『さて今日も始まりました、ハッピーラジオのお時間です。いつも通り、キサラ・ムラサキがお送りしまーす』
昼休みの開始から間もなく、愛らしい声がスピーカーから響く。少し前から始まった放送部の番組で、いつの間にか当たり前になっていた。
『さっそくハッピータイム! 二年生のAさんが新任の先生を……』
楽しげなしゃべり口とは裏腹に、内容は物騒なものだった。けれど、生徒達は抵抗なく受け入れてしまう。むしろ喜んで聞いているようだ。
『次のコーナーは、目指せハッピー! 一年生からの相談だよ』
そのときだった。中にはから叫び声と悲鳴が聞こえる。少し前から、他人を顧みない生徒が起こす事件が多くなっていた。
それでも、いや、だからこそ、キサラ・ムラサキのハッピーラジオは今日も快調だった。
近頃、朱雀門高校を拠点とするヴァンパイアの活動が確認されている。今回もその一件だと、口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は前置きする。
「目的ははっきりしないけど、朱雀門はヴァンパイアを全国各地の高校に送り込んで、その高校を支配しようとしてる。みんなにはそれを阻止してほしいの」
とはいえ、今の武蔵坂の力ではヴァンパイア勢力と正面から衝突するには無理がある。そこで、灼滅することなくヴァンパイアを高校から退かせる必要がある。
「今回のヴァンパイアなんだけど、ちょっと変わり種かも。名前は村崎・キサラと名乗ってるわ。本名かどうかは怪しいけど」
村崎は転入とほぼ同時に放送部に入部。そして他の部員を力ずくで追い出して自分の好きな放送を行っている。その名も、『ハッピーラジオ』。
「名前こそそれっぽいけど、中身はとんでもないわ。非行を推奨して、生徒達を暴力的な方向に導いてる」
内容は単純明快。自らの欲望に従順たれ、ということだ。そのためには他者を傷付けてもいいと語り、扇動する。また、彼女は自分の放送を邪魔する者や規律を維持しようとする者へは実力行使も辞さない。すでに被害を受けた者も少なくないようだ。
「村崎・キサラは自分の作戦が破綻するか、敗北を覚悟するほど戦闘で追い詰められれば、学校支配を諦めて撤退するはず」
村崎・キサラは戦闘になればコウモリ型の眷属を二体呼び出す。また、本人もダンピールとマテリアルロッドのサイキックを使って戦うだろう。
「ラジオに影響される生徒は確実に増えてきてる。手遅れになる前になんとかしないと、ロクなことにならないわ」
生徒達をたぶらかす、ヴァンパイアの行い。その阻止は灼滅者に委ねられた。
参加者 | |
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日月・暦(イベントホライズン・d00399) |
十七夜・奏(吊るし人・d00869) |
梅澤・大文字(雑魚番長・d02284) |
王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644) |
鳴神・千代(星月夜・d05646) |
千凪・志命(生物兵器のなりそこない・d09306) |
桃山・弥生(まだ幼き毒・d12709) |
伊織・順花(追憶の吸血姫・d14310) |
●放送開始
灼滅者達はハッピーラジオを止めるために二段階の作戦を用意した。ひとつめは、噂を利用してハッピーラジオを批判するネット放送の宣伝をしたり、あるいは直接批判したりすること。ふたつめは、学校に乗り込み、対抗番組を放送することだ。
しかし、第一段階の成果は思わしくなかった。肝心のネット放送がほとんど生徒に広まらなかったのだ。ダークネスや灼滅者はバベルの鎖に覆われている。情報を操作しなくても存在を知られない一方、自ら情報を発信したいときには大きな妨げとなってしまう。逆に、ハッピーラジオは学校という狭い世界だから成り立つものであり、学外にその情報が漏れることはほぼない。ヴァンパイアによる学園支配作戦は、バベルの鎖の特性を活用したものなのだ。
とはいえ、学内で流した噂は無駄ではない。その噂が風化してしまわないうちに、灼滅者達は学校に乗り込むことにした。時刻は昼休み。魂鎮めの風を使い、体育教官室を占拠した。職員放送なら、名目上は放送部の放送として行われているハッピーラジオより優先して放送できると考えたからだ。
千凪・志命(生物兵器のなりそこない・d09306)がマイクのスイッチを入れる。灼滅者達のラジオの始まりだ。
「……あー、あー、マイテスマイテス…………」
「先輩、それ要りませんよ?」
と向かいに座っていた弥生。機械には詳しくなく、放送の前に必要だと思っていた志命は一瞬難しい顔をするが、気を取り直して放送を再開する。
