君のためにできること

    作者:宮田唯

     放課後の屋上で、少年と少女は夕暮れの街を眺めていた。
    「学校、辞めるよ」
     少年の言葉に、少女が悲しげに視線を落とす。長い髪と、それを束ねたリボンが印象的な少女だった。
    「ハル、あんなに頑張ったのに……」
    「悪い。あれだけ付き合ってもらったのが無駄になった」
     合格発表の日、手を取り合って喜んだことを思い出す。たった数か月前のことが、今では遠い昔のように思えた。
    「街も出るよ。遠縁を頼ることになるけど、働けない歳じゃないし、なんとかなるだろ」
    「そんな……っ」
     はっきりと告げられ、少女の瞳が泣きそうに震えた。
     それでも、なんとかできないかと、ひたすら考えているのだろう。唇を噛んだ表情からは、痛いくらいの必死さが伝わってきた。
     優しいからなあ、と少年は思う。自分にはもったいないくらい、優しくて素敵な女の子だと、心から思う。
     だからこそ、彼女のこれからが、自分の存在なんかに引きずられてほしくはなかった。
    「ま、そういうわけで、恋人ごっこも終わりだな」
     俯いていた少女が、はっと少年を見上げる。 
    「ごっこ……って、どういう意味……?」
    「どうって、お互い、手近な相手だったってだけだろ?」
    「わ、私はそんなつもり……!」
    「ふぅん……でもさ」
     続く言葉を遮るように、少年は少女に顔を近づけた。嘲るような笑みを浮かべながら。
    「キスもさせてくれないのに彼女、ねえ?」
    「そ、それは……だって……」
     肩に手を乗せると、びくりと、少女の身体が震えた。
     さらに顔を近づけようとした少年の頬が、乾いた音を立てる。
    「あ……」
     少年を叩いた手を押さえながら、少女が大粒の涙をこぼしていた。
    (「これでいいんだ」)
     そう自分に言い聞かせながら、少年は押し寄せてきた感情を噛み殺す。
     だが、いつもなら抑えられるはずのそれらが、今日に限っては治まらず、ひたすらに暴れ続けた。
     次の瞬間、
    「ハ……ル……?」
     青く膨れ上がった少年の腕。そこから伸びた刃が、少女の身体を貫いていた。
    「なん、だ……これ……?」
     ずるり、と少女から刃が抜ける。倒れた彼女から流れた血が、屋上に広がっていく。
     全身が変貌していく中、強化された聴覚が、かすかな息遣いを拾い上げた。
     だが同時に、刃が肉を貫く感触もはっきりと腕に残っていた。明らかな致命傷だということも、わかってしまった。
     それを認めたくなくて、少年は歪な咆哮を上げた。
     茜色の世界に、巨大な異形の影が伸びていく――。
     
    「えと、今回お願いしたいのは、デモノイド事件の解決です……」
     遠慮がちに園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)が説明を始める。
    「……現在、一般の方が闇堕ちしてデモノイドになる、という事件が発生しています。デモノイドとなった方は理性も無く暴れ回り、多くの被害を出してしまいます……」
     そうなる前に、どうか灼滅してほしい、とのこと。
     闇堕ちしかけている少年の名は篠田春人。
    「幼い頃に両親を亡くし……、それから祖父と2人暮らしだったそうです。おそらく、色々と苦労されてきたのだと思います……」
     だが、その祖父も先日、病気で他界したという。
    「春人さんが闇堕ちするのは……、一之瀬晶という女の子との会話によって……です」
     ふたりきりだったこともあり、彼女はデモノイドに襲われる。そして、
    「残念ながら……晶さんを助ける方法はありません」
     控え目な口調ながら、槙奈はそう言い切った。
     なんとか助けることはできないかと、灼滅者のひとりが問いかける。
     槙奈は「かろうじて息はあるのですが……」と呟くものの、はっきりと首を振った。
     さらに、念を押すように、
    「晶さんが襲われた直後以外での接触は……、絶対にしないでください」
     事件が起こる前に行動を起こすと、闇堕ちのタイミングが予知したタイミングから変わってしまい、結果的に被害を防ぐことができなくなるのだという。
     
