●北海道帯広市にて
「この私の完璧な作戦に難癖をつけて許可しないとは、なんということだ!」
グリュック王国の一角で、軍服姿の男はイライラと歩き回っていた。
「こちらから東京行きのフェリーをジャックすれば、ゲルマンシャーク様の新たな足が手に入るのみならず、今後の戦略の幅も広がるというのに……!」
周囲に誰もいないのをいいことに、彼は存分に不満を吐き出す。
「上手くいけば、あの目障りな『邪魔者』たちだって葬り去ることができたかもしれないのだ。にも関わらず、船を手に入れたところでどうしようもない、だと……?」
語気を荒げ、彼は『却下』の報告を伝えに来た配下たちの言葉を思い返す。
曰く、グリュック王国として船を持っていても海から離れている以上、使い道がない。
曰く、北海道・東京間のフェリー移動時間は意外と短いため、お前のシャドウとしての悪夢の力は存分に発揮されないだろう。
曰く――とりあえず、諦めろ。
「……チッ」
男は舌打ちする。
それもこれも、全てはグリュック王国が内陸にあることがいけない。
……いや、わざわざ海が王国から離れて存在していることが悪いのかもしれない。
ともかく、聞いた話では一番近い海でも車で1時間半、港となれば3時間はかかるという。
これでは船を手に入れても、それを利用するためにはゲルマンシャーク様御一行は王国から港まで遥々仲良くバス旅行……いや、そんなのは御免だ。
それこそ却下。
検討の余地もない。
「……まぁいい。ならば手段を変えようか」
男は大きく一つ、息を吐くと心を落ち着ける。
不平も不満も吐き出した。ならば次にやるべきことは一つ、行動だ。
「武蔵坂の灼滅者よ、私の手のひらの上で踊るがいい……!」
月明かりに照らされ、男は帯広空港の前に立っていた。
黒い軍服に身を包み、濃い影を纏う彼の姿は、今にも夜の闇に溶けてしまいそうである。
海が無理ならば空――そういう事らしい。
しかし、目的は飛行機ではない。まずは空港の占拠だ。ここならばグリュック王国からも非常に近く、今後の戦略に利用するにしても悪くない立地だろう。それに、占拠という点では、シージャックと繋がる部分がないわけでもない。
「……行け」
男が短く命じると、背後の配下達はザッと足並みを揃え、敬礼で応える。
向かう先は空港。
三人の配下達が一般人を眠らせ、警備が薄くなったところで空港をゲルマンシャーク様のものとする。さほど難しいことではない。
男は、ちょうど離陸した飛行機を見上げ、小さく呟く。
「『善悪において一個の創造者になろうとするものは、まず破壊者でなければならない。そして、一切の価値を粉砕せねばならない』――」
それはドイツ人哲学者・ニーチェの言葉。
「――さて、この場合、破壊者とは誰なのか。我々か、或は貴殿ら学園か」
男の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
●武蔵坂学園にて
「遅くなった……だが、ようやく見つけたぞ」
帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)は抱えた地図やら資料やらをバサリと机に乗せると、教室に集まった灼滅者達を見回す。
どうやら情報をまとめるのに時間がかかったらしく、その顔には些かの疲労が見えていたが、それでも彼女は強気に笑顔を作ってみせた。
「場所は北海道帯広市、グリュック王国跡地付近の空港――」
そう、それは。
「レディ・マリリンとの戦いで闇堕ちした、一・威司の居場所だ」
「……そう、か」
ゆっくりと頷いたのは、アレクシス・カンパネラ(高校生ダンピール・dn0010)だった。
「闇堕ちということは……」
「ああ。彼はシャドウと化している。まだ人の姿は保っているようだが、以前のままというわけにはいくまいよ」
アレクシスの言葉を引き受け、夜鶴は小さく首を振る。
現在、威司は王国の一員として、ゲルマンシャークの為に動いているという。
黒いドイツ風の軍服、彼の周囲を漂う深い影。
なにより、学園では見せることの無かった不敵な笑みが、彼の意識を蝕む闇の存在をはっきりと物語っていた。
「彼らが空港に現れるのは午後8時半。帯広からの最終便が離陸した後だ。予知によれば、きみたちは彼らが空港に入る直前に接触することができる」
空港の手前、おそらく、駐車場になるだろう。
「その時点で空港内に残っている人は、昼間と比べれば格段に少ない。が、ゼロではない」
