Sh-MA 『少女、明暗、今をみつめるもの』

    作者:空白革命

    ●『汝、己であることを示せ』
     これはある男の顛末である。
     ある日少女の夢を見た男は、不思議な問いかけを受けた。
     いわく。汝、己であることを示せ。
     質問の意味が分からず問い返したが、少女は何も言わずにかき消え、夢は覚めた。
     薄汚れた古いフードつきのローブをかぶり、表情の見えない少女だった。
     手元には丈夫そうな杖があり、先端には煌々と照るランプがあった。
     不思議な子だ。
     そう思った翌日、再び夢に現われ同じことを問いかけてきた。
     男なりに意味を考える。自分が自分であることを証明せよと、そう述べているのだろうか。
     しかしそんな方法は知らない。身分証の提示を試みたり、名前を名乗ってみたりはしたが、どうやら証明にはならぬようである。
     どうしたものかと思い悩んでいると、少女は消えた。次が最後だと述べて消えた。
     その翌日。少女はみたび現われた。
     だが今回は彼女だけでは無い。無数の化け物……そう、化け物としか形容できないものを引き連れてきたのだ。ランプによって生み出された影から這い出てきた『影の塊』のごとき人型の化け物は、私を取り囲んでぼそぼそと何かを言っていた。
     これが最後だということだろう。
     男は考えに考えた。
     そして思いついた。
     自分にしか出来ないことをするのはどうだ。
     この世界に自分だけと、自分が信じていることをだ。
     それが他者から見てどうであるかはさておいて、自分らしさを見せつけることができれば、それは自分を自分と証明することになるのではないか。
     だが、ひらめくまでの時間が長すぎた。
     男がそのことに気づいた時には。
     ベッドの上でイチゴジャムのようになっていた。
     
    ●自分自身の示し方
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそこまでの説明を終えてファイルを置いた。
    「このようにシャドウの動きをとらえることができました。今回はこの男性の夢へソウルアクセスすることで介入し、撃退することができるでしょう」
     そういって提示された情報には、男性の住所や暮らし、侵入方法など様々なことが書かれていた。どうやら夢へ入るまでの過程を気にする必要はなさそうである。
     だが一番気にするべきはそう、シャドウへの対策だった。
     シャドウ。
     夢を支配するダークネスである。人の夢に自らの化身を送り込み、しまいには死に至らしめると言われている。
    「今回の目的はこれを撃退、もしくは相手の要求を満たし帰らせることにあります」
     
     シャドウの戦力は影人という夢眷属10体と、ローブと杖の少女のみである。
     影人は形を自在に変容できる眷属で、戦闘力こそ灼滅者に劣り危険視するほどの性能はないとされていた。
     一方でローブの少女、恐らくシャドウの化身と思しき彼女は高い戦闘能力を有し、相当の激戦が予想されている。
    「やり方は皆さんにお任せします。力ずくで撃破することもできるでしょうし、別の方法で帰らせることもできるでしょう。もちろん中途半端になってしまう危険もありますので、楽観視はできませんが……」
     まとめた資料を灼滅者たちに手渡し、姫子は小さく頷いた。
    「あなたになら、きっとできるはずです」


    参加者
    古樽・茉莉(百花に咲く華・d02219)
    近江谷・由衛(朧燈籠・d02564)
    一之瀬・祇鶴(リードオアダイ・d02609)
    月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    ロザリア・マギス(悪夢憑き・d07653)
    祁答院・在処(放蕩にして報答の・d09913)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の眼を持つ斬込隊長・d10859)

    ■リプレイ

    ●『鏡にお前は映っていない。それはただの光だ』
     ある夢でのことである。
     少女が杖をついたとき、影は人となり、人は人を襲うに至った。
     鞭のようにしなる黒くて薄暗い物体が、やがて人の胸へ届くだろう。
     だがその前に『彼ら』が現われたとしたならば、現実は――いや、夢はおよそ異なるものとなる。

