臨海学校~海びより

    作者:小藤みわ

     青い空、白い雲。
     絵に描いたような海の景色がそこにある。
     明け方には耳に聴こえていた潮騒も、それ以上の歓声に呑まれる昼の頃。潮風より熱気が滑る頬を、海の家で働く少年は乱雑に拭った。
    「……あっつ」
     頭にタオルを巻いても、顳かみを伝う汗はなくならないらしい。
     澄んだ碧には眩しいほどの彩りが映えていた。楽しげに跳ねる人々の脚と海雫を見つめ、少年は勿忘草色の双眸をすうと細める。口許から、小さな息が零れた。
     少年の目に、何とも形容しがたい三人組の青年達が映り込んだのはその時である。
     イケメンではないことは確かだが、非常に不細工というほどでもない。
     彼らはただただ絶望的に影が薄い面々であった。
     影が薄過ぎて何人かに轢かれているが、それが水着美女だと目を逸らしたくなるほど顔が緩むという大惨事つきである。
    「俺達、HKT──」
     三人組は、ある時、唐突に立ち上がった。
     そして何を思ったのか、唐突に両腕を天高く掲げる。
    「六六六ッ!!!」
     しゃきーん、と効果音が付きそうなほど、ポーズは完全に決まった。
     決まった、が、視線は見事に集まらなかった。
     三人組の水着のウエスト部分に挟まった、黒いカードが何とも言えない感じで海風に揺れている。
    「……何だ、あの阿呆集団」
     少年の耳に響く、歓声と水音。
     漸くして少年は踵を返した。
     見なかったことにしたらしい。


    「みんな、大変だよ!」
     ばーんと扉が開いた。
     どーんとイルカが立っていた。
     つぶらな瞳で立っていた。
     何とも言えない沈黙が教室中に広がっていく。
    「……HKT(はりきってころしたい)六六六が動き出したよ?」
     空気を察したらしい、イルカのフロートの向こうから顔を出す、花芒・愛(中学生エクスブレイン・dn0034)、シュノーケルつき。
     愛が告げたのは臨海学校のお知らせと、そこで起こりうる事件の話だった。
     場所は九州、事件規模は相当に大きいのだと愛は言う。
    「この事件の裏には組織的なダークネスの陰謀があるんじゃないかなって思ってるんだけど、目的はわからないの」
     ともあれ放っておくわけにはいかない。
     だから皆で海行くよー、とイルカがぱたぱたと掌を振る。
    「私達は海班だよ。皆には海で起こる無差別連続大量殺人を未然に防いで欲しいんだ」
     無差別連続大量殺人とは何とも物騒な言葉だが、口にしたイルカもとい当人は平生通りである。
    「あ、大丈夫だよ。相手は普通の一般人だから。強化一般人じゃないよ、普通の一般人ね。皆ならカンタン、カンタン」
     安心してね、と左右に揺れるイルカ。
    「どうもね、カードかな、そういうのを持ってるみたい。それに操られて事件を起こしちゃうみたいだよ。だから、見つけ出してー、ばしんってビンタでもしてー、ひっ捕えてー、そのカードを取り上げちゃえば万事解決」
     のほほんとした顔で、呟くことはいささか物騒である。
    「カードを取り上げたら、直前までの記憶を失って気絶しちゃうみたいだから、後は休憩所に運んであげれば大丈夫だと思うの」
     ね、とイルカはこくりと頷いた。
    「敵組織の狙いやカードの分析などは皆が帰ってきてから行うことになるよ。現場ですぐ調べられるものでもないと思うし」
     だからね、と顔を寄せてくるイルカ。
    「臨海学校、楽しもうね!」
     ひょいとイルカが退いたかと思えば、今度は満面の笑みの愛が現れた。
     ふへへと口許を緩ませて、彼女はぴんと掌を上げる。
    「皆、いってらっしゃい! じゃなかった、いってきます!」


    参加者
