蒼きセイレーンは歌う

    作者:一兎

    ●蒼き誘いの歌
     夏の夜。それは、虫の数々が思い思いの演奏を織り成す時分である。
     本来ならば。
     その日の夜空に届いたのは、一人の少女が紡ぐ歌だった。
    「……♪」
     女性的な魅力と甘美な誘惑に満ちた歌声は、人々を誘惑するために。
    「――♪」
     夜空のように透き通った旋律は、ひと時の夜を支配するために。
     そして人々は、歌に誘われ、その心身を捧げようとする。
     月明かりの下に輝く、少女の身体へと。
     やがて、真夜中のストリートライブは終わりを迎えた。
    「ふふ、素敵な顔になったね」
     ペロりと舌なめずりをして、歌声の主である天外・飛鳥(囚われの蒼い鳥・d08035)は、自身の戦果を確かめる。
     魅了された人々の中から男を一人選んで、そっと触れる。
     飛鳥に触れられた男は、それで果てた。
     まだ年若い(といっても、飛鳥よりは年上だが)男だったのだから、無理もないが。
    「あれれぇ? もぅ、そんなんじゃ飛鳥つまんないよぉ?」
     言葉と違って、ケラケラと嘲笑い。
     それが当たり前であるように、片手に握るナイフの先を、果てた男の下腹部に突き刺す。
    「あっちで楽しめないならぁ。こっちで楽しませてねぇ」
     刺して抜いて、また刺す。
     足、腕、耳、指、目玉、唇。死なないように嬲る。
     それらの行為に、苦痛の叫びはなかった。
     ただ、淫欲と悦楽に満ちた、狂気の喘ぎだけがあった。 

    ●繋がりとは絆のこと
     セイレーン。美しい歌声で人々を魅了するという、海の怪物の名である。
     事件を起こす淫魔の行為は、セイレーンのように気まぐれで、セイレーンよりも残酷なものであった。
    「そこいらは淫魔だ。歌で魅了した後は、ナニをやるって流れになるらしい」
     詳細を語る鎧・万里(高校生エクスブレイン・dn0087)は、歯切れ悪くも次の言葉を絞りだす。
    「でだ。多分、この淫魔は、闇堕ちしたっていう天外・飛鳥に違いねぇ。幸い、まだデカイ事はやってねぇらしいが。それも時間の問題だろうな」
     現状、飛鳥の体の主導権を握るのは、表に出ているダークネスの人格である。
     一方、飛鳥本来の人格は、内側に籠もっている。
    「憎悪していた淫魔となってしまった事で、心が傷ついていると言っても良い」
     万里の傍にいた五行・光(高校生エクソシスト・dn0155)が、そのまま言葉を引き継ぐ。
     傷つき弱った心は、ダークネスに飲まれ易くなると。
     このままいけば、ダークネスの力に押し潰されてしまうと。
    「彼女を助けるならば、私達の手で引き戻さなければならない。……もっとも、彼女と繋がりのない私では役不足らしいがな」
     この光の言葉は、決して比喩ではない。
     例えるなら、今の飛鳥の心は深い海の底にいるようなもので。それを引き上げるには、相応の目印が要るだろう。
     目印とはつまり、飛鳥との関係。繋がりである。
    「五行はこんな調子だからな、お前らのサポートに回す。人払い程度ならしてくれるそうだ。安心して行ってこい!」
     万里の激励に頷いて、光が灼滅者たちを促す。
    「今回を逃せば、救出の機会は二度と来ないだろう。私は、声を届けられる者のために、全力で支援させてもらうつもりだ。必ず彼女を、この学園に連れ戻そう」
     誰であれ、助けたい気持ちの大きさに変わりはないのだから。


    参加者
    バジル・クロケット(燃え上る蒼炎・d02754)
    樹宮・鈴(奏哭・d06617)
    東堂・昂修(曳尾望郷・d07479)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)
    鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)
    オリキア・アルムウェン(魔ハンガーマスター王・d12809)
    綿貫・砌(小学生シャドウハンガー・d13758)
    穗積・稲葉(稲穗の月兎・d14271)

