花火見物――それは、ただ空に打ち上がる花火を眺めるだけのイベントではない。
夕暮れの会場に集まった群衆の顔ぶれはさまざまだ。恋人と、友達と、家族と、あるいは一人でふらりと気ままに。
花火の打ち上げまでは、まだ時間がある。それでもこれだけ周囲が賑わっているのは、少しでも良い場所を陣取ろうとやってきた人の多さに加え、ずらりと並ぶ屋台のせいもあるだろう。
小銭を握りしめてきょろきょろと歩く子供たち、りんご飴を手に恋人と歩く浴衣の少女。親子連れの父親は、その手にたこ焼きや焼きそばのパックをいくつも抱えている。
どこにでもあるような、平和な夏休みの光景だった。
――その時までは。
「ああ、いいわね、やりがいがあるわぁ」
うっとりと呟いたのは、黒髪をアップにまとめ、白地に花模様の浴衣を着た女性。左手にはかごバッグと、いちご味のわたあめ。そして右手には、どこから持ち出したのか――抜き身の文化包丁が握られている。
通りかかった男性が、その包丁に気付いてぎょっと目を剥いた。女性は夢見るような表情のまま、見た目からは想像もつかないほど大胆な身のこなしで、その包丁を振りかざす。
誰かが悲鳴を上げた。母親が子供の手を引いて走り出す。人波が割れる。
「さあ、ここから私の伝説が始まるのよ!」
飛び散った返り血が、女性の浴衣に新たな模様を染め付ける。逃げる人々を追って女が走る。遠くからもまた悲鳴が聞こえる。けれどそれは明らかに、この女性が起こした騒ぎではなかった。おそらくこの会場には、他にも女の同類がいるのだろう。
前からも後ろからも悲鳴。泡を食った一団が、手近にあったわたあめの屋台をなぎ倒すようにして逃げていく。店主の姿は既に見えない。逃げたのだろうか。あるいは、どこかで息絶えているのだろうか。
逃げ惑う人々の向こうに、ナイフを持った男の姿が見える。顔に被った魔法少女のお面が妙に不気味だ。女が振り返れば、その先にもスーツ姿の男がいる。こちらもスーツに似合わない、血に塗れた果物ナイフを握っている。
その空いた方の手には、まるで名刺か何かのように、『HKT六六六』と書かれた黒いカードが収まっていた。
●
「夏休みって言ったら、やっぱ楽しい臨海学校だよな! ……って言いたいトコなんだけどさ。実は、その臨海学校の候補のひとつだった九州で、けっこうデカい事件が発生することが分かったんだ」
そう語るのは深沢・祥太(高校生エクスブレイン・dn0108)。彼の話によれば、事件が起こる場所は福岡県福岡市の博多区、あるいは博多湾の近辺。町のあちこちで、無差別な殺戮事件が起ころうとしているのだという。
「デカい事件って言っても、実際にひとつひとつの事件を起こすのは、ダークネスや眷属どころか強化一般人でもない、普通の一般人なんだ。その一般人が、どういうわけか人を殺して回る。放っておけば無差別連続大量殺人事件の一丁上がり、って具合だけど、お前たち灼滅者なら、事を収めることは難しくはないはずだぜ。……けど」
祥太は難しい顔で、「事件の裏には、組織的なダークネスの陰謀があるみたいなんだよな」と話す。とはいえ、彼らの目的は、祥太にも分からないようだ。
「殺人を起こす一般人は、みんな何かカードみたいなものを持ってて、それに操られて事件を起こすみたいなんだ。暴れてる一般人をどうにかして、原因と思われるそのカードを取り上げれば、そいつは直前までの記憶を失って気絶するみたいだぜ」
今回集まった灼滅者たちに向かってほしいのは、ある花火イベントの会場だと祥太は説明する。事件が起きるのは、花火を見るために設けられた本会場ではなく、その横にずらりと並んだ屋台の近く。屋台は、間に広い通路を挟んで、向かい合うように配置されている。花火の開始までには時間があるものの、それなりの賑わいを見せているという。
誰かが事件を起こせば、ほぼ同時刻にもうあと二人、犯人が動き出す。その全てに対処することが必要だ。