そして、そこが威司の狙いでもある。
一般人が多ければ占拠の手間が増える。
しかし、一般人がいることで、彼らを守ろうとする側の手間を増やすことが出来る。
灼滅者としての時間を過ごした威司だからこそ、学園側が選ぶであろう基本スタンスを逆手に取ったのだ。
人質を取らずともいい。一般人を気にせず戦うことが、即ち灼滅者への妨害行為へと繋がる。
「もちろん、一般人を犠牲にし、戦闘に集中するという手段はあるが……ダークネスとして人を手にかけてしまえば、こちら側に戻ってこられる保証は、無い」
僅かな間を空け、夜鶴ははっきりと言う。
「だから最善の策としては、空港の外で彼らを止めること、だな。威司個人としての目的は、灼滅者を斥けることで自らの闇堕ちを完成させ、力を確立させることにあるらしい。この辺りを利用すれば、彼を引き付けることも可能かもしれん」
とはいえ、何といってもソウルボード外でのシャドウとの戦闘である。
生半可な覚悟で挑めば返り討ちに合うことは肝に銘じておかねばならない。
「正直、どんな説得がどこまで届くのかは、私の予知では見きれなかった。だからこればっかりは、きみたちがきみたちなりの言葉で届けてくれとしか言えん。恐らく、これが最後のチャンスだ。後悔だけは残さないでくれ」
もしもここで彼を助けられなければ、完全なダークネスとなってしまうから。
「万一の時は、灼滅の手段から目を逸らすな。中途半端な迷いからは何も生まれない」
夜鶴は言う。
そして。
「……私もひとつ、引用してみようか。『きみの魂の中にある英雄を放棄してはならぬ』――偉大なるニーチェ先生の言葉だよ」
どこか強がりにも見える、悪戯っぽい微笑を浮かべた。
参加者 | |
---|---|
黒瀬・夏樹(錆色逃避の影紡ぎ・d00334) |
守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289) |
中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248) |
盾神・織緒(不可能破砕のダークヒーロー・d09222) |
有馬・由乃(歌詠・d09414) |
花厳・李(七彩風花・d09976) |
朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889) |
不渡平・あると(父への恨み節・d16338) |
空港駐車場に一人の男が立っていた。
黒い軍服に深い影――シャドウと化した一・威司である。
冷たい夜風に吹かれ、不意に響いた足音で彼は振り返る。
そこにあるのは、見知ったはずのいくつもの姿。
「ようやく会えたな。平和は乱すが正義は守るものっ、中島九十三式・銀都参上っ!」
待たせたな、迎えに来たぜ!
中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)が威勢よく名乗りを上げれば、守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)もそれに続く。
威司先輩、一か月ぶりだね、と。
「シャドウさんは初めまして。陰謀を巡らせていたみたいだけど、悉く否定なんて……」
ダサいよ。
嘲笑。そして、瞳に灯る真剣な色。
「アナちゃんも闇から戻ってきた。威司先輩も必ず闇から救ってみせる!」
「ほう。貴殿らにはそれが出来ると?」
きっぱりと言い切る結衣奈に、威司――シャドウが問い返す。
「やるさ」
即答したのは、盾神・織緒(不可能破砕のダークヒーロー・d09222)だった。
威司のライバルを名乗る者として、己の全てを賭ける覚悟はできている。
出来るとか出来ないとか、そんな問いに意味はない。
「当然ですね」
有馬・由乃(歌詠・d09414)も織緒の言葉に頷くと、ビハインドのレムを従えた花厳・李(七彩風花・d09976)と並び立ち、空港へ続く道を阻む。
威司が誰も傷付けぬように。
もう、どこへも消えてしまわぬように。
引きずってでも連れ帰ると、心に決めたから。
「貴方なんて、大したことないんです」
李が言う。
この程度の存在に、自分達は勿論、威司だって負けたりしない。
「威司君を返してもらいますよ……!」