    「おおっと、危ねえな」
     煙草をくわえていないのがおかしいくらいの放蕩顔をした、それは年若い青年だった。
     名を八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)といい、ナノナノをひとり連れていた。
     彼は男の前に立ちはだかり、自らの周囲を黒い卵の殻が如く鎖剣で覆うと、影の腕を無理矢理にはねのけて見せた。
    「灼滅者か」
    「何しに来たのか、わかるよな?」
     青年は額に手を翳し、切り立った崖の上を見上げた。
     杖をつきローブを目深に被った少女がひとり。いわゆるダークネスの一種、シャドウである。
    「お前の目的に興味は無い。まず問おう。汝、己であることを示せ」
    「その問いかけ、言葉じゃ到底足らんだろうさ。だから、信念で示させて貰おう」
    「好きにしろ」
     するとすぐに、彼を含めた八人の少年少女……いや灼滅者が方々へと現われた。
     眼鏡の蔓をつまむ一之瀬・祇鶴(リードオアダイ・d02609)。
    「私は戦いながらっていうガラじゃないわ。どのみち一度は死んだ身。ここにいてと望んだ人がいるから、そうしているのよ」
    「それは依存か。その誰かが消えるか、望むのを辞めればお前は自分を失うのか」
    「どうかしらね。正直ちゃんとした答えなんてないわ。自問し、悩み続けることが、強いて言うなら私の証明よ」
    「自己探求こそが自己か。それもいい」
    「ご満足頂けたかしら? じゃ、始めましょうか」
     灼滅者たちがそれぞれカードを翳す中、祇鶴は眼鏡を外して頭上へ放った。
     エネルギー体となって砕けたその後に、まるで何かと交換したかの如く手の中に二丁の重火器が現われた。
     ご覧の通りの戦闘態勢である。無論それはシャドウ側とて同じこと。杖を地面に打ち付けると、崖下に複数の影人が出現した。
     出現と同時に飛びかかってくる。
     解除を終えた月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)が、槍の如く突き込まれた影の腕を首の動きでよけ、素早く相手の懐へと潜り込んだ。ぐにゃりとターンして彼の後頭部を狙う影の腕。
    「僕は、僕と――もう一人の僕」
     无凱は胸にスートを宿すと、自らの後頭部を目指す腕をすんでの所で掴み取り、空いた腕でもって影人をジグザグに切り裂いた。
     なぜか?
     そう、弓弦の月が彼を守るように飛び交っていたからである。それらががちりと組み合わさり、円形となって手元へ収まる。
    「戦いの形は僕の形。語るより、ずっと早い」
    「おやまあ、随分飛ばすんですね。いいですよ、私もそういうタチですから」
     影人たちが无凱へ殺到しようとした所で、ロザリア・マギス(悪夢憑き・d07653)とテクノギア(ビハインド)が彼の左右を追い抜いていった。
     影人の一体を同時に殴り飛ばす。
     何か物足りなそうに薄笑うと、すぐ後ろを振り返った。
    「祁答院さん、あなたが言ってたシャドウって、前もこうだったんですか?」
    「まあな」
     ナイフを逆手に持ったままゆっくりと歩み来る祁答院・在処(放蕩にして報答の・d09913)。
    「俺はこれまでシャドウを家業の相手としか見ていなかった。だがある日のことだ、初めてシャドウに興味がわいた。どうだろう、これを恋と呼べるか?」
     歩く在処の背を押すように毒の風が吹きすさび、影人たちは思わず身を固めた。
     が、固めたのがまずかった。
     これ幸いと、まるで野菜を土から抜くように頭を引っこ抜いたロザリアが張った相手の腹に膝を入れ、折れ曲がった所で再度殴り飛ばした。
    「はい祁答院さん、あとはどうぞ?」
    「いや、初撃は若手に譲るさ。見せてみな娑婆蔵」
    「――ええ、よござんす!」
     風のように、いや風よりも早く影人へと接近すると、撫桐・娑婆蔵(鷹の眼を持つ斬込隊長・d10859)は日本刀を抜ききった。
     真っ二つになって消滅する影人。
     更に空いた手に特殊な小槍を握り込むと、腕を交差させるようにすぐ脇の影人へと突き刺した。
    「撫で斬りにしてやりまさぁ」
     刀を素早く納め、ついでとばかりに抗雷撃を叩き込む。
     もうこの時点で影人の数は半数以下にまで減ったことになる。そんな段階だからというわけではないが、娑婆蔵はちらりと祇鶴の方を見た。
    「一之瀬さん、頼めますかい」
    「いいけど、うまくいかなくても怒らないでよ」
