悪意の戦慄

■リプレイ

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　夏の暑さよりも熱の入った、管楽器の音が響き渡る校舎。この平和な学舎に迫る惨劇を食い止めるべく、灼滅者たちはやってきた。
　夏休みに入っていても、学校では様々な活動が行われている。そんな一般人たちを避難させる班と、敵に備えて待機する班とに分かれ、灼滅者たちは行動を開始する。
「皆さーん、ここは危険だから、逃げちゃうといいですよ。がおー」
　グラウンドで部活に励む生徒たちを、ぼんやりとした口調で一喝するのは、柏木・たまき（中学生デモノイドヒューマン・d19474）である。迫力など到底感じられぬ声音だが、王者の風の力が聞く者に衝撃を与えていた。
「――おう、ちょいとてめぇらの教室を借りるぜ？」
　そして駄目押しとばかりに、何如にもヤンキーといった風貌の遠藤・穣（高校生デモノイドヒューマン・d17888）に凄まれ、一般人たちはおずおずと学校をあとにする。
「なんだか、顔……怖いよ？」
「しょうがねぇだろ、今回は。俺も虫の居所が悪ぃんだよ」
　たまきの言葉に、不機嫌そうに返す穣。同じデモノイドを宿す者による事件とあって、彼の胸中は穏やかではなかった。

　一方校舎内の生徒や教員たちは、源・頼仁（伊予守ライジン・d07983）が同じく王者の風によって避難誘導していた。
「早くここから立ち去るんだ。そして今日はもう学校へ戻ってきちゃいけない」
　仲間のうちで最年少の頼仁だが、呼び掛ける声に弱さは微塵も見られない。これ以上の犠牲者を出させるわけにはいかない――という決意が込められているのだ。
「それではみなさん、お帰りはあちらですよ」
　頼仁によって促される一般人たちを、セレスティ・クリスフィード（闇を祓う白き刃・d17444）が柔和な声音で、しかし毅然とした態度で帰していた。
　心優しき彼女にとっても、気晴らしに命を奪うなど許せるものではない。私は人を守るための刃となりたい――それが彼女の決意である。

　――そして一通りの避難を完了させた頃。唯一ひと気が残された音楽室からの音色に誘われ、予測された刻限通りに男は現れた。誰もいないグラウンドを若干訝しみながらも、男は軽やかな足取りで校舎へと足を踏み入れる。
　出入口付近で待ち構えていた灼滅者たちは、敵に気取られぬよう息を潜めながら、音楽室で待機している仲間に合図を送った。

　音楽室の前で待機していた羽嶋・草灯（三千世界の鳥を殺し・d00483）の携帯が一瞬鳴ったかと思うと、すぐに切断される。事前に打ち合わせておいた、敵の襲来を告げる合図である。
「――来たみたいね。こっちもさっさとやっちゃいましょう」
　伊達眼鏡を外しつつ、草灯は言う。そして殺界を形成しつつ、傍らの御盾崎・力生（ホワイトイージス・d04166）と共に音楽室へと踏み込んだ。
「緊急事態だ、ここから逃げろ。非常口へ急げ、早く！」
　有無を言わせぬ口調で生徒たちに告げる力生。そんな突然の侵入者に怯え、演奏の手を止める生徒たち。草灯と力生は、彼らを安全な避難経路へと追い遣るのだった。

