臨海学校~夏と海と厄介事

    作者:緋月シン

    ●福岡県能古島海水浴場
     燦々と降り注ぐ光は、陽も傾きだしているというのに未だ衰える気配を見せなかった。
     その様子はまさに夏の昼間といった様子だが、それを浴びる者にしてみれば堪ったものではない。ただでさえ暑いというのに、それを直接受けてしまっては尚更である。
     だがその中にあって、そこに居る者達はそれをものともしなかった。幾ら照らされようとも、知ったことかとばかりに騒ぎ、はしゃいでいる。
     彼ら彼女らが動く度、足元の水が揺れ、跳ね、飛沫が飛ぶ。
     海である。
     その場に居る者は様々だ。大人が居れば子供居るし、男が居れば女も居る。海水浴を楽しんでいる者が居れば、日光浴を楽しんでいる者も居る。
     しかし共通して言えることは、皆が皆その顔に笑顔を浮かべ、楽しんでいるということであった。

    「きゃーーーー!」
     悲鳴が上がったのは唐突だった。その声を耳にした者達が、何事かと視線を向ける。
     海水浴場であれば、トラブルなどはよくあることだ。人同士の喧嘩なども有り得るし、砂に紛れていた何かで怪我をすることもある。
     だから砂浜に赤い色が混じっていたのは、まだ予想の範囲内だ。
     けれどそこで起こっていたのは、そんな生易しいものではなかった。
     飛び散っているのは赤黒い液体。それと共に人が砂浜へと倒れこみ、悲鳴と怒号が飛び交う。
     それをもたらしているのは五人の人間だ。年齢的には少年と呼ぶべきだろう者達が、その手にナイフを持ち悪意をばらまき続けている。
    「くくく、俺達は選ばれたんだ!」
     叫んでいるのは意味不明な言葉。だがそれに関して考えている余裕などは、あるはずがない。
     楽しいはずの場所は、一瞬にして惨劇の舞台と化したのだった。

    ●臨海学校と事件
    「夏休みといえば臨海学校ですが、臨海学校の候補の一つであった九州で大規模な事件が発生する事が分かりました」
     教室に皆が集まったのを確認すると、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそう言って話を切り出した。
     それを聞いた者の反応は様々だ。だが何処か全体的に、やはりかと納得するような落胆するような雰囲気が流れている。
     臨海学校が平穏無事に済むとは、皆最初からあまり思ってはいない様子であった。
    「もっとも大規模とはいえ、事件を起こすのはダークネスや眷属、強化一般人ではなく、普通の一般人です」
     そのため、灼滅者であれば事件の解決は難しく無いだろう。
     事件が起こる場所は、福岡県博多区、及び博多湾の周辺だ。
    「皆さんに担当していただきたいのは、その中でも能古島の海水浴場となります」
     事件が起こるのは昼過ぎ。海水浴場で遊んでいた人たちに、合計で五人の少年達が襲い掛かる。
     一般人ではあるが、その手には全員刃物を持っており、他の一般人にとって十分以上に脅威だ。放っておけば、大量殺人が起こってしまうだろう。
    「また、この事件の裏には組織的なダークネスの陰謀があると思われます」
     敵組織の目的は分からないが、無差別連続大量殺人が起こるのを見過ごす事は出来ない。
    「彼らをどのように止めるかは、皆さんに任せます」
     相手は一般人であるので、気絶させるのは容易であるだろうし、ESPを使用することも可能だ。
     もっとも周囲には沢山の一般人が居るため、その点は留意しておく必要がある。
     そして止める事が出来るのは、彼らが動き出してからだ。これは人が多く特定が困難なため、どうしようもないことである。
     つまり被害者が出てしまう可能性が高いが、相手は一般人であるために即座に致命的な何かに繋がる可能性は低い。
     勿論時間が経過してしまえばその限りではないが、そこら辺はやり方次第だろう。
    「それと、殺人を起こす一般人は、何かカードのような物を所持しており、それに操られて事件を起こすようです」
     原因と思われるカードを取り上げれば直前までの記憶を失って気絶するようなので、あとは適当な場所に運べば問題ない。カードそのものは特徴的なものなので、見れば一目でそれと分かるはずだ。
     ちなみにその場で敵組織の狙いを調べることやカードの分析などを行なう必要はない。