    椙森・六夜(靜宵・d00472)
    鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    樋口・かの子(天爛桜花・d02963)
    八尋・虚(虚影蜂・d03063)
    カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)
    東里・シュウ(フィックルロンド・d18180)

    ■リプレイ


    「わあ、綺麗な海ですね……!」
     鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)の大きな吊り目が海の輝きに綻んだ。
     白砂に描かれた滑らかな海岸線、澄んだ青に揺れる白波。浜辺は色鮮やかなサンシェードやパラソルに彩られている。
     今日は友達も一緒だと思うと、足先は一層に踊るというもの。
     ――でも。
     織歌で心内で呟いた時、言葉を継ぐように苑田・歌菜(人生芸無・d02293)が呟く。
    「皆が楽しみにしてる臨海学校を邪魔するなんて、許せないわー」
     言葉はさておき、棒読みであった。
     まあ無事に臨海学校ができるわけないですよね感の現れかもしれない。
    「家族連れや水着美女(重要)で賑わう夏の海で、無差別大量殺人なんて、放っておけませんね」
     椙森・六夜(靜宵・d00472)もまた肯う。
     一部強調されたように思えたのは気のせいか夏のせいである。
    「ちゃちゃっと片付けて海を楽しみましょ」
    「モチロンよ、ぷちっと潰してやるわ!」
     歌菜の言葉に応えたのは、八尋・虚(虚影蜂・d03063)だ。「うーみー!」と叫ぶ声を止め、虚は首を振る。
    「『はりきってころしたい』なぁ~んて無粋にも程があるわよねまったく」
     ぽこんと揺れる、くるりと結われた虚のもみあげ。
    「あ」
     そこへ、樋口・かの子(天爛桜花・d02963)の声が短く響いた。
     かの子の目線を追えば、其処には三人組の男達。彼らは木陰でポーズの練習をしているらしい、そこはかとなく変態臭が漂っている。
     うわあと思ったかはいざ知らず、パーカーを羽織っていた橘・彩希(殲鈴・d01890)は、彼らを見詰めて微笑んだ。清廉たるお姉さんの笑みである。ふつうのえがおだから、ぜんぜんこわくないよ。
    「あれって、あの危ない人達、えっと、HKT(はやるきもちにちゅういしよう)かな?」
    「そうですね、樋口先輩。あれがHKT(はったおしてけっとばしてたたきのめす)だと思います」
     かの子と六夜の視線が重なった。
     意味は違うが音は同じなので会話は問題ない。
    「わるい人たちなのです! わるい人たちはこらしめるのです!」
     カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)が元気一杯、彼らに向かって砂を蹴る。
     純粋に殴る気満々の彼である。
     東里・シュウ(フィックルロンド・d18180)はカリルに気付き、彼の姿を目で追った。どう言うべきか思案しているようで暫しの間。その間に、視線を感じたらしい、カリルの足がぴたりと止まる。
     それから、彼ははっと眼を見開いた。
    「そうでした。攻撃は最終手段なのでした」
     言いながら、いそいそと退き下がるカリル。
     それを認め、シュウから安堵混じりの息が零れゆく。
    「……とっととカード回収して、遊んじまうか」
     シュウは言い、その口許が解除コードを素早く紡ぐ。
     ――Presto、と。

    「こら、悪い事しちゃだめだよう♪」
    「ぎゃああああっ!」
     かの子の声が響くと、三人組はごろんごろんと砂浜を転がった。告白の練習をしている所を好きな子に見られた少年さながらの様子である。