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　そしてその頃校舎の出入口付近では、仲間たちが敵へと挑みかかっていた。音楽室の生徒の避難が完了するまで、敵の進行を阻止しなければならないのだ。
　隠れていた物陰から真っ先に飛び出したのは、前衛の頼仁である。真正面から対峙しながら、鋭い眼差しで敵を見据える。
「――ッ！？　なんだガキ、突然出てきやがって。しかも随分とムカつく目をしてやがるな、まずはお前からバラしてやろうか？」
　敵は頼仁の出現に一瞬怯みながらも、見せ付けるように片腕を青い異形に変貌させる。
「……あんた、どうしてこんなことをするんだ？」
「おいおいビビんねーのかよ、もしかして俺のお仲間か？　まさかこんなところでお目にかかるとはなァ！」
　哄笑をあげつつ、異形の腕を振りかぶる男。そして一気に踏み込んで、頼仁との距離を詰める。
「ハハ――ッ！　お仲間だったら分かんだろ、これだけの力だぜ？　有効活用して楽しまねーと損じゃねーか！　えぇ！？」
「……そっか。本当にそんな理由で命を玩ぶんだな、安心したよ。あんたの性根はダークネスと同じだ！　ぶっ飛ばすのに、もう何の躊躇もしない！」
　自身に襲いかかる敵を前にしながら、頼仁は落ち着いた口調で応ずる。その落ち着きは決して油断などでなく、背後を預けた仲間への信頼によるものだった。
「――Vestis virum reddit！　簡単に倒れるんじゃないわよ」
　刃と化した敵の腕による斬撃を、突如飛来した光輪の盾が受け止める。
「……古人曰く、『顔は魂の指標である』ってね。酷い顔よ、アナタ。悪意に満ちた歪んだ目をしてるわ」
　頼仁を援護したのは、彼の背後に控えていたエレナ・フラメル（ウィザード・d03233）であった。
「一凶、披露仕る」
　続けて今度は敵の背後から、蛇の如き鈍色の刃が伸ばされ、その足を捕える。機を窺っていた叢雲・宗嗣（贖罪の殺人鬼・d01779）の得物『大百足・秋星』である。
「――くッ！？　他にもいやがったのか！」
「貴様のような存在を生んだ原因の一端は、俺にある。だからこそ贖いの為、貴様の首を貰う」
　宗嗣はかつてソロモンの悪魔・アモンと交戦しながらも、これを仕留め損なった過去がある。それを悔やみ続けている彼にとって、デモノイドロードとは清算すべき咎の一つであった。
「あんたみたいな命をなんとも思わない奴は、この伊予守ライジンが成敗してやる！　――南無八幡大菩薩！　この不届き者を誅する力を俺に！」
　頼仁もまた武器の封印を解くと、槍による刺突を見舞った。
　――その一撃が敵の心臓へと突き立てられる寸前、敵の体が突如として肥大化し始めた。そして瞬く間に、青き異形の怪物へと変貌する。
「ガァ――ッ！！」
　デモノイドと化した男は咆哮と共に腕を大きく振り乱し、前衛の灼滅者を後退させる。そして逃げ道を探すように周囲を見回す。
　そんな敵の退路を塞ぐように、すぐさま後方の仲間たちが立ちはだかった。
「やはり知性を持っているようですね……。中々厄介ですが、逃がしはしません！」
　敵の死角へと素早く回り込んだセレスティは、敵の動きを止めるべく刀で斬り付ける。
「――誰がお仲間だ、糞がッ！　てめぇと御揃いなんざ、虫唾が走んだよ！！」
　セレスティが作った僅かな隙を見逃さず、穣が異形の刃と化した片腕で斬り掛かった。
　未だ自身の力を受け入れることができない彼にとって、同種の力を容易に操りながら、悪事を働くデモノイドロードなど到底看過できるものではないのだ。
　そして彼らの続け様の攻撃を受け、数歩たたらを踏むデモノイド。そこへさらに、奇怪とすら言える巧みな動きで、敵を翻弄するたまき。
「ほっ、ちょい――やー！」
　彼女は寄生体を纏った縛霊手で壁を足場にし、一息に敵との間合いを詰める。そして異形の腕から網状の霊力を放ちながら、渾身の殴打を叩き込んだ。
「逃がしません、よー……。大人しくお縄につくといいです」
　たまきはぼんやりとした口調で言いつつ、霊力の網で敵をがんじがらめにする。

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　――戦闘が開始されたのと同じ頃、音楽室からの演奏は止んでいた。つまりそれは、そちらへ向かった仲間が役目を果たしているということだ。
　ならば自分たちが今できるのは、敵を一歩も進ませないこと――そんな思いを胸に、灼滅者たちはデモノイドと必死の攻防を繰り広げる。
　そして戦力的には遥かに差がありながら、戦況は一時的とはいえ拮抗していた。決して広いとは言えぬ校舎内での戦闘に、巨体のデモノイドは攻めあぐねていた。
　また灼滅者たちは手数の多さで、デモノイドの行動を執拗に妨害し、なんとか致命打を防ぎ続けていたのだ。
　だがそんな危うい均衡も、遂に崩れる時がくる。デモノイドは片腕を巨大な砲身と化すと、前衛の灼滅者へと瘴気を帯びた光線を放つ。
　宗嗣が仲間を庇うべく前に出るが、敵の光線はエレナが付与したシールドリングすら貫き、彼に直撃する。
　痛打を受けて片膝を付く宗嗣に、歩みよるデモノイド。その異形の顔はどこか、殺戮の愉悦に歪んでいるようであった。
　敵は刃と化した腕を振り上げる。他の仲間もみな傷を負っており、すぐに援護に向かえる状態ではない。
「――ふうん、以前見たデモノイドは哀しいものだったけれど、こんな悪い顔のもいるんだ」
　そこへ、敵の油断を突いて背後に迫った草灯が、ジグザグに変形したナイフ『望』による斬撃を見舞う。
「ガゥ――ッ！？」
　予期せぬ方向からの攻撃に反応が遅れ、デモノイドはその身を深く斬り裂かれる。
　草灯は一撃を食らわせると一旦敵から距離を取る。そんな彼の離脱を支援するように、力生のガトリングガン『メギド』が嵐のような弾雨を敵に放った。
「音楽室も退避完了。……ダークネスに聞かせる音楽はないのでな。演奏は中止してもらったぞ」