決意と共に放つ殺気、それを合図に駐車場内にはいくつもの殺界が生まれる。敵ではない、味方だ。場内のあちらこちらに潜むサポート達が敷地を網羅するように殺気を放ち、王者の風を巻き起こしては人々を避難させていく。
無論、それに気づかぬシャドウではない。だが彼はそれを知って尚、予定調和を楽しむように笑みを浮かべた。
「『自ら敵の間へ躍り込むのは臆病の証拠であるかもしれない』……と言うが、貴殿らもその類か?」
問われ、不渡平・あると(父への恨み節・d16338)が首を振る。
「臆病はアンタの方だろ。小さな段階をすっ飛ばして状況を一気にひっくり返そうなんて、焦りの典型だぞ?」
それはまるで、シャドウのプライドを刺激するように。
空港ではなく、こちらに注意を引き付けるように。
「威司先輩なら、こんな意味のない作戦はしないはずです」
黒瀬・夏樹(錆色逃避の影紡ぎ・d00334)も、精一杯の覚悟で挑むように言い放つ。
夏樹が憧れた背中はこんなものじゃない。
闇堕ちした人を救ったり、積極的に依頼に参加したり、深い影を背負わぬ彼の姿は、もっとずっと、格好良かった。
「第一、未だ勢力拡大中のグリュック王国が空港を得たところで、維持のために無駄な人員が割かれるだけではないですか」
辺り一帯の音を遮断し、朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)が理屈で煽れば、シャドウがぴくりと反応する。
その口元に浮かぶのは不敵な微笑。
「ならば、人員を増やそうか」
と。
「――散れ」
主の命で、暗闇から現れた配下達は動き出す。
空港内では、アレクシスを含む多くのサポート達が奮闘していた。
戦場となりうる一階では、パニックテレパスや王者の風で迅速に混乱の波紋を広げたところで、割り込みヴォイスによる誘導が響く。
「入り口付近で不審物が発見されました!」
「上に逃げて!」
「二階へ!」
動けぬ者は怪力無双で抱きかかえ、手が足りなければ影業を第三の手として運び上げる。
勿論、二階、三階でも灼滅者達の尽力は変わらない。エイティーンを使って誘導に当たる者がいれば、プラチナチケットやそれらしい服装で空港関係者を装う者もいる。清掃業者や警備員、ショップ店員に至るまで、あらゆるところに学園生が紛れていた。
防具もESPも、灼滅者としての能力はフル活用だ。
敵襲に備えてさりげなく見回り、行き過ぎた混乱に気づけば沈静化を試みる。
万一に備えた眠気覚ましのハッカ飴が配られ、情報は逐次、携帯を通じて一斉にやり取りされる。
もはや、空港内にいる人間の過半数は学園生だった。その誰もが、威司のため、そして直接彼と対峙する仲間のために、自分にできる戦いをしている。
救出の手を煩わせたりしない。
威司の帰り道を塞がせはしない。
その想いを胸に、彼らはサポートとしてありとあらゆる手を尽くす。
三方に分かれた配下達は集中攻撃を避けるべく、散り散りにポジションを変え、空港を目指していた。シャドウもひとり進みだせば、灼滅者達もそれに合わせて四つに分かれる。否、そうせざるを得なかったというべきか。いくらサポートがいるとはいえ、空港内での戦闘は極力避けたい。
「神薙ぐ力、清き風の祝福を!」
結衣奈は瞬時に力を解放すると、配下の一人に異形の腕を振り下ろす。
こんなところで手間取っている場合じゃない。
こうしている間も、威司は闇と戦い続けているのだ。
「貴方たち程度では、荷が重いんです」
作戦の立案も遂行も、やはり威司さんでないと――由乃の放つ風刃は敵を斬り裂き、地に落ちた身体が闇に溶ける。
「あたしは先輩を助けに来たんだ……アンタらは邪魔なんだよ! バーカ!」
迫りくる配下に立ちはだかり、あるとは七つの光輪で迎え撃つ。
薙ぎ払うように放たれたリングスラッシャー、僅かに動きが鈍れば、その隙にくしなが素早く懐に潜りこんだ。
「共に虚無の館で過ごした者として、ここで立ち止まるわけには参りませぬっ!」
振るい上げた鬼の腕、叩き潰せば、残るは一体。
それを、織緒と李が取り囲む。
クラッシャーとしての火力を最大限に活かし、織緒が繰り出す斬艦刀の一撃。レムの霊撃と同時に響いた李の歌声は、最後の配下に引導を渡す。
配下は一体ずつ確実に――作戦通りであるはずなのに、後に残るのは奇妙な違和感と呆気なさ。はっきり言って、配下の戦闘力はダークネスにしてはあまりに低い。分散させてしまえばそれは更に顕著になる。そのことはシャドウも承知しているはずだ。
ならば、彼の真の狙いとは――?
