六一六番の殺人ゲーム『continuation』

    作者:空白革命

    ●ゲームは続いていく
     紐引き式のエンジンが獣のように唸った。
    「お、お前……何やってんだよ……」
     腰を抜かした男子が、這いずるように後じさりする。
     壁に張り付いた小動物の解剖死体に。
     血液で描かれた狂気的な『ルール表』に。
     ――では、ない。
     全身から言いようのない殺気を放出させた、一人の少女にである。
     彼女は。
     引裂・伐子(ひきざき・ぎりこ)は。
     身の丈まである大木伐採用チェーンソーのエンジンを唸らせ、目を見開いた。
    「ワタシ、分かっちゃったんだ」
     ぐちゃぐちゃにかきまざったクリームスープのような目で、首をガクンと傾げる。
    「ワタシが、『ノコギリ屋』になればよかったんだァ!」
     
    ●継続されたゲーム
    「まさかと思ってアミ張ってたら……くそ、なんだこれは」
     七生・有貞(アキリ・d06554)は書類の束を手に引きつった顔をした。
     眼鏡をかけた男性エクスブレインが、淡々と述べる。
    「先日、六六六人衆序列六一六番『ノコギリ屋』を灼滅したことで凶悪な殺人ゲームは終わりましたが、生き残った一般人のひとりが闇堕ちしてしまったようです」
     引裂伐子。中学生の少女である。
     彼女は以前のゲームで植え付けられた殺戮への恐怖が脳裏に焼き付き、毎日うなされ続けたという。
     その結果、精神が再起不可能なまでに折れ曲がり、狂った心に闇が染みこんでいったのだった。
     日々『ノコギリ屋』に追われる幻覚を見続けた彼女は、自らが『ノコギリ屋』となることでのみ精神の均衡が保たれるようになった。
     だがまだ『均衡を保つ』ためだけの殺意である。
     完全に闇へ呑まれたわけでは無い。
    「その証明に、彼女が開いた殺人ゲームのルールは『30分間殺し合い、まだ誰も殺していない人間をノコギリ屋が殺す』というものに改変されています。つまり、彼女は自分自身に『まだ殺さない』という制約を設けたのです。おそらく無意識にでしょうがね」
     資料をバラしていくエクスブレイン。
     その顔を有貞はちらりと横目に見た。
    「今、殺人ゲームって言ったか?」
    「ええ。彼女はあれから転校し、新たなクラスメイトたちを夜の教室に連れ出し、例のゲームを始めたのです」
     もしこのまま放置すれば、彼女は誰かを手にかけ、完全なるダークネスへと変貌してしまうだろう。
    「連れ出すのは大変だったでしょうね。転校初日から不登校でしたし、日々野良動物や鶏を解体しては興奮する子供でしたから……まあ、中学生ともなれば色々なものに釣られてしまうのでしょう。さて、今回の目的ですが」
    「おい、待て」
     手を翳す有貞。
    「まさか『新しいノコギリ屋を灼滅できれば犠牲は一切問わない』とか言わないよな」
    「……」
    「まあそうだろう。この世界は悔しいかなダークネスが握ってやがる。連中に殺される一般人を数えてたらそれだけで人生が終わる。けどな、それでも意地ってもんがあるだろう。灼滅者には」
     黙って資料に目を落とすエクスブレイン。
     作戦目的のところには確かに『ノコギリ屋の撃破』と書かれている。
     有貞は舌打ちした。
    「まだ人間の心があるなら、ぶん殴ってでも引き戻せるはずだ。素質があればの話だが、灼滅者になれる可能性もある。俺らはそいつを引っ張り戻して、巻き込まれたクラスメイトたちを保護する。それでいいな?」
     周りで説明を聞いていた灼滅者たちもまた、小さく頷いた。
     エクスブレインは表情も変えずに、眼鏡をなおす。
    「目的さえ達成されるのであれば、どちらなりと」


    参加者
    和瀬・山吹(エピックノート・d00017)
    金井・修李(無差別改造魔・d03041)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)
    七生・有貞(アキリ・d06554)
    ジュリエット・ジェイク(ネオンの騎士・d08734)
    碓氷・炯(笹鳴・d11168)
    阪爪・楊司(爪楊枝の申し子・d11442)

