
●我慢できない
木綿子(ゆうこ)の家はいわゆる純和風のお屋敷で、木綿子自身も家族達も和服を着用することが多い。勿論使用人も。けれども最近家督を継いだ歳の離れた兄は、新しく雇った若い使用人の女性達に新しい洋装の制服を支給した――そう、フリルたっぷりのメイド服だ。
知識としてメイド服というものは知っていたものの、実際それを着た者達が屋敷の中で仕事をしているといつもと違って見えて、木綿子もなんだかドキドキした。しかしそのドキドキは段々と違う思いに変わっていって……メイド服を着用する二人が休みのその日、木綿子はとうとう思い切って使用人用の衣類を纏めてあるランドリールームに忍び込んだ。そこで探したのは勿論。
「これが、メイド服なのね……!」
ふわふわのフリルとスカートのそれは、木綿子の持っているどの服とも違っていた。その魅力にはどうしても抗えなくて。何とか着替えた木綿子がくるりと身を翻らせればスカートが広がってフリルも舞った。
「素敵なお洋服だわ……!」
すっかりメイド服の魅力に酔いしれた木綿子は、その姿のままランドリールームを出た。
●
「……メイド服、か」
教室を訪れると神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)が絞りだすように告げて苦笑していた。
「不思議な服を着てしまった人が強化一般人となって起こす事件、聞いたことがあるかな?」
フライングメイド服、そう告げれば灼滅者達もなにか悟ったようだった。
「竹敷・木綿子(たかしき・ゆうこ)さん、23歳。順和風の家で育ったお嬢様なんだけど、フライングメイド服を着てしまって……そのまま高校の同窓会に出ようとしてしまう」
当然彼女がそんな姿で現れたら、元同級生たちは驚くだろう。色々と心配してくるかもしれない。いわゆるお金持ち学校の同窓会だ、そのノリを歓迎するよりもお嬢様が使用人の格好だなんてと囁く者の方が多いのは想像に難くない。メイド服の魅力を否定されたら、彼女はその者達を血祭りにあげるだろう。
「彼女が同窓会会場に入る前に彼女を止めたほうがいいかもしれないね」
瀞真が言うには同窓会の会場となっているホテルまで、木綿子は自宅の車で向かうという。優子の普段の姿とのギャップにやられた運転手や使用人、合わせて4名を配下として連れてくる。彼らがホテルへ乗り込む前、つまりホテルの駐車場でまずは接触するのがいいだろう。
同様の服装をして同好の士であるように見せかけたり、服を本心から褒め称える事ができれば、木綿子は油断するかもしれない。
「駐車場は高い車が沢山停まっているから、ちょっと戦うには不向きかな。駐車場と繋がっている、ホテルの庭に誘導するのがいいだろうね。時間は夜だから、あまり庭に出る者はいないだろうし、車の止まった駐車場よりは開けている」
木綿子は強化一般人であるためダークネスよりは弱いが、配下を4名連れていることを考えれば油断は禁物だ。
「あ……あと、フライングメイド服は倒すと服が破れる上に、木綿子さんには服を着ている間の記憶はないからアフターケアも頼むよ」
目覚めたら服がボロボロで多くの人に取り囲まれているなんて状況、フォローがなければ大変なことになりそうだ。
「自分が慣れ親しんだもの以外に憧れるってあるよね。でも受け入れられないからといって血祭りにあげるというのは、ね……何とか助けてあげて欲しいよ」
瀞真はそう言い、いつものように微笑んだ。するっと彼の手から落ちた和綴じのノートには『洋服も似合うメリハリのある体型の美人(これは伝えるべき情報なのか?)』と迷ったような筆跡で書かれていた。
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 護宮・マッキ(輝速・d00180) |
![]() 童子・祢々(影法師・d01673) |
![]() 安曇野・乃亜(ノアールネージュ・d02186) |
![]() 司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950) |
![]() 浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403) |
![]() 三日尻・ローランド(尻・d04391) |
![]() 緋乃・愛希姫(緋の齋鬼・d09037) |
![]() 山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836) |
●メイド服達の魅力
