臨海学校~紺碧の季節

    作者:高遠しゅん

     夏も盛りを迎え、海は連日大盛況だった。
     ここ博多湾周辺にある、とある海水浴場もその一つ。
     水際を走り回る者、泳ぎや潜水を楽しむ者、砂山で蒸されるものやビーチパラソルの下で日光浴を楽しむ者、それぞれに夏を謳歌している。
     海の家の店先では、かき氷や冷たい飲料水の傍ら、大ぶりのサザエやホタテが炭火で焼かれ、焼きそばのソースの匂いが客を引き寄せていた。
     そんな海辺に、カラフルな水着の三人の少女たちが現れた。
     海の家から流れる音楽に、軽快なステップで息の合ったダンスを見せつける。通りすがりの客達はパフォーマンスと思い、少し遠巻きにして彼女たちを見守った。
     一曲踊り終わると、拍手がわき起こった。
     少女たちはぴたりとポーズを付ける。
    「ヒトミでーす!」
    「コノハだよ!」
    「テマリと申します」
    「「「私たち、今日からサツリク☆アイドル、始めちゃいまーす!!」」」
     ヒトミはアイスピックを、コノハは捻れた鉄棒を、テマリは出刃包丁を。
     手近な観客に、無造作に振るった。
     穿たれ、殴られ、刺され。吹き出した鮮血はあっという間に砂に染みこんで行く。
     パニックを起こした客達が転がるように逃げる中、砂を蹴って踊るように紛れ、穿ち殴り刺す。殺戮ショーは、観客が全員動かなくなるまで終わらない。
     少女たちの胸元に黒いカードが忍び込んでいることに、気付く者はなかった。


    「臨海学校の前に、ひと仕事頼みたい」
     櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)が言う。
    「臨海学校の候補地である博多で、大規模な事件が発生する予測がされた。相手はダークネスや眷属、強化一般人でもない。ごく普通の一般人だ」
     灼滅者たちは不思議そうに視線を見交わした。
    「詳細は不明だ。だが、事件の裏に何か組織的なダークネスの気配がある。君たちには事件を未然に防ぐと共に、一般人を操っていると思われるカードを回収してきてほしい」
    「カード? 何だ、それは」
     窓際で黙って聞いていた刃鋼・カズマ(高校生デモノイドヒューマン・dn0124)が、いぶかしげに問う。
    「そうだ。事件を起こす一般人は、名刺ほどのカードに操られている」

     伊月は地図を広げると、ある海岸に印を付けた。
    「場所は海水浴場、相手は中学生ほどの少女が三人。揃いの水着を着て踊っているから、見分けはつくだろう」
     海水浴に来ている一般人は100を下らない。年齢層も、幼児からお年寄りまで幅広く様々だ。大規模なパニックが起きれば、予期せぬ事故が発生する可能性も充分考えられる。
    「相手はあくまで一般人だ。ESPで工夫したなら、彼女たちを無力化することができるだろう。その後、原因と思われるカードを取り上げれば、気を失い直前までの記憶も消える。休憩所にでも移動させておけばいい」
     目が覚めれば、多少の混乱はあっても自力で帰るだろう。

    「分析などは、皆が学園に戻ってきてから行うことになるだろう。形状はただの紙切れだ、現場で見たとしても何が分かるものでもない」
     伊月は手帳を閉じ、息をつく。
    「なお、今回の事件解決と臨海学校は同時に行われる。事件を片付けた後は、海を存分に楽しむことを勧めておく」
     海水浴には最適の環境だ。思いきり海を楽しむことができる。
    「学園を空にするわけにもいかず、私は留守番となるが。日々の憂いを忘れ、夏休みの良い思い出となれば幸いだ」


    参加者
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    ネメシス・インフィニー(新時代破壊神王・d04147)
    華槻・灯倭(紡ぎ・d06983)
    月原・煌介(月梟の夜・d07908)
    暮坂・哲暁(焔雷の剣・d11425)
    上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)
    桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)
    アイリス・アレイオン(光の魔法使い・d18724)