    ■リプレイ

    ●生存イデオロギイ
     肩に刺さったシャープペンシルをそのままに、少年はカッターナイフを振り上げた。
     ひどくわめいていたが、何を言っていたのかは分からない。多分死ねとか生きたいとか、そういう言葉だったのだと思う。
     今この空間を支配しているルールはただ一つ、『殺した奴だけ生き残る』だ。最初にタガを外した奴が勝つ。誰もが先を急ぐように自らを狂わせ、昨日までなあなあで過ごし合ってきたクラスメイトを狩りの対象とした。生きるための狩りだ。生命として当然の殺しだ。そう自分に言い聞かせての、カッターナイフである。
     だがそれが、振り上げた所でとめられた。
    「……んなアホらしいこと」
     ナイフを握った、誰かの手があった。阪爪・楊司(爪楊枝の申し子・d11442)の手である。
     鮮やかな血が手首をつたう。
    「つられんなや。気ィしっかり持ち!」
    「だ、誰だよアンタ。か、関係ないだろ……!」
     突き放したように言ってやると、楊司は頭をかいて顔をしかめた。
    「しゃあない、ちょっと寝ときやっ」
     首の後ろに手刀を叩き込み、一瞬で気絶させてしまう。
    「ったく、自分が味わった恐怖を他人にやってどうないすんえんな」
     狂い損ねた少年が、状況を飲み込めずにきょろきょろとする。
     そんな彼をなだめようと楊司が息を吸った――ところで、例の音が聞こえてきた。
     エンジン音と金属の摩擦音。いわゆるチェーンソーの駆動音である。
     ゆっくりと振り向く碓氷・炯(笹鳴・d11168)。
    「やはり、放っては置かないか」
     炯はおびえる少年を見下ろし、次に外へ続く扉を見やり、最後に自分の手のひらを見つめた。
     頭の中で三つ数えて、ゆっくりと息を吐く。
     途端、扉が乱暴に開かれた。いや、蹴倒されたと言うべきか。
     砕け散るガラスと少年の悲鳴。
    「邪魔者、みぃつけた」
     かき混ざったクリームスープのような目をした少女、引裂伐子がチェーンソー片手に教室へと入ってきた。
     ぎゅっと自らの手を握りしめる炯。
     握った手にはいつの間にか剣が生まれ、剣はいつからか鞭のようにしなり、鞭はいつしか盾のように彼を包んだ。
    「キャッハハ!」
     目を凶悪にギラつかせ、構わず突っ込んでくる伐子。
     炯は片手に持ったブザーのひもを口でくわえ、おもむろに引っ張った。
     甲高い音が鳴り響く。

     さて、時間を僅かに巻き戻す。
    「絶対助けるから、絶対殺すな。いいな」
     七生・有貞(アキリ・d06554)は名前も知らない少女にそう言いつけると、掃除用具入れの中へ押し込めた。
     そんな彼の後ろで声がする。
    「殺人ゲームとか趣味悪ゥ」
     ジュリエット・ジェイク(ネオンの騎士・d08734)が机に腰掛け薄笑いを浮かべていた。ハンドポケットのまま足をぶらつかせる。舌打ちする有貞。
    「ヤクキメたブラメタマニアじゃあるまいしさァ?」
    「詳しくは知らんが、メタルの根源は現実逃避だろう。言い得て妙だとは思うが、言い方ってもんはないのか」
    「無いね。小動物解体してハァハァするんだろ、元からどっかキチガイだったんじゃねーのって――」
     と、そこであの甲高いブザー音が聞こえてきた。
     一旦遅れて携帯からプッシュトークコールが聞こえてきた。なじみの浅い人向けに言うと『携帯電話で扱うトランシーバー』である。サービスが終了して久しいが、そういうスマートフォンアプリが無いわけではない。
    『2-2教室で遭遇、集合頼む』
    「あいあい了解!」
     ジュリエットはハンドポケットのままぴょんと机の上に飛び乗ると、窓ガラスを蹴破って外へと飛び出した。影業を展開。窓枠に高速で巻き付け、ふりこの原理で真下の教室へ突入。ガラスだらけになった教室内を前転すると、風の如く走り始めた。
     ここまですると教室はすぐそこだ。
     有貞も少女に絶対ここを動くなと言いつけて教室を飛び出していく。

