夕日が沈み、夜の闇に提灯の優しい明かりが浮き上がる。
神社の境内に祭り囃子が陽気に鳴り響く。それを耳にしながら、左右の露天を割るように人の大きな流れができ、ゆっくりと流れていく。
ここ、博多湾近くで行われている縁日では日中の気温が下がることなく、盛大な賑わいをみせていた。今日行われるという花火大会のために多くの人がこの縁日にやってきて、打ち上げまであと2時間と胸を躍らせている。
そんな時だ。
「うおおおおお!」
「俺たちは縁日王になるぞー!」
「縁日を支配するのは俺たちだー!」
などと、3人の男が訳の分からないことを大声で言いながら、人の波を掻き分けている。しかし、悪酔いした若者だろうと、縁日に来ている人間はたいして気にはしない。せいぜい、子どもづれの親が嫌な顔をする程度だ。
「きゃあああ!」
だが、女性の悲鳴が事態を一変させた。訳のわからない男たちの手にはフランクフルトの串、射的で使うコルク銃、そしてくじ引きの景品で貰えそうなヨーヨー。どれも縁日ではよく見るアイテムだが、そのアイテムがいま凶器となって、縁日の人間に襲いかかったのだ。串は眼球や喉を貫き、コルク銃から発射される弾は頭に大穴をあけ、遠心力がじゅうぶんにかかったヨーヨーは人体を粉砕する。
その状況を目の当たりにした人たちは恐怖で叫び、四方八方に逃げ惑う。状況を把握していない人たちもただならぬ気配からその場を離れようとするが、思い思いに動こうとしたため、逆に身動きがとれない。そうして素早く動けないことを良いことに、男たちは無差別に襲いかかり命を奪い去っていく。
「俺たちが縁日王だーー!」
そんな陽気な歓声が誰もいない縁日でこだまするのであった。
「いらっしゃい」
そう言って灼滅者を迎えたのは、長い髪を1つに束ねた眼鏡女子、夜桜・香澄(高校生魔法使い・dn0024)だ。
教室にいるのは香澄のみでエクスブレインの姿は見当たらない。
「エクスブレインの手が足りないみたいでね、説明を受けた私が代わりにみんなに説明するわ」
よろしくね、と香澄は微笑む。
「夏休みといえば臨海学校ね。みんなも楽しみにしているんじゃないかしら……実は、臨海学校の候補の1つであった九州で大規模な事件が発生する事がわかったの」
その言葉に灼滅者たちは顔をこわばらせる。
「大規模とは言っても、事件を起こすのは、ダークネスや眷属、強化一般人ではなくて普通の一般人よ」
つまりは、灼滅者であれば事件の解決はそこまで困難ではないだろう。
「でも、ね。この事件の裏には組織的なダークネスの陰謀があると考えられるわ。敵組織の目的も分からないけど、無差別連続大量殺人が起こるのをただ見過ごすことなんてできるわけがないわ!」
香澄は拳を握りしめて灼滅者たちに訴えかける。
「殺人を起こす一般人は、何かカードのような物を所持していて、それに操られて事件を起こすみたい。事件を解決した後に原因と思われるカードを取り上げれば、直前までの記憶を失って気絶するみたいだから、あとは休憩所みたいな所に運べば大丈夫でしょう」
大丈夫かしら、と香澄は見回す。質問も出てこなさそうなので、そのまま次の説明へと移る。
「それじゃあ、具体的な話をしていくわね」
香澄は眼鏡のブリッジを押し上げて説明を続ける。
「事件現場となるのは博多湾周辺地域で行われる縁日よ」
この日は博多湾近辺で盛大な花火大会があるせいで、この縁日には地元客から観光客まで幅広い層が参加するようである。
