臨海学校~Seaside

    作者:笠原獏

     博多湾周辺に存在する、海水浴場のひとつで。
     様々な人達が海を楽しんでいるその中、青い波が打ち寄せるぎりぎりの所に小さな男の子がしゃがみこんでいた。貝殻を探す男の子は真剣に辺りの砂上を見回して、やがて見付けたひとつを大切に手の中へ包み込む。
    「おかあさん! かいがらみつけ──」
    「選ばれた、俺は選ばれたんだ!!」
     そして、輝かせた顔を上げた瞬間にその声を聞いた。びくりと肩を強張らせた男の子の少し先で突然、本当に突然に各所で数人の男が声を上げ始めた。
    「張り切って殺したい! 殺す殺す殺す!」
    「今日で人間を卒業するんだ!!」
     男達の手には光るナイフ。それがひゅんと空を切る。状況を理解した場所から悲鳴が広がってゆく。ぽかんと見つめていた男の子の身体が急に宙へ浮いたのは母親が何より先に抱き上げたからだった。
     貝殻が砂上に落ちる。打ち寄せた波がそれを浚う。男の子が「あ!」と声を上げる。母親は構わず逃げ出そうと身体の向きを変える。
     その背後に、男の一人が駆けてゆく。
     意味不明な言葉を叫びながら、手元のナイフが振り上げられる。

     まだ、陽は高い。
     
    ●臨海学校のお知らせ
     ある教室にて、二階堂・桜(高校生エクスブレイン・dn0078)が朗らかな笑顔を浮かべて灼滅者達を見回していた。
    「夏休みといえば臨海学校だよね! なのだけれど、その候補のひとつだった九州で大きな事件が起こる事が分かったのさ!」
     勢いに乗せた期待からの突き落としまでは一瞬。そんな予感はしていたよとでも言いたそうな視線を複数受けた桜は、笑顔の端に『僕のせいじゃないのだから許してよ』という文字を貼り付け話を続けようとする。
    「大きいといってもそれぞれの事件を起こすのはダークネスや眷属でも強化一般人でもない普通の一般人だからさ。灼滅者たるキミ達であればひとつひとつの事件の解決は難しく無いよ。まぁ事件の裏には組織的なダークネスの陰謀があると思われるんだけどね。彼らの目的はさておき、無差別大量殺人が起こるのを見過ごす訳にはいかないよねぇ。ね、鋭刃君」
     そして端の方に座っていた甲斐・鋭刃(中学生殺人鬼・dn0016)へ目を向ければ、真面目に聞いていた少年は表情を変えぬまま一度頷いた。
    「それで、その事件というのが、数人の一般人が博多のそこかしこで突然刃物なんかを持ち出して無差別殺人を行おうとするっていう物騒なものなんだ。彼らは皆カードみたいな物を持っていてね、どうやらそのカードに操られて事件を起こすらしい。それを阻止してカードを取り上げればそれまでの記憶を失って気絶してくれるから、後は休める所に運んであげればオッケーさーって感じ」
    「二階堂、事件の現場はどこなんだ」
    「んーとね、鋭刃君達に向かってもらうのは海水浴場のひとつだよ。この時期だからってのもあるんだけど、周辺で縁日付きの花火なんかも開催されるみたいで一般客が多いから、注意して事にあたっておくれ」
     時間帯は15時過ぎ、刃物を持った男達は合わせて4人。それらは手近な所から誰彼構わず手に掛けようとする。
    「でもね、さっきも言ったけれど無差別殺人を行おうとしている相手もまた一般人、上手くやれば戦う必要も無いくらいの相手という事でもあるんだよ。勿論キミ達ならっていう前提ね。ちなみに事前から待ち伏せていてもだいじょーぶ。男達はある程度ばらけているからキミ達も上手に分かれておくといいと思うよ」
     ひとつ面倒な点を述べるなら、事前にESP等で一般人を払ってしまうと同じ一般人であるその男達もカードを所持したまま去ってしまうであろう事。
    「事が起きてから、なるべくスマートに解決出来れば理想だね」
     任せたよー、と笑みを深めた桜は他に伝える事はあっただろうかと考える。そして「あ、そうそう」と再度灼滅者達を見た。
    「敵組織の狙いとかカードの分析なんかは皆が戻ってからする事になると思うよ。現場ですぐに調べられるものでも無いだろうし。だから、解決後は思い切り臨海学校を楽しんだらいいと僕は思うよ!」
     現場は海水浴場だ、そのまま──自分達が守った──海を楽しまなければ勿体ない。分かった、と頷いた鋭刃がふと、お前はどうするんだと桜に問うた。
    「あ、僕は海水浴(水着)と縁日(浴衣)で物凄く悩んだけれど縁日を満喫する事にしたからよろしくね!」
     どうやら満喫してくるらしい。


