昼下がりの罠

    作者:佐伯都

     熱っぽい吐息を落としながら、黒光りする大きな机に爪を立てる。あぁ、そこ、と喘ぎ声の混じった呟きが生徒会室に響いた。
    「ふふ、いけない子だ。もうこんなに硬くして」
    「だって僕……会長のお役に、立ちたくて……だから、あっ、あっ」
     机に突っ伏すような姿勢から、ぐいと肩を後ろへ引かれて半身を起こされる。そのせいでよけい深く入って、悲鳴じみた声が漏れた。
    「ほら、もっと力抜いて。でないと痛いよ」
    「嫌、ダメです、そんなにしたらっ……あっ、ああっ!」
     ……きゅっ、と首の付け根のツボを小気味よく指圧してハイ終了。慢性肩こり持ちの新米書記が、すっかり血色のよくなった顔に至福の表情を浮かべる。
    「はぁ……会長、なんでそんなに……信じられないくらい、上手いんですかぁ……」
    「さあ、なんだろうね。誰に教えられたものでもないけど、なんとなくわかるんだよ。ここをこうされたら、気持ちいいだろうなって」
     リムレスの眼鏡の下で、柔和な笑顔を浮かべる葛城・耀士(かつらぎ・ようじ)。温和にして聡明、人への気配りを忘れず生徒達の信頼を一手に集める辣腕の生徒会長だ。
    「特に桐島(きりしま)はよく働いてくれるから、多少なりとも労ったところでバチは当たらないと思うよ」
    「……えへへ、嬉しいです。会長」
     ほにゃら、と相好を崩す彼と生徒会長のそんな会話は、なぜかICレコーダーへ一部始終が録音されていた。耀士から書類のコピーを頼まれて生徒会室を出た新米書記は、これまたなぜか放送室へ向かう。
     そこで待っていたのは数名の放送部員と、副会長の澤部・敦哉(さわべ・あつや)。
    「持ってきたか」
    「ええ、たっぷりしっかり三時間分です」
     にんまり笑った桐島・薫(きりしま・かおる)がICレコーダーを差し出す。状況さえ知らなければ、男同士の密室内の睦事としか思えない音声データを満載した、それを。
     
    ●昼下がりの罠
     あー、と何か色々言いにくそうな表情で、眼鏡のエクスブレインが額を覆った。
    「えーと……ヴァンパイア学園の朱雀門高校がまた、やらかそうとしてる」
     生徒会長の椅子を虎視眈々と狙ってきた副会長と結託し、辣腕をふるう生徒会長の信用を失墜させようと企んでいるらしい。
    「夏休み真っ最中だが、部活や補習に来ている生徒も多い。あえて、いま事を起こして夏休みが終わったら針のムシロが待っている、そういう状況に持っていきたいんだろう」
     このまま放置すれば、遠からずヴァンパイアは副会長を裏から操り学校を支配するだろう。
    「そういうわけで、今回頼みたいのは学校への潜入及びヴァンパイアの排除、だ」
     灼滅ではない。排除という言葉でエクスブレインは依頼の意図を表現した。
     もしヴァンパイアを灼滅してしまった場合、朱雀門高校との間には浅からぬ亀裂が入ってしまう。そしてそれが度重なればどうなるか、結果は想像するまでもない。
    「たまたま転校した先でたまたまダークネスに遭遇し、たまたま阻止した……そんな都合良すぎる話あるわけねーけどな。要するに学園支配を阻止しヴァンパイアにお帰りいただく。それが達成されれば成功と言っていい」
     さらに、もし戦闘が発生しなかったならばさらに上々だ。
    「そして紛れ込んでるヴァンパイアの名前は、桐島・薫。高校一年生の男だ」
     中性的な名前もそうだが白い肌に小柄な体躯と甘い顔立ちのせいでなかなか男と信じてもらえない、そういう容姿だ。
    「んでこの生徒会長、葛城・耀士ってんだけど……何でか肩もみとか指圧がやたら上手い、って妙な特技があって」
     くるくると人の何倍もよく働いてくれる新米書記。そんな薫に、日頃の働きの労いと称しよく揉んでやっていたらしい。いいなあ自分も揉まれたい、と思った人間がどれほどいたかは不明だ。
    「それで肩凝り持ちの奴はわかると思うけど、その、肩もみとか指圧とかの最中って超極楽だろ? あー、とかうー、とか変な声出るだろ? ……まあそういうこった」
     音声だけだと色々アレ、ということだ。しかも悪い事に、決して頭は悪くないのにそういう方向で受け取られかねない、という点に耀士は全く気付いていない。
    「ただ単純に、その可能性に思い至らないだけなんだろう。何気に別の学校に通う彼女もちゃんといるしな」
     リア充爆発しろ。
    「で、薫は耀士に頼まれたコピーを取りに行くふりをして、放送室で待つ副会長の澤部へICレコーダーを届けようとする。薫に接触できるのは奴は生徒会長室を出たあとだ」
     耀士や副会長の敦哉と接触したい場合も、そのタイミングは変わらない。
     生徒会長室は二階の一番奥、放送室は三階の一番奥、つまり生徒会室の直上にある。薫が生徒会室を出た後という条件さえ守ればいつどこで接触してもかまわないが、邪魔者がいると気付けばその時点で襲ってくるので、その方法や場所はよく考えるべきだろう。
    「薫が自分の作戦が継続困難と判断するか、あるいはこのまま戦えば負けてしまうと思わせることができれば、薫は諦めて撤退する」
     戦闘となった場合、薫は鋼糸とダンピールのものに酷似したサイキックを駆使してくる。外見に似合わずなかなかの強敵なので油断は禁物だ。
    「最後になるけど、薫にソッチ系の嗜好はない。あくまで作戦上の演技だから、忘れるなよ」
     くれぐれもおかしなことを言って機嫌を逆撫ですることのないように、とエクスブレインは溜息をついた。そして、ああごめん忘れてた! と慌てて顔を上げる。
    「潜入先の私立白凰学園高校、男子校だからな!」


