堅き心の鰹節怪人

    作者:人鳥

    「貴様、なぜ鰹節を使わない」
     そこは徳島にあるとあるラーメン屋の厨房である。濃厚なスープが特徴のそのラーメン店に、突如として奇っ怪な侍(?)が現れた。
    「は? いや、ていうか、入ってきちゃダメだよ」
     店員は努めて穏やかに追いだそうとしたが、そいつは頑として動かない。
    「鰹節を使わないスープなど、香辛料のないカレーと同じである! 鰹節こそ至高にして究極の出汁! 貴様にはそれがわからんようだな!」
     そいつはそういうと、ひとかたまりの鰹節をどこからか取り出し、手刀でそれを手頃なサイズに切断した。店員が絶句するのを厭わず、そいつは更にその小さな塊を薄くスライスしスープの中に落とし込んだ。
    「ふははは! これで鰹節の出汁が溢れ、さらなる高みに向かうだろう!」
     店員は商品にならなくなったスープを見て言葉を失った。これでは今日の営業はできない。
    「明日も視察に来るのでな! 某が伝授した鰹節の力! 貴様の手でさらなる高みに導いてみるが良い!」
    「出たよ! 鰹節怪人!」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、なぜか手に湯気の立つうどんを持っている。その隣で鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)がずるずるとうどんの麺をすすっている。今回の情報の提供者だ。
     今回ラーメン屋に現れたのは、阿波鰹節怪人だ。彼は侍のような風貌で現れ、自らを『鰹武神』と呼ぶ。
     徳島県徳島市のラーメン屋に突如として現れた鰹武神は、市内のラーメン屋に出没し、鰹節ベースのラーメンの普及を画策しているようだ。
    「なんでラーメンなのかねぇ。どうせならうどんを広めりゃあいい話なんじゃねぇの?」
     千慶がぼやくが、その答えをまりんが持っているはずもない。
    「たまたま……じゃないかな?」
    「たまたま、ねぇ」
     案外そうなのかもしれない。ご当地怪人のやることを分析することは、あまり有益だとは言えないだろう。それならば打倒する手段を考えたほうが断然良い。
     鰹武神の主武装は刀で、『武』と銘打ちながら殺人鬼に近いサイキックを用いる。
    「武士っぽくはないから、あまり正々堂々とか考えなくていいよ。あっちは正々堂々戦えとか言うかもしれないけど」
     使う技と使用者の性格は一致しない。だが、戦いとは勝たねばならないのだ。その手段としてエンチャントによる強化が有効だが、鰹武神の鰹節にはブレイクの効果が備わっている。
    「鰹武神は二刀流の怪人で、小刀は鰹節を加工して作った鰹刀だよ」
     近距離戦闘が主となるが、二刀の流派には小刀を投げ、間合いを一気に詰めるといった奥義も存在する。
    「つまり、間合いの把握と敵の観察が重要ってわけか」
    「そうなるね。あとは……お店の被害を最小限に抑える努力をお願いね」
     敵を倒してもお店がメチャクチャ! というのでは、一体何をしに来たのか、という話になってしまう。討伐と防衛のバランスにも気を配る必要がある。
    「相手の一見それっぽい言動に惑わされないで。みんなはみんなが信じる戦いをしたらいいんだよ! みんなが無事に帰ってくるのを待ってるからね!」


    参加者
    ガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)
    桜庭・晴彦(ツッコミクロスカウンター・d01855)
    氷上・蓮(白面・d03869)
    鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)
    戯・久遠(暁の探究者・d12214)
    黒芭・うらり(中学生ご当地ヒーロー・d15602)
    クレイ・モア(ジャージックポテト・d17759)
    府頼・奏(純愛ラプソディー・d18626)