    ■リプレイ

    ●サツリク☆アイドルと灼滅者
     青い海! 白い砂浜! そして──。
    「やれやれジャのぅ」
     海水浴場に足を踏み入れた灼滅者一行。
     ネメシス・インフィニー(新時代破壊神王・d04147)が、輝く太陽を恨めしそうに眺めて伸びをした。灼滅者にまともな休日はないのかとでも言いたいのかと。
    「ダークネスの悪だくみに夏休みは無いもんね」
     華槻・灯倭(紡ぎ・d06983)は、海水浴客で賑わう砂浜を見渡しながら、人が少なそうな場所を探す。女の子三人と移動して、話を聞かなければならないから。
     司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)も辺りを見渡しながら、数件並ぶ海の家の隙間などを見て回った。はぐれてしまっても、携帯の番号は全員で交換してある。
    「業のにおいは……特に感じないわ」
     DSKノーズで集中してみても、それらしい気配は無い。上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)は首を傾げる。桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)も同じように集中したが、美玖を見上げて頷いた。一般人を殺人に駆り立てるというカード、一体何処から彼女たちの手に渡ったのか。
    「ねえねえ、みんな! 見つけたよ!!」
     先行していたアイリス・アレイオン(光の魔法使い・d18724)が手を振って走ってきた。探すまでもなく、少し先で踊っている少女たちを見つけたとのこと。
    「初依頼が臨海学校とは……」
     学園の灼滅者の勧めで編入して間もない暮坂・哲暁(焔雷の剣・d11425)は、こっそり肩を落とす。海くらいは何も考えず楽しみたかった。
    「それじゃ、行くっすよ」
     眩しげに目を細め、月原・煌介(月梟の夜・d07908)が先を歩き始めた。ナンパという柄ではないと、胸の内だけで呟いて。
     一般人ならESPで素直に誘導されてくれるだろう。持っているとされるカードを回収するだけで、今回の仕事は基本的におしまいだ。
     軽快なダンスミュージックが流れている。
     白いビキニに赤、青、紫のパレオを巻いた少女が三人、息の合ったダンスを披露していた。海の家の真正面ともあって、それなりに人だかりもできている。
     灼滅者の目は、三人の少女のパレオが翻る下に引っかけてある凶器を見逃さない。
    「そこ通してくれるか、通行の邪魔になってるよ!」
     プラチナチケットを発動させた哲暁が、道を空けるように声を掛ける。
    「道あけて下さい! 人が通りますから!!」
     銀河もまた反対側から声を掛ければ、海の家の関係者とでも勘違いしたのか、店の前に空間ができた。そこにラブフェロモンを展開させた煌介とアイリス、それに美玖がゆっくり近づいていく。
     観客がざわめいた。大ファンの芸能人が三人いるような気分がするのだ。
     少女達がダンスをやめた。ぽうっとした瞳で、近づいてくる三人の灼滅者を見つめている。
    「ね、ちょっとお話がしたいの、いいかしら」
     美玖が囁けば、顔を真っ赤にして頷く三人。
    「あたしたちにですか?」
     赤いパレオの少女はヒトミと名乗った。青のパレオがコノハ、紫がテマリらしい。
     声を掛けてくる観客の男に冷たい視線を投げたアイリスは、振り返って少女達に笑顔を見せる。
    「内緒のお話。ちょっと静かなところに行かない?」
    「はい、はい! どこでも行きます。連れてってください!」
     コノハは嬉しそうに笑った。
    「……これから君たちのために、特別ショーを始めるよ」
     煌介の金の髪に魅了されたテマリが、言葉もなくこくこくと頷く。
    「ちょっと、拙いのじゃ」
     観客が近づかないよう、何とか抑えていたネメシスが呟く。
     本来であればここで空飛ぶ箒を使い、三人を裏手に運ぶ手はずだった。しかし、人が周囲に集まりすぎている。これ以上目立った事をしてしまえば、追いかけようとして怪我人が出るかも知れない。
     プラチナチケットを使う二人が誘導役として付いてはいるものの、大勢の前でその力には限界がある。大事になる危険は避けたかった。
     その時、後方で女性の歓声が上がった。観客達も一瞬意識をそちら側に向ける。
     灼滅者たちの反対側で、周囲を魅了して歩いている刃鋼・カズマ(高校生デモノイドヒューマン・dn0124)の姿が見えた。
     カズマは交わした視線で『行け』とだけ訴える。そうして群がってくる観客の中に埋もれていった。
    「今のうち、早く」
     銀河が囁き、哲暁が道を空けさせる。
    「走るよ」
     手を取り促せば、少女達は疑うこともなく連れられて走り出した。

