臨海学校~波の随に火の花の咲く

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     水平線の縁から空を駆け上がる青灰色の夜に背を押され、今日も夏の威が眠りにつく頃合いがやってきた。
     弱り始めた陽が海にひとすじの光を描き、にぶい藍と橙が博多湾一帯をまだらに染め上げていく。
     涼しげな潮風のそよぎ始めた夕刻のデイキャンプ場には、夜から行われる花火大会を見物しようと、沢山の人々が訪れていた。
     
     例えば、カレーを作る親子連れ。
     母親の見よう見まねで野菜を切る幼い少女の、危なっかしい手つきが見える。
    「もう、何度言わせるの。お兄ちゃんも寝てばっかりいないで手伝いなさい」
    「んー、だからさぁ、これだけ読んだら行くから!」
     テントの中で寝転び、漫画雑誌を読んでいる少年を一瞥すると、母親はため息をついた。再び調理に集中しだした彼女は、迫る人影に気付かない。
    「……殺りたかった~殺りたかった~殺りたかった~……」
     変な歌を歌っている。どこにでもいそうな若い男だ。だが、右手には――。
     調理用の包丁を握りしめていた。
    「――……ッ!? あああああぁあっ!!」
    「っくく、ははははっ。せぇーのッ! はりきってェェ、ころしたァーーーーいッ!!」
    「いぇぇーーーい!」
     男に刺された母親が、真っ赤に染まった背を丸めて地面に倒れ込む。男が血濡れの包丁を振り上げると、幾つかの声がそれに呼応し、続いて随所から同じように悲鳴が上がる。
     通り魔。或いは、無差別連続殺人。新聞ではそのように名付けられる事件だ。
     幾らかの罪のない人間の命を奪ったのち、犯人達は取り押さえられた。
     号泣しながら、相変わらず意味不明なことを叫んでいたという。
    「俺達が逮捕されても……HKTのことは、忘れないで下さいッッ!」
     
    ●warning
    「……以上の通り、臨海学校の候補地であった九州で、大規模な事件が発生する予測が出た。大変申し訳ないが、臨海学校がてら解決に向かって頂けないか」
     鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)の声はニュースのように流暢だ。
     灼滅者たちも、武蔵坂クオリティに慣れたのか別段驚きもしていない。
    「というか、臨海学校って……そもそも何しに行くのだ?」
     むしろ、鷹神がぽつりと付け加えた一言のほうに驚いたくらいだろう。
     皮肉や冗談の類ではないのか、なぜか肩身が狭そうにしていた。
     
     本題。
     博多周辺の地域で、多数の無差別大量殺人事件が起ころうとしている。
     事件を起こしているのは一般人だが、裏には何らかのダークネス組織の陰謀が見える。
     その証拠に、当事者たちは決まって不思議なカードを所持している。
     どうやら、このカードに意識を操られ、殺人を起こしているようだ。
    「君達に向かって頂く場所は、博多湾沿いにあるデイキャンプ場だ。時間帯は夕方。事件当日に開催される花火大会を見物しつつキャンプをするために、多数の一般人が集まっているようだな」
     事件を起こす4人の大学生は、包丁を持ってばらばらにうろついている。
     男女2名ずつ。元は友人同士だろう。ダークネスや、強化一般人ではない。
    「彼らは、前述の怪しいカードを隠し持っている。それを取り上げれば直前までの記憶を失ない気絶するので、後は、管理棟の救護室にでも運べばいい。カードは分析にかけるから、学園に持ち帰ってくれ」
     騒ぎにならないよう、出来る限りこっそりと早急に対処するのが好ましい。
     だがESPが通用するため、今回の事件の解決は難しくないはずだ。
     
     せっかくなので、解決後は花火を観てくればいい。
     事件発生から花火が始まるまでは、だいぶ時間がある。
     集まっている一般人は、それまでテントを張って羽を休めたり、食事を作ったりして過ごすようだ。キャンプやバーベキュー用品、調理器具は現地でレンタルできるから、持ち物は食材など最低限でかまわない。
     花火大会用に窓付きテントが貸し出されているため、ここでは自分たちだけの空間を作って花火を楽しむこともできるだろう。
     勿論、外に椅子やレジャーシートを設置してもかまわない。面倒なら、食事も縁日やコンビニで購入してくればいい。
     一人で、二人で、みんなで。訪れる人の数だけ、楽しみ方はある。
     