    「戦闘の際、デモノイドはデモノイドヒューマンと同等のサイキックを使います……」
     破壊の化身であるデモノイドは、多種族よりマシとはいえ、かなりの強敵と予想される。
    「また……デモノイドになったばかりの状態なら、春人さんの人の心が残っている事があります。なんとか彼の心に訴えかける事ができれば、もしかしたら……」
     灼滅した後に、デモノイドヒューマンとして救出できるかもしれない。
     だが、恋人に手にかけたという事実は、彼の人間に戻りたいという願いを弱めてしまっているだろう。
     救出できるかどうかは、どれだけ強く人間に戻りたいと願うかどうかに掛かっている。正直、助け出すのは難しい、と言わざるを得ない。
    「……どのように対応するかは……みなさんにお任せします」
     春人を闇堕ちから救出するのか、そのまま安らかな眠りを与えるのか。
    「何が最善なのかは、私にはわかりません……ごめんなさい。でも、できれば無理や危険なことだけはしないでください……」
     勝手なことを言っていると自覚しつつ、それでも無事に帰ってきてほしいという願いを込めて、槙奈は深く頭を下げた。


    参加者
    玖・空哉(雷鶏・d01114)
    神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    骸衞・摩那斗(Ⅵに仇なす復讐者・d04127)
    蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・d09230)
    楠木・朱音(勲歌の紡ぎ手・d15137)
    安楽・刻(拷問王・d18614)

    ■リプレイ

    ●喪ったもの
     屋上の扉を開けた直後、飛び込んできたのは目に痛いくらいの夕焼けと、巨大な怪物の姿だった。
     咆哮を上げる異形――デモノイドの足元には、血を流した少女が横たわっている。
     その少女に向けて、デモノイドが腕を振り上げているのに気付いた瞬間、蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・d09230)は全力で駆け出していた。
     篠田春人と一之瀬晶。
     必死に足を動かしながら、エクスブレインから聞かされたふたりのことを思い、飛鳥は唇を噛んだ。
     一之瀬晶は救えない、その事実が飛鳥に重くのしかかる。
    (「けど、いくら助けられないからって、見捨てていいわけじゃねーだろ!」)
     晶を庇った飛鳥を、デモノイドの斬撃が襲う。激痛に呻きながらも、反撃のレーヴァテイン。無理な体勢から放たれ炎は、大した効果を与えられない。 
     それでも楠木・朱音(勲歌の紡ぎ手・d15137)と詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)が、彼女に駆け寄るまでの時間を稼ぐには十分だった。
    『ガアッ!』
     逆上したデモノイドが、飛鳥に向けて強酸性の液体を吐き出そうとする。その寸前、
    「死の闇に逃げたところで、償いになりはしないぞ」
     神條・エルザ(クリミナルブラック・d01676)の光の刃が、その肉体を切り裂いた。
     攻撃間際を狙われた強烈な一撃に、デモノイドが動きを止める。
     すかさずシールドを構えた玖・空哉(雷鶏・d01114)と相棒のライドキャリバーが突撃した。
    「お前の相手は、こっちだ!」
     激突した勢いで、空哉はデモノイドを晶から引きはがす。
     間髪入れず、安楽・刻(拷問王・d18614)と彼のビハインドがデモノイドを取り囲んだ。
     ここまでは作戦通りではあるが、シールドを叩き付ける刻の胸中には、複雑な感情が渦を巻いていた。
    (「ふざけんじゃねーですよ。……なんで両方を助けてあげられねーんですか……!」)
     怒り、悲しみ、悔しさ。残酷な運命とそれを変えられない自分。
     二度と後悔はしたくない。その想いから、刻は殲術道具を強く握りしめた。
     そんな彼を落ち着かせるように、普段は無口な骸衞・摩那斗(Ⅵに仇なす復讐者・d04127)が、刻の背中を軽く叩いた。
    「……彼を助けてあげよう。ノイジー」
     ライドキャリバーの突撃と同時に、摩那斗のナイフが鋭く閃く。
     浅くない傷を与えたものの、デモノイドの意識は、いまだ離れた晶に向いていた。
     巨大な腕が、砲台へと形を変える。
    「危ない!」
     刻の悲鳴。禍々しい光が、晶に向けて撃ち出された。
     晶はもちろん、介抱をしている朱音や沙月も、当たればただでは済まないだろう。しかし、既に通り過ぎた光を止める術はない。
     唯一、冷静に状況を把握していたレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)を除いて――
     光の進路上に身を晒したレインに、光が直撃する。死の光線に貫かれたレインがよろめき、膝を突く。
    「……彼女を狙うのは、かつて抱いた想いのためか? それとも後悔からか?」
     だが、役者のような大仰な仕草で古い帽子をかぶり直す間に、彼女は普段の表情を取り戻していた。
     コートと手袋を装着したレインがデモノイドを見据える。
    「いずれにせよ、立ち止まってはならぬのだよ。……生きていくことが、いくら辛くとも」
     そして彼女は、受けた傷などなかったかのように、朗々と声を張りあげる。
    「篠田春人。その闇を、祓ってやろう」
     その宣言が、激闘の合図となった。