    ●黒いカード
     少し離れた海の家と更衣室の裏手が、人目を避けるには良い広さだった。灯倭と遥が場所を確保して待っている。
     連れてこられた三人の少女は、魅了の効果が切れたのか不安げだ。
     遥がサウンドシャッターを展開したが、戦闘が起きているわけではないため声や気配を消すことはできない。通りすがりにでも覗かれないよう、哲暁は警戒するため道路側に出ていった。
    「あの、何ですか。話って」
     ヒトミが疑わしげな目で灼滅者たちを見回す。コノハもテマリも不安そうに肩を寄せ合っている。
    「噂で、素敵な娘が持つカードが有るって聞いた。持ってない?」
    「カード……」
     煌介の言葉に三人は顔を見合わせる。持ってはいるが、出したくないといった様子だ。
     仕方ないと、灯倭が王者の風を纏った。威圧される恐怖に、喉に詰まったような悲鳴を上げて少女達は砂の上に座り込んでしまう。
    「カード、持ってるよね。どんな人からもらったの? 覚えてない?」
    「し、知らない! 小さな子が落としたの拾ったんだもん!」
    「違うよ、白い服の女の人!」
    「お爺さんでした。腰の曲がった」
    「んー、みんな違う人からもらったの?」
     ぶんぶんと首を横に振る三人。予想はしていたが、これでは話にならない。
    「そのカードが必要なんです。譲っていただけませんか?」
     遥が頼めば、少女達はビキニの胸元から次々に黒いカードを取り出して押しつける。
    「あ、ありがとうございます」
     カードから手が離れると同時に、三人は折り重なるように気を失った。
    「何も分からずじまいジャのぅ」
     遠慮無くパレオを捲り、武器を取り上げるネメシス。美玖はカードを日に透かしたり裏表をじっくり見てみるが、何も分からない。
     三人娘を休憩所に運び目が覚めるまで待ってから聞いてみても、カードの事を覚えていないどころか、三人が知り合いですらないことに驚くだけだった。
    「エクスブレインさんが言ってました。学園じゃないと調査はできないって」
     少女達を見送って、遥が三枚のカードを揃えて呟く。
    「いいさ、仕事はここまで! 折角の臨海学校だ、思いっきり遊ぶぞー!」
     気分を切り替えた哲暁の言葉に、異議を唱える者はいなかった。
     夏休みはもうすぐ終わってしまうのだから!

    ●青空の下で遊べ! 
    「灯倭ちゃん先輩はお疲れ様ー!」
     仕事を終えて着替え、【とわわん】の仲間に合流した灯倭は、全員に歓声で迎えられた。
    「皆ありがとうー、もう、照れちゃうよ」
    「頑張った女王様にはこちらっ!」
     準備体操も終わらせた悟が示すのは、ぷかぷか浮かんだ大きな浮き輪、三連。女性達の特等席だ。
    「浮力あるから軽いで。中華鍋背負って灘渡った地獄合宿よか楽勝や」
     真っ先にピンクの大きな浮き輪を確保、よじ登ったミカエラは上機嫌。
    「あたい、前に福岡来たよー。……じごく? だったけど、面白かったよーっ♪」
     ぷかぷか浮かぶ浮き輪に揺られ、にっこり笑う。
     灯倭とミカエラにばっしゃーんと水をかけ、太陽のように奏恵も笑った。
    「水冷たくて気持ちいいよ!」
     しばらくばしゃばしゃと水をかけあい、ぷかり浮き輪に乗ってゆらゆらと。
     女の子達を乗せた三連浮き輪を引っぱって泳ぐ悟の後ろ、烏芥は少し不安そう。
    「烏芥さんは海初めてなんですね」
     にっこり笑うは想希。それでは是非とも泳がなければ。浮き輪にしっかり支えられ、想希に教えられたとおり、烏芥は見よう見まねで脚を動かす。
    「……でき……ました」
     少しずつ少しずつ、穏やかな波も手伝って進んでいく。水しぶきが眩しく目を細めた。

