臨海学校~光咲く夜、散る火花

    作者:雪月花

     PM19:30。
     博多湾付近の通りでは、これから始まる花火見物に向かう人々が、列を成すように見晴らしの良い場所へと移動していた。
     暑さを凌ぐラフな格好に混じって、浴衣や甚平を着て団扇を扇ぐ風流な姿も目立つ。
     道の脇には、煌々と明かりを点す屋台が並ぶ。
     定番のカキ氷や焼きそば、たこ焼き……思わず足を止めて買い求める人の姿もあった。
     しかし、突如群衆の中から悲鳴が上がる。
    「私……私、選ばれたの!」
     意味不明な言葉を零す女性が振り上げた手には、刃物が握られていた。
    「俺はコレで人間を卒業するぜっ!」
     人差し指と中指で黒いカード状のものを挟んだ男性も、また懐から刃物を取り出す。
     次々現れた物騒な者達に、一般人達は容赦なく刺されていく。
     逃げようとした人々も転んだり、縺れ合って将棋倒しになり掛けたりと散々だった。
     
    「花火大会、みんな楽しみにしているだろうにね……」
     エクスブレインから聞いた未来予測の話に、矢車・輝(スターサファイア・dn0126)は浮かない顔をしていた。
    「それでね、九州は臨海学校の候補地のひとつだったんだけど、こういう大規模な事件が発生するって分かったんだって」
     しかも、事件を起こすのはダークネスや眷属、強化一般人などではなく、ただの一般人なのだという。
    「だから僕達灼滅者だったら、解決はそんなに難しくないだろうって。でも、事件を起こす一般人達はカードみたいなものを持っていて、それに操られているみたいなんだよね。それを取り上げれば気を失って、直前までの記憶もなくなるって予測されてるから……後は、縁日の救護所みたいなところに運べば大丈夫だと思うよ」
     輝はこの事件の裏にある、ダークネスの組織的な陰謀が気にはなっているようだが。
    「組織の目的は分からないけれど、今は何も知らない人が無差別大量殺人を犯してしまうことを防がなきゃ」
     集まった灼滅者達が取り組む事件は、花火が始まる前の、屋台が並ぶ通りだという。
    「花火がよく見える、見晴らしの良い場所を目指して、みんな海側に向かって歩いている時、事件が起こるそうだよ。場所は丁度、この小さな横道が通って十字路になっているところ。この日は歩行者専用で、車両は通行止めになってる」
     地図の上で、輝が指した小さな十字路に差し掛かった時、人波の中から突然5人の一般人が刃物を取り出して、手近な人々を襲い始めるというのだ。
    「でも、彼らもあくまで一般人だからね。準備したESPによっては、すぐに取り押さえることも出来るかも知れないんだ」
     罪もない人にあまり手荒なことはしたくないらしく、輝は軽く肩を竦める。
    「敵組織の狙いを調べたり、謎のカードの分析なんかは学園に帰ってきてからになるから、事件を解決したら、臨海学校の続きを楽しもう。博多の花火は特別な企画で盛大みたいだから、楽しみだね。そうそう、花火見物クルーズなんていうのもやっているそうだよ。船の上から見る花火も、きっと素敵だろうね」
     その辺りは彼も純粋に楽しみにしているようで、にっこりと笑みを浮かべた。


    参加者
    二階堂・冰雨(~ミゼリコルド~・d01671)
    オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)
    リュウール・エリュテイア(鮮血の茨姫・d06611)
    龍統・光明(九頭龍の業を顕現せし龍刃・d07159)
    ミヒャエル・ヴォルゲムート(デスコーディネーター・d08749)
    蛇原・銀嶺(ブロークンエコー・d14175)
    白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)
    相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)