     同時刻。家庭科室でもみあう少女たちを押さえつけていた渡橋・縁(かごめかごめ・d04576)は、ブザーの音にはっと頭を上げた。
     そして少女たちへ振り返り、帽子を深く被り直す。
    「私は、みんなを助けたい」
     それ以外になんと言っていいのか。ついには分からず、縁は『じゃあ』と言って駆けだしてしまった。
     あっけにとられる少女たちからとりあえず刃物をとりあげ、風真・和弥(風牙・d03497)はそれをべきべきとへし折っていく。
    「俺らは『こういう連中』だ。だからここは任せて、ここにいろ。なに、起きたときには終わってる」
     続けて少女たちの頭を軽く殴りつけて気絶させると、和弥はブザーの音がする方へと駆けだした。
     初速の違いかすぐに縁においついた。
    「あんだけ音をだせば、相手も相手でひとつところに留まってないかもしれん。ダークネスを相手にしてるならアナウンスも期待できない。音をたよりにいくぞ。こっちだ」
     和弥が縁をつれて校舎の外へ出た、その時。
     ちょうど真上にある階の窓が砕け散り、灰色のフードを被った少女――伐子が飛び出してきた。
    「こっちにもいた!」
     伐子は身を翻し、懐におさめていたであろう先折式カッターナイフの刃を投げつけてきた。即座に刀を抜く和弥。
     刃を半数ほど打ち払い、もう半数を自分の身体で受け止める。彼の頭上で上下反転した伐子がチェーンソーを叩き付けてくる。なんとか刀で受け止める和弥。どう考えてもパワー負けだ。
     が、横合いから叩き込まれた機関銃射撃で、伐子はバランスを崩し、空中をくるくると回って地面に着地した。
    「これは……」
     顔を上げる。
     するとそこには、窓枠に機関銃の重心を乗っけた金井・修李(無差別改造魔・d03041)の姿があった。
    「これが私のケジメだから」
     修李はそうとだけ呟くと、校庭の砂利を踏んだばかりの伐子めがけてブレイジングバーストを連射し始めた。
     同じく窓の縁に腰掛け、すぐ下の和弥にエンジェリックボイスを囁きかけてくる和瀬・山吹(エピックノート・d00017)。
    「こっちの子供たちは眠らせたよ。そちらは?」
    「大丈夫、です」
    「そう……」
     目を細める山吹。一方で縁は、帽子を今一度深く引っ張り下ろした。
     髪が変色し始める。
    「神芝居を、はじめよう」
     窓を割りジュリエットや楊司たちが飛び出してくる。
     そんな中、山吹はすぐ隣の修李の横顔を見やった。
    「後悔してるんだね」
    「……何が?」
    「さあね」
     山吹は肩をすくめ、窓の縁に手をかけた。