     彼らはきょろきょろと声の主を探しているが、生憎割り込みヴォイスのためにかの子の姿はない。うふふ、とかの子の口許が満足げに緩む。
    「そのカードかっこいいわね」
     続けて仕掛けたのは歌菜だった。一瞬びくりと肩を竦めた三人組は、歌菜の姿を認めると途端に表情を緩ませる。
    「かっこいい? だよね? わかる?」
    「私も欲しいのだけど」
    「俺達、これからデビューすんだぜ、凄くねえ?」
    「あなた達はどこで」
    「やばくねえ?」
    「……手に入れたのかしら?」
    「俺達まじやべえあごふあっ!」
     歌菜のビンタがHKTのひとりに炸裂した。
     見事なビンタであった。
     またもやごろんごろんと砂浜を転がるHKT。
    「すなあそびが好きなのです?」
    「……どうだろうな」
     カリルがじっとシュウを見るも、彼は首許に掌を添えたまま言葉に澱む。
     そんな二人はESPで事件が解決しなかった場合に備えて待機中である。
    「お兄さん達、ちょっと良いかしら」
     一方、彩希は前に出た。
     花彩る白の胸許にはふわりと揺れるリボン。二段のフリルがあしらわれたスカートが潮風にひらりと靡いている。漆黒の髪がさらりと揺れ、海色の双眸が綻んだ。
     その傍ら、織歌も一歩を踏み出した。
     胸許はスレンダーだが、黒のミニスカワンピ―スの水着は織歌に良く似合っている。相手が一般人なら黒のヘッドホンは外さぬまま、織歌もまた赤の双眸を緩めた。顔も背姿も大分異なる二人だが、決定的な共通点が一つ。
     笑顔が恐い。
    「……あ、あの……」
     所詮一般人の三人組である。笑顔の威圧もとい王者の威圧に巻かれれば成す術もなく砂浜にへたり込む。「やっぱり、すなが好きなのです?」と言うカリルに、最早告げる言葉もなく、シュウはただ相槌を返すのみ。
     三人組が救いを求めるように見遣った先は、かの子だった。かの子は視線に気付くと、ふわふわな笑みを彼らに向ける。
    「私にかかってきてもいいよ♪」
     だめだ、逃げ場が全くない。
    「もう一回言ってあげるから、よーく聞きなさいよ〜」
    「ぎゃっ!」
     其処へひょこっと背後から虚が顔を出した。
     此方も王者の風という名の圧がすごい。
    「カードのことよ、カード」
    「……カード?」
    「カードの出所どこかな?」
     虚と重ね、織歌が問いた。無気力な表情ながら、出所、と三人組が反芻する。
    「どんな人から貰ったか、とか」
     ここで様子を伺っていた六夜も彼らに近付いた。皆が威圧なら六夜は癒し、敢てラブフェロモンを加え、何か聞き出せないかと試みる。
    「……俺は、俺は……水着美女から貰いましたあッ!」
    「オレは、いかついおっさんです……!」
    「ぼくはあ、おにいさんからあ……!」
    「……そうなんだ」
     壮絶な鞭の嵐の中へ放り込まれた飴に、三人組は一斉に喰いついた。
     彼らに抱き着かれて泣かれる六夜の姿は何とも形容し難い。うわあという声が何処かで漏れた。
     ともあれ、なるほどど灼滅者一同は首肯した。この集団が現れた場所は数多いと聞く。それならば黒幕自身ではなく、数多くの配下達が配布したのだろう。
    (「HKTの目的も、特に知らなさそうだよね……」)
     織歌は彼らの様子を眺め、得られる情報はなさそうだと思案する。聞き方の問題でもなさそうだ。
     それならば、もう用はない。
    「貴方達の腰に挟まってるその黒いカード、私達に頂けないかしら」
    「ぎゃああああっ!」
    「断ったりしないわよね? ね?」
     彩希が柔和な笑みを一ミリ足りとも崩さぬまま、三人組の顔を覗き込んだ。