    ■リプレイ

    ●花火の夜に
     路地に灯る明かり。
     花火の時間も少しずつ迫る中、人々は屋台に挟まれた道を、ほぼ一方向へと進んでいく。
     事件が発生すると予測された十字路。
     その付近に、灼滅者達は紛れ込んでいた。
     相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)は携帯片手に、誰かとの待ち合わせといった風を装って通りの端に立っていた。
    「そろそろだと思うんだけどね」
     さり気なく横に立った矢車・輝(スターサファイア・dn0126)が人波を眺めながら言う。
    「やっぱりまだ罪のない人相手じゃー、私達の鼻もあんまり意味ないんだねー」
     彼らの後ろの堀には、闇を纏った蛇原・銀嶺(ブロークンエコー・d14175)が腰を下ろしていた。
     更に角を曲がったところに、同様に闇纏いや旅人の外套を使用したり、何気ない素振りの仲間達が待機している。
    「せっかくの臨海学校であるというのに事件か……どうなっているのだろうか?」
     白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)が銀の柳眉を顰めた。
    (「……ふざけるなよ」)
     一般人を利用する行為に、龍統・光明(九頭龍の業を顕現せし龍刃・d07159)は目尻を吊り上げる。
    「僕個人としては戦えないのがとても残念だけど、今回ばかりはそんなこと言ってる場合じゃないか」
     リュウール・エリュテイア(鮮血の茨姫・d06611)がひとりごちるとミヒャエル・ヴォルゲムート(デスコーディネーター・d08749)も肩を竦めた。
    「やれやれ、一体、何の組織なんだろうね……」
     六六六人衆は個人的に許せないが、今回はさっさと依頼を済ませて花火を見に行きたいところだ。
    「とにかく、一般人を巻き込むなんてメッです」
     ぷくぅと頬を膨らませた二階堂・冰雨(~ミゼリコルド~・d01671)に、リュウールは笑んだ。
     波打つ金髪を揺らし、オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)もこくこくと頷く。
    「カードは楽しいゲームに使うものでしょう? 楽しいお祭りの夜を、真っ暗な悲劇になんてさせないのよ……!」
    「折角の楽しい日を台無しにしない為にも、頑張るとしよう」
     悠月が静かに微笑んだ。

     程なく、時は来る。
     浴衣の袖からナイフを握り出す女性。
    「……っ!?」
     たまたま隣を歩いていた一般人がぎょっとし、小さな悲鳴が上がる。
     次々と刃物を出し、そして中にはカードを取り出す青年の姿もあった。
    「俺はコレで人間を……」
     しかし、卒業宣言は飛び出してきた灼滅者達に遮られた。
     オデットが刃物を持つ者の前に滑り込み、ミヒャエルはすぐに避難誘導出来るよう目を光らせる。
    「みんな、私のフェロモンの前にひれ伏すといいよー!」
     どーん!
     ミニスカートにぱっつんTシャツな貴子のラブフェロモンに、刃物の有無なく周囲の一般人がおおっと注目して動きが鈍った。
    「あっはは、イケナイ人だなあ。物騒なモノを出して何をする気だい?」
     直近の、刃物を持つ男性の腕を掴むリュウール。
     すかさず悠月が魂鎮めの風を呼び、一般人達は次々と瞼を落としていく。
     カードを手にしていた青年がぽろりと取り落としたそれを、リュウールは手袋をした手でさっと拾い上げた。
    「危険物は回収させて頂きまーす」
     既に通り過ぎた者、後から来た者達が多少ざわめくも、
    「救助の邪魔や混雑の原因になりますから、立ち止まらないで進んで下さいー」
     寝入った一般人達の介抱に当たる冰雨が声を上げると、皆倒れた人々を気にしながらも指示に従う。
    「この先で人が倒れています、右側に詰めて下さい!」
    「足は止めないで、慌てないで進んで下さい!」
     その少し前方でもミヒャエルや輝が誘導を行い、多少の動揺はありながらも大きな混乱は起こらなかった。
     暴れ出した5人は特に共通した特徴もなく、年齢も性別もバラバラ。
    「結局、どういうことだったのか……」
     黒幕への疑念を抱く光明は、周囲を気に掛けつつ包帯を取り出す。
     刃物持ちの懐を探り、見付けたカードを銀嶺は観察する。
    「これか……ただのカードのように見えるな」
    「どの道、後は帰ってからだね」
     誘導から戻ってきたミヒャエルも頷き、包帯に包まれた5枚のカードをしまい込む。

    「急病人を連れてきました、この人達が倒れたので……」
     救護所まで眠る一般人を担いできた灼滅者達を背に、冰雨が告げればその後はスタッフが対応してくれた。
    「お疲れ様だ」
     曰く『急病人』を預けて解放された仲間達を、悠月は労う。
    「私は縁日を回るつもりだが、目的が同じなら一緒に回ってみないか?」
    「おー、私も食べ物全制覇の旅に出掛けようと思ってたんだー!」
     彼女の誘いに、貴子が元気に手を上げるのだった。

