夕闇カタストロフィー

    作者:空白革命

    ●石に価値はない。宝石職人は言った。石を持った人に価値が生まれたのだ。

     宝石箱のような女。
     『彼女』を表現するに、それほど相応しい言葉も無かった。
     ティアラにネックレス、指輪にブレスレットにアンクレット。大小様々な宝飾品を身につけてはいるが、逆にいえば宝飾品でないものは何も身につけていなかった。
     『彼女』はコロッセオ型劇場の中心にある舞台の上に椅子を置き、お行儀悪く横向きに、背もたれに肩を頬をつけるようにして、身体をしな垂れさせていた。
     椅子もまた貴族趣味の豪奢な椅子で、暗闇に消ゆる天井よりおりたスポットライトが最上部にはめ込まれた大ぶりなダイアモンドを七色に光らせている。
     『彼女』は唱うように、演じるように語り始める。

     あるじめじめとした梅雨の日のこと。
     父と八人の兄によって宝石の如く愛され、はぐくまれてきた『彼女』は、屋敷の火事によってひとり残されることとなった。
     当然の如く周囲の人間たちは彼女を哀れみ、善意や好意もしくはイミテーションの善性をもって包もうとしたが、『彼女』はその全てを厳かに断わった。
     『彼女』は自らに手を伸ばす全ての者に言った。
     ――愛する者の死を受け入れ、清らかに送るべし。
     ――死はいつしか等しく訪れるものであり、悲しみはなく、災厄ではない。
     ――父と兄たちと共に過ごした『ヘリオス』の記憶を時の中へ置き去り。
     ――喪失の空虚を時の中へと置き去り。
     ――変容し、生きゆくべし。
     それは全人類に述べるかのように、断固とした主張であり、何者も包むことかなわなかった。
     『彼女』の名を『ヘリオス』。

     『彼女』――ヘリオス・ダイアモンドは、てのひらで溜めた水を浴びるかのような仕草で手を翳し、既に宝石化しはじめた指先を光にさらした。
     乱反射した七色の光が、円形舞台をずらりと囲い立つ、九体の屍を照らし出す。
     炭の如く焼け、ほぼ骨のみと化した屍である。
     屍は命あるもののごとく胸に手を当て、ゆるりと頭を垂れた。
     劇場に響く声。
    「受け入れ、変容すべし」
     
    ●人間に価値はない。遊園地の経営者が言った。感情に価値があるのだ。

     灼滅者たちがエクスブレインから伝え聞いたことを、端的にまとめる。
     ある少女がノーライフキングの闇に落ち、完全なる闇へと変容しようとしている。
     彼女が変容しきる前に『ダークネスを殺す』ことが、我々にとって必要な介入である。
     
     彼女の名はヘリオス・ダイアモンド。
     途上のノーライフキングであり、うら若き少女である。
     彼女は九体のアンデッドを従え、町外れの劇場に身を潜めていた。
     劇場へとおもむき、闇を殺すのだ。
     ――それはおそらく、あなたにしかできないことである。


    参加者
    六六・六(不思議の国のアリス症候群・d01883)
    紀伊野・壱里(風軌・d02556)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    南条・忍(パープルフリンジ・d06321)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    大御神・緋女(紅月鬼・d14039)