     エクスブレインが話を終える。
     教室を出て行く灼滅者たちを、彼は見送りかけ――急に引き留めた。
    「ま、待てッ! …………いやその…………臨海学校とかって実際、どんな感じだ? 教えてくれ……。行くからには、君達に迷惑かけないようにしていきたい……」
     そういえば、エクスブレインも臨海学校に行くという噂が流れていた。
     いつになくしおらしく俯いているこの男も、例外ではなかったようだ。
    「……俺、臨海学校も、修学旅行も遠足も、面倒だからってずっとサボってて……。皆が何してたのか、知らない……。今更こんな事ほんと、バカかよって、思うけど」
     ちょっと、楽しみにしてる。
     やっとの事でそれを口に出すと、肩の荷が下りたように彼は微笑んだ。
     
     波と、潮風と、人の輪にゆられながら、花火を眺めにいこう。
     小さなサマーキャンプの話は、灼滅者たちの間に静かに広まっていった。


    参加者
    殺雨・空音(メイド執事・d00394)
    タージ・マハル(武蔵野の魔法使い・d00848)
    エルメンガルト・ガル(アプレンティス・d01742)
    殺雨・音音(Love Beat!・d02611)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    ゼノビア・ハーストレイリア(レストインピース・d08218)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)

    ■リプレイ

     色を変え始めた海を、穏やかな潮風が渡っていく。
     不審な男がキャンプ場に一人。右手に包丁を握り、奇妙な歌を口遊んだ男だ。男の眼がカレーを作る母親の背を捉えた刹那、肌を粟立たせる風が辺りを駆ける。
    「何をしてるのかな?」
     男の右手首を掴んだ褐色の少年は包丁を取り上げ、にこりと愛想良く笑んだ。男はへなへなと場に座り込み、尻もちをついたまま後ずさる。
     萎縮して場を見守る人々をかき分け、スタッフらしき青年が現れた。日に焼けた長身に堂々たる態度は、周囲を安堵させる頼もしさがある。青年――エルメンガルト・ガル(アプレンティス・d01742)は快活な応対で人々を遠ざけた。タージ・マハル(武蔵野の魔法使い・d00848)が捕まえた男へも、非常対応には慣れているとばかりに気さくに話しかける。
    「やあ。カード、誰にもらったの?」
    「ひッ! な、なんでアレの事を……すいませんあんま印象にないっす」
     ミスター宍戸なら印象に残るだろう。少なくともあれ本人ではないか。
    「そっか。協力ありがとう! カードは回収していいかな?」
    「あと携帯電話もね?」
     男は慌ててポケットからカードと携帯を取り出し、二人に渡す。ふっと眠りに落ちた男の携帯を弄りながら、マハルはくすりと笑った。
    「記念にどじっこシールを貼っておこう」
    「やめてあげて」

     所変わり、やや離れたテント場前。
     仲間から合図が来ない。もう一人の男は漸く鳴った携帯の着信を取るも、何故か相手は無言だ。
    「おーい、そこの奴ー。あっちに変なの見つけたんだぜー」
    「あァ?」
     突然服をくいくい引かれ、男は振り返る。きりっとした瞳の、やんちゃそうな可愛らしい娘。明らかに小学生に見えるが――何か惹かれる。胸の鼓動に男は困惑を隠せない。
     フェロモンを振りまく赤威・緋世子(赤の拳・d03316)を、友人のゼノビア・ハーストレイリア(レストインピース・d08218)ははらはらしつつ隠れ見ていた。
    「な、ちょっと来てくれー☆」
    「かわいいッ!!」
     緋世子くん……凄くかわいいの。
     ゼノビアまできゅんとなるウインクにつられ、緋世子と共に人気の無い方へ向かう男。これだけで逮捕できる絵であった。ゼノビアは即座に追い、魂鎮めの風で男を眠らせ、カードと凶器を取り上げる。長身の外人美女が男を担ぎ、金髪を靡かせ歩く姿は颯爽としている。
    「ゼノビアのエイティーン姿……美人だなー」
     その将来性の高さに改めてうっとりした後、自分の胸を見て、一人溜息をついた。赤威緋世子、18歳の夏。