「事件を起こそうとするのは3人。1人はフランクフルトに刺さっているあの串で目や喉を突きさすの。見た目はそっくりだけど、材質は竹とかではない、もっと堅い材質みたいで折れたりすることはないみたい。2人目は射的でよく使う銃を乱射するわ。見た目はコルク銃なんだけれども、違法改造されているらしくて殺傷能力は十分にあるみたい。そして3人目は縁日のくじ引きとかで景品になっているヨーヨーね。でもこれもプラスチック製みたいなやわなものじゃなくて、鋼鉄製のヨーヨーよ。振り回して使えば殺傷能力十分」
碌でもないわよね、とため息をつきながら香澄は説明を続ける。
「犯行となる凶器はどれも縁日ならばよく見かけるものだから、残念ながら犯人の一般人を事前に見つけ出すのは難しいわ。それぞれの凶器となるものがたくさんあるような場所を警戒して、事件が起きると同時に速やかに取り押さえるしかないわ。そして、確保したら、所持しているカード確保すれば、めでたく解決ね」
ふう、と長い息をついて香澄は灼滅者を見る。
「今回の事件については私も協力するわ。この事件、深く追求したい所だけれども、現場で調べられることも限られているだろうから、本格的な調査は臨海学校が終わってからになるわ。だから、事件が解決したら臨海学校――もとい、縁日と花火見物を楽しみましょう」
せっかくの機会だから私も張り切るわよ。と香澄は嬉しそうに微笑む。
「けれど、まずは縁日や花火大会を台無しにするような輩をなんとかしないとね……さあ、準備はいい? 行きましょう」
眼鏡のブリッジを押し上げて香澄は出発を告げた。
参加者 | |
---|---|
八重樫・貫(疑惑の後頭部・d01100) |
飾・末梨(人形少女・d01163) |
黒路・瞬(路選ぶ継承者・d01684) |
牙神・京一(モノノフ・d02552) |
伊郷・尊(朧童幽霊・d05846) |
桐屋・綾鷹(和奏月鬼・d10144) |
片倉・光影(神薙の戦巫者・d11798) |
ヘキサ・ティリテス(カラミティラビット・d12401) |
「これが、この縁日の地図だ」
一足早く現場に到着してこの縁日の地図を作った黒路・瞬(路選ぶ継承者・d01684)は地図を灼滅者に配る。
「全員のメルアドを交換しましょうか」
携帯を取り出した桐屋・綾鷹(和奏月鬼・d10144)に倣って他の灼滅者も携帯を取り出す。
「縁日で暴れるやつには少しキツイお灸をすえてやるか」
片倉・光影(神薙の戦巫者・d11798)は全員のアドレスを登録した携帯をポケットにしまって境内へと向かう。
●
「あーあァ……」
頭の後ろで手を組みながらヘキサ・ティリテス(カラミティラビット・d12401)は不満げにため息をつく。
「折角の祭りだってのに、空気読めてねーよなァ」
「早いところ片つけてしまいたいな」
「オレはこの後彼女と約束してンだ、その縁日王だかをとっとと捕まえちまおうぜ」
威勢良くヘキサは言うものの、警戒しているフランクフルトの露天周囲は回転率がよく縁日王と思われるような怪しい人物を特定することはできない。
「ただ警戒して回ンのもつまンねーよなァ」
そんなヘキサの目に飛び込んできたのは赤い宝石とも言えるりんご飴の屋台。
「ン、おっちゃん! りんご飴1つくれよォ!」
楽しまなきゃなとヘキサは笑顔のまま警戒を続けるのだった。
縁日の入り口となる鳥居の前で牙神・京一(モノノフ・d02552)は目を光らせていた。
プラチナチケットで縁日の警備員を装ってコルク銃を持ち込もうとする者を探していた。
「待つでござる」
京一が声をかけたのは細長いケースを肩にかけた男だった。
「安全の確認のためにそのけえすの中身を見せてはくれぬでござらぬか」