    ■リプレイ

    ●心臓は肉の塊であり、鼓動は音だ。肉体に意味は無い。
     演劇を始めようと思う。
     円形劇場は舞台内。スポットライトの下りるガタンという音に合わせて、『彼女』は薄目を開いた。
     睫の長い、切れ長の目だった。
     ありていに言って、宝飾品のような女である。
     玉座のような椅子へ、まるでハンモックのように横向きにおさまり、足をゆるく組んでいた。
     ことん、と椅子を置く音がする。
     『彼女』を囲むように、覆うように、円を描くように置かれれた椅子の数は、数えてみると八つだった。
     その一つに腰掛け、顎肘をつく月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)。
     小さなライトが頭上より照らされる。
    「まずは前提を説明しておかないといけないよね」
     手招くように翳した指から、どこかへ伸びた糸が一瞬だけ光に照った。
     その一本が、千尋の横に立つ黒焦げの骸へと螺旋状に巻き付いていく。
    「ボクらは灼滅者といって、ダークネスの力を克服した人間たちだ。キミがなぜここにいて、どうしてこうなっているのかを『ある程度まで』知っている。そういう連中だよ」
     首元へそっと差し出された短剣の刃を、指で押してかぶりを振る。
     もう一つのライトが灯り、六六・六(不思議の国のアリス症候群・d01883)の座った椅子が照らし出された。
     足をつっかえ、椅子の後ろ脚だけでぐらぐらと前後に揺れている。
    「僕らはしばらくの間考えたんだ、キミのこと」
     ピンク色のナイフを指の上でころころと回す。金属面が一度だけライトに反射した。
    「宝石は九人の家族に愛されてた。宝石も家族を愛してた。そうだね。でもどうしてかな。梅雨の、それも雨の日に、どうして全部が燃えたのかな」
     姿勢はそのままに、視線だけをよこしてくる『彼女』。
    「きらきらの石(意志)はきっとすてき、だよ?」
     その隣で、もう一つの椅子が照らし出された。
     片膝を抱くように立てて座る、南条・忍(パープルフリンジ・d06321)をだ。
    「裕福な家庭だったんだ。劇団やそうした人たちの集まりだった。でもきらびやかな世界には、それを嫉むひとが生まれる。炎は嫉妬の象徴でもあるもの。梅雨の日でさえ家を無くしてしまえるほどの炎から、『ただひとり』生き残ったきみは、文字通りの宝石だったんだ。金に丸め込んで指にでもはめてしまえば自分の者に出来る。だからきみははねのけたんだね?」
     光の剣を、指で撫でるようにのばしていくと、忍はとんと床に突き立てた。
     同時に、大きな宝石を頂いた杖を突き立てる『彼女』。
     トンという音が重なって、三つの椅子が照らし出された。
     椅子の上で背を伸ばし、鞘から刀を半分だけ抜く紅羽・流希(挑戦者・d10975)。
     椅子にはつかず、背もたれに手をかけて立つ紀伊野・壱里(風軌・d02556)。
     膝の上で小さく握った手を揃える神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)。
    「愛され、愛していたから、憎んでいないなんてことはない。宝石のように育てた彼らのことを、深く憎んだこともあったはずだ。全身に着飾った宝石は、押しつけられた価値観の象徴だ。宝飾品のような生き方は、嫌になるだろう?」
    「それともお前は、家族を喪ったただ可哀想なだけの女の子なのか? お前は受け入れようといいながら、なにひとつ事実を受け入れてはいないんじゃないのか? 事実から目を背け、美しい箱の中に閉じこもっているんじゃ無いのか?」
    「けれどとうしていいか、分からなかったんですよね? だから彼らを今でもそばに置いている。そんなこと、望まれるはずがないのに。そんな姿になってまで、受け入れてほしいなんて、思っていないはずなのに」
     だらんと、のけぞるように頭を垂らし、陰鬱そうに天井を見上げる『彼女』。
     足下からするすると螺旋状に伸びた宝石の鎖が、『彼女』の表情を隠していく。
    「感情をもった宝石に価値はあるのかしら。感情を持たない宝石には?」
     屍に椅子を引かれ、漣・静佳(黒水晶・d10904)は立ち上がった。
     胸に手を当て、息を深く吸い込む。
    「家族は貴女の価値を愛したんじゃないわ。好きだから愛したの。わたしはそう思っている。あなたはどうだった? 価値を愛した? それとも、家族を愛したの?」
     大御神・緋女(紅月鬼・d14039)が椅子を蹴って立ち上がる。がたんと音をたてて倒れる椅子。
    「それを喪うことが、耐えきれぬほど悲しかった、そうであろ? ゆえにおぬしは己を偽り、だまし、目を背けた。違うか?」
     どこからか、ロイヤルパープルのドレスを持った屍が現われる。鎖が下がった頃には、『彼女』はドレスに身を包んで立っていた。
     自らの胸元を掴んで緋女はいう。
    「わらわは愛を知らぬ。ゆえに愛されたおぬしが羨ましい。わらわはこうして牢から出たというのに、おぬしは自ら牢へ入るというのか」
    「喪ったことが故意だとしても、事故だとしても、喪われたものが傷つくことが嫌だった。あなたもそうなの?」
     静佳がそう言った途端、八人全員の椅子が屍によって引かれた。
     『彼女』を中心に立つ八人の灼滅者。
     静佳は自らの指輪をそっと撫で、流希は刀をすべて抜き、緋女は大きな刀を抱え持ち、六はナイフの先をゆびでつついた。
     彼女らの椅子を引いた屍たちは、胸に手を当てて頭を垂れ、音も無く朽ちていく。
     壱里はかぶりを振り、強く拳を握り込む。
     忍が剣を振ったのと、千尋が糸をたぐり寄せたのは同じだった。
     ライトを浴びた蒼は目を瞑り、美しいソプラノで歌い始める。
     頭を垂れ、朽ちていく屍たち。
     そのさなかにあって、『彼女』はネックレスを強く握りしめた。
     細い鎖を引きちぎり、開いた手の中には宝石だけが残っていた。
     声にならぬ声でなにかを呟くと、まばゆい光で劇場を満たした。