     影人の一群をバレットストームで牽制していた祇鶴はもう一方のライフルを構えてシャドウへ射撃。放たれた光線は杖の先端にあるランタンに当……たる直前に溶けて消えた。
    「何がしたい。楽がしたいのか? まあいい、問いかけも既に必要ないだろう」
     そろそろ加わわらせてもらうぞ。シャドウは崖からぴょんとこちらへ飛び降りてきた。
    「下がってくださいっ」
     飛来するシャドウを含め、影人たちめがけて除霊結界を発動する古樽・茉莉(百花に咲く華・d02219)。
     影人たちは一様に打ち弾かれ、奇妙にのけぞった。だがシャドウはと言えば結界をまるで何事もないかのようにすり抜け、茉莉の顔面めがけて杖をスイングしてきた。
     対する茉莉は即座にかがんで回避。指の間に導眠符のカードを挟んで刃のように繰り出した。バク転で回避、後退するシャドウ。
    「あなたと対峙することは誰でも出来る。しかしあなたを倒すのはこの私です! ――近江谷さん、繋いでください!」
    「わかった」
     肩に大鎌を担いだ近江谷・由衛(朧燈籠・d02564)が跳躍して接近。
     鋭い斬撃を繰り出した。シャドウに……ではない。シャドウを庇おうと前へ出てきた影人たちをである。
     一体の首を一振りで刈り取ると、持ち手を異形巨大化させてもう一体を殴りつける。
    「シャドウ……the Hermit」
     バウンドしながら消滅する影人を無視して、由衛は再び鎌を振りかざした。
     近くへ並ぶ茉莉。
    「もしあなたが同じ問いをかけられたとき、どう答えるんでしょう? 少し興味があります」
    「私は興味が無い。自己証明はもう終わりか? 帰るか、死ぬか?」
    「いいえ、少し話しましょ」
     影人が残らず消滅し、お互いに武器を構え、一定の距離をじりじりと保ちながらの『お話し合い』である。
    「あなたは何を求めている? 問いを満たしてどうしたいの?」
    「その問いかけが自己の証明か」
    「悪いわね。倒す相手のことを知っておきたいの」
    「ほう」
     シャドウは肩幅に足を開き、先端のランタンを両手で包むような持ち方で杖をつくと、ローブフードの下から僅かに眼を覗かせた。
    「お前は刈られた小麦のことを想ってパンを食べるのか。殊勝なことだ。ならば私はこう応えねばならない」
     ぶわり、と周囲の空気が動き始めた。
     急に天を暗雲が覆い、しめった風が渦巻いていく。
    「尋ねるだけ言葉の無駄だ。探さぬ者に答えは無い――甘えるな」
     途端、巨大な竜巻が発生。由衛たちを巻き込んで大地ごとひっくり返した。
     中空に巻き上げられる祇鶴。
    「ややこしいことを」
     無理な体勢でありながら、しっかりと構えたライフルからビームを連続発射。
     杖と両足を地につけたまま、シャドウは影を壁のように展開。ビームを次々に防いでいく。
     が、併せて発射された由衛のマジックミサイルが突き刺さり、影の壁にヒビを入れた。
     そこへ縛霊手を振り上げた茉莉が突撃、壁を無理矢理破壊する。
    「いつまで隠れているつもりで――」
    「上だ」
     杖の先端を指でとんと叩くシャドウ。すると、天空から激しい雷がおこり、茉莉へ直撃した。
    「――つっ」
     焦ること無く、九紡(ナノナノ)の力を借りて即座に回復。
     心配ない。繋いでくれる仲間が居る。
    「満たされた先になにがある。傷付け奪い支配するより、ともに歩く、笑顔で進める未来があればいいのにな」
     十織が黒とピンク色のブレードを両手にそれぞれ握り、オーラや影を連射しながら突撃する。
     それらは地面から新たに生えた柱によって次々に弾かれるが、最後に繰り出したチェーンソー斬りだけはヒットした。
     いや、影の柱を木の枝のように切り裂き、シャドウの肩にざっくりとノコギリを食い込ませたまではいい。
     が、まるで地面に根でもはっているかのようにその場からぴくりとも動かなかった。十織からすれば鉄の柱でも切っているかのような感覚だ。だが、ノコギリで鉄が斬れないわけではない。
    「こいつ――」
    「そんなに共生がしたいならお前も堕ちればいい。言っておくが、人間に『誰も泣かない共生』など不可能だぞ」
    「そりゃ暴論ってもんでさァ」
     いつの間にかシャドウの背後に回り込んでいた娑婆蔵が、どっしりと腰を落とした姿勢から両拳を握り込んだ。右手に小槍、左手には雷。それぞれを鋭く漲らせ、シャドウへ連続で叩き込む。
     が、それでもシャドウは一向にその場から動かなかった。
     両足と杖を地についたままである。