「い、いや。これは射的で使う弓ですよ。それじゃ、先急ぐから」
そそくさと去る男に引っかかりを感じた京一は先ほどの男の後を追う。
「そちらはどうですか」
「特にはないな」
綾鷹と光影はくじ引きの露店を中心に怪しい客がいないかを見て回る。時には旅人の外套を纏って怪しい人物に近づくが一向に縁日王との接触はない。
その近くで飾・末梨(人形少女・d01163)は胸に抱えたウサギのぬいぐるみが人混みに連れ去られないように抱きしめて人々の表層思考を読み取っていた。
8人という少ない数での依頼は初めての末梨は緊張しつつ思考を探る。
だが感じるのは明るい思考ばかり。やはり近くにはいないのか――と思った瞬間だった。
「――ぁ」
違和感を覚えた末梨は声を零す。突如人の波が末梨を力強く押し流す。
「――桐屋先輩、片倉先輩」
2人から離れていく末梨の声は2人まで届かない。それでも2人は末梨の異常を読み取っていた。
「何かあったのでしょうか」
「携帯で連絡をとりつつ少し追ってみよう」
そう結論づけた綾鷹と光影は末梨のあとを追う。
「さっさとカタつけて、本場の博多ラーメンを堪能するぜ!」
伊郷・尊(朧童幽霊・d05846)は八重樫・貫(疑惑の後頭部・d01100)と共に射的屋の周囲を警戒していた。
「どうだ、何かあったか」
貫は尊に声をかける。
「いや、特には……牙神からメールだ」
「弓での射的屋? 伊郷そんな店あったか?」
「いや、なかったな。もしかすると……」
そう2人が顔を見合わせた時だ。
「俺が縁日王だー!」
大声の男に周囲の人々は冷たい視線を送る。
「やはり、その男でござったか!」
京一が指差したのは先ほど京一とやりとりをした男。
「こちらも、です」
「どけえ! 俺たちの邪魔をするんじゃねえ!」
末梨もヨーヨーを取りだそうとしている男を指さしている。
「連絡を!」
「一斉送信しといたぜ!」
「ええ、みんなすぐに集まるわ」
そう答えたのは尊と空飛ぶ箒に座る夜桜・香澄だ。
その言葉から30秒もしないうちに残りの灼滅者も集合していく。
「ともかく、被害が出る前に」
旅人の外套で姿を消した光影がヨーヨーを手にしている男に接近する。
「眠れ、暴虐の徒よ」
光影の手から放たれた導眠符が男の額に張り付くと、男は崩れ落ちるように倒れこむ。
「邪魔する方はご退場願います」
綾鷹に連れられて、男は縁日から離れていく。
同時に男がコルク銃を構える。
「うおおお!」
男が一般人にその銃口を向ける。だが貫がコルク銃を叩き落とす。
「オモシレーもん持ってんじゃねーか、オウ? ちょっと俺に貸してくれよ」
「お、お前なんかに貸すわけないだろ」
尊の威圧に負けないように男は言い返すが、目が泳いでいる。
「オー! コラッテメー! 何見てんだコラァ!」
四方に泳ぐ目を尊が顔を寄せて下からガンを飛ばす。その迫力に男は活気を失う。そんな男の肩に貫はそっと手を置いた。そしてその手に導かれるように男は2人に連れられていく。
「最後の1人は」
「あいつだ!」
瞬が指さしたのはフランクフルトの串を持った男。
「俺が! 縁日王に!!」
叫びながら男が人の流れに飛び込む。
「……だめ」
男が人ごみに飛び込むのを止めたのは末梨だ。
そして突如現れたロープが男の身体に巻きつけられる。
「おっと、大人しくしとけよォ」
抵抗しようと串を握る力を強める男にヘキサの放つ王者の風が抵抗の意思を挫く。そして闇纏いを解除した瞬が男をしばったロープを引っ張る。
「なんでもないでござるよ」
騒動に気付いた人達を京一がプラチナチケットで事態の収束をはかる。その隙に最後の男も客の前から姿を消すのであった。