「銀都!」
「黒瀬様!」
はっとして叫ぶ織緒と李。
このままでは、シャドウの抑えに回った二人が危ない。
鳴り響くガトリングガンの音。
振り向いた先では、銀都が傷口から煌々と炎を零していた。
それ以上の追撃を阻むように夏樹が斬りかかり、銀都は戦神降臨で傷を癒す。しかし、塞ぎきれない傷口からぽたりぽたりと落ちゆく熱は止められない。
「……ったく、綿密な作戦を考えるのは如何にも威司らしいな」
なんて、少しだけ笑うと、銀都はシャドウの中の威司を見据える。
「だが、それはそっちで考えることじゃない。お前はこっち側の世界でこそ、輝けるんだよっ」
「……『昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか』」
冷たく笑って呟いて、再び構えるガトリングガン。
その銃口は真っ直ぐに銀都を捉える。
引き金を引けば大切な何かが終わるかもしれない。
でも、そんなことは。
「させません!」
闇に響く由乃の声。
「君の矜持はそんなものか、威司?」
織緒が威司に問いかける。
不本意な闇堕ちとはいえ、簡単に消えるようなものではないはずだと。
配下の追撃で散らされた灼滅者――それが今、次々と駆け寄り、シャドウを中心に円を描いていた。
「まさか頂いた武器を威司君に向ける事になるとは思いませんでしたが……私の信念にかけて負けませんよ!」
李が突きつけるウロボロスブレイド、Delphinium。
それは花の名を冠した贈り物だった。
シャドウの銃口は揺るがない。不敵な微笑も絶えはしない。
だが、諦めの色を見せる者などここにはいなかった。
構えた武器は、臆することなく闇を狙う。
「……貴殿らは」
ゆっくりと口を開き、彼は灼滅者を見回す。
そして。
笑顔が凍り付いた。
「な、――」
視線の先には空港、そこからは多くの学園生達が駆けだしてくる。
どうやら、こればかりは予想外の早さと人数だったらしい。
現在、避難の済んだ空港内では大半の一般人が二階に集まり、ラブフェロモンを発動させたサポート達に魅了されている。加えて、帯広空港の二階へ繋がる通路は一つのみ。そこさえ見張れば大方の不安は消えてしまう。
これが、小さな力の寄り集まった策の結果だった。
「どんな名言で飾っても、皆が威司先輩を助けたいって気持ちは否定できないですよね?」
おずおずと夏樹が問う。しかし、答えは訊くまでもない。
一瞬の隙が答えであり、反撃の合図だ。
「先輩を想ってこんなにもたくさんの人たちが来てくれている。絶望するには早すぎるよ」
言って、結衣奈はバラリと魔導書を開く。
人の繋がりが心を救い、闇を祓う――それを信じ、彼女は真っ直ぐ威司を見つめる。
闇から戻すという、灼滅者の務めを全うすると誓って。
「一人じゃない、勇気を持って立ち向かって、もう一度道は作るよ!」
シャドウを貫く魔力の光線。
状況の変化を悟ったシャドウが構えを変えれば、由乃は詠い、銀都の傷を塞ぐ。
同時に、いくつものヒールがサポートから飛ばされ、彼の身体は完全に癒える。
「私たちには、威司さんが必要なんです」
いや、それだけじゃない。
由乃は威司が戻らないことが嫌なのだ。
「だから、闇に飲まれないでください!」
飲まれてしまえば何も見えなくなる、何一つ叶わなくなる。
それは由乃自身にも覚えのある感覚。
威司はそんな世界から由乃を救いに来てくれた。いや、由乃だけではない。ここに集う者の中には、彼に助けられた過去を持つ者が少なからず存在する。
あるともその一人だ。
「先輩があたしを救ってくれたことは今でも鮮明に覚えてる……あの時、あたしは言ったよな、『恩は返したい』って」
威司はそれを覚えているだろうか?
