ステラ・ポラリスに捧ぐ

    作者:西東西


     数年前の、夏。
    「おばあちゃん。しんだら、なにしてほしい?」
    「フン。そうさね――」
     幼女と老女のささめきごとは、セミの喧騒に、まぎれて消えた。

     現在。
     夏休みがくると、家族三人で田舎へ帰るのが我が家のお決まり。
     おじいちゃんのお墓参りついでに、おばあちゃんの家に数日間滞在する。
     だけど、この夏。
     大きらいだったおばあちゃんが死んだ。
     あっという間にお通夜がひらかれ、弔問客が集まった。
     青い空に、入道雲。
     白と黒の鯨幕(くじらまく)の向こうで、黒服を着た親戚のおじさんや、おばさんが囁きあっている。
    「今年もひどい暑さだし、老体にはこたえたんだろう……」
    「お歳だったもの。大往生よ」
    「それより、形見分けどうする」
     おとなたちは、もうおばあちゃんの居ない日々について話をしている。
     明日には、おばあちゃんを火葬場へ連れていってしまうらしい。

     夜。
     酔いつぶれた大人たちの目を盗んで、棺を覗きこんだ。
     灰になったら、もう、なにもできなくなってしまう。
    (「行くなら、今しかない」)
     おばあちゃんは、いつだってこの家の中心に君臨していた。
     だれかに会うたび、小言を言って、怒っているようなひとだった。
     怒る声が怖くて、大きらいだった。
     だけど。
     むかし、むかしに、約束した。
    「おばあちゃん。行こう」
     ――わたしが、願いを叶えてあげる。
     

    「ひとりの少女が、闇に堕ちようとしている」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)の言葉に、教室がしんと静まりかえる。
     少女の名は、天海・凪沙(あまみ・なぎさ)。
     中学一年生の夏休みに、家族で田舎へ帰省中だった。
    「だが、そのさなかに、天海凪沙の祖母が亡くなった」
     おそらく、覚醒したのはこの時。
     通夜を済ませた夜、凪沙はノーライフキングの力で祖母をよみがえらせ、そのまま山中へ逃亡。
     現在も祖母のゾンビを従えたまま、山に潜伏しているという。
    「天海凪沙はいまのところ、だれかを殺害したり、脅かすような様子はない。しかしこのまま見過ごせば、やがてダークネスに支配され、完全なノーライフキングとして新たな事件を起こす可能性がある」
     よって事態が悪化する前に接触し、『救出』か、『灼滅』かを見極めて欲しいというのだ。
     
     接触するタイミングは、夜間。
     凪沙は日中は山のいずこかに姿を隠しているが、夜には祖母のゾンビを連れ、山頂をめざす。
    「山には人が行き来してできた獣道がある。移動する際、その道筋をたどるのは確かだ。山頂へ向かうまでの道で接触するか。あるいは、山頂で接触するのかは、きみたちの判断に任せたい」
     灼滅者と戦闘となれば、凪沙は祖母のゾンビを連れて逃走を図る。
     その間は、鉈を持ったスケルトン3体と、蝶の群れが灼滅者たちの前にたちはだかる。
     スケルトン3体は、遠近両方の攻撃を。
     蝶の群れは、毒と睡眠の効果がある遠距離攻撃をしかけてくる。
     眷属が倒されれば、祖母のゾンビと凪沙自身も戦闘を行おうとするだろう。

     また、凪沙にひとの心が残っているとすれば、説得を試みるのも有効だ。
    「……しかし。天海凪沙は、なにかしらの強い意志をもって、現在の行動を起こしているふしがある」
     闇に堕ちてなお、通そうとするほどの『意志』だ。
    「説得のカギとなるのは間違いない。……しかし裏をかえせば、それが天海凪沙を追いこむ引きがねにもなりかねない」
     ひとつ間違えば、完全なダークネスとして覚醒させてしまうかもしれない。
     その覚悟で臨んでくれと、一夜は厳かに告げた。
     