●
「このカードは誰からもらったのですか」
縁日から離れた所でロープに縛られた3人組はうなだれている。それもそのはずで、王者の風やらラブフェロモンやら改心の光ですっかり無力化されている状態なものだから問題の黒いカードについてもすぐに見つけることができた。事件は解決だが、出来る限り情報は集めておくべきだと、綾鷹が質問の口火をきった。しかし男たちが答える様子はない。
「そのカードについて、知っているコト全部吐きやがれェ!」
オレは気が長くねェンだ、とヘキサが荒々しく男たちの近くの木に蹴りを入れる。
「確か、恰幅のいいオジサンに……」
「妖艶なお姉さんではなかったか?」
「いや、おじいさんだったような?」
と、男たちは勝手に議論を始める。
「みんな、言っていること違うね」
末梨がぬいぐるみの顔に向けて言った通りだ。
他にも瞬が最近イベントか何かに参加しなかったか尋ね、貫が日常会話から情報を聞き出そうとするが、どの話も全員食い違っていた。
「これ以上の情報は望めないんじゃないか」
そう提案するのは光影だ。
「そしたらカードを取り上げる前に頼むでござる」
綾鷹がずいと前に出る。男たちは身を強張らせて綾鷹を見上げる。
「痛みは、一瞬ですよ?」
3人は血を吸われて記憶がぼんやりとした所で京一と光影と末梨がそれぞれカードを取り上げると、男たちはがっくりと頭をたれて気を失ってしまう。
「ひとまず、これで解決ですね」
瞬は男たちを縛っていたロープを切り裂いて木に持たれかけさせる。
「よし、遊ぼうぜ!」
「そうだな、せっかくの臨海学校なんだから」
そうして、灼滅者は縁日へと繰り出すのだった。
●
「……ふぉつふぁれふぁまふぇひふぁ」
依頼を解決し、御食事処【霧夜】のメンバーに合流した綾鷹を出迎えたのは口にあらゆる食べ物を詰め込んでリスのように膨らんだ観屋・晴臣だ。
「行儀が悪いですよ」
綾鷹が諭す、綾鷹のナノナノのサクラも綾鷹の肩の陰から少し顔を出して頷いているようだ。
「……お祭りだからいいじゃないですか」
口のものを全てなくしてから晴臣はにっこりと答える。
「事件解決は手伝えなかったがせめて臨海学校は楽しもうと思う」
「それでは揃ったことですし、もう少し色々回ってみましょう」
兎のお面を頭につけた熊谷・翔也とたこ焼きとフランクフルトをそれぞれ持ち、口にチョコバナナを咥える彩橙・眞沙希。
「何食べようか」
「射的や金魚すくいとかも楽しそうだな」
そうして御食事処【霧夜】は縁日へと繰り出すのだった。
「ねえ、久々にこれで勝負といかない?」
鳴神・神流は手を繋ぐ十一月・霧に指さしたのは射的だ。
「射的でもゲームなら僕は負けないぞ」
初めて女物の浴衣を身につけても霧のゲーム好きは変わらない。2人は銃を手にする。
「特殊訓練を行ってきた僕に勝てるのかな……あれ?」
霧が次々と景品を落とす隣で弾道計算までした神流のコルクは悉く景品から逸れる。
「射的で重要なのは景品に当てる位置だ。後ろに落ちるように上の辺りを狙うと」
霧が狙いを定めるのは抱えるほど大きなぬいぐるみ。それを難なく落としてしまう。
「負けたー」
「神流、縁日は他にもあるのだから楽しまないか?」
肩を落とす神流に霧は手に入れたぬいぐるみを抱き上げて微笑みかけるのだった。
「このコルク銃って例の一般人が使ってたやつじゃないよね……?」
銃を観察するのは江楠・マキナだ。
「マキナて殲術道具銃メインやからな。何狙うん?」
「うーん、あれかな」
マキナが狙うのは明太子が烏帽子をかぶったゆるキャラだ。それが分かると松下・秀憲の目は一層輝く。
