踏切が開くまでに

    作者:亥午

    ●割れるとき
     彼女はずっとイライラしていた。
     告白できないまま、ただ過ぎていくばかりの毎日に。そして。
     むき出しにしてさらけ出しているはずのこの気持ちに、まるで気づいてもらえないことに。
     ――カンカンカンカンカン。
     踏切が鳴る。
     この線路は普通の客車だけでなく、物資を運ぶ貨物列車の通路になっている。そのせいで、不定期に「開かず」となってしまうのだ。
     彼女は「チっ」と舌を打ってすぐ我に返り、そうじゃないといいけどっ。と取り繕った。が、踏切のこちら側に他の人はいなくて、そのおかげで舌打ちを見られずにすんだ。なんとか表情を取り繕った彼女だが、その気分は先ほどにも増してイラだっていた。
     その前を、スピードを落とした下り電車が行き過ぎる……。
     と。そのときだ。
     何気なく車窓をながめていた彼女の目に、それが映り込んでしまったのは。
     電車の中に、彼がいた。彼女が大好きで、でも告白できなくて、毎日イライラしなきゃならない原因になっている彼が。
     彼は笑っていた。見知らぬ女子と並んで、すごく楽しそうに。
     遠ざかっていく彼の笑顔が、彼女の心に突き刺さる。
     そして、ぱん。イライラが押し詰まった彼女の心は、弾けた。
     ――なんデ!? どうしてソンナ!! 待ッテまてマテテテェエェァアァアア!!
     彼女は太く、醜く膨れあがった右腕を振り抜いた。爪の先がかすっただけで、あっさりちぎれ飛ぶ踏切のバー。
     すでに彼の乗った電車は行き過ぎているが、理性と知性とを失った彼女にはもう、どうでもいいことだ。
     彼女は警告音が鳴り続ける踏切へと足を踏み出し、続く貨物列車がやってくるよりも早く、向こう側で目を見開いている人々のただ中へと飛んだ。

    ●教室にて
    「……一般の人の闇堕ちにより、デモノイドが現われることが……わかりました」
     園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)が、申し訳なさそうに眉を八の字に下げ、灼滅者たちに告げた。
    「場所は、山間の町の、いわゆる開かずの踏切です……。そこで夕方、踏切待ちしていた女子大生、伊東・香奈恵さんが、デモノイド化して虐殺を開始するんです……」
     一般人闇堕ちデモノイド事件は厄介だ。ヘタに介入して相手の闇堕ちのタイミングをずらしてしまうと、エクスブレインの未来予知が及ばなくなってしまい、その被害を防げなくなる。
    「……ですのでみなさんには、香奈恵さんがデモノイド化した瞬間、接触していただかないといけないんです。……すみません。自分では戦えないくせに、こんな難しいお願いを押しつけてしまって」
     槙奈が深く、頭を下げた。
    「戦場は開かずの踏切前です。今回は急行、鈍行、特急に加えて……貨物列車が行き交うタイミングでの戦闘開始となります。このとき、まわりは無人ですが、15分(15ターン)を過ぎると踏切が開きます……。それまでに灼滅できればいいんですけど……対策、しておいたほうがいいですね。
     ……そして勝利条件は、デモノイドの灼滅。その後の生死は問いません。ただ……」
     槙奈はうつむいてためらい、そして辛そうに眉根をしかめた顔を上げた。
    「香奈恵さんの心はまだ、人の領域に引き戻せる可能性があります。戦闘中……語りかけてあげてください。彼女が人間に戻りたいと思ってくれるように。……それができれば、彼女は灼滅後、デモノイドヒューマンとして……生き続けることができます」
     灼滅者たちは、心の深い場所から染み出してくる苦い思いをかみ殺し、うなずいた。
    「このデモノイドはデモノイドヒューマンと同じ、デモノイド寄生体に由来するサイキックを使います……。それから、近列攻撃の薙ぎ払いもです。この攻撃に特殊能力の上乗せはありませんが……デモノイドの腕力はそれ自体が脅威。しかも戦闘開始直後から、激しく攻め立ててきます。重々、注意してください……」
     理性を失くしたデモノイドに、様子見や作戦という概念はない。まずは、どのようにその猛攻を受け止めるかを考えるべきだろう。
    「……デモノイドヒューマンになることが、彼女にとって幸せなものかはわかりませんけど、でも……。幸せかどうかを悩めるほうが、なにも悩めなくなるよりもきっといいって、そう思うんです……ですから」
     どうかお願いします。槙奈は再び頭を下げた。