    ●屋台の灯火
     花火の時間が迫る。
     通りに残るのは出店を楽しむ人か、足早に道を行く人が目立つ。
    「リュウちゃんには黒が似合います♪」
     冰雨の着付けで、彼女とリュウールとそれぞれ桜色と黒の浴衣に着替えた。
     リュウールは胸がきついと呟く。
    「リュウちゃんが好きな屋台の食べ物はなんですの?」
    「僕の好きな物かぁ、考えたことなかったな……」
    「そうなんですか、冰雨は林檎飴とか綿飴が大好きです♪」
    「なら、次はそれにしよか」
     焼きそばやたこ焼きでお腹を満たした後は、遊戯系の屋台へ。
    「リュウちゃん、あのクマちゃんが冰雨は欲しいですぅ~」
     射的屋台で冰雨が指差したのは、鎮座する大きな熊のぬいぐるみ。
    「うーん、流石にぬいぐるみは望み薄だなぁ」
     へたっぴな冰雨はともかく、リュウールが何度弾を当ててもびくともしない。
     偶々当たったお菓子などを貰って、今度は金魚すくいへ。
    「ほら、落とさないようにするんだよ?」
    「わぁ♪ リュウちゃんありがとうなのですにゃ~」
     今度は華麗に掬った金魚を、リュウールは贈る。
    「この出目金ちゃんの名前はアメちゃんで、普通のはウールちゃんにしますぅ♪」
     冰雨は嬉しそうに袋の金魚を眺めた。

    「なんだか実家の方でやってた縁日を思い出すわね!」
     ハッカパイプやりんご飴を眺めるも、社にとってはやはりこれ、と彼女は綿飴の屋台に向かう。
    「おじさん! おっきくまあるく、お一つお願いするわ!!」
     綿飴屋のおじさんは、はいよと愛想よく機械を動かし始めた。
     一口頬張れば甘くふわふわ、幸せの味だ。

    「お疲れ様でした」
     真夜の労いに銀嶺は「あぁ」と頷いた。
     淡々とした風の彼だが、祭りの雰囲気は好きらしくたこ焼きにりんご飴とつい手には食べ物が増えていく。
    「真夜も、何か食べたいものはないのか?」
    「定番品もいいですが、実はじゃがバターとか好きなのですよね」
    「そうか」
     それを聞くと銀嶺は屋台に並び、彼女の為のじゃがバターを買ってきた。
    「ありがとうございます」
     喜んで食べていると、海岸の方からドーンと大きな音。
    「あっ、見てください。花火綺麗ですねー」
    「あぁ……」
     一緒に見上げる、大輪の花。
     花火は綺麗だが、銀嶺は他のことに気を取られていた。
     それは衝動的な――しかし、理性が勝る。
    (「……いや、彼女はまだ怪我が」)
    「どうかしました? もしかして、依頼で疲れちゃいましたかね」
     いつものお願いを思い止まっている彼の思惑には気付かず、真夜は早めに帰りましょうかとほんのり笑んだ。

    「おじさーん、サービスしてよー」
    「貴子殿……ラブフェロモンはいけないな」
    「えー、どうしてどうしてー」
     奔放な様子の貴子を窘め、悠月は苦笑する。
    「こういう時はりんご飴が食べたくなるな」
    「じゃあ次はりんご飴ー!」
     2人はりんご飴を買い求め、一緒に食べながら通りを歩む。
     貴子は屋台の食べ物にまっしぐらだが、悠月の方は花も団子もと、ドンという音に打ち上がる花火を見上げた。
    「綺麗だねー!」
    「あぁ、美しい空だ……」
     無事に花火を観られることに心中で安堵しながら、悠月は貴子に頷いた。

    ●丘にて見上げる
     多くの人々が向かった、花火が綺麗に見える小高い開けた地形。
    「ここ、穴場のようですね」
     少し退がったまばらな林に、距離を取って佇む人影が見える場所があったので、由乃は親友の白兎と一緒にそこへ落ち着いた。
     白兎はりんご飴をお供にしたものの、由乃の苺飴も気になっているようで。
    「おいしいのですかな?」
     その呟きに、食べる手の止まっていた由乃ははっとした。
    「花火が綺麗だったので……」
     少し恥ずかしそうにするのに、白兎は「ええ、花火はやはり素敵ですね」と微笑む。
    「どの花火もとても綺麗なのですが、千輪……百花園でしたっけ? 小さな花が沢山咲くのが一番好きです」
     由乃はほっとしてそう返した。
    「由乃さんは楽しめましたか?」
    「勿論です」
     写真などの形に残るものも素敵だけれど、記憶の中に残る思い出もとても素敵。
     笑顔で答える由乃に、白兎も笑顔になった。