    ■リプレイ

    ●再会
     黒猫が駆けていく。
    「久しぶりだな、飛鳥」
     飛鳥の背の向こうにそんな光景を見ながら、東堂・昂修(曳尾望郷・d07479)は、そう口にした。
    「ふふっ、久しぶりだね。それとも、初めましてかな?」
     対する飛鳥の言葉に、昂修ほどの感情は込められていない。
     ただし、淫魔らしい欲望が込められている。
    「楽しめるなら、どっちでも良いけどね♪」
     その視線は、昂修の後ろに控える鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)と穗積・稲葉(稲穗の月兎・d14271)、二人にも向けられる。
     次に、舌なめずり。
     妖しく魅力的な仕草。
     それら一つ一つを見る程、祝人の内に悔しさが拡がった。
    「淫魔には負けたくないって、言ってたじゃないか!」
     自身の事でもないのに、拳を握りしめていた。
    「ふーん、そういう態度とるんだ。ま、いいけど。どうせ皆、飛鳥の虜になっちゃうもん」
     さすがに飛鳥も、3人の狙いに気づいたのだろう。嘲るような笑みでそう言うや。
     歌を歌い始める。
     それは人を誘惑する、力ある歌。全身から染みこむ快楽に、常人は耐えれず、飛鳥の身体を求め始めるのだ。
     明確な攻撃の意思に、祝人は素早く前へと踏み出し、己の身を盾にする。
     他の2人の止める暇もなくだ。
     歌声の力が間髪入れず、祝人を揺さぶる。
    「う、ぐっ……こんくらい。飛鳥の辛さに比べれば、どうってこと……!」
     そうやって、歌の誘惑に抗う事、しばらく。
     3人は黒猫の姿が消えた事で、準備が整った事を知った。
     あとは隙さえあれば良い。
    「もしかして……。飛鳥、泣いてるのか? 意地張ってるみたいな声だしてさ」
     この言葉は、稲葉が音を根源とするサウンドソルジャーだったから。
     ――っ。
     一瞬、誘惑の歌が止まる。十分な隙だ。
    「そうだ、アスカ。私達が聴きたいのは、そんな歌じゃない」
     静寂を埋めるように現れた樹宮・鈴(奏哭・d06617)の声が響く。
     更にギターの奏でる音が響き、音の波に歌声が乗る。
    「飛鳥ちゃんが大好きな音楽で、大好きな皆を傷つけさせたくないから……」
     ギターを握る少女の、千波耶の声は届いたか。
     そこに立つ4人の少女は、軽音楽と共に想いをぶつけに来た仲間である。
     一瞬の始まりは、そうだった。
    「お前が何時までも帰って来ないもんだから、迎えに来てやったぞ。皆でな」
     物陰に伏していたバジル・クロケット(燃え上る蒼炎・d02754)が、飄々と言うや。次々と彼ら、彼女たちは姿を現していく。
    「今の飛鳥くんも悪くはないと思うよ。うん、魅力的だ。けど、違う。だよね?」
     バジルに続く、霧夜の声。
    「かけがえのない時間。かけがえのない絆。どちらも、紡げるのはあなた以外には出来ない事だ」
     西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)は、両手を昂修と祝人の肩において、それを説く。
     視線は真っ直ぐと。飛鳥に向けて。
    「ここには、あなたがいるから強くなろうとした願った者。あなたを守ろうと誓った者。あなたを救いたいと集まった人々がいる」
     当然、繋がりの強さに大小はあるだろう。しかし、ここにいる事、それは事実だ。
    「ちょっと、数を揃えたからって……」
     飛鳥は反論する際、無意識にレオンから眼を逸らしてしまった。
     逸らした事で知った。
     自身を囲む何人もの灼滅者たちの存在を。内に閉じ込めた人間如きのために集う、人間の絆を。
     綿貫・砌(小学生シャドウハンガー・d13758)は問う。
    「飛鳥さんは言ってたよね。『守る側の存在でいたい』って『誰にもいなくなって欲しくない』って」
     では、天外・飛鳥はいなくなっても良いのか?
     断じて違う。
    「誰かの護るための選択だ。俺はとやかく言わない。ただ、元の飛鳥の方が俺は好きだな」
     礼拝堂に身を置く仲間として、直人の言葉は正直なものだ。やや頬の赤らめて眼のやり場に困っているのは彼らしいムッツリさだ。
     だからこそ、オリキア・アルムウェン(魔ハンガーマスター王・d12809)は言う。
    「どんな飛鳥でも、例え傷ついていたって、ボク達は受け止められる。だから、これっきりになんてならないで。ボク達の、皆のところへ戻ってきて」
     いつだって飛鳥の力に、支えになると。
    「天外さんは覚えていますか? 一緒にお菓子を食べに行く約束の事……」
     それは、幽のしたような小さな約束かもしれない。
    「これが、私たちの覚悟だ。君の宿敵に対する心が嘘でなければ、ぜひ応えて欲しいね」
     あるいは、エリアルの態度のように毅然としたものかもしれない。
     ただ全員が、同じ想いでいる。
     帰って来いと。
    「……つまんないなぁ。み~んな、飛鳥の事をいじめようとするんだもん」
     飛鳥、いや淫魔の身体から翼が、角が、尻尾が伸ばす。
     淫魔の本性は、つまらないと口にしながらも残忍な笑みを浮かべて、翼を広げる。
    「だから、飛鳥がたくさんイイこと教えてあげるね♪」
     羽ばたく翼が、妖しさを撒く嵐を生み出した。