ゆるキャラ好きなセンパイの為に、と狙うマキナの横顔は秀憲の期待をより一層高める。
そして放たれた一撃は。
「……あっ」
見事に外れた。
「えっと、今のはちょっと手元がくるったというかあのその」
予想外の事にあたふたするマキナに秀憲はつい笑みをこぼす。
「ドンマイ、俺もやってみていい?」
「センパイはあんまり銃系武器持たないから何か新鮮だね」
ドキドキしながらマキナは秀憲の姿を見守る。
そして。
「うお! 当たった!」
「やったぁぁ!」
マキナが歓声とともに秀憲に飛びついた。
そうして秀憲は片手にゆるキャラ、片手はマキナと手を繋いで射的を後にするのだった。
狐柄の浴衣の灯屋・フォルケと桜柄の浴衣の鏡・瑠璃は互いに景品に銃口を向けている。
「せっかくなので、大物を狙ってみましょうー」
「あの黄色いヤツですね……」
2人はコルクを詰めながら、目標を見据える。それは最上段のスペースの半分近くを陣取るほどの真ん丸で大きなひよこのぬいぐるみだ。
「大きいですね……」
「フォルケさん、ぼくがサポートに回ります」
瑠璃がバランスの崩れやすい所を何度も撃ち抜く。ひよこはじりじりと後退していく。そして瑠璃の最後の一発でバランスを崩したひよこにフォルケがひよこの額にコルク弾を撃ち込む。ひよこは自重に耐え切れず、ゆっくりと後ろに倒れこんだ。
「どうぞ、フォルケさん」
悔しそうにする店主からもらったひよこを瑠璃はフォルケに手渡す。
「Danke~」
フォルケは笑顔で瑠璃からひよこを受け取った。
「それじゃ、射撃については超器用なワタシが取ってあげよう、貴耶、何がほしい」
射的を全弾外した綾瀬・貴耶の隣で彩瑠・さくらえは慣れた手つきで銃を構える。
「では、あれを」
「お安い御用。銃愛用は伊達じゃない」
あっさりとさくらえは景品を落とすと貴耶に手渡す。
「ありがとう、よい土産ができた」
「お礼は奢りで。やきそば、たこ焼き……」
とさくらえはすごい勢いで挙げていく。
「奢る。が、勿論買ったものは全て完食必須だぞ?」
からかうように目を細めて笑う貴耶にさくらえは一瞬答えに詰まる。
「食べられなかったら貴耶が半分肩代わりしてくれれば問題ないよねっ」
「奢る側が半分肩代わり……っ」
感情を露わに噴出す貴耶にさくらえは安心感を覚える。
「こら待て。勝手に歩くな」
射的屋をあとにするさくらえは貴耶に腕を引っ張られる。
「……迷子になんてならないってのに」
ふい、と横を向くが、さくらえは貴耶と手を繋いで歩きはじめるのだった。
●
「うむ? 須賀とはぐれた?」
黒の作務衣に着替えた京一は首を傾げる。数分前まで一緒にいた須賀・隆漸の姿が見当たらないのだ。
2人で買い食いをして楽しもうと計画をしていたが……
「牙神! 見つかって良かった」
振り返ると肩で息をする隆漸がいた。心底ホッとした様子で隆漸は京一に手を差し伸べる。
「それじゃ、行こうか」
「……兄者に似てるでござるな、ホント」
京一の呟きは隆漸には届かなかっただろうが、京一はどこか嬉しそうにその手を取るのだった。
「さ、何を食べるでござるか」
「そうだな、金魚すくいもやってみたいな」
そんな話をしながら2人は屋台を巡り始めるのだった。
早鞍・清純、社・百合、水海・途流は浴衣合わせで縁日にやってきた。深緑、紫、水色と藍色の波紋柄とそれぞれ違った色の浴衣で身を包み、それぞれ戦隊物のお面を身につけて縁日を練り歩く。
「誰かと一緒の祭りは楽しいな!」
百合は楽しそうにたこ焼きを清純から、唐揚げを途流から受け取る。
「……おいお前どんだけ食う気――」