     手の届きそうな所を魚が泳いでいく。息が続くまでそれらを見送ったカズマが水中から顔を出すと、浮き輪につかまった煌介が浮かんでいた。
    「凄い、カズマ……」
     光湛えた瞳を見れば、短い言葉の中に込めた心も届く。カズマは首を横に振る。
    「俺が知るのは学園で見聞きしたことだけだ。お前達の方がずっと、世界を知っている」
     らしくないと視線を逸らした先では、哲暁が待っていた。
    「刃鋼、素潜り勝負だ! 負けた方がジュースおごりだからな!」
    「……長い時間潜ればいいのか。判った」
     水しぶきを上げて潜っていく哲暁を追い、カズマも水中に消える。
    「出来ないことがあってもいいんじゃねえのって、俺だったら思っちまうけど」
     見送る煌介に秋帆が笑いかける。それでも足掻くのがアンタらしい、と。
    「しょうがねぇな、ほら、泳げたら砂浜にナンパしにいこうぜー!」
     秋帆が伸ばす手が導くように輝いて見えて、重い心が溶けるようで。煌介は僅かに目を細めて手を伸ばした。波が不器用なばた足を助けてくれる。知りたいのは蒼い世界、皆と共有する時間。
     少し離れたところで、上がってきた哲暁とカズマに、いつの間にかアイリスが加わっていた。水中散歩中に行き会ったようだ。
    「すごい綺麗だね!」
     海は青く輝き全てを受け入れ、太陽が水面と笑顔を照らしていた。

     美玖は砂浜で、通りすがる男子生徒達の観察に余念がない。どこか熱に潤んだ瞳で唇に笑みを湛えているのは、色々な意味で内緒にしておいた方がよさそうだ。通りすがった銀河が声をかけるが、意識は何処かに飛んでいるようで。
     銀河は一人腰まで水に浸かり、行きて帰る波の浮遊感を楽しむ。記憶はあの青い海と重なる。修学旅行の沖縄の海、友人達と遊んだあの日。
    「海のシーズンももう終わり、か」

     砂浜で、遥は小さな肩を落としていた。その隣にはカズマがいる。
    「デモノイドロードに会いました。平気で他人を傷つける、酷い匂いのする人でした」
     ちいさな胸の内に秘めた、どうしようもない不安。
     もし寄生体に侵食されたら、自分もあんなふうになってしまうのか。人を傷つけ、殺し、業を重ねる存在になってしまうのか。ぽつりぽつりと言葉を零す。
     カズマは少し考えて、ぽんと遥の頭に手を置いた。
    「恐怖や不安は、人間であれば誰にでもある感情だと思う」
    「刃鋼先輩もですか?」
     頷くカズマ。
     何よりも『人間』であり続けたいと願うなら、その不安は手放してはいけない。言葉を選びながら言うカズマに、遥はやっと笑みを浮かべる。
     その首筋に、後ろから冷たい物が当てられた。
    「きゃあ!?」
     海の家で買ったと思しき冷たいジュースの缶を、遥は受け取ってから問う。
    「……だれ、ですか」
    「貴女には先輩で、貴方には後輩です」
     言い残し、牙羅はそのまま去って行く。
    「何だったんでしょうか……」
     カズマも首を傾げるしかなかった。