    参加者
    神宮寺・琴音(金の閃姫・d02084)
    佐和・夏槻(物好きな探求者・d06066)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    リタ・エルシャラーナ(タンピン・d09755)
    花廼屋・光流(ニューリアル・d10910)
    雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)
    太秦・雪音(高校生ファイアブラッド・d15202)
    高辻・優貴(ピンクローズ・d18282)

    ■リプレイ

    ●影から応援し隊
     長い長い廊下の奥から、扉を開閉する音が聞こえた。片側には入道雲の見える窓、反対側には夏休み中で無人の教室がいくつも並ぶ。
     階段寄りの教室へ隠れていた神宮寺・琴音(金の閃姫・d02084)や埜口・シン(夕燼・d07230)達は、その前を佐和・夏槻(物好きな探求者・d06066)が歩いていくのをじっと待った。
     この学校の制服を着ている以上、冷静に、かつ堂々としていればすれちがう程度は問題ないはずだ。
    「ここの化学準備室ってどんな感じなのかしらぁ~行ってみたぁ~い」
    「終わって余裕があったら、な」
     太秦・雪音(高校生ファイアブラッド・d15202)の白衣の前がきちんと閉じているかを確認して、雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)はそっと教室の引き戸、填め殺しのガラス窓部分から廊下の様子をうかがう。
     階段の踊り場付近で高辻・優貴(ピンクローズ・d18282) はそのまま、引き続き待機。薫が三階へ向かおうとした時のさらなる足止めと引き止め役だ。
     夏槻が歩きだすのと同時に、やはり踊り場で待機していたリタ・エルシャラーナ(タンピン・d09755)と 花廼屋・光流(ニューリアル・d10910) は三階の放送室へと急ぐ。
    「ま、音声だけ聞けば別のシチュエーション、なんて是非ともコントにしたい題材なんだけど……」
    「しかしあんなもの学校中にばらまかれては、コントどころの話じゃなくなりますね」
     辣腕の生徒会長と紅顔の美少年が密室であれやこれや、などスキャンダルもいい所だ。窓に写る光流の姿が消えたのを見計らい、リタは思いきり放送室の扉を開け放つ。
     澤部とおぼしき人物と、放送機材の前に陣取った三名ほどの放送部員がぎょっとした顔でリタを見た。
    「澤部先輩、朗報です!」
    「ろうほ……何?」
     そのまま詰め寄ってきたリタの勢いに、澤部は完全に気圧されたらしい。
    「しかし、なんだお前。うちの生徒のようだが見ない顔だな」
    「ええ、それは当然です! ボクは会長の影で日頃ナイスサポートを見せている副会長を、さらに影から応援し隊! ですから」
    「は、はぁ」
     そんなやりとりを、口をあんぐりさせて見ている放送部員。
     闇纏いで姿を消した光流は大きな操作卓に近寄り、完全に放送部員の意識がそれているのをいいことに手当たり次第コードを刺し替え、あるいは抜いていく。
     様々な電源まわりや見た目でわかるレバーを動かすのは危険と判断し、光流は一度そこを離れた。
    「近頃の会長は、適任がいれば職を譲るのもやぶさかではないという噂を聞いたんです! ですか――」
    「待て! 今、何だって!?」
    「は?」
     突然澤部が血相を変え、逆にリタに詰め寄る。闇纏いを解いてしれっと会話に加わろうとしていた光流は、澤部の豹変に息を飲んだ。
     夢にも思わなかったことを聞かされ愕然とした、という表現のほうが近い。
    「どういう事だ。会長選を待たずに、適任さえいれば望んで会長を降りるという事か!」
    「……」
     全く予期していなかった反応に、リタは思わずごくりと喉を鳴らした。ちらりと光流に視線を投げるも、彼も全く同じ思いのようだ。
     もしかしたら、こちらが考えていた人物像と実際の彼は少々違うのかもしれない……。