    「包丁と隠し持っているカードを渡しなさい」
     その頃、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)と関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)も順当にカードを回収していた。ゼノビアの文字通り右腕、黒ヤギ執事ヴェロからの連絡が入る。
    『順調っすよ。もうすぐ救護室っす。搬送理由は適当に言っときゃいいっすかね』
    「ああ、熱中症の疑いでいいと思う」
    「うん、良かった。私達も回収できたので、すぐに行きますね」
     香乃果はほっと笑みを浮かべ、電話を切った。気絶した女を峻が抱き上げ、救護室に向かう。
     搬送係が使ったプラチナチケットの効果は受け手と状況で変わるが、今回の場合客からはスタッフに、本物のスタッフからは親切な客に見られるだろう。回収係と組んで行動した心配りは適切で、不審を招く事はなかった。
    「クオンかっこい~っv ネオンもお姫様みたいに抱っこしてほしいな~」
    「はいはい、やる事終わらせてからな」
     道中、殺雨・音音(Love Beat!・d02611)と殺雨・空音(メイド執事・d00394)姉弟の声が聞こえた。香乃果と峻に気づいた音音は、回収済のカードを掲げぶんぶん手を振る。女性を運んでいる空音は小さく溜息を吐いた。
    「そっちもお疲れ様。何処に行っても休む暇がないのは、仕方がないというべきか……」
    「でも簡単に解決出来てラッキーだったよね。お出かけ中クオンをずっと独り占めできるから、それだけでネオンはハッピーなんだよ~」
    「あ、ああ……そう」
     空音はすたすた歩いていく。一見そっけなくもそこに拒絶はない事を分かっているのか、音音は幸せそうに笑い、ついていく。二人の後ろ姿を、峻と香乃果は優しい目で眺めた。仲の良い姉妹だな、なんて言いながら。
    「俺達も終わったら買い出しだな。荷物持ちは任せてくれ」
    「頼もしいです。別に半額シール付を選ばなくても良いですからね……?」
     管理棟の窓に明かりが入る。幸せなさざめきが続く中、事件は人知れず幕を下ろした。

    ●波の随に
     鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)がトマトを刻みながら何かを気にしていた。見れば、四国犬に似た霊犬が瞬きをしている。浴衣に襷をかけた銘子は玉ねぎを刻む手を止め、杣も染みたのねと笑った。
     今夜の【アプリ部】の献立は、地元の新鮮な海の幸を使ったパエリア。海老の下処理をしている千歳に野菜の刻み具合を見てもらう。
    「下ごしらえはこの位でいいかしら?」
    「うん、いい感じだね」
     ご飯と具をダッチオーブンに入れ、美味しい出汁を吸わせて仕上げるのだ。慣れた様子で具を炒める千歳には、銘子と豊も関心の眼差しを向ける。
    「意外とキャンプ向きな料理でしょ? あ、皆が来たよ」
     仕事を終えた皆が豊を迎えに来た。これからカレーを作る約束だ。
    「念の為ホテルにいようと思ったが。助かった」
    「いえいえ。パエリアが出来たら持っていくわね」
    「おおっ、楽しみだぜ!」
     緋世子はぐっと親指を立てる。二人と別れブースに戻ると、買い出しを引き受けた龍夜が丁度やって来た。基本の野菜は勿論、隠し味も定番からマニアックなものまで一通りある。
    「豊はお薦めの隠し味はあるか?」
    「生姜とニンニクが好きだな」
    「いいじゃん。賑やかなご飯になるね!」
     メインはエルメンガルトが調達した海の幸。具沢山シーフードカレー、調理開始。発案者のゼノビアが皆にてきぱき指示をする。
    「オレはこの機会を待ち望んでいた……今日は地獄合宿のリベンジだ!」
    「何かあったの……?」
    「ちょーっと飯盒が爆発四散をね……」
     誇張ではない。あれは時間が無かったせいだ。今回の敵は、人数。エルメンガルトが当社比約3倍の米と闘い始めた頃、空音はイカを相手にしていた。こちらは楽勝といった風でするする捌いていく。
    「クオンはやっぱり頼りになるな~v 料理してる姿もカッコいいぞ☆」
    「音音くんは、鍋さんなら見れる?」
    「イケるよっ! あと味見とか!!」
    「姉さんはそれがいいな……」
     空音は溜息をつく。料理は苦手な音音だが、分を弁えているだけいい。きらきらした目線を受け空音も満更でないのか、ラブコールには控えめに頷き、捌く速度を上げる。野菜を剥く龍夜の手つきも慣れたもの。
    「生ゴミのお片付けは私に任せて下さいね!」
     世話になっている先輩達の手伝いをとやってきたのは気配り屋の燐音。日頃の戦いでは見せない皆の微笑ましい一面に、眼鏡の奥の瞳も緩むというもの。雑用も全く苦にせずくるくる駆け回る。
    「お、俺もなんか出来ることがあれば手伝うぞ!」
     豊が玉ねぎ、生姜、にんにくを炒めている。空腹絶頂の緋世子は香りに耐えかねたか、怒涛の勢いで人参を切った。一通りの材料をコンロの上の鍋に入れたら、最後の仕上げ。担当はゼノビアだ。
    「うー……どれがいいかな」
     チョコやジャムを片手に悩む彼女の元へ待ち人が訪れる。ママっ、と呼ばれ抱きつかれた睡蓮は焔色の眸を見開いた。エイティーンの解除を忘れていたゼノビアに一瞬気付かなかったのだ。
    「それだけ夢中になる程頑張ったのだな」
     母のように大切な人。その言葉が心から嬉しくて、大人びたゼノビアの顔が年相応にはにかむ。皆の愛情が篭ったカレーは、二人で相談して味をつけた。きっと最高のスパイスになった――さあ、後は煮込むだけ。