    「……どうして、凪沙は山にのぼるの?」
     ふいに、七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が声をあげた。
     一夜はその疑問にはじめて気づいたように、眉根を寄せる。
    「理由は、わからない。登山で有名な山というわけでもなし……。山頂には、なにもないはずだ」
    「なにもないのに、のぼるの?」
     さかなは、こくりと首をかしげる。
     資料を手に思案しはじめた一夜を見て、静かに、まばたきした。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    レオノール・アンプレティカ(ダンデライオン・d02043)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    藤平・晴汰(灯陽・d04373)
    ファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)
    イレーナ・カフカ(白い小鴉・d18112)
    モア・ミュー(星綴・d18442)
    ユウ・シェルラトリア(七の星架・d19085)

    ■リプレイ

    ●夢現
     一歩進むごとに、身体から感覚が喪われていく。
     一歩進むごとに、私が虚ろになっていく。
     指先が、どんどん、鋭利にすきとおって。
     つかむおばあちゃんの手を、傷つける。
     骸骨が先をゆき。
     蝶がひらひらとまとわりついて。
     真っ暗な森のなか。
     まるで、夢を視ているみたい。
     悪い、夢を視ているみたい。
    「もうすぐだよ、おばあちゃん」
     約束のしるべ。
     あの、ステラ・ポラリスまで――。

    ●夢のはじまり
     エクスブレインから予測を聞いた灼滅者たちは、ノーライフキングと化しつつある少女――天海・凪沙(あまみ・なぎさ)が現れる山頂に待機し、その行動を見守ると決めた。
     各々が明かりを手に、山頂へ至る道を急ぐ。
    「お婆ちゃんは、なにを願ったのかなぁ」
     藤平・晴汰(灯陽・d04373)が夜空を見あげ、つぶやいた。
    「どんな願いであれ、死者を蘇らせるのは空しいことだ」
     ファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)は、かつて己も同じ轍(わだち)を踏んだがために、それがどんなに空しいことかを理解している。
    「どうしてこの山にこだわるのかが気になりますが、目的は、達成させてあげたいですね」
    「これ以上、悲しいできごとを増やさないために。尽力しましょう」
     レオノール・アンプレティカ(ダンデライオン・d02043)とモア・ミュー(星綴・d18442)の言葉は、皆の想いでもある。
     闇の力を手にしてまで果たしたかった、『何か』。
     それを妨げたくないというのが、今回作戦に参加する者たちの総意なのだ。
    「みんなも。おてつだいよろしく、ね」
     七湖都・さかな(終の境界・dn0116)は手伝いに集まった灼滅者たちに向かい、深々と頭をさげた。
     山間には、『魂鎮めの風』を持った佐和(d09955)や詠祈(d15122)が待機する。
     万が一、一般人が戦場近くに現れるようなことがあれば、亮(d08779)や壱里(d02556)も、ともに避難誘導にあたる手はずだ。
     戦闘ではギルドール(d10454)、登(d13258)、有無(d03721)が、さかなのサポートや仲間たちの支援を行う。
     それでも場が緊張に満ちているのは。
     今、この瞬間も。
     凪沙のダークネス化が、進んでいるかもしれないからだ。
    「急いで先回りしましょう。手おくれに、なる前に」
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の言葉に頷き、灼滅者たちは、闇を駆け抜ける。