「騒ぎを起こす一般人をどうにかしたら、あとは会場内の休憩所にでも運んでおけば大丈夫だと思うぜ。重要なのは、とにかく他の客への被害を出さないことだな。もともと賑やかな場所だし、多少の騒ぎが起きるくらいなら問題ないと思うけど、死人が出たりしたらまずい。かと言って、事件が起こるまでは誰が犯人か知りようがないからな。事件が起きる前に到着しておいて、何か起きたらすぐに対応できるように警戒してもらう形になるだろう。
対処の具体的な方法は任せるぜ。相手は一般人だから、ESPを有効活用するなんてこともできるかもな」
ああ、それから、と祥太が付け加える。
「敵の組織や謎のカードの分析については、その場で調べて分かるようなもんでもないだろうから、皆が戻ってきてからやることになると思う。
あと……今回の依頼は、臨海学校と同時にやることになってる。要するに、やることが終わったら、あとは臨海学校として、祭を楽しんできてほしいってことだ。ってわけで、せっかくだからオレも屋台行くぜ! ああ、さすがに、皆の仕事が終わってからだけどな!」
ことを終えても、花火の打ち上げが始まるまでには時間がある。良い場所を取りに行くもよし、今のうちに腹ごしらえをしておくもよし。
「とにかく、まずはしっかり決着つけてくれよな。油断は禁物だ。頼んだぜ!」
参加者 | |
---|---|
墨沢・由希奈(墨染直路・d01252) |
緋神・討真(黒翼咆哮・d03253) |
浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403) |
水科・侑夜(現に訪れし夢幻の光・d04020) |
流鏑馬・アカネ(紅蓮の解放者・d04328) |
二十世・紀人(虚言歌・d07907) |
吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
●花火が上がる、その前に
暮れゆく空の下で、色とりどりの提灯が柔らかい光を放つ。ソースの焼ける香ばしい匂い。どこからか聞こえるお囃子の音。
灼滅者達がいるのは、そんな屋台の喧騒からは少し離れた、静かな木陰だ。
「連絡先の登録よし、浴衣よし、っと!」
流鏑馬・アカネ(紅蓮の解放者・d04328)は一通りの段取りを確認すると、霊犬のわっふがるを抱き上げた。
もちろん、まだ浮かれるには早い。浴衣はあくまで、現場に紛れ込むためのものである。
「配置はこれで問題ねェか?」
二十世・紀人(虚言歌・d07907)が広げたのは、会場の簡単な見取り図だった。今回は四つの班に分かれる作戦だ。各エリアに書かれた名前を確認し、墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)が「ありがとう、分かりやすいよっ」と頷く。
最後にもう一度、それぞれの作戦と段取りを確認して。
「そんじゃ、さっさと片付けちまおうか!」
「だねっ!」
八人と一匹は、賑やかな戦場へと歩き出す。
会場の入口に近いエリアを担当するのは、浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)と水科・侑夜(現に訪れし夢幻の光・d04020)。
「おや、早速」
視線の先に、魔法少女のお面を被った男性の姿。ちなみに彼がいるのは、まだ会場の外である。
「犯人さんではない……みたいだね」
別の意味で通報されそうではあったが。
気を取り直して、警戒を再開する。視界に引っかかることが多いのは、やはり浴衣の女性だ。和装ならばアップの髪は珍しくないし、白地に花柄の布地もありふれている。いちご味のわたあめは、少し珍しいかもしれない。
「わたあめ、かぁ……」
呟きながら、菜月は自分の口元が知らず綻んでいたことに気付く。
吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)と緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)の担当は、立ち並ぶ屋台の中心近くのエリアだ。