あるとは、その為に来たのだ。
今度は自分が威司を助けるために。
「先輩が居なくなったら、恩を返せなくなっちまうだろ!」
緋色の光輪がシャドウを裂けば、容赦ない反撃が返される。
襲い来るは夜より深い影の刃、そこへくしなが踏み込んだ。
振り下ろされる鋭利な闇に身を翻し、躱した勢いで一気に距離を詰める。
「虚無の館の仲間として、私は未だ威司さんの『 』に入れるものが何か聞けておりませぬ」
握りしめた鬼棍棒。
くしなは大きく振り被ると、ありったけの想いを魔力に変え、目前のシャドウに叩き込む。
「あの館で共に行こうと誓ったのです、こんな所で道を違えないで下さいっ!」
「違える? 私が求めるのは完全なる闇……間違いなどありはしない」
重い一撃に踏みとどまり、彼は笑う。
だが、織緒があっさりと一蹴した。
「まさかだろう、威司」
本来の彼ならば絶対に言うはずのない言葉――それは織緒のみならず、ここにいる誰もが知っている。
闇堕ちを選ばぬことこそ、威司の信念だ。
「私は君の考え方や戦術の冴え、お茶目で人に好かれるような所まで含めて尊敬しているんだ」
だから対等でありたいと思い、認めてもらいたいと望む。
ゆえに、ライバルを名乗っている。
「帰って来い。そうでないと学園生活に張りがなくなる。ここにいる皆も同じ気持ちさ」
そうだろうと周りを見回せば、そうだそうだと一斉に声が飛んだ。
散々待たせて心配かけて。
見つかったと思えば、らしいのにらしくない。
でもそれは、『シャドウ』よりも『一・威司』の方が遥かに優れている証明じゃないか。
『一・威司』は、自身の影すらも討つ策を講ずる男なのだ。
だから早く、一緒に帰ろう。
あなたを待つ人は、大勢いるから――。
無数のサイキックが放たれ、織緒は仲間の想いと共に全力でフォースブレイクを撃ちつける。
ただ、全ての願いを叶えるために。
「……っ、感情など、約束できぬ気紛れな物に過ぎないというのに……!」
シャドウが呟くニーチェの言葉。
「でも、良い名言もあるじゃないですか。『苦しみを共にするのではなく、喜びを共にすることが友人を作る』って」
そして夏樹が返すのもまた、ニーチェの言葉だ。
正直、現実世界のシャドウが怖くないと言えば嘘になる。けれどそれより怖いのは、失って取り戻せない事。
憧れた背中を取り戻すのに、理由はいらない。
夏樹が振り下ろす縛霊手。
李はレムと肩を並べ、Delphiniumを握る手に力を込めた。
きっと、大丈夫。
「私、威司君とのお喋りが楽しいです。クラスの皆と色々食べながらお喋りする時間が大好きです」
一緒に帰って、また皆でお喋りしましょう。
霊障波が放たれ、ウロボロスブレイドが撓る。伸びた剣はシャドウを捕え、斬り裂きながら締め上げた。
影の動きが封じられれば、銀都が炎を宿した拳を構える。
今度はやられねぇぞ、と。
「今こそ目覚めの時だっ! 俺の正義が深紅に燃える、みんなの思いを届けろと無駄に叫ぶっ!」
強き意志に呼応して、炎は大きく燃え上がる。
「これで戻らねば男が廃る――食らいやがれ、これでおしまいだっ!!」
叩き付ける熱、それを拒むように深く濃い影が威司を包み込む。
紅と黒はせめぎ合い――やがて。
温かな炎が、闇を呑んだ。
ゆっくりと覚醒する意識の中で、威司はたくさんの声を聞いていた。
闇の中で聞いた声よりも、ずっと多い。
それもそのはず、戦闘が終わり、一般人への対応が必要なくなった今、全員が駐車場に集っていた。
重い瞼を持ち上げれば、見知った顔が覗き込む。
「気づいたな?」
「……ああ」
織緒の問いに、掠れる声で威司は頷く。
何もかもが久しぶりの感覚だった。
「よかったです……」
「これで借りは少し返せたかな?」
ほっと胸を撫で下ろした夏樹に、あるとも柔らかく目を細める。
「おかえりなさい、威司君」
微笑とともに差し伸べられる李の手。
「体の方は大丈夫ですか?」
案ずる由乃に頷くと、威司は二人の助けで立ち上がる。
周囲を囲む大勢の仲間達――現在所属するクラブの関係者のみならず、友好や過去に所属したクラブの部員、部長。クラスメイト。かつて闇から救った友人。いつかの依頼仲間や、グリュック王国で共に戦った者達もいた。
「おかえりだよ、威司先輩! 先輩が居なかった間にも色々とあったんだよ?」
「後で学園祭の事も聞かせてやんなきゃな」
笑顔で迎える結衣奈と銀都。
そして。
「おかえりなさい、威司さんっ!」
抱き着きタックルをかましたくしなに、他の仲間たちも一斉に便乗する。
次々と口元に差し出される大量のクッキー。
バシバシと叩かれる背中の痛み。
降り注ぐたくさんの『おかえりなさい』。
そのどれもが、日常回帰の証だった。
作者:零夢 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年8月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 13/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 5
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