    参加者
    四季咲・玄武(玄冥のルネ・d02943)
    ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)
    炎導・淼(武蔵坂学園最速の男・d04945)
    風宮・優華(お節介な魔女・d07290)
    神孫子・桐(放浪小学生・d13376)
    長月・紗綾(へっぽこエクソシスト・d14517)
    鍵束・孝介(高校生デモノイドヒューマン・d19993)

    ■リプレイ

    ●踏切が閉まるとき
     カンカンカンカン……。
     茜色の空に、踏切の警告音が鳴り響く。
     はっ。
    「――わぅあん!」
     踏切の脇、広めの歩道の隅っこで腹を上にして寝こけていた犬がびっくり跳ね起きて、傍らの飼い主を振り返った。
    「よぉしよし。なに言ってっかわかんねぇぞぉ。かわいいなぁ、わんこミル子ぉ」
    「わふん、じゃなくてっ! 伊東・香奈恵さん、来てますよ」
     ビーストスキンのESP、犬変身を解除したミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)がひそひそ。
    「ん? あ、おお、来てる。来てるな」
     動物が大好きなのに、体から立ち上る闘気のせいか、まったくなつかれたためしのない飼い主役の炎導・淼(武蔵坂学園最速の男・d04945)。犬状態のミルミの頭をなでていた右手を名残惜しげに見ながらうなずいた。
     踏切の前には、ものすごい形相で行く手を阻むバーをにらみつけたお姉さん。見るからに一触即発なその姿はまちがいない。香奈恵だ。
     一方。他の灼滅者たちはミルミの声を合図に、踏切へと向かっていた。
    「香奈恵、恋に狂って闇堕ちするのね。結果はともあれ、その感情は……素敵、よね」
     音を探るように、ぎこちなく言葉を紡ぐのはアルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)。ちなみに、日本語以外はしゃべれない自称フランス人である。
    「ステキなことも大事な人も、てめーで全部ぶっ壊しちゃうのがデモノイド化なんだよ。それって悔しくって、たまんねーことなんだよ」
     奥歯に力を込めて激情を噛み殺し、鍵束・孝介(高校生デモノイドヒューマン・d19993)は低く吐き捨てた。
    「ふたりが言うこと、桐にはよくわからない。けど、わかってることがひとつある。香奈恵がデモノイドになって、誰かを殺したりしちゃダメだ」
     誰よりも早く現場に着き、じっと待っていた神孫子・桐(放浪小学生・d13376)が強く言い切った。
    「彼が乗った電車が来るわ、早く」
    「うん。ビハインド、向こうにいる人をおっぱらって、踏切に近づけないで」
     親友の風宮・優華(お節介な魔女・d07290)にうながされ、四季咲・玄武(玄冥のルネ・d02943)がビハインドを飛ばした。玄武は、自分の大事な人の魂そのものであるサーヴァントを見送って、前へ向きなおった。
    「誰かがいなくなるって、誰かが悲しくなっちゃうってことだよね。誰も悲しくならないように、ぼくはお姉さんに元気だしてほしいんだ。優華ちゃん、手伝ってくれる?」
     袖を引く玄武の手を見やりながら、優華は大きなため息をついた。
    「めんどうなお願いね。めんどうだから早く片づけるわよ。踏切が開くまでに」
     下り電車が、線路を行き過ぎる。
     その向こうから、悲鳴、怒声、絶叫、実に多彩な声が飛んでくる。
     そして香奈恵が膨れあがり――弾けた。
    「マテテテェ」
     天に向かって吠える香奈恵。その声が途切れるころにはもう、彼女はデモノイドに成り果ててしまうのだ。
    「私は未熟ですが、自分にできることとするべきことを成して、かならず香奈恵さんを呼び戻します!」
     踏切を背に立ちはだかったのは長月・紗綾(へっぽこエクソシスト・d14517)だ。彼女を起点に、灼滅者たちが陣を展開する。
     そんな灼滅者たちを見下ろしたデモノイドは、唐突に、腕を振りかざした!