    ●セッション
     道の先に人はおらず。路地の向こうに気配はない。
     混ざり合う殺気と想いの力が、人々を寄せ付けず。音の数々を遮る。
    「リアルタイム生実況こと外道から速報、あっちの方が崩れそうだから、適当に補強しといてよんっと」
     箒にまたがり戦場の真上に陣取る黒武は、最新の状況を次々と割り込ませる。
     ちらりと、バジルが見やる頃には既に、仲間達の動きは変わっていた。
    「わかるだろ、淫魔。お前はお呼びじゃないって事が!」
     バジルは叫ぶと同時に、刃を振るう。
     刃は蛇のように唸り、ワイヤーで結ばれた刀身を飛鳥の体に巻きつける。
    「へぇ、こういうプレイが、好きなんだ?」
     白く柔らかな肌から血を滴らせて、飛鳥は笑う。余裕を見せつけるように。
    「飛鳥の体だからって、加減はしねぇからな……ぅ、くっ……」
     加減すれば、それこそ救出が遠のくだろう。このバジルの判断は正しい。
     問題は、飛鳥にとって両手足の自由は関係ないという事か。
     口さえ開けば、歌は紡げるのだ。
     歌に脳をかき乱されたバジルの手から、力が抜けていく。
    「きゃは♪ 飛鳥はねぇ、縛られるより、縛りたいかなぁ」
     そうして、刃の拘束が解かれかけた時。
     再び音は響いた。
    「このアンプ、飛鳥から貰ったやつなんだけど。わかるかな」
     稲葉の操るギターに直結する、ウサギ型のスピーカーをしたアンプ。奏でる音色は、そこから飛び出して、飛鳥の歌声と対峙する。
    「恥ずかしいけどさ。これを見る度、泣きそうになった。これがお前の残した物になるんじゃないかって、怖くなった!」
     現実に、稲葉1人の力で飛鳥の歌を相殺する事は、不可能と言っていい。
     仮に、今までの呼びかけによって淫魔の力が弱っているとしても、それは揺るがない。
     だが、1人でなければ話は別である。
    「お前だって、怖いんだよな。……私も、淫魔に飲まれるなんて、考えたくもなかったけど、考えさせられた」
     刀は鞘に納まり、鈴はギターを握り直した。
    「アスカァー! 軽音で共に培ったガッツを見せるデース!」
     重奏するギターに合わせて、ウルスラの起こす風がリズムを刻む。
     軽音楽部の少女たちの加勢は、徐々に歌声を押し返し始める。
     これに打ち勝てば、ダークネスのプライドを削れる事は言うまでもなく。
     あと一息の意地は、次の旋律を呼び出す。
     それは、迦月の弾く琵琶の粋な音。それは、シャルロッテの歌う約束の聖歌。
     二人は口よりも、音で伝える。
     ジャンルも種別も違う音楽が混ざり合うような、ふざけた毎日こそ、帰ってくる場所なのだと。
     人も音楽も同じ、毎日が即興歌。
    「それでわかった。どんな怖い事より、今はお前がいなくなる事の方が、何倍もイヤなんだってな。ほら行け東堂、淫魔の奴から奪い返して来い!」
     最後の一掻きは力強く。鈴の声は鋭く。
     ついに、淫魔の歌声は打ち破られた。