     山頂にたどり着いた一同は、身を隠してその時を待った。
     やがて先行するスケルトンが姿を現し、青い燐光をはなつ蝶が、ひらひらと周囲を舞いはじめた。
     少し遅れて、少女の姿。
     見れば身体の結晶化が進んでいるらしく、手足のあちこちが鉱石のように光り、煌めいている。
     少女――天海・凪沙は天上を見あげ、「うん。ここが良い」とひとりごちた。
     3体のスケルトンに、山頂を掘るように命じる。
     灼滅者たちは顔を見合わせ、頷いた。
     身を隠していた場所から移動し、凪沙を驚かさないようにと、静かに声をかける。
    「こんばんは。ここの景色は、素敵だね」
    「星明りがすごくきれいで。空が、すきとおるようです」
     ユウ・シェルラトリア(七の星架・d19085)とイレーナ・カフカ(白い小鴉・d18112)の声に、スケルトンが振りかえった。
     凪沙も一瞬身構えたが、続いて頭上から降ってきた声に、眷属を制する。
    「……こんばんは。なに、してるの?」
     箒に乗ったマリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)が、ふわりと凪沙の眼前に舞い降りる。
     スケルトンやゾンビ、結晶化しつつある己の姿を見ても驚かないとわかるや、「やっぱり、夢なのかな」と、呟いて。
    「あなたたちと同じ。星を、見にきたの」
     背中に祖母のゾンビを隠すようにしながら、明かりを手にした灼滅者たちをまぶしそうに見つめかえす。
     敵意は、見えない。
     だがそれは、限りなくひとに近い心をもったまま、ダークネスに脅かされている証でもあった。
     なにがきかっけで反感を持たれるかは、わからない。
     マリアは慎重に言葉を選び、問いかける。
    「それは、貴女の望み? それとも……後ろの、お婆さんの、望み?」
    「おばあちゃんの、望み。約束をしたの。ここに、連れてくるって」
     凪沙は間をおかずに、答えた。
     はっきりと告げる様子は、どこか、己に言い聞かせているようにも見える。
    「……約束は、大切。果たそうとしているキミを、ボクは止めないけど」
     ユウはそこで、一度言葉をきる。
    「お婆ちゃんも山登りで疲れただろうし、そろそろ、休ませてあげて」
    「もう終わりにして、皆のところに帰りましょう?」
     重ねた晴汰とモアの言葉に、凪沙は、喘ぐように零した。
    「…………なにを、言ってるのか。わからない」
     パキン。
     なにかが凍りつくような音が響き、凪沙の首筋が、透きとおっていく。
    「凪沙」
     さかなが、静かに呼びかける。
     だが少女は祖母の手を引き、スケルトンの掘った穴に立たせた。
     燐光をはなつ蝶が次から次へと舞い寄り、祖母の身にとまり、翅を休める。
     幻想的な光景。
     だがその違和感に、レオノールが気付いた。
    「……まさか。お婆さんを、もう一度『ころす』つもりですか!?」
     蝶は、ただ祖母の身にとまっているのではなかった。
     その身を、燐光で溶かそうとしていたのだ。
     ぼろぼろと溶け崩れていく祖母を見やりながら、凪沙はすきとおった手で、顔を覆う。
    「おばあちゃんは、言った。お墓はいらない。星の見える場所に埋めてくれって」
     パキン、パキン。
     頬が、耳が、みるみるうちに結晶と化していく。
     ファリスは心の底から叫んだ。
    「おばあちゃんは、一生懸命生きたんだよ! 生きて、おやすみする時が来たんだ! 人として、眠らせてあげよう……!」
     願いを叶えるために蘇らせ、己の手で二度目の死を与えるなど、あってはならない。
     祖母のために。
     何より、凪沙のために。
     しかし凪沙は聞き入れない。
    「約束。北極星(ポラリス)のもとに、おばあちゃんを連れていく」
     ――だれかに会うたび、小言を言って、怒っているようなひとだった。
     ――怒る声が怖くて、大きらいだった。
     だけど祖母はいつだって、自分たちの中心に君臨していた。
    「冷たい石の下なんて……おばあちゃんには、似合わない!」
     叫びとともに、蝶の群れが祖母のゾンビを覆いつくす。
    「そんなことしたら、お婆さんと、ちゃんと……お別れできなく、なる」
     遺体は棺に戻すべきだと考えていたマリアは、祖母のゾンビから蝶を払おうと間合いに飛びこんだ。
     だが、スケルトン3体に行く手を阻まれ、マリアの霊犬が主をかばいに入る。
     マリアは影業を繰り、やむなく戦闘を開始。
    「Slayer Card,Awaken!」
     アリスはスレイヤーカードを手に、封印を解放する。
     見あげれば、煌々と照る月。
    (「願わくば月の光が、彼女の心まで照らしてくれますように」)
     祈り、呪文を唱えた。