「あ、これひとつくださーい」
「まだ買うのかよ!」
「もちろん、まだまだ食えるぞ! ほら清純も食べよう」
途流の突っ込みも気にせず、百合は飛び切りの笑顔でクレープを清純に向ける。
「男気見せてやれよ」
途流の発破もあって清純は百合に勧められたものを食べていく。しかし、次第に青くなる清純の顔を見かねた途流は百合に待ったをかける。
「大丈夫か清純」
「ああ、それよりあっちの射的で勝負しようぜ!」
少しホッとした様子で清純は射的屋を指差す。
「運動会で球入れパーフェクト出したおれを舐めんなよ!」
「あのふとましい猫のぬいぐるみ、愛らしいな!」
そうして3人は射的屋へと足を伸ばすのだった。
柴・観月と藤堂・優奈の2人はヨーヨー釣りの前にいた。
「どっちが多く取れるか競おうぜ!」
「いいですよ」
優奈と観月が揃ってしゃがみ込む。そして観月が持ち前の器用さでヨーヨーを次々と釣り上げる。
「見た? もうちょっとだったよ? 惜しかったよ?」
「師匠、実はヨーヨー釣りにはコツがあるんです」
紺地の浴衣に身を包んだ観月は声を低める。
「釣れる毎に精神統一を含めた決めポーズを決めましょう」
「き、決めポーズ……? 聞いたことないぞ?」
不思議そうに聞く優奈に観月は「あるとないのとでは釣れ具合が違います」と笑顔で応える。
「嘘吐いたらデコにうちわチョップな?」
「やだな、俺は嘘なんかつきませんよ」
「今度釣れたら観月もやれよ! 手本だ!」
そんなやり取りを交わしつつ2人は楽しげにヨーヨー釣りをするのだった。
紺の甚平にバンダナキャップ姿に着替えた貫は濃紺の浴衣で着飾った狸森・柚羽と共に縁日を回っていた。
「勝負できそうなものが沢山あるな。負けるつもりは微塵もない! いくぞ!」
喧嘩友達なだけに勝負事に目がない2人は勝負できそうなものは片端から挑戦していく。
そうした戦いの後の2人の腕の中には景品や食べ物が収まっていた。
「花火そろそろか! どこか座れそうな所……」
と柚羽が辺りを見回す一歩後ろから貫が口を開く。
「言うの遅くなったけど、浴衣似合ってるなー狸森」
「じ、時間差とかずるいじゃないか! でも、有難う。トールも……格好いいぞ?」
照れとも恥ずかしさともつかない微妙な空気が2人の間に流れる。
「ほら、花火だ! 早くしないと良い場所埋まるぞ!」
そんな微妙な間をかき消すように柚羽は明るく言うのだった。
事件も無事に解決した光影と尊は食べ物の屋台が集まる中で思い思いのものを食していた。
「こう云う場所で食べるのも縁日の楽しみの1つだな」
「やっぱこの発泡スチロールの容器ってのがたまんねーよな……そしてこのスープの滑らかさ! 貴族、正確には伯爵のようだぜ!」
縁日の雰囲気を楽しみつつ焼きそばを食べる光影の隣で、尊はすごい勢いで博多ラーメンをすすっている。光影が尊を見つけた時点で積まれていた発泡スチロールの容器が今では倍以上に膨れている。
「楽しんでいるか?」
やってきたのは瞬だ。2回分の射的で取れた景品は全部で6つ。うち1つは欲しがっていた子どもにあげたので、5つの景品が瞬の腕の中にある。
「もうじき花火だな」
「そうだな、せっかくだから見に行くか」
「俺は終わるまで食べまくるぜ!」
3人は暗闇の広がる空を見上げて、木の上、本殿、その場とそれぞれの場所へと移動するのだった。
霧島・サーニャと聖・咲耶は金魚の前でしゃがみ込んでいた。どちらも綿菓子や射的の景品を両手いっぱいに持っている。
「黒に赤に出目金に、咲耶殿はどの金魚がいいと思うでござるか?」
「じゃあ、あの赤いの狙ってみるね」