    ●もうひとつの戦い
     サイキックが飛び交うデモノイドとの激闘の裏で、静かな戦いが始まろうとしていた。
     駆けつけた一之瀬晶の状態に、沙月と朱音が息を呑む。
     制服は血まみれで、出血は今も続いていた。苦しげな息遣いが、かろうじて彼女が生きていることを示していた。
     すぐさま防護符を取り出し、沙月は治癒を開始する。少しでも長く命を繋ぐために、沙月は彼女の手を握り、呼びかけを続けた。
    「一之瀬さん、聞こえますか!?」
    「――ぁ」
     何度目かの呼びかけの後、晶のまぶたがかすかに開く。声を出そうとする彼女を、身体を支える朱音が止めた。
    「大丈夫、しゃべらなくていい。言いたいことを思ってくれるだけでいいから」
    (「あなた、たち、は……?」)
     痛みと混乱により、ノイズが走る晶の思考。朱音はそれをテレパスで読み取っていく。朱音と沙月は頷き、
    「これから私たちは、残酷なことを告げます。ですが、篠田くんのためにも、話を聞いてくれませんか?」
    「……彼を救うために、な」
     春人の名前に反応したのか、晶はふたりの言葉を噛みしめ、小さく首を動かした。
     沙月は静かに、ゆっくりと説明を始める。
     自分たちの事や、春人や晶に起こったこと。
     春人は悲しみや焦燥感に耐え切れず、あの姿になっていること。
     そして、晶の命はここで尽きてしまうということ。
     晶が感じた疑問は朱音が読み取り、その都度、補足していく。
     その傍らで、朱音の瞳には彼女たちの姿が焼き付いていた。
     弱さを見せず、淡々と言葉を紡ぐ沙月も。傷が痛まないはずはないだろうに、気丈に話を理解していく晶も。
     自分に淫魔との因縁があるせいなのかはわからないが、彼女たちの姿が心に強く響いたのは確かだった。
     やがて、説明を終えた沙月が、大きく息を吐く。
     晶の出血は緩やかになっていた。流すだけの血がもう残っていないのだ。呼吸は、もう聞き取れないくらい小さくなっていた。
    「……彼のとった行動は正しくないかもしれません。でも、そんな不器用な彼をまだ想うのでしたら……」
    「貴方の言葉を、俺たちが伝える。必ず」
     真摯なまなざしを向ける沙月と朱音を見つめ返し、晶は目を閉じた。
     死の間際に朱音が読み取ったのは、自分たちへの感謝。それから――
    「わかった、必ず伝えてみせる」
     静かに彼女を横たえ、ふたりは立ち上がる。
     デモノイドとの戦いはまだ終わっていない。
     春人を救出できるかもわからない。
     それでも、眠りについた少女は、どこか安心したように穏やかな表情を浮かべていた。