「幸福委員会の……ピース・ラジオ…………始まるぞ……」
教室でご飯を食べている一般生徒はどのような気持ちでこのラジオを聴いているだろうか。まず、いつものハッピーラジオでないことに驚いているかもしれない。
「俺のコーナーは……まだ名はない。人から聞いた、他愛もない幸せだ」
それは、家に来る野良猫がかわいい話とか近くの駅においしくて安い料理屋が出来たとか、本当にありふれたこと。けれど、戦いに身を置く灼滅者だからこそ、その大切さを知っている。
「続いてはわたしのコーナーです」
桃山・弥生(まだ幼き毒・d12709)にメインを交代。非行や犯罪行為を風刺し、冷たく嘲笑う。
「このように、万引きは窃盗犯で刑法犯ですから駐車違反などの罰金や反則金とはまるで違う扱いになります。逮捕されて書類送検されて前歴者になりますよ? この就職氷河期と言われている時代に、それは致命的なことだと思いますけどねぇ」
言葉には、七歳の少女とは思えない辛辣さがある。今は学校という空間に守られているとしても、世間はそう甘くないということ。棘は果たして、生徒たちの心に刺さっただろうか。
昼休みは残念ながら長くない。二人はそそくさと席を立ち、次に順番を譲る。
●順調放送中
次は十七夜・奏(吊るし人・d00869)がマイクの前に座る。マイクの扱い方を確認してから、口を開いた。
「……奏の陰鬱鬱鬱日記ぃ」
マニア受けしそうなタイトルだった。奏が話すのは、今朝見かけたアリの行列について。女王アリのために本能に従って働くアリの姿は、欲望のままに行動する生徒と同じではないか、と。アリになりたくなければ、理性を持って行動せよ、とも。抑揚のないしゃべり方で淡々と話すものだから、身に覚えのある者にとっては耳が痛いだろう。身に覚えのない者も、あるいは苦しい思いをしているかもしれないが。
「よーし、じゃあ次は漢梅澤のモテモテ講座!」
今度は梅澤・大文字(雑魚番長・d02284)がコーナーを担当する。ちなみに漢と書いて『おとこ』と読む。
「悪いことしても女子にはモテないぜ! むしろ先生に名前を覚えられるだけだしな。女子にモテたかったら辛抱と優しさ、気遣いがないとダメだな」
昭和の番長象を体現するように、学帽、口には草、足元は下駄。生徒には音声しか伝わらないのが残念なところだ。内容もだんだんただのノロケになってきたところで、次に交代する。
「お前らも、おれの様な可愛い彼女が出来るといいな! 押忍!」
ここで爆発音が入ったことは言うまでもない。
「千代のピース☆スタータイム……ってあいたっ!」
鳴神・千代(星月夜・d05646)の元気な声とマイクに頭をぶつけた音がスピーカーを通して各教室に届いていることだろう。
「お婆さんの荷物運びを手伝ったの。そしたら、ありがとねって言われたよ! ホントにちょっとしたことだけど、なんだか心がふわっとしたんだ」
純粋に人の幸せを願うこと。それが繋がれば、大きな幸せにもなる。ひとりひとりが身勝手なことをしていてはいけない、と伝える。
「いいことすれば、いいことあるよ。なんてね♪」
月並みかもしれないが、だからこそ大切なことだ。
「次は俺の番だな」
男の口調に女性の声だから、聞いている生徒達はどちらが話しているのか分からなかったかもしれない。だが、伊織・順花(追憶の吸血姫・d14310)はまぎれもなく女性である。
「そうだな、幸せの話をしよう」
友の話、恋人の話。一度失ったからこそわかる、日常の愛おしさ。一緒にいられるだけで、幸せ。飾らない言葉で思いを伝えていく。
ふとした、何気ない時間を大事にしてほしい。ありふれていても、二度と戻ってこない、大切な時間だから。
「俺は恋人がいるけど、彼と一緒にいられるだけで幸せなんだ。出逢えたこと、それ自体が幸せなことだと思うから」
●放送終了
昼休みはもう半分が過ぎた。順花に続いて、今度は三ヅ星のコーナーだ。
「次はお待ちかね! 『ともだち☆100人』だよっ!」
王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)は友達のいいところを、名前を伏せて紹介する。出会えたこと、友達でいられること、一緒にいられること。それが自分の幸せだと。
「そりゃあ、時々感情に任せて悪いことしたくなる時もあるかもしれない。でも、そういう時に友達が相談に乗ってくれたり止めてくれたりするんだ。それってとても素敵なことだろう?」
彼が何を言おうとしているのか、ここまで放送を聞いたなら分かることだろう。あとは生徒達がそれを素直に受け入れてくれるかだ。
最後は日月・暦(イベントホライズン・d00399)がマイクの前に座る。締めの挨拶だ。