    ●ご意見申し上げ隊
     さて放送室の扉が開けっ放しなんだが、と優貴は悠然と踊り場に座り込んだまま三階の様子をながめやった。
     副会長の他にも放送部員がいるはずだが、開けっ放しの扉にも気付かないほどリタと光流が場を引っかき回せているという事なのだろう。良い兆候だ。
     二階では先ほど無事に夏槻が薫と廊下ですれ違い、すかさず直人達が薫を教室へ引き込んだ。ほぼ同じタイミングで夏槻が生徒会室の扉をノックしたので、こちらもほぼ想定通りに進んでいると言える。
     優貴の役割は薫が三階に向かうまでの時間稼ぎなので、むしろお鉢が回ってこない方が望ましいのだ。
    「失礼します」
     どうぞ、と中から声がしたのを確認して夏槻は生徒会室の扉を開ける。
    「……あれ?」
     上座にひとまわり大きな机と、何かの資料に目を落としていた三年生とおぼしき人影。リムレスの眼鏡をかけているところを見ると、彼が葛城のはずだ。
    「申し訳ないが、何年生だろうか。あまり見ない顔だね」
    「はい。賑やかな場所は苦手なので、よく言われます」
    「すまない、失礼な事を言ってしまったね」
     いえ、と言葉少なに返して夏槻は葛城の机に近寄る。
    「僕は生徒会の支持者であって、個人をどうこう言ったり擁護するつもりはない、という前提で聴いて頂きたいのですが」
    「……聴こう」
     至急、の赤文字が見える書類をあっさり脇へよけ、葛城は空いている席から椅子を引き、夏槻に勧めてきた。今は時間が惜しい。夏槻はこのままで構わないと言い置き、話を進める。
    「最近、副会長が生徒会の事で悩んでいるようで。会長から話を聞いてやってもらえませんか」
    「……敦哉のことかな。確かに、敦哉は少し内に溜めこむ所があるね」
     敦哉、という呼称に夏槻は少なからず驚く。もう少し距離があると想像していたのだが、違うのだろうか。
    「率直に言いますが」
     あえて厳しい言い方を選ぶ。
    「上に立つ者が有能なのは良い事ですが、部下に任せるのも大事なのでは。認められないと感じると、仕事はもちろん人間関係もうまく行かなくなります」
    「……そのつもりはなかったんだけどね。君からはそう見える、あるいは敦哉がそう感じ、……そしてそのことをよく思っていない、という事だろうか」
    「そうですね。会長があまりにしっかりしていると、劣等感から不満を抱く者や、高進が育たないという事もあるのでは」
    「……そうか。なるほど、君の意見はもっともだ」
     葛城は自分の机に戻り至急と朱書きされた書類を裏返して、行こうか、と夏槻に告げ扉へ向かった。
    「え? ……あの、行くって、どこへ」
    「決まっているじゃないか、敦哉の所」
     事も無げににこりと笑い、葛城は続ける。
    「君が言ったんじゃないか、話を聞いてやってくれと。だから敦哉がどこにいるか知っていると思って。違ったかな」
     何も違わない。夏槻は首尾良く葛城を生徒会室から連れ出せたことにほっとしながら、廊下へと出た。