     というよりは、出来ないというべきか。さすがにその場で調べられるものではないだろうし、皆が戻ってきてから行なうことになるだろう。
    「尚、今回の事件解決は、臨海学校と同時に行われる事になっています」
     つまりは、事件前は普通に臨海学校を行い、能古島に行って事件解決。その後はそのまま海水浴場で臨海学校の続きを行なう、というわけだ。
    「ですので、事件発生前、及び事件解決後は、臨海学校を楽しんで欲しいと思います」
     解決後はともかく解決前は難しいかもしれないが、皆はあくまでも学生である。楽しめるのならば楽しんだ方がいいだろう。
    「私は事件解決のお手伝いをすることは出来ませんが、臨海学校には一緒に行きます。皆さんと一緒に楽しめるのを、楽しみにしています」
     よろしければ、お誘いくださいね。
     そう言って、姫子は話を締めくくったのだった。


    参加者
    各務・樹(灰青紫霄・d02313)
    杉凪・宥氣(疾風朧月・d13015)
    刄・才蔵(陰灯篭・d15909)
    咲々神・美乃里(戦争寝落ちびこねこ・d16503)
    麻宮・ゆりあ(プラチナビート・d16636)
    河内原・実里(誰が為のサムズアップ・d17068)
    不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)
    天倉・瑠璃(吸血天使・d18032)

    ■リプレイ


     まるで熱線が如き太陽の光を浴びながら、各務・樹(灰青紫霄・d02313)は砂浜の上を歩いていた。
     その様子は少し落ち着かなげであるが、それも仕方のないことだろう。
     巡らせる視界の中には、沢山の人影がある。しかし予め聞いていた情報から、まずは年齢と性別、さらに家族連れなどは監視の対象から外すことが出来る。
     それらを考慮した上で、事が起こった時に迅速に動けるよう気を張りつつ、樹は見張りを続けるのだった。
    「さて事件解決に向けて頑張りますか」
     お菓子を口に放り込みながら呟くのは、杉凪・宥氣(疾風朧月・d13015)だ。その顔に伊達眼鏡をかけつつ、周囲を見て回っている。
     何処か暢気にも見えるのは、自信の表れだろう。一般人相手ならば遅れを取るわけがない、という。
     とはいえまずは見つけられなければ話にならない。少年達を探すために、宥氣は歩を進めた。
     人で溢れている浜辺だが、その中でも特に人が集まっている一角があった。その中心にはパラソルがあり、その下で寝そべっている影が一つある。
     麻宮・ゆりあ(プラチナビート・d16636)だ。
     黒の三角ビキニにTバック、透けパレオを身に纏ったその姿は確かに魅力的であるが、視線が集まっている理由はそれだけではない。ゆりあはラブフェロモンを使用しつつ、集まった人々の表層意識を読み取っていく。
     自身に関するもの等の余計な思考は無視しながら、異常な思考をしている者を探すためにゆりあは二つのESPを使い続けるのだった。
     一方、刄・才蔵(陰灯篭・d15909)は水の中に居た。あまりの暑さに涼んでいる、というわけでは勿論ない。海辺近くや泳いでいる者の中に操られている者が居ないかを探すためだ。
     上着を着ている者や手に何かを隠し持っていそうな者、怪しい挙動をしている者がいないかを注意し探しながら、水の中を進んでいった。
     天倉・瑠璃(吸血天使・d18032)は気だるげな雰囲気を漂わせながら歩いていた。日傘を差し日焼け止めを塗る等日焼け対策は完璧であったが、暑さだけは如何ともし難い。
     その隣を歩くのは咲々神・美乃里(戦争寝落ちびこねこ・d16503)である。折角の臨海学校まで事件かと思わないでもないが、放っておくわけにもいかない。
     気だるげでありながらも日傘は死守するとでも言わんばかりの瑠璃の様子に苦笑を浮かべつつも、美乃里は周囲へと視線を配っていく。
     上着などを着ている少年を重点的に探してはいるものの、場所が場所だけにそういった者は珍しくない。
     だからそこに視線がいったのは半ば偶然だった。
     パーカーを羽織った少年。ポケットに入れられ隠れている右手。
     地面を蹴ったのは、反射的な動きだ。
     引き抜かれる右手。太陽の光を反射し、鈍く光るそれ。目の前には少女。