     迷子にならないよう手を繋いで。
     ミヒャエルとダリアも疎らな人影の中に混じっていた。
    「綺麗な花火だね……」
     きょろきょろしながら一緒に歩いて来たダリアに微笑み掛けると、彼女も頷く。
    「花火って、色んなのがあるのね! 大きいのと、小さいのと……これなぁに?」
     ふと目に付いたのは、彼が手にしていた真っ赤で艶々したもの。
    「あ、これ途中で買って来たリンゴ飴だよ。一緒に食べようね」
    「……うん、おいしい!」
     りんご飴を分け合い、寄り添い合って更に盛り上がる花火を眺めた。
     大きな花火に、歓声が上がる。
    「きれい……だ、ね……」
     ダリアも見上げながら、頭を撫でてくれるミヒャエルに擦り寄った。
    「また、一緒に来ようね」
     ミヒャエルも彼女に肩を寄せ、一緒に空を見上げる。
    「……うん、また来たいの」
     その時もミヒャエルと一緒がいいな♪
     明るい声音に、ミヒャエルも目を細めた。

     人混みの中で落ち合った鈴と紅桜も、静かな場所に落ち着いた。
     鈴はもう、嬉しさを隠し切れない蕩ける笑顔を浮かべ、幸せオーラ前回だ。
    「はぁ~♪ 綺麗♪」
     楽しげに距離を縮める紅桜に、鈴は更に目尻を下げて。
    「紅桜の方が綺麗だよ……って、前にも言ったっけ?」
     どんな綺麗なものを前にしても、彼女の方がより輝いて見えるのは嘘じゃない。
    「来てくれてありがとね、鈴♪ ……んっ」
    「もう……皆見てるよ?」
     目を閉じて顔を近付ける紅桜に、鈴は焦り気味に視線を巡らす。
     人が全くいない訳じゃない。
    (「それでも……ボク、世界一幸せだよ」)
     彼女に翻弄されながらも、胸いっぱいに感じる。
    「これからも、ボクとずっと一緒にいてね」
     重なった影が離れ、照れながら告げる紅桜にこくりと頷き、
    「ずーっと、離れないよ……♪」
     鈴は再び彼女と一緒に、夜空に咲く花々を見上げた。