    ■リプレイ

    ●招かれざる客
     徳島県某所、そこに問題のラーメン屋がある。そこは鰹武神と名乗るご当地怪人の暴挙に頭を悩ませている。
    「今日も来るのかなぁ……」
     店員が憂うつそうにぼやく。
    「来るだろうなぁ」
     店員としてそこに立つ戯・久遠(暁の探究者・d12214)が、ぼやきに応える。相棒の霊犬風雪には、店外で待機してもらっている。
     店員はため息をひとつついて、それでも、開店間もない時間に足を運んでくれた3人の客のテーブルにラーメンを運んでいった。
    「おっ、うめーじゃん。このスープ」
     鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)は挑発のために考えておいたセリフを、率直な気持ちで言った。
    「このスープに鰹節を入れちゃうのよね」
     混ざった時の味を想像して、黒芭・うらり(中学生ご当地ヒーロー・d15602)が肩を震わせる。想像を絶する味だった。
    「正気の沙汰じゃないぜ」
     クレイ・モア(ジャージックポテト・d17759)もうらりと同じような表情で麺をすすっている。
     美味しそうに麺をすする3人から視線を外し、久遠は店外で待機しているメンバーを見た。
    「うまそうだな」
     店外待機組の桜庭・晴彦(ツッコミクロスカウンター・d01855)が、店内でラーメンを食べている3人を見ながらつぶやく。ちゃんと食事はしてきているが、目の前で食べられると欲しくなる。
    「ガハハ! 鰹武神を倒してから食べれば良いのだよ! 今度はこちらが見せつけてやろう!」
     ガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)が笑う。
    「……ご飯なら、あるよ?」
     氷上・蓮(白面・d03869)が湯気の立つ白飯を差し出す。よく見ると、彼女の手元には、まだもうひとり分の白飯があった。
    「蓮ちゃん、どして白飯なんか持ってんの? しかもおかずは持ってないやん」
     府頼・奏(純愛ラプソディー・d18626)は「おぉ……」と驚きながら言った。
    「挑発に……使える、かな? と思って」
    「待て、来たみたいだぜ」
     晴彦が指差す先には、何やら武士っぽい何かがいた。それはまさに威風堂々といったふうに店内へと入っていった。情報通り、腰には一本の刀と鰹節で作られた小刀のようなものを差している。店外挑発組から弛緩した空気が消え、じっとその時を待つ。
    「どういうことだ! まだ某の教えを理解していないようだな!」
     入店直後、ご当地怪人――鰹武神は、全く鰹節の香りがしないことに気づいて叫んだ。
    「うめぇ! このラーメンのスープ超うめぇぜ! 鰹節なんかとは違うな!」
    「貴様! 鰹節を愚弄するか!」
     鰹武神は抜刀し、その切っ先を千慶に向けた。一色触発の空気が流れた時、バンッ! と勢いよくドアが開けられた。
    「待てーい! 冷静に考えてみろ! そのラーメンに鰹節は合うだろうか?」
     飛び込んできたのは晴彦で、鰹武神の注意が晴彦に向けられる。この隙をついて、久遠とクレイが店員を店外に避難させた。店員がいなくなったことに気づいた鰹武神は、怒りで刀を震わせている。
    「逃げるのか愚か者め! 某の鰹節の絶技を全く理解できないようだな!」