     楽しげに笑っている少女は、背後から迫るものに気付きもしない。
     残った距離は数メートル。だが少年の腕は既に半ばを過ぎ去っている。
     握られたナイフが、少女の肉体を――
    「させませんっ!」
     その瞬間、二人の間に一つの影が飛び込んだ。不破・桃花(見習い魔法少女・d17233)である。
     ナイフの先に身体を滑り込ませ、桃花は身を挺して少女を庇う。直後にちくりとした痛みが襲うが、構いやしない。
     素早くナイフを叩き落し――即座に少年の真横へと移動すると、両手を広げた。
     直後、その眼前にぴたりと足先が止まる。鼻先数センチのそれに、しかし桃花は怯むことはない。
    「……カードを持った奴だってのに、庇うのか?」
     言葉は瑠璃のものだ。桃花がそのような行動をしなければ、瑠璃の蹴りはそのまま少年の意識を刈り取っていただろう。
     それは確かに手っ取り早く、確実な方法ではある。
     しかし。
    「私の行動の最優先は、一般人の方の安全ですから」
     例え操られていたとしても、桃花はそれを是とするつもりはない。ただそれだけのことである。
    「……ちっ」
     瑠璃は容赦も慈悲も与えるつもりはなかったが、さすがに仲間の制止を振り切ってまでやるつもりはない。
     それに、その意味もなくなった。
     視線を向ければ、少年は倒れ代わりに黒いカードを手にした美乃里の姿がある。
     少年へと、瑠璃が一歩近付く。咄嗟に桃花が身構えるが、別に何かをつもりはない。
     ただ。
    「選ばれた? だったらもっと強くなれよ雑種、殺人したいんだったらもっとちゃんと殺れよこっちだってんなメンドクサイことしなくちゃいけないんだよしかもこんな太陽でてる暑い日によぉ」
     せめてこのぐらいの八つ当たりは許せとでも言わんばかりの視線に、桃花は少しだけ口元を緩めた。
    「お、そっちも終わったか」
     そう言いながら近付いてきたのは河内原・実里(誰が為のサムズアップ・d17068)だ。その手にも黒いカードが握られている。
     もっとも美乃里もそうだが、直接触ってはいない。カードが灼滅者に効力を及ぼさないとは限らない、ということに思い至った実里が、事前に皆にそのことを伝えていたためである。
    「それにしても、これに鼻は利かなかったか。業を背負わせる程のモノだったらもしや、とも思ったんだが」
     カードを軽く振りながら、実里が少し残念そうに呟く。
     残るカードの一枚はゆりあが、さらにもう一枚は才蔵が無事に回収した。
     そして。
    「はい、そこまでよ」
     鈍い光が煌いた刹那、樹は最後の少年の腕を掴んでいた。
    「さて、出来ればカードの入手先とかを尋問したいのだけれど」
     結論から言ってしまえば、特に入手出来た情報はない。どうやらそもそも本人がよく覚えていなかったらしい。
     とはいえ、これで全てのカードの回収は完了。大した混乱もなく、事件は無事に解決したのだった。


     事件が解決したのを確認した樹は、無常・拓馬(魔法探偵営業中・d10401)と合流していた。
     カードの出所等気になることはあるものの、今は分からないと明言されてしまっている。であるならば一先ずそれらのことは忘れ、後は思う存分臨海学校を楽しむだけだ。
     樹達が居るのは海辺である。しかし遊ぶためではない。いや、それでも間違ってはいないのだろうが、厳密には異なる。
     樹は水が苦手だ。修学旅行でシュノーケリングをやり少しは慣れたと思うものの、未だ泳ぐことは苦手である。
     だがだからこそ。
    「拓馬くん、教えてくれる?」
    「喜んで。でも大丈夫か?」
     拓馬は勿論樹が水が苦手だということを知っている。だからこその問いであったが、それに対する返答は笑みだった。
    「ええ。足がつくところでなら勿論だし……拓馬くんが一緒にいるから何があっても大丈夫だと思うの」
     そうでしょ? とでも言わんばかりに差し出された手を、拓馬も笑顔で握り締めた。
     そこから少し離れた場所で、桃花達も泳ぎの練習をするために海の中へと入っていた。ただし生憎と樹達のように色気はない。
     共に居るのは清浄院・謳歌(アストライア・d07892)である。
    「謳歌さん、よろしくお願いします!」