    ●親切心で忠告し隊
     ちょっと、ちょっと桐島さん! と声をひそめて琴音が薫を呼び止める。生徒会室の方を伺いながら手招きすると、存外あっさり薫は歩みを止めて琴音のほうへ近寄ってきた。
    「あの、何か? あまり見ない方のようですが」
    「誤解されるといけませんからどうぞ中へ」
    「ああ、やっと来た。ずっと待ってたんだ」
     あえてそのことは隠そうとせず、琴音の後ろから顔を出して直人は続けた。嘘は虚構で塗り固めるより、多少真実を混ぜたほうが見破られにくく露見しにくい。
    「とにかく話せないか。あんた、ちょっとまずい事になってるぞ」
    「……急いでいるので手短にお願いしますよ」
     むう、と眉根を寄せつつ薫は素直に教室の中へ入ってくる。
    「あのさ、放送部から聞いたんだけどよ」
     ニット帽を被って机の上に腰かけ、雑に脚を組んだシンが切り出した。
    「同級生として忠告するぜ。ほら俺も女顔だし声だってこんなだからさ、マジ苦労してんだ。会長とできてるなんて噂立ったらお前、危ないぞ」
    「ま、待て! 誰がその話を」
    「そんなもん誰だっていいだろ」
     廊下を気にしているふりをしながら、直人がすかさずたたみかける。内密の計画が第三者に露見しているのを知り、薫はあからさまに動揺していた。
    「まさかとは思うが、生徒にソレ聞かせようとしている訳じゃないよな? 俺らは会長に彼女がいる事は知っているが、生徒の大半はお前と会長がいい仲だって思ってんだぞ」
    「……はァア!?」
     本気でそんな事は想像していなかったらしく、薫の声が裏返った。……なぜかなんとなく、非常に貴重なものを聞いた気分になる。なんとなく。
    「ホントだって。お前さ、新米なのに会長にすっげ可愛いがられてんじゃん」
    「元から好い仲だと噂になってるんじゃ~、困るのは桐島君のほうだと思いますぅ~」
     白衣の袖を胸の前でぷらぷらさせつつ、雪音はシンの言葉に同意する形で背の低い童顔男子を装って呟く。あざとさ満載の仕草が実は胸の大きさを隠すためだなんて誰が考えるだろう。
    「いや可愛がられてるって、多少目にかけてもらっているだけで」
    「そうそこ! 新米なのに他の役員より目にかけるって相当だろ?」
    「え、いや、それはその」
     大人数で押せ押せな作戦がこうも嵌まると、見ている側は面白くて仕方ない。琴音はダメ押しとばかりにシンの後ろから机へ飛び乗り、ずびし、と人差し指を突きつけた。
    「よろしいですか、あなたは既に疑われているのです! お気をつけください」
    「そうだよ。こう言っちゃ悪いけど、可愛い後輩にやり手の会長とか、どこのBLだよって話じゃねえか」
    「いいか、冷静に考えてみろ」
     真剣な顔で諭すシンと琴音のほうに薫の注意が向いているのを確認し、直人は葛城を伴って廊下を通り過ぎる夏槻の背を彼等から死角になる位置で見送った。薫からは、ちょうど廊下を誰か通らないか警戒しているように見えることだろう。
    「会長のモノだと思ってるから手を出さずにいるんだ。もし今回のことで会長がお前のこと否定したら……お前を狙ってる奴らはどう考えると思う?」
    「……」
     みるみる薫の顔色が青くなるのを雪音は、何かの化学反応みたい~、とのほほん気分で見守った。