    ●鰹節のプライド
    「ラーメンに鰹節? ないない! せっかくのラーメンが台無しやわ!」
     激高する鰹武神を奏が挑発する。鰹武神の血管が浮き出てきそうな勢いだ。
    「貴様らぁ!」
    「適材適所って言葉を教えてやるぜ! 表に出な、正々堂々勝負だ!」
    「ふははは! いいだろう! その安い挑発に乗ってやるわ! 正々堂々、一対一だな!」
     そんなことは一言も言っていないのだが、鰹武神はそう思っているらしい。普段ならやや心苦しいところだが、今はむしろ好機であるとさえ言える。
     挑発組の奮闘によって、ひとまず鰹武神は店外に出た。この店の駐車場は広く、十分に戦闘を行うことが可能だ。
    「さあ! ではまず誰からだ!」
     誰も名乗りはあげないが、代わりに、その背後に千慶が迫っていた。鰹武神の死角に潜り込み、そのまま一気に間合いを詰める。背後に回った千慶が羅漢を構え、鰹武神の腱を狙う。
    「小癪な! 卑怯者め!」
     ぎりぎりのところで身を翻した鰹武神の脚を羅漢がかすめ、細い血の線が路上を走った。傷は浅いが無傷というわけではないようだ。
    「正々堂々? 知るかそんなもん」
     千慶が言うと、鰹武神は静かに両の刀を抜いた。そして次の瞬間、千慶の視界から消えた。
    「武士とは正々堂々戦うものである。貴様もこの国に生まれたものならば、その程度心得ておろう」
     声は千慶の後ろから聞こえた。
    「危ない!」
     クレイが放った炎が鰹武神をかすめる。
    「貴様ら! 某ひとりに全員でかかってくるとは……恥を知れぃ!」
     鰹武神は叫ぶが、メンバーは耳を貸さない。それぞれが自分のやるべきことを考え、行動している。
    「蓮さん!」
     槍の準備をしていた蓮に、うらりがエネルギーで生成された盾を付与する。ブレイクされてしまう可能性は十分にあるが、それでもないよりはマシだ。
    「美味しそうな……鰹節」
     炎を躱してまだバランスが整っていない鰹武神に、蓮が槍を突き出す。
    「ぷすっ……と」
     だが鰹武神は器用に刀で槍を受け流し、踏み込んで、蓮の頭を鰹節の小刀で殴った。蓮の体がアスファルトの地面に飛ばされる。それと同時にうらりに付与された盾が砕けて消えた。
    「蓮! 大丈夫か」
     久遠が素早く蓮の傷を癒やす。
    「ガハハハ! だが攻撃は終わらないのだぜ!」
     ガムがキャリバーの後ろから、ご当地ビームを放つ。鰹武神はビームを跳んで躱したが、着地地点に別のビームが飛び込んできていた。
    「サクラバビィィィムッ!」
     ビームは鰹武神を捉え、鰹武神が全身を襲う衝撃に悲鳴を上げる。ビームが止まるとそこにはなぜか鰹節が散乱していて、晴彦は得意げに笑っている。
    「ふふ……すでに某所でご当地パワーを吸収していたのさ」
    「剣が達者なんやね。でもそれ、自重してや」
     奏の持つサイキックソードがまばゆい光を放ち、鰹武神を包む。鰹武神はよろよろと立ち上がり、散乱する鰹節を見て肩を震わせた。
    「貴様ら! 食べ物は丁重に扱わぬか!」

    ●怒涛の連撃
     怒号を響かせた鰹武神は、左手をなぐように振った。
    「うおっ!」
     飛来した鰹節の小刀を、晴彦が間一髪で叩き落す。だが、眼前にはすでに鰹武神が迫っていた。クレイのライドキャリバーが、とっさに彼らの間に割り込んだ。しかし視界から鰹武神が消え、気づけば晴彦の背後を取られていた。
    「鰹節の尊さを知れ、小僧」
     鰹武神が斬り上げた刀は晴彦の背を裂いた。
    「晴彦殿!」
     さらなる追撃が入る前に、ガムが鰹武神との間合いを一気に詰め、ガチン狐を振るう。鰹武神の体が宙を舞った。
    「晴彦大丈夫か!」
     クレイが隙を見てすぐに晴彦の回復にかかる。風雪もそれに加わった。
     鰹武神が落下する地点、そこには黒い影が大きな口を広げて待機していた。
    「お仕置きの時間だ」
     久遠が静かに告げる。獰猛な影が鰹武神を喰らった。中から鰹武神の悲鳴が聞こえる。すぐに影は消え、中から鰹武神が這い出してきた。這い出した鰹武神に、すかさず蓮が鋭いつららを飛ばす。
     つららは鰹武神の肩に突き刺さった。それは本命の刀を持つ肩ではなかったが、あの肩で鰹節の小刀を扱うのは至難だろう。
    「私……やられっぱなしは、嫌なの」
     肩を押さえる鰹武神に、傷が回復した晴彦が接近する。
    「さっきのお返しだぜ」
     鰹武神の背後から、後頭部をシールドで思い切り殴りつけた。鰹武神の体が一瞬ふらついたが、ダンッと思い切り踏み込み、彼は体勢を持ち直した。
     だがその一瞬のチャンスを逃すほど、灼滅者も抜けていない。
     すでに鰹武神の懐にはうらりが潜っていて、彼女は目にも留まらぬ光速の連撃を鰹武神に加える。
    「君が! マグロを食べるまで! 殴るのを止めない!」
     凄まじい攻撃の中、なぜマグロなのかという疑問がメンバーの頭に浮かんだ。しかも食べるにも現物がないからエンドレスに殴り続けることになるのでは、とは口には出せなかった。
     フィニッシュの一際重い一撃が鰹武神に叩きこまれ、彼の体が後ろにふらつく。
    「おら、慢心してるからこうなるんじゃねぇの?」
     羅漢を構えた千慶が冷たく言い放ち、龍をも殺す一撃を鰹武神に見舞う。
    「ご当地パワー、ちゃんと味わってや!」
     奏がトドメとばかりにご当地ビームを放つ。
     何度も見た攻撃、鰹武神は回避行動を取ろうとするが、ふらつく体では満足に動くことができなかった。直撃こそしなかったものの、かなりの痛手を受けた。
     それでも鰹武神は立ち上がる。彼には彼の目的があるからだ。
    「見せてもらったぞ! 貴様らの力! だが、某も負けてはおらん!」
     最後の力で鰹武神が刀を握る。
    「貴様らの命、某が貰い受ける」