    「うん、よろしくね」
     実のところ謳歌もあまり泳ぐのは得意ではない。だが折角自分を頼ってくれたのだから、少しでも桃花が泳げるようになるため精一杯教えてあげるつもりであった。
    「えっと、まずはバタ足の練習からでしょうか?」
    「そうだね。それで少し慣れてきたら次は息継ぎの練習かな」
     完全に泳げないらしいので、やるのは基本の基本からだ。両手を掴み、まずは水に浮くということと水を蹴る感覚を覚えさせる。
     暫くしたら息継ぎの練習も兼ねるが、さすがに慣れないうちは何度も海水を飲み込んでしまう。
    「わぷっ……う~、海の水はやっぱりしょっぱいですね」
    「ふふふ、そうだね。飲まなくて済むように、頑張ろうね」
    「はい!」
     桃花達はそうして和やかに談笑しながら、練習を続けていくのだった。
     いつの間にか水着に着替え上着を羽織っている美乃里は瑠璃と共に座っていた。
     疲れたというわけでもないのだが、何をして遊ぶのかを考えるのも兼ねての一時休憩といったところか。
    「暑い……死ぬ……焼け死ぬ……日光無理……消える……体が消えるぅ」
     などとぼやいている者も居ることだし。
     そんな風に考えながら視線を巡らせていた先で、ふとゆりあ達の姿を見つけた。
     どうやらビーチバレーをやるつもりらしい。
    「人数は奇数か。俺が審判やるよ。ほら、このクジ引いて」
     そう言って即座に差し出されたクジ。いっそ不自然なまでに用意がよかったが、才蔵達は何の疑問も見せずに引いていく。
    「あ、才蔵くんと一緒だね。よろしくっ」
    「あ、はい……よろしくお願いします」
    「……ああ」
    「……なるほど」
     それを見て、丹波・亮(風ト共ニ・d16315)とティルメア・エスパーダ(氷蒼カラドリウス・d16209)が何かを納得したように頷いた。二人がちらりと実里へ視線を向けると、こっそりとサムズアップ。
     才蔵達のために仕掛けた、サプライズだった。
     そうしてさてこれからビーチバレー……というところで、ゆりあが美乃里達に気付いた。
    「あ、ねえねえ、美乃里ちゃん達も一緒にやらない?」
     誘われると思っていなかった美乃里であるが、断る理由はない。問題は隣でだれてる妹か。
     問うように視線を向ける。
    「……やる」
     どうやら遊ぶ気はあるらしい。苦笑を浮べながら、美乃里はゆりあへと頭を下げる。
    「よろしくお願いします」
    「うん、よろしくね。あ、でもチームはどうしようか」
    「そっちは二人で組んでもらって、交代で遊べばいいんじゃないか?」
     その提案に異論のあるものはいなかった。色々な意味で。
     今度こそ開始されるビーチバレー。
    「言っておきますが、俺は手加減はしませんよ?」
     にこやかな笑みと共に放たれるサーブ。
    「オレのボールを拾ってみろっ!!」
     渾身の一発と共に放たれるサーブ。
    「いっくよー! 魔球☆鋼鉄拳サ―――ブ!」
     そして弾け飛ぶサーブ。
     ――ただし弾け飛んだのはボールである。
    「……こんな事もあろうかと♪」
     即座に取り出された予備のボールには、苦笑を浮べるしかない。
     と、ふとゆりあが眉を顰めた。自身へと向けられる男の視線を感じ、先ほど読み取った下心的な思考を思い出したからである。
    「全く、男の子って……。ま、みんなは違うと思うケド」
     やれやれといった感じの呟きに、ゆりあの水着姿に少し顔を赤らめ見惚れていた若干約一名がそっと顔を背けた。
     そんな光景を眺め共に遊びながら、いつもにこにこと笑っているティルメアの顔には普段と少し異なるものが浮かんでいた。悪い意味ではない。
     元より楽しいことが大好きなティルメアだ。ならばその状況に浮べるものなどは決まっているだろう。
     その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
     楽しんでいるという意味では美乃里達も同様だ。瑠璃などは時折、暑い……死ぬ……などとぼやいているが、美乃里がボールを上げればボールに八つ当たりするかの如く一撃を叩き込む。
     その口調も様相も完全に戦闘時のそれなあたり、割と楽しんでいるらしかった。