     同じ頃、香乃果と峻は友人のるりかを伴いバーベキューを始めていた。ジュースとお茶で、お疲れ様の乾杯は三人一緒に。だがここからお肉番長の暴走が始まる。
    「わーい、おにく、おにく♪」
    「あ、俺の……」
     峻の焼いている肉が次々るりかに攫われていく。偶にいい肉買ったと思えば――一方で香乃果の分はちゃんと残してあるのだった。ボクが焼いたのあげる、と渡されたお肉を、香乃果は一瞬迷ってサラダ菜で巻く。
    「私はこの食べ方が好きなの」
     るりかはそれを珍しげに見た。女の子らしい香乃果と元気なるりかは対照的だが、どちらも美味しそうに食べる。
    「先輩……」
    「豊か。そんな目で見るなよ」
     機材等を準備したのは峻だが、特に怒ってはなさそうだ。香乃果はふわりと笑み、焼けた肉を男子組にも取り分けた。彼女も譲りたい性分らしい。
    「はい、海老もホタテも焼けましたよ。るりかちゃんも、お肉どんどん食べてね」
    「うん! また皆でキャンプしようね」
     笑ってくれる人が居れば、二人はそれでいいのだろう。その時、カレー組から歓声があがる。
    「ご飯炊けたよー! ちょっと焦げてるけど、これはこれで!」
     エルメンガルトは大量の飯盒に打ち勝った。ずっと火加減を見ていたのだろう、額に浮かぶ汗もどこか爽やかだ。音音も鍋の中のカレーを一舐めして。
    「うんっ、美味しいよ~♪」
     ウインクしながらにっこり。騒ぎを聞き、アプリ部の二人もパエリアを持って集まった。香乃果達は肉と、デザートのアイス。折り畳みテーブルの上はちょっとした晩餐会だ。その前で記念写真を撮って、皆でいただきますをする。
    「うっ、うめぇ~! やっぱ自然の中っていいよなー!」
     緋世子は何杯もカレーをおかわりした。ぱらぱらのご飯に夏らしいスパイシーな味、この解放感。ご飯が進む要素しかない。大好きが詰まった料理達は、次々に無くなっていく。
    「キャンプで作った料理っていつもより数倍おいしく感じるよね」
     千歳の言う通りだ。それは何より、皆で作ったから。

    ●火の花の
     かき氷を食べながら花火が観たい。それは分かるが、恋人がかき氷器を持ち込んだと言い出した時は流石に驚いた。だが、勿論応えるのがヒーローだ。
    「天牙は何味にする? ワタシはレモン味!」
    「俺もレモン味で頼むぜ!」
     天牙の買った氷をひかるが削り、世界で二つの手作りかき氷が出来た。不意に上がった花火の光が、白い氷を花の色に染める。空と氷の色を眺めて、ふたりゆっくりと涼味を食べる贅沢。
     こんな幸せ、正直もっと先の話と思っていたけど。来年もまた来ようと、二人は当たり前に約束を交し合う。