「さて、幸福委員会がお送りしたピース・ラジオ、どうだったかな。俺達としては、どこかのイカれたラジオよりはよかったんじゃないかと。それでは、よい一日を……」
言い終え、マイクのスイッチを切った瞬間、窓を割って何かが入ってきた。金属でできていて、コウモリの形をしている。キサラの操る眷属だと判断した灼滅者達は即座に外に出た。
「やっほー、灼滅者さん。話には聞いてたけど、本当に現れるとはね」
ウェーブのかかった短い髪に、この高校の制服。顔立ちは高校生というには少し幼いくらいだろうか。肘からはコウモリの羽が生えている。灼滅者達は彼女が件のヴァンパイアであると直感した。
「アンタのやり方は正直嫌いじゃない。でも、アンタの起こした結果は気に入らないんだよ。覚えときな、アンタの罪の証明が俺達だ」
「罪? 灼滅者ごときがダークネスに説教する気? キミ達、面白いね」
暦の言葉にも、キサラは笑うだけで取り合わない。一触即発のこの状況において、およそ緊張感は見られなかった。格下だからと侮っているのだろう。
「キミ達のラジオ、面白かったよ。なんでこんなクサイこと言えるんだろうって感心しちゃった。純情な生徒諸君にもウケはよかったみたいだしね。ボクのラジオも廃業かな」
そう言いながらも、キサラは自分の影から武器を生み出す。両端に鍵爪がついた、身の丈ほどもある杖だ。どうやら、ただで帰す気はないらしい。同時に眷属二体も臨戦態勢をとる。
「でも、ボクのラジオを邪魔したことは許さない! 全身の血を吸いつくしてあげる!」
杖を振りかぶり、手近な灼滅者に飛びかかる。ぎりぎりで回避するが、攻撃の当たった地面が大きくえぐれていた。命中していれば大きなダメージになっていたに違いない。
「よけるなぁっ! お便り全部読んで準備してたのにぃっ!」
どこまでも緊張感のないヴァンパイアだ、と灼滅者達は嘆息した。
●ハッピーラジオ終了のお知らせ
目標を達した灼滅者達だが、この状況では応戦せざるをえない。霊犬を含めて前衛が七、後衛が二の陣形だ。眷属が発した斬撃が前衛を襲うが、大したダメージにはならない。逆に、灼滅者の反撃は瞬く間に眷属を撃ち落とす。
「当たって!」
三ヅ星のロッドから放たれた雷が空を割り、コウモリの眷属を捉える。体から電気がほとばしり、飛行にも力がない。そこに順花がたたみかける。
「噛みつけ、白狼!」
鞘から抜き放つ、白色の刀身。眼下から迫ったかと思えば、次の瞬間には頭上から刃を振り下ろす。
「……遅い」
志命は身の丈ほどもある大鎌を軽々と扱う。炎を帯びた刃で、二体目の眷属に引導を渡す。だが、黙って見ているキサラではない。鍵爪から赤い刃を発生させると、志命めがけて振り下ろす。当たる寸前、その間に大文字が割って入る。
「フッ、漢は黙って……って黙ってたら何も言えないぜ」
「じゃあ、永遠に黙っててよ」
さらにキサラは先端に魔力を溜め、大文字に叩きつける。かなりのダメージのはずだが、大文字は悲鳴のひとつもあげない。すかさず暦も光を放ち、回復する。
眷属を倒してからは防戦が続く。それもそのはず、灼滅者達はキサラとまともに戦うつもりはない。彼女もそれを感じ取ったのか、戦意は霧散していた。
「殺る気ないの? つまんないよー。じゃあボク帰るから。痛いのヤだし」
そう言い、キサラは近くの駐輪場から自転車を盗んで飛び乗った。鍵は素手で壊したようだ。
「今度会うときはキミ達も楽しませてあげるからねー。ばいばーい」
言い返す間もなく、キサラは走り去ってしまった。いや、言い返すことも特にないだろうが。
「結局、何だったんですかね。勝手に怒って勝手に帰って……」
弥生の問いに答える者はいない。聞きたい者ならいる。
「まぁ、学園支配も阻止できたし、これでいいんじゃないかなっ」
と千代。彼女の言うことももっともだ。何はともあれ、ヴァンパイアの作戦は失敗に終わった。
「……では、戻りましょうか」
奏が言うと、仲間達も続く。学園に戻れば、学生としてあるべき生活が待っている。それはもちろん非行などではなく。ただ、普通の学園ではないことも多いけれど。
「そう言えば、臨海学校とかもあるんだったよな」
夏のぬるい風に、暦の長い黒髪がなびく。潮の香りに少し思いを馳せながら、灼滅者達は帰路に就いた。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年8月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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