     日頃、恋人に笑顔で『殺させて』と告げている――愛情表現の一種です――のは伊達ではない。彩希の壮絶な迫力の許、三人組は再び無気力と化していく。
     可哀想なようだが次に控えている手はアッパーカット(手加減攻撃)である。
     王者の風が効いてよかった、本当よかった。
    「はいはい、コレは頂いていくわね」
    「ええっ?!」
     歌菜がささっと素早くカードを回収していく。
     その姿を見て、残念そうに声を上げたのはかの子だ。
    「かるーくバトルリミッターで遊んじゃおうって思ってたのになあ」
     昨今のゆるふわ女子は危険な生き物である。
     然して、カードを取り上げれば事前情報通り、三人組はあっさり気絶した。若干周囲の視線が集まっていることにも気付き、医者の息子たる六夜は取り敢えずそれっぽいことを口遊む。
    「脈が早いし、手も冷たいし、影も薄い。熱中症に違いない」
     影の薄さは触れないであげて。
    「ねっちゅーしょーは怖いです! 気をつけましょう!」
    「……みずぎじょし、こわい……」
    「うわごとを言ってるな……これは一刻も早く休ませないと」
    「はーい、病人が通るわよん。道空けてちょーだいね〜」
    「……悪い、そこ通る」
     カリルは六夜にのっかり、元気よく声を響かせた。それを筆頭に、ねっちゅうしょうだー、たいへんだーと三人組を引き摺りながら、虚とシュウ、そして皆が駈けていく。
     それはそれは迅速かつ見事なコンビネーションであったそうな。


    「こりゃまた趣味のワルそーな悪意とかが詰まってそーね」
     虚の指先が三人組のカードをぺしりと叩いた。
     ともあれ事件は解決、臨海学校の始まりである。まあいーわ、と軽やかに告げ、虚は真青の海を見返す。
    「今度こそホントにう~みーっ! 張り切ってエンジョイするわよー!」
    「うみです! うみなのです! エンジョイです!」
    「思いっきり遊んじゃうよう☆」
     蜂ボールを小脇に抱えた虚の傍ら、シュノーケルつきのカリルとかの子の瞳がきらきらと輝いた。
    「鷲くんも、何だかとっても幸せそうな顔をしてるのね?」
    「そりゃあもう」
     きょとんと傾げる彩希に鷲司は勢いよく首肯いた。
     白い肌、長くて細い眩しい足、悩殺、とは心内で呟きながら、鷲司は彩希の姿を見返す。
    「いやぁ綺麗な彼女を持って幸せだなぁ!」
     兎に角、幸せそうで何よりだ。
    「事件解決お疲れ様だよ、六夜くん」
    「ありがとう、りり」
     六夜には、りりから労いの言葉とともにスポーツドリンクが渡された。
     そうして海へ歩き出す二人の向こう、同じく飲み物を差し出す姿が一つ、謡である。
    「歌菜、お疲れ様」
     歌菜の指先が飲み物に触れ、口許が礼を紡ぎかけた瞬間だった。
     歌菜は驚きで眼を見開き、あ、と短く声を出す。
    「ESP?」
    「そう。嵩張らないし便利だよ?」
    「確かに海にドリンクバーはぴったりだわ……!」
     平生通り何でもないように返す謡も、自分の手許のドリンクを揺らしてみせた。恐らくは彼女らしい、さっぱりとした味のドリンクなのだろう。
     すっかり尊敬の眼差しの歌菜もドリンクを一口。途端、好みの味わいが口に広がって、生き返るわと笑みが浮く。
    「わーい! 織歌さんかわいー!」
    「わ、香祭さん、くすぐったいよ」
    「智さんも可愛いですっ」
    「こらー! 二人とも抱きつくなー!」
     他方、労いはひとそれぞれ、というか抱き着きたかっただけいうか、悠花が織歌に飛び付いた。なつみもすかさず智へ後ろから抱き着けば、織歌と身体のラインを確かめ合っていた智も、思わず突っ込みの声を上げる。