    ●デモノイド、イライラす
     デモノイドの右腕ひと振りで、5人の前衛が一気に打ち払われた。
    「みなさん、すぐに回復します!」
     ジャマーの孝介とともに回復準備に入ったメディックの紗綾を見て、淼が悔しげに吐き捨てる。
    「ちぃっ、仲間かばってもやれねぇかよ!」
    「次はがんばって止めるよ。ぜったい」
     淼とともにディフェンダーを務める玄武が、痛みをこらえてシールドバッシュで反撃。その姿に、動物と同じくらい子ども好きな淼は思わずおじいちゃんの顔になって、
    「玄武ってなんか、亀の化けモンだろ? 玄武は名前のまんま、強ぇヤツだな」
    「むぅ。玄武は守り神だし。それにぼく、亀じゃねーし。蛇だし」
    「よっし、まずは止めんぞ! ハナシはそれからだ!!」
     残念ながら、玄武の抗議は彼女の声が小さいせいと、横切る2本めの電車のせいと淼の声のでかさでかき消え、届かなかった。
    「玄武ちゃん、無理しないでお姉さんにおまかせわん! おまかせコン? ――おまかせよっ!」
     ミルミが、ふわふわ黄金狐耳ともこもこ黄金狐尻尾の先で金色の軌跡を引きながら、踏切へと踏み出すデモノイドに渾身のレーヴァテインを叩き込んだ。
     余談だが、その狐装備、格闘技漬けの人生を遅々に強いられてきた彼女がかわいくなりたい一心でそろえたものである。方向性はともかく、乙女心は買ってあげたいところだ。
    「香奈恵さんの恋心、最初はすごくキラキラしてたんじゃないんですか!? それを自分の嫉妬で黒く汚して、ほかの人に八つ当たりなんて、めっ!! ですよ!」
     答は、無機質な咆哮だった。
     行き場のない怒りに駆られるまま、声をあげて暴れるデモノイド。まるでだだっ子だ。ただし、誰よりも凶悪で強力な、だ。
    「あなたが気持ちを伝えたいのは誰? ここでどんなに叫んだって、行ってしまった彼にはもう絶対に届かない! 今するべきことはなに? 彼の気持ちを確かめることすら捨てて堕ちること?」
     言い放ち、アルベルティーヌがその手を閃かせた。
    「ショウタイム――リバレイトソウル!」
     解放されたマテリアルロッド、カーネ・クアンドイェーガルがデモノイドの脚を打ち、爆発させた。
    「恋をしたことのない私には、その堕ちるほどの衝動がまぶしく見える。だから知ってみたいの、その輝きを。……こんなことを言うと、余計イライラさせてしまいそうだけれど」
    「グォッ!」
     打たれたデモノイドの右足が一歩、踏切から遠のいた。しかしそれは、具体的な距離の話。まだその心は、ダークネスの中に深く沈み込み、捕らわれたまま動かない。
     と。前へ出る形になっているデモノイドの左ヒザに、後方から飛んだ優華の封縛糸がからみつき、その動きを鈍らせた。
    「かかったわね――頭が悪くなってるみたいだから、わかりやすく言ってあげるわ。あなたがイライラ吠えてるのは、告白できない自分に対してじゃないの? 暴れてるヒマがあったら、その太短い脚をさっさと元の大根脚に戻して彼のもとへ走りなさい」
     その隙にガトリングガンを抱えて駆け込んだ桐が、デモノイドのからめとられたヒザを踏み台にして飛んだ。
    「むずかしい話ばっかりで、桐にはみんなの言うことがよくわからない。でも、このままだったら香奈恵はきっと後悔する」
     そしてデモノイドの顔と真っ向から向き合い、その真ん中に、爆炎の弾丸を食らわせた。
    「後悔って後ろ向きな気持ちに縛られることなんだって思う。縛られてたら歩けない。前に進めない。それはダメだ!」
    「右っ? 左っ? 右はナイフ持つほうで左はフォーク――おハシ持つのはどっちです!?」
     わたわた大騒ぎするミルミに受け止められ、無事に着地を決めた桐は今一度デモノイドをにらみつける。
    「香奈恵のことは香奈恵がしなくちゃいけない。だから香奈恵は絶対戻ってこなきゃダメなんだ!」
     灼滅者たちの思いがひとつ、またひとつと、デモノイドの内に積み重ねられていく。その腕が、怒りに握りしめられては迷いに開かれてを繰り返す。ダークネスと人間との間で揺れて、揺れて、揺れて――イライラする!
    「オオオオオ」
     踏切の内を、貨物列車がゆっくり横切っていく。それは、残り時間が刻々と減っていくことを知らせる時計の秒針さながらであった。