     白地にピンクのウサギ柄の浴衣を着たくるみは、いよいよ始まった花火を想い人と見ていた。黒地に橙の柄の浴衣を着たマハルの横顔をちらと見る。くるみを見て彼もそっと笑う。
    「きれいだね、くるみ」
     笑って頷くくるみに、マハルは首を振る。花火じゃなくて、浴衣のくるみがだよ。愛らしい頬にさした桃色を、明滅する花火の光が隠す。
    「……からかわないでください」
    「からかってないよ。みんなは花火を見てるけど、ボクはくるみしか見てないから」
    「え?」
     マハルは真剣だった。彼の顔が近づく。唇を寄せようと、している。くるみは一瞬大きな瞳を見開き、それから、ぎゅっと閉じた。嫌ではない。でも心の準備が――彼の唇は頬に軽くちゅ、と触れたのみだった。
    「今夜はここまで。もう、目を開けて良いよ、くるみ」
     言葉通りに目を開けると、マハルは苦笑していた。性急すぎた。反省して優しく手を握る。並んで花火を見るだけで、今は幸せだ。

    「ご希望通り浴衣です。早く焼きそばを寄越しなさい」
     タッパーの中身を見て、まあいいですけどと呟く由乃は今日も辛口だ。エルメンガルトが手を繋ごうと、帯を緩めようと言っても軽く一蹴し、おまけに歩きながらカレーを食す。それでも目を奪われるのは、いつもと雰囲気が違うせいか。アースカラーと花に彩られた、浴衣の彼女。
    「……うん、火と花の作る陰影だよね」
     薀蓄を聴きながら、帽子を取った横顔が光に照らされるのばかり見ていた。きれいだよな。そっと付け足した想いは届いたろうか。思い出したように由乃は言う。
    「カレー美味しかったですよ。また作ってください」

    「あぁんっゼノビアめっちゃ可愛い!!」
     くねくね身悶える緋世子にえへへと照れ笑いし、緋世子くんが選んでくれた浴衣だからとゼノビアは返す。更に悶絶する緋世子ときゅっと手を繋ぎ、二人には高い空を見上げて歩く。
    「すごい迫力だなー!」
    「儚いけど素敵さん……緋世子くんと観れて本当に良かったの」
     今日も一緒に居られた事に、有難う。
     空音と腕を組み寄り添った音音が、不意に少し背伸びした。唇へ落とされたキス。一瞬の間の後に返された空音のキスは、姉より控えめに額へ。ありがとう――短い呟きに籠めた思いは、きっと同じ。抱き寄せた肩の暖かさと、伝わる鼓動を、忘れない。
     初めての臨海学校がここで良かったよなと、豊は不意に煉へ言う。煉が砂のお城を作ったと言えば、豊はシャチフロートで遊んだ話をして、何か想像し辛いと互いに笑った。
    「これからもお互いに、色んな知らないを知っていけるといいね」
     氷の溶けたグラスで戯れに乾杯した。彼の眼があまりに揺るがないので、煉は気恥ずかしさに目をそらす。
     浜で、誰かが手招きしている。集めた貝殻を大事にしまい、記念写真を撮りませんかと華凜はカメラを構えた。花が弾ける時を狙って。
     ――はい、チーズ!
     教室では上手く笑えるのになと豊は苦笑した。自然でいいんですと、華凜は言う。
    「現像して差し上げます、ね。心に刻む思い出、も、大事です、けれど。形に残るものも、大事、だから」

    「この手の行事ってぼっちには苦痛に満ちてるけどさ。俺でも今日は初めて楽しいと感じた」
     無数の花火が弾け、歓声が響く。沢山の人と関わって、夜はここまで明るくなる。時が過ぎるのが惜しまれる程に。
     多分、こういうのが臨海学校の過ごし方なんだろうな。峻の笑みにいつもの翳りはない。遠くで手を振る人が居た。燐音だ。他にも、峻と豊の知る顔が沢山。
    「関島先輩! 最後に皆で写真撮りましょう」
    「先輩、案外ぼっちじゃないよな。俺もいる」
    「……好い時間だな。一緒に楽しめて良かったよ、本当に」
     香乃果が二人を迎えに来た。今日は大切な思い出になりましたかと、彼女は豊に尋ねた。
    「ああ。本当はこんなに楽しかったんだな、学校行事って」
    「それなら、私も幸せです。思い出はみんなで作った方がずっと深く心に残るって感じてるから……」
     花火の残滓が残る眸を、香乃果はうっすらと細めた。
     ――さよなら。またね。
     少し寂しいけれど、光の華は皆の思い出でずっと煌めく。散りゆく火の花を見上げ、豊は睡蓮の言葉を想う。

     一人1つでは微妙でも、混ざり合えば凄い事になる。
     知って欲しかった。
     これが豊達エクスブレインが、何時も守ってきた世界だ。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 2
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