夜もまだ早い時間、ホテルの庭は建物が漏らす灯りと庭に設置されたわずかばかりの街灯によって照らしだされていた。殆どの客は夕食の為に室内へと引き取った後のようだったが、夜の庭にまだぽつぽつと客の姿も見えて。
(「洋服も似合うメリハリのある体型の美人を助けに行くのに迷うことがあるだろうか? いや、ないね!」)
礼服に身を包んだ護宮・マッキ(輝速・d00180)はプラチナチケットを使いつつ、若い女性の二人連れに近づいた。
「申し訳ありません、これからお庭が貸し切りになるので離れていただけますか?」
丁寧に告げれば二人連れはマッキをホテルの従業員だと思ったのか、残念そうにしながらも建物へと向かってくれた。
(「普段着ない物がいいって感じるのかな?」)
メイド服を着用した童子・祢々(影法師・d01673)がマッキと同じく丁寧にお客に告げれば、プラチナチケットで彼女を従業員だと勘違いした家族連れも、そろそろ夕飯を食べに行こうかと建物へと戻る。
祢々は普段自宅で洋装、それも不本意ながらフリルばかりだから、着物の方がいいと思う。互いにないものねだりなのだろうか。
(「フライングメイド服……メイド服が、飛ぶの?」)
フリルたっぷりのミニ丈のピンクメイド服を着用した浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)は初めてのメイド服が自分に似合うのかとドキドキしながら、祢々と共に庭にいる客にこれからこの場所が貸切になる旨を伝えていく。
タキシードに身を包んだはずの三日尻・ローランド(尻・d04391)といえば、人目につかない所でビシッと決めた姿をナノナノのえくすかりばーに見せていた。
「どうだい、久しぶりの正装は。惚れ直してくれたかい?」
ローランドのその言葉に苛ついたのか本能なのか、えくすかりばーは彼の腕をがしがじと噛んで。それでもローランドは嬉しそうだ。
「ダメだよ、えくすかりばー。特殊なぷれいはふたりきりの時にね?」
なんとなく、えくすかりばーのため息が聞こえたような聞こえなかったような。
そんなローランドも庭へ出ようとする少女からおじさまにまでラブフェロモンを振りまき、警戒を解かせた。イベントで使用するので暫く立入禁止と告げれば、残念だが仕方ないなと彼らは納得してくれた。
このように庭担当の四人が着々と準備を進めている間、残りの四人は駐車場にいた。車に詳しくなくとも高そうだとわかるような車ばかりが並んだ駐車場。開いていたスペースに優雅に黒塗りの車が滑りこむ。それが木綿子の乗ってきた車だとわかったのは、運転手が開けた後部座席の扉から出てきたのがメイド服の女性だったからだ。玄関前で彼女だけを下ろすのではなく、彼女と共に使用人たちも乗り込むつもりだったから、駐車場に車を止めたのかとなんとなく理解する灼滅者達。と共に、頷き合い、木綿子たちに急いで近づいた。
「あ……あのメイド服、かわいい。所属してるクラブの部長に、私にはメイド服が似合いそうって言われたことがあるけどあんなメイド服着てみたいな……」
木綿子にも届くように大きな独り言として声を上げたのは山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)。自身もメイド服姿であるが、木綿子のメイド服が羨ましい、そんな雰囲気を醸し出す。
「本当……素敵なメイド服ですね……」
緋乃・愛希姫(緋の齋鬼・d09037)もメイド服姿で透流にそっと寄り添い、木綿子に視線を向けた。するとそれを聞きつけた木綿子の視線が灼滅者達に向けられる。
「あなた達……」
木綿子の顔にぱああっと笑顔が浮かんだ。それは彼女を年齢よりも幼く見せた。
「あなた達もメイド服が好きなの!?」
「ああ。キミも良く似合っているね。撮影会を開催しているのだがよければどうかな?」
「そうなの。あちらでメイド服での撮影会をやってるの。貴女のメイド服姿とても素敵、ぜひ招待したいな!」
クラシカルなロングドレスのヴィクトリアンメイド服に身を包んだ安曇野・乃亜(ノアールネージュ・d02186)と司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)の言葉に木綿子は瞳を輝かせる。
「あなた達のメイド服もとても素敵! 撮影会?」
きょとんとした様子の木綿子に透流はもう一度説明してみせる。
「庭でメイドの集まりがあって、記念に集合写真を撮って解散する所なんだけど……あなたのような素晴らしいメイド服を着た人は見た事がないから、集合写真だけでもぜひ参加して欲しいな」