    ●水上に咲く花
     一瞬の輝きは、それでも多くの人々の胸に深く刻まれていく。

     出港したフェリーは海上を滑る。
     花火が始まれば皆席を立ち、甲板に出て楽しんでいた。
     玉屋鍵屋の掛け声に混じって「Woooo!」とか「Goood!」なんて聞こえてくる。
    「ふふふ、クルーズで花火を見られるとは、いつもと違ったスペシャルな感じがまたよいでゴザルな!」
    「船の上から花火を見物するというのも、なかなか趣があっていいものだね」
     興奮しきりのウルスラに、微笑を浮かべる時継。
    「早い……すねぇ」
     煌介は髪を風に弄られるまま、尾を引く飛沫を追って呟いた。
     揺れる波間に反射する火花が、また美しい。
    「エツィとは大違い……いや、エツィ以上の乗り心地はいないっすよ」
     カードの中の相棒に話すよう、呟いた。
    「浴衣は綺麗だけど、着辛いね……下駄も足が痛い」
     黒地に青い竜胆が咲く浴衣を着たユウは、若干顔を曇らせたものの、
    「や、とても綺麗な……色とりどりの浴衣姿だね」
     皆の姿に、表情を和らげた。
     今日は、大体のメンバーが浴衣を着ている。
     ウルスラは白に紫陽花柄、イヴは黒地に赤い曼珠沙華、合わせた黒い猫耳帽子。
     時継は灰色の浴衣を、煌介は露草柄のものを。
    「浴衣を着るのも久々ね」
     クールながら、イヴは何処か楽しげに呟く。
    「こうしたことは雰囲気が大切ですものね♪」
     そんな由良は白地に赤とピンクの牡丹柄を着ていた。
    「やはり、花火には浴衣が必須デース。ユニフォームと言っても過言じゃありマセーン」
    「色や柄ひとつとっても、その人の個性……かな。何となく、浮かび上がる気がするね」
     大きく同意を示すウルスラにユウも微笑んだ。
    「これが皆の言うワビサビっつーヤツなんかね」
    「YES! これがワビサビ、和の心だと思うでゴザルよ」
     空哉の呟きに、ウルスラがぐっと手を突き出す。
    「あまり着ないけど、こういう機会だからこそ着ないとね。わびさびか、うん、確かにそうかもしれない」
     時継も頷くと空哉は明るく笑った。
    「船の上ってのも思ってたより乙なもんだなー」
    「……やっぱり、周りに建物がないからすごく綺麗に見えるわね」
     イヴも広々とした空と海に広がる光を眺めて頷く。
    「何より、浴衣美女よりどりみどりっつーのが素晴らしいよな」
     という彼に、由良はちょっとジト目を向ける。
    「……下心とかそーいうんじゃなく、純粋に皆浴衣似合ってて可愛いなー、とかそんな意味ですよ?」
     空哉が隅っこに逃げた直後、派手な花火が続けざまに打ち上がった。
    「すごいすごい! こんなに沢山一度に打ち上げちゃって良いのデース!?」
    「ふふっ。ウルスラったら、そんなにはしゃいで。何だか小さな子みたいですわよ?」
     ぴょんぴょん跳ねる彼女に、由良はくすりと笑った。
     けれどウルスラに袖を引かれたら、結局一緒にはしゃいでしまう。
     そんな彼女達を、イヴは微笑を浮かべて見守り、ユウは椅子に掛け扇子を扇いで涼んでいる。
    「ウルスラはやっぱり、外国に居たひとっすねぇ……」
     微かに口許を緩め、煌介は呟いた。
    「花火を最初に考えた人って、凄いですわよね……」
    「かなり古くからあると思うけど、考えた人は本当に素晴らしいものだね」
     普通思いつかないという由良に、時継も頷いた。
     皆の様子を眺め、時継は良い仲間に出会えたな、と思うのだった。
    「花火の凄いところは、この一つ一つが手作りというところよね」
     感心げなイヴの言葉に、確かにと皆頷く。
    「……本当に魔法みたいよね、こんなに綺麗な物を生み出せるんだもの」
     そんな趣深い話をしている彼らを、永遠に心に焼き付けるように煌介は見詰めていた。
     閃く光の花に、由良の笑顔も咲く。
    「今の花火見ました? ピンクでしたわよね? すごく可愛い色でしたの!」
    「どうしたらこんな綺麗な色を出せるのでゴザろうな!」
     歓声が花火を彩る。

    「玉屋ーっ!」
    「鍵屋ー!」
     茶子が叫ぶと華丸も負けじと声を上げた。
    「何か歌舞伎の大向こうみたいだねーっ? 博多座が近いけど今日は花火が千両役者だねっ♪」
    「屋号を叫ぶと確かに大向こうみてぇだな。千両役者は花火か、面白ぇ」
     と2人はと笑う。
    「海の上から見る花火って、普通に見るのとまた違う感じがするわね!」
     目を輝かせるオデットに、千早は静かに口角を上げる。
    「昔は屋形舟で花火を見るのがステータスだったらしいが……現代の船はまた豪気なものだな」
     そして「玉屋と鍵屋っていうのは江戸時代の花火師の屋号だな。どちらが美しい花火か、江戸中で争ったらしいぞ」と解説した。
     茶子が驚いた声を上げた。
    「掛け声にそんな歴史があるなんて知らなかったよ!? 歴史と言えば、この博多湾の船から天下人の秀吉が博多の町を眺めたみたいだよ!」
    「じゃあサムライもきっと花火が好きだったわね。サクラも花火も、格好いいところがそっくりだもの」
    「確かに、あっという間に散っちまうトコが似てるかもしんねぇ」
     オデットの言葉に華丸も同意を示す。
     散った花は何処ヘ行くのか、だから泡のことを波の花と言うのかと納得した。
    『古の 港翔ぶ花 天下一』
     思わずといった風に茶子が句を詠み、そこから面々の披露が始まる。
    『海の上に咲く瞬きは夜のみや灯る光は未来の糧に』
     かつての空を飾った花火に思いを馳せて千早が一句、
    『爆ぜるまま花びら落ちる夏の海わだつみ拾ひて波の花なる』
     華丸も風情を込めて句を唱える。
    『大空に燃える火の花乱れ咲き 心のなかにも爆ぜる情熱』
     心の中に大輪の花を抱いてオデットも紡ぐのだった。