    参加者
    九井・円蔵(デオ!ニム肉・d02629)
    華澄・千冬(夢の浮き橋・d03440)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    九重・綾人(コティ・d07510)
    天野・白蓮(斬魔の継承者・d12848)
    塵屑・芥汰(お口にチャック・d13981)
    永峯・琉羽(ソライロ・d16556)

    ■リプレイ

    ●お仕事中
    「ちっ、学生の楽しみを奪うんじゃねぇぞこの野郎」
     海岸の片隅で周囲を見回す少年が思わず零した一言は、海を楽しむ沢山の人々の耳には届かなかった。
    「コソイ手は嫌いなんだがなぁ……」
     声の主、天野・白蓮(斬魔の継承者・d12848)のいる方向を見た千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)が不自然にならない程度に苦笑する。というのも白蓮が今、一般人の目に映らぬよう闇を纏っていたからだった。七緒はそのまま声を抑えて告げる。
    「とりあえず怪しい人物を探そう。鋭刃、そっちは?」
     呼ばれ、白蓮とは違う方向を向いていた甲斐・鋭刃(中学生殺人鬼・dn0016)が振り返った。気難しそうな顔のまま完全に絞れた訳じゃないがと零す。
     一人でいる者、ナイフを隠せる服装の者、荷物を離さない者、何よりこの場に似合わぬ雰囲気纏った者──そこまで注視をすれば的も自ずと絞られる。後はそれらに白蓮が近付き探る。
     その動きは他所でも見受けられた。四班に分かれた灼滅者達は白蓮達と同じようにして、海を楽しむ一般人を装いながら怪しい人物を絞り込んでいた。
    「芥汰、どうだった?」
    「ハズレ。次行こうかね」
     塵屑・芥汰(お口にチャック・d13981)の言葉に埜口・シン(夕燼・d07230)は素早く身を翻す。姿を消せる黒猫男子が傍らにいるこの状況はまるで魔女っ娘気分、けれど口に出す事は止めておいた。
    「さくっとカード取り上げないとな」
    「めいっぱい遊ぶ為にもね!」
     一方こちらは九重・綾人(コティ・d07510)と華澄・千冬(夢の浮き橋・d03440)。一般人に認識されてさえいれば仲の良い兄妹にも見える二人、実際に千冬の前でキリリと兄貴分ぶりつつも時折海に目を向ける綾人を、千冬は横目で盗み見て笑った。
    「血なまぐさいのは勘弁して欲しいですねぇ」
    「ほんと、いったい誰が何たくらんでるんだろうね」
    「ヒヒ、男性をボティチェックしても面白くないのが余計辛いですねぇ!」
     そんな事を小声で話しながら九井・円蔵(デオ!ニム肉・d02629)と永峯・琉羽(ソライロ・d16556)も目標を定めるべく行動を続けていた。幾度かの『ボディチェック』が不発に終わった頃に海辺で貝殻を探す男の子の姿を認め、琉羽はサングラスを僅かにずらす。
    「……円蔵サン円蔵サン」
    「はいはい何でしょう?」
     男の子に目を向けたまま円蔵を呼んだ琉羽は更に声をひそめ、そして視線を動かし、言った。
    「あの子の少し先にいるあの人、どう?」
     琉羽の示す先には大きなポケット付きの上着を羽織った、お世辞にも海を楽しんでいるようには見えない、けれど野心的な笑みを浮かべた若い男。琉羽の背後で闇を纏った円蔵がヒヒ、と笑う声がした。