     一遍の戯曲台本がある。
     きらびやかな劇場と、拍手をする沢山の腕。
     開かれた幕の中でおこる、見目麗しい兄たちと一人の少女による歌と踊りに、大量の金貨が舞い散った。
     そのさなか、少女がふと転がり落とした金の鞠を父がそっと広い上げる。
     叩き付けるようなピアノの伴奏。
     腕を掴まれて袖へと引かれる少女をめぐり、兄たちが手を伸ばし始める。
     そのすべてにかぶりを振り、少女は舞台の袖に消えていった。
     一度閉じた幕の後ろで、兄たちの喧噪が響き、陶器の割れる音が鳴った。
     やがて開かれた幕には、人の手が届かぬほど足の高い椅子がひとつ。
     豪奢な宝石によって飾られた椅子の上には、少女が一人お行儀良く座っていた。
     大量の宝飾品で飾られた少女へ手を伸ばそうと、兄たちが椅子を囲むが、父の一声によって彼らは跪かされた。
     だがその中の一人が顔を上げる。舞台の下より這い登った蛇の声を聞いたのだ。
     蛇は一つのランタンを彼に捧げ、彼はそれを椅子の下へと放った。
     幕は再び下りる。しかし幕の後ろからじわりじわりと広がった焦げ目が、やがて幕そのものを焼いてしまった。
     炎に包まれた舞台の上、高い椅子に座った少女は膝を揃えたまま、じっと目を瞑った。
     あとに残されたのは、真っ黒に染まった舞台ときらびやかで高い椅子のみ。
     椅子の下を蛇たちが通り過ぎるが、少女は閉じた目を開かなかった。
     やがて舞台は崩れ落ち、観客席までもを覆ってゆく炎。
     戯曲の題名を、『ヘリオス』という。