(「縁日に出没する殺人鬼予備軍、ね……自身の意志かどうかは分からないが、きっちり落とし前はつけさせてもらうぞ」)
しかし行き交う人々の思考をテレパスで読み取っても、伝わるのは平和で楽しげな気配ばかり。
昴からメールを受信。視線を上げれば、音響機材を積んだやぐらの上で、昴がある方向を指さしている。旅人の外套のおかげで、そんな彼の姿が一般人に見とがめられることはない。昴が示した先を目で追えば、連絡どおり花柄の浴衣を着た女性が歩いていた。討真はさり気なく、彼女のいる方へと足を向ける。
「違ったか」
討真からの返信を受け取った昴は、眼下の明るい賑わいへと視線を戻す。
一人の女性が、わたあめを手にこちらへ向かっている。花柄の白い浴衣、大ぶりのかごバッグ。
書き留めておいた、犯人の特徴のメモにちらりと目を向ける。
女、黒髪アップ、白地に花模様の浴衣、かごバッグ、いちご味のわたあめ。ついでに文化包丁を持っていれば完璧なのだが。条件に合致する人物を見つけるたび、昴は仲間達に連絡を入れている。
さて、今度はどうだろうか。
由希奈とエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が担当するのは、昴達の隣、やや奥側のエリアだ。二人とも一般人の目からは身を隠し、警戒にあたっている。
「予兆というわけではないけれど、臨海学校で何かあるとは思ってはいたんだ」
エアンの言葉に、ちょっと分かる、と頷く由希奈。
(「でも……なんだか厄介な代物が出てきたね」)
心の中で付け加えながら、エアンは屋台に集う人々を観察する。彼自身にも、隣の由希奈にも気付かないまま通り過ぎていく、たくさんの人々。
(「わざわざ普通の人を使って、一体ダークネスは何をする気なのかな……」)
由希奈の胸に、ふと疑問が湧き上がる。
「何か見つけた?」
思案顔の彼女にエアンが訊ねた。ううん、と慌てて首を振る。
(「後のことは、また後で考えればいいよね」)
思考を切り替え、目の前の光景に集中する。
「チーム赤毛、出動だ!」
そんな気合と共に屋台通りに踏み込んだのは、アカネと紀人、そしてアカネに抱かれた霊犬・わっふがるのトリオだ。担当は通りの一番奥。
このチームの作戦は、紀人がテレパスで犯人を探し、発見したらわっふがるとアカネで挟み撃ち、というもの。ごく普通の花火客を装い、人々の中に紛れ込む。
雰囲気につられて紀人が祭り囃子を口ずさむと、なぜかわっふがるが「がるる……」と低い唸り声を上げた。
「あれ、どうしたんだ?」
霊犬の警戒心が、力いっぱい紀人に向けられているような。
「わっふがる、大丈夫、敵じゃないんだ」
相棒を宥めるアカネは、さり気なく片手でしっかり耳を押さえている。
「――ん?」
ふと異質な気配を感じて、紀人は眉をひそめた。
「死ねばいいのに」
そんな思考の主はスーツ姿の男だ。これは怪しい。
「リア充なんて、みんな絶滅すればいいのに!」
……魂の叫びが伝わってきた。というか、そのまま声に出ていた。そばを歩いていたアカネが怪訝な顔をしている。
「少なくとも、ありゃ違うな……」
男の背中に向けて、わっふ、と霊犬が鳴いた。励ましのつもりだったのかもしれない。
●宴
「侑夜さん」
菜月の硬い声音に、侑夜は彼女の意図を察する。菜月の視線の先には、スーツを着込んだ男がいた。上着の内側へと不自然に手を入れ、辺りを窺っている。顔を見合わせる侑夜と菜月。
やがて突き出された男の手には、しっかりと果物ナイフが握られていた。
だが、その刃が人に向けられるよりも早く。
「お待ちください」
侑夜が手を伸ばし、改心の光を発動させる。
何が起きたのか、男には理解もできなかったかもしれないが――とにかく、彼はナイフを取り落とし、がくりと膝を突いた。
反対の手から落ちた黒いカードを、菜月がそっと拾い上げる。
――殺したくって仕方ない!
