとり思わぬ生徒達は、ようやく揚げ足取りの材料を手に入れたと快哉を上げていることだろう。それが迷子を助けたという善行であっても、――沙耶の遅刻を規則だからと切り捨てたことを思うと。
     レッドカードはもう効かない。このまま終端を待っても、蘭子は愛想を尽かし或いは限界を感じ離脱するのかもしれない。そんな気もする。
     けれど。
    「じゃあ、行ってみましょうか」
     刹那の声でふたりともが頷いた。
     ――迷子を助けて嫌な思いをするなんて、そんな思いはしてほしくない。
     生徒会室の扉をノックする。薄い返事が返ってきたのを聞き届け、静香がドアを開けた。
    「あの、神田山さん。昨日の図書室でのお礼に、お菓子を持って来ました」
    「……お菓子?」
     探る声は刺に似て硬く鋭かった。粘ろうと刹那が口を開い――たところで、創矢を連れたあさひがやってくる。
    「桜さんっ。創矢くんを助けてくれてありがとう! もうすっかり良くなったってっ」
    「仁科さん、……結城くん」
     五人も増えれば生徒会室は嘘のように狭い。そのせいか、神田山の視線が戸惑いを含んでさまよう。
    「また、本の話……一緒にしませんか」
    「お菓子でも食べながらね」
     沙耶の言葉に頷き、あさひは戸惑う生徒会長の手を大雑把に引いてあっけらかんと笑む。
    「ルールを守ることは大事だけど、それよりも大事なことはルールに縛られないことだよね」
    「……皆で楽しい時間を過ごすのは、嫌いですか?」
     創矢の視線を追い、桜は外を見る。
     窓の向こうの空は青く、どこまでも広く見えて。
     ――ああ。それは、すごくよさそうだと。
     思えてしまったのはなぜなのか、まだよくは分からなかったけれど。
    「あのね。……私、きっと、とても嬉しいと思っているの」

    「規則や規律で全てを縛ってしまうのはあまりよくない」
     校舎裏の一角、木陰でくつろぎながら誰歌は誰にともなく言った。相変わらずの着崩した格好で。
    「遊びっていうのは時間にもある。時間に遊びがないと、遊ぶ相手も遊び心もなくなるのは当たり前のことだ」
     その隣で充が穏やかに笑った。迷子ではなく、エイティーンを使用した男子生徒として。
    「がちがちの管理、というのはする方もされる方も、あまり楽しくなさそうなのです。大切な学校なら、楽しく過ごすのが一番ですよ」
     規則だけが誰かのためになることではない。
     そう気付いてもらうための行動は、痛みを伴っただろうけれど。
    「……私達がここで神田山様とご一緒しても、大丈夫なのでしょうか」
    「規則を破らせた張本人だからね」
     怜がさほど危惧していない調子で顎を引くと、誰歌は少し考えたあと、
    「まぁ、ほら。わだかまりは早く解決しよう」
    「確かにそうですね――」
     頷いた充がふと上方に顔を向ける。ふたりがその視線の先を追い、身をこわばらせた。
     三階の開かれた窓。ひとりの女生徒が、嫌悪と憎悪と癇癪に満ち満ちた形相で三人を見下ろしている。
    「――邪魔しやがって」
     数秒の見つめ合いのあと、短くそう吐き捨て。
     ヴァンパイアは窓から離れていった。
     気配すらも、急速に遠ざかっていく。
     誰からともなく肩の力を抜いた。
     後ろ盾の消失か、と怜がひとりごちる。
    「これから大変だろうね。彼女ではなく、彼女は」
    「――あ。皆さんいらっしゃいましたよ」
     立ち上がった充が手招きをしている。あさひの声が届いてきた。
    「今度ちょっとだけで良いからさ、私と遊びにいこうよっ。カラオケとかー、買い食いとか。他にもね、いろいろと体験してみるだけで違う世界が……」
     桜が戸惑っているのも明らかで、誰歌は笑った。
    「少しだけ大変、くらいになるといい」

    作者:蔦草正果 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 1
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