    ●スープは飲む派? 飲まない派?
     空気がピリピリとしている。鰹武神からは慢心も隙も感じなくなり、先に行動すればその時点で命を奪われかねない危うさがある。かといってこの膠着状態が続くのは、あまり歓迎できることではない。
    (バレなければ……隙を一瞬でも作れば、みんなが倒してくれるはずだ)
     奏の足元から影が伸びる。それは大きく迂回し、メンバーや建物、木々の影の間を通りながら、じわじわと鰹武神に近づいている。
     奏とは向かい合う位置に立っている蓮や久遠たちはそれに気づき、その一瞬を逃さないように身構えている。
     だが、そういった企ては成功するのは稀だ。
    「小癪な!」
     鰹武神が動いた。影の出処である奏に向かって、一気に詰め寄る。死角をとったりするような余裕はすでに無いのか、愚直に彼の懐へ突き進む。あまりの気迫に奏の体が動かない。
     凶刃が奏に突き立てられる刹那、甲高いブレーキ音と金属同士がぶつかり合う音がした。奏の前には蜘蛛のようなライドキャリバーと、それに乗って盾を構え、鰹武神の刀を受け止めるガムがいた。
    「ウハハハ! 小細工は通用しなかったわけだな!」
     ガムはそう言った後、ニッと不敵に笑った。
     ガムの視線の先、そこには拳に電気を纏わせた久遠がいた。
    「終わりにしよう」
     久遠は鰹武神の懐に潜り込み、鋭い角度のアッパーカットを彼に振るった。
     鰹武神は地面にたたきつけられ、かすかに血を吐いた。仰向けに倒れた彼は、メンバーを見回し、どこか清々しそうに笑う。
    「盛者必衰。某もその例に違わんということか。しかし……某の代わりなどいくらでもいる。鰹節は永久に不滅、で、ある……」
     言い終わると、鰹武神の体が爆散し、そこには何も残らなかった。ただ鰹節の香りが風に乗って香るだけである。気づけば辺りに散乱していた鰹節もなくなっており、もしかすると鰹武神が冥途の土産に持って行ったのかもしれない。
     戦いが終わり、皆の緊張が解ける。
    「戦ったら腹が減ったぜ。ラーメン食おう、ラーメン。俺チャーシュだ」
     晴彦が伸びをして、メンバーに笑いかける。
    「俺、もう食ったぜ? 他んとこ行こうぜ」
     千慶が不満そう言うと、ガムが意地悪そうに笑う。
    「千慶殿は指を加えて見ているといいのだよ。ウチらは美味しくラーメンを頂く」
    「そうだな。俺も食べて帰ろうか」
     久遠もうなずく。
    「千慶くんも食べようや。みんなで食べると美味しいで。な、うらりちゃん」
     うらりもすでにラーメンは食べているのだが、奏があまりに爽やかに笑うので、「そうだね」とうなずいてしまった。
    「クレイさんもどうかな?」
    「ん? 俺は元々皆を誘うつもりだったぞ? 行こう行こう」
     クレイはかなり乗り気だ。
    「そういえば蓮がいねぇな」
     千慶は話題をそらすつもりで言ったが、アテは完全に外れた。奏が店内を指さす。
    「蓮ちゃんならもう食うてるで」
     蓮は額にすこし汗を流しながら、麺をすすっていた。そしてスープを味わい、器を片手で持ち上げて、店員に差し出した。
    「おかわり」

    作者:人鳥 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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