    ●弱き者の声
     知性なきデモノイド。しかし、前衛を固めて短期決戦を挑む灼滅者たちの意図を本能的にうとましく感じるのか、途中から積極的に中衛、後衛への攻撃を見せるようになっていた。実際、ディフェンダー陣のシールドバッシュが効いていなければ、戦陣はとっくに崩壊していただろう。
    「優華ちゃん!」
     優華へ飛んだDESアシッドをその背で受けた玄武がヒザをついた。
    「馬鹿玄武! あんた馬鹿だから死ぬの!? それとも死ぬほど馬鹿なの!?」
     これまで幾度となく薙ぎ払い攻撃を受け止めてきた玄武のダメージは深い。親友の危機を目の当たりにし、優華がポジションも殲術道具もかなぐり捨てて駆けつけようとするが。
     玄武の手が、それを止めた。
    「だめ。みんなと優華ちゃんのこと守るの、ディフェンダーのぼくの仕事だから」
     うう、とか細いシャウトで自らを回復する玄武の姿に、優華がくしゃくしゃの顔をデモノイドに向けなおす。
    「もう! あんたはほんとに……ほんとに、馬鹿なんだから」
     彼女が放ったのは封縛糸。デモノイドの行動を少しでも鈍らせ、親友を危機から遠ざけるために。
     そして2本めの貨物列車の先頭車両が、踏切に入った。時間を考えれば、これが最後。あと2分で踏切が開く。
    「魂が肉体を凌駕するとは言うけど、恋心が体力を凌駕している感じね。鮮烈だわ」
     ダメージと疲労で青ざめた顔を楽しげに笑ませ、アルベルティーヌがフォースブレイクを打ち込んだ。命中率に不安はあったが、火力を重視すればほかに選択肢がない。確実に追い込んでいるはずなのに追い込まれている、いやな状況だ。
    「桐の声は香奈恵に届かない……でも、香奈恵を自分の問題に挑ませてあげられるように、桐たちがもっとがんばらないと!」
     デモノイドの腕に負けないよう、鬼神変で巨大化させた拳を振るう桐。
     攻撃を受け、巨体を傾かせながらも、デモノイドはその右腕をまっすぐ灼滅者へと向けた。撃ち出される毒光線! 桐を狙ったはずのそれは、その後方で前衛の補助を担っていた孝介を吹き飛ばす。
    「うわっ!」
     孝介の体が1、2、3……アスファルトの上をバウンドした。起き上がろうとするが、体を侵した毒がその力を奪い取る。
    「くそっ。なんでオレ、こんな弱いかな。ほんとはさ、前衛でみんなのこと守って、あんたにも言ってやんなきゃいけないのに。感情爆発して、どうしようもなくなっちゃうのがどんだけ悲しいかって」
     孝介は両親の死により、デモノイド化した過去がある。そして、自分を人間へ戻してくれた妹をその手にかけた過去が。
    「あんたの気持ち、わかるよ。でもさ、まだニンゲンのうちに「ああ、もうどうでもいいやー」ってあきらめちゃったらダメなんだ。闇のどん底から戻ってこれなくなるんだよ。そんで大事な人とか殺しちゃったら、もうどうしようもなくなっちゃうんだ」
     言いながら、なお立ち上がろうともがく孝介。その体に、歌声が染み入ってくる。これは紗綾の声。清めと癒やしの力を音として紡いだエンジェリックボイス。
    「――私にも、逆恨みをして闇堕ちして、罪人となった過去があります。でも、それを救ってくださった方がいます。そして弱い私を支え、この場に立たせてくれたみなさんがいます。人に思われることで人を思う、それこそが人なのだと、私は思うんです」
     悔いが、思いが、決意が、紗綾の声を彩り、強く、高く響かせる。
    「狂うほどに人を思うことのできる香奈恵さんはデモノイドではない、人です。だから負けないで。その心を、闇に沈めないで」
     紗綾は歌う。その、なんのサイキックも込められていないはずの声音が、香奈恵をデモノイドの内から外へと導いていく。そして。
    「相手が生きてたらさ、なんだって何度だってやりなおせんじゃん! オレみたいに、独りで生き残っちゃうセキニンしょいこむなよ!」
    「そうです! 泣いたり笑ったり、自由に、無責任にがんばって! あなたはまだそれができるんですから」
     孝介と紗綾の呼び声が重なり合い、ハーモニーを成した。
    「香奈恵さん!!」