「一緒にどう……ですか?」
愛希姫も控えめに誘ってみる。すると木綿子は運転手を振り返り確認して。
「まだ時間はあるわよね? なら、写真くらいなら……」
メイド服をほめられて、そして同好の士が集っているということで我慢できなくなったのだろう。
「こっちだよ」
銀河の誘導に従って木綿子達は庭へと向かっていく。透流や乃亜は後ろからついていき、万が一でも使用人たちがはぐれたり逃げ出したりしないように注意していた。
●お出迎え
「いらっしゃいませ、お嬢様」
木綿子を出迎えたのはメイド服と礼服に姿を包んだ灼滅者達。木綿子は一瞬目を輝かせて嬉しそうな表情をしたが、すぐに撮影会らしからぬ雰囲気に気がついたようだ。撮影会にしてはカメラもないし照明も心もとない。なにより、木綿子達は挟み撃ちにされていた。
「どういうこと? 撮影会じゃないのかしら?」
先程まで銀河とメイド服談義で盛り上がっていた木綿子の表情が曇る。
「メイド……が冥土行きにならぬように……ここで大人しくした方がよろしいかと……ちゃんと、あとは私たちが納めます……」
そういった愛希姫が取り出したのは武器。菜月がサウンドシャッターを、透流が殺界形成を使用すれば戦闘準備は整った。
事態を素早く把握した使用人達が木綿子を守るように前へ出る。一番最初に仕掛けたのはマッキだった。
「最初はこいつ!」
仲間達に知らせるように声を上げて使用人の一人に捻りを加えた槍を突き出すマッキ。標的を合わせて追うように銀河が槍を繰り出す。ローランドが情熱的なステップで使用人達を攻撃するを追ってえくすかりばーも竜巻を起こす。祢々が『アルプトラオム』から放った弾丸が集中的に狙われた使用人の胸を穿ち、地面へと伏させた。ライドキャリバーのピークが近くにいた使用人を狙う。
「一体、どういうこと!?」
「騙してごめんなさい! でも木綿子さんの為なの!」
菜月は謝りながら『Cancion de la cielo nocturno』を繰り、マッキに防護の術をかける。乃亜の、軽やかな動きに反した重い一撃が一番傷の深い使用人に刺さる。愛希姫は多くの使用人を巻き込む攻撃を選択しようとしていた。フェニックスドライブは回復技であるため、多くの敵を巻き込めるように縛霊手に内蔵された祭壇を展開して結界を張る。
「おとなしくしてて欲しいな」
透流は一番傷の深い使用人に対し、両足を広げて腰を深く落とし重心を低くして姿勢を安定させる構えをとった。そしてその構えから、手心を加えた一撃を繰り出す!
ドサッ……二人目が倒れた。
「ひどいわ! メイド服を愛する仲間だと思ったのに!」
木綿子は嘆きながら7つに分散させた光輪で前衛を薙ぎ払う。残った使用人と運転手は拳にオーラを収束させて透流と乃亜に拳を叩き込んだ。だがダークネスと戦ってきた灼滅者たちにとってみれば、強化一般人の攻撃など一度受けたくらいでは揺らがない。
「次はこいつな!」
マッキは『殺人領域』を纏った拳を使用人の腹に叩きこむ。身体を2つに折った使用人はくはっ、と息を吐いてふらついた。その瞬間を見逃さずに撃ち出された銀河の漆黒の弾丸が額を貫いた。ドサリ……三人目。
「あとひとりだね」
ローランドはロッドを振るって運転手に叩きつける。流れ込んだ魔力の爆発に運転手が呻く。えくすかりばーは透流の傷を癒しにかかった。
祢々は飛行ゴーグルをはめたまま視線を送り、漆黒の弾丸を作り出す。弾丸の軌跡を追ったピークの攻撃で運転手もその場に倒れ伏した。
木綿子の顔色が悪くなる。彼女を守るものがいなくなったということは次に狙われるのは彼女自身だ。
●悪いのはメイド服です
菜月の喚んだ清らかな風が前衛の傷を癒していく。癒しを受けて、乃亜は木綿子に向かって長いスカートを翻らせながら踏み出した。
「君には一切の傷はつけない。だから安心してこの一撃を受けるといい」
ひらり、舞うようにして突き出すのは槍撃。木綿子のメイド服がビリリ、と破れる音がした。
「きゃあ!? な、なんでっ……」
愛希姫が縛霊手で殴りつけると共に網状の霊力で木綿子を縛り付ける。ビリビリ、今度はスカートが破れて彼女の白い太ももが顕になった。
透流が鉄の巨人の豪腕を思わせるような『雷神の籠手』を振るう。強烈な一撃が木綿子を襲う――否、彼女の纏うメイド服を襲った。胸元が盛大に敗れ、薄いビンク色のレースのブラジャーがあらわになっていく。
「いやぁ、やめてぇっ!」
自身の身体を抱くようにして叫ぶ木綿子。攻撃するごとに服が破れていくというこの状況、そして彼女の叫び声を聞いていると、なんだか変な罪悪感が湧いてくるから不思議なものだ。しかしここで躊躇っては、彼女を救い出すことはできない。