     事が起こるより先に、かつスマートに解決出来るならばそれが何よりだ。気を失って足下に倒れた男をひょいと避けた七緒は、偶然そこへ居合わせた人を装い声を掛けるフリをした。闇纏いを止めた白蓮の手には一枚の黒いカード、そこに書かれた『HKT六六六』の文字を見た白蓮は不快感を示しながら嘆息する。その直後、七緒の持っていた携帯がメールの着信を告げた。
     他の仲間も順調に、事を終わらせ始めたらしい。
    「どうしたの? 円蔵サン」
    「いや、ちょっと心に痛いメールが届きまして」
     どこか遠い目をする円蔵の持つ携帯を覗き込めば送信者はシンで、仕事完了の報告の最後に『頑張れ受験生』と絵文字付きで添えられていた。琉羽が「何かしたの?」と問えば円蔵は言葉を濁しながら、
    「ヒヒ、ちょっと体型をからかってしまったんですよねぇ」
    「健康美! って感じなのに、ひどいねー」
     回収したカードとナイフをジッパー付きの袋に入れながら、琉羽は無邪気にそう言った。
    「埜口先輩。最後の一文、ナニ?」
    「仕返しでは決してないよ、ほんとだよ」
    「……早く運ぼうかね、この『熱中症らしき人』」
     目を逸らしつつ携帯を仕舞うシンにそれ以上問う事を止めた芥汰は倒れた男を抱え、あえてずるずると海の家を目指す。
    「あ! あっくんだ!」
    「ほんとだ。そっちもお疲れ様」
     そして辿り着いた先で先に着いていた千冬と綾人の出迎えを受けた。仕事さえ終われば後は自由時間、クラブの仲間が待ってるんだとひらり手を振るシンを見送った三人は誰ともなく海へと視線を移す。
    「お待ちかねの時間ね!」
    「ですネ。んじゃまぁのんびりと浅瀬で貝殻拾いでも……」
    「わー海ー!!」
     ぴょんと跳ねた千冬と、緩く言いかけた芥汰はその瞬間、声を響かせ瞳を輝かせ両手を広げ、波打ち際まで一直線に駆けていった綾人の姿を見た。
    「……あーや?」
    「……なんか、すっげ、はしゃいでる人が見えた気がした。あ、波に追われて戻ってきた。あ、また行った」
     まるで一番の子どものようにはしゃぐ綾人がやがて二人の少し生温かな視線に気付く。どした? と首を傾げた途端に千冬が思わず笑みを零して、兄貴分めがけ駆け出した。
    「なんでもなーい、私もいくわよ! 海ー!」
    「海ー!!」
     やはり兄妹のようにはしゃぐ二人。その背中を見送る芥汰が写真撮っとかないと、とマスクの下でぽつり呟いた。