     想希は綿麻の縞模様が涼しげな浴衣姿で、まりを見遣る。
    「学園祭の浴衣も素敵でしたけど、その浴衣、とても似合ってますよ」
    「照れます、けど、凄く嬉しいです。ありがとう、想希さん」
     紫紺地に白藤模様の浴衣を着込んだまりは、照れた笑みを浮かべた。
     帯は桃色、髪には黒のリボンに白藤飾りの簪と、コーディネートも決まっている。
     こんな風にふたりで話せるようになるとは、当初思っていなかった。
     会話は少し緊張したけれど、沢山言葉を交わし、戦い、心を解いた日の夕暮れを彼女は思い出す。
    「夏、終わって欲しくない、な……」
     花火の影で呟くまりに、想希は頷く。
    「俺も、この夏は大変なこともあったけど。思い出深いこと沢山あったから……」
     その気持ちはよく分かると。
    「でも、花火が終わってもまだ夏は終わらないし。もっと素敵なこと、きっと待ってますよ」
     鮮烈な季節を焼き付けたまま、まりはその言葉に頷いた。
     共に並んで撮る写真。
     その背には、華やかで美しい花火が舞う。

    「どうかな、似合ってる?」
     くるりと回ってみせる優樹の浴衣は、紺に水色の花が舞うもので十夜は一瞬魅入ってしまった。
    「良く似合ってるぞ。新鮮な感じもしてさ」
     口をついて出てから、もっと気の利いたことが言えればと後悔してしまう。
     それでも視線の意味は分かったらしく、少女は嬉しそうにピースして見せた。
     十夜は黒の無地系の浴衣だ。
     2人肩を並べると、なかなか風情がある。
     次々と打ち上がる花火。
    「風が気持ちいいね」
    「いや~、こりゃ凄ぇ」
     海岸線から発されるような、祭りの熱気と花火の音。
     それらが全身に響き渡り、彼は力が湧いてくるような気さえした。
     力の源は、花火ばかりじゃなくて。
    (「お互い忙しくする中で、忘れ掛けてたことがあったか……」)
     忙しさ故のすれ違いは、優樹も気にしていたようで。
     今日は一緒出来て嬉しいよと、彼を見上げていた。
    「それたーまやー!」
     掛け声を上げる優樹の横顔に、十夜は小さく「サンキュ」と呟いた。
    「なに?」
    「ん? もっと楽しもうって言ったんだよ。た~まや~!」
     笑顔で吹き消した彼に「おー!」と頷き、彼女もまた花火に歓声を送った。

     船上で見る花火は贅沢な気分。
     朱の地に花を散らした浴衣を纏い、娘らしい艶やかさで光明の傍に佇む刃兵衛を、彼は抱き寄せた。
    「光明?」
     名を呼び掛けて、少々凭れ掛かる彼の心が気に掛かる。
     自分は何よりも大切な人と過ごせる時間が、この上のない幸せだったけれど。
    「綺麗だよな……一瞬とは云えその役目を終えられてる……」
     光明の声は、何処か覇気がない。
     本当は刃兵衛がいなければ崩れ落ちてしまいそうで、泣きそうな顔を隠すように彼女を強く抱き締める。
     今回の事件は、彼の心に色濃い影を落としていた。
    「……人の命も下手すれば一瞬なのに……俺はこの事件の黒幕を許せない……だから……」
     光明を受け止めながら、刃兵衛もまた花火の儚さを人の命に重ねていた。
    「この光景を目に焼き付けて、決して忘れずにいよう」
     それが彼の支えとなるのなら、私は常に彼と共にいる、と伝えるように。
     光明はやっと微笑んだ。
    「刃……好きだよ」
     改めて彼女を抱き締め直し、唇を重ねるのだった。

    「いいのが取れたらと思ったんだけど……」
    「これ、僕に?」
     船を降りた輝に、社は自信なさげに射的で当てた小さなぬいぐるみを渡す。
     可愛いのはダメかな、と思ったけれど、
    「ありがとう、可愛いね。記念になるよ」
     輝は微笑んで受け取った。

     家路に就く人々に混じって生徒達もまた、花火の余韻が消えぬ間に彼らの宿へと足を向けるのだった。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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