    ●それぞれの想い
    『グルッ!』
     強酸を掻い潜り、空哉はデモノイドに肉薄した。避け切れなかった酸の飛沫が、空哉の皮膚を焼く。
     それに構わず、空哉はウロボロスブレイドをデモノイドに巻きつけた。
    「……俺は、お前を責められねぇ。弱さも、衝動を抑えられなかったことも……理解できちまうから。けどな!」
     脳裏に浮かぶのは、かつて見捨ててしまった『彼女』の姿。空哉の後悔の象徴。それがあるからこそ、空哉は目の前の彼を絶対に助けたかった。
    「その弱さのツケを払わずに消えちまうのだけは許さねぇ!」
     暴れる巨体を、全身の力で封じ込めながら、空哉は声を振り絞った。
    「観念して……帰ってきやがれ!」
     そこまでが限界だった。拘束を解いた太い腕で、デモノイドが空哉を薙ぎ払う。
     吹き飛ばされた空哉が地面に叩きつけられる直前、滑り込んだ摩那斗が彼を受け止めた。
    「たた、無茶しすぎだよ」
     悪い、と謝る空哉を集気法で癒しながら、摩那斗は首を振る。気持ちはわかるから、というように。
     追撃を阻止していたライドキャリバーたちを振り切り、襲ってきたデモノイドに言う。
    「春人くん、よく聞いて……君に宿った力は傷つけるためにあるんじゃない、誰かを救うためにあるんだよ……」
     デモノイドの刃を、摩那斗はナイフで受け流す。
    「だから春人くん、頼むから戻ってきて。晶さんの為にも……」
     恋人の名前を聞き、デモノイドが混乱したように頭を振った。
     動きを止めた彼の前に、
    「こんな結末で、君は納得できる?」
    『ガアアッ!』
     振り降ろされた刃を、刻は自身の腕を変化させた刀で真正面から受け止めた。同じ力を持つ者同士、細部は違えど、その姿はよく似ていた。
    「こんなものに自分も、大事な人も、人生を滅茶苦茶にされて終わりだなんて……僕はごめんだ!」
     受け止めた刃ごと、刻はデモノイドの巨体を押し返す。
    「よく見て! この力は制御できるんだ! 君にだってきっとできる! だから立ち上がって、足掻いてみせて!」
    「その通りだぜ! 一番の元凶はお前の心の中の闇……ダークネスなんだ!」
     たたらを踏んだデモノイドに、飛鳥は渾身のロッドの一撃を撃ち込んだ。流し込まれた魔力の爆発に、デモノイドが苦悶の声を洩らす。
    「お前が人である事を捨てれば、その闇が、彼女の仇が自由に暴れ回る事になる! それでいいのか!?」
     一撃が致命傷になりかねないデモノイドの拳と刃を避けながら、飛鳥は声をかけ続けた。
    「お前が勝たなきゃ、仇を取らなきゃ意味がないんだ! 一之瀬晶が愛した人間、篠田春人としてな!」
     突き刺さる言葉に耐えきれなくなったように、デモノイドが大きな戸惑いを見せた。
     それはきっと、灼滅者達の声が篠田春人に届いていた証なのだろう。
     しかし、混乱の極致に達した怪物は、さらなる破壊をもって灼滅者達に襲いかかる。
     撒き散らされる刃と強酸、毒の光線に、なんとか保てていた包囲すら崩れようとしたその瞬間――屋上に吹いた風が、灼滅者達を優しく包みこんだ。
     沙月の招いた清めの風が、仲間達の傷を癒していく。
    「篠田くん。どうか、人として生きてください。例え辛くても……それが贖罪であり、あなたへの罰です。そして」
     看取った彼女の表情を、握った手の温かさを思い出しながら、沙月は春人へ語りかけた。
    「彼女にとって、あなただけは特別だった。それだけは信じてあげてください」 
     戦闘に復帰した沙月の姿を認め、レインはちらりと背後に目をやる。彼女がここにいる、その意味を理解し、彼女は表情を隠すように深く帽子を被った。
     彼らの姿に、過去の己が重なる。だが、過去に立ち止まっていても、意味はないということをレインは知っていた。
    「リヒャルト」
     呟きと共に、レインの足元の影が伸びる。影はデモノイドに絡みつき、彼をその場に縫い止めた。
    「ここでお前が死を選べば、一之瀬晶の『想い』を知る者はいなくなる。特に、その恋心は……永久に喪われてしまうだろうな」
     それでいいのか、とレインは問う。
     問いかけは、デモノイドの中の春人を、容赦なく射抜いていく。
    「篠田春人、お前は、生を選ばねばならない。どんなに辛く、苦しくても、向き合わなくてはならぬのだ!」
    『グ、グルルル……』
     叩きつけられた声にひるみ、今にもここから逃げ出しそうな彼を、エルザが阻む。
    「何より大切だったのだろう? 自ら身を引いてまで、迷惑をかけまいと願う程に」
     彼女もまた、己の罪を思い返す。胸の奥に焼きついた絶望と後悔と、今も続く贖罪の日々。纏った退魔と浄化の光は、それらと引き換えに手に入れた力だ。
    「人は死んだら、人の思い出の中でしか生きられない。お前が消えたら、誰が彼女の思い出を背負えるんだ?」
     篠田春人という少年が背負うものは、自分が抱えるものより重いかもしれない。立ち直れないくらい、辛いものかもしれない。
     でも、できることならばエルザは目の前の少年を救いたかった。魂に潜むダークネスに負けてほしくなかった。
    「目を覚ませ、篠田春人。その闇を撃ち貫く!」
     押し寄せるエルザのジャッジメントレイを、彼は避けようとしなかった。
     膝を突いたデモノイドが、ゆっくりと消滅を始める。そんな彼の前に、朱音が立った。
    「晶さんからの伝言だ」
     ――最後まで勇気を出せなくて、ごめんね。こんな私に付き合ってくれて、ありがとう。
     ――大好きだよ、ハル。
     朱音が紡いだ、晶の最後の言葉。
     短い、たったそれだけの言葉を聞いた瞬間、デモノイドが啼いた。
     理性を無くした怪物が、悲しみの叫びを上げた。
    『――ァァァ……』
    「俺も罪人だ。貴方を止める為に、晶さんを見殺しにした……」
     朱音が春人の手を掴む。こちら側に繋ぎ止めるように、強く握りしめる。
    「俺も同じ罪を背負う。だから、独りで泣いてないで、還ってこい」
     異形の怪物が、光の中に消えていく。
     屋上に、夕暮れの世界が戻ってくる。
     光から取り残された少年は、残酷なくらい綺麗な茜色の空に向けて、ただひたすらに涙を流し続けていた。
     