     淡紅混じりのビキニを纏った織歌の傍ら、智はモノトーンのビキニに黒のフリルスカートをひらり。悠花の暖色は海辺で見ても華やかで、なつみは黒髪に白のホルターネックがよく映えていた。
     何より女の子四人がじゃれ合う姿は可愛らしい。
    「……なあ、何かバナナボートとか色んなのあるっぽいけど愛は何して遊ぶんだ?」
     シュウは夫々海を楽しみ始めた仲間達を見遣ると、花芒・愛(中学生エクスブレイン・dn0034)の許に歩み寄った。
     迷い中と返す彼女に、シュウも肯いを返す。
    「よかったら俺と遊ぶの付き合ってくれねえか、なんて」
     途端、愛の眼がぱちんと瞬いた。
     お誘いはシュウの気遣いだと気付いたらしい、ありがとう、嬉しい、と彼女の双眸が綻んでいく。
    「じゃあ海行こうよ、海!」
     かの子が愛の顔を覗き込んだ。イルカが気になってたんだと言う彼女に、愛はイルカで額をこっつん。二人一緒に笑い合う。
     波内際には掌を振る虚の姿と、「ご一緒するのです!」とぱたぱた走り寄るカリル。
     そうして皆一斉に、海の中へと飛び込んだ。


    「尚ちゃん、いきますわよ!」
    「おう、任せろー!」
     藤乃の華麗なトスに向い、素早さ自慢の尚都が跳ねた。
     何かと言えば、【JC】面々のビーチバレーである。
     レースドレスを脱いだ藤乃と、スポーツタイプの水着に身を包んだ尚都の本気に、対するはパワー勝負の希沙と体力に自信アリの茉莉。
     ブロックは任せた、任されたと掛け声を交わし、茉莉は「でやーっ!」と尚都へ跳んだ。
     が、しかし。
    「ちょわっ、あとちょっと足りない」
    「ぎゃー!」
     一生懸命跳ぶ姿に和む間もなく、希沙が決死のフォローダイブ。
     夏宛らの熱い勝負を繰り広げた藤乃達だが、愛が勝者にあげたのは尚都と藤乃のコンビ。
     勝ったー、負けたーと、ハイタッチしたり、へたったり。
     そうして笑み零す尚都達が用意した、勝者への贈り物は様々な貝だ。
     尚都の大きな巻貝(邪魔になるレベルと当人談)は、ホタテ貝のような希沙の貝の上。更には藤乃の桜色と、茉莉の真白の貝殻が鏤められて煌めいて。それらを包む大きな花丸は今日の楽しさを模すようで。
     自然と目線が重ね、口許を目一杯に緩める希沙達。
     茉莉達の笑顔には、また一緒に遊ぼうね、と約束も一つ。
    「出来ました!」
    「じゃあ俺も出来たってことで」
     炎天下で作業に没頭していた司が言えば、日陰で水を呑んでいた美樹が首肯する。
     司提案、青春の殴り合いは暑さ故に敢えなく却下。結局砂の城対決を始めた彼らは互いの城を見返した。
    「司のやつ何それ?」
    「え、うちのわんこです!」
    「……うん、可愛いんじゃない」
     棒読みな点から出来映えはお察し頂きたい。
     一方、美樹の城は、元々謎の塊だったが触れた途端に一層崩壊。「勝者僕!」と胸を張った司と、美樹の前に佇む二つの砂山。生憎突っ込みは不在である。
    「やあ、お嬢さん。可愛い水着だね。私と一緒にひと泳ぎしないか?」
    「やっ、何ですかこの海女」
     リボンが揺れる愛らしいビキニ姿の朝乃を、真っ先にナンパしたのは海女だった。否、摩耶だった。
     けらけら笑い、「二人とも水着、似合ってんぜ?」と褒める空牙。色々気にしない所が男気である。尚、ナンパごっこの意図はのっかった朝乃もよく知らない。
     さておき【武蔵境高校3-2】面々が繰り広げるのは奢りを賭けた遠泳競争。
     黒一点、空牙はハンデを付けるも、朝乃は思わぬ疾さ。それでも、まあ、なるようになるさと笑った刹那、ふんと摩耶が顔を出す。
     見事な潜水、からの、手には大きな二枚貝。
     その華麗な海女姿に、朝乃と空牙の目線が重なって、