    ●開く踏切
     デモノイドの動きが、止まった。
    「前衛、なにぼんやり聞き入ってるの!? 人間なら猿よりも働きなさい!」
     優華の声で我に返った前衛陣が動き出す。
    「世界はお姉さんが思ってるより広いけどよ。手当たりしだいにアタックかましてる場合じゃねぇぞ? さっさと戻って、一途な気持ちってやつ、ぶちかましてこいよ!」
     淼の拳が香奈恵を滅多打ち。その膨れあがった体を揺るがせる。
    「てゆーか、そこまで好きなら略奪愛上等くらいの根性見せてください! 女の子の恋は気合ですよ多分っ! なのでイッパツ、気合注入ーっ!!」
     淼の腕を踏み台に飛び上がったミルミが、香奈恵の頬をぱん! 強く張った。その、殺意ならぬ慈悲を込めた手加減攻撃は、崩れゆくデモノイドの内から香奈恵の体をこぼれ落ちさせて。
    「お帰りなさいだよ、香奈恵」
     小さな両手をいっぱいに広げた桐が、その体をしっかりと受け止めた。

     ……貨物列車が行き過ぎて、踏切が開いた。
    「向こうから来る人、いませんね」
     申し訳なさそうな紗綾に、玄武がちっこい胸を張った。
    「ぼくのビハインドはかんぺきだから」
    「人が来なくてよかった。香奈恵はちょう重たいから、桐だけじゃ運べなかった」
     みんなから集めた服でぐるぐる巻きにした香奈恵を引きずり、人目につかない場所まで運ぼうとしていた桐がため息をついた。
    「桐ちゃんはえらいですねー。でも、力仕事はお姉さんがやっちゃいますからね!」
     2こしかちがわない上、自分自身が147センチと小柄なミルミが、それでも大きなお姉さんぶって人差し指を立てた。
    「でもさ、これから香奈恵さん、どうすんのかな。このトシじゃ学園に来るってわけにもいかねーだろ?」
     自分と同じデモノイドヒューマンとなった香奈恵の寝顔をのぞき込む孝介。救うことに成功したとはいえ、その胸中は複雑である。
    「後のこた、エライ人がなんかしてくれんだろ。なんならしばらく手下に見張らせとくか――おいコラ、ヘンな意味じゃねぇぞ?」
     根っから親分肌の淼が、孝介と香奈恵の双方を気づかい、請け負った。
     そんな灼滅者の輪から少しだけ離れたところに立ち、香奈恵を見ていたアルベルティーヌが、ふと足を踏み出した。
    「あなた、なにする気?」
     優華の声を無視して、アルベルティーヌが香奈恵の首筋に牙を立てる。ここでまさかの吸血捕食だ。
    「……効果はないだろうけど、闇堕ちの記憶を少しでもあいまいにできたら儲けものでしょう? それに」
     アルベルティーヌはうっとりと笑み、
    「少しだけでも味わってみたかったのよ。香奈恵の恋心。あなたは知りたくない?」
    「いらない。見てただけでもうお腹いっぱいだもの」
     優華はうんざり、肩をすくめてみせたのだった。

    作者:亥午 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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