叫びのような木綿子の歌声が祢々を襲う。
「っ……!」
痛みに敏感な祢々は飛行ゴーグルの下で涙ぐんだが、泣くまいと堪えて。
「っとっ!」
マッキはなるべく、あらわになっていく木綿子の身体を見ないようにしながら、しかし攻撃するには目をそらしたままではいけなくて。人助けと割りきって視線を木綿子に固定し、ロッドを振るう。
「ごめんね……!」
ダメージを与えるごとに服が破れていくとわかっていても、攻撃せねばならない。銀河は謝りながらもサイキックソードを振るった。スカートがずたずたに破けて、動けばショーツがチラリと見えてしまいそうだ。ローランドの操る影の刃も追い打ちを掛けるように肩口を切り裂いた。えくすかりばーは祢々を癒す。
なぶるような形になってしまっていることになんとなく申し訳なさを感じつつ、祢々は口を開く。
「今回の件が無事に終わったら、好きな衣装を着れるようになるといいね」
家は洋風、使用人はメイド服と執事服という木綿子とは逆の境遇の祢々は好きな服を着たいという気持ちもなんとなくわかった。指輪から弾丸を放ち、ピークはそれに合わせるように木綿子を狙った。
「メイド服は君に似合うのを別途見繕ってあげるよ。無論、普通のね」
だからそれはやめておいたほうがいい――乃亜のオーラを纏った拳が木綿子を打ち付ける。ひらり、肩口を止めていた辺りが破れ、ぺらりと彼女の裸体をあらわにさせつつフライングメイド服は破れる。
ぺたり、尻餅をついた木綿子が倒れそうになったのを見て、菜月が駆けた。
「……っ!」
慌てて伸ばした手は木綿子の身体を支え、その瞬間、菜月は魂鎮めの風を発動させて彼女を眠らせた。
●やっぱり気になる
眠った木綿子に用意していた服を着せるのは思いの外大変な作業であったが、女子数人がかりで何とかこなすことができた。
「あ、目が覚めたみたい」
透流の声で視線が木綿子に集まった。彼女は自分を見ている複数の視線に驚いた様子ではあるがまだ頭がはっきりしないのか、ゆっくりと頭を振って。
「気がついた? ……大丈夫?」
「私は……何でこんなところに」
「貧血を起こしていたようですよ」
気遣う菜月。祢々は木綿子の疑問にそっと答える。
「大丈夫? 無理はしないでね」
菜月に支えられて立ち上がった木綿子は一同がメイド服&礼服姿なのを不思議に思ったようで。
「写真撮影を……していたのです」
愛希姫の説明になるほどと納得した様子の木綿子は、やっぱりメイド服が少し気になる様子であった。
「メイド服に興味がおありかな?」
「あ、これおかしいかな? でも、着たい服はやっぱり着たいし、その方が服にも喜んで貰えるかなって」
乃亜と銀河の言葉にそうね、と頷く木綿子。
「女の子なんだからメイド服を含む可愛い服に興味を持つことは悪いことじゃないよ」
「でも、メイド服っていうのはメイドが着てこそのもの。メイドを使う立場のお嬢様にはお嬢様の服がやっぱり似合うと思うんだよ」
「まずは普通の洋装から始めたらどうかな?」
マッキとローランドの言葉に木綿子はそうするわ、と少し残念そうに笑った。そして自分の着ている服を見て。
「あら……この服、私こんな服で来たかしら?」
「それは、えっと」
言葉に詰まった銀河の代わりに透流が機転を利かせて口を開く。
「同窓会のために新しく用意した服では?」
「! そうだわ、同窓会!」
その一言で木綿子の意識は同窓会へと向いたよう。何故透流達が同窓会のことを知っているかまでは気が回らないようだ。
「今から行けばまだ間に合うんじゃないかな?」
乃亜に言われて、木綿子は起き上がった使用人達に案内して、と請うて。
「あなた達も介抱してくれてありがとう。素敵なメイド服をいくつも見れてよかったわ。写真撮影の邪魔をしてごめんなさいね」
手を振りながら、ホテルの玄関へと案内されていく。
そんな彼女に手を振り返しながら、灼滅者達は任務の完了を実感していた。
これで彼女は無事に同窓会に参加できるだろう。そして同窓会での惨劇は未然に防ぐことができた。
「本当に撮影会でもするかい?」
ローランドの提案も、魅力的だった。
| 作者:篁みゆ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2013年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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