そんな分かりやすい思考を討真の前で垂れ流すのは、花柄の浴衣を着た若い女性だ。
「人を傷付けることがそんなに楽しいのかよ」
「え?」
討真の声に驚いたのか、女性はかごバッグから文化包丁を掴み出す。通りかかった一般人が悲鳴を上げ、一目散に逃げていった。
「させるか」
振り回された刃を受け止めたのは、いつの間にか背後に現れていた昴の太刀だった。
「お前はそれを自分の正義だと思っているのか?」
「そんなご大層なものじゃないわ」
討真の言葉に、女は肩をすくめ――二人の手加減たっぷりの攻撃を受けて、その場に崩れ落ちた。
「いたぞ! 回り込め、わっふがるっ」
侑夜と昴が急いで送信したメールは、既に残りの班にも届いていた。そんな中、アカネ達が追っているのは魔法少女のお面をつけた男だ。
「この後楽しい縁日デートが待ってんだ、邪魔されてたまるかっつーの!」
紀人が吠える。間一髪でアカネ達の手を逃れた男は入口に向かって走るが、しかしそちらにいる由希奈とエアンには既に、男の写真を送信済みだ。
「あいつか……頼む!」
エアンが叫ぶ。由希奈は頷き、魂鎮めの風を吹かせた。
「ごめんね、悪いけど今は眠って……!」
「結局あのカード、何処で誰に貰ったのか、よく分かんなかったな」
救護所に運んだ三人に訊ねてはみたのだが、既に記憶が曖昧になっているようで、答えは要領を得なかった。普段からストレスを感じていたのか、とも訊いてみたが、これも答えはバラバラ。
「どういう経緯であれを手にしたのかは気になるけど……」
「ま、後は学園に任せな。みんなお疲れ!」
話に割り込んできたのは、エクスブレインの祥太だ。
「さーて、それじゃ、心置きなく祭を楽しもうぜ!」
すぐにでも飛び出したい様子の幾人かを横目に、からりと昴が笑った。
●祭の夜
「えあんさん、お疲れさまです!」
待ち合わせ場所でエアンを待っていたのは、華やかな蝶柄の浴衣を着た百花だった。腕の中に飛び込むように駆けてきた彼女に、無事に終わったよ、と報告。
「怪我はない? ……良かったぁ。お祭り、楽しもうね!」
眩しいほどの笑顔。浴衣もそうだが、ふわふわの髪をアップにした姿も新鮮だ。ちらりと覗くうなじにどきりとする。
エアンの腕に自分の腕を絡ませ、歩き出す百花。触れたところから、彼女のやさしさが伝わってくるようだ。
「がんばったご褒美に、ももがかき氷ご馳走します♪ シロップは何にする?」
「俺はブルーハワイにしようかな……あ、たこ焼きも食べたい」
「……じゃあ、両方?」
そんなやり取りの末、百花はいちご味、エアンはブルーハワイ味のかき氷をつつく。
「もも、こっちのも食ってみる?」
一口差し出す。あーん、と百花が口を開けた。
「あ。ももの舌、いちごシロップの所為で真っ赤だよ」
言いながら、エアンも舌を出してみせる。
「えあんさんだって真っ青!」
顔を見合わせ、二人は弾けるように笑った。
「あら? いちごさんと由希奈さんですわね?」
色気より食い気、とばかりに屋台を満喫していた桐香は、人ごみの中に知った顔を見つける。
じっと送られ続ける優しい視線にいちごと由希奈が気付くのは、まだもう少し先の話。
赤い花火模様の浴衣を着たいちごと、薄水色に朝顔模様の浴衣に身を包んだ由希奈。知らない人が見れば、仲の良い女同士にも見えるだろう。
「へぇ、最近はシルバーアクセサリーまで売ってるんだね……」
「そういえば、由希奈さんの誕生日は今月でしたね。今更ですけど、何か贈らせてもらえますか?」
「え? ……ありがとう、嬉しいっ!」
驚いた由希奈の顔が、みるみる笑顔になっていく。
「えっと、それじゃ、この指輪がいいな」
選んだのは、落ち着いたデザインの指輪だ。お安い御用、とばかりに買い求め、由希奈の右手の薬指にはめてやる。
「よくお似合いですよ?」
だが、返ってきたのは意外な返事。
「左右逆だけど、な、何だか結婚指輪みたいだね……」
「え? ……い、いえ、そんな……!」
動揺するいちごの顔は、浴衣に負けないほど赤い。
「で、でも……ありがとうっ。ずっと、ずっと大事にするねっ」
「喜んでもらえて、こちらも嬉しいです」
――ふと、いちごの視界に桐香の姿が入る。
「って見られてた?!」
慌てふためく二人に、桐香はにっこり笑う。
「気にせずにどうぞ続けてくださいませ」
「いや、気にするよっ!?」
●平穏の価値
「あれ? 侑夜さんは一緒に回らないの?」
「ええ、野暮用がありますので」
そう言い残して去った侑夜を見送っていると、ぽん、と頭の上に手を置かれる。菜月が振り返ると、そこには思ったとおり、大樹の姿があった。