    ●希望
     昂修は駆け出す。
     誘惑の歌声に引き剥がされた距離を埋めるように、真っ直ぐと。
     それほど遠くないのに、近くもない。不思議な距離感だった。
    「前に言ってたな。『昂修のことをどうしようもなく壊したくなる時がある』と。飛鳥、俺は……」
     しかし、不思議な距離感は、無数の影が道を阻む事で掻き消えた。
    「みんな、飛鳥の歌が聴きたくないみたいだし。殺したげるね♪」
     膨大な力によって拡がる影は、言葉も半ばに昂修を飲み込んでいく。
     上空に位置する香が、魔力弾による射撃を行うが、一点を包むように蠢く影に衰える気配はない。
     箒に跨る少女は切れ長の瞳で地上を見下ろす。
    「こちらに援護を!」
     それを聞いて駆けつけたレオンは、迷わず巨大化させた拳を、影の塊へ叩き込む。
    「その光だけは、絶対に消させやしない!」
     だが、運が悪かった。当たり所が悪かったのか。影で出来た檻は健在のまま。わずかに表面が抉れただけに終わってしまった。
     あまりの事に、右手が痛む。渇を入れるために祝人を殴った拳がである。
     大層な口を叩いて、自身がこの様なのだから仕方ない。
     そこまで考えた時だ。
    「妹を頼むぜ。相棒!」
     駆け抜ける人影が、妙に盛った風なナノナノを抱えたまま、昂修を飲み込む影の中へと飛び込んだ。
    「やっといつもの調子に戻ったか、あの馬鹿……」
     一瞬の出来事を見届けて、レオンの口元に、苦笑が浮かぶ。
     瞬間、ほぼ全員のケータイに着信が届いた。
    『影業は目眩まし』
     続けて空から氷のつぶてが降る。メールを送信した明のものだ
     灼滅者たちは理解した。飛鳥の狙いが、この場からの逃走であると。
     昂修を狙ったのは時間稼ぎのためだろう。
     幸い、迅速な対応。何より大人数によって逃走経路を塞いでいたおかげで、砌の目にも飛鳥の姿を捉える事が出来た。
     そこは空中、既に飛鳥は地より飛び立とうとしている。
     まだ飛び去っていないのは、地上から妨害を続ける仲間のおかげだろう。
    「礼拝堂の皆、えらい険しい顔しとるんよ。みんな天外さんの為にやよ」
     問答する由宇は、その場所から砌にまでウインクをしてみせ。
     その隣に立つ蒼護の操る影が、飛鳥を追い回して、行く手を遮る。
    (羽を狙えれば、逃走を防げるかもしれない)
     思い立った砌の行動は素早く。呪いの力を、電気石(トルマリン)の指輪に集め出す。
     すると、砌の手の上に別の手が重なる。アルベルティーヌのものだ。
    「私も手伝うわ。……ううん、手伝わせて」
     天星弓の持つ活性の力が、砌の感覚を研ぎ澄ますと。
     丁度、夜空を裂く光線が、淫魔の羽に掠った。
     痛みのせいか、宙でバランスを崩す飛鳥。
    「俺たちテーブルトーク研究会の大半は、面識もないけどな。友達の泣き顔なんてのは、見たくないんだよ」
     硝煙を残すバスターライフルを片手に、流希が言う。
     彼らの関係を問えば、友達の友達が正しいだろう。言えば、赤の他人だ。
     ただ、赤の他人であっても、きっかけを築く事は出来る。
     砌がそうであったように。
    「だから、飛んでいかないで。一緒に居てよ。飛鳥お兄ちゃん」
     絶好の機会に、砌の指輪から呪いの力は放たれる。
     呪いというには、変わっているかもしれない。
    「な、なにこれ!?」
     電気石へと変化する翼は浮力を失い。飛鳥は、初めて戸惑いの声を挙げる。
     電気石の代表的な石言葉は『希望』という。言い方を変えれば『希望(のぞみ)』。
     砌の希望の半分は果たされた。