     砂浜を駆けていく南守と梗花、競うように海へ突撃していく。
    「ほら、梗花もこいよ!」
     一度頭まで潜った南守が思いきり水を浴びせれば、修学旅行の海を思い出す梗花の不意を突く。さんざん二人水を掛け合って遊び、ふと視線をずらせば水の青。
     どちらからともなく青に沈む。底の白砂に描き出される水面の陰影、ゆらゆらと一瞬も留まらず形を変え。
     言葉も無く、ただ魅入る。
     夏の日とこのひととき、目に心に焼き付けて忘れないように。

     【箱庭ラボ】が広げたシートの上には、夏の風物詩、スイカが鎮座している。
    「珠姫ちゃん、左!」
    「右です、もう少し前に出て!」
     棒を持って目隠し、珠姫は声に従いふらふらよろよろ。あっちだこっちだと、声はまるで反対方向を示したり、どれを信じていいものか。
    「……スイカの気配が……この辺! わっしょーい!」
     すかっと空を切った棒、次は翡翠にバトンタッチ。
    「目隠しして五回くるくる回ってねー!」
     律花はカメラを構えて誘導しながら、スイカが割れる決定的瞬間を狙う。
    「左! 左に3歩くらい!」
    「今度は右ね、翡翠ちゃん」
    「指示が全然違います!」
     勢いよく振り下ろされた翡翠の棒先は、スイカをかすめて砂にめり込んだ。
    「……手加減、苦手なんです……」
    「私も。次は律花お姉さんの番!」
     カメラを構えるだけでは勿体ない夏の海。みんなで楽しまないと損!
     律花はカメラを珠姫に渡し、翡翠に目隠しされて棒を構える。手加減は三人とも苦手、刀を振るように挑んでは、スイカなど木っ端微塵だろう。
    「いっくよー!」
     右、左、と声に従い振り抜けば、固いものに当たった手応え。
     今日一番の歓声が上がった。

     ざっぱーん! と大きな水の音。【黄昏の屋上】の面々の水遊び。
    「普段ジャーマンされてる仕返しだ!」
     叫ぶ央は、逃げる部員たちを問答無用で放り投げていった。
    「あたし泳ぎ方知ら、にゃぁぁぁぁ!?」
     放物線を描きシュネーが水に投げ込まれる。泳げるかどうか分からないのに!
    「きゃーっほう!」
     エリは自分から投げられに行く。ひときわ大きい水しぶきが上がった。
     アルクレインは投げられるのを待っていたら、何故かひょいっと抱き上げられた。
    「え? ちょ、待って、義兄様あぁ!」
    「いくぞアルク!」
     アルクレインだけは投げる理由が無いので、抱き上げてダイブする。悲鳴と歓声が水中で混ざり合った。
     その後、仕返しとして砂浜に縦に埋められた央の姿があったという。
     満潮までは、あとわずか。

    「お嬢様……ネメシスお嬢様?」
    「なんじゃ」
    「これでよろしかったんですか?」
     ネメシスと姫が乗るのは、海の家から借りてきたゴムボート。サマードレス姿で優雅に焼きそばをすするネメシスは、うむ、と大仰に頷いてみせる。
    「この海水浴場には貸し船がなかったのジャ。仕方なかろう」
    「はぁ。海の上は日差しがきついですから、熱中症にはお気を付け下さいね?」
     ジュースの缶を開けてやれば、ネメシスはひと息に飲み干して息をついた。
    「ああ……あまりお飲みになりすぎますと、あとで大変なことに」
    「姫」
    「はい?」
    「海の土産に、綺麗な貝を探してくるのジャ」
     割り箸の容赦ない突きが姫を襲う。バランスを崩した姫は、海へ。
     あの、泳げるか記憶に無いんですけど……と沈みつつ、姫はやはり泳げなかったと水中から銀色に光る水面を仰いだ。

     夏休みも終盤、海の季節も終わりを迎える。
     同じ顔でまた来年、またきっと遊びに行こう。
     海はずっと待っているから。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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