    「よし、それじゃそれ焼いてバーベキューにしよ〜!」
     軈て口許を綻ばせ、朝乃は明るい声を響かせた。
     あーいー、と泳ぎ寄るのはシャチ連れの朱那。イルカたる愛とご挨拶しつつ、朱那は愛の掌を引く。
    「一緒に潜ろ! 魚いっぱいいるヨ!」
    「ふふ、本当?」
     せーの、と二人は一面の青に飛び込んでいく。
     この想い出を写真にするのは、もう少し後のこと。

    「あわわ、速っ! 無理!」
    「唯ちゃん、ふぁいとっ」
     蒼海に白線を描き、水上スキーで駆け抜けるのは唯だった。
     応援の旗を振る柚莉の傍ら、悠からも応援の声が飛ぶ。
    「……ゆず、どぼんしないかなぁ」
    「がんばれ、ゆず。準備運動はちゃんとしとけよ?」
     が、その時である。
     二人が唯に眼を戻した瞬間、唯の身体がぽーんと跳んだのだ。
     大変だ、こっちがどぼんした。
    「ううう、鼻に水入った……」
    「だだだだいじょうぶー?!」
    「待ってろ、ひとつおにーさんの良いトコ見せてやるからな!」
     唯を慌てて助けた後は悠の出番だ。
     流石というべきか、水面を鮮やかに奔り抜ける悠の姿に、しょんぼり顔の唯も「凄い!」と大はしゃぎ。
     そうして、最後は柚莉の番。ころりと丸まってたけれど、ひっくり返りもしたけれど、泣かずに頑張った、とは後の柚莉談である。
    「おーしっ、行くぞっ!」
     先頭に座り、眼を輝かせた勇介の元気な声が響き渡った。
     彼らのバナナボートはビーチバレーも詰め込んだ特別仕様。他方の先頭、悟は想希を見据え、にやりと笑んだ。
    「Hi! マイプリティラブリーハニー!」
    「……さすが、マイダーリン……バナナボートだけでなく、肝試しまでさせてくれるとは」
     盛り沢山である。
     けれども作戦は効果があったらしい。はてなマークを沢山浮かべた勇介目掛け、健はボールを振りかぶる。
    「勇介、隙ありかっ?!」
    「わ、三國くんやったな!」
    「ほら、花芒姉ちゃんも!」
    「頼むで!」
    「はーい、任せて!」
     健に合わせ、悟に肯い、愛も真ん中から勇介を集中打。負け時と勇介からボールが返り、雫が跳ねた。
     一方はてな顔は陽桜も同じ。ぱちんと眼を瞬かせ、陽桜はちらりと想希を見遣る。
    「想希おにーちゃん、およめさん?」
    「え、ちょ、違っ」
    「んじゃ、ひお、想希おにーちゃんに代わって愛の集中放火しちゃうね!」
    「あ、うん、しゅーちゅーほーか」
     然して陽桜砲、連続発射。
     がくりと想希のこうべは垂れ、勇介もその様子に気付いたものの、さておき此方の集中砲火も効果は合った。猛攻にさしもの悟もぐらりと揺れ、
    「ちょ、まっ、あーれー」
    「落ちたー?!」
     わー、ぎゃーと声を上げる健と愛。
     三対二となれば勝敗は見えたようなもの。奢りのフロートを楽しめるのは勇介、陽桜、想希の組になりそうだ、と。悟と健、愛は眼を見交わした。
    「すっげー! すごい速いのだー!」
     潮風にも負けないほど、雛子の歓声が青空に響く。
     ライフジャケットにすらわくわくどきどき、バナナボートが海辺を奔れば逸る気持ちはより一層。跳ねる水飛沫に表情を緩めたストレリチアの後ろ、シルビアも「にゃはは!」と盛大に笑った。
    「主さま! 雛子! 海の上なのに、ボートが走っておるのじゃ!」
    「ちょっ、ばいんばいん揺らし過ぎ……しぃですわね!?」
    「じゃあ、わたしも、立ち乗りとかかましてみようかな?」
    「えええっ!?」
     先頭のストレリチアが振り返った瞬間だった。
     カーブを曲がるバナナボート。
     すぽーんと華麗に空を舞う、女子三人。
    「……ぷはぁっ!」