　こうして草灯と力生が参戦したことで、傾いていた形勢は一気に逆転した。仲間の中でも手練の二人がクラッシャーとディフェンダーに着いたことで、チームの攻防が持ち直したのだ。
「これ以上、その力を悪用させはしない！　ここで絶対に灼滅する！！」
　頼仁は自身の負傷をものともせず、仲間を守るために強烈なビームで敵の注意を引き付ける。
　そしてナイフを構えた草灯が、素早い身のこなしで敵を翻弄する。彼が求めるのは何よりも強敵との戦いだが、やはり下衆など見ていて気分のいいものではなかった。早急に決着をつけるべく、視界外からの斬撃で敵の防御を崩す。
「――ッ！　グゥァア――！！」
　眼前の草灯に反撃すべく、腕の刃で斬り掛かるデモノイド。だが力生の『メギド』による掃射が、敵の勢いを削ぐ。
　そしてその隙に敵の背後に回り込んだ宗嗣が、深手に臆することなく青き短刀『無銘蒼・禍月』で斬り付けた。
「Scientia est potentia！　動きを止めるわ。一斉攻撃よろしく」
　エレナの指の銀の指輪『エルダー・バウンド』から魔力の弾丸が放たれる。続け様の攻撃を受け、敵は大きく態勢を崩した。
「今が好機、こいつときみたちの違いを示してやるんだ！」
　後方に控える仲間――特にデモノイドヒューマンの二人へと、力生の力強い声が届く。
「ウッス！　俺らで決めてやりますよ！」
　その声に応じた穣は、片腕を刃に変異させながら敵へと向かう。デモノイドも同じく刃の腕で迎え撃とうとするが、セレスティのウロボロスブレイドによって捕縛される。
「一歩間違えていたら、私がこうなってたかもと思うと……あなた、すごく不愉快、です」
　そう静かな口調で呟きつつ、縛霊手を展開するたまき。敵に回避などさせないとばかりに結界を構築し、彼女もまた敵の動きを封じた。
　――仲間たちの攻撃によって、敵に致命的な隙が生じる。そこへ穣の、渾身の斬撃が見舞われる。
「さっさとくたばりやがれッ！　この糞野郎ォ！！」
　穣が振う正義の刃が、悪に染まったデモノイドロードを斬り伏せた。
「ガア……、ア……、バカナ――ッ！」
　断末魔の叫びと共に、青き怪物は息絶えるのだった。

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「てめぇはその、化け物の姿のまま朽ちやがれ。屑が……」
　残骸となって消えゆくデモノイドの亡骸を見ながら、穣は吐き捨てるように言う。自分は決して、化け物になるものか――悪に支配された敵の姿に、灼滅者としての決意を固めるのだった。
「最後に自分の命をチップに、『殺し合い』ってギャンブルに興じた気分はどう？
　……衝動のままに、誰かのお金と命を取ろうとした、アナタの強欲さが招いた死よ。ただの賭け事なら、負けから学ぶこともあったでしょうにね」
　残念だけど、これで次は無くなったわ――エレナもまた敵の骸に向けて、冷徹な口調で呟く。
「ああいう分かりやすい悪者って初めて見るのだけど、あまりいいものじゃないのね。敵手としては中々楽しめたけど」
　外していた伊達眼鏡をかけ直しながら、草灯はつまらなそうに言う。
「……こいつを倒したって犠牲になった人が浮かばれる訳じゃないけど、これ以上犠牲者が増えなくなるんだし、これでいいんだよな」
　そう呟いてから、実は俺らで音楽室で演奏ってのもしてみたかったんだけどな――と、照れ臭そうに言う頼仁。
「頼仁くん、色々考えて優しい……ね。今回は聴けなかったけど、今度頼仁くんの演奏……聴きたい、な」
　頼仁の言葉に、優しい口調で応じるたまき。
「お、おう！　もちろんだぜ！」
　やはり照れ臭そうにしつつ、元気に応じる頼仁だった。
　一方、戦いを終えてもどこか悲痛な表情の宗嗣。そんな彼に、力生が静かな口調で語り掛ける。
「確かにデモノイドは、悪魔アモンが造った。だが遠藤くんや柏木さんを見ろ。彼らはこの力と戦い、正しいことに使っている。『どの雲にも銀の裏地がついている』、デモノイドヒューマンという味方を、俺たちは得たんだ……」
　過ぎたことを言ったかな――という力生の言葉に、宗嗣はかぶりを振る。
「いや、確かにその通りだな。俺たちには新たな敵だけじゃなく、心強い仲間もできたんだ」
　鶴見岳でアモンに敗れてから、ずっとそのことを悔やみ続けていた宗嗣。だがそんな肩の荷も、今回のことで少しばかり軽くなった気がした。
「とにかく犠牲者が出なくて、本当によかったです。皆、お疲れ様でした！」
　そうして事件を締めくくるように、満面の笑みで仲間を労うセレスティ。
　人の身でありながら悪に心を堕とした怪物――デモノイドロードを無事灼滅した彼らは、静寂に包まれた学校をあとにするのだった。

作者：ＡｔｕｙａＮ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年8月19日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 6
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