     ふう、と息をつくシャドウ。すると彼女を中心に激しい竜巻がおこり、十織たちをはじき飛ばした。
     竜巻がやがて別の仲間も巻き込もうとしたところで、无凱が自らの影を変化。茨の檻のようなものを形成して自らを守った。
    「…………」
     風がやみ、茨が開き、シャドウへと高速で伸びていく。
     と同時に、ロザリアと在処がシャドウへ急接近した。
     テクノギア(ビハインド)の援護射撃も受けながら、ロザリアは左から、在処は右からそれぞれ攻撃を繰り出した。
     対してシャドウは一切の回避をしない。
     ロザリア拳は側頭部に、在処のナイフは脇腹にそれぞれ命中。しかし足と杖はそのばから一ミリも動かない。
     在処は目を細め、武器越しに魔力を流し込んでフォースブレイクを発動。一方でロザリアは零距離からデッドブラスターを連射した。遅れて到達した无凱の茨はシャドウの胸を強く切り裂く。
     がくがくと身体を激しく揺すられるが、それでも動く気配の無いシャドウ。
     フードを目深に被っているせいで表情はわからないが、少なくともダメージは蓄積している筈だった。
     ならばなぜ?
     そう思ったところで、シャドウの小さな呟きが聞こえてきた。『うん、うん』と一人納得するような声だったが、その意図するところは分からない。
     その直後、再び激しい竜巻が起きて在処たちが跳ね飛ばされた。
     飛ばされてから、目を見張った。
     シャドウは……シャドウの少女は、目深に被っていたフードを外し、ふるふると首を振った。
     目をぱっちりと見開けば、両目の中には角の六つある星印が浮かんでいる。
    「質問に答えてもよい。ただし言葉は真理ではなく、主張は総意ではないと知っておけ。そして言葉を最後まで聞き届けられるかは、『保ち』次第――だ」
     言い終わるその頃には、シャドウは无凱の背後に立っていた。まるで移動する姿をとらえられなかった。
     素早くオーラを展開、更に影の茨を張り巡らせる……が、シャドウは杖に影を纏わせて叩き付けてきた。全ての防御を瞬く間に破壊。むろん攻撃をくらった无凱の身体はただではすまない。
     バッターに打ち出された野球ボールのごとく吹き飛び、切り立った崖へと激突。連鎖的に起きた崩落へと巻き込まれた。
    「私はお前たちに興味は無い」
     次に、突如として在処の真横に出現。反射的に動いた在処とシャドウがそれぞれ杖をぶつけ合い、ほぼ同時にフォースブレイクを発動。相殺は、しなかった。在処だけが爆発し、地面をごろごろと転がる。
    「お前たちの未来にも、疑問にも、過去にも興味は無い」
    「祁答院っ」
    「――の兄貴ィ!」
     丁度近くにいたロザリアと娑婆蔵がほぼ同時に、全く隙の無い動きでシャドウへパンチを繰り出す。が、その全てが空を穿った。拳を振り抜いた時には二人の後ろにシャドウがおり、豪快にスイングした杖によって起きた竜巻に巻き込まれたのだ。
    「だが追求はしたいのだ」
     離れた所で縛霊手を構える茉莉と由衛。
     シャドウは地面に突き刺さらんばかりに杖を立てると、生まれた影を凄まじい速さで延長。茉莉の真下にきたところで突如高い崖となって突き上がった。思わず跳ね上げられる茉莉。
     そこから更に影が分岐し、由衛の真下にも崖が生まれた。
    「人間が、なぜ」
     そして再び巻き起こる巨大な竜巻。
     防御姿勢をとった祇鶴の所へ、シールドを構えた十織が割り込み、代わりに巻き上げられていく。その姿を見上げた祇鶴のすぐ眼前に、シャドウはいつのまにか立っていた。
     煌々と光るランタンが喉元へとあてられる。
    「――ここまでだな」
    「どうかしら。私ならまだ」
    「お前の話ではない。『こちら』の話だ」
     ふう、と息をつくシャドウ。
     よく見れば、灰色のローブの内側では大量の出血が窺えた。
     まるで沼へと沈むかのように、影の中へと潜り込んでいくシャドウ。
    「いつかまた会うときには、あなたの……自身の証明を聞かせて貰えるかしら?」
     シャドウは目元まで沈んだ状態で、ちらりと左下を見やった。
    「――甘えるな」

     結果を述べる。
     最後の攻防でひたすらに吹き飛ばされた灼滅者たちだったが、特別深く負傷した者はおらず、皆無事にソウルボートから帰還した。
     帰還した先には、奇妙な刻印が成されたナイフやグローブが転がっていたという。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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