    ●夢のおわり
    「凍てつく世界に堕とされし、凍れる魔狼よ。汝の永劫の怨みもて、この現世に、一時の氷雪を!」
     アリスのフリージングデスがはしるや、蝶は凍りつき、砕け散る。
     だが、いかんせん数が多い。
    「オレも蝶を狙います!」
     レオノールが加勢し、同様に、群れを凍らせていく。
     さらに有無が結界糸で援護すれば、蝶たちは行く先を失い、次々と墜ちていった。
     凪沙は祖母を連れて逃げようとしたが、手助けに駆けつけた灼滅者たちが周辺を囲み、逃走を阻んだ。
     自身と境遇の重なる凪沙を前に、イレーナはたかぶる気持ちを押さえつける。
     大切な者を失った過去を想いだし、涙が、頬を流れる。
    「『亡くなる』って、あまりに残酷です。お話ししたり、ごはんを食べたり。そばに居ることさえっ、できなくなってしまうのですから……!」
     大切な者をうしなうことの、辛さ。
     それがわかるからこそ、灼滅者たちは極力、凪沙と祖母を傷つけないように立ち回った。
     晴汰は螺穿槍でスケルトンを貫きながらも、説得を続ける。
    「俺はおばあちゃん子だから、凪沙ちゃんの気持ち、全部はわからないかもしれない」
     灼滅者たちを拒絶するように顔を覆い続ける凪沙へ、声を張りあげる。
    「でも、願いを叶えてあげたいって気持ちは、わかるよ。だって、『最期の約束』だもんね……!」
     パキンパキン、パキン。
     砕ける蝶のはね。
     すきとおる凪沙の身体。
     月明かりに煌めく少女が、屍(かばね)の王と化していく。
    「おばあさんだって、これ以上の事は、もう、望まないと思います……!」
     モアの顕現させた十字架が、3体のスケルトンを灼きつくす。
     仲間たちの回復をナノナノ『シェリル』や登に任せ、ファリスは影業『黄昏』で1体のスケルトンを捕縛し、その勢いのまま砕いた。
     さかなは冷気のつららを放ち、別の1体のスケルトンを凍りつかせる。
     回避しきれずに受けた傷は、傍にいたギルドールが集気法で癒した。
     さかなは意を決して顔をあげ、凪沙を見据える。
    「…………『天海は優しいんだな』って。治胡が、言ってた」
     予測を聞いた時、教室で聞いた治胡(d02486)の言葉。
     本来であれば、この場にいるはずだった。
     だが今、彼女は凪沙と同じように『境界』に立ち、内なる炎と闘っている。
     ――あんなに近くにいたのに。どこにも、居ない。
     その重さ、哀しさを、さかなは改めて強く感じる。
    「かえろう」
     ほんのすこししか面識のない己が、こんなにも強く治胡の帰還を望むように。
     凪沙の帰りを、だれかが必ず、待っているはずだ。
    「スケルトン、1体片付いたよ!」
     渾身の連撃を放ったユウの足元で、ばらばらになったスケルトンが、灰と化して消えていく。
    「……こっちも、灼滅完了」
     灰になった最後のスケルトンを見送り、マリアが凪沙に向き直る。
     蝶の群れを殲滅したアリスとレオノールは、続けて祖母のゾンビを凍り付かせた。
     身動きの取れなくなった祖母を見やり、凪沙はなおも頭を抱える。
    「私は、約束を叶えたかった」
     だが祖母の手をとっていらい、ずっとずっと、知らない声が囁いている。
     屍を増やせと、けしかける。
     灼滅者たちは攻撃を受けながらも、辛抱強く凪沙に語りかけた。
    「君のおばあちゃんは、いつも怒ってて怖い人だったでしょ? だけど今は違う。怒りもしないし、ましてや笑ってもくれない」
     「君が、そうしたんだ」と、ファリスが告げる。
     それが、闇の――ダークネスの力なのだと。
    「約束を守るのは、すごく偉いよ。でも、今の君を見たら、お婆ちゃんは怒るんじゃないかな。『君をこんなにしてまで、叶えたくなかった』って!」
    「あぁあ、あああぁああ、ああああああ!!!!!」
     晴汰の言葉に、ノーライフキングが悲鳴をあげる。
     力の御し方を知らない少女の嘆きは、青い十字を林立させ、惑うように光が飛び交った。
     ユウをかばったマリアの霊犬の姿が吹き飛び、回避に失敗したさかなも、大きく体力を削られる。
     すぐにギルドールと有無が駆けつけ、その場から連れだした。
     イレーナはとっさに、凍りついた祖母のゾンビをかばう。
     そうでもしなければ、祖母の身体は消滅していたところだ。
     なおも降り注ぐ光をWOKシールドではねのけ、叫ぶ。
    「このままでは、あなたの素敵な気持ちも約束も、『無かったこと』になってしまいます! だから、お願いです! 帰ってきて……っ!」
     続くレオノールは影業で戒め、希望をこめて呼びかける。
    「気を強くもってください! あなたは、お婆さんを二度も喪う必要は、ないんです!」
     マリアは光をぬい、駆けた。
     慈悲をかけた一撃を、ノーライフキング――凪沙へと繰りだし、問いかける。
    「……お婆さんのこと、好きだった? 好きに、なりたかった?」
    「幼いころの約束を覚えているという事は、本当は、おばあさんが大好きだったんじゃないんですか?」
     モアはウロボロスブレイドを手に、一気に切り裂いた。
     剣の痛みが、言葉の痛みが、ただただ、凪沙を目覚めさせるようにと願う。
     ユウの放ったオーラは凪沙を穿ち、すきとおった身体を弾きとばした。
    「キミが人の心を失ったら、きっと、お祖母様は悲しむと思う」
     身も心もぼろぼろになった凪沙を見おろし、小さく告げる。
    「他人のボクでさえ、すこし哀しいからね」
     叫び。
     問いかけ。
     願い。
     告白。
     絶えず呼びかける声が、降り積もる。
     うずまく闇を、惑いを、払っていく。
    「好きに、なりたかった。大好きだった。でも、叶えては……いけなかったの?」
     顔を覆っていた手をはなし、ノーライフキングであり、天海凪沙でもある少女は、灼滅者たちを見つめた。
    「ええ、そうよ。凪沙さん」
     アリスは光剣『白夜光』を手に、一歩一歩、間合いを詰める。
    「たとえお祖母さんが、魂を天の中心に送ってほしいと、願ったとしても」
     生と死。
     光と闇。
     そして、人間とダークネス。
     ひとがひとであり、闇が闇たる境界。
     その闇の淵から力を紡ぎ、アリスは告げる。
    「世界には。越えてはいけない、『境界線』があるの」
     詠唱圧縮した白い魔法の矢が、一直線に胸を貫く。
     ――ぱりん。
     はかない音、ひとつ。
     少女の身を覆い尽くしていた結晶が、いっせいに砕けて、消えた。