    ●君にさよならを
     刻と空哉に肩を貸されながら、晶の元に戻った春人がくずおれる。
    「ちくしょう……なんで……」
     不幸な事故、と言い切るには、目の前の死は現実感がありすぎた。たとえそれが予測され、変えられないものだとわかっていたとしても。
     嗚咽を洩らす春人を見守る中、彼の前に進み出た摩那斗は、こう切り出した。
    「春人くん、僕にひとつだけ提案があるんだけどいいかな」
     
     摩那斗の提案は、晶に走馬灯使いを施す、というものだった。
     仮初の命を与えるものの、数日後には穏やかで自然な死を迎えることができるESP。
     たしかにこれを使えば、一時的にならふたりの時間を取り戻せる。だが、その先に待つのは、再びの別離だ。
     ESPについてはもちろん、ダークネスやサイキックなど、多くの説明を受けた後、最終的に春人はその提案を受け入れた。

     春人と仮初の命を与えられた晶を見送った後、摩那斗の背中を飛鳥が叩いた。
    「お疲れさん」
     摩那斗は返事をせずに目礼だけそれに答えたが、飛鳥は気にしなかった。
    「やり方は間違えたかもしれないけどさ、やっぱり、強くて優しい奴だよな、あいつ」
     その言葉に、レインが頷く。
    「過ちを犯さない人間などいないさ。大事なのは、そこから歩き出せるかどうかだ」
     ――今度は、笑ってさよならを言いたいから。
     別れ際、春人は泣き腫らした目のまま、少し照れたようにそう言った。
     そして、それぞれに礼を重ねてから、帰路に就いた。
     恋人との、最後の時間を過ごすために。
    「愛した人が居ない世界で、罪を背負って生きる……その辛さは、よく分かります」
     だからこそ、友人として、仲間として、共に生きていきたいと、沙月は願う。
     その気持ちはエルザと空哉も一緒だった。
    「ああ、私が……私達がついている。彼に償う気が有るなら、きっと戻ってくるだろう」
    「そうだな。代わりにゃ背負ってやれないが、手伝いくらいはしてやるさ」
     縁があれば、また学園で会うこともあるだろう。笑って迎えることができればいいなと思う。
    「その時は、僕も胸を貸しますよ! 頼りねー胸ですけどね」
     文字通り胸を張る刻の姿に、どこからか笑いが洩れた。
     重かった空気が、少しずつ晴れていく。
    「苦悩と後悔に満ちた世界、か」
     空を見上げて、朱音が呟く。気が付くと陽は完全に落ち、空は夜の帳を降ろしていた。
    (「いつか向こうに行った時、晶さんに顔向けできるよう……頑張ろう、罪人同士」)
     かつての絶望を、嘆きを、誰かを救い、守れる力を変えれるように。
     それぞれが、それぞれの大切な人たちに胸を張れるように。
     忘れられない痛みと、大切な想いを抱えて、灼滅者達は再び闇の中へと戻っていった――

    作者:宮田唯 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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