    「あははっ♪ 吹っ飛んだのだー!」
    「これはこれで楽しいな!」
     盛大に水面を揺らした彼女達は、結局目一杯に破顔した。
     ともあれこれも楽しい夏の想い出の一つに違いない。
     バナナボートは刺激的で、海に落ちても楽しくて。海は塩辛いのだとも呉羽は実感した。苺のかき氷は冷たくて、美味しいねとも笑い合う。
    「いっくんも来れば良かったのにね」
    「……ふふ、そうですね」
     愛の言葉に暫し一考、軈て呉羽は微笑んだ。差し入れのことは二人の秘密だ。

    「……これ、食べれるのかな?」
    「んー……?」
    「見た目は美味しそう」
     奏恵と桜子、愛の三人はぷかぷかと海を漂いながら審議中。
     結局、奏恵のサザエっぽい貝や桜子のちょっと大きい貝はおやつ候補と保留にして、再び海の底へ潜っていく。
    「カナ、あいちゃん先輩! 見て、これ綺麗!」
    「こっちも見つけたよー。さーやのオレンジと」
    「奏恵ちゃんの青!」
     仰げば光が揺れる海底でのお土産探しは、まるで宝探しのよう。
     そうして掌には橙に青、淡紅と夫々を模した色の貝や煌めく片。
     見事宝物を見つけたその表情が一層ゆるりと綻んでいく。
    (「……が、頑張れ私」)
     流石の蒼慰も今日は白のビキニ姿。勇気を出して店員に探してもらった水着には、陽透くリボンが揺れている。
     一方の彩華は黒の男性用水着。普段は可愛らしい姿の彼も、やっぱり男の子なのだと蒼慰は思う。
    「蒼慰ちゃん、楽しそう♪」
     そうして海の中、彩華は浮き輪で揺蕩いながら、イルカのフロートを楽しむ蒼慰を見ていた。始めは彩華の様子を伺っていた彼女も今は無邪気に笑っている。
    「海に来られて嬉しいよ♪」
     彼女と遊べて、何より彼女の水着姿を見ることができて。
     日頃とは違う彼女の姿に、そんな言葉が彩華の口から零れ落ちた。
    「愛姫は海は久しいのか?」
    「ええ、久し振りなんです」
     泳げないことが恥ずかしかったのだと愛姫は照れ笑いを浮かべながら、そっと優希の様子を伺った。
     活発な彼だ。浅瀬は物足りないのではと思えど、優希は愛姫の心配を掻き消すように笑ってくれる。
     ゆっくり頑張っていこうぜとも言ってくれるから、軈て愛姫も微笑んで、
    「それじゃあ、私が泳げるようになったらご褒美にまた連れてきてください」
    「……へへっ、言ったな?」
     冷たさが心地良い海の中を二人で揺蕩いながら笑み交わす。
     紡いだ約束が果たされる日も、楽しみに。
    「――接戦でしたね」
     そう呟いた、煉の表情がふわりと綻ぶ。
     頬を滑る潮風の音、身体に跳ねた水飛沫。海の上で過ごした時間は思い返せば、自然と笑みが零れ落ちた。
     ハナや煉、皐臣の手許には、皐臣の奢りのかき氷。
     それから手前にはハナ作の砂の城の設計図。
    「この海で一番大きな城を作りましょう、三人で!」
     まだまだ元気いっぱいのハナが、笑いながらそう言った。
     砂と水を集める煉の傍ら、こういうの嫌いじゃねえと、黙々作業を進める皐臣。
     そうして出来上がり、三人の名を冠した城は、設計図通りに豪華で、綺麗で。
     そうしている間に、時は刻々と進んでいて。
     ――帰るのが惜しい、なんて。
     皐臣は絶対に口にはしないけれど、心に秘めた言葉はきっと三人お揃いのもの。


    「仲睦まじい者同士なら、こういう時は追掛けっこでもするのかな」
     波打ち際を歩む謡の言葉に、歌菜は思わず双眸を緩める。追いかけっこって、と言葉を反芻し、謡の姿を見返す歌菜。
    「なにそれ捕まったら殺られそう」
     歌菜がやりかねないと笑えば、謡はそれも楽しいかも知れないと言葉を返した。