    ●学園を守り隊
    「会長を譲ってもいいと考えているのは本当らしいです」
    「そうなのか……」
    「俺は副会長のほうが頼れると思いますけどね」
     澤部の反応を探るように光流が呟くと、意外なことに澤部はそれを否定するように頭を振った。
    「俺はてっきり、改選の後も卒業まで院政を敷くものと思っていた。それを望む声も多かったしな」
    「そうでしょうか……人気あると思うんですよね、男らしい副会長のほうが。書記の桐島さん? みたいな方に、本当は……」
    「やめてくれ」
     嫌そうな顔をするので、あながち嘘でもないのだろう。光流やリタと話すうち頭が冷えてきたのか、澤部はやや落ち着かない様子だった。
    「ともかく、会長と少し話したほうが良いでしょう。友人がここへ会長をお連れする事になっているんです」
    「……」
     澤部の顔色は晴れない。もしかすると、今回の件を後悔しはじめているのかもしれなかった。
     やがて夏槻に先導された葛城が放送室へ姿を現すと、計画に荷担していたはずの放送部員たちがにわかにあたふたし始める。
    「ここにいたのか、敦哉」
    「か、会長、あの、これは」
     シッ、とうろたえる放送部員を黙らせて夏槻は事の行方を見守った。
    「僕に何か言いたかったことがあるだろう、敦哉」
    「会長、あの、実は」
     申し訳ありませんでした、と叫ぶように言って澤部がその場で土下座した。
    「俺はてっきり、その……秋の改選の後も、新しい会長の補佐という名目で院政を敷くものと。生徒が望んでいるならそれに応えるはずだ、と」
    「……嫌だな、あの要望書を本気にした? そろそろ受験に専念しないとまずいんだけどね、僕も」
     そういやこの会長三年生だったな、と光流は今更ながらに思い出す。冗談混じりではあるものの、あながち嘘でもないだろう。
    「それに僕は後を託せる人間さえいればいつでも――」
    「副会長!!」
     甲高い声がしてリタが放送室の入り口を見ると、息を切らせた薫がそこに立っていた。追いかけてきたらしい直人や優貴たちの姿も見える。
    「桐島」
    「これはどういう事ですか、副会長」
     ずかずか放送室へ踏み込んでくる薫に、澤部は毅然として言い放った。
    「やめだ、終わりにしよう桐島。俺たちのしようとしていた事は間違っていた」
    「今更何を言ってるんですか!」
    「敦哉、話が見えないんだけれど。桐島と何をしようとしていたのかな」
    「会長」
     優貴がそっと後ろから告げる。極力、感情をこめない言い方で。
    「副会長はあなたを妬んでた。桐島薫は、そこにつけこんで会長の信用を失墜させ、会長職に就くよう唆したってわけだ」
    「……お前ら……最初から僕をはめる気で……!!」
     ぎらりと薫の双牟が尋常でない殺気を帯びる。
     あまり広いとは言えない放送室。これだけ一般人が密集している場所での戦闘はできれば避けたかったが、相手が格上な事もわかっている以上、選択肢は少ない。
    「桐島」
     それ以上前へ出ないように、と直人に腕で制されたまま葛城が声をあげた。ここに至ってもなお顔や声に動揺が見られないのは恐れ入る。
    「本当なのか。敦哉を唆したというのは」
    「ええ本当ですよ、頭の悪い副会長をね!」
     まだ土下座したままの澤部の襟首を掴み、床へ頭をねじ伏せながら吐き捨てる。なまじ可愛らしい顔立ちだけに、豹変するとやけに凶悪だ。
    「何を狙ってそんな事を計画していたのかは知らないし、聞こうとも思わないが。敦哉を離してくれないか」
    「言える立場だと思ってんの?」
    「桐島」
     ここでシンは勝負に出る。計画は破綻、戦えば一般人もいる以上こちらの苦戦は絶対に免れないだろうが一応数の有利だけはある。
     勝負を仕掛ける勘はまだ鈍っていないと思いたい。もう今では遠すぎる、トラックを夢中で駆け抜けたあの頃。
    「これ以上の戦いは何の益にもならない」
     声音を装うのをやめ、ことさら見せつけるようにニット帽をむしりとる。肩にかかる長い髪。虚勢だと見破られないように薄い笑みを浮かべた。
    「賢い君なら、どうすべきかわかる筈だよ」
    「……くそっ」
     薫の一撃をとっさに展開させたWOKシールドで防御し、直人は上背で押し返すように体重をかける。さすがに体格差のありすぎる体では不利と悟り、舌打ちひとつ残して薫は素早く窓際まで後ずさった。
    「そうかお前達が噂の……覚えておこう」
     口惜しげに頬を歪め、そのまま薫は放送室の窓を蹴破って外へ逃れた。
     ぽかんと薫の背を見送った澤部に、ほら立てよ副会長がみっともない、と優貴が手を貸す。
    「あの、……あり、がとう?」
    「……そりゃどうも」
     バベルの鎖もある。今の事は躍起になって秘匿せずともよいだろう。何より位置からして、直人が薫を防ぎきった『何か』は澤部と葛城にしか見えなかったはずだ。
     そして鎖がなくとも胸中に沈めることを選ぶ、そんな気がする。
    「それじゃ、あとは会長さんと副会長さんとでじーっくり話し合ってくださいねっ」
    「あのぉ~、科学準備室、見せてもらっていいですかぁ~?」
    「だからそれは余裕があったらって……すいませんお騒がせしました、ほらさっさと帰るぞっ」
     あたふたと賑やかに放送室を出てゆく灼滅者を見送り、葛城は笑った。
    「どうやら色々なものから守られたみたいだね、僕らは」

     秋に行われた生徒会長選の結果を、灼滅者が知る事はない。前任者の強力な推薦を受けた副会長が、満場一致で信任された事も。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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