「待たせたな。事件の後なのは分かるが、せっかくだし楽しもうぜ?」
「うん!」
大樹の腕に抱きつき、笑顔で頷く菜月。侑夜が遠くで目を細めた。
先日の大変な事件のことを思えばなおのこと、彼女にはこれから、幸せな時間を過ごしてほしいと思うのだ。
「フルーツあめ、かわいくておいしそう~♪ ね、ひとつ買っていい?」
「ああ、もちろん」
菜月が転んだり、はぐれたりはしないかと手を繋いでいた大樹だったが、今のところは取り越し苦労らしい。濃藍に桔梗柄の浴衣に、山吹色の帯を合わせた菜月は、先ほどから目を輝かせて屋台を見て回っている。
「何にしようかな……大樹さんのオススメは?」
いちごもいいけど、定番のりんご、それにあんずも魅力的。
「うーん、そうだな……」
その間にも、菜月は大樹の手を離そうとしない。大樹のほうにも、この手を離すつもりなどなかった。
隣で彼女が笑っていること。彼女の温もりを感じられること。それがどんなに幸せなことなのか、今の大樹にはよく分かっているのだから。
「仕事、お疲れさんじゃったのぉ」
紀人と同様、現れたハゼリも浴衣姿だった。歩きながら裾を気にする様子が初々しい。
「こうして平穏に縁日が行われるのも、紀人達が頑張ったお陰じゃろ」
ありがとうね、と付け加えるハゼリ。
もじもじと落ち着かない様子なのは、慣れない浴衣のせいだろうか。
射的の銃を構えるハゼリ。真剣で凛々しいその緑の瞳は、いつまででも見ていたくなる。浴衣とのギャップもいい。もしも闇堕ちして戻れなくなるのならば、どうかその手で灼滅されたいとさえ思うほど。
「……まじ惚れる」
「!」
紀人が呟いた直後、銃の筒先は大きくぶれ、コルク玉はむなしく的を外れて転がった。
「こ、この……っ!」
思わず紀人を睨み付けるハゼリだが、紀人のほうはきょとんとしている。
「……お前も挑戦せぇよ。構えはウチが見てあげるけぇ」
ぐっ、とハゼリはコルク銃を突き出す。
「よし、はぜりんのために可愛いの狙うぜ!」
「何か撃ち落とせたら祝ったろうな」
射的はほぼ初体験である紀人。果たして、彼の挑戦の行方やいかに。
「むっ! おっちゃん、この焼きそば……いいソースを使ってるね」
「分かるかい? 姉ちゃん、お目が高いねぇ!」
あつあつの焼きそばを頬張りながら、アカネが店主と語り合っている。
「せっかく九州まで来たんだし、楽しまなきゃ損だよな!」
屋台を端から制覇するような勢いで、昴があれこれ買い込んでいる。「これマジうめえな!」と叫んでいるのは祥太だ。
「よろしければ、一緒に屋台を回らせていただけませんか? 実はこういう場所に慣れていなくて……」
「おー、いいぜいいぜ! 侑夜も一緒に食おう! あ、アカネ先輩、桐香先輩、一緒にどうっすか?」
女性陣も巻き込んで、屋台グルメツアーは続く。
「待たせて悪かったな。全く、こんな時に騒ぎを起こそうなんて」
息を切らしてやってきた討真に、御凛が「お疲れ様」と声をかける。
「討真達が頑張ったおかげで祭りも問題なく行われるんだし、今日はめいっぱい楽しみましょ」
そうだ、と思い立ち、御凛はかき氷をふたつ買って来る。
「はい、咽渇いてるでしょ?」
好きな方をどうぞ、とイチゴ味とメロン味を差し出す。
「ありがとな。みんな今の御凛みたいに人の事を考えることが出来るなら、きっと世界は平和なんだろうけれど」
「そ、そんな大層なものじゃないし、おだてても何も出ないわよ!?」
思わぬ反応に顔を赤くする御凛に、かき氷を一口すくって差し出す討真。
「ほら、御凛」
「も、もう、バカ……」
御凛は頬を染めたまま、ぱくっ、とスプーンをくわえた。
●花火が上がる、その時に
「大樹さんとはじめて花火が見られて、すっごくうれしいんだよ♪」
何とか花火の見えやすい位置を確保したふたり。隣に座る菜月が、大樹にそっと肩を寄せる。
「ああ。俺もだ」
微笑みと共に返されたそれはきっと、心の底からの言葉。
「えあんさん! そろそろ花火が上がるみたいよ?」
エアンの手を引いた百花は、下駄を鳴らして花火会場へ向かう。
「わぁ……!」
空にひらく、大輪の花。
「たーまやーっ♪」
明るい声が、夜空へと吸い込まれていく。
守られた平穏を包み込むように。
色とりどりの花火が、広い夜空を彩っていた。
作者:田島はるか |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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