     そんな風に皆が思い思いの様子で楽しんでいる光景を、パラソルの下で微笑みながら五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は眺めていた。
    「五十嵐さん。少し話ししませんか? 僕、今日一人なんで」
     そこへやってきたのは宥氣だ。緊張しているのか、若干ぎこちない。
    「ふふ、はい。私も暇を持て余していたところでしたので、よろしくお願いしますね」
    「あ、うん、よろしく」
     そんな宥氣であるが、元々話し上手聞き上手だ。しばらくすれば自然に談笑となっていた。
    「そういえば五十嵐さん、水着似合っているね」
     さらりと発せられた言葉に、姫子の頬が僅かに赤く染まる。
    「面と向かって言われてしまうと少々照れてしまいますが……ありがとうございます」
     と、そんなことを話していた時だった。
    「あ、姫子ちゃんこんなところに居たんだ」
     声を掛けてきたのは、ビーチバレーを終えたゆりあである。
    「ごめんね、本当はビーチバレーも誘おうと思ってたんだけど」
    「いえ、気にしないでください。おそらく誘われていたとしても見学していたと思いますから」
    「そっか……えっとそれで、これから皆で海で遊ぼうと思うんだけど、どうかな? 宥氣くんもどう?」
     基本的に影が薄い宥氣であるが、さすがにその状況であれば気付かれたらしい。
     そして肝心の誘いであるが、二人とも断る理由はない。
     ただ、頷き移動する直前、宥氣は姫子へと声をかけた。
    「五十嵐さん、ありがとう。楽しかったよ」
    「いえ、私も楽しかったですから。ですが、その言葉は間違ってますよ? 楽しいのは、きっとまだ続きますから」
    「……うん、そうだね」
     そうして移動した先で、ちょうど桃花達の姿を見つけた。どうやらまだ泳ぎの練習中であるようだが、何故か謳歌は桃花の姿を眺め驚愕の表情を浮べている。
     その理由は、既に桃花が泳げるようになっていたからだった。
     ――もしかしたらわたしより泳ぐの上手かも……?
     慣れてきたらクロールを教えようと思っていた謳歌であるが、この様子では必要ないかもしれない。
     そんな二人に近付くゆりあ。
    「ね、折角だし一緒に遊ばない?」
    「え、っと……どうしましょう?」
    「う~ん……桃花ちゃんは一応もう泳げるみたいだし、練習はここまでにして遊ぼっか」
    「はい!」
     これであと二人揃えば全員だが……。
    「誘うか?」
    「馬に蹴られる趣味はないかな?」
     皆の視線の先にいたのは樹達だ。
     樹達も未だ泳ぎの練習をしているようであったが、それはただの口実のようにも思えた。
     そしてそれは事実でもある。少なくとも拓馬にとっては、大事なのは樹と一緒にいること。ただそれだけなのだから。
     樹も似たようなものであるが、その心中はもう少し複雑だ。
     苦手な水の中に居られるのは、拓馬と一緒に居られるから、というのは間違いない。
     ただ、一緒にいることや触れられることには慣れたものの、今でも少し緊張する部分があるのも事実だ。
     そしてだからこそ、少しずつ時間と想い出を積み重ねて、揺るぎないものにしていきたいという想いがある。
     離れているときでも、怯えなくてすむように。
     故にこそ、微笑を浮かべながら。
    「一緒に来てくれてありがとうね」
     そっとその言葉を告げるのだった。
     貝殻探しや水のかけあい、追いかけっこにスイカ割り。途中で樹達とも合流しつつ、皆はその後も色々と楽しんだ。
     目印のある地点まで競争したり、その途中で海の上に浮いていた亮が巻き込まれたり。男達の水着が取れるというエセ予知をゆりあが姫子に言わせ男連中を驚かせたり。
     全力で楽しみ、笑い合った。
     楽しい時間はやがて終わる。けれど、楽しかった時間に嘘はない。
     だから。
    「臨海学校、楽しかったな」
     実里はそう言って、皆へ向けてサムズアップするのだった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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