    ●お仕事後
    「あれー、もう終わっちゃったんですか?」
     ぶらりと現れたジンザの前にはシンと円蔵、二人を労う千穂と砂浜を全力で駆け回る梅太郎。魔法瓶に人数分詰めた特製アイスコーヒーをジンザが取り出せば、タイミングの良い差し入れにシンが笑った。
    「私の勇姿はどうだったかな」
    「……今来たばかりですよ」
     危ないようなら援護しようと伺っていた事は恐らくバレている。日焼け止めクリームを塗っていた円蔵が顔を上げ、聞き慣れた笑い声を零した。
     水着に加え、いつものパーカー。仕事中から目に付けていた後ろ姿へ七緒はじりじり忍び寄る。
    「えーいじっ! お疲れー!」
     そしてばさぁ、とフードを被せれば鋭刃がそのまま振り向く。前回に続く勝利に得意げな顔で海の家へと誘えばそこで貴子が待っていた。
    「凄く暑かったでしょ? そんな時こそかき氷だよ……! 僕はやっぱりイチゴかな! クールな人にはブルーハワイが似合うと思うけど!」
    「え? たかにゃん……和央はイチゴ? だよねかき氷っていったら僕はメロンだけどイチゴだよねー美味しいよねー赤いし! 鋭刃もそうすればいいんじゃないかなー赤いし!」
     この不自然な誘導とプッシュ合戦の裏には『鋭刃が何味を選ぶのかこっそり賭けている(負けた方が奢り)』という事情があった。それを知らぬ鋭刃がやや不可解そうにしながらもシロップに手を伸ばし──
    「……どうしたんだ、二人共」
    「鋭刃の勝ちみたいだね……焼きとうもろこしも追加で受け取れい」
    「まさかのみぞれ、か……」
    「……?」
     その様子を、カメラのファインダー越しに覗く姿があった。海や浜、周囲の様子を撮影していた夏槻は海の家で過ごすクラスメイト達の姿も同じくカメラに収める。
     また記憶が無くなっても、何かの証が残るように──カメラを下ろした夏槻は歩き出す。クラスメイトに声を掛け、時間を共有する為に。
    「あれ、甲斐?」
     真白なかき氷が半分位になった頃、掛けられた声に顔を上げた鋭刃が瞬いた。あ、と零した目の前の人物が濡れて後ろに流していた前髪を下ろす。
    「俺だ俺。その氷うまそうだな」
     そうしてみれば見慣れた姿、レンタルのサーフボードを抱えた錠が自主練してたんだ、と笑った。
    「夕方から合流する先輩達にダセェとこ見せらんねーからな。甲斐はもう海に入ったのか?」
     これからだという返答に、誘えばサーフィンもするだろうか──そう脳裏で考えるも少し想像が出来なくて、錠はひとまずかき氷の味を吟味する。
     まさか地元で事件が起こるとは。そんな事を考えながら奏恵が慣れ親しんだ焼きそばを口に運んでいると、隣で焼き飯を食べていた桜子が何かに気付き肩を叩いてきた。そして示された方向に鋭刃の姿を認めた途端、二人はまるで兄に懐く妹達のように駆け寄る。
    「甲斐くんも休憩?」
    「海辺で食べるかき氷もまたひと味違って美味しいよね!」
     桜子はかき氷でもやっぱりミカン味が好きで、奏恵のお気に入りはイチゴ。けれどせっかく福岡に来たのだからブルーハワイとお菓子を使った福岡タワー風氷も面白い。
    「そ言えば、鋭刃くんは甘いのも結構いけるのかな?」
     桜子と共に二対のタワー建築を進めながら奏恵が問えば「嫌いじゃない」と返された。恐らくまだ、明確な好き嫌いは多くない──少しずつ知っていっている最中なのだろう。
    「ふふ、美味しいものは正義だからね!」
     返答に思わず笑った桜子が言うと、最後の一口を食べ終えた鋭刃は少しだけ考えて、
    「江東と咲宮を見ていると、分かる気がする」
     穏やかな声で、そう言った。
     ふんわりと盛られた真白の氷を彩る鮮やかなイチゴシロップ。それを崩して口に運んだ瑠璃羽の足が無意識でぷらりと揺れる。
     どうやらご機嫌みたい──浜辺の賑やかな様子から一瞬だけちらりと隣を見た雪之丞の口元が僅かに緩んだ。
    「後で海入るなら体冷やし過ぎないのよ?」
     その声に雪之丞の方を向いた瑠璃羽はにっこりと笑った。そして、声を弾ませる。
    「ね、これ食べ終わったらビーチバレーしよ!」
     折角の海だから、ここでしか出来ない事を。不参加は認めない方向である事を告げる代わり、瑠璃羽の笑みが更に深まった。