    ●ヘリオス・ダイアモンド
     燃え上がる劇場。
     崩落する天井が、一人の少女をよけるように転がった。
     ロイヤルパープルのドレスに身を包んだ少女は、名をヘリオスという
     過剰なまでに宝石をはめこんだ剣を、顔の前で立てる。
     彼女の背を狙うように、むき出しになった配電パイプから飛ぶ千尋。
    「さ、見せて貰うよ――ヘリオス!」
    「黙れ」
     ヘリオスがひとたび剣を振れば、天より下りた雷が千尋の身体を打った。
     腕一本をまる焦げにしつつ、千尋はもう一方の腕で殴りかかる。
     踊るように足踏みをして、ヘリオスは彼女の拳を紙一重でかわした。流れる髪をすくように通る腕。直後、ヘリオスの腕へ見えない糸が巻き付いた。
     左右から同時に斬りかかる壱里と流希。
     首と足をそれぞれ狙った刀はしかし、羽根のように舞うヘリオスによってかわされた。身体を横向けに寝かせるように飛び、くるくると舞うヘリオスの上下を剣が通過。
     返す刀が斜め上下より襲い来るが、それらを鞭の如く螺旋状に伸びた剣が弾いた。
     ヘリオスはとんと片足を地につけると、それまでの回転がまるでバネ仕掛けであったかのように、地に着けた足を軸に高速で逆回転をはじめた。花弁のようにひらくドレスの裾。波紋のように広がる鞭剣。
     咄嗟に身を固める壱里たち。彼らを飛び越え、緋女が頭上高くへ剣を振り上げた。
     空気を切り裂き叩き付けられる剣。しかし剣は地面を盛大に破砕したのみであり、ヘリオス自身は今、緋女の剣の上にいた。
     足を揃え、スカートの裾をつまみ、お行儀よく頭を垂れる。僅かにあげた顔で緋女を見やる。
     攻撃の予感を察し、剣から手を離して飛び退く緋女。先刻まで立っていた場所に巨大なプリズム体が落ちてきて同じく地面を破砕した。
     素早く懐から畳んだ扇子を抜き、プリズム体をくるりと回り込んでヘリオスへと叩き付ける。接触、直後に爆発。
     吹き飛ばされたヘリオスは中空でくるくると身を回し、両足から軽やかに着地。が、両足のふくらはぎを狙って六がナイフを閃かせた。僅かに血を散らしながらもその場でバク転をかけるヘリオス。顎がつくほどに身を伏せた六と、中空で上下逆さになったヘリオスの目が合う。
     六の手から糸が飛び出すのと、二人の間に竜巻がおこるのは同時だった。
     上下左右複雑にかき混ざった風に、ヘリオスの身体があおられて飛ぶ。
     すると、突如世界が濃霧に覆われた。
     左右にせわしなく視線を巡らせるヘリオス。
     霧の中より放たれた光の槍を二本、剣で弾く。最後の一本を素手で掴み取り、くるりと手の中で回してから投げ放つ。
     霧を螺旋状にかきまぜた槍はやがて霧を大きく散らし、肩に槍を受けた静佳の姿をさらした。
     静佳は方を手で押さえたまま、指輪をした手を翳す。
     ギラリと怪しく光る指輪。
     目を見開くヘリオス。
     無作為に連発された魔法の弾が更に霧を散らし、その一発がヘリオスの肩をうった。
     バランスを崩して落ちるヘリオス。しかし地面に転がるような無様はしない。剣を地面に突き立てると、まるで三本目の足であるかのように器用にバランスをとり、するりと両足を値に立てて見せた。
     そこへ真正面から飛び込む蒼。糸状の淡い光が蒼の腕へと次々に巻き付き、やがて輝く腕となった。
     思い切りヘリオスを殴りつける。
     剣の刃部分で受け止めるヘリオス。
     お互いの力は拮抗した……かに見えたが、蒼の腕のほうがはじけ飛んだことによって強弱は決した。
     が、勝敗の決着はまた別であった。
     ヘリオスの首にそっと差し込まれる和紙の札。
     側面を刃のように鋭くしたそれを二本指ではさみ、忍はヘリオスの背にぴったりと身体をつけた。
     耳元で動く忍の唇。
     ――だってヘリオスは『  』でしょ?
     ヘリオスの目が大きく見開かれたのは、心が故のものか、それとも首に走った斬撃によるものか。
     彼女は大量の血をまき散らし、糸の切れた人形のごとく脱力し。
     ぎゅっと忍に抱き留められたのだった。
     炎はいつからか消え、劇場もまたなくなっていた。
     あるのは星の見える空と。
     ものいわぬ九つの骸と。
     静かに目を瞑る九人の灼滅者だけだった。

    ●『  』
     後日談を語る必要は無い。
     いつか武蔵坂学園にヘリオス・ダイアモンドの名が刻まれたとするならば、もはやそれは新しい幕であり、彼女自身が書き記す未知の戯曲であるからだ。
     ゆえに、後日談は語らない。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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