    ●響いて
     例の生実況が、迅速にそのニュースを拡げる。
     逃亡の阻止。それは緊張の糸を張り詰める灼滅者たちにとって、他とない吉報であった。
     ある者は、警戒は解かずに、密かに拳を握り。
     ある者は、演算を続ける脳で、安堵の息をつく。 
    「あの時も、人が一杯いたよね」
     レオンの傍らに立って、それらの様子を見渡すオリキアは、呟く。
     かつて、レオンが闇堕ちした時の事だろう。オリキアは再び口を開いて、続けた。
    「癇に障ったらごめんね。けど、不思議で、素敵な縁だと思うんだ。助けた人と一緒に、次の人を助けるって」
     自身ビハインドを見つめて、そんな事を言う。
     確かに、人選の確定には、偶然の要素がないわけでもない。
    「そういうのが片っ端から、お前を心配して、ここまで来てんだ。聞こえてねぇとかは、なし。後悔させたくなけりゃ、結果を出せ!」
     優華は、それらをひっくるめて1つの枠に収める。
     ただのモノ好きだと。
    「偉そうにして、生意気ッ!」
     飛鳥が文句を垂れると同時に、少年が影から飛び出した。
    「偉そうなんじゃない。そう聞こえるなら、それはお前の傲慢から来る考えだ」
     昂修は、距離を詰めると闘気を込めた拳で、殴りかかる。
     反応した飛鳥は、握る鉈で拳を受け止める。
     鋭利な刃は、昂修の腕に傷をつける。
     それでも怯みはしない。見せ掛けではない、確かな想いがそうさせる。
     気づけば、他の仲間たちも、それを見守っていた。
    「飛鳥、俺はお前が思っているよりも強い。だから、お前が戻るまで何度でも呼びんでやる!」
    「しつこい! アンタなんか、死ね! 死んじゃえ!」
     遂にキレたらしい淫魔は、今までの中で一番の殺意を込めて、ナイフを突き出す。
     嬲るために急所を外す事を忘れた。心臓を狙う一撃。
     その刃を、祝人は横から握り締めた。
     この時、よく見れば気づいただろう。祝人の体を包む力の数々に。
     オリキアたちによって付与される、数々の加護に。
    「妹を、返してもらうぞ……ダークネス!」
     握られたナイフは押しても引いても、ビクともしない。
     もはや、誰もが決着を確信した。
     決め手は、闘気を纏っただけのシンプルなストレートだった。
     案外と軽かったのか、飛鳥の体が宙を舞う。
    「飛鳥!」
     慌てて祝人が動く。
     受け止められる位置に滑り込んで、やがて来るだろう重量に備える。
     しかし。
     いつまで経っても、衝撃は来ない。それどころか、祝人の構える真上で、静止していた。
    「あ? これ、鋼糸か?」
     予め、それに気づいていた昂修は、ゆっくりと飛鳥の元に近寄り。その体を持ち上げる。
     もちろん、お姫様抱っこで。
     途中で目のあったリリーが、なんだという風にしていたが、手に巻きつけた鋼糸は誤魔化せない。
    「大丈夫ですの? 飛鳥はちゃんと、元に戻っ、あ、ちょっと待ちなさ、どこ掴……!」
     よっぽど心配だったのか駆け寄る由良を、気を利かせたつもりなのかバジルが連れ去る。
     最初に声を掛けるのは誰か、決まっているとばかりに。
     実際、最初に掛ける言葉は決めていた。
    「……おかえり」
     安らかな寝顔を浮かべる頬に、そっと昂修は口づける。
     自然と出た行為だった。
     そして、彼らは皆、若者だった。
     パチパチ。ワーワー。ピィーピィー。
     巻き上がる歓声と野次は、約30人分。
     由良の例もある、きっと再会を喜ぶ順番待ちが出来るだろう。
     そんな事を考えて、昂修は思う。
     まぁ、なるようになるだろと。


    「ん……ただいま」
     飛鳥が目覚めるまで、あと9分。
     誰も寝言に気づかない。

    作者:一兎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 11/素敵だった 22/キャラが大事にされていた 1
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