咲耶は狙った赤い金魚を掬おうとするが、金魚はすいと避けてしまう。
「拙者も。ゆっくり、逃げないように……うぅまた破れたでござる」
「うーん、どうすれば掬えるのかな?」
サーニャと咲耶は金魚たちのいる水面を見つめながらしばらくアドバイスしあう。
「それじゃあ、ここでこうして」
「ここまで追い込めば……」
『とれたー!』
喜びを分かち合うサーニャと咲耶は更にそれぞれ一匹ずつ釣り上げる。
「花火でござる」
意気揚々と金魚屋から離れる2人の耳に届いたのは花火の音。
「ほら、早く早く、花火終わっちゃうでござるよっ!」
「ああ、待って慌てないで-」
駆け出すサーニャの後を咲耶が追って、2人は本殿へと急ぐ。
●
笹勑・由燠と風音・瑠璃羽は花火が始まるよりも早く本殿へとやってきていた。
2人の両脇には食べ物や射的の景品などが積まれている。
「たこ焼き美味しそう……」
瑠璃羽は由燠が食べるたこ焼きを羨ましそうに見つめる。
「わたあめ少しとたこ焼き一個交換しない?」
しかし瑠璃羽の両手はりんご飴とわたあめで塞がっている。
「由燠君~食べさせて」
屈託のない瑠璃羽の笑顔に押されて由燠はふうふうして、たこ焼きを食べさせる。
「ん、美味しい。じゃあお返し」
今度は瑠璃羽がわたあめを千切って由燠に近づける。
「や、俺は自分で……」
と口を開く由燠に瑠璃羽はえい、とわたあめを押し込める。
「ふふ、美味しい?」
「う、美味い……よ」
由燠が照れるのを不思議に思った瑠璃羽は由燠に手を伸ばす。
ヒュルル~パァン
空が明るく彩られ、由燠と瑠璃羽の互いの顔が暗闇から浮かび上がる。
「続きはあとでね」
頬に伸ばしかけた手を由燠の手に重ねて、2人は花火を見上げるのだった。
ヘキサと海千里・鴎は一番高い石段の上に座って花火を眺めていた。
「たっまやー! かっぎやー!」
鴎もヘキサも両足を投げ出して拳を花火に突き出して、大はしゃぎである。それでも2人の手はそれぞれ繋がれたままで熱を帯びている。
花火と花火の間には互いにわたあめやバナナチョコを食べさせあう。そんな幸福をかみ締める鴎の顔は自然と緩み、にへ~としている。
花火に照らされ映る鴎の柔らかい微笑みにヘキサは思わず背を背けてしまう。
「どーしたの?」
体を寄せてヘキサの顔を覗き込もうとする鴎。
その瞬間。
やわらかい感触。
わたあめの甘い味。
「ゆ、油断大敵、だぜェ?」
顔を真っ赤にするヘキサだが、花火の赤がそれを隠してくれた。
「依頼頑張ったご褒美に何か買ってあげよう、何がいい」
「りんご飴っていうのが、食べてみたいです……」
そんな末梨の要望を受けて土岐・佐那子は末梨にりんご飴を手渡す。人通りのあまり激しくない所で2人はりんご飴をなめながら花火を見上げる。人の流れが激しい時に握り締めた互いの手は今も固く結ばれている。
「今日はどうでしたか?」
楽しかった? と佐那子は末梨の顔を覗く。けれども末梨はりんご飴を握りしめたまま、すやすやと寝息を立てていた。
「やれやれ、寝てしまいましたか……」
佐那子は末梨のりんご飴を受け取って、末梨をおぶる。
「やっぱり、この子も灼滅者なのよね……今日はお疲れ様」
気持ちよさそうに眠る末梨にささやきかけて、佐那子は末梨と共に家路へと向かう。
2人の背後ではまるで今日を労うように本日最大の花火が空の華となって咲くのだった。
作者:星乃彼方 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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