    ●共存トオトロジイ
    「追いかけっこはもういいからさァ、キレっぷり比べしよーぜい!」
     中空を舞うジュリエット。身体をひねって回し蹴りを繰り出すと、数倍の間合いを埋めるように影業が刃となって出現。それを伐子はチェーンソー一本で破砕した。
     ジュリエットはすたんと両足で着地。と同時に波紋のように生まれた影が壁となってせり上がり、飛来したカッターナイフを受け止める。
    「ゲームはおしまいだよ。全員助かってめでたしめでたし。でもってノコギリ屋を倒してあんたも自由。そうだろ?」
    「勝手なこと言うなっ!」
     伐子は吐き捨てるように叫んだ。
    「ワタシたちをエサにしたくせに! ケイコもミツルもタカシもヤナエもみんな死んだんだよ! あんたらのっ、あんたらのっ、せいでえ!」
    「は? 知るかよ自分の不幸だろうが!」
     チェーンソーを構えて突撃してくる伐子。対抗してジュリエットが無数の槍を影から作ろうとした、その時。長く伸びた手が伐子の真横を通過。すぐ後ろの地面に爪を立てて固定すると、まるで引っ張られるように修李が突っ込んできた。
    「伐子ちゃん――!」
    「あの――ときのォ!」
     ぎろりと修李をにらみ付ける伐子。途中で強引に軌道をかえ、叩き込まれるチェーンソー。修李はそれを機関銃の銃身で受け止めた。が、パワー負けして吹き飛ばされる。
     地面を転がりながらライフルを抜くと、狙いも適当なまま連射した。
    「そんなもの振り回したってボクは死なないよ伐子ちゃん――私は、『殺したがらない』奴には殺されないよ」
    「黙れェ!」
     弾丸とカッターナイフが空中でぶつかり合って互いに砕け散る。
     そこへ、剣を握った炯が横合いからの斬撃を繰り出した。狙いななんと両目のラインである。
     反射的に頭を引いてのけぞる伐子。そのまま炯の腹を蹴って後退する……が。
    「歪んだ殺意でしか心の均衡を保てないなら。僕たちに向けるといい。ゲームの邪魔をしたのは僕たちだ。僕たちを憎め」
     片手で剣を構え、反対の手で縛霊手を握り込む。
    「あなたの恐怖も狂気も、僕らが受け止めます」
    「――ッ!」
     歯を食いしばる伐子。だが、何かを叫ぶよりも早く身体が飛び出していた。凄まじい速度で炯に密着すると、肩から斜めにチェーンソーを走らせる。
    「――のせいだ。あんたらのせいだ! あんたらが居なければみんな死ななかったんだ!」
    「それは違う」
     横から浴びせられるガトリング射撃。
     それを伐子はチェーンソーの一降りで全て薙ぎ払った。かき混ぜられた空気が弾丸ごと歪めて彼女を避けたのだ。
     銃をその場に捨て、ファイティングポーズをとる有貞。
    「すまなかった、伐子。恐い思いをさせてすまなかった。俺たちはダークネスを倒すためにお前たち全員をエサにした。それは事実だ。だから恨みは俺らが買う」
    「恨み……」
    「こい」
     だん、と地に足を踏みならす伐子。途端に毒の竜巻が発生する……が。
    「悪い夢はもうおしまいにしましょう」
     紫の足下から茨型の影が飛び出し、ぐるんと周囲の空気をかきまぜた。清めの風が渦を巻き、竜巻とぶつかり合ってお互いの結果をかき消し合った。
    「あのとき私たちにもっと力があれば、あんなことにはならなかった。あれが私たちの限界だった。それが、苦しい……」
     帽子の奥で目を細める。
    「せやけど、こうするからには文句もしっかり言わせてもらうで」
     ぐるんと肩を回した楊司が、ぶつかり合って生まれた真空を突き抜け、伐子へと殴りかかった。
    「そらトラウマ抱えてつらかったんやろけどな、クラスメイト巻き込もうって根性が気に喰わんねん!」
    「やってることはいじめられっ子が逃れるためにいじめる側に回るのと一緒だ。何も変わらん」
     拳を受け止めた伐子へさらなる斬撃を加える和弥。
     生まれた隙を見計らって伐子の身体を蹴飛ばすと、楊司はビームを連射。追撃をかけるべく和弥のティアーズリッパーが閃いた。
     血を吹き上げて転がる伐子。
    「ワタシ、ワタシだって、ワタシだって……! ワタシはもう――!」
     頭をがりがりとかきむしり、身体を起こす伐子。そこへ、誰かの歌が聞こえてきた。
    「君はノコギリ屋にはなれないよ。非情になりきれていない」
     はっとして振り向くと、そこには山吹がいた。
     ゆっくりと歩み寄ってくる。
    「君は優しい子だ。だから、戻っておいで」
    「誰、が……」
     伐子はふらふらと立ち上がり、チェーンソーを握りしめ、一歩二歩と山吹に歩み寄り、そして膝から崩れ落ちた。
     彼女を胸に抱く山吹。
    「恐かったね。もう、大丈夫」

     後日談はあえて語らない。
     クラスメイトたちは翌日になって発見され、誰もが『伐子が』としか言わず、それを聞いた大人たちも妙に荒らされた校舎と好き放題に割られた窓を見て肩をすくめるばかりになる……だろうと見られている。実際のところは分からない。
     少なくとも、転校初日からろくに学校へ通わず、たまに顔を見せたかと思えば虫や小動物を殺して興奮するような子供である。誰も真面目に対応したくなかったのだろう。
     そして伐子は当然の流れとして学校を去り、新たな学校へと移ることになる。
     その名は武蔵坂学園。
     合縁奇縁と言うべきか、そこは彼女の同類ばかりがいる学校だという。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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