     日差しが殺しにかかっていている気もするけれど、それでも沢山遊びたい。
     夏色に染まる海へ足を浸した夜月の装備は水着にパーカー、いつもの眼鏡、そして水鉄砲の二刀流。
    「手加減無しで参り、ます!」
     そんな夜月と向かい合っていた華凜がウサ耳パーカーの両ポケットから水鉄砲を引き抜いた。三つ編み揺らして肉薄しようとした直後、顔面狙いのショットがクリティカル。いきなり酷いと顔を拭いながら夜月を見れば、大人げという単語を海へ放り投げた夜月が容赦の無い第二射準備中だった。
    「……でも、知ってます、か? やられたら、三倍返し、なんです、よ!」
    「ふはは、俺は眼鏡があるから顔面への防御は強いん──弾かれた!?」
     途端にぼやける夜月の視界、そして喰らう追撃。やがて勝利のポーズを決めた華凜が銃を仕舞って振り向くと、哀れ水に浮かぶ夜月の姿があった。
    「……あああ! 先輩大丈夫です、か……っ!?」
    「時諏佐サン、恐ろしい子……!」
     海、そして浜辺と言えばスイカ割りも外せない。
    「おりゃああ! あっ……やべぇ、力を入れすぎた」
     縦真っ直ぐに割れた、というより斬れたスイカを見て白蓮が零した。見かけた生徒に声を掛けてのスイカ割り大会(サイキック、ESPは勿論禁止)は盛り上がりを見せていて、食べた後に早泳ぎ勝負をしようと持ちかければ幾つも手が挙がる。
     紋次郎は普段着のままで貝殻探しを楽しんでいた。足だけは海に浸して誰の邪魔にもならぬようゆるり、ふらり。その足が不意に止まったのは波打ち際から真剣な顔で沖を見つめる鋭刃を見つけたからだった。
    「よぉ、楽しんでるか」
     声を掛け、何をしているのかを問えば一度紋次郎を見た鋭刃が沖へと視線を戻す。
    「どこまでなら泳いで問題が無いのかを、考えていた」
    「……ここでも鍛錬か」
     ふは、と零した紋次郎はその場にしゃがみ、砂を撫ぜた。指先に当たった貝殻を摘んだ所に波が来て、砂を綺麗に洗い流す。それを見た鋭刃が綺麗だな、と呟いた。
     潮の香り、足裏の砂の感触、打ち寄せる波。感じる全てに郁は心躍らせる。そうして楽しそうな物事を求め歩いているといまだ海を見る鋭刃を見つけた。手を振れば振り返す代わりに郁の傍へ来る。
    「お仕事おつかれさまー。そーいや今更だけど紫陽花の色が変わる理由わかった?」
     それは六月に交わした会話、その後調べてみたのか頷いた鋭刃に郁は笑みを零す。
    「じゃーさ、福岡の海の家にとんこつラーメンがあるかどうかは?」
    「……あると、いいな」
     資質と環境による変化、それが自分達に似ているような気がしたから。
    「……ね、泳ぎませんか? 競争、です」
     あそこに見える岩場まで、と示したまりがパレオを外して全力で海に走り込んだものだから、鋭刃はなかば無意識で後を追い、そして結局追い越した。先に上がった岩場からまりを探せば必死で泳ぐ危なっかしい姿が見えて、戻ろうかと考えるも邪魔をしてはいけないような気がして足を止める。
    「釣鐘、無茶をするな」
     そうしてようやく辿り着いたまりに手を伸ばすと、それを掴んだまりが浮かべたのは満面の笑み。
    「楽しかった……!」
     海が、そして一緒に泳げた事が。

     海辺の道を、たまきと唯水流が浴衣姿で歩いていた。その道には二人と同じく縁日を目指しているのであろう人も歩いていて、けれど唯水流の視線はたまきにだけ向いている。見惚れているとバレたら恥ずかしいけれど──唯水流の内心を知らぬたまきがふと振り返ってはにかんだ。
    「浴衣、あんまり着たことないけど……おかしくない、かな?」
     そして、くるりと回る姿に唯水流の胸が締め付けられた。小さく息を呑み、言葉を探し、口を開く。
    「ほんとによく、似合ってるよ……」
    「えへへ……ありがとぅ。唯水流くんも浴衣、かっこいいよ」
     唯水流の記憶に焼き付けられるクラスメイトの笑顔、思い出。それはきっと、これから更に増えてゆく。
     想い出を探す事はまるで青春の一頁のようだ。足元をすり抜ける小さな蟹を見送った芥汰は先刻拾った丸い硝子を手の中で転がした。
    「蟹さんかわいー……あ! みてみて、これも可愛いー」
    「ほんとだ! これはー?」
     芥汰の視線の先では千冬と琉羽が貝殻を見せ合ってはしゃいでいた。そこへ綾人も加わる様子はとても和ましい。
     自分だけの一欠片、淡く透明な青、美人サンという表現が似合う白、陽に透ける虹。各々が見つけた貝殻はその人らしさを持っているような気がすると思った芥汰の目に薄青い波模様の巻き貝が留まる。
     一目惚れ、そんな言葉が相応しい。それを拾い上げた芥汰は、まるで誘われるように貝殻を耳へと当てた。
    「うふふ待ってこいつぅ」
     意訳するならば「こらー待ってー!」の声と共に千穂が梅太郎を追いかけている。釣られて駆け出したシンが結局追い越してしまったのは流石元陸上部、そんな様子を白蛇達と波に揺られる円蔵が写真に収めていた。
     けれど不意に画面越しのシンが顔を上げる。目を細めたその視線を追えば水平線に落ちるオレンジ色、やがてシンは口元に両手を添えて、
    「青春は最高だ!」
     叫んだ。
    「あ、いいな。よーし私も!」
     浅瀬に短足をはめていた梅太郎を救出した千穂が、そのまま梅太郎を高々掲げる。
    「青春って最強で最高ー!」
     それを後ろで聞いていたジンザもまた続こうと思い言葉を探した。そうして息を吸い込んで、叫んだのは。
    「九州は、割と、平和ーっ!!」
     今日を表現するに、多分とても似合った言葉だった。

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 9
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