     想い合うという点では似たようなものだと言い添えて。
    「勿論、止めの寸前で。永遠に楽しめなくなるのは惜しいからね」
    「ふふふ、いいわよ受けて立つわ」
     歌菜は笑みを止めなかった。
     楽しめるならいちばんだと、そう思うから。
    「しっかり掴まってろよ!」
    「うん。絶対離さないから、思い切り飛ばしたって良いのよ?」
     そう言えば、彩希を伝うのは鷲司の笑みの振動だった。
     彩希の感触が身体を伝うから、鷲司の鼓動は逸るも、ジェットスキーが奔り出せば心地良い潮風に心が踊る。
     跳ねた瞬間、彩希がぎゅっと力を込めれば、そのスピードは緩まった。彼の気遣いだろう。ありがとうと、彩希の口許が小さく動く。
    「風を切るのって、こんなに気持ちが良いのね」
     彩希の頬には彼の背の感触。
     この記憶を刻むように、彩希はそっと呟いた。
    「大丈夫、このボードを本多さんと思えばいけるよ、きっと!」
    「んな無茶な……」
     無邪気にはしゃぐ、りりの言葉に、六夜は困ったように微笑んだ。
     本多さんことライドキャリバーとサーフボードは如何したって似つかない。
    「じゃ、行くぞ!」
     それでも楽しそうな彼女に釣られ、六夜は一漕ぎ。海の上を動き出せば、一面青の景色が身を包む。
    「六夜くん、あっちあっち!」
    「はいはい。よっ、と」
     彼方へ、此方へ、珠には大きな波に乗って――ごろりと転覆すれば、海と同じ真青な空が眼に映った。
     ボードに身体を寄せながら、二人を視線を交わして笑い合う。
     此れもまた、一興であるに違いない。
     一方、風を切り、水雫と戯れ、時にひっくり変えるのは【井の頭中3A】の面々も同じ。
     バランスに苦戦する悠花の傍ら、余裕でこなす智とバランス感覚に自信アリのなつみ。織歌も少しずつながら走り出す。
     その彼女達が、次に手を伸ばしたのはかき氷。
    「皆さんの食べてるの、味見させてくださいなっ」
    「私も、一口ずつ皆から貰おうかな」
    「ん、食べる? ほい、あーん」
    「美味しいっ♪」
     なつみは爽やかなレモンに練乳添え。織歌は、しぶいかな、と首傾げつつも宇治抹茶。智があーんと差し出すのはメロン味で、ほにゃりと頬を緩める悠花は苺味。
     それぞれの味が口の中に広がって、仲良し四人組は一層笑みを綻ばせた。
    「花芒さんは泳げる?」
    「泳げるよ、かの子ちゃんは?」
    「泳げる!」
     イルカのフロートと一緒に添い、海をぷかぷかしていたかの子と愛。
     泳げるならば、と二人は海の底に沈み込む。
     僅かに射し込む陽射しの中を、身体を煌めかせて泳ぐ魚達。触れられそうな程近くを過ぎゆく魚達に、二人は思わず双眸を緩めた。
    「やっほ〜! コレ、サイコーだわーっ!」
     海を華麗に駆け抜けていく虚の姿に、カリルは掌をぶんぶん。彼の手許には虚曰く迸る魅力の蜂ボールが浮いている。イルカと蜂、揃うと中々に賑やかで、シュウは何気なくその二つを撫でやった。
    「あ!」
    「……どうした?」
    「わすれてました、ヴァレンのお土産を探すのです」
    「じゃあ、これあげるね♪」
     ヴァレンとはカリルが連れる霊犬の名だ。
     彼の言葉に、海底から浮き上がったかの子と愛は、彼の掌に幾つかの貝殻を乗せていく。
     海底で拾った貝殻は淡く優しい想い出の色。
     楽しかった一時を模すように、それはきらりと煌めいた。

    作者:小藤みわ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 8
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