    ●Dear stella POLARIS
     倒れた凪沙は、すぐに目覚めた。
     「祖母の遺体を棺に戻そう」という灼滅者たちの提案も、静かに聞き入れ、同行した。
     棺を守っていた大人たちは、詠祈と佐和の『魂鎮めの風』で眠らせた。
     晴汰が『擬死化粧』で遺体を整え、花を供えれば、安らかに眠る祖母の姿がある。
    「おばあちゃんを……ありがとう」
     凪沙はそこでようやく、灼滅者たちにむかい、微かに微笑んだ。

     ――あたしを弔うのに、花束なんざいらないよ。
     北辰ひとつ。
     それさえあれば良い。
    「おばあちゃんは、そう言ったの」
     それは凪沙にとって、最初で最後の、祖母との『約束』。
     たったひとつ、なにに代えても守るべき『絆』だった。
     そしてその想いの強さが、祖母の死をきっかけに、闇を呼びこんでしまった。
    「ここからでも、星がよく見える……ね」
     頭上には、満天の星。
     マリアの言葉に、凪沙は天を仰ぐ。
    「あ、蝶……!」
     ふいに、モアの眼前を、一羽の蝶がよこぎった。
     蝶は凪沙の周囲をひらひらと旋回し、やがて山へと消えていく。
     不思議がる灼滅者たちに、アリスが言った。
    「知ってる? 蝶は、死者の魂を運ぶのよ」

     目覚めた力のことは、まだ良くわからない。
     自分が、どうしたいかも。
     祖母の遺体は明日には灰になって、凪沙の手には、なにも残らない。
    「それでも。きっと、大丈夫」
     約束のしるべ。
     あのステラ・ポラリスが、空の真中にある限り。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 15/キャラが大事にされていた 2
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